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    カノン【カノン】
     ロリィが顔を見せなくなってどのくらい経っただろうか。俺は一人でいる時間を持て余してしまって、バンドメンバーを家に招いて酒を飲むことにしていた。いつも我儘を聞いてくれるメンバーへのせめてもの感謝のつもりで、俺の奢りで酒やつまみを用意する。
     そういえばあいつとはこんな風に飲んだことがあっただろうか。不意にそんなことを思ってしまい、いつまでもロリィのことが頭から離れない自分に辟易して、その思考を振り払うように首を振った。

    「何か、元気無いな」

     缶ビールを飲んでいると、バンドメンバーの一人、ギター担当の風真が声を掛けてきた。

    「…そうか?」
    「今日は何だか口数が少ないなぁと…」

     自分ではそんなつもりは無かったので、風真の指摘に少しだけ動揺してしまう。既に酒が回ってきているのかもしれない。この程度で動揺してしまうなんて。

    「帆波悩み事か?」
    「珍しいな、何かあったのか?」

     風真が俺に声を掛けたことを皮切りに、ベース担当の大地、ドラムの雷星、キーボードの八雲までもがわらわらと寄ってきた。俺だけ一人年下ということもあってか、皆やけに世話を焼きたがる。
     同じ高校の、先輩と後輩という関係だからだとは思うが、この年になってまで弟分扱いなのは何となく解せない。そうは思いつつも、その優しさにいつも甘えてしまってはいるのだけれど。

    「別に…ちょっと考え事してただけ」

     中途半端な嘘を言ったところでどうせ見破られてしまうので、俺は正直にそう答えた。

    「それより、詞の確認してくれたのかよ」

     深く突っ込まれないうちに、俺は話題を転換させた。鬱憤を晴らすかのように、最近はずっと風真が作った曲に歌詞を付けていたのだが、たまには詞先でも良いんじゃないかという八雲の提案に乗って、いくつか詞を書き殴っていたのだ。

    「ああ、見た見た。俺これが今までに無いテイストで好き」

     そう言って、風真が渡しておいた歌詞カードの紙から一枚を見せてくる。その中身に、俺は思わず一瞬固まってしまった。
     それは、ロリィのことを考えて悶々としていた時に耐え切れずに書いたもので、本当なら見せるつもりは無く、横に避けていた筈のものだった。

    「この、『そこにある全てで俺が作られていく』って所好きだな〜」
    「あ、俺も俺も。好きな相手色に染まる感じっていうの?」

     俺の気持ちも露知らず、大地達まで歌詞の感想を述べだす。別に今更歌詞の感想を言われることくらい何てことは無いのだが、見られている詞が問題だ。

    「………それは、やめておこうぜ」

     風真の手から歌詞を奪って、棚の上に避難させる。

    「気に入ってねぇの?」
    「…流石に、ちょっと…なんつーか…」

     歯切れの悪い俺を見て、メンバーは顔を見合わせたかと思うと、ニヤリと楽しそうな悪戯っぽいような表情になった。

    「帆波、お前…恋しちゃったんだな!思わず溢れるくらい恋い焦がれてるんだな!」
    「…お前よくそんな恥ずかしいこと堂々と言えるよな」

     否定も肯定も出来ないまま、目を逸らす。

    「帆波だって愛だの恋だの歌うだろ」
    「日常で言うのと、歌うのじゃ全然違う」

     俺は歌だから色んなことを表現出来ているわけで、素面でそんな恥ずかしいことを言えるわけがない。ギターやベース、ドラム、キーボード、そしてステージのライト達に支えられて、俺は感情を吐露することが出来ているのだ。

    「…で、その意中の相手と何かあったわけ?」
    「…何も」

     俺はそう、短く答えた。
     そうだ、何も無い。気まぐれにやってくるアイツと、気まぐれにセックスするだけだ。それ以上でもそれ以下でも、ない。
     俺は缶ビールを開けて、勢い良くそれを飲み干した。

