Monochro(se) mosaic♀気になる背中 ギャリー+イヴ訪れたゲルテナ展で、偶然知り合いのご夫婦と出会った。
軽く挨拶と談笑を交わしたところ、奥さんが「そういえば娘は何処に行ったのかしら……」と心配そうに辺りを見回し出した。
旦那さんは「そんなに心配いらないだろう」と言っていたけれど、
自分は何気無しに探し手を申し出ていた。
9歳ながらもどこか落ち着きのあるあの子のこと。
自分も旦那さんと同じように思っていたのに、
何とも言えない嫌な予感がして。
娘さんのイヴちゃんを探す途中で、
自分は一時期美術館でよく見かけた人のほうを先に見付けていた。
くたびれた青鼠色のコートに癖のある髪、ひょろりと伸びた身長は高く、手足は長い。
特徴的なその風体、毎度見掛ける度にモデルを眺めるような目で追ってしまってる。
一度頼んでみようか、なんてことを何度も考えていたけれど、そんな大それたこと、やはり
自分には出来ないと溜め息を吐いてばかりだった。
(そういえば)
いつも後ろ姿を遠目に見るばかりで、彼の顔はちゃんと見たことがないなと気付く。
そう思い出すと好奇心が育ってしまって、
自分は彼の横……に展示されている絵画の前に立っていた。
横目で見れたなら隣に立ってみても大丈夫だと思ったが、
彼と
自分の身長差が結構あることを、近付いてみてはじめて知ったから。
彼の表情を窺ってみようと、
自分は僅かに仰ぎ気味で顔を横へ向けてみた。
……が、何ということだろう。
(……こちらからだと、顔が、見えない)
彼の顔左半分は最早全体的に前髪で被われているようで、せめて横顔だけでも……なんて淡い期待すらも見事に打ち砕かれてしまった。
そして、
「!!」
彼がこちらのほうへ顔を向け歩き出して来ると、
もう
自分はどうしていいかもわからず、咄嗟に顔を伏せてしまった。
(ああ……目は合っていない筈だけど、あんな不自然な行動していたら……というかこんなあからさまじゃ――!)
顔を見ようとしたことがバレていないかとか、結果はどうあれ窺い知ることの出来た彼の面立ちとか、そんな彼が正に隣にいること等々が、
自分の小さな頭のなかで巡り回って。
服の裾をギュッと握ったまま、
自分は立ち竦んでしまっていた。
「……
ジョゼ、さん?」
微かな声音と共に袖を引かれる。
ゆるゆるとそちらを見遣れば、そこにいたのは、
「イヴちゃん!」
探し人のイヴちゃんだった。
「!……シー」
「あ……」
思わず声を上げてしまい、イヴちゃんも驚いて手を引っ込めてしまったが、直ぐ様彼女は人差し指を立てて口許に寄せてきた。
自分もそれに気付いて辺りを見回し、誰にでもなくペコペコと頭を下げる。
途中、彼とばっちり目が合ってしまったけれど、彼は微笑みながら、
「気にしないで」とでもいったように小さく手を振ってくれた。
先程のことも相まって、
自分は顔が熱くなるのを感じながら、再び俯いてしまった。
※♂抉れる気持ち メアリーザクッ ガッ
……マネキンの頭抉って何が愉しいのやら。
このオヒメサマは大層ご機嫌を損ねておられるようだ。
「邪魔だなぁ……邪魔だなぁ……」
呪詛の如くその言葉を呟き続け、何度も何度も血の涙を流すマネキン(の頭)へとパレットナイフを突き刺すメアリー。
今の今までイヴの隣で楽しげにしていた様子とは、180度違う。
(自分、何かしたっけ)
出来うる限り、彼女の望みに沿えてやろうと立ち振る舞ってきたはず。
……無駄に暴れたくなって、行動に移したりもしたけど。
「邪魔だなぁ……」
ザッ ガツッ
「なー、メアリー」
ガッ ザクッ
「邪魔だなぁ……」
「……自分、ジャマ?」
ガツッ ザクッ ザッ
呟きは、止まった。座り込みながらメアリーの次の言葉を待ってみる。
「……ロイクは、邪魔じゃない、よ?」
「それは幸い。……じゃーイ「違う」……そっか」
言葉被せられた上に、一瞬パレットナイフ構えた状態で振り向かれた。
血に染まったそれと少女らしからぬ剣幕に気圧され、浮上しかけた気持ちとともに、返答だけが自分の口から旅立って行った。
ザクッ ガッ ザッ
「邪魔だなぁ……」
またもメアリーが呟き始めてしまう。
どうにか……いつも通りの彼女に戻せないだろうか?
