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    しおり
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    しおり
    アイドルパラレル3「そうし!」
     控え室に入った瞬間、勢いよくどんとぶつかってきた体温に、心臓が跳ねた。
    「……一騎?」
     特典のサイン入りブロマイドだのショップに置いてもらう直筆ポップだの、締め切りの近い書き物がまったく終わっていないと、計画的に終わらせていた総士よりも半日ほど早くから事務所へ出てきたはずの一騎だった。
     もうずいぶん長い間カメラの前でしかふれていないあたたかいからだがぎゅうっと抱きついて、しなやかな黒髪を総士の首筋にすりつけている。
     今朝すこし億劫そうにしながら家を出たときには、いつもと変わらなかったはずだ。五年前のあの日から総士にふれることを恐れて、同居しているマンションでも必要最低限の会話しか交わさない、写真撮影のときに肩を組むことさえためらっていた一騎が、どうして、とつぜん。背中にしがみついた手のひらが熱い。
    「よぉ、総士、おつかれさん」
     いやにバツが悪そうな顔で奥の給湯室からのそのそと姿を現した溝口を、じとりとにらむ。
    「溝口さん、これは一体……」
    「いやー、どうもな? 冷蔵庫に入ってたチューハイ、ジュースと間違えて飲んじまったみたいで」
     から、と溝口が振ってみせた空き缶はたしかに一見ジュースに見えるが、隅にはっきりと「お酒」の文字が踊っている。
     これを飲んだのか。一騎が。書き物の苦手な一騎のことだ、おおかた煮詰まってきたところで休憩がてら冷蔵庫を開けて、大して確認もせず飲んでしまったんだろう。
    「……なぜ事務所の冷蔵庫にアルコールが入っているんですか」
     どうもチューハイ一本で酔っ払ってしまったらしい、まだむじゃきに首にしがみついている一騎にも、のんきにへらへら笑っている溝口にも、頭が痛い。事務所の中での偶発的な事故だったからなんとかことなきを得ているが、未成年アイドルが飲酒だなんて、万が一外部に知れたら。下手をすれば今後のアイドル生命に関わるスキャンダルにも発展しかねない。
     そうしー、そうしー、と何が楽しいのか総士の名前を連呼して、ほおをすりつけてにこにこ笑っている、なにも考えていないようなかわいい顔がにくたらしい。
     こんな一騎の笑顔は、ずいぶん久しぶりに見た。パートナーとして組むようになってからの一騎が見せるのは、いつも、おびえたようにこちらを伺う顔や、あいまいに目を伏せた顔ばかりだ。仕事でカメラの前に立つ瞬間には、これ以上の相方は存在しないと確信できるほど呼吸をあわせることができるのに、舞台から降りればまともに目も合わない。
     この傷のことをずっと気に病んでいる一騎の誤解を解かなければいけないことはわかっている。不意に合った視線を逸らされるたびに感じる鈍い痛みも、もうまっぴらだ。それでも慣れない新しい日々に忙殺されて、どうすれば一騎を安心させてやるのかもよくわからない。自分のぶきようさが嫌になる。
     はなれたくないとぐずつく一騎をやっとのことでソファに沈めると、腕を引かれて強引にとなりへ座らされ、小さな頭がひざの上へ我が物顔で乗ってくる。飼い主に甘える犬か猫のようだ。
    「しかし一騎が酒に弱かったとはなあ。さっきまでいつもと同じだったから、てっきり紅音ちゃんに似てザルなんだと思ってたわ」
    「溝口さん、どうするんですか、これ」
     完全にひとごとのような口ぶりでしみじみとうなずく溝口をにらむ。こうなってしまっては、ひざを占領された総士も仕事にならない。一騎はそれこそ飼い主のひざで喉を鳴らす猫のようにうっとりと目を細めて、大きく深呼吸しながら満足げにほほえんでいる。
    「今日の予定は書きものだけだろ。酔いが覚めるまでしばらく頼むわ」
    「ちょっと、どうして僕が……!」
     ひらひらと手を振って去っていく背中に思わず腰を上げかけて、きゅう、と腰にしがみつくぬくもりに毒気を抜かれた。そーし、と、ファンにはいくらも聞かせるくせに、ついぞ総士には出したこともないようなあまい声がささやく。
     飢えていた。長い間、自分にだけ与えられなかった温度を味わうチャンスに、ほだされてしまわないわけがなかった。


