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    ある男の話~前編~ 人の目はよく語る。
     口では友好を口にしていても、その目は笑っていない。果敢に立ち向かってきていても、その目からは恐怖が見えている。……そんな人間を殺した時に向けられる、憎しみと無念の目。
     目が怖いと感じるようになったのは、いつからだっただろうか。戦場に立つようになってからではない、と思うが気がついたらこうなっていた。気づいてしまってからはそれを無視する事も出来なくなって。
     すぐに、消してしまいたいと思うようになってしまって。
     ──嗚呼、俺にそんな目を向けないでくれ!


     李儒は不満だった。
     別に都近くで起きた反乱軍を壊滅させるよう命じられた事は、面倒ではあるがなんら不満ではないし、戦果はもちろん上々だ。こちらの被害はほとんど無い。では何が不満なのか。
    「……やっと本気を出したかと思えば、これか」
     李儒が足下に視線を向けてみると、苦悶の表情を浮かべながら事切れている敵兵の死体がごろごろと転がっていた。やったのは李儒ではない。戦場に立つとは言え、李儒は所謂軍師。これは将の役目だ。
     この死の場を作り出したのは、全身を返り血で染めて佇む──木蘭色の狼の仮面を被った男。
    「……あのさ、呂布」
     呂布と呼ばれた狼は呼びかけに答えず、身動きすらしない。
    「まぁもう終わった事だけどさ。この程度の反乱分子、もっと早く潰せるよねぇ? 余計な時間をかけてほしくないんだけど」
     李儒の説教にも反応を示さない。興味が無いのか何か考えていて耳に入ってこなかったのか。いずれにせよその態度は李儒の不満を更に増やした。
    「何が気に食わなかったのか、そんな事は知ったこっちゃない。勝手に動いたり動かなかったりして、一番の被害者は僕達だという自覚はあるのかい?」
     進路に邪魔な死体を足蹴にしつつ李儒は呂布に近づいていく。近づいてくるのには気づいているだろうが、それでも呂布が動く事は無い。
    「……何、今更格下の奴をいたぶるのに罪悪感がある訳? 化け物がそんな心を持っているなんてね」
     そう言い切ったとほぼ同時に、呂布が動いた。
     一呼吸の合間に李儒の首筋に刃が──呂布が手にしていた方天戟が添えられていた。ほんの少しでも動かせば李儒の首は簡単に切れるだろう。
     そんな危機的状況でも、李儒は口を閉じるどころか更に言葉を続けた。
    「おーっと思い通りに行かなくてこっちは苛ついているんだ。このくらいの文句は許してよ」
     今此処で僕を殺す意味はあるかい、と言われてしまう。確かに今殺した所で自身には何の益も無く、むしろ不利益になってしまう事に気づかされたら──大人しく刃を納めるしか選択肢が存在しなかった。
    「そうそう。始めから素直になればいいんだよ。さて、そろそろ引き上げよう。さっさと帰ってのんびりしたいけど……どうせ仕事がたんまりあるんだろうな、はぁ」
     李儒の愚痴を流し、呂布は無言で彼の横を通り過ぎると帰陣の準備を始める。帰る支度は早いんだな、と小言を言いそうになるが、面倒になりそうなのでぐっと堪える。
     ふと、足下の死体が目に入った。
    「……こんな殺し方してたっけ」
     致命傷はそれぞれで異なるのだが、共通している傷が見受けられる。
     全員、両目を潰されているのだ。首だけとなったものも、丁寧に潰している。目を潰してから首を刎ねたのか、または刎ねてから潰したのか。今となっては本人に聞いてみないとわからない。
     最初からそういう趣向だったのかもしれないが、気にしていなかったので知る由もない。
     なので、変わった殺し方だ、と感想を持つだけに留まる。


