イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    【小説】テンミィの過去編、ドゥシャとの出会い 酒池肉林という言葉は、贅を尽くした宴の喩えに用いられる。しかし、かつてこの国には、喩えではなく文字通りに酒の池を作りその周りで裸の男女が戯れる、という退廃極まりない宴を催した者が居た。それが古代盤王朝末期の王妃だった。
     王妃というのは表向きの姿で、彼女の正体は魔物の絡新婦である。美女の姿に化け、不老不死で、男を誘惑する術を使い、若さと術の力を保つ為に陰で人を喰らっていた。彼女の髪は蜘蛛の糸でできており、自在に動かして人を絡め取る事ができた。
     彼女はそれまでに何度も名を変えて別人に成りすまし、歴代の王を誑かして王宮に寄生していた。王だけでなく家臣をも誑かし、国を意のままに操っていた。盤の民は王妃の浪費の為に無駄な税を課せられ、国中に不満が募っていた。
     そんな盤の国にあって、王妃の誘惑の術に掛からない男が居た。彼は仙術を使う盤の軍師で、名をジアンといった。仙術によって誘惑の術を撥ね除けていたのである。彼は釣りを好み、暇さえあれば池に釣り糸を垂らしていたが、その釣り糸の先に結んでいる針は鉤状の釣り針ではなく、直線の縫い針だった。当然ながら、縫い針で魚は釣れない。王妃は彼に尋ねた。

    「どうしてあなたは、釣れない針をお使いになっているんですの? 魚が掛からなければ、釣りは楽しくないんじゃありませんかしら?」
    「私にとって釣りは、思慮を巡らすのに丁度良い動作にすぎません。それだけの為に、むやみに魚に痛い思いをさせたくないのです。」

     ジアンは王宮の誰よりも賢く、誰よりも優しい男だった。あろう事か、王妃は他の誰よりもジアンに恋焦がれた。文字通りに食べてしまいたい程愛おしかった。彼女にとって恋と食欲とは似た感情だった。
     ジアンは誘惑の術には掛からなかったが、王妃はそれでも諦めきれず、彼に恋を打ち明けた。しかし、彼は誠実であった為に、王を裏切って王妃と姦通する事を承知しなかった。やがて、ジアンは王妃ではない他の女を娶った。王妃の恋は決して叶わなかった。髪で絡め取れば力ずくで喰らってしまう事もできただろうが、彼にだけはそんな事をしたくなかった。王妃は哀しみに暮れ、王宮から忽然と姿を消してしまった。

     王妃の行方は誰も知らなかった。好き勝手をしすぎた為に恨みを買い、暗殺されたのではないか、という噂が立った。盤の王は王妃が居なくなって浪費を改めるどころか、寂しさを埋めるかのように更なる浪費を続けた。
     ジアンは幾度か王に、浪費を改めるよう忠言した。しかし王はジアンの言葉に耳を傾けず、それ以上余計な事を言うのなら処刑する、と脅しを掛ける程だった。ジアンはとうとう盤を見限り、王宮を去り、近隣の小国である悠の軍師となった。その後、ジアン率いる悠の軍が盤を滅ぼし、悠の統治が始まった。ジアンには娘が一人生まれたが、娘は庶民の男に嫁ぎ、ジアンの後継者にはならなかった。

     それから幾つもの時代が過ぎ、今は唐安の統治の時代である。
     遠い昔に姿を消した絡新婦の王妃は、今は遊女となり花街で暮らしていた。今の彼女はテンミィと名乗っている。誘惑の術を使える彼女にとって遊女は天職であり、身寄りの無い女や流れ者の男が集まる花街では人が失踪しても噂になりにくい為、こっそりと人を喰らうのにも都合が良かった。

     ある日、テンミィが昼見世に出ていると、花街に似つかわしくない男が格子の内側をじっと見ていた。男は山吹色の袈裟を纏い、錫杖を持っていた為、一目で僧侶だと分かった。鼻の下を伸ばして遊女を物色する男達の中にあって、彼はしっかりと背筋を伸ばし、引き締まった顔をしていた。男女のあらゆる欲望を煮詰めたような花街で、彼の周りにだけ清廉な空気が流れているかのようだった。彼と目が合ったテンミィはすぐに微笑んで話し掛けた。

    「あら、お寺様はこんないやらしいところに来てはいけないんじゃありませんの? でも、秘密は守りますのでご安心なさって。ふふ……禁欲的なお方ほど、不思議と滲み出る色気があるものですわ。」
    「……済まぬ。拙僧は客として来たのではない。実は王家の依頼で調べている事があってな。王家に使える家臣の一人が、半月程前にこの花街を訪れてから失踪してしまったのだ。その家臣はこの妓楼が行き付けだったと聞いた。赤茶色の長髪を束ねた男だそうだ。何か心当たりは無いか?」