    ***


     なかなか気が乗らずに後回しにしていた書き物をいよいよ片付けろと言われて、朝早くからひとりで事務所に出ることになった。
     俺は字が汚いし、総士と違って何を書いたらファンの人によろこんでもらえるのかもよくわからないから、こういう仕事は苦手だ。たくさん溜めてる自覚はあるから、今日一日であの量を書かなきゃいけないことを考えると、自業自得だけどおっくうだ。
     だけど、総士とべつべつの入り時間になるのは、ほんの少し気が楽だった。同じ予定で動かなきゃいけない日は、総士と一緒に家を出る。一緒に住んでるからあたりまえだけど、そういう日は一日が気が遠くなるほど長く感じる。なかなか進まない時計を眺めながら、たしかに同じ家の中に感じる総士の気配に息を殺す必要もなくなる。
     うんうん唸りながら苦手な書き物に午前中いっぱいとりかかって、昼前になってやっと終わりが見えた。単純なサインならまだましなのに、たくさんコメントを書かなきゃいけないやつとか、ひとつひとつ内容を変えなきゃいけない分がけっこうあって、動かしていた手よりも頭が痛い。勝手に飲んでいいと言われてる冷蔵庫のジュースをもらって、ひと息つく。
    「一騎ー、調子どうだ」
     事務所に出てきた俺に原稿の山を抱えさせ、とりあえず半分終わるまで出てくるなよ、と控え室に押し込んだ溝口さんが、ドアからひょいと顔を出した。
    「お、案外進んでるじゃねえか。感心感心、……て、おいおい、お前、それ酒だぞ」
    「え?」
     溝口さんが俺の手元を覗き込んで満足そうに頷き、握りしめたままだったジュースの缶を見て、めずらしくぎょっとした声を出す。つられて改めてまじまじと見れば、確かに隅には「お酒」の文字があった。どうしよう。見たことないジュースだとは思ってたけど、まさかお酒だなんて、全然気づかなかった。
    「うわ、本当だ、どうしよう……ていうか、なんでここの冷蔵庫にお酒なんか入ってるんですか」
    「私物だよーん。うわっ、一本飲んじまったのか。お前大丈夫か?」
    「気持ち悪くなったりはしてないですけど……」
     大丈夫かと言われても、さっきまで気づいてすらなかったくらいだ。
     こんな仕事をしているから、お酒を飲んだなんてメディアの人に知られたらものすごく大変なことになるかもしれないのに、缶を取り上げた溝口さんは案外へらへらしている。
     総士にばれたら、また怒られるかな。怒ってくれるんだろうか。総士にも関係あることだから、さすがに怒るかな。
     総士に仕事のことで怒られるのは、嫌いじゃなかった。総士はまじめで努力家で、プロだから、仕事の話をしているときはほんとうに仕事のことしか考えてない。それに総士にきついまなざしでにらまれて怖い声を出されると、やっと身の丈にあった扱い方をされたような気がして、どこかほっとする。それよりも、総士が俺を見て笑ってほめてくれたときのほうが、ずっと心臓が苦しい。
    「顔色ひとつ変わんねーな、やっぱり遺伝かねぇ」
     証拠隠滅、と宣言した溝口さんが、ぶつぶつ言いながら裏の給湯室へ缶を捨てに行く。
     そっか。ふつう、お酒飲んだら、酔っぱらうものなのか。いつもと違わないけど、これって、俺っていま酔っぱらってるのかな。
     酔っぱらうってどんな感じだろう。ふわふわして、気持ちよくなって、楽しくなって。父さんはいつもべろべろに酔っぱらうと、人が変わったみたいに母さんに抱きついて甘えている。酔っぱらうと、好きな人に抱きつきたくなるものなんだろうか。
     好きな人に、抱きついたり。俺にはぜったいできないことだ。仕事でさわるのなら、まだできる。ステージで夢中になっている間は、そこにあるのはただ総士の体温と感触だけで、握った手のなつかしさを心地よく感じることだってある。このまま離したくないと、歓声と熱と高揚感に浮かされて、名残惜しくいつまでも絡ませた指を解けない瞬間がある。だけど我に帰れば、そんなふうに思ってしまったことに、後になってものすごく打ちのめされる。
     デビューが決まって、円滑なコミュニケーションのためにって事務所の人の勧めで総士と一緒に暮らすことになっても、結局は避けるみたいに時間をずらして、仕事がなければ顔も見ない日もある。
     総士にさわるのがいやなんじゃない。総士のことを傷つけたくせに、いまさらなんでもなかったみたいに総士にさわって、総士にどう思われるかが、すごく、怖い。俺なんかがのうのうと総士にさわって、まるであのことを忘れたみたいに笑って、それを総士が一体どんな顔で見ているのか、知るのが怖い。
     だけど、もしかして、酔っぱらいって、そういうのが許されるんだろうか。だから大人は、次の日あんなにしんどくなるのがわかってるのに、何度も懲りずに飲むんだろうか。ほんの少しでも、なにかを忘れたくて。許されたくて。
     突然どきどきと心臓が早くなる。妙なこと考えるな、と思っても、頭が先走るのを止められない。ちらりと時計を見る。
     ……そろそろ、総士がやって来るころだった。


