イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    かつてすべてが星だったころ【後編/テイリン22新刊Web版】エフミドの丘1 years left花の街ハルルa half years left学術閉鎖都市アスピオon that day and afterwardsエピローグ ~旅のはじまり~エフミドの丘


     はっと気がついたとき、私は草の上にいた。なぜ自分がこんなところにいるのか分からなかった。
    「……天国?」
     誰の気配もないし、鳥の声や虫の羽音も聞こえる。こういう種類の天国もあるのだろうか。
     少し痛む頭を押さえて記憶をたどる。確か、謎の結晶を探して氷海にいた。それで、うっかり氷を踏み抜いて落水したのだ。
     自分の体を確かめる。服はさらりと乾いている。鞄もしっかりと持っている。中身は一部なくなっているものもあるが、水と食料は無事だ。金袋といくつかの道具もある。溺れたのが夢だったのか、それとも今ここが夢の世界なのか。
     あの女性の顔がよぎる。もしかして、と思い当たる。あの状況から生存したとするなら、彼女が精霊の力か何かで助けてくれたのかもしれない。ここが現実世界だと仮定するなら、その可能性が一番高い。
    (それにしても、ここはどこなんだろう)
     辺りを見回す。生い茂る草をかき分けるように細い小川が流れている。川があるということは、どこかに人里があるかもしれない。少し向こう側には木々が立ち並んでいるが、以前訪れた大森林のようにむせ返るようなみどりの匂いはしない。川下のほうへの道は背の高い草や木々で埋まっていたが、川上への道は人がやっと歩けるくらいには開けているように見える。
    「とりあえず、現在地を確かめるためにも、進むしか」
     手持ちの携帯食料と水を摂取して、よろよろと立ち上がる。手足はちゃんと動くし体調におかしなところはない。動くのに問題はないようだ。まだ陽が高い昼間のうちに、ひとまず川上への道を辿って、手がかりを探すことにする。
     絶対に死んだと思っていた。むしろそんなことを考える暇もなかった。もし本当にあの女性が私を助けてくれたのだとしたら、お礼を言わなければならないだろう。どこの誰かも分からないまま別れてしまったけれど。
    (死んだら、どこに行くんだろうか)
     少しずつ上り坂になっていく単調な道を進みながら、ふと考える。死後の世界についてはさまざまな説がある。精霊の御許に召されるのだとか、精霊が魂を世界に還してくれるのだとか、だいたいは精霊に関するものばかりだ。それでも中には、特に精霊と関係のないものもある。
     私が気に入っているのは、とても単純な説だ。人は死んだら星の一つになって、空のどこかで瞬き、いつかまた地上に落ちてくる。自分がもし死んでしまったときも、そうであってほしい。
    (どうして人は、〈星の欠片〉を天に還してしまったんだろう)
     伝承によると、人は星の力を邪な心でみだりに使ってしまった過ちを償うために、地上にあった〈星の欠片〉をすべて天に還したという。その行いを見ていた天が遣わした星の化身として、精霊はこの世界に降りてきたと言われている。
     それなら、今でも夜空に輝いている星たちは、いったい何なのか。
     私には精霊を見ることはできないが、夜空の月や星ははっきりと見ることができる。太陽だって直接見つめることはできなくても見える。今も頭上の木の葉のあいだから漏れた光がちらちらと降り注いでいる。見えるもののほうが、ずっと信じられる。
    (精霊が星の化身だなんて、もしかしたら嘘かもしれない)
     そんなことを考えるなんて世界で私くらいのものかもしれない。精霊信仰の強い人に話したらきっと憤慨されるだろう。もし、この世に私と同じような人間がいたなら共感してもらえるだろうか。本当は、星から生まれたのは精霊じゃなくて人のほうで、伝承が書き換えられてしまった可能性だってある。それなら、人は自分の一部の力として〈星の欠片〉を持つ資格があったのではないか。
    「おっと」
     足元の石に靴が引っかかり、危うく転びそうになる。考え事をはじめると視野が狭くなるのは良くない。漂流(?)してしまったせいで自分がどこにいるのかも分からない状態ではあるが、まだかろうじて生きているし動けもする。死後のことを考えるのは早すぎる。荒唐無稽な仮説に思考をめぐらせるのは、安全な場所に辿り着いたあとでもいい。もしくは生還の望みが絶たれたときか。
     道なりにのぼっていくと、だんだんと風が強くなってくる。木々が少なくなって、辺りが開けていくとともに薄暗かった道が明るくなっていく。
     開けた場所に出て、私は驚く。青いものが断崖の向こうに広がっていた。空と一体になった雄大な景色が眼前にあらわれる。吹きつける風に、わずかな潮の匂いが混じっている。
    「海?」
     いきなり明るいところに出て、目に映るものが信じられない気持ちだった。海が見えるということは、方角が判断できるかもしれない。自分がここまでどう歩いてきたのかはうろ覚えだったが、太陽の位置から考えると今見えているこの海はだいたい西の方角らしい。双眼鏡をなくしてしまったので海の向こうに何があるか肉眼では見えないが、それだけは分かった。
     坂をずいぶん登ってきたから、ここはどこかの山の中腹なのだろうか。私は崖に近づき、海がよく見えるように手近な岩に腰を下ろす。風がそよそよと当たって気持ちよい。足を伸ばしながら休息を取っていると、崖の端、草の奥に変わった小さな岩があるのを見つけた。
     それは遠目に見ると、私が腰を下ろしているその辺の岩と変わりないように見える。しかし、周囲を取り囲むように小さな花がいくつか咲いていて、どこか特別な雰囲気を醸している。まるで草花たちに守られているようだと思った。
     近づいてみると、細かい傷や擦れはたくさんついているが、目立った汚れはない。それどころか、最近磨かれたような形跡すらあった。この岩――いや、石碑は、誰かが手入れをしてここにある。この場所を守ろうという意思が感じられた。
    (こういうのが好きなんだな、私は)
     氷海で見た祭壇の像と、それから故郷の広場にあった石像のことを思い出す。岩をそのまま削り出したような不思議な形をしていた像は、ずっと古くからあの街にあって、長い年月のあいだ守られ続けてきたのだという。
     皆は精霊がこの街を守ってきてくれた証だと言ってありがたがっていたが、私からすれば、そんな途方もない長い時間、なんとか綺麗な形で像を守ろうとしてきた人間のほうがずっと偉大だと思う。雨風や陽射しにさらされ、無数の傷や汚れがつき、もしかしたら事故や何かで一部が壊れてしまったこともあったかもしれない。長い年月というのは残酷だ。ひとつの文明を完全に葬り去ってしまえるほどに。
     それでも、その途方もない長さと戦い抜いた人の意思の強さに、私は尊敬の念を抱く。今ここに存在することが、どれほどの奇跡で、同時に見知らぬ誰かの努力の証であることか。
     感慨深く石碑を見つめていると、突如、ヒュッと顔の横を何かが高速で駆け抜ける。驚いて視線を向けると、何かが近くの樹の幹に突き刺さっていた。それは小さな槍だった。
    「動かないで」
     背後で張りつめた声がぴしゃりと言う。私は振り向くこともできず、その場に座り込んだまま呆然としていた。
    「それを傷つける者は、何人たりと許さない」
     凜とした声は、怒りに震えて鋭く響く。動けないまま、よろよろと両手を挙げる。
    「わ、私は、ただ見ていただけで、傷つけようなんてそんなことは」
    「なぜこんな場所に一人でいたの」
    「そ、それはちょっと分からなくて……いや、そうじゃなくて、流されて……流されたのか? と、とにかく、いろいろあってこの辺りに迷い込んでしまって、帰り道を探す途中ここで休んでいただけなんです……!」
     必死に、今言えるだけのことを話して身を縮める。せっかく助かった命なのに、ここでバッサリ断罪されて終わってしまうのか。でもさすがに命まで取られることはないかと思うも、さっき見た槍は本物だった。あれが刺さっていたら終わっていた。
     震えながら待っていると、すぐそばに気配が近づいてくるのを感じる。声の主以外に、何か別の気配もあるような気がする。
    「わかった、とりあえず、あなたの言うことを信じる」
     その声に恐る恐る顔を上げてみる。立っていたのは、幼い女の子だった。白銀の長い髪と裾の長い白の服が呼応するようにはためいている。女の子のすぐ隣には、一匹の獣がいた。大型の犬、もしくは狼のようにも見える。私がぽかんと両者を見ていると、女の子が口を開く。
    「私はここを守る役目があるから、怪しい者は警戒しなくちゃいけないの」
    「ここを……じゃあ、この石碑がなにかも知って……?」
     女の子は不思議そうに首をかしげる。
    「なにかは知らないわ、ただ、とても大事なものだと伝えられているだけ」
    「誰に……? あ、ご家族とかでしょうか」
     また、同じように首をかしげられる。
    「この子は、友だちよ」
     そばにいる獣を指し示す。濃い青色の毛並みをしている獣は、犬にしては変わった形の背びれのようなものがついており、尻尾もギザギザと尖っている。まじまじと見ていると、ギンと鋭い眼光を向けてくる。
    「うわっ、すみません、じろじろ見てしまって」
     女の子が背をぽんと優しく撫でると、獣は大人しく地面に座り込む。野生の獣と意思を交わせる者がいるという話は聞いたことがある。そうした者は山や森に住むこともあるという。人間が縄張りに踏み込んでしまったときや助力を願うときなどに、互いを取り持つ仲介役を務めているらしい。この女の子もそうなのだろうか。
    「話ができるんですか、この子と」
     またまた首をかしげられてしまった。どうしてそんな当たり前のことを聞くのか、とでも言いたげな、少し呆れた顔にも見えた。
    「あなたは、どこから来たの?」
    「えーっと……ずっと南の大陸の街から……いや、そもそもここがどこなのか分かってなくて……よかったら教えてもらえないでしょうか」
     彼女はどこか浮き世離れしたところがあるが、この辺りには詳しそうだ。しかし、本来なら私がこの子を保護しなければいけない立場だ。こんな幼い子が野山に一人でいたら(一匹も一緒にいるが)、住んでいる場所を聞いて送り届けなければいけないだろう。
     しかし今はこっちのほうが現在地も分からなくなっている立場である。考えれば、この旅はずっと迷ってばかりだ。思わずため息の一つもつきたくなる。だいたい自分のせいなので仕方がない。
    「……わからないわ」
     バッサリとそう返答された。
    「わか……らない?」
    「私にとってはここはよく知っている場所だけど、あなたにどう説明したらいいのか、よくわからなくて」
     今度はこちらが首をかしげたくなる立場になってしまった。言われたことを必死に頭の中で整理する。知っているけれど説明できない。地名を知らないということだろうか。
    「えーっと……じゃあ、この近くに、人がたくさん住んでいるような場所は知りませんか? 街とか、集落とか」
     女の子は考え込むように顎に手を当てる。
    「知ってるけど、私は行ったことがないから、詳しい場所はわからない」
    「……ということは、とにかく、このあたりに人が住んでる場所があるんですね?」
    「そう、前にこの子から聞いたの」
     目線を向けられ、獣は小さくワオン、と鳴く。
    「あの、もしよければ、だいたいの方角だけでいいので、教えてもらえれば……」
     獣に話しかけてみるも、フンと鼻を鳴らされてしまう。私は精霊だけじゃなく、獣とも相性が悪いのかと軽く落ち込む。
    「ええ、途中まででよければ、一緒に行きましょう」
    「……って、いいんですか?」
    「行けるところまでは行く、ってこの子も」
     一応了承はしてくれていたのか、と改めてその鋭い目をちらりと見る。やっぱり敵意を向けられているようにしか見えないが、彼女が言うならそうなのだろう。
    「ありがとうございます、本当に助かります」
     とりあえず、人里まで行けばきちんと休息も取れるだろうし、次の手立ても見つかるかもしれない。偶然の出会いに感謝するしかない。危うく殺されかけるところだったが。
     長い髪をなびかせて歩き出す女の子と、彼女にぴったり寄り添う獣のあとをついていく。ふっと振り返って、海を見るように佇む小さな石碑に目を向ける。結局これが何だったのかは分からないが、精霊を祀るものとは雰囲気が違う気がした。信仰よりも柔らかく、親愛よりも切実なものを感じる。何の根拠もない印象だが。
     私はそっと祈りを捧げて、彼女たちの後を追った。祈るという行いが本当はどういうものなのか、ほんの少し分かったような気がした。



    「ここまでね」
     木々深い森の小道の途中で、女の子はそう告げた。
    「私たちが案内できるのはここまで。あとはこのまま進めばきっと着くはず」
     淡々と言われるが、指し示す先はまだまだ人の気配などなさそうな道が続いている。しかしあとは一人で行けということらしい。
    「ごめんなさい、私たちはここから先へは行けないことになっているの。守れる森の広さは決まっているから」
    「それは、あなたたちの掟、みたいなものなんです?」
     こくりと頷く。彼女たちの役目や出自など、いろいろと聞いてみたいことはあったが、あれこれ問うてみてもほとんど首をかしげられて終わりそうなのでやめた。何はともあれ、人里の情報を教えてくれて案内までしてもらったのだ。見知らぬ旅人には手厚すぎるくらいの親切だ。
    「本当に、ここまで来てもらってありがとうございます。あとはなんとかなると思います」
     半分くらい虚勢だったが、にこりと笑顔を作って言ってみせた。女の子は私のほうをじっと見つめたあと、なぜか寂しそうに目を細めた。
    「あなたの探しているもの、きっと見つかると思う」
     突然、脈絡なくそう言われて、私はぽかんと驚く。
    「きっと、たぶん、そんな気がする。どうか、無事で」
     獣がワフ、と鳴き、一人と一匹は踵を返す。女の子がちらりと振り返ったので、呆然としたまま手を振る。草の上に棒立ちのまま、私はぼんやりと形のない疑念を抱く。
    (私が何かを探しているなんて、あの子に話しただろうか?)
     迷ってしまったので人の住んでいる場所を教えてほしい、彼女にした話はほぼそれくらいのものだったはずだ。けれど、まるで私の旅の目的を知っているような言い方だった。不思議な雰囲気の子だったから、気まぐれな物言いを私が大げさに受け取っているだけかもしれない。
     女の子と獣の影は、とっくに木々の向こうに消えて、もう目を凝らしても見えなかった。




