無題(創作、ワンライ)この世に生まれた喜びを全身を使い奏でまくる蝉の声。それすら聞こえないという、そんな昼下がり。
音波が視認出来るのではなかろうかと思う程の声量で網戸に張り付き、盛大に合唱会を開いてくれたあの元気さは何処へ行った。
もしやあいつらもバテるのか。それとも流石に身の危険を感じて日中は休むのか。俺だって休めるものなら休みたいし気持ちも解らんでもないが。
そして蝉とは反対に、天の恵みのお天道様は今日も元気に仕事をなさっている。
「連勤続きでお疲れでしょうし、多少は仕事を控えて戴いても宜しいんですよ」と空を睨むが、遥か遠くの宇宙にいるお天道様には届く訳もない。抜けるような青空を介し、いつも通りの張り切った仕事が今日も変わらずに地上に降り注ぐ。
そんなんだからどっかの国では疫病の神にもされるんだよバカ野郎。
……まぁ、妬んでも恨んでも嘆いても現状は全く変わらない。
ぬるくなったペットボトルの水を口に流し込み、額に伝う汗を拭い、肩からずり落ちてきた鞄を背負い直し、人間の俺は今日も空元気にニンゲンとしての仕事へ向かう。
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深夜。
お天道様の名残を感じる部屋に無事に帰宅する。
今日も生きて帰ってきて偉い。花丸。よくやった。そう自分を鼓舞しつつ、名残を追い出し夜の空気へ入れ換えると、少しだけ室内の不快さが薄れた。
窓を閉めて冷房を入れつつ、風呂に入り夕食を取り、ぼんやりとした頭でTVを眺めるこの時間がホッとする。……はずだった。
ジジッ!という耳障りな音に、脳の平穏が撃ち破られる。
まさかと思い部屋の窓を見ると、脳裏を過ったあの茶色の物体がガラスの向こうの網戸にしっかりとへばり付いている。
そしてこちらが硬直している間に、その茶色を震源とした低周波の爆音が、部屋の中に響き渡り始めた。
『おう坊主。日中恋しがっていただろう? 一夜限りのお前の為だけの大コンサートだ、有り難く聴いてってくれ!!』
そう言わんばかりの惜しみ無い声量が鼓膜の中を反芻する。
手厚いファンサービスに思わず感動した俺は、ありったけの力を込めて窓をこじ開け、勢いよく内側から網戸を叩いた。