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    ひまわり
    「ねえ、今から埼玉に行かない?」
    「ふぁ?」
     事務所のソファで仮眠を取ってる最中、突然覗き込むようにしてドラルクが声を掛けてきた。とんがったヘアスタイルのシルエットが、起き抜けの視界に滲んでいる。見れば、ジョンもいつの間にか腹の上に居てロナルドを見ていた。可愛らしい小さな手が顎をかるく掻いてくる。
    「今から? 埼玉? なんで?」
     急な話に頭が追いつかない。何時だよ、と壁掛時計を見ると、深夜一時半。夕飯のあと、少しだけのつもりだった仮眠は、ぐっすり五時間寝てしまったようだ。
    「ドラドラちゃんは、伊奈架町に連れてって欲しーなぁー!」
     わざと可愛こぶった甲高い声を上げるので、思わず手が出てしまう。胸から降りたジョンが、砂の山に寄り添った。
    「はあ? おまえの城の跡地じゃん。こんな夜中に行ってどうすんだよ」
     よみがえったドラルクは床に肘をついて見上げてくる。
    「ピクニックでもしよう。もう春だし」
     確かにもう春だ。だが、桜はようやく咲き始めた程度で、夜はまだ冬を引きずっている。
    「埼玉、まだ桜咲いてねーんじゃないか?」
     起き上がると伸びをして、まだ残る眠気を追い出す。
    「ファー、埼玉差別ー! 埼玉は東京に隣接した立派な関東でーす」
    「伊奈架町、埼玉県だけど群馬に近いじゃんか」
     初めて行ったとき、所沢程度しか知らなかったロナルドは随分と奥地に来た気持ちになった。
    「うるせー! それでも乗り換えたら池袋まで二時間弱くらいで着くわ!」
     ぴょん、と残りの砂を形成して立ち上がり、ドラルクは抗議する。
    「通勤快速か特急だけだろ」
     指された図星にうぐぐ、とうなるが、すぐに口角を上げた。
    「どーせ若造は小説進んどらんのだろ。息抜きと気分転換に、私とジョンとメビヤツを、ちょっと埼玉まで里帰りさせてくれていいんだぞ」
     今度はロナルドが図星を指されて口を真一文字にぐっと引く。確かに残り一章がどうにも纏まらず書いては消す作業ばかりを繰り返していたからだ。
    「メビヤツも連れてくのか?」
    「うん。せっかくだから。懐かしい景色を見たいかなって。サンドイッチ、いっぱい作ったからさ。レンタカー借りてきてよ」
     サンドイッチ、と云う言葉とみんな一緒だと云うのに惹かれて、ロナルドは二十四時間営業のレンタカー事務所に電話を入れた。

     レンタカーは遠出の際にちょくちょく借りてはいる。懇意にしている店はツクモ吸血鬼保険をはじめとする、対退治人用の保険も用意してくれているので、ギルドからのお墨付きの店でもあった。兄からは車くらい持てと云われているが、使用頻度から考えるとレンタカーで済ませた方が維持費より安いために、未だにマイカーを持たずに来てしまっている。
     それでも、今日みたいに揃って車に乗り込むと、ちょっとワクワクする自分にロナルドは気づいていた。そっと脳裏の片隅にマイカーの夢を掲げる。
     助手席に座ったドラルクと、膝の上のジョン。丁寧に後部座席のシートベルトに絡めたメビヤツ。キンデメは車酔いが嫌で、残ると云い張ったために置いてきた。金魚に三半規管ないだろ、と云うとドラルクは、だったら金魚に声帯もないよ、と返してきた。それもそうだ。云いはじめたら砂になったかれがしゃべるのもおかしいが、ロナルドはそれはレコードから声が聞こえるのと一緒だと思っている。そもそもかれらはひとのカタチはしているが、ひとではない。
