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    第一話

     目を覚ましたそこが、どこなのかわからなかった。とりあえず起き上がって、周りをよく見渡そうとしたが、暗くてよく見えない。
     しかし落ち着いてじっと観察していると、少しずつ、闇に目が慣れて周囲が見えてきた。
     周囲にあるのは――大量の武器だ。ここは、どこかの武器庫なのだろう。斧、短剣、長剣――とにかくたくさんの種類の武器がおいてある。
     一体どこの武器庫なのか。私は確かめるために、ドアに手をかけ外に出た。

     そこは、私には全く見覚えがない場所だった。
     床も壁も白亜の石で出来ていて、よく磨かれている。壁には松明が灯されているので、廊下は十分に明るい。どこかの神殿のような――というよりも、王宮のようだ。 幼い頃、誰かに聞いた遠い国の宮殿に似ているような気がする。

    『エレノア、知っている? ここからずっと遠い西の国、ほら、人と獣人と妖精が暮すとても小さな島国。その国の宮殿は、暗い空によく映える白亜の宮殿だそうだよ』

     誰がそういったのかわからないが、その時聞いた様子に似ている。
     私はどうして良いかわからず、とにかく誰かに会おう、会って話をしなければと思った。そして、人を探して歩き始めた。


    ***


     ここは、本当に大神殿のように広い場所だ。一体、この場所はどこなんだろう。
    私が知る限り、私の国でこんなに大きな建物は大神殿しかない。
     ――さっき、どこかの国の王宮みたいだと思ったが、案外外していないかもしれない。
     そんなうぬぼれを覚えて、私はまだ長い廊下を歩き続けた。

     突き当りに、古びた大きな扉があった。私はそのあまりの大きさに驚いてしまった。
     とりあえず、行き詰まったので扉を開けてみるしかない。それか戻るだけだ。
     私は思い切って扉を開けた。

     中に誰かいる。
     私は恐る恐る、忍び足で近づく。まるで、悪者のようだと思うけれど、知らない場所にいて、どうやって入ったのかわからないから、どうしても不法侵入したような気持ちになったのだ。

     中にいたのは、二十代前半に見える(おそらく)青年だ。おそらくというのは、彼の髪型がおかっぱで、顔立ちもいかつくはない。どちらかというと中性的で判断しづらい。そんな女性にも見える人だからだ。
     しかし、ズボンを履いているし、体つきからして男性ではないだろうか。
    彼は、ろうそくを灯して本を読んでいるようだ。
     話しかけようとそっと近づいていくと、彼から先に声をかけられてしまった。

    「君は誰だ。どこの所属だ?」
    「へっ?」

     あまりにも驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
     彼は本を閉じて、ろうそくを持つ。そこで彼の顔があらわになる。
     少しオレンジ色の炎に照らされて分かりづらいが、青緑色の髪と目をしている。くりっとした顔立ちはどこか可愛らしくて親しみを覚える。やはり男性だ。

    「僕は第六騎士団長、フェルナンド。君は? どうしてこんなところにいるんだ?」

     フェルナンド、そう名乗った青年の言っていることが、私には理解できない。
     所属? 騎士団? 何を言っているのだろうか。

    「えっと私は……あはは……ここどこですか?」
    「……ここは、王宮の大図書室だけど。何を言っているんだ? 君、もしかして」
    「あっあの、失礼します!」

     私は、当初の目的を果たしたので、なんだか恐ろしくなってすぐさま逃げてしまった。
     王宮? 私の知っている王宮ではない。私の国の王宮は、少なくとも白亜の石で出来ていない。
     それに、王宮の大図書室は入ったことがあるけれど、違う、全く違う。こんな場所ではない。
     夢を見ているのだろうか、私の頭は混乱する。私は全く知らない場所にいる。もちろん、自分がこんな場所に来た記憶なんてものはない。自分でこの場所に来たはずがない。