     一人と一匹と別れてから、私は森の中を道なりに歩き続けた。もしかしたら、どこかで道を外れてだんだんと奥地へと迷い込んでいるのではないかという不安と戦いながら進んだ。辺りは冴え冴えとあかるく、図鑑でしか見たことのない珍しい植物があちらこちらに生えていて、その光景がのどかで穏やかに思えて、同時に不気味だった。知らないうちにどこかへ誘い込まれているような、そんな恐ろしさがよぎる。
    (弱気になるな、大丈夫)
     きっともうすぐ、看板か何かがどこかにある。海を眺めていた時間帯を考えると、陽が落ちる前にはたどり着ける。
     そう自分を励ますも、増大する不安と蓄積する疲れと戦うのに限界を感じ始めていた。そのとき、どこかから人の声が聞こえた。
    「ぐ、ううっ……」
     苦しんでいるような、痛みに耐えているような、ただ事ではないうめき声に聞こえた。私はとっさに声のしたほうへ早足で駆ける。
     草むらをいくらかかき分けると、茂みの脇に黒髪の少年が倒れていた。体を震わせて、苦悶の表情で足を押さえている。
    「大丈夫ですか⁉」
     私の存在に気づくと、少年は驚きと戸惑いの混じった表情でこちらを見上げた。少年が押さえているふくらはぎの辺りには赤い血がにじんでいる。傍らに大振りの剣が転がっているのに気がつく。何があったのかは分からないが、少年は足を怪我して動けないようだった。
    「ちょっと待ってくださいね」
     鞄の中を探る。漂流したときに荷物の大半をなくしてしまったが、まだ役立つものはあった気がする。水筒を取り出し、少年の手をどけて傷口を洗い流す。それから自分の替えの服を底のほうから引っぱり出し、布地の薄い部分から引き裂く。細長く裂いた布地をぎゅっと巻きつけて結んだ。
    「とりあえず、しばらく動かないでこのままでいてください」
    「あ、ありがとう……」
     少年はおずおずとお礼を口にした。まだ痛みはあるようだが、先ほどよりも表情が緩んだように見える。
    「動けるようになったら、ちゃんと手当てをしてもらえるところまで一緒に行きましょう。本当は私が精霊の祈りで治癒できたらよかったんですけど」
     軽い怪我なら、精霊に祈ることでもう少しちゃんとした治療ができるはずだった。この場に私が居合わせたことはよかったかもしれないが、人選が悪い。
     少し落ち込む私に、少年はぽかんと目をまたたかせて、言った。
    「セイレイ……って、なに?」
     不思議そうに、そう尋ねた。



    1 years left


     空の中にいた。浮遊感のようなおぼつかない感覚とともに、自分の体は宙に漂っている。指先ほどの小さい街や人を遠くから見下ろしていた。
    (ああ、とうとうこんなとこまで来ちまった)
     辺りは光の粒であふれていた。こんなに明るい海に囲まれて揺られていけるのなら、悪くはないかもしれない。でも、街灯りが少し遠すぎる。これでは見守ることもできない。
    (みんな、どこにいるんだ、誰か)
     レイヴンは白い闇の中で叫んだ。体を包んでいた星々のようなきらめきはするりと解かれて、底のない深みへと放り出される。突風に押されるように、下へ下へ落下する。
    (やっぱり、俺にはこういうのが似合ってるよ)
     恐怖とともに、もう一人の自分がそう呟いた。それでも、怖くて悲しくて辛くて、戻りたくて仕方がなかった。上に手を伸ばそうとして、違う、とつぶやく。そっちじゃない。自分の体に風を払うようにまっすぐ隣の空間をたぐり寄せた。誰かが自分の手を握っていた。
    ――バカなんだから。
     握りこまれた自分の手の向こうに、呆れたような顔が笑っていた。



     どれくらい眠っていただろうか。
     目を開けると、部屋は静かだった。陽はもうとっくに沈んでいる。額に手を当てると、温い布がずるりと落ちる。寝台の傍らには誰もいない。
     レイヴンは深く呼吸をした。馬鹿げた夢には慣れている。悪夢と呼べるようなものにも。それでもこの頃は、熱にうなされるたびにおかしな夢ばかり見る。誰かそばにいる夢も、いない夢も。
     よろよろと起き上がり、机から水差しを取って少しだけ喉をうるおす。わずかに痛む胸を押さえながら居間をのぞくと、そこにも誰もいない。視線をめぐらせると、リタの自室からかすかに光が漏れていた。
     数月前に精霊術の新たな大発見がなされたらしく、リタはこのところずっと忙しそうにしていた。レイヴンのほうはおおむね小康状態を維持していたものの、やはり定期的に調子を崩しては寝台から起き上がれない日々を時たま繰り返していた。精霊術の大きな転換点を探す彼女に、自分のことで負担をかけたくはない。そうは思うものの、どうしようもできずにいた。
     キッチンに行き、何か残っている茶葉はないかと棚を探る。せめて、茶でも淹れて彼女に休息をうながすのが自分にできる役目のはずだ。湯を沸かすための精霊術装置に手をかけようとすると、ふいに背後でバタンと扉の音がした。
    「いつの間に起きてたの」
     慌てたようにリタはこちらへ来て、キッチンとレイヴンのあいだに割り込む。
    「何しようとしてたのか知らないけど、あたしがやるから」
    「や、お茶飲みたいなあって」
    「それならちゃんと呼びなさいよ」
    「お茶くらい自分で淹れられるって」
    「うっかりフラついて火傷したらどうすんのよ、あんたにはたっくさん前科があるんだから」
     ぴしゃりと指摘されて、レイヴンは仕方なくうなだれるしかなかった。茶器を用意しようとするリタに、棚から手に取った缶を見せる。
    「俺、これが飲みたいな、前、嬢ちゃんにもらったやつ」
    「まだわりと残ってるわね、よかった」
    「まだまだけっこうあるよ」
     以前エステルから贈ってもらった茶はリタにも好評で、よく二人で飲んでいる。それなりに大きな缶をもらったので、蓋を開けるとまだ半分くらいは残っていた。
    「入れてくね」
     さじを手に取って茶器の中に葉をさらさらと入れる。二人分の一度の茶に使う葉はそこまで多くない。この分ならまだしばらくなくなることはないだろう。
    (これがなくなるより、先に)
     缶の中身を見つめて、体がじわりと冷たくなる。底が見えるまで、あとどれくらいなのか。自分の残り時間と、どちらが早いのか。
    「あんたは寝室に戻ってて」
     リタはレイヴンの手から缶を取り上げて、棚に片付ける。
    「そんな追い払わなくっても」
    「ここに二人で突っ立っててもしょうがないでしょ。淹れたら持っていくから、それから診る」
     言う通り、大人しく寝室に帰る。少しくらい動けはするが手足はやはり気怠く、寝台の背にもたれると力が抜けていく。呆けているあいだに、リタがトレイを持って入ってくる。
    「ありがとね」
     こく、と頷きリタはそばの椅子に腰かけて、灯をつける。一緒に温かい茶を飲みながら、茶器を両手で持つ顔を見やる。少しだけ疲れたような顔をしていた。
    「研究、行き詰まり中?」
    「ちょっと検討する事例が多すぎて、まとめるのに時間かかってるだけ」
    「なんか食べた?」
    「あんたに出したパンとシチューの残り片付けたわ」
     茶器を置いて、椅子をこちらに近く寄せてくる。
    「先に診てもいい?」
    「どうぞ」
     ボタンを外して、明滅する魔導器にリタは手をかざす。あらわれた制御盤に指を走らせるさまを、もうどれくらいの間見てきただろう。
     初めて検診をしてもらった日のことを思い出す。リタにこれを見せれば、もう後戻りできなくなってしまう気がしてずっと逃げ回っていた。観念して彼女の前に座った日から、この胸元の異物に注がれるまっすぐな眼差しはずっと変わらない。
    「今、どこか痛い?」
    「起きたときは、ほんのちびっと胸のあたり痛かったけど、もう平気」
     悪い夢にうなされ胸の痛みに目覚めたときも、リタは乱れた数値を整えながら、どうだっていい夢の話を聞いてくれた。
     リタがいなければ、もうすでに今ここにいることはなかったかもしれない。それはあり得ない奇跡で、やわらかく胸を刺す幸福だった。
    「言うの忘れてたんだけど」
     検診を終え、リタは制御盤を閉じる。
    「キッチンの精霊術装置、使わないで。代わりに旧型の着火装置使って」
    「え、壊れてるの、あれ」
    「壊れてはないわ、あたしなら問題ないけど、あんたは」
     そこで言いよどむ。どう言ったらいいのか悩んでいるようだった。
    「それって、最近の大発見と関係あったり?」
     リタはややあって、わずかに頷いた。そういえばどんな発見だったのか、詳しい話をちゃんと聞いたことはなかった。
    「大発見って言っても、はっきりとした確証がなかったから言えなかったの。実際、一部の人間以外には話を漏らさないようにしてるし。だからあんたもあたし以外には話さないで」
     残っていた茶を一口すすって、リタはふうと息をついた。
    「簡潔に言うと、精霊術は、人間の生命力を用いる仕組みになってることが分かったの。媒介装置を通じて普通に使うぶんには問題ないけど、今の状態のあんただと何が起きるか分からないから」
    「ちょ、ちょっと待って……生命力?」
     いきなり衝撃の事実を知らされて、話が飲み込めない。
    「この子……あんたの心臓魔導器みたいに、生命力が直接エアルの代わりをしてるわけじゃない。わずかな生命力を通じて、精霊は現象を生む。生命力は純度の高いマナでもあるから、混じり気のないマナを媒介することが精霊術には必要なの」
     生命力という言葉を繰り返し聞き、喉の奥が少しだけ狭まる感覚をおぼえる。魔導器を動かしたり、精霊を生み出したりもできる力だ。不思議ではない。けれど新たな技術に多少なりとも人間の生命力が使われるというのは、すんなりと受け止められることではないだろう。
    「精霊術の結果が条件によって安定しない原因ははっきりしたけど、その代わり大量の問題が発生して、このところずっとその検証をやってる」
    「そりゃそうなるわ……あ、じゃあ精霊術に相性がはっきり出るって言ってたの、もしかして」
    「そう、精霊にさまざまな属性があるように、生命力も多様な性質を持ってる。それぞれの精霊に合う生命力じゃないと現象化はうまくいかない……それが現時点でのあたしたちの仮説」
     リタの話を聞きながら、この心臓魔導器を埋め込まれ目覚めたときの記憶がふとよみがえる。アレクセイは“成功した者は君一人”と言っていた。実際にはもう一人いたわけだが、その他にも心臓魔導器による蘇生を試みた例があったのだろうか。そのことを考えると、胸が詰まる思いがした。
    (運良くコレが適合して、生き返ったのは“相性”が良かったから?)
     生命力に属性があるとしたら、機能するのに生命力を用いる心臓魔導器もまた、属性の合う者を必要とするのかもしれない。そんな考えがよぎる。
     その成功例に偶然選ばれたというだけで、レイヴンは今もその奇跡を抱えてここにいる。もはや魔導器などとうに過去のものとなりつつある、変わりゆく世界の中に。
    「大丈夫なの? ちょっと顔色悪いわよ」
     心配そうにのぞき込まれるので、レイヴンは首を横に振る。
    「大丈夫、なんともないわよ」
     にこりと笑ってみせる。しかし頭の中には生命力と心臓魔導器のことがぐるぐると渦巻いていた。レイヴンの生命力を用いて動く心臓魔導器のおかげで、まだこの命は長らえている。けれど心臓魔導器を動かすための生命力が足りなくなりつつあるせいで、この命の期限が迫っている。一見矛盾のようで当然の帰結にも思える。本物の心臓を無くしてから、新たな命を与えられ、いくつもの細い糸をわたるような奇跡の上にレイヴンの生は成り立ってきたのだ。
    「長話しすぎたわね、ごめん。続きはまた話すから、もう今日はゆっくり休んで」
     心配そうな顔で詫びながら、リタはトレイを持って立ち上がろうとする。
    「リタっちは?」
    「あたしももうちょっとしたら寝るから」
     そうして部屋を出て行こうとするリタに、声をかけた。
    「熱下がったら、一緒にどっか行こ」
    「……うん、わかった」
     もっと他に言いたいことはあったのだが、あまり引き留めるのも悪いと思ってそのまま見送る。無理しないように、なんて言っても、今のリタに効果はないだろう。そう思うのなら、レイヴンが早く調子を戻すのが一番良いことは分かっていた。
     布団にもぐりこみ、つめたい布地に頬を埋めた。もっと居てほしかった、なんて少し思ってしまう自分が情けなかった。すり減っていく時間とともに、自分がどんどん弱気になっているような気がしていた。
    (最後まで足掻くって決めたのに)
     実際は足掻くどころかじっと寝込んでいるだけだ。自分にできることを探そうと決めたものの、答えは見つからないまま時間だけが過ぎていく。レイヴンのことと精霊術のことでひたすら奔走している彼女を見ていると、罪悪感のようなものをどうしても覚えてしまう。
     自分がいなければよかったのに。負担にならずに済んだのに。
     そんな風に考えること自体に、また罪悪感を抱く。リタにこの心臓を見せたときから、一緒にいると決めたときから、覚悟はしていたはずなのに。
     覚悟なんて、実際こうして現実が迫ってくれば薄っぺらいものだったと知る。なにも分かっていなかった。大切な人間に命を預けることの本当の意味なんてひとつも。
    (ああ、ほらみろ、弱気になってる)
     服越しに胸元を掻きむしる。こんなことは今まで何度も繰り返してきた問いだ。止まらない弱音を押しやりたくて、つぎはぎの決意を懸命にかき集める。
     せめて自分にできるだけリタを支えたい。無茶をしないようそばで見ていたい。最後まであきらめないと言った彼女と一緒に足掻きたい。
     うわごとのように何度も胸のうちで繰り返しながら、レイヴンはむりやりに目を閉じた。




