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    【番外編】ひとり
    「そうだユリウス、お前に暇(いとま)を与えるぞ」
    「は?」

     思わず、王の言葉に真顔で聞き返してしまった。

    「そうだ、そうしよう。明日から二日間、お前は休みだ! 働き過ぎだなんて、いいことがないからな」

     その言葉に驚いて、言葉を失ってしまった。ぽかんと口を開けたまま、王の顔を見つめる。
     王の気まぐれには慣れているつもりだが、それでも唐突すぎるとユリウスはため息をついた。


     ***


    「暇だ……だからといって、することもないし」

     ユリウスは自室の椅子に腰掛け、なんとなくそう呟く。寂しい独身男のつぶやきは、聞く相手もいないので空(くう)に消えてゆくだけである。
     椅子を揺らしながら本を読むのだが、家にある本は全て読破しているため、あまり読んでも面白くはない。新しい本を長らく買っていないからか、どうにも読み飽きてしまっている。しかし、新しい本を街へ買いに行きたいとも思わない。どうにも面倒に感じてしまう。
     もともとユリウスという男は自分に興味が薄い、部屋は利便性を求めて綺麗にしているのだが、食事は簡単に済ませてしまう。自分のためになにか高いものを買うというような贅沢もしない。だからといって貯蓄が趣味というわけでもないのが、また難儀なところだ。ある程度まとまった金はあるが、それは自分が育った孤児院に寄付してしまう。多くを持たないが、とくに生活に困ることもない。贅沢もしないが、質素に暮らしているわけでもない。ようするに、どうでもよく、ほどほどに生きているのだ。
     だからこそ困る、何かしたいという欲が彼にはない。欲というものはありすぎても困るが、彼のように極端に無くてもそれはそれで困るのだ。

     そんなことをぼんやりと考えていた折に、部屋の静寂を破るものが現れた。
     リンリン、と家の前で鈴の音が聞こえる。来客だ。
     誰だろう、そうは思いながらもユリウスは扉から客を覗きこんだ。客の顔を確認すると、はあと息をついて扉を開けた。

    「……お前も暇なやつだ」

     客はエレノアだった。
     この国の人間とは違う白い肌、見かけないような深い藍色の髪は後ろで高く結われている。まつげが長く、そこから覗く藍色の瞳もまた美しい。エレノアはこの王国と同盟関係を結ぶ神竜国の人間で、王族の直属護衛の任に就いていたという。なるほどそれもうなずける美貌である。他人から見ればそれはうっとりするものであるのだろうが、ユリウスはとんと興味が無いので、彼女とはさっぱりとした関係を築いている。お互いに、お互いが恋愛対象外なので付き合いも気が楽だ。何も期待せず、何にも気を遣う必要がない。そういう意味でエレノアはユリウスにとって気楽な客だ、軽口もきける。

    「なにそれ、お客様に対する第一声がそれ? ……貴方、そんなに口が悪くて、無愛想なんじゃ結婚できないわよ」

     エレノアは口が悪い。少なくともユリウスはそう思う。身なりは見苦しくないように綺麗に整えているが、特に洒落た恰好にしたいというわけでもないのだろう。人に文句は言われないが、特段洒落ているわけではない。だから口も遠慮がないし、図々しい。
     だが、変に媚びを売る女より、ユリウスにとっては好感が持てた。男の目ばかり気にして着飾るような女が、王族の護衛など務まらないだろう。他の騎士団の人間であれば放って置けるが、自分の部下が着飾っていれば問答無用で剥ぐ。

    「何がお客様だ。こんなに図々しい女が客なわけがあるか」

     ユリウスは負けじと言葉を返すが、エレノアに上がらせてよと言われ、素直に上げてやった。エレノアはきょろきょろと部屋を見回した後、相変わらず素っ気ない部屋ねと嫌味を言って、勧められた席についた。
     何のようだ、ユリウスがそう聞く前に、彼女は持っていたバスケットから大量の野菜や果物……食材を取り出した。

    「ルディに頼まれたのよ。ユリウスが休みだと思うけど、どうせ不摂生な生活しているだろうから様子を見てきてくれって」

     ルディ――第三騎士団(ジェミニ)騎士団長ルドウィグはユリウスの、唯一と言ってもいい友人だ。なるほど、第三騎士団は門番を務めているため、他のどの騎士団よりも忙しいと言える。彼はもちろんその騎士団長であるのだから、休みはユリウスの次に少ない人物だ。だから、エレノアに自分の代わりを頼んだのだろう。

