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    からの星にふたりぼっち 子供だ、とベジットは思った。
     聞き分けが悪く、すぐ癇癪を起こして、ワガママを言えばなんでも思い通りになると勘違いをしている、年端もいかない子供。ああ言えばこう言い、どうしたって大人の都合がつけられない。
     厄介なことにそれは人知を超えた崇高なるもの、つまりは神であった。
     知恵と力を持った神がなんだかんだと難癖を付けて、賢いはずの頭を馬鹿な方へと使ったのだ。



     子供だな、とベジットは思うときがある。
     神を自称する孫悟空の顔をした男は、物言いこそ知的だが、地球に住む人間からしてみれば物知らずだ。例えば地球人の娯楽や食べ物について話してみても、名称を知っていればまだ良いほうだった。勿論それは神に(もっと言えば第10宇宙の神が第7宇宙の知識など)必要無いとベジットにもわかっているし、人間嫌いを公言しているこの男が人間の文化を詳しく調べようと思うはずもない。ただ、嫌いになるには何かしらの理由があっただろうし、その理由に辿り着くまでに人間を知る機会もあっただろう。
     この男がどこまで人間を知っていて、どこまで知らないのか。ポツポツと言葉を交わすうちにベジットはそれを男から引き出そうとしていろんなことを喋った(これは単純に気紛れだ)。そうすると男は知らないものには必ず質問を返した。それはどういうものか、なんのために作られるのか、使い方は――。
     元々知識欲が強いタイプなのかもしれないが、ベジットにはいつしか、なんでどうしてと親に繰り返し訊く子供のように見えてしまっていた。ベジットを作り出す孫悟空とベジータが子持ちであるが故だろうか。顔色ひとつ変えず静かにこちらの話を聞く大の男の様子が、どうにも可笑しく、微笑ましい。
     そうして会話をする時間が増えていった。

    「どうした?」と声をかけられてハッとした。いつのまにか思いにふけていたらしい。隣に座る男がこちらを覗き込むようにほんの少しだけ首を傾げ、その拍子に左耳にぶら下がったかんらん色の宝石がキラリと光を反射する。
    「ちょっと考え事」
     そう言うと、男はふうんと興味もなさそうに鼻を鳴らした。「貴様でも思考の海に沈む瞬間があるのだな」などと男は嫌味っぽいことを吐くものの、それはほとんど独り言のようで、吐息と共に静かな空気の中へ消えた。
     思考の海に沈んでいるのはお前のほうだろう、とベジットは言いかけた。ベジットは男が黙って何かを考え始めたようだったので同じように口を閉じただけ。
     最近はこうした無言の時間が増えた。居心地の悪いものでは無かった。自分達以外の人間の話し声など絶対に聞こえないこの世界で、建物の間をすり抜けたり木の葉を揺らす風の音を聞きながらぼんやりするのも良いものだ。今は瓦礫で縁取られた空にゆっくりと沈んでいく夕陽が見える。時間は持て余すほどある。

     わかっている。この会話の意味も、新しい知識も、ベジットの存在も何もかもがこの世界に必要のないものだと。
     だからベジットは理由無く神を殺しはしなかったし、男もベジットを殺さなかった。片割れの《もうひとりの自分》が唯一の界王神としてこの世界に君臨したとき、男の役目は終わったのだろう。残されたのは左耳のポタラと、人間の身体と寿命。男は持て余した残りの時間を、突然現れたベジットに使うと決めたようだった。
     ベジットは元の時間軸から切り離されて孤立していた。何かが歪んでいるのかいつまで経ってもポタラ合体は解けずにいて、合体戦士として長時間存在している現状にすっかり慣れてしまっていた。ふと思い立って世界の国々を巡ってみたが、人間がいない世界は思いのほかつまらないもので、結局はこの崩壊した西の都に留まっている。だからこの男の側にいた。
     組手は早々に飽きた(実力差がありすぎる)。話のネタはそろそろ尽きそうだ。
     では、次は?