    「お、飲むねぇ」
    「アイツは…」
    「ん?」

     空になった缶をテーブルに乱暴に置いて呟くと、メンバーが俺の話を聞く体勢になる。

    「今は、好きだと言ってくれてるけど…そのうち俺じゃなくても良くなる」

     ロリィの悪友だと言っていた、堆の言葉を思い出した。魔力供給が出来なくなる年齢が、目前に迫っている。それが、酷く、堪らなく苦しい。怖い。

    「…何でそう思う?」
    「俺とは利害関係が一致して始まった関係で…でも、あいつはしてる時に無意識なのか「好き」って言ってくれるようになって…俺も、いつの間にかアイツのことが好きで…」

     酒の力を借りるように、ビールを呷って話を続ける。

    「多分、好かれてる…とは思う。でも、アイツがその気持ちと向き合った時に、どうするのか想像出来なくて怖い」

     怖い。俺はそうはっきりと口にしていた。

    「らしくねぇな、いつもならお前、自分からやりたいと思ったことはぐいぐい攻めてるタイプなのに」
    「ま、モテるから向こうからやってきたのに応える形で…ではあったんだろうけど」

     雷星の言葉に、八雲が続ける。確かにそうだ、俺は今まで恋愛で弱気になってことなんて無い。いつだって相手に欲しがられてきたし、
    自分の我儘を通してきた。それに、いつ飽きられても良いとさえ思っていた。けれど、ロリィは違う。『その日』が一生来なければ良いと思う。

    「俺も、らしくないと思う」

     振り回されているのだ、たった一人の男に。どうしようもなく、焦がれている。

    「俺が気持ちを伝えたら…アイツは離れて行ってしまうんじゃないか…そう思うと、今の関係を壊したくないとも思う。けど」
    「けど?」
    「このままずるずると関係を続けて、いつか終わりが来るのを待つのも、嫌だ」

     誕生日が来れば俺は『不要』になる。それがどうしようもなく、怖い。

    「…終わりっていうのは、向こうに飽きられるかもってこと?」
    「…利害関係の一致で始まったって言っただろ?その、そのうち、アイツにとって俺の価値は無くなっちまう」

     詳しく話すわけにはいかなくて、でも何か話を聞いて欲しくて、俺はぽつぽつと言葉を零す。自分の中にある不安を、どうにかして取り除きたかった。

    「その…価値が無くなるかどうかってのはよくわかんねぇけどさ。価値があるかどうか決めるのは帆波じゃなくて、その子だろ?」

     八雲が、手の中のビール缶を弄びながら言った。

    「そりゃ最初はその"価値"を必要として繋がったかもしれないけど、今もそれだけかどうかはわからねぇし、新しい価値を見出してくれてるかもしれないだろ」

     価値、という言葉に、胸がざわつく。俺は、ロリィに与えられるものが何かあるだろうか。

    「そもそも好きになったら『価値があるから付き合う』とかいう次元じゃなくなるし…」

     雷星が横からそんなことを付け加える。
     確かに俺はもう、そんな次元で一緒にいるわけではない。一緒にいるだけで、心が満たされる。傍にいたいと純粋に思う。尤も、そんな綺麗なだけの感情ではないが、俺自身は利害関係がどうということではなくなっているのは確かだ。

    「帆波が怖いのはさ、」

     空のビール缶をテーブルに置いて、八雲が続ける。

    「弱い自分を相手に見られたくないからだろ」

     それは、自分で気付いていながら、考えないようにしていたことだった。

    「飽きられても、相手にとって価値が無くなっても、それでもその子を好きでいる自分の弱さや醜さ、執着を晒すのが怖いんだよ」
    「…俺、は」

     言葉が、出ない。感情ばかりが波打って、点と点が繋がらず文章になってくれない。
     執着は確かにあった。けどそれをロリィに見せて、あいつが嫌がるのは見たくないと思った。嫌われたく、なかった。

    「でもさ、お前いつもそういうの見せようとしないし、初めてそんな弱さを晒せる相手になるかもしんねぇよ?」
    「…アイツは、多分俺がいなくても生きていける」
    「はー…」

