キープアウト!! 〜危険度2 赤い夢を見た。
真っ赤な夕暮れの下、カリヌ民族の青年が立っている。あいつなのかと彰人は思ったが、別人のようで安心する。
青年は感情のない殺人犯のような顔だった。それも顔から足まで血だらけで、顔についた血を拭いもせずに遠くを見つめている。手から剣が滑り落ちて、足下の死体に当たった。斬り殺したのだろう。死体はいくつもあり、血の池がどこまでも広がっていた。
’おまえはなにをしたのかわかっているのか’
男でも女でもない声がした。
青年の目が動いた。動くものはどこにもいない。
’おまえは長に手をかけた。その息子たちにも手をかけたな’
淡々と事実を述べる声に、彰人は裁判官みたいだなと思った。
’どのような理由であれ、長を殺すなど許されないはずだ。おまえは郷を追われるだろう’
「どうでも、いい」
かすれた声はふるえていた。
「あんな長は、カリヌにはいらない」
ごう、と風が起こった。
‘ほう。なぜそう思う’
「では聞くが。長なら自分の郷を好きにしていいのか。ただ気にくわないからと民を殺していいのか」
’見つけた’
風が起こり、声がうれしそうにふるえた。
‘おまえは、誰であろうと罪を許さない、揺るがない強き魂を持つのだな。我はおまえのような魂を求めていた。おまえのような者こそ、我が剣にふさわしい’
風が青年をつつみこんだ。
’謀反者カルネよ。我が剣となり、刃となれ。我はトンラウンクル。カリヌの地を統べる者’
声と同時に、青年のすべてが風と銀色に包まれた。
じき静まり、青年のかわりに白銀に輝く剣が赤い沼に突き立たっていたのを、彰人は見た。
あの剣はーー。
インターホンが鳴った。二回三回と鳴らすあたり、どうしても彰人に出てきてほしいようだ。しかし彰人は布団の中で、返答はおろか目も開けられないでいた。
早朝戦闘のあと、学校に病欠をつたえるなり布団に潜り込んだ。慣れないバトルに疲れたというよりも眠くてしかたなかった。
カルネモソミも眠っているのか、あれから喋りもしない。実は夢だったんじゃないだろうかとまで考える。
でも左腕の痣は金属でも貼りついているように、その部分だけ冷やりとしており、やはり夢じゃないと実感するのだった。
あ、インターホンが止まった。あきらめてくれたらしい。
彰人は安心するとまた眠りに落ちていった。自分の部屋にひとつの影が入ってきたことも知らずに。
影は机の上に紙を置くと部屋を見渡し、ベッドをのぞき込んだ。
ひと呼吸おいて。
「アキト」
「うおあっ!?」
ゴツッ。
飛び起きたと同時に、頭に衝撃を受けた。
「いってえええ。おい、ハギ! なんでここにいるんだよ!」
「はだ、はだうっだあ」
「いくらお前でも、不法侵入は犯罪だぞ」
ベッドの脇で、幼なじみが鼻をおさえて悶絶していた。セーラー服のスカートも気にせずに転がるのはどうかと思う。
「こっちは何回もインターホン鳴らしたよ。まあ、玄関が開いてたから入れたんだけど」
「じゃあ玄関から呼べよ。わざわざ部屋まで来る必要はないだろ」
「そんで、課題のプリントは机の上。古典と英語は明日まで」
「プリントなら郵便受けに突っ込めば済むだろが」
「まあ、そうなんだけど」
くせのある長い前髪と、無理矢理一本に結った短い後ろ髪。色白で純大和国民という地味顔。不器用でがさつ、甘いものに目がない、俺と同い年の高校生女子。
名は鋼さぎり、あだ名はハギ。五歳からの縁だ。中学では離れて会うこともなかったが、高校でおなじクラスになって、また昔のように戻った。すっかり小学生レベルなんだが。
それにしても頭を抱えたくなる。幼なじみの女子が部屋に忍び込んで男子を起こすマンガがあるが、あれは妄想だ。断言する。現実はあんなに甘くもないし色気もない。現にこいつはどっかと椅子にまたがって座って、おっさんのようなでかいくしゃみをしている。色気、なさすぎだろ。
