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    2. 青の跫音 傾いた日が、二人の影を長くアスファルトに伸ばしていた。気温も風の匂いも、ここ数日で随分夏めいてきている。夜間もさほど気温が下がらなくなり、じとりと張り付くような湿度の高い夜が訪れつつあった。

    「カズちゃん、元気そうで良かった」
     バス停へと続く坂を下りながら、理仁りひとが呟くように言う。
    「うん。もうすぐ一時退院だし、嬉しいんだろうな」
    「なあ、カズちゃんの病気って……」
     理仁が言わんとしていることは容易に予測できた。美和みかずは一体なんの病気なのか。担当医師である理仁の父親も、看護師も、美和本人さえも、それを尋ねるとみな一様に言葉を濁した。零夜れいやが父親にしつこく問いただすと、答えの代わりに拳が返ってきた。母親は、もう長いこと顔を合わせていない。
    「ごめん」
     押し黙った零夜を気遣ってか、理仁が謝る。言ってしまえば他人である理仁とは違い、両親が離婚し別居をしているとはいえ、零夜は間違いなく美和の肉親のはずだ。その零夜が妹の病気について何も知らされていないという状況のつらさを、理仁なりに推し量ったのだろう。

    「美和が退院したら、またアレ行こうぜ。なんつったっけ。ケーキとか食べ放題のやつ」
     その気遣いが嬉しくて、零夜は不器用に話題を変える。
    「ああ、前に行ったとき、カズちゃん太る太るって言いながらいっぱい食べてたよな」
     理仁も、いつもの調子で明るく返す。下り坂の向こうで、夕日が赤く燃えている。

    「……ん?」
     ふいに、理仁が振り返った。不思議そうに、周囲を見回す。
    「どうした?」
    「いや、今……ほら、なんか聞こえた」
     促され零夜も耳をすますが、気の早い夜虫の鳴き声と、風がざわめかせた木々の葉擦れしか聞こえない。なんの変哲もない、初夏の夕暮れにありふれた音たち。
    「ほら、また。聞いたことあるな、これ。なんだっけ」
     少し考え込んだ後、理仁は「あ、」と声を漏らす。
    「前に授業で見たドキュメンタリーでさ、クジラの歌ってあったじゃん」
     零夜の背筋を、冷たいものが這い上がった。意識の隅に追いやられていた、昨晩の悪夢が蘇る。クジラの歌。青の中に高く物悲しく響いていた、破滅の音。

     どうやら理仁の耳にだけ届いているらしい、その音の出どころを探るように理仁は目を細める。赤い光に染められたその姿に、昨日の理仁によく似た男の面影が重なり、零夜は思わず彼の腕を掴んだ。
    「どうした? 零夜、顔色が……」
     心配そうに零夜の顔を覗き込む理仁の動きが、ぴたりと止まった。視線は足元へと落ちる。その面持ちは、硬く強張こわばっている。つられて零夜も足元を見るが、特に変わった点は見当たらない。昼間の熱を含んだ、ぬるいアスファルトがあるだけだ。
    「……クジラの、歌」
     理仁が呟いた。
    「真下に、いる」
     その言葉が終わるか終わらないかのうちに、それは現れた。黒い――いや、よく見れば深い深い青色をした不定形のなにかが、二人の背丈よりも高く伸び上がる。零夜も理仁も、声もなくただ凍り付いた。赤い夕日と青いなにかの奇妙なコントラストが、目の前の出来事から現実感を奪い去っていた。
     青黒いどろりとした柱は、排水口に吸い込まれる水流のように渦を描きながら、寄り集まり、ひとつの大きな塊になっていく。

     先に行動を起こしたのは、理仁だった。
    「零夜、逃げるぞ!」
     その声で、金縛りにあったように固まっていた零夜の身体に感覚が戻る。零夜の手を引いて走り出した理仁に続き、大きく足を踏み出した。
     脱兎のごとく坂道を駆け下りる二人を、青いどろどろは意思を持つもののように追い掛ける。それはひとかたまりになったり、また無数に分裂したりを繰り返しながら、逃げる背に音もなく手を伸ばす。どれくらい迫っているのか、振り向いて確認している余裕はない。二人は目が痛くなるほどの赤い夕焼けを真正面に浴びながら、一心不乱に走った。しかし――

     理仁が、ガクンと前につんのめった。遅れて足を止めた零夜に、肩で息をしながら、戸惑ったような視線を向ける。「どうしよう」と、理仁の目が訴えかけていた。その足に、腰に、アスファルトから新たに現れた真っ黒な腕が巻き付いて、理仁の自由を奪っている。
    「理仁!」
     理仁に絡みつく戒めを引き剥がそうと、慌てて手を伸ばす。
    「なんだよ、なんだよこれ!」
     半ばパニックに陥りながら、零夜は何度も何度も黒い腕を引っ掻く。しかし、どうしてもそれを掴むことが出来ない。
     それは「影のような」ではなく、まさしく影そのものだった。物体の表面にしか存在しないものを掴むことなど、到底できるはずもない。実態のない黒と格闘しているうちに、始めに現れた青黒いどろどろが、緩慢な動きで二人に迫る。

    「零夜、逃げ――」
     絞り出すように発された理仁の言葉は、どぶりと覆いかぶさった青い粘液に阻まれた。頭から理仁の全身を、そして零夜の両腕を飲み込んだそれはやけに生ぬるく、零夜の胸に吐き気が込み上げた。
     鼓動を打つように痙攣しながら、青は零夜の腕から頭部に仮足を伸ばし、やがては足先まで覆いこむ。零夜はもはや指一本、瞼や唇すらも動かせなかった。呼吸もままならず、次第に息苦しさが増してゆく。
     幸いにも、両手は理仁の腕を掴んだまま固定されている。理仁は、まだそこにいた。しかし零夜より早く全身を飲み込まれたせいか、既に意識はないようで、焦点の合わない両眼は虚空を見つめている。
    (理仁、しっかりしろ! 理仁――……)
     声にならない言葉は脳内で反響し、次第に朦朧とぼやける意識へ溶け込んでいく。どろりと不快な感覚があり、粘液が口から体内へ侵入してきたことをぼんやりと感じ取る。もはやえずくことすら許されず、零夜はなすすべなく青に蹂躙される――。

     そのとき、頭の中に自分のものでない声が響いた。

    『おまえは、いらない』

     同時に、腹部に焼けるような痛みが走り――零夜は今度こそ、完全に意識を手放した。
    ふかみはぎお Link Message Mute
    2019/03/24 21:38:19

    2. 青の跫音

    #創作 #一次創作 #ファンタジー

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