序章:夢のはじまり、夢の終わり
ぽっかりとどこかに空いたような、黒い空間。周りを見渡すけれど誰もいない、そんな場所に私はふわふんと浮かんでいた。
とそこで、誰かが私を呼ぶ声がする。
『エレノア、エレノア……君だけは、どうか幸せに。幸せに生きて』
これはきっと夢だわ。
なんとなく、そう思う。夢だから覚めなくてはいけないけれど、その声は心地が良くて、どうにも目覚める気にはならない。春の暁のように、心地よくて、なかなか目覚められない。
『君だけは、生きて、幸せになって』
その声はあまりにも優しく、儚げで、耳に馴染む。ずっと昔から、うんと幼い頃から知っているような、そんな錯覚さえ覚える。それほど聞いていてとても落ち着く声だ。
(あなたは誰?)
私はそう問おうとしたけれど、躊躇って口に出せない。
(私は、あなたを知っているの……?)
知っているような、いや、知らないはずがないというようなやさしい声。
私は聞いたことがないはずのこの声を、ずっと昔から知っているように懐かしみを覚える……いや違う、ずっと昔から知っていたはずだ。そばにいたはずだ、ずっとずっと、側にいたはずだ。
――おかしい。私はこの声を知らないはずなのに。
『どうか、僕のことは忘れてね』
声はそう響く。真っ暗な空間に、ぽーんと響く。
『さようなら、エレノア』
私はそこで、夢から醒めた。