     ひとでない吸血鬼をひとと同じ定義で測ることは不可能だ。かれらがひとに似ているのは、ひとと対話するために近づいた結果なのかもしれない――もっとも、これは正解ではないのだが。十九世紀の研究者は血を奪うために人間のかたちに近づいたのだと書いていたが、そちらも正解ではないだろう。宗教学者は神はアダムの肋骨からイヴを作った、ならば神は人間の灰から吸血鬼を作ったのだ、と云ったが、もちろんそれも正解ではない。共存より排除を前提とした歴史が続いてきたために、ずっと正確な吸血鬼の研究がされて来なかったのだ。
     かれはひとではないが、ひとと同じ感情を望んでいて欲しいロナルドの願いでもあった。
     ロナルドがドラルクとキスしたのは、今年に入った寒い雪の日だった。久しぶりに大雪警報が出た日で、そんな日は吸血鬼も影をひそめる。事務所は臨時休業にして、クソ映画大会を開催した夜だ。ドラルクが選んだのはラテン語の封印がされた箱から何故かチンギスハーンの末裔がよみがえり、元悪人のヒーローと戦う映画だった。つまらないなりにそこそこ楽しめてしまい、なんだか釈然としないままエンディングを迎えた。ジョンは途中から寝てしまっていた。エアコンの空調音とアルマジロの寝息、そして遠くからスノータイヤが雪を踏む音が聞こえていた。いつもは騒がしい夜も、雪に吸収されたように静かだった。
     ドラルクはどうだった、とは聞かず薄い笑いを浮かべたままロナルドを見ていた。ソファの隣、距離がいつもより近くて、寒さのせいかいつもより密着していた。それだけだ。なんとなく、キスしたいな、と思った。それはドラルクにも伝わったのか、かれも顔を近づけた。ああ、すごく顔が近いな、そんな馬鹿正直な感想を浮かべながら、キスしやすい位置に顔を傾けた。高くとがったかれの鼻を折らない角度を見つけると、ドラルクはゆっくり目を閉じてくれた。一度触れるように口づけ、次にしっかりと唇を触れ合わせた。
     キスの後、馬鹿にしたり揶揄ったりするのを身構えていたが、そんなことはせずドラルクは日常に戻って行った。
     このキスは享楽主義のドラルクにとって、なにかの遊びだったかもしれない。
     これはきっと、ロマンスじゃない。
     ドラルクがなかったことにしたいなら、ロナルドも気持ちを流してしまいたかったが、一度知ってしまった感触を忘れることは出来なかった。

     トランクには真夜中のピクニックの用意。念のために吸血鬼用の寝袋も詰めた。棺には満たないが、移動用の折りたたみ棺に比べたらずっとマシらしい。
     深夜の道路は空いていて、思ったより早くドラルクの城に着きそうだった。市街地を抜け田畑を抜け、山道に入る先に、かれの城はあった。途中、高速沿いにある奇抜な名前のラブホテルに大爆笑しながら、ドラルクとジョンは流れゆく夜景を堪能していた。次第に街灯は間隔を開け、寝静まった暗い民家の道を過ぎて行くといよいよドラルク城だった。知った場所に近づくと、メビヤツが景色に反応して、ビッと何度も音を出した。メビヤツにとっても懐かしい景色なのだ。
    「桜、咲いてないぞ」
     車から降り、荷物を抱えながら見上げた桜とおぼしき木には、まだ硬い蕾があった。この時期では城下に咲き誇っていたひまわりも咲いていない。ちらほらと菜の花だけが月夜に輝いていた。
    「ホントだ。しかもさむーい!」
     身震いするも、判っていたのかドラルクは完全防備だった。いつものマントの代わりに厚手のベンチコートを羽織り、足元も裏起毛ブーツ。吸血鬼らしさはまるでない。
    「ここに住んでたんだろ」
    「そうだけど、もう新横浜の気温に慣れちゃったよ」
     てくてくと城だった場所まで到着し、門だった場所を抜ける。律儀にもうない扉から入っているのがおかしかった。この扉を開いたことで、ロナルドの人生は賑やかになったのだ。
    「じゃあこの辺でごはんにしようか」
