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    真白な手帳に書きぬ それは幼馴染で、腐れ縁だった。金魚のフンみてぇな奴で、どこに行くにも一緒。正直いつ出会ったかも覚えていない。気付いたら一緒にいて、わあわあ喋って喧嘩して泣いて、それでも楽しかった。
    だから、今のこの状況が上手く呑み込めなかった。秋刀魚の骨が喉に引っかかって、白米の塊を飲み込んで麦茶で流し込むことも出来なかった。
    目の前のそれは「冷めるぞ」と言わんばかりに、弁当箱の白米を平らげていく。うるせえ、冷めるのはお前の保温弁当だけだろうが。そんな気持ちを押し込んで、やっと出た声は秋刀魚の骨も取れそうにないほど小さかった。

    「──はあ?」


    「ん、何か言った?」
    「い、や。何も。骨引っかかっただけ」
    「だっせ」

     誰のせいだと思ってんだ、という念を込めて、机の下にあるそれの長い脚を蹴る。

    「いっ……! 蹴んなよ、ガキみてぇなことしやがって」

    ちょうど弁慶の泣き所に当たったのか、それは思い切り顔をしかめて俺の足を蹴り返してきた。……痛ぇ。


     確かに、そんなことはありえない。出会いがあれば別れも必然なわけで。このゆるくて楽しい時間にだって、終わりが来るのはわかっていた。
     だけどな、唐突すぎやしないか。今までいくらでも話すタイミングとかあっただろ。おかげで俺は飯が喉を通らない。
     結局、その日俺は弁当を半分くらい残した。全ては隣で笑っている金魚のフンそれのせい。

    ──俺さ、D大受けることにしたから──

     ふと思い出したように、お前には言ってた気もするけど、と前置きしてから。少し騒がしい昼休みの教室、俺にしか聞こえない声でぽつ、と俺の幼馴染であって腐れ縁の金魚のフン──つまり、南沢みなみさわさくは言った。
     俺と別々の進路を歩む、と。



     昔から、たつみと一緒だった。別に一緒にしようとか、示しあって一緒なわけじゃない。ただ俺と巽の進路がたまたま重なっただけ、好きな漫画もゲームも何もかも、偶然一緒だっただけ。

     思い出したから、言った。このままだとまた幼馴染の結城ゆうき巽と同じ進路になりそうで、それが堪らなく嫌で、言ってしまえば巽から逃げるような進路だった。
     幸い……と言っていいかはわからないが、俺と巽の成績の差は開いていた。それなら巽の成績では行けない大学に行こう、何かもっともらしい理由をつけて。そんな不純な動機で、D大を目指すことにした。


     それにこれ以上一緒にいたら、俺が苦しくなって潰れてしまう。
     ──俺は、巽の事が『好き』だ。友達としてじゃなく、恋愛対象として。このことは本人にはもちろん、誰にも伝えていない。引かれて周りから人がいなくなるのが怖くて、誰にも言えずにここまで来てしまった。
     気持ちを抑えてずっと友達のまま巽と一緒にいるか、巽に気持ちを伝えて関係を断つか。それなら、前者の方がいいに決まっている。
     でも、駄目だった。俺はどうしても巽の特別な存在になりたいし、巽のことが好きで好きでしょうがない。これから先もずっと気持ちを抑えるなんて無理だ、と心が喚いてしまった。
     だから、巽から逃げる進路を選んだ。好きだから、近くにいると苦しくて息すらまともに出来ないから。それに何より、巽には巽の幸せを見つけてほしかったから。万が一、億が一の確率で巽が俺を選んでくれたとして、巽は本当にそれで幸せなんだろうか。
     巽は笑ってくれるだろう、俺の隣で。優しいから、無理してでも笑ってくれるんだろう。でもそうじゃない。俺は巽を縛り付けたいわけじゃない。俺の隣で無理に笑うくらいなら、どうか、俺より素敵な可愛い女の子の隣で幸せに笑ってほしい。


    「朔」
    「何、巽」
    「二ケツして一緒に帰ろうぜ」
    「一緒に帰るけど二ケツはケツ痛ぇから無理」

     夕暮れが肌を刺して巽と俺の肌を焦がしていく。暑いな、だな。そんな他愛もない会話をする喉さえも、夕暮れの陽にやられてしまってからからに乾いていた。

    「お前さあ」
    「うん」
    「あの手帳まだ使ってんの?」
    「使ってっけど……え、駄目か?」
    「いや、駄目とかじゃねぇんだけど。俺ページ全部使い切っちまったから、巽もそろそろなのかなーって思ってさ」