「まあ、その。アキトが生きてるか確認したくて」
「うそつけ」
「ほんとだって」
言いながらさぎりの目線が泳いでいる。痛いところを突かれた証拠だ。
「うそだね。どうせスイーツ目当てだろ」
「でへへへへへ」
「先に下で待ってろ。着替えてからいくから」
「了解でありますっ。今日のアキトスイーツはなんなの」
「プリン」
「うほおおおお! 食べるー!」
飛びはねるように出ていく背中を、彰人は冷たい左腕をさすりながら見送った。うほおって。実はあいつ、男かもしれない。
食卓にできたばかりの手作りプリンを置くと、さぎりは全身で喜んだ。
「うほう! いっただっきまーす! ううおおおおいしいい」
「あと三個あるけど、残りは」
「ぜんぶここで食う!」
彰人はほっとした。さぎりが全部食べるなら合格の証。残すなら失敗の証だ。
家で暇なとき、思いつきでかんたんなお菓子をつくってみた。自慢も含めて幼なじみに味見を頼んだら、べた褒めを食らった。以来、味見を頼むようになっている。ま、自分の作ったものを誰かにおいしそうに食べてもらえることは、かなりうれしい。
「俺は二個で限界だったのに。それ、四個めだよな」
「まあ、アキトのスイーツは私には特別だから」
やばい。ほほがゆるむ。
「おいしいのを独り占め。それもタダ。最高」
「太っても知らねーぞ」
「まあ、そのときはアキトにダイエットスイーツをつくってもらうだけで」
「俺頼みかよっ」
こちらは熱いコーヒーで一服。熱さが腹のなかにしみわたる。
「はあ。やっと目が覚めた」
眠気はすっかりなくなったが、左腕は冷たいままだ。さわったら冷たくないので、なんだかふしぎだ。
「アキト」
神妙な顔のさぎりが言った。
「寝るにしたって異常だと思うんだけど。なにかあったの」
ぎくり。つい左腕をさする。
「い、いや別になにもない、けど」
間をおいて、さぎりは、それならいいけどと目を伏せた。
「じゃあ、気のせいか」
「なにが」
「まあ、その。今朝から無性に、今日はぜったいにアキトと一緒にお兄ちゃんの所に行かなきゃならないって思ってたんだ。理由はないけど、そうしなきゃって」
「ハギの勘か」
「まあ、うん。そんな感じ」
幼なじみだから知っていることだが、さぎりの第六感はかなり鋭い。抜き打ちテスト、誰かの来訪を当てることはよくある。バスだけはやめろと言われてタクシーにしたときは、乗る予定だったバスが途中でパンクして運行が大幅に遅れたということもあった。
ちなみにさぎりに兄はいない。街で妖怪処理のなんでも屋をやっている従兄弟をそう呼んでいるだけだ。
つまりさぎりは、妖怪がらみで俺になにかあったと察知したのだろう。
「学校に行ったらアキトは風邪で休みでしょ。それでか無性に気になっちゃって、家に来たの。そしたら玄関が開いてるでしょ。もう、すごく焦ったんだよ。誘拐とかいろいろ考えちゃった。そしたら寝てるんだもん。まあ、よかったけど」
「すげえな、ハギ」
「なにが」
「勘だよ。ビンゴ。じつは俺、朝から妖怪に襲撃されてさ。倒したけど疲れて、そのままガッコ休んだんだ」
「え。なに。襲撃って、なんの」
驚きが隠せない目に、うなずいた。
「それ、アキトの左腕も関係あるの」
「なんで」
「さっきからそこばかりさすってるから。怪我でもした?」
「まあな。怪我じゃないけど、関係ありまくり。オラオラオラア、この痣をとくと見よ!」
左袖をまくり上げると、肘から手首まで伸びた細長い黒痣が現れた。魔剣カルネモソミ。
見せられたほうは無言でじっと見つめる。
「……痣?」
「そ。痣」
「そんなの、ないんだけど。どこにあるの?」
「え」
確認。