     数日後、熱は下がってレイヴンの調子はいくらか戻った。最近はいつもこれくらいの間隔で寝込んだり起きたりを繰り返している。しかし実際にちゃんと動けるようになるとほっとする。まだ大丈夫だ、と安心する。
     リタは研究所に出かけている。昼時には戻ってくると言っていたので、それまで部屋の掃除に取りかかっていた。熱心に打ち込みすぎる彼女が少しでも過ごしやすいようにと、床に置いてあるものを整理したり、溜まっていた埃や汚れをとったりしていく。
     それが一段落して、レイヴンは休憩がてら寝室に戻る。寝室はそれほど散らかってはいない。もともと置いてある家具も少ない。レイヴンの私物も、だいたいがこの部屋にある。
     窓際に寄り、衣装箱をそっと開ける。自分の私物は近いうちに整理しておかなければと思っていたが、レイヴンがもともと持っていたものはあまりない。箱の中にあるのはリタとの思い出の品のほうがずっと多い。
     まだ貴重な写影装置で撮ったリタとの写真。検診の約束を破ったレイヴンに送りつけられてきたぐしゃぐしゃの手紙。遠出した帰りになんとなく一緒に観た劇の小冊子。見ているだけで懐かしさでいっぱいになる。
     その思い出の品たちの隅に、まだ新しい箱がある。これはレイヴンが隠したものだ。以前、ジュディスの助言を参考に選んだ、リタへの贈り物だ。なかなか改まって渡す機会がなく、落ち着いてから渡そうとずっとここにしまっておいたのだ。
    (こんな調子じゃいつ渡せるか……)
     時期をうかがいすぎてうっかり渡せなくなってしまう前に、しれっとなんでもないように渡すのがいいかもしれない。下手に仰々しい雰囲気になっても困る。
    「ただいまー」
     そうしているうちにリタが帰ってきてしまった。レイヴンは手の中に箱を隠し、バタバタと寝室から顔を出す。
    「おかえり、早かったね」
    「そう? 予定通りの時間だけど」
     リタが荷物を片付けているあいだに、ソファの陰に箱をそっと隠す。そうして何食わぬ顔でキッチンに向かい、朝のうちに作っておいたサンドウィッチをテーブルに出す。
    「夕方までに報告書まとめるんでしょ? ササッと食べやすいようにと思って」
    「わざわざ作んなくてもよかったのに……ありがと」
     リタの向かいに座って、レイヴンも食べ始める。食べ終わったら渡そうか、でも、などと悩んでいると、リタが口を開く。
    「そういえば、村長がまた腰を痛めたって」
    「おお、また?」
    「でももう歳だから、今度は歩けなくなるかもしれないって」
    「そんな歳だっけ……年寄りは一回転んだだけでけっこう大ごとになるっていうけど」
    「初めて会ったときからもうじいさんって感じだったし、がんばって長生きしてるほうよね」
     リタはレタスをもそもそと口に入れている。ハルルの人々や仲間たち、レイヴン以外の人間にも同じだけの年月が流れているのだと当たり前のことを思い直す。リタだって初めて会った頃は気難しい少女だったのに、今ではすっかり大人の女性に見える。
    「そっかあ、でも今まで立派に村長してくれたんだし、もうあとはゆっくりしてほしいね」
    「同じようなこと、いろんな人が言ってるって」
    「だよねえ……ここまで長生きしたぶんね」
     そう言ってレイヴンは急にばつの悪い気持ちになったが、リタはただもくもくとトマトをかじっている。勝手に自分と重ねてうろたえているのはレイヴンだけのようだ。食事中のただの雑談なのに深刻な空気にすることはない。ごちそうさま、と立ち上がり皿を片付けることにする。
     皿洗いがすんでひと息ついたあたりで、レイヴンはなんでもないように話しかけた。
    「リタっち、肩揉んであげよっか」
    「なんでよ」
    「朝からがんばってお疲れみたいだからさ」
    「べつにいいわよ」
     いいからいいから、ととりあえずリタをソファに座らせる。背中側に回って肩に手を添えると、少し前屈みになってぽつりと言う。
    「……ちょっとだけでいいから」
     りょーかい、とにっこり笑って答える。リタの肩は華奢だが、それでも昔よりは少し背も伸びている。かつては肩の上あたりまでだった髪も、今は後ろでざっくりと一つにまとめられている。リタによると、頻繁に切るよりこっちのほうが楽、ということらしい。うなじから落ちた一筋の髪や丸いつむじを見つめながら、彼女の上に流れた年月を知る。
    「お客さん、けっこう凝ってますねえ」
    「最近はどうしても座り仕事が多いから、仕方ないのよ」
    「散歩でも行く?」
    「夕方までに片付いたら行きましょ、あんたもちょっとくらい体動かさないと」
     そんな会話をしながら、しばらくしてレイヴンはリタの肩を解放する。力の抜けた様子でソファにもたれこんだリタは、はーっと長く息を吐いた。
    「ありがと、ちょっと気力湧いたかも」
    「おろ、やっぱりお疲れだったのね」
    「疲れっていうより、ぐるぐる同じところで足踏みしてて行き詰まってたから」
    「精霊術のこと?」
     リタは頷いて、手足を軽くぴんと伸ばす。
    「……精霊術が実は生命力を用いる仕組みって話、したでしょ。あたしそれが分かったとき、真っ先にがっかりしたの。結局何かをしようとすれば、何かで代償を支払うことになるんだって」
    「確かに……ちょっと衝撃的な事実だと思うわ」
    「同時に自分の浅はかさを思い知ったの。あたしは新しい世界の仕組みを知って解き明かして、いろんなことができるようにしたいだけだったはずなのに、どこかで精霊術のこと、様変わりした世界のための、ただの都合のいい力みたいに思ってた。未知の結果を手に入れるにはリスクがつきものなんて当たり前なのに」
     うつむいた首に、結んだ髪がはらりと落ちる。
    「俺も含めて、詳しくない他の奴らのほうがよっぽど都合よく考えてたよ。リタっちみたいに間近で向き合ってる人間の苦労も理解しないで、ただ手っ取り早く楽になりたいって」
     人はどこまでも欲深くなれる。自分のために、他人のために、信念のために、なんだってやってしまえることもある。今までそんな光景をいくつも見てきた。
    「仕方ないわ、そうやって近道をしたがるのが人間なんだから……他のみんなも、いろんな意見を持ってる。生命力を使うなんて危険すぎるから、精霊術を使うこと自体やめたほうがいいんじゃないかって主張してる派閥もいる。もっと違う方法を発明するべきなんじゃないかって」
     でも、とリタは語気を強める。
    「生命力を使うっていっても即座に心身への影響がみられるほどの量じゃない。でも長期的に見たら違うかもしれない……そのへんを突き止めて、これからどうすればいいのか方法を編み出したい。そのためにはもう少しいろんな人の意見を聞きたいから、情報共有範囲を広げようって働きかけてるところ」
     そんな感じでごちゃごちゃ疲れてただけよ、と前髪をくしゃりと掴みながら言う。
    「リタっちは、すごいね、いつも」
    「何が」
    「すごいから、すごいのよ」
     不可解な顔をするリタの前に回り込む。足元にそっと屈んで、隠していた箱を取り出す。
    「なによこれ」
    「いつもがんばってて、お世話になってるリタっちに、プレゼント」
    「今日なんかの日だっけ」
    「いんや、特には? まあいいじゃない、こういうのはいつでも」
     戸惑ったように小さな箱を両手で持つ。開けてもいいか聞きたげにちらりと見てくるので、笑って大きくうなずく。
    「これ……ペンダント?」
     箱をさぐったリタの手には、赤い石がきらりと光る首飾りがあった。
    「うん、前にね、帝都に行ったときにジュディスちゃんにも協力してもらって選んだんよ、バタバタしてて渡すの遅くなっちゃったけど」
    「いつの間にそんなことしてたのよ……」
     驚いたように言いながら、じっと首飾りをながめている。気に入ってもらえたのか、反応を見る限り悪くはなさそうで胸をなで下ろす。
     以前、リタの首にはずっと武醒魔導器のチョーカーがあった。機能を失ってからもずっとリタは肌身離さずそれを身につけていた。しかし、去年に留め具が壊れて着けられなくなってしまった。レイヴンには仕方ないわ、とあっさり言っていたが、ジュディスによるとリタはその後かなり落ち込んでいたという。あの魔導器はリタの母が遺したものらしく、リタはそのことを長い間思い出せないままでいたようだった。
     だから代わりというわけではないが、リタが身につけられるものを探そうとした。リタが大事に守り続けた輝きを、新たな形で残していけたらと思った。彼女のひたむきで強い意志と、大切なものを慈しむ心そのものに、感謝と尊敬の気持ちを伝えたかった。
    「ねえ、これ……つけてもいい?」
    「もちろん、よかったら」
     リタはしばらくその赤を見つめたあと、鎖を両手で広げる。しゃらり、と音が鳴る。首の後ろに腕を回し、ややあってゆっくりと顔をあげる。
    「……変じゃない?」
     リタはおずおずと手を下ろす。白い鎖骨に、金で縁取られた鮮やかな赤がよく映えている。レイヴンはなにか気の利いたことを言おうとして、喉が詰まる。赤い石を首元にたたえたリタが、ただほんとうに綺麗に見えた。いとおしく、美しかった。
    (どうして)
     ずっとこの姿を目にしていたい。この首飾りが擦り切れて色あせるまで、リタのそばにいたい。ともに時間を過ごして、彼女が少しずつ歳をとって老いていくのを近くで見ていたい。まだまだ一緒に長い年月を過ごしたい。
    (それだけのことなのに、どうして)
     これ以上望むことなどないのに、それがすべて叶わないのはなぜなのか。見上げたリタの姿がゆらりと揺れて歪んでいく。
    「ちょ、ちょっと……なんで泣いてんのよ」
     頬に指で触れると濡れていた。リタは焦ったようにレイヴンの顔を覗きこむ。その表情を見て、また涙があふれてしまう。
    「ごめん……リタっち、俺……」
    「どうしたの? 具合でも悪い?」
     真剣に心配される。贈られた物を身につけたらいきなり泣き始めた男を目にしたら、戸惑うのも無理はない。レイヴンは涙をぼろぼろと流したまま笑みをこぼす。
    「違う……そうじゃなくって……俺、ずっと、リタっちと一緒にいられたらって、そう思って」
     ぼろぼろの涙声で何を言っているのだろう。そう思いながら、口にしてしまったら止まらなかった。
    「ずっと、こうやって見てたいなって、この先も、ずっと……でも、でもさ……もしコイツがどんだけがんばって動いてくれてもさ、どうしたって、俺は、リタっちより早く死ぬ」
     リタから微かに息をのむ音がした。
    「だから、俺は……生きてるうちに、もっとリタっちに何かしたい、ちゃんと、あいつらにも、今までのぶん返してから、死にたいよ……」
     ぼたり、ぼたりと服に染みがつくられていく。うつむいたままで、少しずつ増えていく丸い跡をただじっと見つめていた。
    「……ばか、ばかね……もっと、他になにかないの? あんたのやりたいこと」
     潤んで揺れる瞳が、呆れたようにレイヴンに笑いかける。
    「でも、ちょっと……安心した。あんたずっとヘラヘラ笑ってるから、ぜんぶ受けいれて納得しちゃってるのかもって……やっぱり、あたしだけがしがみついてるみたいで、でも……そんなわけないって分かってたのに」
    「いや、違う、俺のほうが、一緒に諦めずにいるって約束したのに、ほんとはどっかで無理だって、どうしようもないって、思っちゃってた」
     リタは静かに首を横に振った。
    「ううん、あんたの言うことのほうが正しいわ。あたしは大きな口だけきいて、今の今まで有効な手立てなんてちっとも見つけられてない……」
    「そんなことない、今もずっと俺の命を支えてくれてるのは、生命力の流れがうまくいってないってわかってからも今もこうして生きてるのは、リタっちががんばってくれてるからで」
     必死に伝えようとするレイヴンを見て、切なげに目を細める。
    「その子のおかげよ、あんたとまだ生きたがってるその子が、流れをなんとかつないでくれてる。でも、そう、たとえその子がまだまだがんばってくれたって、あたしたち、いつ死ぬかなんてわからない。あたしだって明日うっかり死ぬ可能性はゼロじゃない」
     思わず想像して目を見開くレイヴンを、冗談よ、と小突く。
    「あたしはあんたとこの子のことを諦めない。でも、それとは別に、いつ時間切れになってもいいように備えておくのは大事なことなんじゃないかって思ったの」
    「備えて……」
    「そう、なんていうか、あいつら風に言うなら……悔いがないように生きる? みたいな……あー、やっぱり今のナシ、取り消しっ」
     急に照れたように手をぶんぶんと顔の前で振る。リタの言葉で、胸につかえていたものがほどけていくような気がした。リタがレイヴンの命を諦めないことと、レイヴンが最後の時までリタに何か返したいと思うことは、どちらも同じ場所にあった。
    (悔やみたくなかったんだ、今度こそ)
     やれることを全部やって、思い残すことなどなにもないと言いながら終わりたかった。二度目の命、三度目の生なのだ。もう後悔を抱えたまま終わるのは御免だ。けれどどれだけ足掻いても、どうしたって後悔は残るものなのだろう。だからこそ、最後までこの命を燃やしていたかった。
    「……俺はさ、本当なら落としてた命をなんでかいつも拾われて、何回も生き延びたぶん、ずいぶん欲張りになっちまった、何一つ後悔したくないなんて」
    「あたしも同じよ、後悔なんてしたくないし、させたくない」
     さすが、とおどけて口笛を吹いてみせると、ぺしんと肩を叩かれた。
    「でも、結局は……あんた自身の命なのよ。だから、どうしたいかは、レイヴンが決めてほしい。あたしはその手助けができたらそれでいい」
     決意にみちた表情で、少し震えた声がそう言った。それですべて悟った。彼女がここに至るまで、どれほどの苦しみや迷いがあっただろう。こうしてレイヴンに告げるまで、どれほどの葛藤と戦ってきただろう。やっと本当に、痛いほど分かった。だからこそ、レイヴンは顔を上げる。
    「とりあえず……ちゃんと一日一日を大事にしたい。みんなやリタっちに何かできることをしたい。具体的なことはこれから考えるんだけど」
    「そこが一番大事じゃない……まあいいわ」
     そっとレイヴンの頬を拭ってくれる。
    「ありがとね、リタっちがいたから、こんな来られるはずないとこまで来られたよ。ほんとはもうあるはずなかったことばっかりなのに」
     膝の上の拳に手を重ねると、リタはわずかに顔をしかめた。
    「あるはずなかったとか言わないで。あんたはあたしと会うために、今までその子と生きてきたのよ」
     臆面もなくそんなことを言う。本当にそうなのかもしれない。こうなることはどこかで決まっていたのかもしれない。彼女が愛した魔導器の最後の一つが、レイヴンをここまで生かした命そのものになるなんて、予想もつかない運命だ。
    「リタっちのそういうとこ、好きだわ」
     レイヴンがくしゃりと笑うと、リタは胸のペンダントの飾り石をぎゅっと握って、
    「ばか」
     と目をそらした。