     俺と巽が揃いで買った、文字が一つもない真っ白な手帳。本来カレンダーがある部分も枠線しかなく、年も日付も曜日も何もかもない、不思議なもの。
     俺は馬鹿真面目にペンで月日を書いて使っていった。普通に手帳としての役割が果たせりゃそれで良かったから。
     対して巽はその時々──予定が入る月日だけ書いて使っていた。バイトだとか、模試だとか。そういう予定は全部シャーペンで書いていたのを見たことがある。シャーペンよりペンの方が見やすいだろ、と言ったら、ペンは消せないからその日あった出来事とか、過去のことを書くのにだけ使っている、と言われてしまった。
     そんな巽の手帳にシャーペンで書かれた文字は、すぐに消されてペンで書き直される。予定だったり、目標だったり、とにかく近くに起きることを書いてはペンで上書きする、というのが巽流らしい。

    「さぁ。朔が使い切ったんなら俺もそろそろだと思うけどなー」
    「あれ使い勝手良かったしリピしてぇからさ、今度ハンズ行こうぜ。二冊分」
    「一気に二冊も使うとかさすが、秀才は違うなぁ」
    「そういう二冊分じゃねぇっつの、お前の分」
    「はは、知ってる」

     家に帰ったら手帳にシャーペンで書くんだろうか。朔とハンズ、とか。そんなことを茫々ぼうぼうと考えていたら、巽が口を開いた。

    「あ、じゃあついでに本屋行かねえ? 参考書買いてぇなって思ってんだけど」
    「はぁ? 前も買ったじゃん。前に買ったやつで満点叩きだしてから言え」
    「レベルが足んねぇの! ──なあ、朔」
    「O大ならあの参考書でレベルは充分だって言ったろ、不安なのはわかっけど焦んなって。んで、何」
    「俺、D大行きてぇ」

     とんでもない馬鹿だ、と思った。
     今までO大目指して頑張ってきたくせに。誰よりも近くにいた俺が一番わかってる。わかってるからこそ、突き放して気の迷いを正してやんなきゃなんねぇのに。なんでだよ、なんで俺が離れたらお前がついてくんだよ。金魚のフンはどっちだっつの。
     喚く、喚く。心が、心臓が、全部煩い。どこかで巽がそう言ってくれるって期待してた。そうだよ、俺だってお前と一緒の大学行きてぇよ、お前と一緒がいい、でも俺は、お前にちゃんと幸せになってほしいんだよ。お前から逃げる弱い奴とじゃなくて、面と向かって包んでくれるような優しくて可愛い子と。

    「何言ってんだよ、お前O大志望だろ。あと俺と被っちまうじゃねぇか」
    「朔、俺のことどう思ってんの」
    「急になんだよ、どういう意味?」
    「好きとか、嫌いとか。嫌いだから被ってほしくねぇのかと思って」
    「……好きなんかじゃねえ。お前が行けなさそうだからD大学志望してんだ。そろそろ気付けよ、もうお前と一緒の進路とかうんざりなんだよ」
    「……もっかい言え」

     ……巽が怒っている。言いたくない。嫌いじゃない。好き、大好きだけど……突き放さなきゃ、幸せにしなきゃ。お前の幸せのためなら、俺は。

    「いくらでも言ってやるよ、好きなんかじゃねえ!」


     気付けよ、馬鹿。何年も一緒にいる俺の気持ちも汲めねぇからモテねえんだよ。
     俺はお前の前から消えたいのに、お前がそれを許してくれないから。諦めきれねぇじゃん、本当に馬鹿。


    「ちゃんと俺の顔見て言ってみろってんだよ!!」

     ぐい、と背けていた顔が巽の大きな手によってそっちに向けられる。巽の目は綺麗だ。ラムネ瓶の中のビー玉の色とか、夏の川の色をしている。それに比べて俺は、全部濁してわからなくしたどぶ川みたいに汚い色。
     だからさ、そんな目で見るなよ巽。お前の綺麗な水が濁っちまうだろ、なぁ。

    「すきじゃないよ、おまえなんか」


     何回も何回も練習した二文字と反対の言葉を吐く自分が、なんだか滑稽だった。震える声がまた笑いを誘う。ああ、可笑しくて涙まで出てきた。
     ちくしょう、鈍感め。

    「手、離せよ。本心だってわかっただろ」
    「……もういい、先帰る」
    「勝手にしろ」
    絞り出した声は、笑いすぎて弱々しかった。



     俺は、馬鹿だ。成績も中の下。朔の目指すD大学なんて行けるはずがない。わかってる。わかっている、つもりだった。
     でもふいに零れ落ちたのは、朔と同じ大学に行きたい、という欲だった。朔が隣にいない自分が、想像出来なかった。朔は隣に俺がいない自分を想像出来たから、俺のいない道を選んだんだろうか。俺にはまだ、それが見えなくて。暗い未来しか、見えなくて。