     どうやらいつも食事をしていたらしき部屋の跡地に、レジャーシートを敷く。夜空の下、ドラルクはロナルドに運ばせた荷物から次々と軽食を出した。肉がたくさん詰まったサンドイッチに、フライドポテト。唐揚げ、バナナのフルーツサンド、苺、パウンドケーキ、あたたかなコーンスープ。カフェオレ。空腹に堪えていたので、ジョンとふたり大喜びでたらふく食べた。ドラルクは自分用の小さなサーモスにホットミルクを入れてきたようで、それを少しづつ飲んでいる。
    「うまい。なにこれ、ハムと酸っぱいキャベツ?」
    「パストラミとザワークラウト。ルーベンサンドイッチだよ」
    「美味い」
     ドラルクは褒められて当然だと云わんばかりの顔を見せた。料理の名前をいつも憶えようとするが、次から次へと出てくる新しい料理の数に、頭の中はいつも満席状態だ。 
    「それは何より。次は本格的にコーンビーフで作ろうかなあ」
     とうもろこしの牛を想像したが、きっと違うだろう。あらかた食べ終わり、あたたかなカフェオレ片手に広がる城下を見た。メビヤツもずっと同じ方向を見て、時折目を輝かせている。どうやら沢山いた仲間と通信が繋がり、情報交換しているようだった。
    「夏だったら、ひまわりが見頃だったんだろうな」
     枯れたひまわり畑が、そこにはあった。冬に咲く品種もあると聞いたことはあるが、ここのはそうでないらしい。
    「そうだね。まだ早かった」
     満腹のジョンがドラルクの膝の上に来ていた。手袋越しでも細さと長さが判る指が、背中をやさしく撫でている。
    「なんでひまわり畑になったんだ?」
     初めて来たときは、すぐそこにこんな場所があるとは知らなかった。あのときの観光地はドラルク城であり、ひまわり畑ではなかったはずだ。
    「……城の貯蔵庫にひまわりの種が沢山あってだな」
    「なんで?」
     聞き返すと月光の下、蒼白い顔が微笑んだ。
    「……――『ひまわり』と云う映画があってね。きみは知らないと思うが、古い映画だ。戦地で消息を絶った夫を探し、妻がイタリアからウクライナまで行くと、その地は地平線までひまわり畑が広がっている。何故かと問うと、戦火の後、無数の兵士たちの眠る上に咲いた花が、ひまわりだったと教えられる」
     ウクライナはルーマニアにも近い。ロナルドはロナ戦に書くために何度も東欧の地図を見たので、そこそこ地理に詳しくなった。ドラルクが度々口にする地名を地図で確認することが多くなり、地理に詳しくなると同時に歴史も知ることになった。今ではそれがロナルドウォー戦記に随分と役立っている。元よりヘルシングが好きだったが、土地が好きなわけではなく、トランシルヴァニアがどこにあるかさえも怪しかったことが懐かしい。
    「……まさか、あのひまわり畑の下に遺体があるとか云わないよな」
     桜の下には遺体が、とは聞いたことがある話だったが、ひまわりは初めて聞いた。怖さはなかったが、明るい太陽のような花の下に横たわる兵士たちを想像して、胸が痛む。
    「云わないよ。その映画を見て、ご真祖様が城を建てる際に仕込んだんだ。吸血鬼は死んでも遺体はないし墓もない。吸血鬼の城が崩れたら我々の灰を養分にひまわりが咲くって」
     かれの祖父は突拍子もないことをする吸血鬼で、不思議な考え方の持ち主だった。かれは国を滅ぼすほどの強大なちからを持っているが、そのちからを破壊や悪事に使わない吸血鬼でもある。
    「爆発し、それが飛び散ったわけか」
     母に攫われたドラルクを追って、ここまで来た日に見たひまわり畑を思い出し、しみじみとする。
    「――って、信じた?」
    「は?」
     聞き返すとドラルクの顔には騙されたな馬鹿め、と書かれた蔑む笑顔があった。
    「くっそー! ちょっといい話だと思って、信じた俺が馬鹿だった」
     思わず出たパンチにドラルクはシートの上、砂になる。膝に居たジョンが、砂山の中から顔を出して悲痛な表情でヌーっと泣いた。
