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    ぼくが泣くのは 君は本当に、食事が好きだよね。……美味しい? そう、それは良かった。自信作だからね。そう言ってもらえて嬉しいよ。そうだね、これくらいなら君もきっと作れるさ、後でレシピを教えてあげるよ。
     はい、お粗末様でした。それで、今日は何の用件だい? リトル・スー。おや、スーという呼称はお気に召さなかったかな。創作で一番疎まれる、望むままに世界を動かすメアリー・スー。君は何でも好きに出来る理想そのものなんだから、ちょうどいいと思ったんだけど。……はあ。そんな怖い顔をしないでよ。せっかくの整った顔がもったいない。もしかしてそれも好きにした結果かい? ……あはは、もっと怒った。悪かったよ、ごめんね。
     未だに届くんだよ、たくさんの依頼がさ。受けないって断っても、用心棒だの護衛だのとやかましくて。この間なんて店にまで押しかけて僕を連れて行こうとするものだから、お茶を提供してあげたんだけどやっぱり暴れられてね、店は大損害。高い薬も割っちゃったし、また薬草を取って乾燥させて粉にして、なんて面倒な手順を踏まないといけないんだ。ああ、君なら一瞬でできるかな。魔法を使えばすぐだろう? 冗談、冗談だよ。僕でもできる作業だから君には頼まない。人手が必要なら向こうの何でも屋に頼むって。
    ──僕の話が聞きたい? そう、それはどうも。食事代と話代を合わせて三ペンガにまけてあげる。僕は優しいお兄ちゃんだし。

     僕はうららかな春のまんなかに生まれて、その二年後より少し前に弟が生まれた。親が僕に構ってくれないのが嫌な時期もあったけど、弟は弟だから大切に思っていたし、好物のいちごを分けてあげたり一緒に遊んだりもたくさんしてたんだ。
    でも、僕が学校に行き始めたころから弟の様子がおかしくなった。病気でもないのに僕たち家族を避けだして、あまり話さなくなった。両親になにかあったのかと聞いてもなにも知らないし、僕も心当たりなんてないからすごく困ったよ。数週間経った夜中、ヘロスに起こされるまで。
    「おにいちゃん」
    「ん……なに、もう朝ぁ……どうしたの、その怪我」
    「ベ、ベッドから落ちちゃった」
    「……とりあえず、絆創膏貼ろ。痛いでしょ」
     常夜灯が薄暗く光る部屋で、関節の曲げ伸ばしによる皮膚の伸び縮みなんて考えないぐちゃぐちゃの絆創膏を擦り傷に貼った。赤黒い内出血にも、傷を隠すように大きいものを。医療行為はおおよそ一枚の絆創膏から始まって、それが効くにしても効かないにしても安心のお守りになってくれる。
    「痛くない? 平気?」
    「平気。ありがと」
    「へへ、どういたしまして。……ヘロス、兄ちゃん最近寂しいな」
    「あ、えっと……」
    「なにか理由がある? 兄ちゃんのこと嫌い?」
    「嫌いじゃない! ……お父さんが、誰にも話すなって」
    「え?」
    「お父さんが、いっぱい痛いことする。でも、おにいちゃんに言ったら、今度はおにいちゃんに痛いことするって、言ってたから。だからおにいちゃんは、ヘロスからなにも聞いてないよね」
     堰を切ったように、それでも気付かれないよう静かに泣き出す弟がいたたまれなくて、ベッドの上で思わず抱きしめた。落ち着くように背中を優しく叩いて、眠った隙にお気に入りのブランケットを引っ張ってきて、横になってやる。
     弟が完全に眠った後、酷く慌てた。どうすればいいのかわからなかったから。母親に相談したとて変わらないことを心の奥底で知っていたから。でも、弟がいる限りは僕に矛先は向かない。僕は大丈夫。僕は大丈夫、だけど。おもちゃが壊れたら新しいおもちゃが欲しくなる。お菓子を食べたらまたお菓子が欲しくなる。ないものは欲しくなるのが道理。もしこの先、弟が壊れてしまったら? きっと僕が補充される側だ。だから、だから、えっと。僕がやることは、弟が壊れないように頑丈にすること、だ。
     慌てた頭では考えすら絡まって息苦しくなる。今日は寝よう、とヘロスの顔を見た。腫れている目元と頬。どれほどの痛みか想像もつかない。眠っている間だけでも幸せな夢を見て欲しい、と頭を撫でてみれば、小さな声でお兄ちゃん、と呼ばれた。さっきの考えをびりびりに破り捨てて、無力な自分を恥じた。お兄ちゃん。僕はお兄ちゃんだから、弟を守らないといけない。ただ少し先に生まれただけ、それだけでも理由は十分だ。
