きぬぎぬ (ゲッレミグラアン)「アンジョーラ」
自室の扉をノックして呼びかけても返事がなかったが、グランテールは構わずドアノブを回した。部屋の中は、彼が部屋を出てからなんら変わりはない。柔らかな朝日の差すベッドの上に、毛布を被ってなだらかなカーブを描く小さな山。
「……この匂いは、カフェオレ?」
毛布の中から聞こえてきた声は掠れている。
「ああ。それにクロワッサンもある」
「……グランテール」
毛布の端から、金色の髪が溢れる。
「確かにぼくはさっきのきみの誘いに、体が思うように動かないから一緒に朝食を食べにはいけないと言った。だがそれは甲斐甲斐しく世話をして欲しくて言ったわけじゃない。」
「そうだろうな。」
そう言いながら、グランテールは皿の乗った盆をベッドのサイドテーブルに置き、片手で椅子を引きよせた。
「それに、ベッドの上で食事などして、きみのベッドを汚しでもしたら」
「今更じゃないか?おっと」
毛布の隙間から拳が飛んできたのですんでのところで躱す。
恨めしげな彼が毛布から顔を出す。アンジョーラは昨夜の名残か少し赤くなった目元でキッとグランテールを見上げ、そのまま目を見開いて固まった。ぽかん、と口も開いたので、グランテールはこれ幸い、と皿の上のクロワッサンを小さく千切り彼の口に入れる。喉が渇いているだろうし放り込むなら果物が先の方がよかったか、と一瞬後悔したが、アンジョーラは何も言わずそのままパンを飲み下した。
「グランテール」
「ん?」
「…その服は?」
「服?いつものやつだが」
そうじゃない、と言いたげなアンジョーラの瞳に肩を竦める。
「なら、このエプロンのことか? 話すと長くなるんだが、ボシュエがこの間ドミノで勝ったらしいんだが、景品が運悪くこれだったのさ。こんなキワモノを転がり込んでるジョリのところに持ち込んで、あいつの恋人に勘違いでもされたら申し訳が立たないと泣きつかれてさ」
「きみはよかったのか?」
「俺のところならな、まあこうやって話のネタくらいにはなるだろうし、こうしていれば仮に盛大にカフェオレを零してもおれのシャツは無事。・・・かもしれない。」
アンジョーラは可憐な白いレースのフリルがふんだんにあしらわれたエプロンに包まれたグランテールの上半身をしばらく見つめていたが、数秒後くっと声を飲み込んで俯いた。
伏せた頭がふるふると震えているので、グランテールは「唇噛むと跡になるぞ」とだけ警告する。
「きみ。意外と。似合う。」
「そりゃ遺憾だな。」
グランテールは肩を竦める。
「で?朝食は。」
「頂こうかな。」
アンジョーラは眦に浮かんだ涙を拭った。