     心当たりがあるどころか、テンミィは半月程前に赤茶色の長髪を束ねた男を食べてしまっていた。王家の家臣だと知っていたら手を出さなかったが、その男は浪人を名乗っていた。
     揉め事を避ける為に素性を偽る男は多い。大抵の場合は死体を残さず食べてしまえば証拠が残らない為ごまかしが利く。しかし、王家に探られるとそうはいかない事がある。王家にはあらゆる事件に関する記録がある。過去の記録と照らし合わせて調べられたら、テンミィの周りで何人もの人が消えている事に気付かれるかもしれない。

    「どこかに帳簿があるだろう? それを見せて頂きたい。拙僧はこういった場所には疎くて申し訳ないのだが……帳簿は誰が持っておるのだ?」
    「わたくしが帳簿の場所を知っていますわ。案内致しますわ。」

     帳簿を見られたら、消えた家臣が最後の夜にテンミィの部屋に居た事が知られてしまう。それは何としてでも免れたい。テンミィはこの僧侶に誘惑の術を掛けてしまおうと考えた。術で言いなりにさせて、適当に嘘の報告をさせれば、この妓楼はそれ以上疑われずに済む。
     テンミィは僧侶を自身の座敷まで案内した。普通は遊女の座敷に帳簿など無い為、この行動は不自然だが、僧侶は怪しむ素振りを見せなかった。本当に妓楼について疎いようだ。
     僧侶から漂う、清らかな生命力に満ちた匂いはテンミィの食欲を大いに掻き立てた。袈裟に染み付いた線香の匂いに混ざって、うっとりするほど美味しそうな血の匂いがした。絡新婦の嗅覚は常人と違い、血の匂いにとても敏感である。服や皮膚に覆われていても、その下にある血の匂いを嗅ぎ分けられる。血の匂いが良い者であるほど肉も美味なのが常だった。食人種族には初潮前の処女を特に好む者が多いという噂もあるが、テンミィは健康で不純物の少ない若い男を専ら好んだ。この僧侶からは生臭や酒の匂いが全くしない。日頃から律儀に戒律を守っているという事だ。おそらくまだ女も知らない――
     突然、テンミィの裡に遥か昔のジアンの記憶が蘇った。僧侶の匂いの中に、僅かにジアンの匂いが混ざっている気がした。食べるものや生活はジアンと異なるはずだが、確かに僅かに同じ匂いがする。

     座敷に二人きりになったのを見計らって、テンミィは誘惑の術を使いながら僧侶にしなだれ掛かり、袈裟に手を掛けた。このまま堕落させれば僧侶は言いなりになり、帳簿の話を有耶無耶にできる――

    「拙僧は客として来たのではないと言ったはずだ。帳簿を見せて頂きたい。」

     僧侶の表情には寸分の迷いも無かった。術が効いていない。テンミィは動揺した。もはやごまかしは効かない。致し方無い。この僧侶を跡形もなく喰らい、また名を変えて別人に成りすますしかない。
     テンミィは人の姿を保つ事は諦め、絡新婦の本性を剥き出しにした。ぎらぎらと光る四つの目、耳のあたりまで避けた口、鋭い牙、硬い外殻に覆われた八本の脚――どこから見てもおぞましい魔物である。
     息つく間もなく髪で僧侶を絡め取ろうとすると、彼は尋常でない跳躍でその髪を避け、持っていた錫杖を武器のように構えた。常人なら絡新婦の本性を見て怯えずにはいられないが、この男は当たり前のように応戦している。相当戦い慣れた者なのだろう。そして、先程からずっと呼吸が乱れていない。

    「術が効かない、呼吸も乱れない……あなた本業は王家の仙術師ですのね。仙術師は呼吸法を鍛えていると聞きますわ。」
    「左様。そして家臣が消えたのはお主の仕業であるな。」

     僧侶を髪で絡め取ろうとすれば素早く避けられる。髪を打ち付けようとすれば髪の間をすり抜けて錫杖をを繰り出される。いつの間にか攻守が逆転し、テンミィの方が彼の錫杖を避けるのに必死になっていた。咄嗟に銀の太い簪で錫杖を受けると、簪が小枝のように折れてしまった。彼の錫杖は金属をも砕く威力だった。
     とうとう避け切れず、錫杖がテンミィの脳天目掛けて振り下ろされた。あの威力ならきっと頭蓋骨を砕かれる。テンミィは、古代からずっと続いた、およそ二千歳の生涯がとうとう終わる事を覚悟した。しかし、ジアンに似た匂いのするこの男に殺されるのであれば、悪くない死に方だとも思った――

    「殺生は好まぬ。」

     僧侶はとどめの代わりにその言葉だけを刺した。錫杖はテンミィの眼前で止められていた。彼は唖然とするテンミィに背を向けた。快活な陽光を集めたような山吹色が、この時ばかりは哀し気な色に見えた。その背を不意打ちすればまだ逆転の好機もあるように思えたが、テンミィはそうする事ができなかった。