     弟を守るためにたくさん本を読んだ。薬学の本。医学の本。子供でも分かるイラストや写真付きの事典を見て、それぞれの怪我にどの処置がいいのか、どの薬の何の成分が効くのか、必死に本を読んだ。こころに絆創膏は貼れないからこそ、外側の怪我をきちんと治してあげたかった。
     来る日も来る日も本を読んでいたある日、目的の本を取るために登った梯子の先で偶然、一冊の古い本に出合った。タイトルさえ忘れてしまったけど、その中の一文が焼き付くように記憶に残っている。『薬草の名を冠した一族の体液は、その名の薬として使用できる。』急いで薬草事典を開いて家族の名前を引いた。パパベルというのは植物の名前だと聞いていたから、もしかしたら僕自身が弟の薬になれるかもしれないと思った。出てきたページに書いてあったのは、薬は薬でもこの世界で一番高値で取引されている麻薬の原料だということだった。その文字を見て、すべてが腑に落ちた。ストレス発散のついでに金が手に入るのなら、誰がそれに手を伸ばさないことができるだろう。
     二年後、弟も学校に通うようになった。学校に行って、貰った宿題もそこで終わらせて帰るのが僕たちだった。弟が学校に通うようになって父親からの暴力も減って、半袖の隙間から痣が見えることもなかった。弟はなかなか人が信用できずに、おとなしく周りの顔色をうかがっていた。話はできるがひどく静かで、人の話を聞く方が好きになってしまったようだった。
     長期休みになって、弟じゃなく僕が父親に呼ばれることもあった。僕は母親に似ていたから。寝心地の悪いきしむベッドと大きな瓶、すべてを無駄にしないためのビニールシートだけが、僕の傷を知っていた。拳が挙げられるのとどちらが軽いかなんて考えていたけれど、結果としてどちらも同じ重さだった。弟を巻き込むことはできないし、何より余計な心配事を増やしたくなくて誰にも言わなかった。僕でさえ思い出すと今でも肌が粟立つような感覚があるから、弟は僕よりももっと苦しかったと思うよ。
     それから何年我慢していたんだろう。僕は弟が帰ってくるまで、いつものように救急箱を用意してベッドに腰かけて待っていた。弟が衣服も肌もぼろぼろの状態で、逃げるように部屋に入ってきたのは予想外の出来事だった。悲痛そうに僕を見てからなだれ込むように僕の膝に縋り付いた。泣きながらなにやら言っているようだったけれど、涙で滲んでよく聞こえなかった。
    「なあに、ヘロス。わかんないよ」
    「モル」
    「……父さん、ヘロスどうしたの」
    「今日はソイツ使い物にならねえからお前が来い」
     ごめんねヘロス、僕行かなくちゃ。呟いて頭を撫でて、暗に退くように言った。それでも退かずに、より強く足を掴む弟にほとほと困った。
    「ほら……父さんが待ってるから離して」
    「嫌だ! 行かないで兄貴、俺の代わりになんかなんないで!!」
    「何の話をしてるの、ヘロスってば」
    「ああ、ずっとそう取り繕ってきたんだな? 健気な兄貴だなぁモル。反吐が出る。もうお前は汚れてんだから、純潔を装うな」
    「やめてよ父さんまで、冗談ばっかり……」
    「兄貴がどうのとうるせえから黙らせるためにお前の写真を見せたらこの様だ。逃げた弟のケツは誰が拭くんだ? さっさと行くぞ、そのゴミ蹴り飛ばしてでも来い」
     息が詰まった。写真? そういえば全部終わった後に撮られていたかもしれない。そんなことより弟に知られたことの方が苦しくて、弱弱しく吐き出した言葉がヘロスにどれほど深く刺さるかなんて考えられなかった。
    霞む視界と疲労感にシャッター音。撮られたと気づいた時にはもう遅くて、怪我を隠す気力もない。父親が部屋を出た後も動く元気はなかった。今までずっと弟を支えてきたと思っていたけれど、支えられていたのは僕の方だった。こころにぽっかり穴があいて、それでも弟のもとに帰りたくて痛む体を無理やり動かした。汚れた体を洗って洗って洗って洗った。泡が沁みて痛かった。
     ぎくしゃくしたけど、君も知っているように僕らは仲のいい兄弟だからね。すぐ普段通りになったよ。
     数年後、僕は薬の専門学校に進んで二年が経った。試験も通過、実習も無事に終えて学業や成績に関しては問題なかった。友人は誰も僕の痣には言及しないし、過ごしやすくて少しずつ家を空けるようになった。決して弟を見放したわけじゃない。家は息がしづらいから、少しだけでも酸素を肺に取り込んで帰りたかったんだ。