    花の街ハルル


    「……今、なんて言いました?」
     少年の発した言葉が理解できず、私は聞き返す。怪我の応急手当のために使った布きれを握りしめたままで。
    「えっと……セイレイ? のイノリ、って何? って……」
     私の訝しげな表情が怖かったのか、少年は怯えたような目をする。地面に横たわったまま身を縮めてこちらを見ている。
    (精霊を、知らない?)
     少年がどこから来たのかは分からないが、こんな森の奥に住んでいるとしたらいろいろと知らないこともあるのかもしれない。けれど、精霊を知覚することができない私でも、生活していればこの世界で精霊がどれほど当たり前の存在か知らずにはいられなかった。ひょっとすると、まったく精霊に関与しない文化圏がこの近くにあるのだろうか。
    「あ、いえ、今のは聞かなかったことにしてください。ちょっとした専門用語みたいなものです」
    「センモン……ひょっとして、ガクシャさん?」
    「学者……まあ、そんなもの、ですかね……」
     学者という職業については知っているのか、と不思議な気持ちになる。
    「ガクシャさんなんだ、すごいね! ボク知ってるよ、すごいたくさんの本を読んでていろんなことを知ってる人なんだよね、昔はこのあたりにもガクシャさんがいっぱい住んでたってじいちゃんから聞いたことあるんだ。あっ……ありがとう、助けてくれて」
    「いえいえ、本当に簡単な処置しかしてないので……お家はこの近くですか? よければ一緒に行きましょう」
    「大丈夫、ボク一人で帰れるよ……ったた……」
     少年は傍らの剣を鞘におさめて立ち上がろうとするも、痛そうに足を引きずっている。私は布きれやらの道具をしまうと、少年の前に背を向けて屈んだ。
    「無理は禁物ですよ、道案内さえしてもらえれば大丈夫なので、負ぶさってください」
    「も、もうそんな歳じゃないよ」
    「歳なんて関係ないですよ、困ったときはお互い様です。ほら、早くお家に帰ったほうがちゃんとした手当ができて、すぐに動けるようになりますよ」
     私の説得に、少年は渋々といった様子で肩に手を置いた。
    「ちゃんと捕まっててくださいね、っと」
     子どもとはいえ、人を負ぶって歩くのはあまり慣れていない。けれど今は緊急事態なのでそんなことは言っていられない。それに、今までひょんな出会いから自分を助けてくれた人たちみたいに、今度は私が誰かを助ける番だと思ったのだ。
     私の背に負ぶさった少年は、あっちだよと森の奥に指をさす。私が来た方向とはおそらく反対側だ。確か途中まで案内してくれた少女も、この先に人里があると言っていた。そこに少年の家もあるのだろうか。
    「そういえば、どうしてこんなところで怪我を?」
     尋ねると、背中でんーと、と口ごもる声が聞こえる。言いづらいことなのだろうか。手当したときに見たところ、何か鋭いものですっぱりと切れたような傷口だった。
    「誰にも言わない?」
     おずおずとした声が言う。
    「どんな秘密のことをしてたんですか? 分かりました、約束です」
     頷くと、少年はほっとしたように息をつく。
    「えっとね……修行、してたんだ」
    「しゅ、修行?」
    「うん、強くなりたくて、剣の修行をしてたら、うっかり振り過ぎちゃって手からすっぽ抜けて……こんなの恥ずかしくて人に言えっこないよ」
     傍らに落ちていた剣が怪我の原因だったのか、と思い当たる。剣術なんて、古代武術を好む都の騎士たちの一部がたしなんでいると耳にする程度だ。ほとんどの人間は精霊の力を借りて武闘をおこなう。各々の精霊との相性によって得意な武術も変わるため、武術の腕を磨くうえで大事なのはやはり精霊の力をうまく借りられるように体に馴染ませることだ。都でそう学んだ。
    「そんな剣の達人ばっかりいるんですか? あなたの住んでいるところは」
    「剣だけじゃなくて、斧とか弓とかもみんな上手だよ。大人になるためには剣がうまく使えないといけないんだ」
    「まだ大人になろうって急ぐ歳には見えないですけど」
     少年の外見は、せいぜい十二、三歳程度に見えた。
    「でも、ボクより年下でもずっと上手くいろんな武器を扱える子だっている……だからもっとがんばらないとダメなんだよ、なのに」
     こんなんじゃダメなんだ、と悔しそうに繰り返す。少年の話を聞いて、私は自分の子どもの頃を思い出していた。精霊と話せる他のみんなのようにならなければ、と思っていた時もあった。必死に追いつこうとして、それでもどうにもならないときの無力感は少し分かるような気がした。
    「あっ、あっちだよ、着いた」
     少年が教えてくれるも、示された方向にあるのは並び立つ木々ばかりだ。私がきょろきょろと辺りを見回していると、背中であーっと大声がした。
    「忘れてた……里にはよその人、入っちゃいけないんだった」
    「なんと、そんな掟が」
    「でも……ガクシャさん、助けてくれたし、こんなところで追い返すなんてできないよね……うん、大丈夫、ボクがなんとかするよ!」
     決意をかためたようにそう言うと、すう、と息を吸い込んで、少年は叫んだ。
    「ハルモニア、ルルリエ、ルーネンス!」
     何かの呪文のような言葉とともに、ぱっと白い光が瞬く。眩しさに一瞬目をつむってしまう。再び目を開くと、さっきまで目の前にそびえていた木々が左右に分かれ、小道が奥へと続いていた。
    「今、何が……?」
     戸惑う私をよそに、少年はいきいきと言う。
    「ガクシャさん、里はこの奥だよ、行こう!」
     促されて、とりあえず少年の言う通りに里へと向かうことにする。よそ者は入れないという掟が真実なら、少年とここで別れて引き返すのがいいのかもしれない。だがこちらも自分がどこにいるのか分からない状態で、人里を探してなんとかここまでやってきたのだ。この機会をみすみす逃すわけにはいかない。
    (とりあえずこの子を送り届けて、少し休ませてもらって、どの辺りの地方か分かったらすぐに出て行こう)
     そんなざっくりとした浅い考えで、私は小道の奥へと分け入っていった。




     少年を背負いながらゆっくりと歩いていると、だんだんと道が開けてくる。丸太の柱のあいだを通り抜けた先に、木製の家々がいくつも立ち並んでいる。
     葉擦れの音がざあと鳴り上を見ると、遠くに巨大な樹がそびえていた。これほど大きな樹木を見たことはない。圧倒されながらも、私は少年に家の場所を聞き、そちらへ向かって歩き出す。
    「あっ、そろそろ降ろしていいよ」
    「でも、足が」
    「も、もう歩けるから! こっちだよ」
     言う通りに屈むと、少年はひょこひょこと足を引きずりながら里の奥へ歩いていく。ふと向こうに目をやると、畑に立っている住人らしき人たちがこちらを見て何事か話していた。やはり里によそ者が入ってきたことに気づいているのだろうか。いきなりやってきたよそ者が里の少年を負ぶっていたなんて、確かに重大事件かもしれない。とにかく今は、少年の家に行くほかなかった。
    「じいちゃん、ただいまー」
     少年は小さな家の扉を開けて、中に呼びかける。
    「ねえ、ちょっと休ませてあげたい人がいるんだ」
    「はあ? いきなりなんだそれは」
     荒い声とともに家の中から大きな男がぬっと現れる。白い髪と長い髭が特徴的な、しかしどこか威圧感のある老人だった。少年の祖父なのだろうか。
    「おめえ……なんだ?」
     鋭い眼光で睨まれて思わず身をすくめる。なんだと聞かれて何と答えればいいのか、頭が真っ白になるくらい気圧されてしまう。
    「この人、ボクを助けてくれたんだ! それにガクシャさんなんだよ」
    「ガクシャぁ? 助けてって、そういやおめえ、なんだその足のケガは」
     老人に尋ねられ、少年ははっと固まってしまう。誰にも秘密にしたいとは言っていたが、何と誤魔化すかは考えていなかったのか。みるからに焦り出す少年を見かねて、私は前に進み出る。
    「あ、あの、大変申し訳ないことに、私が森の中で木の実を割ろうとしてましたらね、ナイフがぽーんとはじけ飛んで、それが運悪くお孫さんの足に直撃してしまって、こんなことに……せめてご家族の元まで無事に送り届けて、お詫びをさせていただこうかと」
     とっさに思いついた嘘を早口で並べて、ぺこりぺこりと何度も頭を下げる。
    「ほーう……そりゃあえれぇことだな」
    「いや本当に申し訳ありません……と、とりあえず、本当に簡単な処置しかできなかったので、ちゃんとした手当を早くしてあげたほうがいいんじゃないかと」
     老人は髭を指で尖らせながら、ふん、と考えるような目をした。
    「まあいい、詳しいことは中で聞く。おめえも傷見せてみろ」
    「う、うん、ありがとうじいちゃん」
     少年はほっとしながらも、少しばつの悪そうな顔で私を見た。大丈夫です、と言うように頷いて見せる。ひとまず門前払いされることはなかったので一安心だ。武術に長けた強い人間が多いと聞いていたので、あの迫力のままいきなり斬られるのではと冷や汗をかいた。
     家の中はとても質素で、しかしどこか暖かみが感じられた。あまり見慣れない道具がいくつか壁にかかっている。小さな椅子に座った少年の足を、その前に屈んだ老人がしげしげと見る。
    「これくらいなら、薬草塗って大人しくしとけ」
     私の巻いた布を解いて、老人はちらりとこちらを見る。
    「手当の仕方は大したもんだな、どっかで習ったのか?」
    「旅には必要なことですし……あと、昔から自分でなんとかできるように、勉強しただけです」
     怪我をしたら、自分で精霊に祈るか、誰かに頼めば傷を癒やしてもらうことはできる。けれど、自分ではどうにもならず、人に頼むのもある時から避けがちだった私は、精霊に頼らない応急処置の仕方を学び始めたのだ。
     老人は近くの引き出しから瓶のようなものを取り出すと、少年の足にその中身を塗りたくっていく。精霊の癒しを使う気配はちっともない。
    「ほら、これでしばらく暴れんじゃねえぞ。外に勝手に出たことについては、夕飯減らすくらいで勘弁してやる」
    「そ、そんなあ」
    「んで、だ」
     老人はそばに突っ立っていた私を見て、視線でそばの椅子に座るよう促す。
    「おめえのことだが、いくら事情があろうと里に入ったよそ者には沙汰がくだることになってる」
    「さ……沙汰?」
    「そうだ、長老にはもうおめえのことは伝わってると思うが、あいつは今大樹の奥に引っ込んでるからな……二、三日ってとこか」
     耳慣れない言葉が次々と出てきて混乱する。その長老という人が、よそ者である私に何らかの沙汰をくだす、つまり処遇を決めるということだろうか。
    「それまでは、仕事の手伝いでもしてもらうか。何せ若い奴の手はいつも足りねえからな」
    「ひとまず……しばらくここにいさせてはもらえるということでしょうか」
    「まあ、来ちまった以上は仕方ねえ」
     長老の沙汰というものは気になるが、老人はあっさりと滞在を承諾してくれた。
    「飯作るのはおめえもやるんだぞ」
    「ガクシャさん、やったね! 一緒に野菜切ろう!」
     嬉しそうな少年に、私はとりあえず笑ってみせながらぺこりとお辞儀をした。