     後ろから追いかけてきた足音――おそらく、フェルナンドのものだ――が聞こえる。
     しかし私は立ち止まらない。
     夢ならば覚めてくれ、そう願いながら廊下を走り抜ける。

     ――そこで突然、私は驚いて、後ろによろけて倒れてしまう。
     目の前に金髪の男性が立っていたからだ。危うく、ぶつかってしまうところだった。

    「お前は何者だ? 見たところ、似たような服を着ているが所属を表すエンブレムがない。騎士団の人間ではないな――侵入者め」

     恐ろしく、冷たい声で金髪の男性はそう告げる。そして躊躇いなく、私の喉元に剣の切っ先を向けた。

    「ユリウス団長! その者は……」
    「なんだフェルナンド、お前も侵入者に気づいていたのだろう……来るのが遅いぞ」
    「すみません……彼女が、侵入者というのは?」

     金髪の男性はユリウスというらしい。
     ユリウスとフェルナンドは私を無視して話を続ける。

    「突然王宮内に、巨大な魔力の持ち主――こいつが現れた。そこで俺は捕らえに来たのだが。まさかお前、気がついていなかったのか?」
    「いっ、いえ。気がついていましたが……対応が遅れてしまい」
    「早くしろ、この侵入者をどうするか、陛下のご意見を仰いでくる。見張っていろ」

     フェルナンドはユリウスが苦手なのだろうか、しどろもどろというか、答えにも詰まるし、どこか申し訳なさそうにしている。
     ユリウスはフェルナンドにそう言い残したあと、どこかに消えていき、私は廊下でフェルナンドとふたりで取り残されてしまった。



    「すまない、あまり女性に手荒な真似はしたくないんだが……」

     そう言うと、フェルナンドは指をふる。すると、闇属性の縄魔法が私を捕縛する。
     フェルナンドは魔法属性の中でも珍しい、闇属性の持ち主らしい。

    「ユリウス団長はああ言ったけれど、君は侵入者なのか? 僕にはそうは思えない。なぜなら――」

     フェルナンドが私に何かを言いかける、そこへそそくさとユリウスが戻ってきた。
     何が何でも早すぎやしないか、まだ三分も経っていないはずだ。

    「……信じられない事だが、陛下自らお前に謁見したいそうだ。来い!」

     ユリウスは低い声でそう言うと、座り込んでいた私を無理やり立たせて、ぎゅっと引っ張り、歩かせた。
     痛い、そう思うけれどどうしようもない。

     私はどうなるんだろう。侵入者として、裁かれてしまうのだろうか。
     だとしたら当然だが、ここがどこなのかもよくわからない上に、全く知らない土地で死ぬなんて嫌だ。
     夢ならば覚めてくれ、また強くそう願った。


    ***

     謁見室に通されて、陛下と呼ばれた男性を見て私の希望は砕ける。
     私は立場上、自国の王と顔見知りだ。しかし、私の国の王ではない。ここは、少なくとも私の国ではないらしい。

    「えーっと、君が……ユリウスが言う、侵入者?」

     陛下、そう呼ばれた男性はとても優しく私に語りかける。柔らかい金髪は光を受けて淡く輝く。刻み込まれたしわから、彼の苦労が伺えるようだ。誰に対しても優しいという印象を与える素敵な人、それがこの国の王だ。
     変わった王だ、そう思う。いや、愚かというべきなのかもしれない。なぜ、王が自ら侵入者に謁見したがるのだろう。
     私は違うから良いが、もしも相手が暗殺者だったらどうするつもりなのか。

    「んー、なんだか、不思議そうな顔をしているね。私が愚かに見えるのかな?」

     その彼の言葉で、ぎっとユリウスが私を睨んだ。
     先程まで松明の元だったのでわからなかったが、ユリウスもかなり整った顔立ちをしている。整った眉に薄い唇、切れ長の瞳、すっと高く通った鼻筋。私が知る限りでも、指折りの美人だ(という言い方は男性には失礼かもしれないが)。
     彼の長髪も光を受けて、美しく輝いている、女子の私からしても羨ましくてたまらない。分けてよそのキューティクル。
     ユリウスから放たれる、そのような危ない空気を察したのか、王が口を開く。