     ある日たまたま授業が休みになって、早く帰ることができた。弟と食卓を囲んでいたら父親が帰ってきて、突然僕の首を絞めた。大方ギャンブルにでも負けて苛立っていたんだろう。抵抗の意味もないから終わるまでいつも通り待っていた。ぎりぎりのところで開放してくれる優しさに甘えていた。でも首にかかる力はいつもよりずっと強くて、苦しくて、意識が海に溺れるように落ちかけたその時、弟が僕と父親を引きはがした。当然父親はさらに怒って弟を突き飛ばした。咳き込む合間に鈍い音が聞こえた。涙で滲む視界に飛び込んできたのは、机の傍で倒れている弟だった。静かな弟に対して父親は声を荒げて家を出て行った。乱暴に閉められたドアにまるで災害だ、とまだ荒い息を絞って弟の名前を呼んだ。返事がない。肩を叩いてもう一度呼びかけた。びく、と手が反応した。床に垂れる血に目を見張った。ありったけのガーゼで患部を押さえた。温かい血が止まらない。医者を父に持つ友人に電話をかけて、車を出してくれるというのでそのまま病院へ弟を運んだ。
     目を覚ましたヘロスはけろりとしていて、頭から血が出ていたとは思えない様子だった。念のため短期間入院するよう友人から勧められ、弟と相談することにした。友人は悪い奴じゃないし、きっと怪我を見ても踏み込んでは来ないだろう。僕は友人を信頼しているし、弟にも入院を勧めたが頑なに嫌がられた。長い間暴力にさらされ続けていれば人間不信にもなるだろう。でも今回は僕も引くに引けなかった。細かな検査は素人ではできないし、何より弟が心配だったから。弟もしぶしぶ頷いてくれたが、僕も一緒に入院するのが条件だった。
     弟は三針縫う手術をした。僕は時折友人に呼ばれて、二人でたくさん話をした。ずかずかと土足で踏み込まれることもなく僕の方からたくさん話して、ゆっくり友人が頷いて話を聞いてくれていた。今思えばあれはカウンセリングだったのかもしれないな。
     短い入院期間が終わって、日常が帰ってきた。消えてきた痣も、かさぶたが取れた肌も、何もかも元通りに生傷の絶えない体になっていった。
     数日後、目が覚めたら母親がいなかった。最初は食材でも買いに出かけたんだと思って心配もしていなかった。食卓に寂しそうにおかれた手紙が、普段と違うことを教えてくれていた。夜逃げだった。どうやら僕たちが入院している間のしわ寄せが母親に及んだようで、今まで守れなかったことに対しての謝罪と、生活費は送る旨が書いてあった。一緒に二十ペンガも入っていて、それは今月の生活費だそうだった。どうせ父親に見つかってギャンブル代になるだけだとも思ったが封筒に入れなおして、隠すように引き出しの奥に押し込んだ。
     弟も無事に商業専門の学校に進んで、一年が経った。冷たい風が傷を撫でて、月明かりが雲間から差し込む寒い日だった。いつも通り救急箱を準備して、弟の帰りを部屋で待っていた。ドアノブがひねられて、ぼろぼろの弟が入ってくる。
    「おかえり、ヘロス。手当を」
    「なあ兄貴、俺らが売れるなら父さんも売れる?」
    「……売れるよ。仕返しに髪の毛の一本でも抜いてきた?」
    「んーん。髪の毛一本どころじゃねえの。全部揃ってる」
     いいから来て! と手を握られた。なんとなく察しはついていた。弟の顔がいつもよりさっぱりしていたから。いつか僕が手を汚すつもりだったのにまた弟に背負わせてしまったな、と手を引かれるまま部屋に向かった。これからは弟が痛めつけられることも、僕が寝心地の悪いベッドで泣くこともない。血の臭いのする部屋を開けて視界に飛び込んできたのは、倒れた父親の姿だった。何があったの、と聞く必要もない。打ちどころが悪かっただけ。十数年間分の正当防衛が過剰になって今飛び出しただけだ。ぬるい胸に耳を当てた。心音はもう聞こえない。それならばと硬くなる前にナイフを手に取った。一滴もこぼさないよう、忌々しいビニールシートの上で丁寧に切り離す。部位を分けて、余分な脂肪分は削ぎ落した。瓶詰にした血液は今まで父親が僕らを捌いていたように連絡を取り、これが最後だと念押しして金と交換した。
     不自由なく暮らす中で、僕は二回目の試験も無事通過して、学校を卒業した。流れるように一年間の実習と試験も終えて、結果は合格だった。僕は晴れてちゃんとした手続きを踏んで薬を売れるようになって、今のこの店を構えたんだ。店を開くのにお金には困らなかった。こぞって僕たちを欲しがる人はたくさんいたからね。しばしば僕たちを求めて暴れる客もいたけれど、押さえて店外に連れ出してしっかりお引き取り頂いたよ。