    「台所、使わせてもらうわね」
    「……好きにしろ」

     エレノアはユリウスの返事を聞いて、てきぱきと支度を済ませていく。普段から料理をするのだろう、彼女の手つきはとても手馴れていた。
     ユリウスははあ、と息をついて、本をまた開く。そうして、十分ほどぼんやりと過ごしていると、エレノアに出来たわと声をかけられた。
     食卓にサンドイッチを並べられる、なるほどどうりで早く出来たわけだ。

    「ねえ、他の食器が何処かわからないから、教えて欲しいわ」
    「いや……俺が出そう。お前は座っていろ」

     ユリウスはエレノアを座らせ、グラスをふたつ出そうとしたところで彼女にひとつでいいと言われる。彼女はユリウスのために食事を作り、そのまま帰るつもりらしい。
     それでは客人に申し訳が立たないと、ユリウスは彼女を引き留めることにした。食事を作ってもらいながら追い出すような真似が、非常に申し訳なく感じたからだ。
     ユリウスにおされて、エレノアはしぶしぶと言った様子でグラスを受け取る。食事はユリウスの分しか用意されていなかったようなので、仕方なくユリウスだけが食事をとった。







    「貴方ねえ、悪い人じゃないんだから……もう少し愛想よくしたら? 結婚どころか、彼女も出来ないわよ」
    「ああそうか」
    「あのねえ、私は貴方のこと心配しているのよ」
    「大きなお世話だ」

     取り付く島もないという様子でユリウスが切り捨てると、ため息をついたのはエレノアの方だった。

    「貴方と結婚する人は、よっぽど貴方に惚れ込んだ人でしょうね。そうでなければ、貴方の言動をいつも聞いていたいだなんて酔狂なこと……ルディでもない限り思わないわ。そうね、やっぱり貴方は結婚できなさそう……女性に対する優しさどころか、気遣いを感じないのよね」
    「嫌味か? ……それに、お前は女性だなんて言われるほど、お淑(しと)やかで、庇護されるべき存在か?」

     エレノアに言われたことはそのとおりだ、とは思いながらもひと通り反論しておく。

    「ああ、なるほど。私ではない女性へなら優しく気遣うってわけね」
    「そうなんじゃないか?」

     嫌味に嫌味で返す。
     エレノアが庇護されるべき存在だとは思わない、というよりとうてい思えない。なぜなら彼女がとても強いからだ。
     以前、第一騎士団(アリエス)の人員が足りず、彼女に助っ人を頼んだことがある。その際、実力がなければ務まらないということで、ユリウスは彼女と手合わせした。手合わせと言っても、真剣同士の勝負だ。手を抜いたほうが怪我をするくらいなので、手を抜いたということはない。
     そして彼女の実力はというと、彼女の母国での地位が裏付けられるように、とても高いものだった。第一騎士団員と並ぶ実力を彼女は持っていた。
     王族警護を担当する第一騎士団員と並ぶ実力を持つ彼女が、そこらの犯罪者に負けるはずがない。そこまでの実力がない「魔女」であれば、彼女は容易に勝ってしまうだろう。そんな女性が、庇護対象であるはずがない。

    「まあいいわ。とにかく用も終わったし、帰るわね」

     ユリウスが食べたあとの食器を洗って――そんなことしなくていいと言ったのだが、押し切られた――、エレノアは手際よく身支度を整えて、バスケットを持つ。

    「貴方、自分を気にかけてくれる人や、好きになってくれた人に冷たいのよ。私はいいけれど、貴方に恋をした女の子が現れたら、大切にしてあげなさいよね」

     そんなことを言い残して帰っていった。


     ***


     珍しく休みの平日。彼はまた日がな一日することもなく、読書も飽きて、ただぼんやりと空を見つめていた。数年前であれば、エレノアがルドウィグの代わりに押しかけてきたであろうが、彼女はもうこの国に居ない。ルドウィグも仕事で忙しいので、ユリウスの部屋の静寂を破るものは居ない。
     しかし、彼にとってそれは寂しいことだ。ひとり。またひとりなのだと思ってしまった。
     その時、破られるはずのない彼の部屋の静寂をノックの音で破った者がいた。

    「ユリウス団長、いらっしゃいますか?」
    「……入ってきていいぞ」

     おそらくエレノアはこのような状況を想定しなかったのかもしれない。彼女に言えば信じられないと散々に言われそうなものだ。

     そうだ、今はひとりじゃない。
     彼はそう思える。だから何度も心のなかで繰り返す。ひとりじゃないと。


    ゆずもち Link Message Mute
    2020/05/28 8:22:28

    【番外編】ひとり

    ##小説 #創作 #オリジナル

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