     何処までも捻くれた考えしか出来ない俺の言葉に呆れたのか、風真が大袈裟なくらい大きな溜息をついた。

    「何、だよ」
    「俺達の曲にもあるじゃん。『そのカノンは揃うことは無いけど どちらかが欠けたら足りない』ってさ」

     それは、ラウネンの初めてのバラード曲の歌詞だった。尖った詞ばかり書いていた自分が、初めて愛を唄った曲。

    「一見ちぐはぐでも、一見ひとつで完成してるようでも、合わさればすげー曲になるのがカノンだろ。お前とその子も、カノンになれば良い」

     何てことの無いように、風真は言う。
     まるで皮肉だと思った。人間と淫魔は、決して同じ時間を生きることは出来ない。交わることのない種族だ。けれどもし、どちらか欠けたら足りない関係になれるとしたら、それはどんなに幸福なことだろう。

    「お前、ちょっとネガティブに考え過ぎ。当たって砕けるくらいの気概でいかなきゃ駄目だって」
    「…砕けたくねぇんだけど」

     さっきまで良いこと言ってたのに、という恨みがましい視線を向けると、風真達はわははと豪快に笑った。

    「そこまでは俺には保証は出来ねぇからな〜」
    「まぁ、沢山悩め。そんな風にマジになれる相手、この先絶対に見付からないから」
    「後悔しないように、な」

     各々そんなことを口にしながら、風真達は壁にかけていたコートを手に取る。

    「あ?何だよもう帰んのか」

     まだ酒は随分と残っている。けれどメンバー達は名残惜しむでもなく荷物を手に取った。

    「俺、一応妻子持ちで朝帰りNGだから」
    「俺も同棲してる彼女に、早めに帰って来いって言われてっから」
    「じゃあな帆波、お前も頑張れよ」

     そんなことを言いながら、四人は帰っていく。

     がらんと静まり返った部屋で、俺は深く溜息をつくと、まだ余っていたビールの缶を開けた。ソファに腰掛けて、それを一気に呷る。
     今頃、ロリィは何をしているのだろうか。自分から彼に連絡を取ることも出来ないなんて、情けない話だ。番号くらい聞いておけばいいものを、それすら未だに出来ていない。本当に、何も知らない。ロリィが何処に住んでいるのか、普段何をしているのか。
     どうしてやれば悦ぶとか、朝飯は何が好きだとか、キスをすると飴の味がするだとか、そんなことは知っているのに。あいつが本当は何を考えているのか、知らない。知りたいのに、聞くことが出来ない。

     また、ビールを呷る。
     いっそ、自分の感情を吐露してしまおうか。それで終わるのならば、仕方が無い。どうせ次の誕生日には否が応でも現実を突き付けられることになるのだ。それならば、終わるのならば、それが少し早まるくらい何でもない。寧ろロリィのことを縛り付けてしまうことが無くなる分、良いのではないのか。
     嫌だ、離れたくない。離したくない。隣で、あいつに笑っていて欲しい。俺だけのものにしたい。
     冷静になれという自分と、素直な感情をぶつけてしまいたい自分とかせめぎ合う。どうあっても、そのうち答えを出さなければいけないとは思うのに、どうしたら良いのかがわからない。

     悶々と考えていた、その時だった。玄関の方で、鍵が開けられる音が聞こえた。反射的に、ロリィだと思って缶を置いて立ち上がる。思った以上に酔いが回っていたのか少し足元がふらついたが、構わずに玄関へと向かった。
     丁度、扉を開けてロリィが入って来るところだった。いつ振りだろう。その顔を見るのは酷く久し振りで、かける言葉が出てこない。

    「…よう」

     口から出たのは情けないことにたったそれだけで、俺はロリィに中へ入るように促した。
     何を、話せば良いのだろうか。何を伝えれば。頭の中がまとまらなくて、ロリィの顔を上手く見ることが出来ない。

    『後悔しないように、な』

     仲間の言葉が反芻する。俺が、一番後悔しない選択は何だろう。そんなことを、頭の片隅で考えた。
    上條尋之 Link Message Mute
    2020/12/26 14:39:54

    カノン

    @tonamamo_TL そこにある全てで俺が作られていく
    #となまも_交流

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    ボクのとなりのまものクンは。
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