イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    ラブレターフロム(一総) 皆城総士のワークデスクを想像してみてほしい。
     シンプル。機能的。簡素。物がない。無駄のない配置―――うん、おおむねそんな感じだ。あいつの人となりをある程度知っているやつなら、だいたいなんとなく予想がつくと思う。
     と言っても、実際に勤務中の総士を訪れるやつはなかなかいないから、まあ、あくまでも想像だろう。アルベリヒドの研究区画は奥まったブロックにあり、所属の違う人間が出入りすることはめったにない。各分野のエキスパートが揃ったアルヴィスの中でもあそこは特に秀才ぞろいで、フロアの雰囲気にはやはり独特なものを感じる。
     俺はメモリージング解放前の習慣を引きずる質だったのか、いまだに端末に慣れなくてちょっとしたメモや伝言はいちいちポストイットに書いてしまうタイプだが、あそこの研究室を見てると、絶対になにがあっても端末でしかやりとりしませんって強い決意を感じるようなアナログな筆記用具や紙を徹底的に排除したデスクや、逆に突き抜けまくってそれデータ見えてますか? ってくらい殴り書きされたポストイットまみれの端末が紙の資料に埋もれたデスク、かなりクセの強いブースが散見されて、はじめて訪れたときにはなんとなく必要以上に萎縮してしまったことを覚えている。
     かくいう俺もメディカルルーム勤務なのでそうそう用事があるわけでもないが、千鶴先生についてパイロットたちの医療補佐をしている関係で、他の人間よりもちょっとだけ、顔を出す頻度は高い。あとはまあ、昼に総士を誘って喫茶楽園で食べることも多かった。という体で、なかなかの頻度で仕事にのめり込み食事をおざなりにしがちな総士を楽園へひっぱっていく役目を、一騎直々に頼まれたからだった。
     さて、話を戻そう。さっきの極端な例でいくと総士はわりと前者のタイプで、デスク上に筆記用具は置いていないし、紙媒体を使っているところも見たことがない。あいつの脳は複数の思考を並列できるから、メモを取りながら整理をするということがないんだろう。必要なやりとりもたいてい内線か、不在ならメールで済ます。端末とコーヒーの入ったマグだけ。そういうタイプだ。
     そんな総士の無機質と言ってもいいようなデスクに、ひとつだけ、不釣り合いなものがある。
     端末の横にちょこんと置かれた、黒猫のメモスタンド。
     五センチほどの金属製の棒の先端がクリップになっているタイプで、その下には、後ろ脚で一生懸命立ち上がり、前脚を伸ばしてメモを触ろうとする、いかにも愛らしい黒い子猫のマスコットがくっついている。
     はじめてそれに気づいたとき、あまりに総士と結びつかないかわいらしいメモスタンドの存在に、俺はちょっとぽかんとしてしまった。
     総士が特別猫が好きだと聞いたこともないし、だいたい総士の性格からしてメモスタンドは必要ない。
     特に目を惹いたのは、そのメモスタンドに挟まれた、支給品であるパステルカラーのメモの内容だった。
    『今日はちくぜん煮』
     はい。いま意味がわからなくて頭にはてなマークが浮かんだやつ。大丈夫。俺も同じ気持ちだった。
     高校を卒業して以来、総士がなにか書いてるところなんて見たこともないが、総士の字でないことはわかった。総士の字はもっとていねいで、几帳面だ。あいつの性格が出たわかりやすい字をしている。この字は見た感じ、細かいことにこだわらずとくべつていねいに書こうというつもりもないような、男の字だった。
     おまけにそのメモは、総士のデスクに寄るたびに変わっているようだった。
    『じゅうなんざい買ってきてくれ。緑のやつ。』
    『洗濯物たのむ』
    『風呂掃除ありがと』
     などと、かなり総士と近しい、どころか、一緒に住んでるのかこいつ? とますます疑問が深まるような内容ばかりだ。ていうか柔軟剤くらい漢字で書けよ。
    『きんもくせい』
     の端的なメモとともに、どこかから拝借してきたらしい橙の小さい花が飾られていることもあれば、
    『いそがしくても食べること』
     と、少し怒りがにじんだような殴り書きの下に弁当箱が置いてあることもあった。ちなみにあとで覗くと、総士はおとなしく食堂でその弁当を食べているようだった。ついでに給湯室の洗いかごにそれが伏せてあるところも目撃したので、メモの主の言いつけどおりきちんと完食し、弁当箱まで洗ったらしい。
     いつ訪れてもあまりに総士が平然と気にもかけない様子なので、なんとなくメモについて詳しく聞くのもはばかられた。聞けば簡単に教えてくれたのかもしれないが、こいつにこういうふうに親しい人間がいると思うと、妙にそれだけで気分がよくなって、はじめて恋人ができた息子をこっそり見守るようなほほえましい気持ちになった。
     そのうちに俺も慣れて、あまり他人のあからさまにプライベートなやりとりを盗み見るのは褒められたことではないとはわかっていたが、おっ、今日の夕飯はさばのみそ煮か、と、その漢字の少ないメモをちらっと目視するのが習慣になってしまった。
     で。実はだ。けっこうな枚数のメモをこっそり見続けたある日、ようやく俺にもその正体がわかるときがやってきた。
     めずらしく、本当にめずらしく、総士が午後からの休暇を申請していたその日の午前中、パイロットのメディカルチェックについて打ち合わせに行ったときだった。すでにメモスタンドには、あわい緑のような、青のようなさわやかな色のメモが挟まっていた。
    『シフト変わって、LOまで店にいる。ごめん。夜は一緒に食べよう』
     この内容で、とうとうぴんときた。そういえば、学生時代に何度も掲示物で目にしたことがある。これは一騎の字だ。だいたい、あの総士に対しておつかいを言いつけたり掃除をさせたり、どう見ても手作りらしい弁当を差し入れられるのなんて、そもそもまず一騎しかいなかったのだ。どうして今まで気がつかなかったのか。
     その日、総士は午後からの休暇申請を取り消して定時まで勤務したあと、これまためずらしく、時間外勤務もそこそこに、あまり遅くならない間に帰ったようだった。たぶん、一騎が待つ楽園へ行ったんだろう。
     アルヴィスへの出前や自身のメディカルチェックの合間に、一騎が総士を訪れていることは知っていた。とはいえ総士は勤務時間中なので、「あんまりかまってくれないし、早く帰れっていじわるなこと言うんだ」と、およそ成人を目前にした男がするとは思えないような仕草が妙に似合うあまえた顔で、一騎がすねていたことを思い出す。
     なるほど、こいつら、たまの昼休みの逢瀬では飽き足らず、このデスクでメモのやりとりをしてるわけだ。一騎がどれほど総士を大切にしているか、総士がどれほど一騎に特別な目を向けているか、俺みたいな直感がなくたってあいつらの周りの人間はみんなよくわかっているから、事情がわかればすとんと納得してしまった。……それにしてはいやにメモの内容が親密な気はするが。まあ親密なのはいいことだ。お互いを意識しまくっていたくせに、目をあわせることさえできなかった時期があるこいつらにとっては、特に。
     メモスタンドの謎が解けた今、目下の悩みは、やはりその存在がめちゃくちゃに気になっていたらしい総士と同室の研究員から、
    「近藤先生、皆城くんのデスクのメモって……恋人さん…なんでしょうか……」
     とひそひそと聞かれたときの対処法だった。