    ***


    「真壁くん、けっこういける口だねー」
     真っ赤な顔で肩を組んできたプロデューサーさんの絡みを、へらっと笑って受け流す。掘りごたつに突っ込んだ足がぶつかるほど近い。前からスキンシップの多い人だとは思ってたけど、酔うと拍車がかかるらしい。
    「実はもうこの歳で飲み慣れてたりして?」
    「やだな、俺、成人したばっかりですよ」
     いままで未成年だから遠慮していたところを、せっかく真壁くんが成人したから、と誘ってもらったレギュラー番組の飲み会だったが、他の人にこっそり話を聞いた限りでは、どうも毎回こんな感じでプロデューサーさんのスキンシップが激しいらしい。この調子だと次からもなにかと理由をつけて断ったほうがよさそうだ。握られた手がなかなか離せない。総士が別のテーブルでよかった。
     誕生日を迎えて、家で父さんや母さんと飲んだり、先に成人していた甲洋と飲みにいったりはしたけど、こうして家族や友人以外との外での飲み会に参加するのははじめてだ。まわりに勧められるまま、ビールだの焼酎だのウイスキーだの試してみたけど、いまいち酒の旨さも楽しさもよくわからない。
     六年前、誰にも、総士にも言えない、はじめてアルコールを口にしたときのことを思い出す。溝口さんの言ったとおり、俺はわりと酒には強いほうの母さんに似たらしい。
    「一騎」
    「ああ」
     通路を隔てて別のテーブルに着いていた総士が人混みを縫うようにやってきて、肩を叩いた。腕時計を見る。たしかに、そろそろいい時間だった。
    「すみません、せっかく誘っていただいたんですが、明日も早朝からロケが。この辺りでお先に失礼します」
     総士がいつもと同じ白い顔でそつなく言って、上着を手に立ち上がる。総士は誕生日がまだだから未成年だけど、今日ははじめて外で飲む俺が心配だからと着いてきてくれた。もちろん呂律もしっかりしている。酒は飲んでいないはずなのに、いつもより妙に怖い顔をしているのは気のせいだろうか。
     やたらとべたべたしてくるプロデューサーさんが大きい声で残念そうにしゃべるのを聞き流しながら、俺も立ち上がって上着をはおる。こういうのは総士にまかせておけばいい。また手を握られそうになって、さりげなく間に入った総士が遮ってくれた。
     身じたくを整えて靴を履いて振り返ると、いつの間にかずいぶん機嫌がよくなったプロデューサーさんに今度は総士が両手をぎゅっと握られていて、あわてて総士の手をひったくるようにして店を出た。

     大通りに出てすぐにつかまえたタクシーの中で、めずらしく総士のほうから手を握ってきた。
     ひんやりした温度にさっきまで総士の手を気安く握っていたプロデューサーさんの顔が思い浮かんで、無性にむかむかする。俺以外の感触がなくなりますように、と思いながらてのひらをあわせて、指を絡めるようにきゅっと握り返す。
    「……お前、アルコール、強かったんだな」
    「えっ? あ、あー、そうみたいだな」
     総士がつぶやいた言葉に、心臓がどきっと跳ねた。そういえば、そうだった。総士は俺が酒に弱いと思っている。十四のときに間違えてチューハイを飲んでしまった俺に総士はえらく腹を立てて、二度とこんな間違いはするな、たとえ成人しても僕が居ない場では絶対にアルコールを摂取するな、とすごいけんまくで怒ったんだった。
     六年前のうそがばれてしまったのかと、さっきまで平静だった鼓動がどんどん早くなる。
     ふと総士が笑って、絡んだ指があまくすりよせられる。
    「あのときのように酔っていたら、あの場で皆の前で抱きしめても許してやったのに」
    「……こんなところで、そんなこと言うなよ」
     いまさらここじゃ抱きしめられないだろ。赤くなったほおを隠すように、総士の肩に顔を埋める。
     総士があのときあんなに怒った理由もわかる今なら、帰るなり我が物顔でひざを占領したって、ゆるしてくれるのかな、と思った。
    ま子 Link Message Mute
    2018/10/03 23:19:05

    アイドルパラレル3

    アイドル時空のふたりも9歳のころに一騎が総士の左目を傷つけた一件で疎遠になっており、そんな状態なのに14歳でユニットデビューすることが決まってしまった、という設定のうえのぎすぎす期の話

    #蒼穹のファフナー #一総 #総一

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    • ラブレターフロム(一総)遠隔でいちゃつく一総を見守る剣司先生

      #腐向け #一総
      ま子
    • きみのてざわり(一総)総士の髪が好きでたまらない一騎と、そんな一騎がとても大切な総士。HAE〜EXO前のどこか。pixivに上げていたものをテストとして投稿してみます。
      小説機能の開発も予定されているとのことで、とても楽しみにしています。