     この頃から弟も店の手伝いをしてくれるようになった。商業専門の学校を卒業しただけあって、円滑に物事が進んでいくようになった。町の薬屋としても、麻薬売りとしてもたくさんのパイプが繋がっていって店も安定しだした頃、電話が鳴った。西の国に移り住んだ友人からだった。その友人は王の警備を担当しているエリートで、王宮のペットの世話までやっているらしい。懐きすぎて困るなんて愚痴を聞くのが定番だったが、どうやら話を聞く限り王が代わった影響で役職を剥奪されてしまい、今は王宮から離れた場所に住んでいるらしい。王の横暴ぶりは国民にも影響し、税が上がって生活もままならないため、友人は国のために剣を持つことに決めたらしかった。薬をいくつか売ってくれと頼まれたから適当に救急セットを見積もって、二日後に買いに来るよう伝えて電話を切った。
     友人が救急セットを買いに来たタイミングと、暴れていた客を店先に出したタイミングが偶然被ってしまった。もちろんその後は詳しく聞かれて大変だったよ。結果、僕は救急セットと共に友人のサポートをすることになった。用法用量を守らなければ薬も毒となるから。
     今の歴史教本にも載っている革命は成功して、西の国は正常に戻った。僕は友人から報酬として貰った百ペンガを店に使って、普段通り店の営業をしていた。どこからか百ペンガの噂が尾ひれを付けて店に帰ってくるまでは。最初に言った通り用心棒だの復讐だのとうるさくて敵わない。僕はただの医療メンバーで、多少動けるにしても人の首を切る度胸なんて持ち合わせていない。僕ができるのは毒を含んだナイフで小さな傷をつけること程度なんだから。それでも人が倒れたのは間違いではないから、首を切るような依頼が来るのも仕方がないのかもしれない。
     話は変わるけど、僕と弟は容姿が似ている。体形や背格好はもちろん、髪型は分け目を変えさえすれば双子のようにだって見えた。小さい頃には髪型をお揃いにして母親を困らせたりもしていたんだから。瞳の色や目の形が違うくらいで、遠目ならなおさら見間違うことだってある。
     初めて、弟と似た容姿を恨んだよ。薬の原料を採りに行っている間に、僕と弟が間違えて刺されてしまったから。店のカウンターの傍で倒れている弟を目にしたとき、悪い夢かと思ったよ。刺されたままのナイフが、弟の手にべったりと付いて乾いた血が、血の水たまりがどうも現実のように思えなくて目を背けたくなった。信じたくなかった。一定に時を刻む時計の針が残酷に現実を突き付けていた。
     ──ところで、リトル・スー。何であの時弟を守ってくれなかった? あの場所にいた理想そのものの君なら、何とかして僕の弟を守れたはずだよ。君を嫌いになりたくない。その後のヘロスの墓だって君が素敵な場所を用意してくれたんだから。でもずっと引っかかってる。あの時君は確かに僕の店にいたはずだ。そうじゃなきゃ、君の特徴的な日の光の残り香がするはずないでしょう。

     しばらくしてからスーは口を開いた。頼まれ事をされたと一言発して、次の言葉を紡ぐために唇を動かした。
    「モルフィウムが帰ってくる前に、助けようと魔法を使おうとしたのを止められた。生まれ変わっても大好きなお兄ちゃんの弟でいられるようにして。一言一句違わず、僕がヘロスに頼まれたことだ」
    「……そう。そっか、はは、大好きなお兄ちゃん、ね」
     いつだって自分のことより兄である僕を優先する子だった。自己犠牲的な優しさが苦しくて、笑いながら涙がこぼれた。命の危機くらい自分本位で良かったのに。僕がやらなくちゃいけないことは、一から十まで全部弟に背負わせてしまった。優しいお兄ちゃん失格だ。
    「教えてくれてありがとう、スー。僕の分の魔法も弟と同じようにして。生まれ変わっても、大好きなヘロスのお兄ちゃんでいられるように」
    潮屋 Link Message Mute
    2022/12/08 17:00:00

    ぼくが泣くのは

    痛くて苦しいのを、きみも受けていると知ったからだ。
    臨時休業の薬屋で交わされた会話。

    #創作 #オリジナル #うちの子 #オリキャラ

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