     そんなこんながあって、しばらく後。
     総士に頼まれていたデータを転送したはいいものの、中の機密事項の影響でメディカルルーム職員の生体キーでしか解除できないセキュリティがかかっていたことに気づき、アルベリヒドの区画へ向かう途中。総士の研究室から出てくる一騎と鉢合わせた。
    「おお、お疲れ」
    「剣司」
    「めずらしいな、お前とこんなところで会うの」
    「総士に出前。いなかったから置いてきた」
     軽装の一騎が岡持ちを見せて、ふにゃっと笑う。
     「出前」という体はとりつつ、総士から注文の電話があったわけじゃないんだろうな、と思った。そういえば最近はお互い忙しく、昼に総士とふたりで地上へ出ることも少なかった。待ちかねた一騎が総士を強引に丸め込んで押しかけたんだろう。
    「てか、しまった、総士いないのか」
    「ああ。会議だからしばらく外してるって」
     アルベリヒドはメディカルルームとフロアが違うため、往復するのはちょっとめんどくさい。内線で事前に連絡しなかった俺が悪い、いやそもそもはデータのチェックを怠ったのが悪いんだが、いったん帰ってまた来るとなると、どうしても条件反射的にうんざりしてしまう。とりあえず、帰ってきたら内線をもらえるようにメモでも残しておくか。
     ため息をつくと、疲労感がずっしりとのしかかってきた。ただでさえ今日は朝からばたばたして、昼もおざなりにしか摂っていない。
    「忙しそうだな」
    「あー、最近ちょっとな……」
     ぐう、と鳴った腹に、一騎がくすっと笑った。あんなぱさぱさ栄養補助スナックじゃ食べた気がしない。総士は一日三食あれで済ませることもあると聞いたが、不健康にもほどがある。わかってはいたが、今度からもっと頻繁に地下から連れ出そう。……と、今日みたいに一騎が押しかけているときは別だが。
     一騎は出前と言っていたが、昼食をとるにしてもずいぶん遅い時間だ。どうせランチ営業を終えて、あわよくばそのまま一緒に食べようと思って来たんだろう。
     それにしては、総士に会えなかった一騎がこんな顔で笑っているのもめずらしい。
    「夜はそっち、咲良と行くと思う。あいつも疲れてて飯作るのめんどくさいだろうし」
    「お待ちしてます。サービスするよ」
     ランチセットのデザートが余ってるんだ、他のお客さんには内緒だけど。といたずらっぽい口調でひそひそとささやかれ、すこし夜が楽しみになった。
     手が回らなくなってきたのか、最近楽園ではカフェメニューのケーキやプリンを御門やから卸すようになったが、いまだにランチセットのデザートは簡単なものを一騎が作っている。簡単とはいってもパウンドケーキだのカップケーキだの、俺からすれば手の込んだちゃんとしたデザートだ。おまけにわりとうまい。常連からも人気があるようで、総士と連れ立って訪れるときには、いつも総士がきりのいいところまでと渋って出遅れるせいで、デザートセットは売り切れてしまっていることがほとんどだった。
    「じゃあ、またな」
    「気をつけろよ」
    「うん、ありがと」
     ひらひらと手を振って、そこそこ大きい岡持ちをものともせず一騎は軽い足取りで地上へ続く通路を帰っていった。まるで念願のさんぽに連れ出してもらう飼い犬のような、どこか跳ねるようなうかれた後ろ姿に、首をひねる。
    「……?」
     なんかあいつ、やけに機嫌がよかったな。
     総士が帰ってきて、それまで取り繕うようなあいまいな表情が多かった一騎は、ほんとうに心の底からうれしそうな、年相応の笑顔を見せることが多くなった。そしてそれはやっぱり、総士と一緒にいるときによく見せる表情だ。
     そりゃあそうだろう。二年のあいだ、あいつがはっきりと意識を取り戻してからは一年だが、薄暗闇の中で、ただひとり、ずっと待ち続けた相手なのだ。ただとなりにいてくれるだけで、そりゃもうだらしなくにやけてしまうんだろう。
     事情は違っても、似た状況で咲良を待ち続けていた俺だから、少し気持ちはわかる。
     しかし、今日のあいつは総士に会えず一緒に食事もとれなかったはずのに、妙にご機嫌だったな、と不思議に思いながら総士のデスクに向かい、なんとなくいつものようにメモスタンドに目をやると。
    『おれもあいしてるよ』
     いつになくていねいに綴られた文字を書きつけた、青が混じったような上品な紫色の紙片がそこにあった。
     あいしてる。
     「おれも」。
     前々から恋人なのかと疑問を持たれるような仲のふたりだったが、ここにきてやっとなんらかの進展が、いや、決着か? ひとまずあったらしい。あるいは、表に出さないだけでその進展はずいぶん前から訪れていたのか。まあ、どちらでもかまわない。あいつらが笑いあえる関係であるなら。
     なるほど、一騎がご機嫌なわけだ。今の一騎にとってはちょっとした会えない時間さえ、のちのちの幸せをより深く感じるためのスパイスなのかもしれない。
     ……いやでも、これ、帰ってきた総士が見たらさすがに怒らないか?