    「きみはロマンチックな話が好きだよね」
     云いながらドラルクの砂はナスナスとひとのかたちに戻って行く。そうだ、どうしようもないくらいロマンチストだ。云われて、ちくりとあの日のキスを思い出す。
    「ぜんぶが嘘ではないよ。ひまわりの種は本当にあった。でも飛び散るにも地下だし、大半はジョンのおやつに炒っちゃったし、残りを、ちょっとだけ植えたんだけど……」
     そこでドラルクは云い淀んだ。
    「だけど?」
     思わず聞き返すと、ドラルクは首をすくめた。
    「あそこじゃないのは確かだ」
     云って枯れたひまわり畑を指さす。
    「じゃあどこに?」
    「確か、塔の下あたり」
     あの辺かなあ、と崩れたままの場所を遠い目で見た。あの日瓦礫となった煉瓦や漆喰の上に落ちた枯葉が朽ちて土となり、それを養分に雑草や苔が生え始めている。
    「実はね、今日きみが寝てるとき、テレビで小学生の頃にタイムカプセルを埋めた大人たちが、開封するニュースが流れてて」
     タイムカプセル。確かに昔流行ったはずだった。ロナルドも小学生の時分に行事で未来の自分に当てた手紙を書いたはずだ。あれは、いつ届くのだろう。
    「うん」
    「カプセルを埋めた小学校は児童の減少で隣町の学校と統合されて、廃校になっててね。学校はもう残ってなくて、更地になって再開発の予定地になったとかで、開発の前になんとかカプセルを掘り出そうって話でさ。それで、思い出したんだ。私とジョンがここに来て間もない頃、同じようにカプセルを埋めるニュースを見て、真似してひまわりを植えた下に埋めたんだよね」
    「まじか。まさか、掘り出すためにここへ?」
     そう返すと、ドラルクは正解だと云わんばかりに口角を最大に上げた。
    「私非力だから、よろしく」
     ぽん、と薄い手のひらが肩を叩いてくる。
    「おまえが埋めたんだろ!」
     自分で掘れや! と続けようとしたが、それより先に被せるようにドラルクは反論してきた。
    「城が破壊された原因はきみです~。きみが来なければ、埋めた場所も無事でした~!」
     ヌ~ッとドラルクに倣って指さし、ジョンも加勢する。
    「ぐぐッ」
     唇を噛み締めるロナルドを横目に、ドラルクは荷物に一緒に詰めていたらしいスコップと軍手を出してきた。
    「はい。大丈夫、やわらかい土が出てきたらジョンも掘るの手伝ってくれるよ」
     ヌヌヌヌ! とアルマジロはサムズアップに似た小さな指を掲げてくる。
    「チクショー! これもロナ戦に書くぞ! オラァ!」
     ロナルドは諦めて袖を捲り上げると、軍手をはめて瓦礫の山を崩し始めた。最初のうちは面白がって、ドラルクもがんばれがんばれと応援していたが、大量のレンガや壁の一部を移動させるだけで時間が掛かり、次第に応援する声もなくなる。ロナルドは無心に崩れた壁や柱を動かした。もとはかれの住処だった一部。これが無事なままだったら、ドラルクはロナルドの元に来なかった。退治人と吸血鬼はおかしなコンビにならなかった。
     ドラルクと、キスすることもなかった。
     こめかみに垂れる汗を袖口で拭う。ちらりとドラルクを見ると、ずっと座っていると地面の冷たさで死ぬようで、使い魔を抱えながら立ったり座ったりを繰り返している。この城の主人だった吸血鬼は、城が壊れたことに悲しみはないようだった。いつも恋しがるのはキッチンの広さや冷蔵庫の数くらいで、この城が無事だったら帰りたい、などと口にすることはないし、新横浜と伊奈架町を比べることもない。何十年も住んだはずのこの町を恋しがりもしない。もっとも、城はかれのものではなく、祖父のものなのだが――。ドラルクは時折生家のあるルーマニアの話もよくするが、そこに帰りたいとも云わなかった。