      #蒼穹のファフナー #腐向け #一総

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       正式に喫茶楽園の調理師という職を得て、一騎はノートにレシピを書き留めるようになった。
       自宅では母親の残したレシピ本を愛用していたようで、たまに簡単なふせんやメモを書いたり貼ったりしていることは知っていた。それでも一騎はあまりまめな質ではないから、逐一メモを取って割合や工程を工夫するよりも「なんとなく」でうまくやってしまうことのほうが多かったし、レシピ本そのものも長じるにつれて内容を覚えきってしまい、登場の機会は減っていったらしい。一度見せてもらったレシピ本のメモは、どれも少し昔の武骨な少年の字で書かれていた。
       それが、今まで習慣で行っていた調理というものを仕事としてこなすようになって、一騎なりに責任感というか、仕事としての義務感をおぼえたようだ。職場で出すランチのカレーや簡単なデザートのレシピをノートにまとめるようになった。「俺はだいたいなんとなくでいつも同じ味になるけど、店としてそれじゃだめだろ」と困ったように笑った顔が記憶に新しい。
       総士が楽園を訪れるたび嬉々として店員とは思えない頻度で構い出すので、こいつには今仕事中だという自覚があるのか、そもそもなぜ他の誰も咎めないんだ、と内心呆れていたが、後輩の暉がバイトとして入るようになって、少しは労働と向き合う気になったらしい。はじめてみれば案外楽しかったようで、最近では今あるメニューをまとめるだけではなく、試作と称して新しいメニューを総士に食べさせては、その表情にうんうん頷いて何かの文字列をノートに書き込む回数も増えた。ノートを開く姿も、喫茶店での仕事中だけではなく、自宅や今日のように訪れた総士の部屋でも見ることが多くなった。店外に持ち出すならパッドにしたほうが効率的じゃないか、とも勧めたが、性に合わないからと断られてしまった。
       今日も総士がシャワーを使う間にどうも手持無沙汰になったらしく、ぼんやりとデスクでノートを開いて何事かを書き込んでいる。なるべく早く済ませたつもりだったが、なにせ腰まで伸びた髪を濡らして洗うだけでも手間がかかる。一騎のように鴉の行水とはいかない。
       上がったぞと声をかけてベッドでドライヤーをかけながら、なんとなく頬杖をついた一騎の左手を見ていた。
       一騎の、数年前と比べて確実に細く白くなった指を見るたび、否応なくその根元に残る五本の痕が目に入る。色素が薄くなった肌に余計に濃く映るそれを見つめるたび、いつだって総士の胸は、痛みのような甘い感情で締めつけられる。恐怖と、そして歓び。
       呪いのように残るその痕は、同化現象が今も一騎の命を蝕んでいる証に他ならない。しかし同時に、一騎が総士の隣にあることを選び続けてきた証でもあるのだ。
       その痕が一騎の指に纏わりつく前の、ファフナーに乗る前の一騎の健康的に日に焼けた肌の色を、総士はもうぼんやりとしか思い出せなくなっている。もっともその頃は、お互い相手を真正面に捉えられないくせにその背中や横顔を見つめてばかりで、こんなふうに近い距離でその指を見つめることなどできなかった。
       ドライヤーを仕舞って声をかけようとした総士の目に、自らの髪に絡む一騎の指が映った。
       肩口まで伸びたつややかな黒髪に、線の細くなった白い指が絡んでいる。
       耳のあたりの一房を取って、細い指にくるくると巻きつけては解き、巻きつけては解きをゆるりと繰り返している、無意識だろうその動きを見ているうちに、蘇る記憶があった。



       もうずいぶん前。まだこの左目に傷を与えられる前。まだ総士がどこにもいなかった頃。
       父の勤務の都合で、一週間ほど真壁家にお世話になったことがある。
       総士はその頃ちょうど、人よりかなり早くメモリージングが解放されたばかりだった。竜宮島と島のコアのために生きろという父の言葉もまだよく噛み砕けず、行き場のない孤独と空虚に襲われて、自分がここにあってはいけないのだと、どこにもいないのだという恐怖に、塞ぎこみがちになっていた頃だった。
       人前で繕ってはいたものの、一騎はそんな総士の様子にうっすらと気づいて不安に思っていたのか、総士と長く一緒にいられることにいたく喜んだ。帰る家も同じだというのに、どこへ行くにもおおはしゃぎでくっついてまわった。
       二人で真壁家に帰宅してからも、母さんのレシピなんだと持ち出した件のレシピ本を参考にはりきって夕食を作り、食事中も珍しく史彦に静かにしなさいと窘められるまで総士に話しかけることをやめなかった。
       入浴も二人で済ませ、頑として一騎が譲らなかったので、二人一緒に一騎の布団で眠った。それでもまだ一騎は興奮していたようで、ぽつぽつと話しかける声は止まなかったが、総士がほとんど初めて感じる他人の体温の心地よさにうとうとと舟をこぎはじめると、ようやく安心したように、一日止まなかったマシンガントークを落ち着けたのだった。
       自宅とは違う、畳の上に敷いた布団の感触。いつもと違う石鹸の香り。すぐそばで感じる、この世で最も信頼する相手のゆっくりとした心臓の音。自分よりも少し高い体温。遠慮がちにそうっと総士の手を握ってくる、やわらかい手のひら。パジャマのズボンから伸びた裸足の足がすべすべと絡みあう気持ちよさ。
       物心ついた頃から一人で眠る習慣のあった総士には、それらすべてがはじめてのもので、そしてなぜ今まで知らなかったんだろうと悔やむほど安心感を与えてくれるものだった。
       「総士」と一騎がおずおずとささやいたのは、そのときだった。
      「総士、あのな、髪の毛、さわってていいか?」
       総士は寝つきの良いほうではなかったが、その日はもう半分夢の中で、一騎の言っていることもきちんと理解しているわけではなかった。
      「うん、いいよ」
       なにをねだられているのか理解はしていなかったが、大好きな一騎の言うことだから、なんでも許してやりたかった。
       夢うつつにそう返事をすると、あたたかい一騎の指がそっと髪に絡むのを感じた。他の男子よりも長く伸びた髪に絡んだ指は、遊ぶように、指通りを楽しむように、くるくると巻きつけては解き、巻きつけては解きを繰り返した。
       不思議と煩わしさはなく、どころかやさしく髪をひっぱられるその感触にとてつもない安心感をおぼえて、あっという間に総士は深い眠りへと落ちていった。
       次の日も、その次の日も同じように一騎にねだられ、四日を数える頃になると、もう一騎はなにも言わないでも布団に入るなり総士の髪にそっと指を絡め、総士も髪を触られる感覚にうっとりと目をつぶった。その頃には、一騎が触れてくれる感覚が自らに安心感を与えてくれるのだと、ここにいると感じさせてくれるのだと、総士にはもうわかっていた。
       そんなことだから、父の多忙が落ち着き自宅に帰ってからも、それからしばらくは一人のベッドではなかなか寝つけなかったのだ。