     この話には、もうひとつだけ続きがある。
     実際に入ったことのある人間は研究ブースよりももっと少ないだろう、皆城総士の私室。研究室と同じようにシンプルでものがない室内に、ひとつ置かれた私用のデスク。その引き出しの中身を知っているのは、もしかしたら、総士本人とこの島の新しいコア、そして俺だけなのかもしれない。
     長いことかかりきりだった実験が佳境で、どうしても手が離せないという総士に頼まれ、一度だけ、デスクの引き出しにあるはずだというデータディスクを取りに来たことがある。総士の部屋に入ったのはたしかそれが二度目で、相変わらず簡素な部屋だなとちょっとあきれたのを覚えている。
     ご指定のディスクは指示された場所にきちんとあり、あとはそれを回収して総士に届けるだけだったが、そのすぐとなりにあった箱のずれた隙間から覗く、パステルカラーの紙片に目が留まった。
     いつかどこかで見た色だ。
     つい好奇心に負けて、ほんの少し蓋をずらした。
    『いそがしくても食べること』
     いつか総士のデスクのメモスタンドで見た、一騎の乱暴な殴り書きだった。
     あわててしっかりと箱の蓋を閉じ、引き出しを閉めた。そのまま部屋を出て総士にディスクを届け、メモの話はそれ以来一度もしなかった。
     たぶん、俺が見ていいものじゃない。さんざんメモスタンドを覗き見ておいてとも思うが、あれとこれとじゃまた意味が違う。一騎からのメモを、おそらくすべてこうして大事に保管している、総士の心の一端を覗くような真似はさすがに良心がとがめた。
     今も総士のシンプルなデスク上には、似合わない黒猫のメモスタンドがちょこんと鎮座している。
     一騎のちょっと雑な字で書かれたちいさなメモは、日常のなんでもないやりとりを、研究室中の人間へ今日も元気に大公開中だ。そして仕事を終えた総士とともに部屋へ戻り、誰にも見せないあの引き出しの、箱の中へ大切に仕舞われる。
     総士の秘密の小箱には、これからも少しずつ一騎の言葉が積もっていくんだろう。
     伝言、おつかい、夕飯の献立。そしてあるいは、愛のメッセージが。

    ま子 Link Message Mute
    2018/07/24 23:13:54

    ラブレターフロム(一総)

    遠隔でいちゃつく一総を見守る剣司先生

    #腐向け #一総

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    OK
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
    • きみのてざわり(一総)総士の髪が好きでたまらない一騎と、そんな一騎がとても大切な総士。HAE〜EXO前のどこか。pixivに上げていたものをテストとして投稿してみます。
      小説機能の開発も予定されているとのことで、とても楽しみにしています。