    「好きじゃない、か」

     嫌われたかな、と手帳を開けた。青のペンで朔と一緒にしたことがたくさん書いてあるこの手帳も、もうそろそろおさらばだ。終わりの方のメモ書きスペースしか、ページは残っていなかった。
     それでも、まだ残っている。小さな余白だっていい。朔に謝る気持ちを込めて、俺はペンを握った。



    夏が過ぎて、秋、冬。あっという間にセンター試験も入試も終わり、合格発表日になった。
     夏前の喧嘩から、巽とはあまり喋っていない。巽も俺の言葉を気にしたのか、自然と避けるようになっていた。……のだが。

    「朔、ごめん。やっぱり合格発表見る前にちゃんと話がしたい」
    「……話すことなんかないって言っただろ」
    「俺があるんだよ。これ、覚えてるよな?」

     巽が鞄から取り出したのは、白い手帳だった。間違いなく、俺と巽が揃いで買った物。

    「それが、何」
    「朔と夏前に喧嘩しただろ。帰ってから手帳に書いたんだ、D大合格する、って。それに絶対実現したかったからペンで書いた」
    「……」
    「ずっと考えてた。朔は、俺と一緒じゃない未来が見えてるかもしれない。でも俺は、朔と一緒じゃない未来が見れなかった。謝んの遅れて本当にごめん。朔と一緒に今を歩かせてくれ」

     頭を下げる巽に、俺はどう声をかければいいのかわからなかった。こんな巽、初めて見た。
    何分経っただろう。とりあえず、頭を上げてもらわないと話が出来ない。

    「巽、頭上げてくんね?」
    「……」
    「俺がいつ、お前と一緒じゃない未来見たって言ったんだよ。一言もそんなの言ってねぇし、俺が言ったのは……お前のことが好きじゃないって嘘だけだ」

     ゆっくり、ちゃんと祖語なく、巽に届くように。俺が同性愛者で巽のことが好きだってこと。一緒にいるのが苦しかったこと。巽に幸せになってほしかったから、D大に進学してほしくなかったこと。

    「気持ち悪いかもしんねぇけどさ、これが俺、南沢朔なんだよ。で、あー……何。俺も、お前と一緒じゃない未来とか見たくねぇから。──巽」
    「……朔」
    「ずっと、いつからかわかんないくらいにはずーっと、巽のことが好きだ。付き合ってくれなんて無理なこと言わねぇから、隣で笑わせてくれよ」

     叶わないのはわかってるから、せめて隣で笑い合う友達に戻りたかった。一緒にいられなかった高校三年の時間を埋めるくらい、許されたかった。


    「……そうか」
    「ん?」
    「そうだよ、なんで今まで気付かなかった? 俺だって朔じゃないと嫌だ。他の奴じゃこんなに満たされない。……朔、俺もずっとお前のことが好きだったんだ。付き合おう」
    「──はあ?」
    「だ、駄目か?」

     三年の半年分以上返すから、と好きな奴に言われてしまったら頷くしか選択肢はない。心が、心臓が、全部煩い。ほらな、いつだって巽は俺の予想なんか軽々越えて、一番ほしい言葉をくれるんだ。

    「朔、泣くなって」

    巽の目は綺麗だ。ラムネ瓶の中のビー玉の色とか、夏の川の色をしている。それに比べて俺は、全部濁してぐちゃぐちゃにした溝川のみたいに汚い色。
     そんな目で見られたら、お前の綺麗な水が、俺の濁った汚い水を流していくみたいに感じて。
     何回も何回も練習した二文字を、ようやく巽に言えるのが、なんだか滑稽だった。震える声がまた笑える。ああ、嬉しくて涙まで出てきた。

    「気付くの遅えんだよ馬鹿、好き」
    「俺も。……朔、そろそろ行かねぇと。番号出るぜ」



     巽が人ごみを抜けて出てくる。遠くて表情は読めないけど、足取りは軽いから期待しておこう。
    「どうだった?」
    「……合格!」

     ぱん、と頭上で巽と手を合わせる。本当に合格しちまうなんて大馬鹿だな、と大きな頭をわしゃわしゃ掻き回してやれば、巽は犬ころみたいな顔でへにゃりと笑った。

    「三年の半年分、でけぇからな。覚悟しろよ?」
    「はは、わかった。ゆっくり一生かけて返すからな、朔」
    潮屋 Link Message Mute
    2018/10/01 5:00:00

    真白な手帳に書きぬ

    好きなのに、好きだから、好きだけど。
    高校三年生、幼馴染兼腐れ縁の男子二人のお話。

    ×××

    はじめまして、潮屋と申します。創作で書いてきたものが少しずつ溜まってきたので、こちらに投げてみました。よろしくお願いします。
    表紙の素敵な写真はぱくたそ様(https://www.pakutaso.com)より。

    #創作 #BL #うちの子 #オリジナル #オリキャラ #たつみなみさわ1129

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