蒼葉と椛昼下がり、椛の部屋から何かを投げたような乱暴な音が聞こえた。
その日は椛が久しぶりに家族と会うはずだった。けれど、当日に都合悪く家族全員が急な予定で会えなくなってしまった。
家の様々な都合が混ざって、椛は家族といることができないから僕の家に住んでいる。
父さんも妹も椛を寂しい想いにさせないように接したし、椛も自分なりに僕の家族の手伝いをしている。
それでも寂しい想いは拭えることはできず、椛は自室に篭っていた。
ノックをする。返事はない。
「開けるよ」
床には画面にひびが入ったスマホ、ベッドにはこちらに背を向けて毛布にくるまる椛がいた。
「…何だよ」
涙まじりの声。
「スマホ、落ちてたよ」
そう言ってベッドに腰を掛ける。いつもなら物を乱暴に扱ったことをうるさく注意してしまうが、今は言える状態ではない。我ながら嘘が下手だなと思った。
「…。」
椛は向きを変えずに身体を僕にくっつけてきた。
優しく椛の背中を撫でる。
「うっ…うぅ……」
毛布の中から嗚咽が聞こえてきた。
また、背中を撫でる。
嗚咽はひっくひっくと、少し荒れた泣き声に変わる。
なだめるように背中を撫で続けた――。
泣き声が止み、椛がこっちに振り向いた。
泣き晴らした目で何も言わず、じっと見つめてくる。
見つめ返すと、ゆっくり起き上がり僕の肩を掴んだ。
「えっ」
どうしたの、と聞く前に口は椛の唇で塞がれた。
自分の唇に柔らかい感触が伝わり顔が熱くなる。身体から汗が吹き出た所で互いの唇が離れた。
「…え?え?」
「…お前さっきからそれしか言ってねえな」
「だって急に、き、キスするから―」
続きの言葉を言おうとした時、ガチャンと玄関が開く音が聞こえてきた。
「ただいまー。ごめん、誰か荷物運ぶの手伝って」
「呼ばれてるぞ」
父さんの声がする方へと振り向いている内に椛はすぐ背中を向けて横になっていた。
その後は顔の熱を逃がすかのように家の手伝いをたくさんやった。
が、何もしないとさっきの出来事を思い出しては何もない所で転んだり、壁にぶつかったりを繰り返してしまい、結局休みなさいと言われた。
自室のベッドで横になり、布団を被る。
「なんであんなことしたんだろ…」
椛のことは前から好きだった。けど、自分が好意を持たれているとはあまり思ってはいなかった。
嬉しいけれど、あまりにも急すぎて、いや、でも、何かの間違いをして、ううん――。
―喜びと不安が交互に出るのを繰り返すとだんだん意識が遠のいていった。
「んぅ…?」
小さな違和感に気づき瞼を開く。
視界には薄暗い中に椛が顔が大きく見えた。
「?!」
「げっ」
飛び上がり額同士がゴツンとぶつかった。
「いってぇ…」
「痛いじゃないでしょ!?何してんの!?」
「デカい声出すなよ!みんな起きるだろ」
話を逸らさないでよ!と小声で注意するものの、椛はだんまりとした。
「……。」
「あと…さっきさ、なんで…キスしたの?」
沈黙に耐えられずもう一つ質問をしてしまった。彼女のことだから逆上するかもしれないけど、さっきまで答えが見つけられないものだからつい、聞いた。
「…したかったから」
「え?」
「今日みたいに寂しい時とか、嫌な事があった時とかお前が寝てる時してたけど…なんか…してた」
「えっ、待って、『寝てる時』??」
ん、と椛が頷く。
「なんで、今まで、寝てるとき?」
予想外の返答に頭がぐるぐるするけどやっとのことで言葉を出した。
「…いつも俺のこと叱るし…好きじゃないだろうと思って…」
いつの間にか入っていた肩の力が抜けた。
「…ふふっ」
―なんだ、同じことを思っていたんだ。
「あははは!」
「…なんで笑うんだよ!!」
椛が声を荒らげる。
「だって、直接言えばいいのに」
「だから、さっき言っ―」
「鈍いなぁ…」
人のこと言えないけど、と小さい声で呟きながら椛の口を唇で塞いだ。