      #蒼穹のファフナー #腐向け #一総

      ----------------------------------------



       正式に喫茶楽園の調理師という職を得て、一騎はノートにレシピを書き留めるようになった。
       自宅では母親の残したレシピ本を愛用していたようで、たまに簡単なふせんやメモを書いたり貼ったりしていることは知っていた。それでも一騎はあまりまめな質ではないから、逐一メモを取って割合や工程を工夫するよりも「なんとなく」でうまくやってしまうことのほうが多かったし、レシピ本そのものも長じるにつれて内容を覚えきってしまい、登場の機会は減っていったらしい。一度見せてもらったレシピ本のメモは、どれも少し昔の武骨な少年の字で書かれていた。
       それが、今まで習慣で行っていた調理というものを仕事としてこなすようになって、一騎なりに責任感というか、仕事としての義務感をおぼえたようだ。職場で出すランチのカレーや簡単なデザートのレシピをノートにまとめるようになった。「俺はだいたいなんとなくでいつも同じ味になるけど、店としてそれじゃだめだろ」と困ったように笑った顔が記憶に新しい。
       総士が楽園を訪れるたび嬉々として店員とは思えない頻度で構い出すので、こいつには今仕事中だという自覚があるのか、そもそもなぜ他の誰も咎めないんだ、と内心呆れていたが、後輩の暉がバイトとして入るようになって、少しは労働と向き合う気になったらしい。はじめてみれば案外楽しかったようで、最近では今あるメニューをまとめるだけではなく、試作と称して新しいメニューを総士に食べさせては、その表情にうんうん頷いて何かの文字列をノートに書き込む回数も増えた。ノートを開く姿も、喫茶店での仕事中だけではなく、自宅や今日のように訪れた総士の部屋でも見ることが多くなった。店外に持ち出すならパッドにしたほうが効率的じゃないか、とも勧めたが、性に合わないからと断られてしまった。
       今日も総士がシャワーを使う間にどうも手持無沙汰になったらしく、ぼんやりとデスクでノートを開いて何事かを書き込んでいる。なるべく早く済ませたつもりだったが、なにせ腰まで伸びた髪を濡らして洗うだけでも手間がかかる。一騎のように鴉の行水とはいかない。
       上がったぞと声をかけてベッドでドライヤーをかけながら、なんとなく頬杖をついた一騎の左手を見ていた。
       一騎の、数年前と比べて確実に細く白くなった指を見るたび、否応なくその根元に残る五本の痕が目に入る。色素が薄くなった肌に余計に濃く映るそれを見つめるたび、いつだって総士の胸は、痛みのような甘い感情で締めつけられる。恐怖と、そして歓び。
       呪いのように残るその痕は、同化現象が今も一騎の命を蝕んでいる証に他ならない。しかし同時に、一騎が総士の隣にあることを選び続けてきた証でもあるのだ。
       その痕が一騎の指に纏わりつく前の、ファフナーに乗る前の一騎の健康的に日に焼けた肌の色を、総士はもうぼんやりとしか思い出せなくなっている。もっともその頃は、お互い相手を真正面に捉えられないくせにその背中や横顔を見つめてばかりで、こんなふうに近い距離でその指を見つめることなどできなかった。
       ドライヤーを仕舞って声をかけようとした総士の目に、自らの髪に絡む一騎の指が映った。
       肩口まで伸びたつややかな黒髪に、線の細くなった白い指が絡んでいる。
       耳のあたりの一房を取って、細い指にくるくると巻きつけては解き、巻きつけては解きをゆるりと繰り返している、無意識だろうその動きを見ているうちに、蘇る記憶があった。



       もうずいぶん前。まだこの左目に傷を与えられる前。まだ総士がどこにもいなかった頃。
       父の勤務の都合で、一週間ほど真壁家にお世話になったことがある。
       総士はその頃ちょうど、人よりかなり早くメモリージングが解放されたばかりだった。竜宮島と島のコアのために生きろという父の言葉もまだよく噛み砕けず、行き場のない孤独と空虚に襲われて、自分がここにあってはいけないのだと、どこにもいないのだという恐怖に、塞ぎこみがちになっていた頃だった。
       人前で繕ってはいたものの、一騎はそんな総士の様子にうっすらと気づいて不安に思っていたのか、総士と長く一緒にいられることにいたく喜んだ。帰る家も同じだというのに、どこへ行くにもおおはしゃぎでくっついてまわった。
       二人で真壁家に帰宅してからも、母さんのレシピなんだと持ち出した件のレシピ本を参考にはりきって夕食を作り、食事中も珍しく史彦に静かにしなさいと窘められるまで総士に話しかけることをやめなかった。
       入浴も二人で済ませ、頑として一騎が譲らなかったので、二人一緒に一騎の布団で眠った。それでもまだ一騎は興奮していたようで、ぽつぽつと話しかける声は止まなかったが、総士がほとんど初めて感じる他人の体温の心地よさにうとうとと舟をこぎはじめると、ようやく安心したように、一日止まなかったマシンガントークを落ち着けたのだった。
       自宅とは違う、畳の上に敷いた布団の感触。いつもと違う石鹸の香り。すぐそばで感じる、この世で最も信頼する相手のゆっくりとした心臓の音。自分よりも少し高い体温。遠慮がちにそうっと総士の手を握ってくる、やわらかい手のひら。パジャマのズボンから伸びた裸足の足がすべすべと絡みあう気持ちよさ。
       物心ついた頃から一人で眠る習慣のあった総士には、それらすべてがはじめてのもので、そしてなぜ今まで知らなかったんだろうと悔やむほど安心感を与えてくれるものだった。
       「総士」と一騎がおずおずとささやいたのは、そのときだった。
      「総士、あのな、髪の毛、さわってていいか?」
       総士は寝つきの良いほうではなかったが、その日はもう半分夢の中で、一騎の言っていることもきちんと理解しているわけではなかった。
      「うん、いいよ」
       なにをねだられているのか理解はしていなかったが、大好きな一騎の言うことだから、なんでも許してやりたかった。
       夢うつつにそう返事をすると、あたたかい一騎の指がそっと髪に絡むのを感じた。他の男子よりも長く伸びた髪に絡んだ指は、遊ぶように、指通りを楽しむように、くるくると巻きつけては解き、巻きつけては解きを繰り返した。
       不思議と煩わしさはなく、どころかやさしく髪をひっぱられるその感触にとてつもない安心感をおぼえて、あっという間に総士は深い眠りへと落ちていった。
       次の日も、その次の日も同じように一騎にねだられ、四日を数える頃になると、もう一騎はなにも言わないでも布団に入るなり総士の髪にそっと指を絡め、総士も髪を触られる感覚にうっとりと目をつぶった。その頃には、一騎が触れてくれる感覚が自らに安心感を与えてくれるのだと、ここにいると感じさせてくれるのだと、総士にはもうわかっていた。
       そんなことだから、父の多忙が落ち着き自宅に帰ってからも、それからしばらくは一人のベッドではなかなか寝つけなかったのだ。