ある。
「ほら、あるだろっ。ここからここまで真っ黒い痣が」
突然、さぎりに左手首をがっしとつかまれた。
「アキト!」
「うおわっ」
「妖怪に憑かれた? ねえ、憑かれた?」
あっ。
地雷を踏んだ音がした。
「うふふふふふふふ」
さぎりは左腕をがっちり固定して舐めるように見つめだした。あきらかに変態の目つきになっている。うわわわわわ。荒い鼻息を腕に感じで、彰人は身体の芯から悪寒が走った。
「ふふふふ、ここに妖怪がいるんだあ。うふふふふふ」
「おい、なあ、ハギ。離せ。離してください、ハギさん」
「アキト、動くな! せっかく憑いた妖怪が逃げたらどうするの!」
「はい……」
もう遅い。さぎりはスイーツより妖怪が好物で、妖怪が出たと聞くだけで目つきが変わる。
「わたしが妖怪大好きだって知ってるでしょ。憑かれるなんてレアもレア体験した人に会えるなんて、滅多にないんだからっ。これかあ、これが妖怪憑きかあ。痣見たいなあ、いいなあ」
「なあ、見えていないんだろ。なのに憑かれたとかわかるのかよ、おまえ」
「アキトにしか見えない痣なんでしょ。それが憑かれるってことなの。妖怪憑きの痣は、妖怪憑きにしか見えない、心霊写真みたいなもんだと思って。見える人には見える、見えない人には見えない。つまり今のアキトには、妖怪に憑かれてる人が見えて、わたしには見えないっていうこと」
「へー」
「いいなあ、アキト。どんな感じ? 違和感とかあるの? 憑かれたら生気吸われるからなあ、やっぱりだるいの? いいなあ、わたしも憑かれてみたーい!」
ちょっとまて。こいつ、おそろしいことを言わなかったか。生気を吸われるとかなんとか。
「なあ。ハギ。憑かれると生気が吸われるって、なんだよ。死ぬのか」
「まあ、うん、そうだね」
おいっ。
「生気ってのは生命力みたいなもんだから、吸われたら寿命より早死にする」
「おおおお俺、カウントダウン中なわけ!? もうすぐ死ぬの?! 冗談だろ!?」
ついカルネモソミをこすったが、目の前の妖怪フェチはのんきに手をひらひらとさせた。
「だいじょうぶ。早死にっていっても、縮む寿命は憑いた妖怪の力と憑かれた人間の力によるっていうから。ほら、猫に咬まれるのとライオンに咬まれるのとじゃ違うでしょ」
「じゃあ大丈夫なのか」
「うん。んー……でも、ちょっと待て。アキトのはどうだろ」
「おいっ!!」
「痣のおおきさは妖怪のレベルに比例するんだよね。ふつうの妖怪憑きの痣はちょっとおおきなホクロくらいなんだけど」
さぎりは痣のあたりをなぞる。
「こんなにおおきな痣なら、かなりの大物じゃないのかなあ」
静かな声が、よけいに緊張させる。
突然さぎりがわっと突っ伏した。
「そんな大物妖怪、アキトじゃなくわたしに憑いてくれたらよかったのに! 大歓迎なのにー! うわーん!」
「あげられるならあげたいわい!」
こんな騒動のなかでもカルネモソミは眠ったように静かだった。むしろ妖怪フェチの前には出ないほうがいいと思ってるかもしれないけど。
落ち着いた頃を見計らって、今朝の事件を話した。
しろい変な棒を拾ったこと。それが弾けて剣になったこと。妖怪が一斉に襲ってきたこと。それらを剣が斬り捨ててくれたこと。終わったあとは倒れ込むように寝てしまったこと。
さぎりは興味津々で聞いていた。
「なるほどねえ。わかった。じゃあアキト、これからお兄ちゃん所に行こう。お兄ちゃんは妖怪のプロだもん、ちょっと行って視てもらおう」
「断る」
「なんで」
「鋼さんは祓魔士の免許がないだろ」
「免許は取っていないだけだよ。お兄ちゃんはああ見えて、妖怪の勉強はかなりしてるんだから。生気がだいじょうぶか、視てもらったほうがいいって。免許がなくても大丈夫。『キラキラ心霊相談所』はアフターケアまでばっちりが売りだから」