     * * *


     男の名は高順と言った。
     下級役人の父と生真面目な母を持ち、自分が正しいと思った事をやり真っ直ぐに生きろという教えを忠実に守ってきた。地位を金で買えるこの後漢時代では珍しく、いや異質かもしれないが、高順は自身の力のみで仕事を得る事が出来た。
     それは、後漢王朝が抱える軍に属する一兵卒であった。幸いな事に体格には恵まれており武術もそれなりにではあるが学んできた。
     大将軍が人手を集めているという事だったので志願してみた所、あっさりと採用される事となった。
     こうして軍に属するようになった以上、王朝の役に立たねばと高順はより一層鍛錬に励んでいく。
    「おい高順、酒でも飲もうや」
     こんな風に同僚から声をかけられる日もあったが、正直言うと酒の味は好きではなかったし、飲み食いで時間を潰すより鍛練で時間を潰した方がよっぽど有意義に思えるので、誘いはいつも断っていた。
     そんな振る舞いを続けていたらいつの間にか誘いは来なくなり、言葉を交わす事も少なくなった。それはそれで構わない。つまらない男に声をかけ続けるより、交流を持つにふさわしい人物と関わりを持った方が断然良い。
     ──ただ自身の力を磨く為の生活が変わったのは、とある文官に声をかけられてからだ。


    「やぁ、励んでいるね」
     城内にある開けた所にて行われた兵卒の訓練が終わった後、高順は独り残って槍の素振りをしていた時だ。始めはこちらに声をかけてきたとは思わず無視してしまったが、
    「他の者も君を見習えばいいのに」
     続いた言葉にようやっとこちらに言っているのだと察し、高順は手を止めすぐに声をした方へ顔を向ける。
     外に出ている廊下から声をかけてきたであろう人物は格好からして明らかに文官であった。冠に収まっていない髪が無造作に跳ねているのが印象深い。文官らしくどこかか弱げな視線をこちらに向け口角を上げている。
    「……どうも」
     初対面の人間にはそう言うしかなかった。
    「すまない、つい声をかけてしまった。邪魔して悪かったね」
     相手もそう長話をする気はないようで、その言葉を最後に立ち去っていった。小脇に書簡を抱えていたので、仕事の途中なのだろう。
     高順に声をかけたのは気まぐれだったのだ。そう思う事にする。

     二度目に文官に出会ったのは、あれから十日ほど経った日中であった。
    「君はいつも独りなのかい?」
     今回は書簡も何も持っておらず、また廊下からではなくわざわざ降りてこちらに近づいて話しかけてきた。気まぐれ、という訳ではなく始めから話しかけるつもりなのだ。
     相手がそういうつもりなら、自分もそれに応えるべく鍛練の手を止めるしかない。
    「独りの方が楽なので」
    「それは勿体ない。友との交流は良いものだぞ? 私の友は無口だがとても博識で……」
    「で、俺にいったい何の用です?」
     この談笑は「無駄」と判断されたようだ。高順の表情がとても堅い。口も真一文字にし簡単に開こうとしないのだ。
     そんな態度を見せられ、文官は本人を前に溜息を吐く。
    「……悲しいなぁ。私の友以上に堅物だな、君は。どうも歓迎されていないようだから帰るが、せめて自己紹介はさせてくれ」
     文官は姿勢を正し拱手を行うと、しっかりと高順を見つめながらこう言った。
    「私は何顒、字は伯求だ。君と出会えて本当に良かったと思うよ」
    「……俺は──」
     名乗られた以上はこちらも名乗らなくてはならない。高順が簡潔な自己紹介をすると、何顒は満足そうに微笑んだ。


     それからしばらく何顒の姿を見ていない。
     あの董卓とかいう涼州からやってきた男と彼が率いてきた軍団によって王朝は支配され、後に出来た反董卓連合から逃げるかのように洛陽から長安へ遷都されてからというもの、すっかり王朝は変わってしまったと高順は感じていた。
     高順自身は自身に出来る事をやるだけでなんら変わりはしないのだが、道ですれ違う人間の表情は、常に何かに追いかけられているかのように緊迫して余裕は一切感じられない。幼い帝に代わり政治を行っている董卓は失敗を犯した人間や金を支払わない人間はすぐに処刑すると耳にしたが、それはあながち間違いではないのだろうか。
     そんな状況ではあるが、高順は変わらず仕事がある日は警備を行ったり戦に出たり、何も無い日は鍛練をするのみだ。