      「総士?」
       髪に絡めた指はそのままに、ベッドに腰かけたまま自分を見つめる総士を、一騎が不思議そうに呼んだ。
      「それ」
       きょとんとした顔が、総士の目線の先にある自らの指に気づいて、ばつが悪そうな、照れたような色に染まる。髪を解いて、誤魔化すように手櫛でぐしゃぐしゃと梳く。
      「なんか、癖なんだよ。子どもっぽいけど」
      「お前、昔、僕の髪でも同じことをしていたな」
      「そうだっけ?」
      「同じ布団で寝るとき、僕の髪を指にくるくる巻きつけながら寝ていただろう」
      「よく覚えてるな」
       向かっていたノートを閉じてベッドに上がるあたたかい身体を正面から抱き留める。胡坐をかいた膝の上に腰かけしばらくもぞもぞと動いていたが、収まりの良い場所を見つけたのか、腰を落ち着けた一騎が総士の肩に顔を埋めて満足げにため息をついた。深呼吸をして、うっとり蕩けた声がいいにおい、と呟く。
      「お前くらい髪が長いのって、他に周りにいなかっただろ。俺も父さんも短いし」
       痕の残る一騎の指がやさしく総士の髪を梳いて、ゆるく癖のある毛先をくるくると指に巻きつける。
      「だから、そうやって髪を触ってると、総士がここにいてくれるんだって、すごく安心した」
       あとは……総士の髪、気持ちよかったし。今も気持ちいいけど。
       総士の肩に懐きながら、一騎は機嫌よく髪をいじっている。同じ仕草でも、昔からは考えられない体勢と距離感だ。子どもの頃には知らなかったお互いの温度と感触まで手に入れて、同じ布団に入ることも、同じにおいを纏うことも、子どもの頃とは違う意味を持つのだと知った。そうして今は、手に入れたあたたかさが、ここにいるのだと教えてくれる。
      「だから癖になったのかな」
      「人のせいにするな」
      「総士が構ってくれないと、寂しくてやっちゃうのかも」
       だったらお前、しょっちゅうそれをやってることになるぞ。そう言いかけて、案外自分も一騎に構いきりなことに気づいてしまった。なにせ給事中の遠見になんとも言えない目でじとっと見つめられるくらいだ。これでは一騎のことを言っていられない。
       シャワーの間放っておかれた一騎は身体を持て余していたようで、むずむずと擦り寄りながら、顔中にキスを落としてくる。額、頬、鼻、くちびる、そして左のまぶた。乾いたやわらかいくちびるが皮膚を食む感触を味わっていると、しなやかな黒髪が頬や首筋を撫でて、くすぐったさに身がすくんだ。
      「伸びたな」
      「そうかな」
      「切らないのか」
      「うーん……うん」
      「伸ばしているのか。どういう心境の変化だ」
      「なんとなく」
       そっと髪を耳にかけて、さも今は総士の首筋にキスをするのに夢中です、といった顔をする。
       一騎は、髪が伸びた。
       同化現象の影響で色が白くなったし、なんとなく面差しもやさしくなった。体つきもそうしっかりしたほうではなかったが、同年代が大人の身体に変わっていく中で、今もどこか華奢でたおやかでさえある。本人は頑なに認めようとしないが、格段に体力は落ちたし、体調も崩しやすくなった。
       そして、昔は決してしなかった表情を見せるようになった。総士を丸め込んで、隠しごとをするのが上手になった。
       一騎の指に残る十本の呪いの輪。
       かつて一騎は、変わってゆくことが怖いと言った。
       自分が自分でなくなってしまうことが怖いと、そう言った一騎の声色や表情を総士は知らない。しかし、そんな一騎が変わることを受け入れてまで、総士の隣にいることを選んでくれたからこそ、総士は今ここにいる。
       ここにいるから、ここで共に生きているから、変わってゆく一騎の今を目に焼きつけたいと思う。変化の理由を思うたび痛みを感じても、それすら総士には幸福だ。
       だけれど、記憶に焼きついた幼い日の一騎から変わらないでいてくれる部分があることも、総士にとっては同じくらい胸を刺す幸福だった。