待ってて貰っているイヴが、心配して見に来ないわけはない。そこにこんな状況をぶち当てれば――
ザクッ
(まあ、やばいよな)
「あー……やっぱ男相手だと話づらい? とかあるのか?」
女子はおしゃべりが好き、と相場は決まっているのでどうにか興味を引いて貰おうと、駄目元で話を振ってみる。
「……」
(お、止まった)
「アイツも、いや、妹も友達と一緒にお菓子作りするーとか母さんと良く話してたけど、
自分が捕まえたバッタについて話してもつまらなそうだったしなー」
「いもうと……ともだち……おかし……――お母さん?」
何とか気を引けたのか、メアリーは自分の発した単語を反芻するように繰り返すと、
先程の凄み顔とは打って変わって、ぽかんとした表情で振り返ってきた。
腕も止まっている。よしよし。
「そーそ! お母さん、お母さんだよ。メアリー父さんしかいないんだろ?」
「うん……」
「出れたら自分の母さん見せてやるよ!……あーでも、イヴの母さんのほうが先かなー。ここ来てるって言ってたし」
「イヴの、お母さん……――会いたい!」
パッと目を見開いて顔を仰ぐメアリー。
いつもの調子に戻ってきた彼女に、自分は心内ホッとする。
先程まで覗き見ていたメアリーの表情は、おどろおどろしくも痛々しくあり、
花のように笑う彼女ばかりを見てきた自分にとっては、どうにかして払拭したいものだったから。
「じゃあ早く出ねーとな! みんな一緒になって」
「みんな……いっしょ。イヴも、ロイクも……」
「おう、ジョゼやギャリーとも早く合流しねーと――」
ガツッ
再び響いたその音に、自分は直ぐ様宙に漂わせていた視線をメアリーへと戻した。
気付かぬうちに、また彼女はマネキンの頭へと向き直っており、
その手に握られたパレットナイフは――深々と、マネキンの頭に突き刺さっていた。
「……メアリー……」
「あの人、邪魔だなぁ」
ザッ ザクッ……
その言葉と、最早止まぬであろうその行為に自分は大きな不安を抱えながらも、
唯々黙りこんで、彼女を見つめることしか出来なかった。
「……メアリー?」
震える声音が降り注ぐその時まで。
♂迷宮を前に イヴ+ギャリー「うっ」
「ん、どうしたギャリー?」
ドアを開けた先を見て、ギャリーが微妙な声を上げた。
「何でもないわ」なんて彼は返してくるが、その諦め半分みたいな雰囲気がそんなことはないと訴えかけてくる。
「えー、そうは見えねーって。何だよ水くせぇな」
「水臭いって……まだアンタと出会って数十分ぐらいなんだから当たり前……ってイヴが先行っちゃうじゃないっ!」
「あ、やべ」
入り口ですったもんだしていたら、イヴがそそくさと【ラビリンス】に突入して行く背中が見えた。
まったく頼もしいというか怖いもの知らずなお嬢さんで。
「イヴー勝手に行くなよー」
「イヴ! 変なのもうろついてるんだからひとりで行っちゃ……」
「!!」
左右を確かめる動作をしたと思ったら、もう一度左に振り返ったイヴがあからさまにたじろぐ。
まさにギャリーの言った“変なの”を見付けたんだろう。
「ちょ……アンタ……ッ」
「イヴ! 戻って!」
入り口を塞ぐように立っていたギャリーごとドアを開けて、
片手はドアを押さえ、もう一方は口許に添えつつで自分は叫んだ。
振り向いたイヴは察したかのように、直ぐ様こちらへとかけてくる。
まったくもって賢いのかはたまた――
「あっ!」
「げ」
子どもは、よくコケる。
慌てたイヴはお決まりのごとく足を縺れさせてしまったようで、
こちらへと向きかけた勢いのまま盛大に倒れ込んだ。
「い……たぁ……」
顔を歪ませて立ち上がろうとするイヴの背後に、
角を曲がってきた首なしのマネキン――【無個性】と名付けられたそれが迫ってくるのが見える。
自分は目を見開きながら、咄嗟に彼女の名を叫ぼうとして、
「イヴッ!!」
先を、越された。
そして若干押し退けられた。
ほつれたコートの裾が翻って、自分は一瞬驚いたけれど、
イヴを抱き抱えるその背中に向かって改めて叫んだ。
「ギャリー! 早くッ!」
◆ ◇ ◆
(主にギャリーが)息も絶え絶えに、一旦【ラビリンス】から脱出した自分たち。
「足挫いてない?」「大丈夫」なんて会話を交わしているふたりを後目に、自分は若干沈んでいたりした。
「……ロイク? 大丈夫?」
いつの間にかそばに寄ってきていたイヴと目が合う。
「――ん、何でもねーよ。怪我なくって、ホント良かった」