     夕飯は、肉と野菜を煮込んだスープにライスを混ぜ込んだものだった。スープの具材はどれも見慣れないものばかりで、この里の周辺で採れたり育てたりしているものなのだろうか、とさまざま考えながら炊事に参加した。
     家の庭先にある炊事場も変わった造りをしていて、なかでも目を引いたのが人力で火を起こすための木組みの装置だった。木目に沿って紐を擦り付け火種を作るという。老人が太い腕をもってすさまじい勢いで火を起こすのを見て、この里で生活するためには強靱な肉体がいるわけだ、と少しだけ理解する。
    「おめえはこんだけだ、あと皿洗いしたら明日は元に戻してやる」
    「ううっ……わかったよ……」
     器の半分ほどの中身を見つめながら、少年は悲しそうに眉を下げて食卓にとぼとぼと運んでいく。
    「食べ盛りな年頃なのに、ちょっと気の毒ですね」
    「あいつが勝手に里を抜け出すのは今回が初めてじゃねえからな、今度こそきっちり反省してもらわねえとな」
     私には、ありがたくも器の三分の二ほどの量を盛ってもらえた。三人で食卓について、やっと食事を目の前にしたときには、もう汗だくでへとへとだった。
     しかし、ここ最近ずっと乾いた携帯食料ばかり口にしていた身には、温かい料理がこれ以上ないくらいしみ渡った。腹の奥までじわりと温かさが満ちていく。
     思えば、氷海に向かうために大橋の港町を出てから、一度もこんな風に落ち着いた食事をとっていなかった。あれからどれくらいの日数が経ったのだろう。いろいろなことがありすぎて、時間感覚もよく分からなくなっていた。
     後片付けを終え、私にあれこれと聞きたがっていた少年は老人に強制的に寝床へ連れていかれ、しばらく一人部屋に残される。小さな窓から、すっかり夜も更けた外をぼんやりと見ていた。
    「おお、おめえももう休んでいいぞ」
    「あ、お疲れさまです。すみません、お世話になります」
    「そう、明日からのことだが、頼みがある」
     老人は椅子にどっかりと腰かけ、深刻な面持ちで言った。
    「お仕事の手伝い以外で、でしょうか?」
    「そうだ。あいつの稽古に付き合ってやってほしい」
     別室をちらりと見やる。少年の剣の修行のことだろうか。
    「いや、でも私、剣の心得なんてありませんよ、そもそも剣術をやってる人なんてほとんど見たことなくて」
    「ほう、ずいぶん軟弱な奴らの中で生きてきたんだな」
    「軟弱……でも、都の騎士の中には剣術をたしなむ方々もいると聞いたことはあります。古代武術としてですけど」
     そこまで話して、疑問に思っていたことをついに尋ねるときが来たと思った。
    「あの、お聞きしたいんですが……ここはどの辺りなんでしょう? 私、旅の途中でいろいろあって山の中で迷ってる途中であの子に出会ったんです。なので地理が分からなくて」
    「どの辺り、か……俺はめっきりこの山から出ることはないもんでな」
    「ご存知ない、ってことですか?」
    「長いこと出てないせいで、おめえが分かるように説明するのは難しいってこった」
     そう言って老人は腕を組む。確か山道の途中で出会った少女も同じようなことを言っていた。この辺りに暮らす人々はみんなこんな感じなのだろうか。
    「えっと、あともう一つ聞きたくて……失礼だったらすみません。精霊、って……ご存知ですか?」
     老人は顔を上げて、私をじっと見つめた。何かを見定めるような目をしていた。驚いたり戸惑ったりしているわけではなさそうだ。
    「少なくとも、俺は知らねえってことはねえな、なんでそんなことを聞く?」
     回りくどい答えとともに聞き返されて、私は困惑する。
    「そ、そうなんですか……いえ、あの子は精霊を知らないと言っていたので、ここの人たちはみんなそうなのかなと……怪我の手当も、炊事も、精霊の力をまったく使っていないように見えたので」
    「ふうむ……そうか、なるほどな」
     老人は一人で何か納得したように呟いている。
    「いきなりやってきたよそ者のおめえにいきなりペラペラ喋るってわけにはいかねえが、里を見て回ればちっとは分かるだろうよ。じゃあ、稽古のことはよろしく頼む」
     話を強引にまとめて老人は立ち上がる。そうして別室に行こうとするのを慌てて引き留める。
    「あ、あの……どこで休めば?」
    「ああ、そこに毛布があんだろう、好きに使え」
     指し示された窓際の床に、灰緑色の毛布が折り畳まれていた。その間にさっさと扉が閉まる音がして、私はぽつんと取り残される。
    (ああ、すばらしき旅暮らしかな……)
     このところ秘境探訪や山歩きばかりしていたせいで、もはや屋根があるところで休めるだけでありがたいというものだ。屋内で夜を明かせるという安心感だけで涙が出る。
     薄くてごわごわとはしているが意外と暖かい毛布に体をくるんで、私は窓際に寝そべった。もう何を考える暇もなく、すこんと眠りに落ちた。




     翌朝、また三人で朝食を作ったあと、私は老人に言いつけられて里のさまざまな場所へ荷運びをすることになった。少年はまた別の場所へ出かけていったようだった。
     最初に訪ねたのは大きな畑のある家で、私が柵の入り口でよろめいていると恰幅のいい男性が出てきて、あんたが噂の、と驚きながらも荷を受け取ってくれた。
    「あそこのお家のお手伝いをさせてもらっていて」
    「そう聞いてるよ、若者の手伝いはありがたいことだ、助かるぞ」
     はっはと陽気に笑う男性の顔からは、いきなりやってきたよそ者に対する警戒心や猜疑心は感じ取れなかった。少しだけ安心する。
     畑の脇のほうに、握りのついた大きな回し車のようなものがあり、私は去りがてら柵越しに観察してみる。あの握りを持ってぐるぐると回すことで何かの動力を生み出すのだろうか。
     こうした人力を用いる原始的な道具は、古代文明が潰えて精霊と生きる時代に移行するまでのほんの短い時代に使われていたと、古い文献には記されていた。あるいはもっと遥か昔、古代文明が悪しきものを呼ぶことを予期していた一部の民が使っていたという説もあるらしい。
    (やっぱり、精霊の力を使っている様子はない……)
     それからまた他の畑に行ったり、民家にも頼まれた荷を届けたりしたが、多くは朗らかに礼を言って受け取ってくれた。中には素っ気ない態度の人もいたが、荷を突っ返されるようなことはなく、仕事はつつがなく遂行できた。
     もうすでに私のことが里中に伝わっているのか、昨日ひそひそとこちらを見て何事か話していた人たちのように、よそよそしい印象はあまり感じない。どのような情報が共有されているのかは不安だったが、ひとまず邪険にされないだけでもありがたい。こうやって仕事の手伝いをしているおかげで多少は信用を得られているのかもしれない。そう思っておくことにした。
    「おう、ご苦労」
     いったん家にもどると、老人がいろいろな道具を背負って出かける用意をしているところだった。
    「とりあえず朝言われた荷はぜんぶ届けたはずです……どこかお出かけですか?」
    「ちょっと狩りにな、成果がよければ夕飯がちょっとは増える」
    「狩りって……森の動物を?」
    「そうだ、里で育ててるぶんだけじゃ足りねえからな、おっと、あいつはたぶん牧場んとこにいるはずだ、もうちょっとしたら見に行ってくれ。あとはよろしく頼む」
    「ああ、稽古のことですね、分かりました」
     背負われているのは大剣やら斧やら弓やら、すべて古い形式のものばかりだった。精霊を介した武術は、実体のない武器が使われる。祈りによって武器を具現化するのだ。だから実際に触れられる武器を目にするのはほぼ初めてだった。
     出かける老人を見送ったあと、外の樽から飲み水を汲み少しだけ息をつく。朝からあちこち動き回って手足が痛い。柱にもたれると、風がざわざわと葉擦れの音を運んでくる。
     いろいろ見て回った結果として、やはりこの里は不思議すぎる。旅の途中で、精霊の力に頼らないものを開発したいという青年には出会ったが、彼の動機は個人の考えによるものだった。しかしこの里では、生活基盤から何からすべて精霊の力を借りない仕組みが出来上がっている。まるで精霊など存在しないかのようにこの里の人々は暮らしている。
    (でも、存在を知らないわけではない?)
     少年は精霊という名称も知らないようだったが、老人は知っているようだった。それなら何らかの事情があるのだろうか。精霊の存在は知りながらも、その力を用いずに暮らしている里。
    (私のような人間は、本来こういうところに居るべきなのかもしれない)
     体力仕事は大変だが、不思議と居心地が悪くないのはそのせいだろうか。精霊が見えないことが、ここではなんの意味も持たない。
    「おっと、のんびりしすぎてしまった」
     気にはなるが、とりあえず頼まれた仕事はやらねばならない。当面の生存のために。この働きぶりが長老らしき人に伝われば、無事に帰してもらえるかもしれない。淡い期待を支えにして私は器の水をぐびっと飲み干す。
     牧場のほうへと歩いていくと、少年の明るい声が聞こえた。
    「おばさん! 今日はこの子ちょっと元気なさそうだよ」
    「あらほんとだ、今朝はいつもより暑かったからね、中に入れてあげようか」
    「うん、そのほうがいいかも。あっ、あと、あっちに置いてあった牧草入れ、穴が空いてたから直しといたよ」
    「おお、どっかにぶつけたかね……そんなとこまでありがとうね、いつも助かるよ」
    「これくらい、なんてことないよ」
     少年は、牧場の家の人らしき女性と牛の背を撫でながら、楽しそうに仕事の手伝いをしていた。
    「あっ、ガクシャさん」
     こちらに気づいた少年が駆け寄ってくる。
    「お疲れさまです、働き者ですごいですね」
    「そんなことないよ、牛に会いに来てただけだよ。あっ、じいちゃんが、修行するならガクシャさんと一緒にやれって言ってたんだけど……来てくれるの?」
    「頼まれましたから、お付き合いしますよ。でも里の外に出たらダメなんですよね」
    「うん、でも、大人と一緒なら大樹のほうまで行っていいって言われたから、今日はあっちでやる」
     そう言って、少年は高くそびえる緑の大樹を指さした。あの大きな樹は里のどこにいても見えるくらい存在感を放っていた。
     牧場を後にした少年と一緒に、大樹のほうへ歩いていく。しばらく行くと、大きな根がいくつも張り巡らされて入り組んでいる道に行き当たる。
    「この根っこを辿っていくと、洞穴みたいになってるところがあるんだ。そこなら誰にも見つからないと思うから」
     少年の言う通り、根の隙間にぽっかりと空いた穴のような空間が見つかる。ここは果たして本当に樹の根元なのか分からなくなるが、ほの甘い樹木の匂いは確かに周囲に立ちこめている。
    「ようし」
     懐から剣を抜いて、少年はいっしんに素振りをはじめる。出会ったときとは違って模造刀なので(あのとき持っていた立派な剣はこっそり持ち出した老人の持ち物らしい)、新たな怪我の心配はいくらか少なくなった。私はそれを少し離れたところで見ている。
    (これでいいのか……)
     何かしようにも、剣術について何も言えることなどないので、本当に見ているしかない。とりあえず私にできるのは、危険な目に遭わないよう気をつけることくらいだろう。
     少し時間が経ち、少年の息が上がりはじめたころ私は声をかける。
    「ちょっと休憩しましょうか」
    「いや、まだまだできるよ……っ」
    「無理をしたら、また傷口が開いちゃいますよ? そしたら今度は長いこと修行できなくなるかも」
     そう言うと、少年はしぶしぶ頷いて、剣を置いて地面に座り込む。私は持ってきた水筒から水を汲んで渡してやる。
    「すごく熱心ですね、見ているこっちが感心するくらい」
    「そうかな、でも、もっとがんばらなきゃ」
     少年は汗を拭いながら、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
    「自分を追い詰めすぎちゃダメですよ、何事も焦りは禁物です」
    「うん……わかってる」
     口ではそう言いながらも、少年はうつむいたままだ。その表情はどこか曇っていて、先ほど牧場にいたときの生き生きとした様子とはまったく違っていた。
    (本当は、修行なんてしたくないんじゃないか)
     それでも強くなりたいと彼を駆り立てる思いがあるのだろう。体力が常人よりも要りそうなこの里では、必要な試練なのかもしれない。理解はできても、釈然としない気持ちが渦巻く。
     しばらくすると少年は立ち上がって、また黙々と練習を始めた。結局その日は、辛そうな表情の少年を黙って見守るだけとなった。