      「総士?」
       髪に絡めた指はそのままに、ベッドに腰かけたまま自分を見つめる総士を、一騎が不思議そうに呼んだ。
      「それ」
       きょとんとした顔が、総士の目線の先にある自らの指に気づいて、ばつが悪そうな、照れたような色に染まる。髪を解いて、誤魔化すように手櫛でぐしゃぐしゃと梳く。
      「なんか、癖なんだよ。子どもっぽいけど」
      「お前、昔、僕の髪でも同じことをしていたな」
      「そうだっけ?」
      「同じ布団で寝るとき、僕の髪を指にくるくる巻きつけながら寝ていただろう」
      「よく覚えてるな」
       向かっていたノートを閉じてベッドに上がるあたたかい身体を正面から抱き留める。胡坐をかいた膝の上に腰かけしばらくもぞもぞと動いていたが、収まりの良い場所を見つけたのか、腰を落ち着けた一騎が総士の肩に顔を埋めて満足げにため息をついた。深呼吸をして、うっとり蕩けた声がいいにおい、と呟く。
      「お前くらい髪が長いのって、他に周りにいなかっただろ。俺も父さんも短いし」
       痕の残る一騎の指がやさしく総士の髪を梳いて、ゆるく癖のある毛先をくるくると指に巻きつける。
      「だから、そうやって髪を触ってると、総士がここにいてくれるんだって、すごく安心した」
       あとは……総士の髪、気持ちよかったし。今も気持ちいいけど。
       総士の肩に懐きながら、一騎は機嫌よく髪をいじっている。同じ仕草でも、昔からは考えられない体勢と距離感だ。子どもの頃には知らなかったお互いの温度と感触まで手に入れて、同じ布団に入ることも、同じにおいを纏うことも、子どもの頃とは違う意味を持つのだと知った。そうして今は、手に入れたあたたかさが、ここにいるのだと教えてくれる。
      「だから癖になったのかな」
      「人のせいにするな」
      「総士が構ってくれないと、寂しくてやっちゃうのかも」
       だったらお前、しょっちゅうそれをやってることになるぞ。そう言いかけて、案外自分も一騎に構いきりなことに気づいてしまった。なにせ給事中の遠見になんとも言えない目でじとっと見つめられるくらいだ。これでは一騎のことを言っていられない。
       シャワーの間放っておかれた一騎は身体を持て余していたようで、むずむずと擦り寄りながら、顔中にキスを落としてくる。額、頬、鼻、くちびる、そして左のまぶた。乾いたやわらかいくちびるが皮膚を食む感触を味わっていると、しなやかな黒髪が頬や首筋を撫でて、くすぐったさに身がすくんだ。
      「伸びたな」
      「そうかな」
      「切らないのか」
      「うーん……うん」
      「伸ばしているのか。どういう心境の変化だ」
      「なんとなく」
       そっと髪を耳にかけて、さも今は総士の首筋にキスをするのに夢中です、といった顔をする。
       一騎は、髪が伸びた。
       同化現象の影響で色が白くなったし、なんとなく面差しもやさしくなった。体つきもそうしっかりしたほうではなかったが、同年代が大人の身体に変わっていく中で、今もどこか華奢でたおやかでさえある。本人は頑なに認めようとしないが、格段に体力は落ちたし、体調も崩しやすくなった。
       そして、昔は決してしなかった表情を見せるようになった。総士を丸め込んで、隠しごとをするのが上手になった。
       一騎の指に残る十本の呪いの輪。
       かつて一騎は、変わってゆくことが怖いと言った。
       自分が自分でなくなってしまうことが怖いと、そう言った一騎の声色や表情を総士は知らない。しかし、そんな一騎が変わることを受け入れてまで、総士の隣にいることを選んでくれたからこそ、総士は今ここにいる。
       ここにいるから、ここで共に生きているから、変わってゆく一騎の今を目に焼きつけたいと思う。変化の理由を思うたび痛みを感じても、それすら総士には幸福だ。
       だけれど、記憶に焼きついた幼い日の一騎から変わらないでいてくれる部分があることも、総士にとっては同じくらい胸を刺す幸福だった。