自分は多分、微妙な笑顔を浮かべていたんだろう。
イヴは困ったような表情のまま首を傾げたので、「良かった良かった」と誤魔化すようにその頭を撫でた。
「ロイク」
今度はギャリーの声が自分の頭へ降ってくる。
思わず腕を止めてしまって、やはり心配そうなままのイヴの瞳がこちらを見上げてきた。
「アンタ……」
「うん、ごめん」
迫るギャリーの腕からイヴの上へと影が落ちて。自分は彼が言い切らない内に、吐き出した。
「端から、自分がイヴを連れ戻しとけば、良かったんだよな。
イヴも怖い目見たり、コケたりしなかったんだ」
忘れていた。
アイツだってこれ位の時は、自分の後ろを追ってきたと思ったら、よくつんのめってたじゃないか。
顔をぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくってたじゃないか。
「ホント、ごめんな?」
今出来うる限りの笑顔を、そう思いながらイヴに微笑みかけた。
「ロイク……」
揺れる彼女の瞳に、自分は心が見透かされるような感覚に陥る。
違う、そんな表情をさせたい訳じゃない。
イヴの視線を振り切るように、自分は目を閉じながら顔を上げた。
「ギャリーも――」
むぎゅ
……仰いだと思った自分の顔が、両頬を押さえ付けられながら固定される。
驚いて目蓋を開ければ、片方だけの視線にガッチリ捕まって、更にそれが段々と距離を詰めてきやがった。
ごち
「って」
ホントは別段痛くもないが、ぶつかった額に思わず声を上げる。
するとその状態のまま、ギャリーは喋りだした。
「まったく……過ぎたことをああだこうだ言っても始まらないでしょ?
それにロイクがそこまで気負うこともないわ」
「大体ガサツなアンタじゃ、どっちにしたってイヴは転んじゃってたわよ」と言いながら、やっと彼は自分の頬を解放してくれた。
支えのなくなった自分の身体は、情けないことにゆらりとふらついて、そのまま尻餅をつく。
「ロイクっ、大丈夫?」
先程と同じイヴの問い掛けなのに、見上げた彼女の瞳には驚きの色が垣間見えて。自分はまた一瞬俯きかけてから、「ぷっ」と吹き出し、
「へっちゃら過ぎて笑えてくるわ」
と、差し出された小さな手のひらにそっと手を乗せた。
◆ ◇ ◆
「さーて、先頭・自分、真ん中・イヴ、一番後ろがギャリーと隊列も決まったし、
【ラビリンス】再挑戦だぜー!」
【ラビリンス】へのドアを背に、自分が意気揚々と右腕を振り上げればイヴも合わせて「おーっ」と両手を掲げてくれた。
まったく可愛らしいヤツである。
「ギャリー、気合い足んねーぞー?」
両手を組んで仁王立ち状態のギャリーへと細めた視線を送れば、彼は「まったく馬鹿らしいわ……」等とぼやいていたが、
イヴに促され、ため息混じりに片手を少し上げた。
「んじゃードンドン行きますかー」
「あっ、ちょっと待ちなさい!」
と勢いよくドアを開けたは良いが、ギャリーに呼び止められて早々に出鼻を挫かれる。
「なんだよーこの列び順ならとりあえずイヴ守れるし、まだ他に何かあるのかー?」
「ギャリー、どうしたの?」
自分とイヴふたりに急かされて、
ギャリーは「いや、大したことじゃないんだけど……」と言葉じり弱めに、胸の前で指を弄びながら話を続けた。
「この迷路、ちょっと天井低くて歩きづらいのよ……」
そういうギャリーの言葉を受けて、入り口に向き直った自分は【ラビリンス】の天井を見遣る。
成る程、言われてみれば天井=ドアの高さ=手をかざしてみたら自分の身長で結構ギリギリ位だった。
イヴにはいい感じの高さな迷路だ。
振り返ってギャリーの横まで来てみれば、成る程成る程、
「ギャリーって無駄にタッパだけはあるよな!」
「なっ、“無駄に”は余計なお世話よ!! ロイク!」
怒ったギャリーを自分は笑いながら適当にかわして、ふと、【ラビリンス】へのドアを横目に見た。
イヴがドアから首だけをなかへと覗かせて、また左右を眺めている。
正面から、【無個性】。
「イヴ!!」
今度は自分とギャリーの叫び声も、見事に重なっていた。
物凄く薄味の各夢主設定(読みたい人だけ用)♀ジョゼ
無口で内気な美大生。
イヴの顔見知り(イヴママと親しい)、ギャリーとは初対面のようでそうでもない。
♂ロイク
妙に明るく好戦的な青年。追いキャラにも立ち向かう。
メアリー(やイヴ)を見ていると妹を思い出すらしい。