     次の日も、同じような一日を過ごすことになった。荷運びに加えて畑仕事も頼まれ、私の手足はさらに酷使されることになった。慣れないことばかりで疲れはしたものの、嫌だとは感じなかった。
     せっせと荷を運んでいる途中、里の外れの広場で集まっている子どもたちを見かけた。背の高い子も低い子も混じってそれぞれの得物で打ち合いをしているようだった。皆の身のこなしは素人目から見ても驚くべきものだった。少年の姿は、そこにはなかった。
    「はあっ! やあっ!」
     そして、また昨日と同じように少年を見守る時間だ。食事をともにするときや、牧場で牛のそばにいるときは明るく元気にいろいろと話してくれるのに、剣の修行の時間になると少年はほとんど喋らなくなってしまう。眉根を寄せながら、ただ黙々と剣を構えて振るだけだ。
    「よし、ここで踏み込んで……あっ」
     少年が足を一歩前に出し斬り払うような動作をした瞬間、手から剣がすっぽりと抜けて飛んでいってしまう。宙を舞った剣はくるくると回転しながら私のほうへ向かってくる。とっさに横に倒れ込むと、剣は硬い根にカンと当たって地に落ちた。
    「ガ、ガクシャさん! 大丈夫⁉」
     慌てて駆け寄ってきた少年が私を助け起こそうと屈み込む。
    「平気です、そちらこそ怪我ないですか?」
    「ボクは大丈夫、だけど」
    「それならよかった、お互い無事で問題なしですね」
     安心させようと笑いかけるも、少年は今にも泣きそうな顔をしてしまっている。心なしか肩が小刻みに震えているような気がした。
    「あの……里のみんなは強い人ばかりだって言ってましたけど……私が見たところ、みんながみんな武術をやっているようには見えなかったんですが」
    「普段はやってなくても、いざというときにはみんなできるんだ。大人も子どもも」
     かたく張りつめた声で言う。
    「それに……じいちゃんは狩りの名人なんだ。里いちばんで、みんなに信頼されてる。ボクも、じいちゃんみたいに立派になりたいんだ」
     少年の焦りは、同年代の子どもたちに追いつきたいというだけでなく、祖父への憧れもあったのだ。確かに老人は見るからに武術の達人といった雰囲気をまとっていたし、里の人々も皆それぞれ強靱な体力を備えていそうだ。自分だけが違っているという焦燥感が少年を突き動かしているのは痛いほどに分かった。だからこそ、見ているのがつらかった。
    「でも……牧場にいるときとかは、すごく楽しそうに見えたので、ああいうお仕事が好きなのかなって思って……剣術だけじゃなくって、他にもできることがあるんじゃないでしょうか? こんなにつらい思いをしながら無理にやる必要はないんじゃないかって」
    「……ボクには向いてないから、やめたほうがいいってこと?」
    「いえ、そういうことじゃなくて、他にも……」
     少年は勢いよく立ち上がって、潤んだ目で私をにらみつけた。
    「ガクシャさんにはわかんないよ! ボクの気持ちなんか……!」
     悲痛な声がぴしゃりと叩きつけられた。私が言葉を間違えたのははっきりと分かった。
    「ガクシャさんはよそから来たひとだから、そのうち帰っちゃって、またそこで立派なケンキューをするんでしょ? 認めてもらえる場所が、すごいねって言ってもらえる場所があるんだから……ボクにはそんなのない、がんばらないと、なくなっちゃうんだ!」
     涙を目にたたえながらそれでも必死にこらえて、ふるふると全身を震わせている。目の前の小さなからだに抱えている痛みが深く突きささり、私の記憶を呼び覚ます。
     少年の孤独が、焦燥が、絶望が、かつての自分に重なって影を濃くしていく。分かりっこない、誰にも私の気持ちなど分かってたまるものか、そんな風に思っていた。今だって、どこかでそう思っている。皆の当たり前が自分にとっては当たり前ではないことが、どれほど辛く悲しく寂しいことか。
    「……私、本当は学者なんかじゃないんです。なんの職も肩書きもない、放浪者です」
     淡々とそう言うと、少年は衝撃を受けたように濡れた目を見開いた。
    「嘘ついてました。これまで出会った人たちにも、みんな学者だって名乗ってきました。そのほうが便利だったから……」
     旅をするには、学者の肩書きは都合がよかった。情報を得るにも、人に信用してもらうのも、自分が何者であるかをあらわす名前は役立つ。自分の私利私欲などでなく、務めのために動いているのだと思ってもらえる。
    「ほんの短いあいだ、都で学んでたことはありました。みんなにとっては当たり前なのに、自分にはできなくて、到底理解もできないものをもっと深く知ることができれば、何かわかるんじゃないかって……でも、結局わかりませんでした。自分は人と違うんだってことが、これまでよりはっきりわかっただけで」
     都に渡って、精霊研究所の門を叩いたときはきっと何かが変わると思っていた。精霊を知ることで近づけば、私にも精霊の声が聞こえるようになるんじゃないか、そんな期待さえ抱いていた。けれど実際そんなことは起きなかった。精霊を当たり前に召喚し意思を交わしながら研究に打ち込む他の人々と比べて、私はずっと本に書かれた定義を手の中でこね回すだけのごっこ遊びをしていた。
     そんなときに私は、精霊が生まれる前の時代に存在した古代文明が現存しているかもしれないという記述を見つけた。一度だけ入った書庫の奥で見つけたずいぶん古く擦り切れた文献に、古代文明の名残と思われる遺構や関連する伝承が記されていたのだ。
     私にとってそれは希望だった。おとぎ話でしか知らなかった、精霊が存在しなかった時代が確かにあって、その時代に生きていた人々の痕跡が残されているのなら、私は知りたかった。そうすればわかると思った。これから私がどう生きていけばいいのか。
    「幻滅しましたか? “エラいガクシャさん”じゃなくて」
     困惑した表情で話を聞いていた少年は、ぱちりぱちりと瞬きを繰り返す。
    「ううん……そうじゃないけど、びっくりして」
    「私もね、あなたみたいに探してる途中なんです。人と違う自分が生きていられる場所、生きていける方法を……」
     話しながら、私は気づく。何か頭の端に引っかかるものがある。
     書庫で見つけた文献の著者は私と同じように、失われた文明である〈星の欠片〉のことを調べていた。そして〈星の欠片〉などの古代文明を代々語り継ぐ隠れ里がどこかにあるらしいという情報をつかんだようだった。その隠れ里は広大な森の奥深くにあり〈精霊の森〉と呼ばれているらしいと。それだけの情報を頼りに、私は研究所を辞して故郷に戻り、すぐに旅に出た。
    (……まさか)
     目の前のことで必死になって、本来の目的を忘れていた。なぜか精霊の力をいっさい使わない、よそ者は簡単に入れない奇妙な山奥の里。ここが、私の探していた目的地だとしたら。
    「ごめん、ガクシャさん……あっ、ガクシャさんじゃないんだった」
    「あ、ああ……べつにいいですよ、なんでも」
     少年は私の前に膝をかかえて座り込み、ふうと息を吐く。目尻に涙は残っているものの、少し落ち着いたようだった。
    「ボク、本当は……森で獣を追うより、牛や羊の世話をしてるほうが楽しいし、武器を振るより、道具の修理をするほうが夢中になれるんだ。でも、そんなんじゃ、ダメだって思ってて……」
    「ダメじゃないですよ、牛を世話してくれる人がいるから美味しいミルクが飲めるんですし、道具が傷ついたら修理してくれる人がいないともう使えなくなっちゃいます。生活していくには腕っ節の強い人以外にも、いろんな役目をしてくれる人がいないとダメです」
    「うん……でも、じいちゃんみたいになりたいっていう気持ちは本当なんだ。だから……まず、ケガのことで嘘ついてたの、じいちゃんに謝るよ。ちゃんと本当のこと話す」
     決意にみちた目を瞬かせ、地面に落ちた剣を拾う。刀身を撫でる手つきはやさしかった。
    「ありがとう、旅人さん。ボク、がんばるよ」
     少年はにかっと笑い、勢いよく立ち上がる。帰り道を急ぐ背を追いかけながら、私はそっと頬をゆるめる。うまく伝わったのか、何がどう励ましになったのかはわからないが、元気になったようで一安心だ。胸の奥があたたまるような嬉しさを感じていた。
     家に着くと、老人は狩りから帰ってきたばかりのようで、道具を水汲み場で洗っていた。少年がその姿を見てぱっと駆け出していくのを私は庭先で見守る。
    「じいちゃん、話したいことがあるんだ!」
    「おう、帰ったのか。なんだいきなり」
    「ボク、あの、ボク……ごめんなさい! じいちゃんに嘘ついてた! ほんとはこのケガ、ボクが自分で……剣が変な方向に振れて切っちゃっただけなんだ」
     老人は頭を下げる少年をじっと静かに見ている。
    「だから、旅人さんは悪くなくって……あっ、旅人さんはガクシャさんのことで……そうじゃなくって、ボクが下手で失敗しちゃったのを助けてくれただけなんだ。嘘ついてて……ごめんなさい!」
     はあ、と呆れたようにため息をつき、老人は頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
    「初めから、んなことだと思ってたぜ、帰ってきたときおめえの様子どっかおかしかったからな。まあ今さらそんなことはどっちでもいい。だがまあ、正直に言ったことは褒めてやる」
    「じいちゃん……」
    「おめえは強くなれねえ強くなれねえってしょっちゅうぼやくけどな、強さってもんは、自分が弱っちくてどうしようもねえことを認めるところからはじまるんだ。やっとおめえは出発点に立ったってとこだな」
    「うん……うん、ボク、強くないから、きっと強くなるよ、じいちゃんみたいに!」
    「いっちょ前な口ききやがって」
     少年と老人のやり取りを少し離れたところで聞きながら、私は陽がだんだんと傾き暗くなっていく空を眺めていた。
    (自分が弱っちくて、どうしようもないこと……)
     老人の言葉を、胸のうちで何度も繰り返していた。




     夜が更け、少年が床に就くのを見届けたあと、私は外に出ていた。裏道をのぼったところに、少しだけ遠くが見える場所があると、少年がこっそり教えてくれたのだ。小高い丘のような開けた場所はよく見ると樹の根が張り出していて、ここまであの大樹が伸びてきているのだとわかる。
     私は懐から木版を取り出してみる。湖のほとりに住む青年から譲ってもらったものだ。点在する円に囲まれた樹の絵を目の前にかざす。この樹は、今まさに目の前にそびえているあの大樹のことなのだろうか。
     私はどこかで〈精霊の森〉のことを、失われてしまった文明を現代まで引き継いで守ってきた夢の国のように思っていた。けれど、ここには精霊どころか〈星の欠片〉の文明の影すらなく、ただ人々が力を合わせ自分たちで懸命に生活しているだけだ。やはり違うのか、ここではないのか。
    「おう、ここにいたのか」
     背後から威勢のいい声がして、私は驚いて振り向く。
    「ああすみません、ちょっと散歩を……」
    「あんまりふらふら出歩くと、うっかり樹の奥に入り込んじまって帰れなくなるぞ」
     がはは、と老人は豪快に笑って続ける。
    「長老からやっと知らせが来た。明日、大樹の元まで来いとさ」
    「大樹の元……?」
    「こっちの道じゃなく、広場を抜けて里の向こうのほうまで登っていくと、あの樹の幹のあたりまで行ける。そこまで行けば迎えが来るだろう」
    「迎えって、いきなりバッサリ天に迎えられたりしませんよね」
    「はっは、それは俺にはわかんねえな」
     そんな明るく笑い飛ばされても、と私は苦笑いを浮かべる。
    「まあおめえならなんとかなるんじゃねえか、長老は変わりもんだが、話の通じねえ奴じゃねえ。ぜんぶおめえさん次第ってことだ」
     自分次第、と言われても、下手をすれば生死がかかっているかと思うと嫌な汗が滲んだ。数日この里で過ごした印象では、いくらよそ者でも問答無用で命を取られることはないだろうとは思えた。だが不安は拭えない。
    「緊張はしますが、あの大樹のことは気になっていたので、近くで見せてもらえるのは幸運だと思うことにします」
    「外から来たもんにとっちゃ、そんなに珍しいか」
    「そうですね、あんなに大きな樹、他では見たことないです」
     老人は髭をわしわしと触りながら隣で大樹を見上げる。
    「あの樹は、大昔は平原の真ん中に立ってたらしいが、あるときここら一帯の地面がせり上がって山岳地帯になって、あんな高くまで行っちまったらしい」
    「平原がせり上がって……って相当な災害じゃないですか」
    「だな、この里も大昔にその平原にあった街の住人が興したって話だ。まあ俺が生まれるずうっと前の話だがな」
     平原が山岳地帯になるなんて普通では考えられないことだ。大地震で地盤が歪んだのか、それとも精霊の暴走が起きたのか。
    「あいつが話してたよ、旅人さんは自分と同じで、大事なものを探してる旅の途中なんだ、ってさ」
    「……そんなこと、言いましたっけね」
    「おめえの探しもんが何かは知らねえが、まあ、まずは無事に生きて帰ってこれるよう祈ってるぜ」
     老人はどこか含みのあるような言い方で、ふっと穏やかに笑んだ。
    「帰ってきますよ、私もあの子みたいに、強くなりたいですから」
    「おうおう、その意気で当たって砕けてこい」
    「砕けませんよ……」
     私は遠くにそびえる大樹の、さらに向こうに輝く星々をながめる。そよと風が吹いて樹がざわめくたびに、星が流れてゆらりと揺れているような錯覚をおぼえる。
    (私の大事なもの、どうしても探したくて、手にしたかったもの)
     その答えが、あの樹の向こうにあるかもしれない。
     ぎゅっと拳を握りしめ、私は夜闇に浮かぶ緑を目に焼き付けるように見つめていた。



