所詮他人 俺の名は郭嘉。字は奉孝だ。
仕える主が無く、変わり映えの無いつまらない生活をしていたのだが、とある紹介を受けて乱世の奸雄だが何だか言われている、曹操という奴に仕える事となった。
まぁ、第一印象は悪くなかった。この人なら思う存分、戦の采配をさせてくれるだろうと信じる事にする。
それに、「俺の力が必要だ」と言われてしまったからには、応えてやらないといけないからな。
曹操殿──主公に仕える事が決まった時だった。ふと、こんな事を耳にした。
「戯志才殿の後継者が決まって良かった」──
* * *
まだ少し、城内での執務に違和感がある。
「どうです? 慣れましたか?」
「まぁな。こういうのも悪くは無い」
声をかけてきたのは、荀彧という男で、字は確か文若だ。俺を主公に推挙した張本人だ。自分で推挙したからか、よく俺の事を気づかってくれる。
「貴方が来てくれて本当に良かった。殿も喜んでおいでです」
「俺を認めてくれた事には感謝する。……なぁ、一つ聞きたい事があるんだが」
この言葉が意外だったのか、荀彧は首を傾げる。
「珍しいですね。どこかわからない所でも出来ました?」
「……戯志才って誰だ?」
──気のせいか、僅かに顔色が変わった。
「……昔、殿に仕えていたお方ですよ。諸事情で、やめる事になってしまいましたが」
そして、発言の前の僅かな間。間違いない。何か隠している。
「じゃあ、今は此処には居ないって事か」
「そういう事です。では、これから用事がありますので」
そう言うと、そそくさと立ち去っていった。成程、これ以上は聞かれたくないという事か。
あの程度の言葉で納得出来る訳が無い。文若が駄目なら、他を当たるまでだ。
簡単に、口を開いてくれる奴は──
「いやぁうまいなぁ! 良いのかほんとに?」
「どうぞどうぞ。妙才殿には、お世話になってますんで」
「そうか? ま、貰えるもんは貰っておくよ」
夜、早速思いついた事を実行した。
俺の家の部屋で、用意した酒を呑んでいるのは、主公の従兄弟である夏侯淵将軍──妙才殿だ。主公の身内だから初めはどう接して良いかわからなかったが、向こうから声をかけてきてくれたのを覚えている。今も構ってくれる事がある。面倒見が良い方なんだろう。
第一印象は……まぁ、あれだ。言葉が悪いかもしれないが、まだ子供心が残っている、そう感じた。
日頃お世話になっているから、という事でこうして家に招いて酒をご馳走している訳だが……いい感じに酔ってきたようだ。頬が赤くなっている。
──じゃあ、いってみるか。
「妙才殿」
「ん、なんだー?」
「お聞きしたい事があるのですが」
「へぇー? 俺なんかより頭良いのに、わかんねぇ事があるのか!」
酔いのせいなのかもしれないが、からからと笑っている。
……やべぇ、飲ませすぎたか。いや、はっきりと喋れているから大丈夫だ。そう信じよう。
「いやぁ大した事じゃあないんですがね。……戯志才という方をご存知ですか?」
「戯志才……。うん、知ってる。いつも操兄が困った事があったらそいつに相談してた。そいつがどうかしたか?」
──良かった。知っていた。後は……。
「確か、この軍にはもう居ないんでしょう? 今はどこに居るのです?」
頼む、喋ってくれ。
「あー、うん。そうだよなぁ、知らないよなぁ。んーとな、戯志才は……」
主公が話したい事があるというので、執務室へ向かう事になった。
だいたい、どんな事かは想像がつくが。
護衛の兵士に声をかけ、俺が来た事を伝えてもらう。すぐに入室の許可が出た。
「わざわざすまなかったな、奉孝」
部屋に入ると、書物を呼んでいる主公が目に入った。書物を読みながら俺に声をかけてきた。
「いえ、お気になさらず。それで、話しとは?」
俺がそう声をかけると、主公は書物を置いて俺の方を向いてきた。何だか、嫌な予感しかしない笑みを浮かべている。
「妙才が世話になったな。喜んでいたぞ」
……やっぱりか。
「それなら、良かったです」
「……で? 何故、戯志才の事について知りたかったのだ?」
あぁ本当に、なんて意地の悪い笑みだ。心の底から今の状況を愉しんでいる眼だ。
「……俺は、そいつの後継者だと風の噂で聞いたんで。それでどんな奴か気になったし、無責任に途中で離脱したそいつに……文句言ってやろうかと思って」
「…………」
「まぁ、それも無理だとわかったんですがね。まさか……死んでるなんて」
俺が発したその一言で主公は笑うのを止め、ふぅ、と息を吐いた。
「……戯志才は私の良い相談役でな。常に落ち着いて物事を考え、良き答えを導いてくれた。……本当に、短命なのが悔やまれる」
そうして浮かべた表情は本当に悲しそうで、主公にとって奴がどれだけ大切だったか理解出来る。
「主公」
俺が適う相手かはどうかわからないが。
「俺は長生きしますんで、安心して下さい。生きてる内は、必ず勝てる策を貴方に授けます」
奴に対して言える事は、これだけか。
不意に、主公は悲しげな表情を引っ込め、ふっと笑った。
「……ありがとう。気が楽になった」
「いえ。……では、俺はこれで」
戻って執務をやらないとな。そんな事を考えていると、背後から主公がこんな事を言ってきた。
「お前は戯志才の後継者と言われているが、それは違うぞ。戯志才は物静かで真面目だったからな~、お前と違って」
そんな事わざわざ言わなくても良いだろうが、全く!
完