     一度、何かの折におまえの「家」はどこか、と聞いたことがある。するとドラルクは棺を指した。ようは、この棺がある場所が、かれの家なのだ。だからこそ、ロナルド退治人事務所が簡単にかれの第二の城になったのだ。ドラルクにとって愛用の棺さえあれば良いのならば、棺と並んだソファベッドに眠る自分は何なのだ、と思う。ロナルドはやむを得ずドラルクを事務所の備品として登録したが、ドラルクにとってもロナルドは城の調度品くらいの感覚なのではないか。かれは調度品を愛でるように、あのときキスをしたのか。まるでぬいぐるみにキスをするように。だからこそ、いらえを必要としなかったのだ。
     無心に近づく手前になると、いつもそんな鬱鬱とした感情がぐるぐると回りはじめる。悪い癖だ。だからこそ、昔は暇など作らぬくらいスケジュールをぎちぎちに仕事をしていた。鬱蒼とした感情は、陽気な吸血鬼によって追い出されつつあったが、まだしぶとく残っている。そんなマイナスに傾いだ気持ちを晴らすように、ようやく土が見えてきた。
     土の出現を報告しようとドラルクたちを見ると、背後の空が白み始めていることに気づいた。腕時計を見、もうじき夜明けになるのを確認する。
    「おい、ドラ公! そろそろ夜が明けるぞ! ここでまた焼け死にたくなかったら車に戻れ!」
    「ぎゃー! もうこんな時間だなんて」
     体力ゴリラが一瞬で瓦礫を飛ばすと思ってたわ、とヒーロー映画の一場面を想像していたことを口にして、車に戻る。
    「あ、タイムカプセル出てきても開けないでよ!」
     車の扉を閉める前にドラルクが叫んだ。
     そんなこと云われたら、開けたくなるじゃないか。
     ジョンが現れた土を掘り始め、ロナルドは堅そうな場所をスコップで掘った。何箇所か掘り進めるうちに夜は完全に明け、柔らかな日差しが降り注ぎはじめる。あの日ドラルクを焼いた陽が、あたり一面を輝かせた。どこを掘ってもカプセルはなかなか出てこない。もぐらが何匹も出てきたみたいに掘られた地面を見て、ロナルドはため息を吐く。
    「ジョン、疲れただろ。車に戻って休みな。残りは俺が掘るよ」
     爪先を土まみれにしたジョンが顔を上げる。ひょい、と小さな躰を持ち上げ、ウェットティッシュで爪先を拭いてやった。少し不満げな顔をしてたが、穴を掘るのをやめると疲れていると気づいたのか、頷く。ジョンの手では車のドアを開けられないので一緒に戻ってドアを開けてやった。後部座席には遮光生地で作られた、頑丈な寝袋がある。その隙間にジョンはすべり込み、丸まった。寝袋は、まるで遺体袋みたいだった。
     ロナルドはさっきかれが話してくれた死んだ兵士の上にひまわりが咲く話を思い出し、続いた作り話を思い出す。太陽が苦手な吸血鬼の灰を養分に、太陽のような花を咲かすなんて、ロマンチック以外何者でもない。
     ロナルドが望むと知って、話したものがたり。
     戻ってスコップを持つと、ビッとメビヤツが声を掛けてきた。ずっと通信モードだったが、解除されてるようだ。
    「メビヤツも、そろそろバッテリー切れるだろ。スリープしな」
     そう話すと、ビビッと返事をして目を光らせ、光線で一箇所を照らす。
    「メビヤツ?」
     聞くが返事はせず、そのままスリープモードに入ってしまう。
     まさか、と思いながら光線が指した瓦礫をどかし、土を五十センチ程掘った下に、小さな壺が出てきた。メビヤツは、埋めた場所を記憶していたのだ。起きたら盛大に褒めてやらなくては。
     骨壷にも似たそれは、紙テープで封がされており、それは地上に出したことで劣化してポロポロと落ちた。自分では破いていないぞ、と一度口にしながら壺の蓋を開けると、何かが入った小さな布袋と折れ曲がった状態で入ったノートがあった。袋を開けると、綺麗な青いビー玉が数個と、たどたどしい字で「きれいなガラスのほせき」と書かれたカード。裏には達筆なルーマニア語で何か書かれていた。おそらく同じ内容なのだろう。