    a half years left


     精霊とは、すべて意思を持った存在である。
     初めに出会った四大精霊たちは始祖の隷長が生まれ変わった存在であるし、星喰みを倒しこの世界に生まれた精霊たちも、エアルを取り込みすぎて星喰みになった始祖の隷長たちと、世界すべての魔導器が変化した姿である。
     魔導器は、聖核を砕いた欠片に術式を刻んだ魔核を原動力とする。聖核は、始祖の隷長の体内で結晶化したエアルの塊であり、始祖の霊長の意思を宿す。つまり、現存する精霊たちはみな、始祖の霊長の意思をなんらかの形で継いでいると考えられる。
    「お願い、ここへ……」
     実験場の真ん中でリタは呟く。青空の下の装置が反応し、ざわりと空気が動く。目には見えないが、自分の内側に流れるものが念じた先に集まっていく。魔術を使うときにも疲労は生じたが、これはまた別の感覚だ。見えない存在をまなざそうとし、聞こえない声に耳をすまそうとする歯がゆさともどかしさを覚える。からだの奥底からじわじわと震えがこみ上げてくる。これが生命力を消費する感覚なのだろうか。
    「よし、成功した……この条件も成立」
     装置に繋がれた三つの燭台に火が灯り、その奥の大きな滑車が音を立て回転をはじめる。複数の属性を組み合わせた精霊術も、安定して成功する条件が定まってきた。
     リタは脇の簡易椅子に腰かけて記録を取る。ついでにボトルに入れた甘い茶を何口か飲みくだす。やはり少し大掛かりな精霊術を一人で使うには、かならず休息が必要なようだ。連続で使うとしばしば危険な状態に陥るのは魔術と同じだ。
     こうした精霊術の媒介装置は、リタ達の研究によって生み出された。さまざまな環境で精霊術を使えるように、人と精霊とのやり取りを補助する。魔導器の術式のように固定された命令を介するのではなく、思い描いた現象が精霊に伝わるよう翻訳するような役目を果たす。
     この装置は、当初エアルから段階的に移行して安定したマナによって動いているのだと考えられていた。しかし実は、人間の生命力を用いていたことが明らかになった。生命力は純度の高いマナだ。それが人の意思を伝える際に用いられるというのは、原理的に考えれば不思議ではない。
    (この子たちが、次代の魔導器になるのかもしれないって思ってたけど)
     滑車がギィと音を立てて止まる。機能を止めた装置はまだほんのりと熱を残している。リタは温度を確かめるように、そのつるりとした表面を撫でる。
     生命力が万物の根源にも代わる動力になることはよく知っている。その危うさと底知れなさと、はかりしれない奇跡をずっと間近で見てきた。だからこそリタは、他の研究者たちとはまた違った点で生命力の介在を重要視していた。
    (危険だからこそ、可能性に賭ける価値があるかもしれない)
     夕方の鐘の音が高らかに鳴り響く。柵の向こうの他の区画でもそれぞれの実験が行われているのを見ながら、リタは片付けをはじめる。暗くなる前に撤収し、今日の結果を研究所の記録と照らし合わせる予定だった。
     この屋外実験場は、復興途中のアスピオ跡を活用したものだった。瓦礫の撤去と発掘、埋め立てが長い時間をかけて行われ、ようやく更地にされた一部の区画をハルルの研究者たちが使っている。
     まだ道を外れれば荒れ地のままの場所も残っている。ごつごつした土を踏みしめながら、この下に幼いころリタが暮らしていた場所が埋まっているのだと思うと、不思議な気分になる。
     リタは人気のない荒れ地から、南の方角を眺めた。ペイオキア平原の向こう、丘の上に立つハルルの樹は、少し遠いここからでもよく見える。
    「……帰らなきゃ」
     胸元のペンダントに触れて、リタは歩き出した。




    「おっ、おかえりリタっち」
     家に帰ると、レイヴンがテーブルに皿を並べていた。
    「起きてたのね」
    「うん、パティちゃんが突然やってきてさ、さっき帰っちまったんだけど」
    「パティが?」
    「リタっちと夕飯食べたがってたけど、ギルドの奴らに呼び出されて名残惜しそうだったわ。これお土産だって」
     レイヴンが見せる容器に詰められているのは、魚の煮付けのようだった。細かく一口大あたりに切られて食べやすそうだ。
    「とっておきの魚を釣ってきたとかなんとか言ってたわ」
    「これ、保存がききそうだし、いつも海の上で食べてるのかしら」
    「そうかもねえ、近いうちにまた来るって言ってたよ。リタ姐の留守を預かってやるぞ、ってさ」
    「助かるわ」
     パティとは先月この家で開いた食事会で会ったきりだった。レイヴンの誕生日に合わせて皆が久しぶりに集まってくれたのだ。
    「こないだ集まったときもさ、とっておきの魚じゃーって言って庭でデッカいの焼いてくれたよね」
     どこか楽しげな顔で煮付けを取り分けていると思えば、レイヴンも思い出していたようだ。
    「八人で分けても余るくらいだったのは驚いたわ」
    「付け合わせにユーリが作ってくれたやつも美味かったなあ、あれどこの野菜って言ってたっけ」
    「なんかどっかの奥地で採った草って言ってなかった? 魔物追ってたら迷い込んだ先で偶然見つけて良い食料になったって」
    「野生的ねえ……」
     仲間たちの話をしながら、ささやかな夕食を食べる。つい昨日のことのように感じるのに、もうひと月以上経ったのかと驚きをおぼえる。
    「みんなに何かお礼できたらって思ってたけど、結局あんまりなんにもできてないなあ」
    「あんたの誕生日だってのに、わざわざ全員のプレゼント用意してたじゃない」
    「まああれは俺の自己満足っていうか……形だけでもねって思って」
     贈り物選びにはリタも協力したが、ほとんどレイヴンの判断で決めた。皆はまさか自分たちのほうに贈り物があるとは思わず驚いていた。それぞれ嬉しそうに笑っていた様子を思い出す。
    「こんなくらいじゃ、今までしてもらったこと、返しきれないけどさ」
     茶を飲みながら、へへっと笑い眉を下げる。
    「返すとか返さないとか、そんなことどうだっていいってあたしは思うけど。あんたが元気そうでみんな嬉しそうだったわ、それだけで十分よ」
    「……そっか」
     レイヴンはうん、と静かに頷いて、魚の煮付けをもう一切れ口に運んだ。
     片付けを終えるともうすっかり遅い時間だった。レイヴンはふわあ、と眠そうにあくびを一つする。
    「リタっちはまだもうひと仕事?」
    「今日はちょっと大掛かりな実験もあったし、少ししたら休むわ。あんた昼過ぎからずっと起きてるんでしょ? もう眠ったほうがいいわ」
     うん、と小さく頷きながらも、何か言いたげな顔をしている。
    「なによ、どうかしたの」
    「いや……たまにはさ、一緒に寝てほしいな、なんて……ここんとこずっと独り寝ばっかりだからさ、なんかちょっとさみしくなって」
     おずおずとためらいながら言ってくる。このところ、レイヴンは眠る時間がとても多くなった。起きている時間は元気そうにしているが、しばらくすると眠気が訪れ、動くのが難しくなる。日によってばらつきはあるが、一日のうち眠っている時間のほうが長いこともある。
    「わかった、ちょっとしたら行くから、待ってて」
     レイヴンはほっとしたように目元を綻ばせる。そんな表情をみると胸の奥にじわりとくすぐったさが広がるのだった。




     リタが寝室に行くと、レイヴンは布団から上半身を起こして窓の外をながめていた。少し開けたままのカーテンに近づくと、ほっそりとした三日月が見えた。
    「閉めてもいい?」
    「うん、ありがと」
     そうしてリタもレイヴンの隣にもぐりこむと、ふわ、とあくびが漏れる。
    「お疲れさま。いっぱい実験やったぶん、いっぱい寝ないと」
    「休み休みやってたけどね、生命力持っていかれるから無理はできないし」
    「持っていかれるって言われると、やっぱ心配になっちゃうわ」
    「大丈夫よ、その心配をなくすための実験なんだから」
     レイヴンは天井を見つめながら、そうだよねえ、と息をつく。
    「人間が力を使うって、大変なことだ」
     しみじみと口にした言葉が、暗い部屋にぽっかりと浮かんで溶ける。人が技術をもって力を使うことで世界が乱れた歴史を経て、自分たちはここにいる。技術と人と世界の関係を考えるのは簡単ではないからこそ、そうした歴史があった。精霊術に向き合っていると、そのことを考えざるを得ない。
    「……レイヴン」
    「なに?」
     名前を呼ぶと、ゆっくりとこちらを向く。リタは深く呼吸して天井を見つめる。
    「これから先……精霊術が正式に確立して、いろんな形で使われるようになっていけば、いったいどうなるんだろうって、最近よく考えるの。魔導器がなくなってから起きてたいろんな困難も、精霊術がもっと広く使えるようになれば、少しずつ解決していくかもしれない。でも」
     精霊術が魔導器のようにさらにずっと発展していけばどうなるのか。世界の繁栄のために活用されていけば、必ず生命力の問題が立ちはだかるだろう。
    「精霊術は人の生命力を媒介する。そしたら今度は魔導器に対するエアルのように、人の命が消費されていくことだってあるかもしれない。そうならないようにしなくちゃいけないの」
    「もし、そうなったら……人は精霊を利用しようとするかもしれんね。生命力を使わなくてもいいように精霊のほうを犠牲にするかも」
     リタは頷く。世界が変わって、人々の心も以前と変化したかもしれない。けれど人の本質はそう簡単には変わらない。時に目的のためにはどんなことだってやってのける力が、人間の揺るぎない強さであり、恐ろしい危うさなのだろう。
     だからこそ、そうした危険がないと心から信じられるほど楽観的にはなれない。それを見過ごすことは、世界の在り方を変えた責任を放棄することだ。
    「魔導器がエアルの乱れの上に存在してたように、今のこの世界の仕組みをねじ曲げて求めた力は、きっと良くない結果に行き着く」
     かつてヘルメスは、より効率的にエアルを使うことで高度な機能を備えた魔導器を発明した。それによりエアルは急速に乱れ、やがて戦争を引き起こした。
     手を伸ばして、すぐそばのレイヴンの胸元に触れた。服越しのぬくもりと微かな振動が手のひらに伝わる。失われていたはずの命が魔導器によって救われたことで、リタはレイヴンと出会えた。そしてこうして今まで一緒にいられた。
    「でもね、この子は、唯一エアルの乱れを引き起こさなかった魔導器なのよ。危険なこともたくさんあったけど、それでもあんたの命をずっと繋いできてくれた。だから……あんたとこの子を見てたから、生命力を使うって、案外悪いことでもないかもしれないって、信じたいって思ったの」
     人の命にはまだ見ぬ可能性がある。レイヴンとともにある、この震える温もりがそのことを伝えてくれた。きっと、リタのそばにずっといた、たくさんのきょうだい達が残してくれた贈り物だ。
    「リタっちがそう思ってくれたんなら……がんばって生きてきた意味もあったかなあ」
    「意味なんて、そんなの、なくたっていいわよ、あんたはここにいるんだから」
     くしゃりとレイヴンの胸元のシャツをつかむと、やわらかく髪を撫でられる。暗がりに浮かぶその表情がやさしくて、リタは胸のなかにぎゅっと顔を埋める。聞き慣れた駆動音がからだに響く。規則的な間隔で刻まれる響きは心地よくて、どうしようもなく大事だと感じる。
    「自分たちの力で生きて、自分たちの力で使ったものを還すってさ……詳しい仕組みとかあんまり理解できてないけどさ、それって最後までケジメつけられてる気がして、悪くないかもね。俺らの命もちゃんと世界の一部みたいに思えてさ」
     リタの背を繰り返し撫でるやさしい手が、少しだけ眠気を誘う。ずっとここで微睡んでいたい、このぬくもりのそばにいたい、その思いが押し寄せて湧き上がって息が苦しくなる。
     けれどもう泣いている暇なんてない。レイヴンと精一杯生きるために、この最後の魔導器を守り抜くために、涙なんかに一秒だって時間を使っていられない。
     それでも、今はこの頬に感じるあたたかさにただ泣いてしまいそうだった。大切だと思うほど苦しくて、その苦しさはリタの心の奥を揺さぶり、決意を呼び覚ます。
    「この子、今日はすごく元気」
    「リタっちと一緒に寝られて、喜んでるのかも」
    「なにそれ」
     今だけ、このぬくもりに少しだけ浸っていたかった。意味なんてなくてもいい。ただここにいて生きていて、息をして心臓が動いている。それだけでいい。今はただそれだけで、眠りたかった。