確かに鋼さんたちは、よそのアフターケアされていない所の後始末ばかりしてるらしいが。
「それでも断る。行かない」
「もうっ」
さぎりの従兄弟を、俺は鋼さんと呼んでいる。鋼さんは気さくなお兄さんという感じだ。いつも着古したシャツとジーンズしか着ていないせいか、自分より十歳以上離れてるとは思えず、なんでも話せる年上の友達みたいになっている。
ちいさな心霊事務所の社長で、二人の社員といっしょに、妖怪被害の後片付け業ばかりしている。封印とかお祓いはしない。というか依頼がないのが本当らしい。
さぎりの妖怪好きは鋼さんの影響だとわかるし、俺も鋼さんと話すのは楽しいから、なにかあれば行きたがる気持ちはわかる。
だが、仕事の依頼はしたくない。鋼さんをはじめ、誰ひとり退魔士の免許を持っていないのだから。運転免許証を持っていない人が運転する車に乗るのとおなじことだ。
事務所にいつも多量の酒瓶が並んでいることも要因だ。鋼さんは酔っていなくても、事務所はいつも酒くさい。
そんな人に妖怪について相談しろと言うほうが無理だろ。
憮然顔同士、しばらく沈黙が続いたあと。
「わかった。お兄ちゃんに相談はしない」
ホッとする。
「でも話はしておきたいんだけど、いい。でないと、わたしもお兄ちゃんも後悔すると思うし」
「後悔ってなんだよ」
「なにかあったら後悔するってこと。アキトのは北海島でもかなりレアな大物妖怪だよ。今はアキトに封印されてるようなもんだけど、これはこれで危険なの。アキトは妖怪の封印を解いちゃいけない理由って知ってるでしょ」
「寄るなさわるなすぐ逃げろ、だろ。封印が解けたら大暴れするから、どこかで封印を見つけても逃げろって。小学校とか幼稚園で、警察が変な着ぐるみで教えてるアレ」
「そ。いい、アキト。もしもアキトになにかあったら、アキトに憑いてる妖怪は封印を解かれることになるの。そうなったらどうなるか、わかる」
「どうって」
「大物妖怪ほど、ここを朝日川みたいにするかもってこと」
血の気が引いた。
妖怪が出現した氷雪山の、ふもとに位置する都市・朝日川市は、今は妖怪が徘徊するスラム街になっている。年に数回調査隊が入って街のようすを放映しているが、いつ見ても寒気がする。
昼間なのに夕方の暗さで、しおれた草花と誰もいない公園が寒々しい。埃のつもった教室や、くずれた道路を妖怪たちが徘徊し、時に食らいあって物が壊れていく。崩れかかった民家では光るアメーバが這って奥に消える。
人の居場所がどこにもない、妖怪しかいない都市、朝日川。ゲームや映画ならよかったのに、と何度も思った。
音別が、ああなるかもしれない。
「わたしね。音別はなにもなくて田舎で、噂とかにすぐ流されて、こんなところ大嫌いだって何度も思ったこと、ある。でも朝日川みたいになるのも嫌。ぜったいに嫌」
「そうだな。わかる気がする」
音別市は海に面した田舎だ。電車一本逃がすと大変なことになる。数軒しかないコンビニは夜七時に閉店、有名なファーストフード店さえ建っていない。大学進学でも就職でもして、こんな不便な街から出ていってやると学生の誰もが思う。
だけどそれは、ここに住みたくないだけで、なくなってほしいわけじゃない。
「俺もハギとおなじだ」
でしょ、とさぎりは笑う。
「アキト、一緒にお兄ちゃんの所に行こう。お兄ちゃん、じつは何度か危険な妖怪を封印したこともあるって言ってたし、なにかいい方法を知ってるかもしれない」
「でも、鋼さんだろ。俺はパス。市役所とかならいいけど」
「市役所はもう閉まってるよ。五時過ぎてるもん。まあ、アキトがどうしても嫌なら、それでいいけど」
「うん」
「じゃ、今からわたしだけでお兄ちゃんのところに行って話してくる」
