似た者同士 ぽつり、ぽつりと過去を話す竜胆を見ながら、俺は黙ってその話を聞いていた。
傷のこと、過去のことはあまり触れない方が良いのだろうと思っていたし、何があっても竜胆が竜胆であることに変わりは無いのだからと、大して気にもしていなかったのだけれど、もしかしたら竜胆にとっては、何も話していないことに罪悪感を覚えていたのかもしれない。
そう思って、俺は制止をすること無く、ゆっくりと紡がれる話に耳を傾けた。諦めたなんて言っていたけど、本当は心の何処かで誰かと繋がることを望んでいたんじゃないだろうか。だから、俺と出逢って心が動いたんじゃないだろうか。そんな風に、ふと考えながら。
「…竜胆は、さ」
最後まで話し終えた竜胆の手を優しく撫でて、俺は彼の名前を呼んだ。
「竜胆は、俺にとっては化物なんかじゃ無いんだよ。確かに暴力を奮ってしまったことは悪いことだけど、竜胆はそれをちゃんとわかってる。背負い過ぎるくらい、背負ってる」
とても優しいのを、俺は知っている。優しいから、人を傷付けてしまったことを未だに悔やんでいるんだ。
「竜胆は、俺にとっては太陽みたいな存在なんだよ。パルクールをしている君を見て、俺はそれに目を奪われた。眩しくて、綺麗で、格好良くて…胸が、凄く熱くなった」
初めて彼のパルクールを見た日の興奮は、今でも鮮明に覚えている。パルクール自体を見たのが初めてだったというのもあるだろうけど、それでもそんなことは関係無いくらい、その姿に見惚れてしまった。心臓が早鐘を打ち、気分が酷く高揚したのを今でも忘れることなんか出来ない。
「竜胆は、人を惹き付けられる人だよ」
俺がそう言うと、竜胆は少しだけ困ったように笑った。すぐに気持ちが切り替えられる程、器用じゃないのも知っている。だから俺は、ゆっくりでも良いから彼が重荷から解き放たれれば良いと思った。
「………竜胆が、過去のことを話してくれたんだから、俺もちゃんと話しておかないとね」
「い、いや、無理に話す必要は…」
俺の言葉に、竜胆が慌てた様子を見せる。そんな竜胆に、俺は首を横に振った。
「別に大した話じゃないんだ。竜胆が抱えてるものに比べたら、本当に些細なことなんだよ」
心に引っ掛かっているのは確かだけれど、大袈裟に悩む程のことでは無いのだ。ただ、時々無性に気になってしまうだけで。だから、きっと話してしまう方が楽になれる。
「…俺、高校に上がる前に、好きな人がいたんだ。家庭教師をしてくれていた大学生のお兄さんで…俺にとっては凄く大人で、何でも出来て、優しくて…理想の、人だった」
当時を思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。確か、教育学部の大学二年生だと言っていた。
「有りがちな話だよ。受験の為に面倒を見てもらってるうちに、好きになってた。でも当然その人はノンケでさ」
そこまで話して、続きを話す言葉に詰まる。本当に話してしまっていいのだろうか。不安が過ぎって竜胆を見ると、真剣な顔でこちらを見ていた。ああ、やっぱり彼に応えないと。そう思い直して、深く息を吐く。
「…好きだって、言ったんだ。当然返答はNOだったけど…俺は…離れるのが嫌で、諦めるのも嫌で…」
思い出すと、胸が苦しくなる。けれど、ゆっくりと、記憶を反芻する。
「…若気の至りだったのかも、しれない。『一度だけで良いから抱いて欲しい』、そう、懇願した」
今の恋人に話すべきことではないかもしれない。けど、竜胆が俺の過去を気にしてしまうくらいなら、いっそ全て吐き出してしまいたかった。どんな俺でも受け入れてくれると言った、竜胆の言葉を信じたかった。
「本当に、優しかったんだ、その人は。…優し過ぎた。中学生の子供の頼みを、受け入れてしまうくらいには」
その時の記憶は、正直なところあまり無い。一生懸命で、必死で、ただ繋ぎ止めておきたい一心で。
「終わってから、彼が言った『ごめん』の言葉が、頭からどうしても離れない。俺の身勝手で傷付けてしまった、とうしようもない過ちを犯してしまった。思い知った時には、もう全部遅かった。その時のことは誰にも話していないし、家族も誰も知らない」
暗くて表情はよく見えなかったけれど、酷く傷付いていたのも後悔していたのも強く伝わってきた。謝らなきゃいけなかったのは俺の方だったのに、俺は何も言うことが出来なかった。
「結局それからすぐに彼は家庭教師を辞めて、それきり連絡は取ってない。俺も最初に目指していた高校の受験を止めて、卯月に入学することにした。記憶を、繋がりを断ち切りたかったから」
それでも断ち切ることなんて出来なかったけれど。
「…幻滅した?」
自然と眉が下がる。幻滅したなんて言葉は返ってこないとわかっているのに、ちゃんと竜胆本人の口から聞きたかった。そうしたらきっと、囚われていた過去から解放される気がした。
そう、竜胆はいつも俺を救ってくれる。隣にいるだけで、幸せを与えてくれる。竜胆はいつも俺が与えているような口振りをするけれど、俺だって竜胆に沢山貰っているのだ。
「いい加減、忘れなきゃ、ね」
決意を固めるように、俺は竜胆の手を強く握った。