貴方の便りをずっと待っています。ーーー目まぐるしく変わってゆく世界情勢、塗り替えられる勢力地図、台頭する者、蹴落とされる者、勝者と敗者。
飛び交う正誤さえ分からぬ情報、暗躍している者たち。
真に信じられるものは何?
頼れるべきはずの海軍などもうない。
武力に対抗できない一般市民の今日明日の生活や小国の今後の左右など、時代の波や力ある者の意思によって簡単に呑み込まれてしまう程度のものでしかないのだ。
ーーーそう歴史が全てを語っている。
もはや、頼れるのは己自身。
頼りだったはずの国も、組織も、政府さえ、誰が敵か味方か分からない。
我々力なく非力な民衆は、どうこれからを生きればいいのか?
時間に流されるまま身を任せるべきなのか?
武力を、武器を手に取り、自らを守るべきなのか?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
街角にたつ、とある家の一室。
月明かりに照らされた窓辺近くに向かい合うように並べられた2つの椅子。
そこに座る恋人達には、決断の時が迫っていた。
国による大規模な徴兵。
すでに多くの若者たちが街から、近所から消え、お国のため、国民のため、国防のため、
軍へと籍を移し、遠く国の要所となる各任務地へと配属されていった。
まだ、戦場の気配はしない。
しかし、確実にその日はやってくるのだと、国に住む誰もが感じ取っていた。
若い青年は恋人たる乙女の右手を両手で優しく握りしめると、祈るようにその手を額へとあてる。
震える肩、堪えようとする嗚咽。止むことがない青年のその涙を、娘は空いた左手の指先で優しく拭った。
言の葉は十分過ぎるほどすでに交わした。
2人の出会いはニュースクーによるいつかの文通相手募集の欄。
実際に出会った彼は現実では無口で寡黙だったけれど、紙面の上ではとてもお喋りで、いつも彼女の心を明るくし弾ませてくれた。彼の内面を表すように、柔らかく整った文字列。そっと、それに添えられた季節の菓子や草花。
月日をかけて何十通と交わされたその
文達は、娘の自室に一通足りとも欠くことなく、大切に、大切に、し舞い込んである。
何故って、彼女にとってこれらは一等なによりも大切な宝物なのだから。
だから、今宵彼から告げられたその一言に娘は動揺しなかった。
決して愛の言葉ではない。
悲しい別れの言葉でもない。
目の前の彼の全身が、彼のこれまでの
文達がそれを雄弁に私に伝えてくれる。
俯くその顔をあげさせて、赤い眉尻と額、そして唇へと口付けをひとつ落として微笑みかける。
明日には国から支給された軍服を身に纏い、国の使いによってどこかへと送られて行くのだろう。
嫌にでも幾度も目にしてきた過去の光景。嘆き悲しむ親子の姿。まだものを知らぬ幼い兄妹たちの笑み。先に送られゆく友人を祝いのように振る舞う人々。
想像にかたくなかった。
気丈に振る舞うこのハリボテの虚勢でさえ、その瞬間になってからはこの胸をひどく引き裂き血を流し痛みを齎すのだろう。
それでも、今夜だけは彼と共にーーー
言葉少ない私を愛し、情けなくも目の前で涙する男を励まし癒してくれる彼女。
互いの瞳を見つめ合い、ゆっくりと彼女を決して離れることがないように強く抱きしめると、
首と背に回されたその細く白い手が同じように抱き返してくれた。
いつでも、彼女はそうだった。
対面では緊張が上回り口が動かせない自分を気遣いリードし、文面でしか語れぬこの心を理解してくれた。
彼女は私を面白くて優しい素敵な人だと言うけれど、彼女の方こそ紙面の上ではいつも私を有頂天にさせたり振り回し過激な内容で驚かされたり……けれど相手を気遣うその人柄が溢れんばかりに滲み出ていた。
他人は彼女を貶すのだろうか?
明日、故郷を旅立ち死ぬかもしれぬ今生の別れともなり得る恋人に、涙のひとつも流さないなぞなんと冷たい女なのか、と。
しかし、彼女の瞳は、態度は、いつもその胸の内を雄弁に示してくれている。
明日、街の広場で軍服を身に纏う私を見て彼女はきっと……。
故にこう言うのだ。
「戦いにいってきます」と。
愛しい君を守るため、たとえこの命が散ろうとも。
私は自らこの道を選んだのだと。
たとえ、2人の距離が遠く離れたとて、
文が交わされ続ける限り、2人の愛も誓いも永遠に途切れることは無いのだろう。
ーーーこれは、
偉大なる航路に浮かぶ、とある一国での話。