「え。ひとりであそこに行くのか」
鋼さんの会社は、キャバクラとか入ってる雑居ビルの三階のいちばん奥にある。薄暗くて汚い廊下で、たまに妖怪よりこわそうな人が立っていることもあった。
「うん。もう夕方だから早く行ったほうがいいし」
「それはそうだけど」
確かにすでに太陽は沈み、空に色を残しているだけである。つまり妖怪が動きだす頃だ。
「明日にしたらいいだろ。電話もあるし」
「ううん。こういうことは直接、その日のうちに話したほうがいいんだよね。じゃ、もう行くね」
「ハギ、おい」
「プリンごちそうさまでした。じゃあね、アキト。また明日」
「おい。待てって。ハギ!」
ああもう。こういう状況でそこに女子ひとりで行かせない俺を、この幼なじみは知っている。
「わかったよ! ちくしょう、俺も行けばいいんだろ! 玄関で待ってろ、準備してくるから」
さぎりはにんまり笑った。まさしく勝利の笑み。
「うん。ここでお兄ちゃんに電話してるから。はやくね」
しばらくして玄関からつぶやきが聞こえた。
「あれ。かからない。ツーもいわない」
「電話止められてるとか」
「まさか。まあいいや。あとでまた電話しよ。アキト、まだ?」
「今行く」
その頃。
字見家より徒歩二十分、音別駅前キラキラ商店街の一角にある雑居ビルの三階。薄暗くて汚い廊下に、男の怒鳴りつける声が響きわたった。
「返してこい!! なに考えてんだ、おまえは!! 街を闇に沈める気か!?」
追って、半泣きの少年らしい声が細々と聞こえる。
「そんなつもりないよ。あいつらが悪いんだ。無免許で無能の役立たずって侮辱したんだぞ。この僕を。これが黙ってられるわけがないじゃないか。だから」
「だからって封印してるブツを盗ってきていいと思ってるのか!? おまえがやったことは泥棒だろうが! 責任取って今すぐ返してこい!!」
「できないよ。ここに持ってきた時点で封印が限界だもん。あんたもわかってるだろ」
「ああ、わかってるさ! でもな、おまえこそ、ここがどういう所かわかってるか? ドアの向こうは女の店ばかり、そろそろ出勤時間だ。考えてみろ、こいつにとっては格好の生け贄だろうが! 廊下を歩いてきてみろ、こいつは封印ぶち割って出てくるぞ! おまえ、どうするんだよ! 抑えられるのか!?」
「……どどど、どうしよう、そんな、うわあああん」
「だから今すぐ返してこいって」
「ねえ」
紳士的な声が割って入る。
「今日あたり、あの子が来るんじゃないかな。止めておいたほうが」
「あ、そ、そうだな。わかった! さぎり……出ろよ」
間。
「げ。ダメだ。呼び出し音もない」
「へえ。封印されているのに、周囲の電気系統に影響するんだ。さすがは「根源」だね」
「しかたない。今はあいつの強運に任せる。勘だけは野生並だからな、近づいてこないだろ」
「……だといいね」
「ねえ、ねえ、どうしよう。ぼく、どうしたらいい、ねえ」
「泣くな! 落ち着け。いいか。こいつがほんとうに「根源」なら、厳龍のおっさんたちが死ぬ気になって封印した奴だ。だからそう簡単に封印は破れないだろう。でもあれから何年も経ってる。封印の霊力は薄れ、封印されたほうは腹ぺこのはずだ」
「ちょっとした不発弾処理といえるね」
「そのとおり。油断するなよ。じゃあ順を確認するぞ。今すぐ俺たち全員で封印強化する。全力でだ。封印を固定したら、すぐおっさんに伝える。電話……は無理だな、式神か」
「僕がやる。外に片手だけ出せるならいけるし」
「よし。そんで封印を見張りながらおっさんたちを待つ。……どうだ」
「うん」
どん。
前触れもなく、事務所が揺れた。
緊張が走る。
どん。
ビルが揺れた。時間がないのは明らかだ。
「やるぞ!!」
最悪な接触まであと二十分。