    「次は?」
     思考を読まれたのかと驚いたが、なんでもない、ただの催促だ。
    「他に知りたいことがあるのか?」
     訊くと、男は少し間を置いて「あるにはある」と答えた。男には珍しくぼかした言い方で、今度はベジットが首を傾げた。夕陽に照らされて、男の輪郭を象る産毛が光って見える。
    「知りたいと思うが、知ってもどうにもならない気がする」
     半分眠っているような、ぼんやりした言い方だった。「わかるぜ」とベジットは返した。
    「冷たい朝の空気に触れないまま、あったかい毛布の中にずっともぐっていたい気分だよな」
    「なんだそれは」
     男はふっと息を吐いた。笑ったのかもしれない。
     男が肩の力を抜いたので、ベジットは男に近づくために一人分空いた空間を埋めて座り直す。自身の肩をトンとぶつけると、応えるように男が頭を寄せる。手で触れようとはしてこないので、お互いに身体を寄せ合うだけにとどまる。最初は近づくだけで猫のように毛を逆立てーーもとい殺気を放っていた男も、ベジットの人間らしいスキンシップを許すようになった。人間嫌いを今更になって克服したのかどうかは知らない。
     じわりと体温が伝わってくる。生きているんだな、とベジットは意味もなく思った。
     伏せた瞼を黒い前髪に隠す男の顔は孫悟空のものだ。かつては銀色の指輪があった無骨な指も、邪魔者を排除しようと戦った身体も。それなのにひどく薄くて、小さい印象を受けた。

     子供のようだ、とベジットは思う。
     考えることを放棄せざるを得ない状況を呪いもせず、じっと終わりを待っている。その手で何かを得ようとせず、脚で歩み出すこともない。
     役目は終わった。――これは男の口から直接聞いた台詞だった。計画を企てたその瞬間から、男には終わりが見えていた。神でありながら人間の身体を持ち、故に完全に人間を排除できないと言われるまでもなくわかっていた。だから界王神の玉座に座るための《もうひとりの自分》が必要だったのだ。最初から己が駒であり、その事実は最後まで変わらない。本当は《もうひとりの自分》に殺されるつもりだったが、彼がそれをしなかったので、ここに在るだけにすぎない。男はそう語った。
     界王神の証であるポタラを回収しなかったのも、あの新しい界王神にも何か思うことがあったのだろう、とベジットは推測していた。結果、男はこうしてベジットの隣にいる。親を探すことに疲れて蹲ってしまった迷子の子供のように。

     ベジットは男の背に腕を回した。白いグローブに覆われた手が男の肩を掴み、男の身体は正面からベジットに抱き寄せられる。
     男は抵抗しなかった。引き寄せられた瞬間はこわばっていた身体の力が徐々に抜けていく。ベジットは男のうなじを掴み、体と体の境目を消し潰すように強く抱擁したが、男はそれ以上動こうとはしなかった。
     お互いのポタラがカチンとぶつかって、静かになった。とくとくと刻む心臓の音と布越しの体温だけが男からベジットに伝わってくる。

     生きている。確実に。この静かな寂しい世界で。
     ならベジットがここにいる理由はこの男にしかないのだろう。薄くて小さくて、力加減を間違えれば呆気なく壊れてしまうような男のために、孫悟空でもベジータでもなくベジットが呼ばれた。何をすれば最善なのか正解はまだ見えない。しかしその不明確な状況さえもベジットは気に入っていた。
     子供のような無垢な男に少なからず惹かれていたのかもしれない。あるいは本当に我が子に対する愛のようなものかもしれない。自分が嫌だと思っていないのなら、理由はどうでもいい。

    「たまにはオレを毛布にしてもいいぜ」
     ベジットが男の腰に回した腕に力を込めると、ぐう、と男の喉が苦しそうに鳴った。
    「なんて硬くて自分勝手な毛布だ」
     だが、温いな。
     男はそう言って、今度こそ笑った。枕の具合を確かめるように頰をベジットの首筋に擦り付けて、満足そうに甘い溜息をそっと吐く。
     ベジットにはそれだけで十分だった。








    ◆◆◆
     ブラックは名乗っていないので、ベジットも男を呼びません。
    Mz Link Message Mute
    2019/05/01 9:21:50

    からの星にふたりぼっち

    ##ジトロゼ
    ゼロ計画が完了した世界に来たベジットと、地球にひとり残った無気力なゴクウブラック。(ベジット視点)
    2019-02-03

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