       お返しと言わんばかりに一騎を組み敷いて、顔中へ熱心にキスを落とした。結わえていない髪が一騎の首元をさらさらと流れて、くすぐっそうな吐息がくちびるを温める。額の生え際で深呼吸すれば、総士の先にシャワーを使った一騎からは同じシャンプーのにおいがするはずだが、心臓をやさしく撫でられるような、締めつけられるような愛しいにおいでいっぱいになる。何度感じても不思議だ。
       このまま素肌を合わせるところまで進んでいいだろうかと思いつつ、くちびるで感じる熱にうっとりしていると、つんと前髪をひっぱられて目を開く。
      「お前も、前髪、ずいぶん伸びたな。切ってやろうか」
      「いや……」
       特に髪型に拘りがあるわけではないが、理由もなく伸ばしているわけでもない。必要ないと言いかけて、見下ろした一騎の表情に口をつぐんだ。
       電灯に照らされて透きとおった一騎の飴色の目が、まぶしそうに総士を見上げている。
       何度も交わしたくちびるの温度にしっとりと濡れたまぶたが、穏やかにまばたきしながら総士の目をじっと見つめている。
       ふと、先程落とされたやさしいキスの感触が、熱が、まぶたによみがえった。
      「……そうだな、今度、近いうちに切ってくれ」
        この、溢れてしまいそうな感情が、伝わればいい、だけど、きっと伝わらなくても構わない。
       自ら言い出したくせに、きょとんとした瞳が不思議そうに瞬いた。
      「いいのか?」
      「お前が言ったんだろう」
       一騎が言うのなら、一騎が一緒なら、なにも怖くはない。揺るぎないものはずっとここにあって、そして知らなかった景色でさえ、やさしく総士を照らしてくれるから。
       だから僕も、変わることを受け入れよう。僕はここに、お前の隣にいるから。
      「髪、触っててもいいぞ」
      「髪だけ?」
       おかしそうに笑って服の下へ潜り込んでくる手のひらの心地よさに吐息を漏らしながら、どうか今はただ笑っていてくれるようにと、一騎の左目にくちびるを落とした。
      総士の髪が好きでたまらない一騎と、そんな一騎がとても大切な総士。HAE〜EXO前のどこか。pixivに上げていたものをテストとして投稿してみます。
      小説機能の開発も予定されているとのことで、とても楽しみにしています。

      #蒼穹のファフナー #腐向け #一総

      ----------------------------------------



       正式に喫茶楽園の調理師という職を得て、一騎はノートにレシピを書き留めるようになった。
       自宅では母親の残したレシピ本を愛用していたようで、たまに簡単なふせんやメモを書いたり貼ったりしていることは知っていた。それでも一騎はあまりまめな質ではないから、逐一メモを取って割合や工程を工夫するよりも「なんとなく」でうまくやってしまうことのほうが多かったし、レシピ本そのものも長じるにつれて内容を覚えきってしまい、登場の機会は減っていったらしい。一度見せてもらったレシピ本のメモは、どれも少し昔の武骨な少年の字で書かれていた。
       それが、今まで習慣で行っていた調理というものを仕事としてこなすようになって、一騎なりに責任感というか、仕事としての義務感をおぼえたようだ。職場で出すランチのカレーや簡単なデザートのレシピをノートにまとめるようになった。「俺はだいたいなんとなくでいつも同じ味になるけど、店としてそれじゃだめだろ」と困ったように笑った顔が記憶に新しい。
       総士が楽園を訪れるたび嬉々として店員とは思えない頻度で構い出すので、こいつには今仕事中だという自覚があるのか、そもそもなぜ他の誰も咎めないんだ、と内心呆れていたが、後輩の暉がバイトとして入るようになって、少しは労働と向き合う気になったらしい。はじめてみれば案外楽しかったようで、最近では今あるメニューをまとめるだけではなく、試作と称して新しいメニューを総士に食べさせては、その表情にうんうん頷いて何かの文字列をノートに書き込む回数も増えた。ノートを開く姿も、喫茶店での仕事中だけではなく、自宅や今日のように訪れた総士の部屋でも見ることが多くなった。店外に持ち出すならパッドにしたほうが効率的じゃないか、とも勧めたが、性に合わないからと断られてしまった。
       今日も総士がシャワーを使う間にどうも手持無沙汰になったらしく、ぼんやりとデスクでノートを開いて何事かを書き込んでいる。なるべく早く済ませたつもりだったが、なにせ腰まで伸びた髪を濡らして洗うだけでも手間がかかる。一騎のように鴉の行水とはいかない。
       上がったぞと声をかけてベッドでドライヤーをかけながら、なんとなく頬杖をついた一騎の左手を見ていた。
       一騎の、数年前と比べて確実に細く白くなった指を見るたび、否応なくその根元に残る五本の痕が目に入る。色素が薄くなった肌に余計に濃く映るそれを見つめるたび、いつだって総士の胸は、痛みのような甘い感情で締めつけられる。恐怖と、そして歓び。
       呪いのように残るその痕は、同化現象が今も一騎の命を蝕んでいる証に他ならない。しかし同時に、一騎が総士の隣にあることを選び続けてきた証でもあるのだ。
       その痕が一騎の指に纏わりつく前の、ファフナーに乗る前の一騎の健康的に日に焼けた肌の色を、総士はもうぼんやりとしか思い出せなくなっている。もっともその頃は、お互い相手を真正面に捉えられないくせにその背中や横顔を見つめてばかりで、こんなふうに近い距離でその指を見つめることなどできなかった。
       ドライヤーを仕舞って声をかけようとした総士の目に、自らの髪に絡む一騎の指が映った。
       肩口まで伸びたつややかな黒髪に、線の細くなった白い指が絡んでいる。
       耳のあたりの一房を取って、細い指にくるくると巻きつけては解き、巻きつけては解きをゆるりと繰り返している、無意識だろうその動きを見ているうちに、蘇る記憶があった。