       お返しと言わんばかりに一騎を組み敷いて、顔中へ熱心にキスを落とした。結わえていない髪が一騎の首元をさらさらと流れて、くすぐっそうな吐息がくちびるを温める。額の生え際で深呼吸すれば、総士の先にシャワーを使った一騎からは同じシャンプーのにおいがするはずだが、心臓をやさしく撫でられるような、締めつけられるような愛しいにおいでいっぱいになる。何度感じても不思議だ。
       このまま素肌を合わせるところまで進んでいいだろうかと思いつつ、くちびるで感じる熱にうっとりしていると、つんと前髪をひっぱられて目を開く。
      「お前も、前髪、ずいぶん伸びたな。切ってやろうか」
      「いや……」
       特に髪型に拘りがあるわけではないが、理由もなく伸ばしているわけでもない。必要ないと言いかけて、見下ろした一騎の表情に口をつぐんだ。
       電灯に照らされて透きとおった一騎の飴色の目が、まぶしそうに総士を見上げている。
       何度も交わしたくちびるの温度にしっとりと濡れたまぶたが、穏やかにまばたきしながら総士の目をじっと見つめている。
       ふと、先程落とされたやさしいキスの感触が、熱が、まぶたによみがえった。
      「……そうだな、今度、近いうちに切ってくれ」
        この、溢れてしまいそうな感情が、伝わればいい、だけど、きっと伝わらなくても構わない。
       自ら言い出したくせに、きょとんとした瞳が不思議そうに瞬いた。
      「いいのか?」
      「お前が言ったんだろう」
       一騎が言うのなら、一騎が一緒なら、なにも怖くはない。揺るぎないものはずっとここにあって、そして知らなかった景色でさえ、やさしく総士を照らしてくれるから。
       だから僕も、変わることを受け入れよう。僕はここに、お前の隣にいるから。
      「髪、触っててもいいぞ」
      「髪だけ?」
       おかしそうに笑って服の下へ潜り込んでくる手のひらの心地よさに吐息を漏らしながら、どうか今はただ笑っていてくれるようにと、一騎の左目にくちびるを落とした。
      総士の髪が好きでたまらない一騎と、そんな一騎がとても大切な総士。HAE〜EXO前のどこか。pixivに上げていたものをテストとして投稿してみます。
      小説機能の開発も予定されているとのことで、とても楽しみにしています。

      #蒼穹のファフナー #腐向け #一総

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       正式に喫茶楽園の調理師という職を得て、一騎はノートにレシピを書き留めるようになった。
       自宅では母親の残したレシピ本を愛用していたようで、たまに簡単なふせんやメモを書いたり貼ったりしていることは知っていた。それでも一騎はあまりまめな質ではないから、逐一メモを取って割合や工程を工夫するよりも「なんとなく」でうまくやってしまうことのほうが多かったし、レシピ本そのものも長じるにつれて内容を覚えきってしまい、登場の機会は減っていったらしい。一度見せてもらったレシピ本のメモは、どれも少し昔の武骨な少年の字で書かれていた。
       それが、今まで習慣で行っていた調理というものを仕事としてこなすようになって、一騎なりに責任感というか、仕事としての義務感をおぼえたようだ。職場で出すランチのカレーや簡単なデザートのレシピをノートにまとめるようになった。「俺はだいたいなんとなくでいつも同じ味になるけど、店としてそれじゃだめだろ」と困ったように笑った顔が記憶に新しい。
       総士が楽園を訪れるたび嬉々として店員とは思えない頻度で構い出すので、こいつには今仕事中だという自覚があるのか、そもそもなぜ他の誰も咎めないんだ、と内心呆れていたが、後輩の暉がバイトとして入るようになって、少しは労働と向き合う気になったらしい。はじめてみれば案外楽しかったようで、最近では今あるメニューをまとめるだけではなく、試作と称して新しいメニューを総士に食べさせては、その表情にうんうん頷いて何かの文字列をノートに書き込む回数も増えた。ノートを開く姿も、喫茶店での仕事中だけではなく、自宅や今日のように訪れた総士の部屋でも見ることが多くなった。店外に持ち出すならパッドにしたほうが効率的じゃないか、とも勧めたが、性に合わないからと断られてしまった。
       今日も総士がシャワーを使う間にどうも手持無沙汰になったらしく、ぼんやりとデスクでノートを開いて何事かを書き込んでいる。なるべく早く済ませたつもりだったが、なにせ腰まで伸びた髪を濡らして洗うだけでも手間がかかる。一騎のように鴉の行水とはいかない。
       上がったぞと声をかけてベッドでドライヤーをかけながら、なんとなく頬杖をついた一騎の左手を見ていた。
       一騎の、数年前と比べて確実に細く白くなった指を見るたび、否応なくその根元に残る五本の痕が目に入る。色素が薄くなった肌に余計に濃く映るそれを見つめるたび、いつだって総士の胸は、痛みのような甘い感情で締めつけられる。恐怖と、そして歓び。
       呪いのように残るその痕は、同化現象が今も一騎の命を蝕んでいる証に他ならない。しかし同時に、一騎が総士の隣にあることを選び続けてきた証でもあるのだ。
       その痕が一騎の指に纏わりつく前の、ファフナーに乗る前の一騎の健康的に日に焼けた肌の色を、総士はもうぼんやりとしか思い出せなくなっている。もっともその頃は、お互い相手を真正面に捉えられないくせにその背中や横顔を見つめてばかりで、こんなふうに近い距離でその指を見つめることなどできなかった。
       ドライヤーを仕舞って声をかけようとした総士の目に、自らの髪に絡む一騎の指が映った。
       肩口まで伸びたつややかな黒髪に、線の細くなった白い指が絡んでいる。
       耳のあたりの一房を取って、細い指にくるくると巻きつけては解き、巻きつけては解きをゆるりと繰り返している、無意識だろうその動きを見ているうちに、蘇る記憶があった。