    「ふふ、侵入者に謁見することに危機感は感じないかな。第一騎士団(アリエス)は皆優秀だし、フェルナンドもいる。つまり、私は安全だからね」

     私の脳内を見透かしたようなことを王は告げる。

    「それに君は、侵入者じゃない。そうだね?」

     王のその口調に、ユリウスは何か言おうとしたが口をつぐむ。

    「君はお客様だ。君は招かれて、ここへ来た」
    「え? お客様?」

     私は驚いて口を開く。ユリウスがまた鋭い目つきで私を睨んだので、口を慌てて閉じた。

    「遠慮せず話してくれていいんだよ」

     その様子を察して、王は私に声をかけてくれた。
     私はそれで安堵し、王に対して疑問を口にする。

    「私が招かれたということは、陛下が私を招いたのですか? それに、ここは、どこですかっ」

     私が矢継ぎ早に疑問を投げかけたので、王は朗らかに笑って、私を落ち着かせようとした。

    「まあまあ落ち着いて。うーん、私が君を招いたとも言えるし、そうではないとも言える。しかし、それは些細な問題だから、あまり気にしないでほしい。君の疑問に答える前に、まず、君の名前と立場を教えてほしい」

     私は王の言葉をよく理解できなかったが、聞かれたことに答える。

    「私は、神竜国王直属の部下で、近衛兵のエレノアです」

     周囲は呆気にとられたように、口をぽかんと開けていた。ある程度予想していた反応だ。すると、王がまた口を開く。

    「エレノア、ここは極西の王国……そういえばわかるかな? 古くから神竜国と交友がある、獣人と人間と妖精が共存する国だ」

     王の言葉を聞いて、私の脳裏にいつか聞いた誰かの声がよみがえる。

    『エレノア、知っている? ここからずっと遠い西の国、ほら、人と獣人と妖精が暮すとても小さな島国。その国の宮殿は、暗い空によく映える白亜の宮殿だそうだよ』

     極西ということは、私の国――神竜国とは真逆の方向だ。神竜国は極東の国だから。
     私はどうやら、本当に、ずいぶんと遠いところに来てしまったらしい。
     自分の国へ帰られるのだろうか。そんな不安が強くなり、頭がくらくらとしてきた。


    ***


    「私の国について説明しよう。この国では貴国とは違い、天上に輝く星々を神と崇めている。そして、君の国で言うところの竜騎士の代わりに、私には直属の十二の騎士団がある」

     つまり、私の国で言うところの竜騎士が先程フェルナンドが言っていた騎士団のことか。少し頭の中がスッキリする。

     他にも王はこの国の地理について、簡単に説明してくれた。
     北には神が眠ると言われる神山があり、その山は大きな活火山であること。そのため、北の大地は古くから獣人たちの集落があり、温泉などの観光名所もあること。そして、島の中部は人が多く住む田舎で、あまり開拓が進んでいないこと。一番気になっていたここ、島の南部は王都があり、活気あふれる市街地が広がっていること。
     丁寧に教えてもらったのだが、簡単にまとめると南はたくさん人が住んでおり、北に行くほど人がおらず、未開拓だということらしい。

     説明を聴き終わった私は、なにか聞きたいことはあるかと問われ、ずっと疑問に思っていたことを口にした。なんだか、とても迷惑をかけてしまうことで、親切にしてくれた王には申し訳ない気がしたのだが、私は黙っていられなかった。

    「私は……故郷(くに)に帰りたいのです。どうすれば、良いでしょうか」

     途端に王が、顔の眉間にしわを刻んだ。ユリウスのこちらを睨む目が、鋭く厳しくなった。
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    2020/05/28 8:20:21

    第一話

    ##小説 #オリジナル #創作

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