       もうずいぶん前。まだこの左目に傷を与えられる前。まだ総士がどこにもいなかった頃。
       父の勤務の都合で、一週間ほど真壁家にお世話になったことがある。
       総士はその頃ちょうど、人よりかなり早くメモリージングが解放されたばかりだった。竜宮島と島のコアのために生きろという父の言葉もまだよく噛み砕けず、行き場のない孤独と空虚に襲われて、自分がここにあってはいけないのだと、どこにもいないのだという恐怖に、塞ぎこみがちになっていた頃だった。
       人前で繕ってはいたものの、一騎はそんな総士の様子にうっすらと気づいて不安に思っていたのか、総士と長く一緒にいられることにいたく喜んだ。帰る家も同じだというのに、どこへ行くにもおおはしゃぎでくっついてまわった。
       二人で真壁家に帰宅してからも、母さんのレシピなんだと持ち出した件のレシピ本を参考にはりきって夕食を作り、食事中も珍しく史彦に静かにしなさいと窘められるまで総士に話しかけることをやめなかった。
       入浴も二人で済ませ、頑として一騎が譲らなかったので、二人一緒に一騎の布団で眠った。それでもまだ一騎は興奮していたようで、ぽつぽつと話しかける声は止まなかったが、総士がほとんど初めて感じる他人の体温の心地よさにうとうとと舟をこぎはじめると、ようやく安心したように、一日止まなかったマシンガントークを落ち着けたのだった。
       自宅とは違う、畳の上に敷いた布団の感触。いつもと違う石鹸の香り。すぐそばで感じる、この世で最も信頼する相手のゆっくりとした心臓の音。自分よりも少し高い体温。遠慮がちにそうっと総士の手を握ってくる、やわらかい手のひら。パジャマのズボンから伸びた裸足の足がすべすべと絡みあう気持ちよさ。
       物心ついた頃から一人で眠る習慣のあった総士には、それらすべてがはじめてのもので、そしてなぜ今まで知らなかったんだろうと悔やむほど安心感を与えてくれるものだった。
       「総士」と一騎がおずおずとささやいたのは、そのときだった。
      「総士、あのな、髪の毛、さわってていいか?」
       総士は寝つきの良いほうではなかったが、その日はもう半分夢の中で、一騎の言っていることもきちんと理解しているわけではなかった。
      「うん、いいよ」
       なにをねだられているのか理解はしていなかったが、大好きな一騎の言うことだから、なんでも許してやりたかった。
       夢うつつにそう返事をすると、あたたかい一騎の指がそっと髪に絡むのを感じた。他の男子よりも長く伸びた髪に絡んだ指は、遊ぶように、指通りを楽しむように、くるくると巻きつけては解き、巻きつけては解きを繰り返した。
       不思議と煩わしさはなく、どころかやさしく髪をひっぱられるその感触にとてつもない安心感をおぼえて、あっという間に総士は深い眠りへと落ちていった。
       次の日も、その次の日も同じように一騎にねだられ、四日を数える頃になると、もう一騎はなにも言わないでも布団に入るなり総士の髪にそっと指を絡め、総士も髪を触られる感覚にうっとりと目をつぶった。その頃には、一騎が触れてくれる感覚が自らに安心感を与えてくれるのだと、ここにいると感じさせてくれるのだと、総士にはもうわかっていた。
       そんなことだから、父の多忙が落ち着き自宅に帰ってからも、それからしばらくは一人のベッドではなかなか寝つけなかったのだ。



      「総士?」
       髪に絡めた指はそのままに、ベッドに腰かけたまま自分を見つめる総士を、一騎が不思議そうに呼んだ。
      「それ」
       きょとんとした顔が、総士の目線の先にある自らの指に気づいて、ばつが悪そうな、照れたような色に染まる。髪を解いて、誤魔化すように手櫛でぐしゃぐしゃと梳く。
      「なんか、癖なんだよ。子どもっぽいけど」
      「お前、昔、僕の髪でも同じことをしていたな」
      「そうだっけ?」
      「同じ布団で寝るとき、僕の髪を指にくるくる巻きつけながら寝ていただろう」
      「よく覚えてるな」
       向かっていたノートを閉じてベッドに上がるあたたかい身体を正面から抱き留める。胡坐をかいた膝の上に腰かけしばらくもぞもぞと動いていたが、収まりの良い場所を見つけたのか、腰を落ち着けた一騎が総士の肩に顔を埋めて満足げにため息をついた。深呼吸をして、うっとり蕩けた声がいいにおい、と呟く。
      「お前くらい髪が長いのって、他に周りにいなかっただろ。俺も父さんも短いし」
       痕の残る一騎の指がやさしく総士の髪を梳いて、ゆるく癖のある毛先をくるくると指に巻きつける。
      「だから、そうやって髪を触ってると、総士がここにいてくれるんだって、すごく安心した」
       あとは……総士の髪、気持ちよかったし。今も気持ちいいけど。
       総士の肩に懐きながら、一騎は機嫌よく髪をいじっている。同じ仕草でも、昔からは考えられない体勢と距離感だ。子どもの頃には知らなかったお互いの温度と感触まで手に入れて、同じ布団に入ることも、同じにおいを纏うことも、子どもの頃とは違う意味を持つのだと知った。そうして今は、手に入れたあたたかさが、ここにいるのだと教えてくれる。
      「だから癖になったのかな」
      「人のせいにするな」
      「総士が構ってくれないと、寂しくてやっちゃうのかも」
       だったらお前、しょっちゅうそれをやってることになるぞ。そう言いかけて、案外自分も一騎に構いきりなことに気づいてしまった。なにせ給事中の遠見になんとも言えない目でじとっと見つめられるくらいだ。これでは一騎のことを言っていられない。
       シャワーの間放っておかれた一騎は身体を持て余していたようで、むずむずと擦り寄りながら、顔中にキスを落としてくる。額、頬、鼻、くちびる、そして左のまぶた。乾いたやわらかいくちびるが皮膚を食む感触を味わっていると、しなやかな黒髪が頬や首筋を撫でて、くすぐったさに身がすくんだ。
      「伸びたな」
      「そうかな」
      「切らないのか」
      「うーん……うん」
      「伸ばしているのか。どういう心境の変化だ」
      「なんとなく」
       そっと髪を耳にかけて、さも今は総士の首筋にキスをするのに夢中です、といった顔をする。
       一騎は、髪が伸びた。
       同化現象の影響で色が白くなったし、なんとなく面差しもやさしくなった。体つきもそうしっかりしたほうではなかったが、同年代が大人の身体に変わっていく中で、今もどこか華奢でたおやかでさえある。本人は頑なに認めようとしないが、格段に体力は落ちたし、体調も崩しやすくなった。
       そして、昔は決してしなかった表情を見せるようになった。総士を丸め込んで、隠しごとをするのが上手になった。
       一騎の指に残る十本の呪いの輪。
       かつて一騎は、変わってゆくことが怖いと言った。
       自分が自分でなくなってしまうことが怖いと、そう言った一騎の声色や表情を総士は知らない。しかし、そんな一騎が変わることを受け入れてまで、総士の隣にいることを選んでくれたからこそ、総士は今ここにいる。
       ここにいるから、ここで共に生きているから、変わってゆく一騎の今を目に焼きつけたいと思う。変化の理由を思うたび痛みを感じても、それすら総士には幸福だ。
       だけれど、記憶に焼きついた幼い日の一騎から変わらないでいてくれる部分があることも、総士にとっては同じくらい胸を刺す幸福だった。