       もうずいぶん前。まだこの左目に傷を与えられる前。まだ総士がどこにもいなかった頃。
       父の勤務の都合で、一週間ほど真壁家にお世話になったことがある。
       総士はその頃ちょうど、人よりかなり早くメモリージングが解放されたばかりだった。竜宮島と島のコアのために生きろという父の言葉もまだよく噛み砕けず、行き場のない孤独と空虚に襲われて、自分がここにあってはいけないのだと、どこにもいないのだという恐怖に、塞ぎこみがちになっていた頃だった。
       人前で繕ってはいたものの、一騎はそんな総士の様子にうっすらと気づいて不安に思っていたのか、総士と長く一緒にいられることにいたく喜んだ。帰る家も同じだというのに、どこへ行くにもおおはしゃぎでくっついてまわった。
       二人で真壁家に帰宅してからも、母さんのレシピなんだと持ち出した件のレシピ本を参考にはりきって夕食を作り、食事中も珍しく史彦に静かにしなさいと窘められるまで総士に話しかけることをやめなかった。
       入浴も二人で済ませ、頑として一騎が譲らなかったので、二人一緒に一騎の布団で眠った。それでもまだ一騎は興奮していたようで、ぽつぽつと話しかける声は止まなかったが、総士がほとんど初めて感じる他人の体温の心地よさにうとうとと舟をこぎはじめると、ようやく安心したように、一日止まなかったマシンガントークを落ち着けたのだった。
       自宅とは違う、畳の上に敷いた布団の感触。いつもと違う石鹸の香り。すぐそばで感じる、この世で最も信頼する相手のゆっくりとした心臓の音。自分よりも少し高い体温。遠慮がちにそうっと総士の手を握ってくる、やわらかい手のひら。パジャマのズボンから伸びた裸足の足がすべすべと絡みあう気持ちよさ。
       物心ついた頃から一人で眠る習慣のあった総士には、それらすべてがはじめてのもので、そしてなぜ今まで知らなかったんだろうと悔やむほど安心感を与えてくれるものだった。
       「総士」と一騎がおずおずとささやいたのは、そのときだった。
      「総士、あのな、髪の毛、さわってていいか?」
       総士は寝つきの良いほうではなかったが、その日はもう半分夢の中で、一騎の言っていることもきちんと理解しているわけではなかった。
      「うん、いいよ」
       なにをねだられているのか理解はしていなかったが、大好きな一騎の言うことだから、なんでも許してやりたかった。
       夢うつつにそう返事をすると、あたたかい一騎の指がそっと髪に絡むのを感じた。他の男子よりも長く伸びた髪に絡んだ指は、遊ぶように、指通りを楽しむように、くるくると巻きつけては解き、巻きつけては解きを繰り返した。
       不思議と煩わしさはなく、どころかやさしく髪をひっぱられるその感触にとてつもない安心感をおぼえて、あっという間に総士は深い眠りへと落ちていった。
       次の日も、その次の日も同じように一騎にねだられ、四日を数える頃になると、もう一騎はなにも言わないでも布団に入るなり総士の髪にそっと指を絡め、総士も髪を触られる感覚にうっとりと目をつぶった。その頃には、一騎が触れてくれる感覚が自らに安心感を与えてくれるのだと、ここにいると感じさせてくれるのだと、総士にはもうわかっていた。
       そんなことだから、父の多忙が落ち着き自宅に帰ってからも、それからしばらくは一人のベッドではなかなか寝つけなかったのだ。



      「総士?」
       髪に絡めた指はそのままに、ベッドに腰かけたまま自分を見つめる総士を、一騎が不思議そうに呼んだ。
      「それ」
       きょとんとした顔が、総士の目線の先にある自らの指に気づいて、ばつが悪そうな、照れたような色に染まる。髪を解いて、誤魔化すように手櫛でぐしゃぐしゃと梳く。
      「なんか、癖なんだよ。子どもっぽいけど」
      「お前、昔、僕の髪でも同じことをしていたな」
      「そうだっけ?」
      「同じ布団で寝るとき、僕の髪を指にくるくる巻きつけながら寝ていただろう」
      「よく覚えてるな」
       向かっていたノートを閉じてベッドに上がるあたたかい身体を正面から抱き留める。胡坐をかいた膝の上に腰かけしばらくもぞもぞと動いていたが、収まりの良い場所を見つけたのか、腰を落ち着けた一騎が総士の肩に顔を埋めて満足げにため息をついた。深呼吸をして、うっとり蕩けた声がいいにおい、と呟く。
      「お前くらい髪が長いのって、他に周りにいなかっただろ。俺も父さんも短いし」
       痕の残る一騎の指がやさしく総士の髪を梳いて、ゆるく癖のある毛先をくるくると指に巻きつける。
      「だから、そうやって髪を触ってると、総士がここにいてくれるんだって、すごく安心した」
       あとは……総士の髪、気持ちよかったし。今も気持ちいいけど。
       総士の肩に懐きながら、一騎は機嫌よく髪をいじっている。同じ仕草でも、昔からは考えられない体勢と距離感だ。子どもの頃には知らなかったお互いの温度と感触まで手に入れて、同じ布団に入ることも、同じにおいを纏うことも、子どもの頃とは違う意味を持つのだと知った。そうして今は、手に入れたあたたかさが、ここにいるのだと教えてくれる。
      「だから癖になったのかな」
      「人のせいにするな」
      「総士が構ってくれないと、寂しくてやっちゃうのかも」
       だったらお前、しょっちゅうそれをやってることになるぞ。そう言いかけて、案外自分も一騎に構いきりなことに気づいてしまった。なにせ給事中の遠見になんとも言えない目でじとっと見つめられるくらいだ。これでは一騎のことを言っていられない。
       シャワーの間放っておかれた一騎は身体を持て余していたようで、むずむずと擦り寄りながら、顔中にキスを落としてくる。額、頬、鼻、くちびる、そして左のまぶた。乾いたやわらかいくちびるが皮膚を食む感触を味わっていると、しなやかな黒髪が頬や首筋を撫でて、くすぐったさに身がすくんだ。
      「伸びたな」
      「そうかな」
      「切らないのか」
      「うーん……うん」
      「伸ばしているのか。どういう心境の変化だ」
      「なんとなく」
       そっと髪を耳にかけて、さも今は総士の首筋にキスをするのに夢中です、といった顔をする。
       一騎は、髪が伸びた。
       同化現象の影響で色が白くなったし、なんとなく面差しもやさしくなった。体つきもそうしっかりしたほうではなかったが、同年代が大人の身体に変わっていく中で、今もどこか華奢でたおやかでさえある。本人は頑なに認めようとしないが、格段に体力は落ちたし、体調も崩しやすくなった。
       そして、昔は決してしなかった表情を見せるようになった。総士を丸め込んで、隠しごとをするのが上手になった。
       一騎の指に残る十本の呪いの輪。
       かつて一騎は、変わってゆくことが怖いと言った。
       自分が自分でなくなってしまうことが怖いと、そう言った一騎の声色や表情を総士は知らない。しかし、そんな一騎が変わることを受け入れてまで、総士の隣にいることを選んでくれたからこそ、総士は今ここにいる。
       ここにいるから、ここで共に生きているから、変わってゆく一騎の今を目に焼きつけたいと思う。変化の理由を思うたび痛みを感じても、それすら総士には幸福だ。
       だけれど、記憶に焼きついた幼い日の一騎から変わらないでいてくれる部分があることも、総士にとっては同じくらい胸を刺す幸福だった。