    「えぇと、お前が高順か?」
     高順が王朝の一番外側にある門の警備をしていた日であった。交代にやってきた兵士の一人が高順に話しかけてきた。今までこんな風に声をかけられた事は無い。
    「そうだが、何か?」
    「議郎の何顒様がお前を呼んでいたぞ。部隊の再編成の事で用があるんだと」
     再編成の事でわざわざ呼び出されるとは、正直疑問だが呼び出されている以上は行かなければならない。宮中に入るのならそれなりの格好をした方がいいのだろうかなどと悶々と考える羽目になろうとは、予想もしていなかった。。
    「……すまない、宮中ではどんな格好をすれば良い?」
     この時の同僚の表情は、なかなか新鮮なものであった。

     今まで見かけてきた人物の服装を思いだしながらどうにか身なりを整えると、寄り道はせずに指定された場所へと向かう。
     そういえばここまで宮中に入り込んだのは初めてだ。いつも入り口止まりで、こんな風に中を歩くとは全くもって考えていない。初めての宮中の感想はただ一言、暗い、だ。物理的に薄暗いのもあるが、何より暗いのは人の顔だ。暗いというより生気が無い、と言っても過言ではない。こんな中を歩いていると、こちらまで気が滅入りそうだ。こんな雰囲気で此処の連中は平気なのか、と心配するが余計なお世話だったかもしれない。心配したところで、状況が変わるとは到底思えない。
     気を張り詰めながら移動していき、目的地へとたどり着く。扉の前では一人の兵士が立っていたので声をかける。
    「何顒様がお召しだと聞いていたが、間違いないか?」
    「名は?」
    「高順」
     名を口にすると兵士は扉を三度叩いた。中から聞き覚えのある声がする。兵士が扉を開けてくれたが、全開ではなかったので隙間に身体を滑り込ませるようにして高順は中へと入る。中へ入ったと認識された途端、扉は兵士によって速やかに閉められた。その素早い動きについ扉の方へ目を向ける。
    「やぁ、久しいね」
     その声は、間違いなく何顒のものであった。声に反応し高順は声の方へ顔を向けると、そこで初めて何顒以外の人物を確認出来た。何顒と高順の他には三人居た。格好からして全員文官であるという事がわかる。その中の一人──左目の下に黒子のある男が眼光を鋭くし高順をじっと見つめてきた。睨みつけているようにも見える。
    「すまないね、急に呼び出したりして」
     促され、何顒の正面に座る。三人の文官は何顒の両隣で控えていた。ここで黒子の男以外の文官も高順の方をじっと見つめてきたが、睨みつけるのではなく興味深そうにしている。まるで値踏みでもするかのように。
    「……軍隊の再編成の事で、というのは嘘ですか」
    「流石にこんな様子じゃあすぐに気づくか」
     一切悪びれる様子も無い何顒は乾いた笑いを洩らす。しばらく手をもじもじさせるだけで口を開く様子は無かったが、高順の無言と文官達の視線で観念したらしくゆっくりと口を開いた。
    「手短に言えば、私達は董卓誅伐を考えている」
    「っ!?」
    「その驚いた顔を見れただけで話して良かったと思うよ。君、無愛想だしね」
     軽口で隠そうとはしているが、たった今口にしたのは……明らかに主君殺しを意味していた。今や董卓は帝と同格、いやそれ以上の力を持っている。そんな大物を誅する事が、果たして可能なのか。こう口にした以上勝算はあるのだろうが……。
     この者達には申し訳ないが──失敗してしまうのでは、という考えが頭から離れられない。 誰かに知られれば、処刑は避けられない。
    「この事を話したのは驚かせる為にではない。それはもう理解しているかな」
    「……早い話が、仲間に加われと言いたいのでしょう。そして選択肢は二つしかない」
    「その選択肢とは?」
    「はいと答えて仲間になるか、いいえと答えて口封じの為に殺されるか」
     その言葉を聞いた途端、何顒が目を逸らした。当たりのようだ。
    「な、何を言うか。命を取るような事はしないとも」
    「……なんだ、てっきりそうかと思っていたが」
     何顒の隣に居る文官が宥めてくれたが、黒子の男がそれを見事にぶち壊す。
     更に慌てて文官達がそうではないと説明するも、黒子の男は聞く耳持たず、といった様子で無表情のままだ。
    「公達、怖がらせるのはやめようか」
     黒子の男は公達、という字のようだ。この中に居る文官達の中では、異質というか冷静すぎるような気がする。不気味な程に声に冷たさを感じてしまう。
     何顒が積極的に話しかけているのを見るに、彼が以前少しだけ話していた「友人」なのだろうか。何顒とは性格等が違いすぎるので意外だが、それが良いのかもしれない。
    「勿論断ったとしても命を奪う事はしない。……まぁ、知られてしまった以上は何処か遠い地に配属させるけれどもね」
     何顒はずいぶんと優しい。漏洩を防ぐ為ならそれこそ公達の言うとおりにするべきだ。大それた事を考えている割には、やはり甘い。
     そして、出した答えは。
    「……いや、その必要はない。俺は貴方達に協力する」
     高順がそう言い終わると同時に何顒は高順の両肩を力強く叩いた。
    「なんと力強い言葉か! 本当にありがとう。共に逆賊の手から帝を救おうではないか」
     ──返事してから思うのも何だが、もう少し考えてから返事をすべきだっただろうか、という考えが頭を過ぎる。
     のらりくらりと返事を先延ばしにしてこのままの状態を保っても良かったし、断って不穏から距離を置くのもありだったかと、今にして思う。だが、返事をした事に悔いは感じていない。
     自分にわざわざ声をかけてくれたのだ。協力する価値はある。そう信じた。