       お返しと言わんばかりに一騎を組み敷いて、顔中へ熱心にキスを落とした。結わえていない髪が一騎の首元をさらさらと流れて、くすぐっそうな吐息がくちびるを温める。額の生え際で深呼吸すれば、総士の先にシャワーを使った一騎からは同じシャンプーのにおいがするはずだが、心臓をやさしく撫でられるような、締めつけられるような愛しいにおいでいっぱいになる。何度感じても不思議だ。
       このまま素肌を合わせるところまで進んでいいだろうかと思いつつ、くちびるで感じる熱にうっとりしていると、つんと前髪をひっぱられて目を開く。
      「お前も、前髪、ずいぶん伸びたな。切ってやろうか」
      「いや……」
       特に髪型に拘りがあるわけではないが、理由もなく伸ばしているわけでもない。必要ないと言いかけて、見下ろした一騎の表情に口をつぐんだ。
       電灯に照らされて透きとおった一騎の飴色の目が、まぶしそうに総士を見上げている。
       何度も交わしたくちびるの温度にしっとりと濡れたまぶたが、穏やかにまばたきしながら総士の目をじっと見つめている。
       ふと、先程落とされたやさしいキスの感触が、熱が、まぶたによみがえった。
      「……そうだな、今度、近いうちに切ってくれ」
        この、溢れてしまいそうな感情が、伝わればいい、だけど、きっと伝わらなくても構わない。
       自ら言い出したくせに、きょとんとした瞳が不思議そうに瞬いた。
      「いいのか?」
      「お前が言ったんだろう」
       一騎が言うのなら、一騎が一緒なら、なにも怖くはない。揺るぎないものはずっとここにあって、そして知らなかった景色でさえ、やさしく総士を照らしてくれるから。
       だから僕も、変わることを受け入れよう。僕はここに、お前の隣にいるから。
      「髪、触っててもいいぞ」
      「髪だけ?」
       おかしそうに笑って服の下へ潜り込んでくる手のひらの心地よさに吐息を漏らしながら、どうか今はただ笑っていてくれるようにと、一騎の左目にくちびるを落とした。
      ま子
    • アイドルパラレル②例によって一総とも総一とも決めてません。
      公録で今日は一騎髪上げてる〜〜かわいい〜〜!!となったオタクが翌朝のワイドショーで報道された記者会見での総士の髪型に卒倒するし、翌月発売された雑誌の一騎のスナップに映り込んだ髪飾りが総士のものとお揃いであることに気づき、時間差で卒倒する。

      #蒼穹のファフナー #一総 #総一
      ま子
    • ひみつのビオラ(総一)衆人環境(真矢ちゃんと暉)の喫茶楽園でいちゃつく総一、一騎が総士にメロメロのメロ(まだつきあってません)

      #総一 #腐向け
      ま子
    • アイドルパラレル二人組のアイドルユニットをやっている一騎と総士の、起伏のない短いやつです。ふたりの嫉妬について。一総でも総一でも読める感じです(どちらとも決めていません)

      #腐向け  #一総  #総一
      ま子
    • よりそうパルス(総一)できてない18歳の夏、流し素麺大会と総士の左目の話。HAE後に総士と性的関係を持たなかった一騎はどこまで鬱屈するか総一。おなじものをぴくぶらにも流しています。

      #蒼穹のファフナー #腐向け #総一
      ま子
    • アイドルパラレル3アイドル時空のふたりも9歳のころに一騎が総士の左目を傷つけた一件で疎遠になっており、そんな状態なのに14歳でユニットデビューすることが決まってしまった、という設定のうえのぎすぎす期の話

      #蒼穹のファフナー #一総 #総一
      ま子
    CONNECT この作品とコネクトしている作品