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    夏。蝉の鳴き声、遠鳴る潮騒、かき氷。薄れる記憶は抱きしめられるか 時がたつにつれ、忘れまい忘れまいと必死に抱きしめていたはずの記憶は薄れていく。桐生はたまたま用事があって訪れた神室町を歩みながら、店が変わるだけで同じ神室町に、いつになく感傷的な痛みを覚えた。この町で起こった全ての喧騒を、この町は過去にしていく。当たり前だ、生者の営みに立ち止まっている暇はない。革靴がコンクリートを踏みしめる。ふと、桐生の耳に蝉の声が届いた。そして遠くから鳴り響くような、潮騒と海の香り。桐生は足を止めて、その原因を探ろうと足を止めて、視線を動かした。やけに郷愁をさそうその香りと音にとらわれていると、視界の片隅に白いスーツをきた男が、見えた。桐生は誘われるように、天下通り路地に消えた白いスーツの男を追う。革靴の音を響かせながら路地に入った桐生は、息をのんだ。後ろに流された髪、白いスーツ、失ってしまった過去がそこにあった。目の前にあった。
     雑踏に紛れそうになる男を桐生は人をかき分けて、必死に追う。しかし追っても追っても、人をかき分けても距離は縮まらず相手は一度も桐生を振り向かない。錦!と声を張り上げても、男は桐生の声など聞こえないかのように振り向きもしない。普段なら、人違いであると切り上げていただろう。けれど、けれど。抱きしめていた記憶の残影がそこにある、もう思い出せない声を求めて、桐生は必死に男を追った。違ってもいい。いや、違ったほうがいい。いいや、恨み言でもいいから、憎しみにまみれた声でいいからあの声を、今一度聞きたい。薄れる記憶を取りこぼしてばかりで消えないように抱きしめられない自分に、声を。人波をかき分ける桐生は、そんなことを思っていた。中道通りを進む男は、泰平通りを進んでいる。ミレニアムタワーのほうに向かっているらしい。男を追えば追うほど、蝉の声と潮騒の香と音は存在感を増していく。錦、待てと叫ぼうとした桐生を、後ろから誰かが引っ張った。
    「桐生チャン! 寂しぃわあ、帰ってきっとたんやらった声くらいかけえや!」
    「真島の兄さん、悪いが今それどころじゃ」
    「知らんわ! 喧嘩しようでぇ桐生ちゃん!」
     真島と声をかわす間にも蝉の声と潮騒の音が引いていく、香りも薄れていく。桐生は自分が何を必死になって追っていたのかわからなくなっていた。しょうがねえな、と構えた桐生の中には、もうとっくに白いスーツを着た男を追っていたことなど、おぼろげな記憶にすら存在していなかった。

    ◇◇◇ ◇◇◇

     神室町には数日滞在する手はずになっている。東城会の方で用意されたホテルでくつろぎながら、桐生は錦山のことを思い返していた。深夜にラーメンの大盛りを頼んでいたとか、一緒になっていったカラオケやら遊び場やら。そして最後は、爆弾に銃を向けてケジメを取るといったあの時の顔を思い出す。桐生は目を閉じながら、記憶に浸かる。堂島組に追われていた自分に、銃を向けた時の顔。今日限り兄弟なんかではないと言い放った時の顔。たとえエゴであったとしても確かにそこにあった優しさからきた涙、憎悪を湛えて何処までも暗く、けれど身の内で凝る滓を燃やしていた瞳。すべて同じ男だ、変わってしまった男をどうしようもないところまで追いやってしまったのは、桐生という存在だ。何もかも失って鬼の道を修羅道をいくしかなかった男の側に、桐生はいてやれなかった。当たり前だ、桐生はその時すでに檻の中にいたのだから。笑っていた顔、あの時の笑った顔など置き去りにしてしまった顔。顔はまだ、思い出せる。記憶の中の顔が、桐生の名をかたどる。けれど文字が再生されるだけで、とっくに桐生の記憶から零れ落ちてしまった声がするはずなど、なかった。
     桐生は上着を着直すと、夜風に当たりにホテルを出た。錦、と声に出しても帰る声などあるはずもない。声に答えるものなどもうとっくに、この世にいないのだから。蒸し暑く温い風に当たりながら、桐生は気ままに足を進める。ホテル街をぬけ、七福通りを右に進む。自然と、ミレニアムタワーの方に足が向いている。ふと、公園通りのほうから七福通りの方に曲がってきた赤いスーツの男がを視界にとらえる。よく手入れされた艶のある髪、顔を見る間もなく赤いスーツの男は足早に進む。桐生の中に、あの蝉の声と深く静かな、けれど存在を主張する波と潮の香りが満ちる。桐生は錦、と叫んで駆けだした。ミレニアムタワーに向かう男の背中を追って、一向に縮まらない距離にじれながら、桐生は駆ける。
     その肩に手を伸ばす。触れた肩は、いっそ寒々しいほど桐生の手のひらに何の感触も返してはくれなかった。周囲にうるさいほど蝉の声と波の音が満ちる。神室町ではかぐはずのない波の香りが肺を満たす。錦、錦なんだろ。そういった桐生の声に、立ち止まった男が振り返る様子はない。桐生はもう片方の手を後ろから回し、肩にかけていた手をすべらせ、男を抱きしめた。錦、なんだろ。そう呟きを漏らした桐生の方を一度も振りかえらない男に温度はない、男を覆っている布の感触もない。
     何とか言ってくれ、錦。錦なんだろ。その声は桐生らしくない懇願に満ちていた。それでも男は振り返らない。ふと、桐生は瞬きをした。その一瞬にも満たない世界との断絶の間に、男はなにも残さずに消えていた。
     潮の音が荒れ狂う、蝉の声が責め苛むように耳をつんざく。潮の香りが、桐生の持つ全ての感覚を曖昧にして、桐生は肺を満たす波に溺れる体を制御できず、その場に倒れこんだ。