     冷たい風を感じ、高順は目を開けた。
     目に入るは汚れがこびり付いている壁、黒ずんでいる格子、己の両腕を縛める枷。
     始めに暴露してしまうが、何顒達の董卓暗殺計画は失敗した。計画は順調のように見えたが、ほんの僅か、こちらが気づかなかった綻びがあったようだ。その綻びから計画が漏れ、関係者は皆捕縛された。何顒は、恐怖から自害したと風の噂で聞いた。他の者がどうなったのかは知らない。此処とは別の牢に入れられているのか、もう生きていないのか。
     今、高順が入れられている牢には他に囚人は居ない。何処からか董卓に対する恨みを永遠と呟いている声や、これから起こるとされているあるかもわからない災厄を叫ぶ声、または命乞いをしている涙声など、聞き続けているとこちらがおかしくなりそうな多数の声が聞こえるだけで、人の姿は此処からは見えない。……姿は見えなくても、此処に居るのは自分と同じ罪人で、同じ末路を辿るというのはわかってしまうが。
     高順はいずれ来るであろう処刑の日を静かに待とうと、再び目を閉じようとしたその時だった。
    「……出ろ」
     牢の見張りをしていた兵士がこちらに近づき、牢の扉を開けたのだ。ついに来たのだ。処刑の日。だが自分でも驚く程に冷静にそれを受け止められた。両腕を縛められているので苦戦はしたものの、立ち上がる事に躊躇いは無い。
     兵士にどやされながらも辿り着いたのは、処刑場だ。すでに刑の執行が始まっているらしく、首の無い死体がいくつか転がっている。高順のその死体の側で無理矢理跪かせられ、そして頭を鷲掴みにされると顔を下に向けられた。
     足音が聞こえてきた。どうやら、首を斬る処刑人がやってきたらしい。
     せめて首を斬るのは一体どんな人間なのか確認したい、と高順は下に向けられた顔を少し、上に戻した。
     現れた処刑人は──細身だが鍛えられているとわかる体格、手入れが行き届いた方天戟、そして、木蘭色の狼の仮面を身につけていた。
    (……まさか)
     戦場に居る悉くを刈り取るとされる“金色の狼”。その噂通りの姿を、今まさに目の当たりにしていた。



    洲カイエ Link Message Mute
    2018/08/05 9:23:30

    ある男の話~前編~

    多くを語られない武将・高順。どうして彼は呂布に仕える事になったのか。そのきっかけは——

    #オリジナル #三国志 #創作三国志 ##創雄伝

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