    「不意打ちはせぬか。お主にも良心があるという事だ。」
    「……良心などではありませんわ。」

     その通り、テンミィは良心で攻撃を止めるようなお人好しではない。ただ、この男のあまりにも清廉な精神に完敗したのだった。

    「人が他の動物や植物を食べて生きるように、お主も人を食べて生きるのであろう。それが種族としての道理ならば責める事はできぬ。だが、食べようとすれば抵抗されるのもまた道理……人はその抵抗が少々強い種族なのだ。拙僧の目の届くところで人を喰らわれたら、抵抗せざるを得なくなってしまう。それが拙僧の役目なのだ。だから、頼む。このままどこか遠くへ行ってくれ……むやみに蜘蛛に痛い思いをさせたくないのでな。」

     テンミィの裡に、再びジアンの記憶が蘇った。血の匂いだけではない。この男は精神までもジアンに似ている。テンミィは彼の素性をどうしても知りたくなった。

    「あなた、その跳躍力はもしや玉兎かと思いましたけれど、違いますの?」
    「拙僧は玉兎ではない。訳あって玉兎の骨を持っているが、生まれはホン族のごく普通の農家だ。」

     ホン族、と聞いてテンミィは息を呑んだ。ホン族は元々、悠の統治の時代に農地を開拓した男の子孫がその一帯に定住した民族である。その開拓者の妻は、ジアンの娘だった。つまり、ホン族には多少なりともジアンの血が流れている。テンミィは確信した。この男から漂っていたジアンの匂いは、気のせいではなかったのだ。血統ばかりか、ジアンの魂までもが輪廻転生を繰り返してこの男に生まれ変わったのではないかとさえ思えた。

    「あの……!」

     テンミィは咄嗟に、去ろうとする僧侶を呼び止めた。

    「あなた、王家に仕えていらっしゃるなら、普段はお城に居られますの?」
    「そうだが、それを知ってどうするのだ。もう会う事も無いだろう。」
    「嫌ですわ。ねえ、もしわたくしが人を食べるのを我慢するなら、この国に居ても見逃して下さるでしょう? そうしたら、また会って下さらない?」
    「会う用事も無いだろう。見ての通り、拙僧は修行中の身だ。女遊びはできぬ。」

     名残惜しそうなテンミィを置いて、僧侶は去ってしまった。しかし、テンミィは彼との再会を諦められなかった。次の日も、その次の日も、思うのは彼の事ばかりだった。




    (未完)
    ddccori Link Message Mute
    2021/01/12 17:47:54

    【小説】テンミィの過去編、ドゥシャとの出会い

    人気作品アーカイブ入り (2021/01/16)

    【カプ】
    ドゥテン、ジアテン

    【用語】
    盤、悠→暫定で書いた架空の国(正式な設定ではない)
    ジアン→回想のみ登場のキャラ
    赤茶色の長髪を束ねた男→モブ

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
    • 【小説】恋フルエンサー某古語コンテスト用に書いたけど応募しなかったものです。供養。

      お題「恋草」

      【あらすじ】
      人気モデル・庵野蜜子を起用したCMで爆発的に売れている口紅。
      その口紅には「使うと謎の植物の幻覚を見る」という奇妙な噂もあった。
      そんなある日、蜜子が元養父に首を絞められる事件が発生する。
      捜査に当たった刑事の紅田は、やがてこの首絞め事件と謎の植物の意外な関わりを知る事になる。
      ddccori
    • 【小説】メイの過去編【用語】
      ・妖呪仙術→妖術、呪術、仙術を一語にした今作中の造語
      ・●●一家→侠客の組織の名称。●●の部分が親分の呼び名になるが、これは本名ではなく通称で、代々襲名するシステム
      ・バラキ楼→ウロマチ一家が仕切る妓楼
      ・ミカエ楼→ジュウゾウ一家が仕切る妓楼(本編時間軸のメイとテンミィはここに居る)

      【設定】
      ・作中の「刺青師」はよその子をお借りしました

      【オマージュ元】
      ・尾崎紅葉著「金色夜叉」
      ・F・スコット・フィッツジェラルド著「グレート・ギャツビー」
      ・映画「ゴッドファーザー」
      ddccori
    • 【小説】市吾の過去編【用語】
      ・駿江(スルエ)→大和にある地域
      ・松実(マツザネ)→回想に登場する人物、駿江を治める大名
      ・稲羽(イナバ)道場→大和にある仙術修業施設の一つ、表向きは剣術道場
      ・神酒(ミキ)→回想に登場する人物、市吾と同じ道場出身の仙術師

      【設定】
      ・過去の市吾の口調は敬語
      ・作中の「烏天狗の男」はよその子をお借りしました
      ddccori
    • 【小説】アーグの軍事研究と王子の話【用語】
      アーグ帝国→架空の国
      アルン鉱山→架空の鉱山
      アルン石→架空の鉱石
      アルン玻璃→架空のガラスの一種
      ddccori
    CONNECT この作品とコネクトしている作品