    ◇◇◇ ◇◇◇

     ふと目を覚ますと、土の上にいた。起き上がると一輪を除いて一様に同じ方向を向いた向日葵が生い茂っている。波に溺れて鈍くなった頭で桐生はここは向日葵畑だと判断した。太陽と月が同時に上り、太陽の光に押されて少しの隙間に存在する夜天に輝く小さな月をみている向日葵の方へ桐生は導かれているように足を進める。革靴の底が土を踏む慣れない感覚。向日葵をかき分けて、桐生は月を見つめる向日葵のもとにたどり着いた。そこには先客がいた。洒落た白いスーツをきた男が、月を見る向日葵の前で、同じように月を見つめて、突然現れた桐生の方を一瞥もしない。にしき、と桐生の声が震える。お前はまだ、由美のことだけを。桐生は駆けだして、男を抱きしめた。二度と零さないとでもいうように、強く。けれどその視線は桐生には向かない、ただ月を、手が届かないものを、男は見つめ続けている。
     骨を軋ませるほど強く抱きしめても、男は振り向かないし、男に触れているのに、やはり何の感触もない。その肩に顔をうずめても、同じだ。何の反応もなく、何の答えも帰ってこない。にしき、と桐生は何度も声を発する。目の前の男が錦山であると確認するように。男から力がゆっくり抜けていく。まるで空気が抜けた風船のように、抱きしめている男が消えていく。桐生は叫んだ、そして。

    ◇◇◇ ◇◇◇

     気が付くと、桐生はいつの間にかかき氷をたべていた。男と隣り合って、冷たいものを食べて頭を抱えている男と一緒に。赤いスーツを側に放り投げた男の前にすでに複数の空いた硝子の皿があった。食いすぎじゃねえのか、と思ったが声には出さなかった。蝉の声がうるさい、近くで騒がしい波の音がするし人の声もうるさいから、きっとここは海水浴客がおおい海なのだろう。きっと錦山がここに連れてきたのだ、と桐生が思考を紡ごうとしたとき「ちげぇよ、おれは誘っちゃいねえ」と声がした。隣にいる男は、いつの間にか白いスーツを着ていた。一部の乱れも隙もない格好をした男に、桐生は手を伸ばそうした。
     手は軽くはたかれて、かすかな痛みが手に残る。立ち上がる男の手首をつかんで桐生は引き止めようとしたが、男の行動を引き止める抑止力にもならずにおわった。さっきから海水浴客の声がうるさい。そのせいで、男の声はほとんど桐生に聞こえない。錦、錦と去り行く男を引き留めようとしたこえは、おじさん、という聞きなれた声にかき消されて、虚空に千切れて飛び散った。

    ◇◇◇ ◇◇◇

     ホテルのベッドから起きがった桐生は何かの夢を見ていた余韻にまだ浸かっていた。かなしい、夢だった気がする。それしか思い出せないし、その感覚すら薄れていく。薄れていく記憶は抱きしめて留められない。それは人が、人であるから。新しいものを受け取るごとに、古い記憶はこぼれていく。桐生は身支度を整えながら、東城会からの連絡を待つ。もうとっくに、潮騒も蝉の声も香りも、桐生の中にはかけらも残っていなかった。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/17 19:37:33

    夏。蝉の鳴き声、遠鳴る潮騒、かき氷。薄れる記憶は抱きしめられるか

    極後、正確な時間軸は特に決めてませんが錦山の残影を追う桐生のはなし。桐錦っていうか桐→錦なはなし。桐生さんが追っていたものが本当に錦かどうかかわからない不親切な話です。
    #龍が如く
    #桐錦
    #腐向け

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