邂逅する者①
話は前回から少し前に遡る――。
「…今何と?」
「日本から魔法少女一人来るからさ、その子の面倒見てやってほしいのよ」
正午の会議室、夕陽は作成会議が終わり一旦自室に戻ろうとしていた所ゾフィに呼び止められていた。
「他に適役がいると思いますが」
「その子外国語てんでダメみたいだから君が適役になったの」
通訳デバイスを使えばいいじゃないか、と反論しようとする夕陽の口にゾフィは数枚の紙の資料で押さえた。
「クラレにも話してあるから。あとよろしく」
そう言ってゾフィは会議室を後にした。夕陽は恨めしそうに彼女の背中が扉で見えなくなるまで見つめた。
気を取り直して押し付けられた資料に目を通す。
「…鬼追百子」
書類に書かれた名前を呟く。
日本の巫術に特化したデバイス、神代型の適合者。普段は京都を拠点に活動している一方、魔獣の調査員として日本全国で活動している。海外はこれで二回目らしい。
今は煩い奴じゃないことを願うしかないな…と思いながら夕陽は自室に戻った―。
「どうも」
大人の中に紛れた少女が一人、シュバルツ・フォーゲルの隊員に一瞥をした。
「あの騒ぎの中、わざわざありがとうございます」
「…どこも大変ですから」
隊員の言葉に少女は苦笑いをした。
「おい、バカ」
「あっ…すいません」
―気まずい沈黙が漂う。
「…おっと、しばらくの間に君の世話をする子の紹介がまだだったね」
重い空気をかき消すようにゾフィが口を開く。
「彼誰夕陽。態度はアレだけどやる時はやる子だから安心してね」
夕陽はゾフィの方を一度睨むととりあえずの挨拶をした。
「…よろしく」
「…!」
少女は固まったまま夕陽を見ている様だった。
「…?」
「おーい」
「…あ、すいませんボーッとしてました。えーと、鬼追百子っていいます。よろしくお願いします」
少女、百子は赤い癖毛を揺らしながらまたお辞儀をした。
薄暗い廊下を歩いている。どこへ向かうかは決めていない。
ただ今は誰にも自分の姿を見られたくなくて、見えない所へ行きたくて、歩いた。
誰もいない部屋を見つけ、入る。
部屋に入った途端に涙が溢れて止まらない。
「百子」
嗚咽だけが聞こえていた部屋に優しい声が入る。
顔を上げると水色の長い髪が視界に入り――。
「起きろ」
百子は挨拶した後に案内された部屋でうたた寝をしていた所を夕陽に起こされた。
「ぁ……」
「会議に三十分も遅れているから呼び出された。早く行け」
目を開いてもなお、口をだらしなく開ける百子を夕陽が急かす。
「…その水色の髪、自前ですか?」
「だったら何なんだ」
早く覚めろ、と夕陽は言いながら百子の腕を引っ張る。
「あ、待って資料が…」
落ちた資料を拾い上げてから二人は早歩きで会議室へと向かった―。
②
ニヶ月前からドイツでは魔獣による災害件数が増えていた。
昨今、世界中で魔獣が起こす災害などとっくに珍しくも何ともない。しかし、二ヶ月前に起こったその災害はそこらの魔獣と訳がちがった。
主である魔女が死に、家を持たなくなった魔獣達は森や海、荒廃した居住地区等を代わりの巣に住み着いていた。
故に、居住地区で魔獣が現れた状況になったとしても、防衛と駆除をしながら巣を見つけて叩き出せば大体のことはどうにかなった。のだが、肝心の巣が見つからないのである。
巣を見つけられず、現れた魔獣だけを駆除するジリ貧の状況を打開するために今、会議が行われているのであった―。
「こりゃ驚いた。北海道に現れた奴と全く同じじゃないか。」
調査員の一人が口を開く。
百子は資料を読んでいるように見えたが、眼は遠くを見ているようだった。
「どれどれ…本当だ、どちらも出処が不明な上に姿形も一致している。」
「何か、これ以外に特徴とかありませんでしたか?」
クラレが資料に目を通しながら呟いた後にシュバルツ・フリューゲルの隊員の一人が質問をした。
調査員がまた口を開いたその時――
外からサイレンがけたたましく鳴り響いた直後、轟音が会議室を揺らした。
「何だ!?」
「――伏せろっ!!」
クラレが叫ぶと共に窓ガラスが割れた。
百子が顔を上げた先にいたのは、餓鬼のように手足が棒みたいに細長く、腹部が不自然に膨れ上がった魔獣だった。
魔獣は百子を睨み、細長い腕を振り下ろした。
普段の潰れる感触がないことに魔獣は違和感を覚え、地面を見た。
そこには百子の身の丈以上ある盾が立っていた。
「よいしょっ、と」
盾は魔獣の足を押し上げ、バランスを崩させる。魔獣は想定外の事に対処ができず、ひっくり返り、仰向けの状態で起き上がることができない。
「下がれ!」
頭上からクラレの声が響く。
百子が後ろに下がろうとすると急にぐい、と引っ張られた。
「ぐえっ」
夕陽が百子が着ているポンチョのフードを掴み引っ張る。
クラレは二人の頭上を翔び、魔獣の膨れた腹に蹴りを入れる。腹は風船のごとく破裂したと同時に、腹から機械の部品が飛び散り、床にはクレーターが出来上がった。
「何だこれは…?」
散乱した部品。普通の魔獣にはあるはずのないものを目の当たりし、一同は困惑した。
夕陽は落ちていた部品を一つを拾う。
「……!」
そして握りつぶした。
「おい馬鹿!勝手に壊すな!」
隊員の一人が注意に入った。
「あの、あーしいつまでこの体制なんすかね」
何が起きたのかわからない百子は夕陽に掴まれたままそう言うことしかできなかった――。