     ノートを開くと、一ページ目に「ルーマニアご、きんし」とよれた字で書かれていて、次のページから日本語の練習跡があった。今のドラルクを知っている身からすると、信じられないくらいとめはねがおかしな字たちが、何度も書かれている。途中、漢字の「ドラルク」を考案した一覧があり、どれもヤンキーの当て字みたいで笑いそうになった。最終候補、と丸をつけられた名前にジョンにダメ出しされたと注釈が書かれていて、微笑んでしまう。ノートはその辺りから悪筆ながらも練習帳からメモ帳に変わったようで、ゲーム機のタイトルや攻略方法、料理のレシピ、テレビで見た駄菓子の名前、エトセトラエトセトラ。ロナルドの知ってるドラルクは日本語を流暢に話し、読みやすい日本語を書くが、生まれはここではない。当然ながら、あれはかれなりに努力した結果なのだ。一緒に暮らして何年か経つが、ドラルクのまだ知らぬ一面は、きっとたくさんある。それこそかれが生きてきた年数だけあるはずだ。知った気でいて、その一片しかロナルドは知らないのだ。
     ノートの末尾に、三十年後の私へ、とまだ整わぬ字で書かれたメッセージがあった。

     ――三十年後の私へ

     いっしょに人ってるビー玉は、ここに来て見つけた、私とジョンのお気にいり、たからものです。 
     これは、大好きなひとにあげてください。
     三十年たったら、きっと好きなひとといっしょだよね?(そうじゃなかったらまたジョンとビー玉であそぶがいい!)

    一九九二年三月二十七日のドラルクより

     読み終えると思わず顔を上げ、車の方を見た。眠りに就いた吸血鬼は、あと七時間は起きて来まい。開けるな、と云われれば開けるに決まってる。かれだってそうしたはずだ。ならば、開けて読めと云ったと云うことか。ロナルドは自分が書いたタイムカプセルの文など憶えていない。だが、百年前の話を昨日のように話す男だ。書いたことも覚えていたのだろう。
     覚えていたからこそ、三十年後のこの日に、ここに連れて来たのか。
     大好きなひとは――自分で合ってるのだろうか。
     どんな顔をしていいのか判らないまま、スリープしたメビヤツと壺に荷物を抱えて車に戻る。助手席にメビヤツを乗せて、シートベルトを締めてやると運転席に座った。
    「出て来たかね?」
     急に背後から声が掛けられて、ロナルドは叫びそうになる。
    「……寝てなかったのか?」
     寝袋が、もぞもぞと動く。どうやら中で寝返りを打ったようだ。
    「寝床が変わったせいか、眠れなくてね。――それで、タイムカプセルは出て来たか?」
     手の上にある壺を、ゆっくりと撫でる。
    「出て来たよ」
     返事をすると、笑い声にも似た吐息が聞こえた。顔は見えないが、笑っているのだろう。
    「開けた?」
     あっけらかんと聞いてくるので、少しだけ目を見開く。
    「……おまえ、開けるなって……!」
    「開けたの?」
     もう一度聞かれ、正直に返した。
    「――……開けたよ」
    「そうか」
    「…………」
    「……開けた感想、ないの?」
     聞かれて何と返せばいいのか悩んだ。このビー玉は自分が手にしていいものなのか聞きたかったが、自意識過剰で間違った場合は羞恥で死ぬ。
    「……ビー玉、誰かにやるのか?」
     絞り出した質問。ドラルクの口から、自分の名が出るのを期待した。
    「うん?」
     だが、名はなく袋越しにハテナが見えるような疑問の声が返ってきた。
    「……――誰にやるんだ?」
     質問が回りくどかったのかと思い、直截に聞く。