       お返しと言わんばかりに一騎を組み敷いて、顔中へ熱心にキスを落とした。結わえていない髪が一騎の首元をさらさらと流れて、くすぐっそうな吐息がくちびるを温める。額の生え際で深呼吸すれば、総士の先にシャワーを使った一騎からは同じシャンプーのにおいがするはずだが、心臓をやさしく撫でられるような、締めつけられるような愛しいにおいでいっぱいになる。何度感じても不思議だ。
       このまま素肌を合わせるところまで進んでいいだろうかと思いつつ、くちびるで感じる熱にうっとりしていると、つんと前髪をひっぱられて目を開く。
      「お前も、前髪、ずいぶん伸びたな。切ってやろうか」
      「いや……」
       特に髪型に拘りがあるわけではないが、理由もなく伸ばしているわけでもない。必要ないと言いかけて、見下ろした一騎の表情に口をつぐんだ。
       電灯に照らされて透きとおった一騎の飴色の目が、まぶしそうに総士を見上げている。
       何度も交わしたくちびるの温度にしっとりと濡れたまぶたが、穏やかにまばたきしながら総士の目をじっと見つめている。
       ふと、先程落とされたやさしいキスの感触が、熱が、まぶたによみがえった。
      「……そうだな、今度、近いうちに切ってくれ」
        この、溢れてしまいそうな感情が、伝わればいい、だけど、きっと伝わらなくても構わない。
       自ら言い出したくせに、きょとんとした瞳が不思議そうに瞬いた。
      「いいのか?」
      「お前が言ったんだろう」
       一騎が言うのなら、一騎が一緒なら、なにも怖くはない。揺るぎないものはずっとここにあって、そして知らなかった景色でさえ、やさしく総士を照らしてくれるから。
       だから僕も、変わることを受け入れよう。僕はここに、お前の隣にいるから。
      「髪、触っててもいいぞ」
      「髪だけ?」
       おかしそうに笑って服の下へ潜り込んでくる手のひらの心地よさに吐息を漏らしながら、どうか今はただ笑っていてくれるようにと、一騎の左目にくちびるを落とした。
      ま子
    • アイドルパラレル②例によって一総とも総一とも決めてません。
      公録で今日は一騎髪上げてる〜〜かわいい〜〜!!となったオタクが翌朝のワイドショーで報道された記者会見での総士の髪型に卒倒するし、翌月発売された雑誌の一騎のスナップに映り込んだ髪飾りが総士のものとお揃いであることに気づき、時間差で卒倒する。

      #蒼穹のファフナー #一総 #総一
      ま子
    • ひみつのビオラ(総一)衆人環境(真矢ちゃんと暉)の喫茶楽園でいちゃつく総一、一騎が総士にメロメロのメロ(まだつきあってません)

      #総一 #腐向け
      ま子
    • アイドルパラレル二人組のアイドルユニットをやっている一騎と総士の、起伏のない短いやつです。ふたりの嫉妬について。一総でも総一でも読める感じです(どちらとも決めていません)

      #腐向け  #一総  #総一
      ま子
    • よりそうパルス(総一)できてない18歳の夏、流し素麺大会と総士の左目の話。HAE後に総士と性的関係を持たなかった一騎はどこまで鬱屈するか総一。おなじものをぴくぶらにも流しています。

      #蒼穹のファフナー #腐向け #総一
      ま子
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