おやすみ厚い雲に覆われた空、濁りきった湖、そこから立ち上る薄気味悪い靄、肌を撫でる生温い風。
視界の果てのどこまでもが澱んだ色に塗りたくられている。
この先に街があると耳にしたのは、最早何日前の事だっただろうか。
街に向かう途中でアンデッドの群れに遭遇してしまい、逃げ隠れながらやりすごしていたら、想定していたルートから大きく外れてしまった。
あの群れの中にはこの地を守ってきたご先祖様や旅人としての先人、アンデッドに対抗した有志も混ざっているのだろう。だが、今や人々の恐怖の対象でしかない。
こちらのことは彼らから見ても、「かつての同胞」ではなく最早「新鮮な肉」でしかないのだろう。
最後の食料に手をだす前にたどり着きたいと願っていたのだが、ここまで街の気配がないとなると、流石に厳しい。
そもそも、纏わり付く靄のせいか、視界があまり頼りにならない。
ただ、立ち止まっていても仕方がない。身体が動くうちに、進めるところまで歩いてしまいたい。
仮眠が幸を奏したのか、今のところは身体の疲れが取れた様に感じられる。睡眠欲が満たされたせいか、空腹感もない。せめて今のうちに本来のルートに戻りたい。
どれくらい歩いただろうか。
べっとりとまとわりついていた靄が徐々に薄れ、遠くに灯りが見えた気がした。
まさか。
早足で近寄ると、地面の感触が変わった。
ぬかるんだ土や枯れた草地ではない、沢山のヒトの足で踏み固められた、安定感のある土。つまりは、道。
その道の先に、文明による光が小さく灯る。
やっと、やっと見つけた。
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重い足を運び続け、どうにか灯りの元にたどり着いた。
そこは、幻覚でもない確かなヒトの街。
今は深夜なのだろうか。往来は無いが建物の中から沢山の気配がする。
久々に触れた生命の香りがなんとも眩しく最早懐かしくて、どこか胸が詰まるような感情も覚えた。
そして安心感から気が緩み、身体の痛みも一気に出てしまった様だ。特に足が強い痛みを訴えてくる。
早く宿を探して、ゆっくりと休みたい。
このままの格好で街に入るには流石に汚れすぎているのではないかと服を叩いて埃を払い、身なりを少し取り繕ったところで、誰かが来た気配がした。
顔を上げると、そこには白い服にメイスを掲げた僧侶がいた。
アンデッドが多く生息する場所である以上、こうした役職の者もこのエリアには多く存在する。
目が合った瞬間、僧侶が何かを言いかけた。……だが聞き逃してしまった。
疲れすぎてこちらの脳が言葉をうまく聞き取れないのもあるのだろう。
僧侶はそのまま目を瞑り、一呼吸を置いたあとメイスを握り直し、何かを唱え始めた。
神聖なる雰囲気に場が包まれ、身体に染み込んでいた毒気が抜かれていく。
この街は瘴気や毒が街にはいらないように、毎回こうやって浄化や回復を行っているのだろうか。
深刻な汚染の地域だからこそ、旅人に対してそういったサービスがあるのだろうか。
心地よい光と祈りの言葉に身を任せると、何処と無く意識が遠退いていく気がした。
疲労による痛みも増したが、この流れに身を任せたい気持ちが強い。もう少し、聞いていたい。
祈りに身を任せた旅人は、そのまま意識を遠くに飛ばし、彼の長い長い旅が終わった。
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「……どうでしたか」
「身なりからして、先日のアンデッドに襲われたという、荷馬車に乗っていた旅人の一人かと」
眠るように崩れ込んだ彼の背には、引っ掛かれたような大きな傷跡があった。
この傷口から毒が入り、徐々に弱っていったのだろう。
「アンデッド避けを施した道を辿ってこの街を訪れた以上、彼は気付かなかったのでしょうね」
この地に蔓延る蠢く屍。
そう成ってしまった者の、直後の認識は曖昧だ。
身体に欠損もなく、五体が綺麗に残り、死した自覚も無く、やり残した事があるならば尚更。
今度は敵対者として街を訪れない様に、丁寧に祈りをかけてから、適切な処置をした墓地に埋葬する。
この人が再び、さ迷い歩くことがありませんように。