    「きみ、何聞いてるか理解してる? ねぇ、なんでそんなに動揺してるの ? 声、ぷるっぷるだよ」
    「ビー玉、別な奴に渡すために俺に掘らせたのか?」
     正直に心の内を出すと、同時にポロッと涙が目尻から落ちた。
    「はあ!? 私がそんな非道なことを――! するか。うん、するかもね。でもね、私はただ、渡したい相手にタイムカプセルを見つけて欲しかったし、開けて欲しかったんだよ」
     納得したような声と、諭すような声が返ってきた。顔が見えないのが、寂しい。いつもみたいに馬鹿にする表情が見たかったし、呆れる顔が見たかった。
    「私は、ロナルドくんにあげたかったから今日ここに来たんだよ」
     はっきりした声。どう、これで伝わった、と聞いてくる。見えていないと判っていても、首を何度も縦に振ってしまう。
    「タイムカプセルに書いたこと、憶えてたんだな」
    「憶えてるとも。とても寒い日に埋めたからね」
     ロナルドの脳裏に、寒くて何度も死にながら埋める姿が浮かんだ。
    「おまえ、あのとき、キスしても無反応だったから……」
     そう返すと、少しだけ寝袋が持ち上がる。起き上がりそうになったのだ。
    「……? だって膝にジョンが居たんだよ? どんな反応をすれば良かったの? ジョンを棺に移して、お菓子を片付けて食器洗って、寝巻きに着替えてから続きがしたかったけど、君は事務所に行って執筆し始めてたじゃない?」
    「う……ッ」
     確かにその通りだ。ドラルクはただ単に、キスの続きをしていい状態に整えたくて席を立ったのだ。それに自分が気づかなかっただけで。そして勝手な思い込みのまま、春を迎えたのだ。
    「ねえ。私が起きたら、続きをしようか」
     袋越しでもににやにやとひとの悪い――いや、吸血鬼の悪い顔を見せているのが判る。
    「クッソ!……したいです」
     思わずハンドルに顔をうずめた。馬鹿みたいだ。自分の顔を見なくとも、耳まで真っ赤になっているのが判る。姿を見せていたら、きっと赤面ルドとか馬鹿にされていた。
    「ハハハ。よろしい。起きたら私も楽しみにしよう。ビー玉、だいじにしてね。私は、もっと綺麗な青い宝石をだいじにするからさ」
    「……青い宝石って、何?」
    「ヒント、目玉」
     そう返されて、自分の目の色を思い出す。
    「俺の目かよ!」
    「ふふ、おやすみ」
     ちゅ、と投げキッスをしたようで小さなリップ音が聞こえ、寝袋が動きを止める。ロナルドはエンジンを掛け、シートベルトを締めると、壺の中からビー玉を取り出して陽にかざした。綺麗な青に、ひかりが宿る。
     今から帰れば午前中には着く。少し休んで、午後の依頼をこなす。陽が暮れて起きたドラルクと、早く会いたかった。
     ドラルクの帰る場所はロナルドの家で、ドナルドの隣にはドラルクが座り、眠る。ドラルクが笑うときは、ロナルドも笑う。ロナルドの隣を、これから先もずっと棺の定位置にして欲しかった。
     かれの家は、ロナルドの隣であって欲しかった。
     たくさんキスをしたら、またここに来よう。今度はひまわりの咲き誇る時期がいい。そしてまた三十年後に開くタイムカプセルをふたりで埋める。三十年後も、ひまわりの下に灰はなく、つつがなく平和な日々をふたり、ともに迎えることを願うのだ。
    (了)

    akatsukiayako Link Message Mute
    2022/09/29 22:02:56

    ひまわり

    3月27日開催のWEBオンリー、ソファと棺桶5の無配再録です。PDF版をDLしてくださった方々、ありがとうございます。 #ロナドラ

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