     満開の季節がやってきたハルルの街では、今年も宴が開かれることになった。街の多くの人が関わる年に一度の大きな催しだ。
     リタも技術的な面を含めていろいろと準備を手伝った。レイヴンは昔の印刷ギルドの知識を活かして宴の告知作りに協力していた。
    「この街に住み始めたときも、ちょうど満開だったよねえ」
     丘の上に集まる人々を遠目に見ながら、レイヴンは感慨深そうに言う。
    「住む前は花びらの掃除があんなに面倒だとは思ってなかったけど」
    「それはそうかも……でも、あと何回見られるかなって思ってたけど、今年もちゃんと無事に見られたなあ、よかったよかった」
     嬉しそうに笑うレイヴンの横顔を、ちいさな花びらがふわりとかすめる。その花びらを目で追うと、街のはずれに佇む見覚えのある姿を見つける。
    「あれ? あいつ……」
    「おろ? なによ、デュークじゃない」
     白銀の髪をなびかせたデュークはこちらに気付くと静かに目を逸らす。リタたちが近くまで寄っていくと顔をしかめてみせる。
    「お前さんも宴に呼ばれたの? こっちで一緒に飲もうや」
    「断る。人々の群れに近づくつもりはない」
    「じゃあなんでこんなとこにいんのよ」
     リタが問うと、しばし悩むように目を伏せた。出会った頃よりは表情がいくらか分かりやすくなってきたような気がする。
    「お前たちは……いずれ世界の行く先を左右するのかもしれない。長い時の流れの中で人の営みは移ろうとも、在り続けるものはあるだろう」
     デュークの言葉に、首をかしげながらレイヴンを見る。リタっちわかる? と視線で問われて、わかるわけないでしょ、と首を振る。
    「ふ……まあ、いい。今日は祝福の祭なのだろう。私はもう行く」
     そうして風のように去っていく。なによ、と言いながらレイヴンのほうを向くと、まだデュークの背を見送っていた。
    「相変わらずだけど、そっかあ」
    「なに、あいつの言ってること、分かったの?」
    「いや分かんないけどさ、たぶん俺たちに、今日は宴をたっぷり楽しめって言いたかったのかなって」
    「どういうことよ、わざわざ隠れて、ややこしい奴ね」
     レイヴンは頷きながら笑っていた。やがて開会の時刻になる。
    「えー、では私から少しだけ挨拶を」
     村長の息子夫婦が、樹のふもとで開催の言葉を述べるようだった。今回の宴は彼らが中心となって取り仕切っていた。村長も椅子に座って少し横から見守っている。
    「今年も見事に咲いてくれたハルルの樹に感謝を捧げて、この宴を開きたいと思います。この樹は私たちの街をずっと見守ってくれている偉大な存在であり、私たちもまた、こうして咲く花の一つ一つの一部であると感じます」
     風が穏やかに人々のあいだを吹き抜けて、花の欠片はくるくると踊るようにたくさんの頭の上を駆け抜けていく。
    「ハルルの樹を守っていくことは、この街を守っていくことであり、私たちひとりひとりの未来を大切に願うことでもあります。街の皆にとって今日はそうした未来を願う日になるように祈りをこめて、ここに開催を宣言したいと思います」
     拍手が起こり、街の人々は食事を配りあいながら、思い思いに談笑をはじめる。少し離れた場所にいたリタとレイヴンのところにも、よく世話になっている人々がやってきた。レイヴンが倒れたときに運んでもらったり、食材の買い物を手伝ってもらったりしている。
     元気そうでよかった、とかけられる声にレイヴンは明るく笑って応えている。リタも手短に礼を述べると、野菜串をふたつ渡された。まだ焼き立ての串は熱くてすぐにはかぶりつけなかったが、レイヴンと一緒にゆっくりと食べた。
     それから研究員たちとも少し話した。しばらく話しているとつい精霊術や専門の話に脱線してしまうリタたちを、今日くらい公式のこと忘れてよ! とレイヴンが度々笑って止めていた。
     にぎやかな人々の歓声が、その日は一日中花の街に響きわたっていた。




     夜もすっかり更け、夜遅くまで集まっていた人々も少しずつ解散しはじめていた。いったん家に戻って休んでいたレイヴンは、居間の窓を開けて外の様子をながめていた。
    「いやあ、みんな楽しそうだったね」
    「まだ人はちらほらその辺りにいるけど、もう大半は帰ったみたいね」
    「俺もこういう日は久しぶりにちょっと飲みたくなるわあ、まあ雰囲気だけでも楽しいけどさ」
     レイヴンは窓から身を乗り出し、樹のほうを見やる。
    「リタっち、散歩いかない? 丘のてっぺんまで」
    「これから?」
    「人があんまりいないほうがゆっくりできるかなって」
    「まあ、いいけど」
     外に出ると、夜の深くひんやりとした空気が身を包む。上着を羽織って、丘の中腹からゆっくりと樹のふもとに向かって坂をのぼっていく。レイヴンの息が切れることのないように、一歩ずつ歩調を合わせながら歩く。途中で休憩がてら坂の上から後ろを振り返れば、暗闇に浮かぶまばらな家々の灯が見えた。
    「街のみんなが花の一部って、なんかいいよね」
    「開会の言葉で言われてたやつ?」
    「そうそう、なんかやけにじんと来ちゃってさ、街と樹が互いに支えあってるから、この花はこんなに綺麗なのかねって」
    「急に酔っ払ってるみたいなこと言うわね」
    「一滴も飲んでないって!」
     ちょっとだけ不満そうに唇をとがらせる。
    「まあ、改めてここが樹と切り離せない街だってことは分かったわ」
     ハルルの樹には、結界魔導器と融合して生まれた精霊が宿っている。魔導器を失ったこの世界でも、この街は樹によって守られている。それは精霊の力によるものなのだろう。そしてその力はおそらく、街の人々が樹を大切に守ろうとする意思とつながっているのかもしれない。
    「そうそう、花と一緒でさ、俺たちも咲いたり散ったり、支えられて変わっていきながらまた咲いて、生きてるんだなってちょっと感慨深くなっちゃった」
     リタは夜空に枝を広げる樹に視線を巡らせる。ハルルの樹は、有機体と魔導器が結びついて未知の作用を引き起こした特別な例の一つだ。植物と人間という違いはあるが、レイヴンと心臓魔導器の関係と似ているところがある。
    「ダングレストの生活も悪くなかったけどさ、この街に住めてよかったかも」
     レイヴンは夜の空気を味わうように、すうと深く息を吸い込んで吐く。リタもゆっくりと息を吸うと、ほのかに花の香りがした。
     丘の頂上に着いて、樹の根元まで近づく。頭上は伸びた枝が重なり合って花の天井で覆われている。レイヴンは地面に座り込み、樹とは反対側に指をさす。
    「見て、星がすっごい綺麗」
     幹に背を向けて振り向いてみると、枝先の向こうにまばゆい星空が広がっていた。今日は昼間もよく晴れていたせいか、いつもより一段と輝いて見える。
    「そういえばここ、けっこうな高さだったわね」
    「リタっち、怖くない?」
    「こんなとこからどうやって落ちるってのよ」
     肩を小突くとレイヴンは身をよじって笑い声をあげる。隣に腰をおろすと、宴の名残のざわめきは風にまぎれて遠く、穏やかな静けさが立ちこめる。
    「話しておきたいことがあってさ」
     しばらくの間のあと、レイヴンがぽつりと口を開く。
    「なに、あらたまって」
    「俺の、この心臓のこと」
     リタは空を見上げたままでいる。
    「……いずれ俺が……コイツが止まったら」
     少しの間のあと、息を軽く吸う音がした。
    「俺の体から取り外してほしい、それで、リタっちに、預けたい」
     レイヴンの声はわずかに張りつめていたが、穏やかだった。
    「……預けて、どうしてほしいの」
    「怒らないのね」
    「怒ってどうするのよ」
     そっか、とレイヴンは笑う。
    「これが、本当にほんとの、最後の魔導器だからさ、リタっちに残せたらって思って」
    「魔導器だからってあたしのものじゃないわ、それはあんたの一部なんだから」
     隣を向くと、丸い目がこちらを見ていた。驚いてみせながらも、リタがそう言うことを分かっていたような顔だった。
    「それに、その子をどうしたいか、自分でもう決めてるんじゃないの」
    「……さすがリタっち、ぜんぶお見通しよね」
    「決めてるなら、レイヴン、ちゃんとあんたの口から聞かせて」
     リタは地面に置かれたレイヴンの手に、自分の手を重ねた。レイヴンの心臓魔導器を診ると決めたときから、ずっと向き合い続ける覚悟はしていた。それからこの命のそばでともに生きていく決意をした。
     今のリタの中にあるものはまた少し違う。レイヴンと一緒に、この最後の魔導器の行く末を見届ける役目が自分にはある。だからリタにはその決断を聞く必要があった。
    「俺の身体ごと燃やして埋めてもらってもいいかなって思ったんだけど、魔導器はもしかしたら燃えずに一部残っちまうかもなって……そうやって中途半端に残るくらいなら、リタっちの手に委ねたいと思って」
    「筐体は燃えても、魔核は残るかもしれないわね」
    「うん、だから……もしできるなら、コイツを、精霊に変えてほしい」
     枝がざわりと揺れて、夜空に花片がひらひらと散っていく。レイヴンの決断を、リタとハルルの樹と、星空だけが聞いていた。
    「できるわ。ウンディーネたちのときのように、きっとエステルや、みんなの力を借りることになるけど」
    「またあいつらに面倒かけちゃうね、最後までしょうがない奴だわ」
     逆よ、とリタは心の中でつぶやく。レイヴンを失うそのときが来ても、やらねばならない役目があればきっと立っていられる。皆も、きっと今のリタと同じ気持ちを抱くだろう。
    「あのときから全部はじまったのね。聖核から精霊が生まれて、星喰みに対抗するために魔導器を精霊に変えることになって、なにもかも変わった世界からやり直そうとして」
    「リタっち達のおかげで、俺も、たくさんの奴らがなんとか生きてる」
    「違うわ、さっき自分で言ってたでしょ。それぞれがなんとか必死でやってるから、今も残って、生まれるものがあるのよ」
     リタのそばにいた魔導器はなくなり、精霊が生まれた。レイヴンの体にあった心臓は戦争で無くなり、心臓魔導器による生が始まった。何かを失って、新しい何かが生まれて、繰り返しながらそれでも何か残るものはきっとある。そうやってすべては時とともに砕けて溶けて混ざって、形を変えつづけて、成長していく。
    「約束するわ、あんたの大事なその子を、あたしが責任持って、精霊に変えてみせる」
     レイヴンは重ねたリタの手に指を絡めて、そっと握った。
    「ありがとう、リタ」
     ふっと目を閉じて、まぶたの向こうの星々を想う。見えないけれどそばに漂っているかもしれない精霊たちのことも想う。まぶしくて、いとおしく、心ひかれるリタの愛すべき世界が広がっている。
    (最後にする。魔導器は、今度こそここで終わらせてみせる)
     もう誰の手にも渡らないように、完全に失われた過去の遺物にするために、やり遂げなければならなかった。幼いころからそばにいて、守りたい大事なきょうだいで、大切なひとの命を託してくれた大好きな魔導器たちの最後の幕を、他ならないリタの手で引くのだ。
    「どんな精霊になるかねえ、大精霊ほどにはなんないかな」
    「予測つかないわね、ウンディーネのときだって、まさかベリウスの意思があんな風に変わるとは思わなかったし」
     もしかしたら、とリタは想像を巡らせる。ハルルの結界魔導器が樹に宿り街を守る精霊となったように、魔導器の役目とそこにある命の性質が精霊化にかかわるとすれば。
    (生きていたいって想いが、精霊になるとしたら)
     それはどんな形で、どんな色になるのだろう。世界に巡る血のように流れて息づいて、変わりゆく世界にきらめくのかもしれない。そんな光景を思い描いた。
    「昔の人間はさ、魔導器を埋めたり、星喰みを封じたりして、今の俺たちに世界を残していったけどさ、俺たちは未来に何を残していけるかなって、最近考えてたんよね」
     レイヴンは、やさしい夜風の中で歌うように話す。
    「俺たちがいたことなんて、全部忘れられてどこにもなくなっても、今まで見てきたものとか考えてたこととか、誰かに伝えられたら、ほんのちょっと何かは残るかもって」
    「いきなり壮大な話ね」
    「ここんとこ、考える時間だけはたっぷりあるからさ、ついつい想像がはかどっちゃって」
     はっは、と軽快な笑い声が樹の下に響いた。
    「だからさ……リタっちにいろいろ頼んどいてって感じだけどさ、一人でぜーんぶやる必要ないんだからね。リタっちならなんだってできるって俺は思ってるけどさ、それでも、リタっちは一人じゃないんだから、別の誰かに頼って、できないことは託せばいい」
     リタは抱えていた膝をゆっくり伸ばして、花びらの落ちる地面につける。
    「言われなくても、それくらいわかってるわ、あんたたちに散々思い知らされたんだから」
    「そうだったわな、でもつい言いたくなっちまうのよ」
     遠くて、でも近く落ちてきそうな星空に、きらりとちいさな線が流れて消える。リタの目ではぼやけて鮮明には見えなかったが、確かに軌跡だけは残像として残る。
     リタはその明滅する残像に祈った。この想いが残るように、生きたいと、生きてほしいと願ったこの命の証が、遠い未来までどこかに灯っているように。
    「人は死んだらあっちに行くなんて言うけどさ、空の上からでもこっちが見えるのか気になるわ」
    「あんなに高いんだから、大丈夫でしょ、このくらいからだって街が見渡せるのよ」
    「そりゃ安心だ」
    「あんたがずっと見てたらうっとうしいから、時々にして」
    「ええ、リタっちがちゃんとご飯食べてるか、気になって夜も眠れなくなっちゃう」
    「ずっと寝てるようなもんでしょ」
     レイヴンは可笑しそうにへへっと笑う。つられてリタもほんの少し口元を緩める。
     怖くはないといったら嘘になる。けれど、リタはきっと大丈夫だ、とつま先を天に向かってぴんと伸ばす。胸のなかにはたくさんの光がみちていた。レイヴンのそばで、大事な約束と決意とともに見上げる空の、あの無数の星々のようなかがやきが、ここに熱く灯っていた。
     それはまるで、命みたいだ、と思った。



    学術閉鎖都市アスピオ


     気持ちよく晴れた日の朝、私は里の奥にそびえる大樹の元までやってきた。少年と老人に途中まで案内をしてもらったが、頂上付近からは一人で歩いてきた。山の中のさらに高い場所まで来たこともあり、少しだけ寒い。
     ざあっと葉擦れの音が体を震わせるくらいに響く。里の朝はたくさんの人が行き交いそれなりに騒がしかったのに、ここまで来るとほとんど人の気配など感じられず、本当に静かだ。神聖な場所だから長老の許可がないと里の人々はめったにここまで来ることはないとは聞いていたが、まるで別世界みたいだ。
     地面に張り巡らされた根のあいだを慎重に進みながら、大樹に近づく。ここまで来いとは言われたが、何をすればいいのかわからない。誰かが待っているのかと思ったが、人の姿はない。私はそうっと幹に触れてみる。ごつごつとした見た目なのに、思ったより感触はなめらかで、漂うひんやりとした空気とは違うほのかなあたたかさが伝わってくる。
    (そういえば、この樹の向こう側はどうなってるんだろう)
     この数日、里にいながら常にこの大樹に見下ろされて過ごしたが、おおむね大樹を中心とした南側にしか足を運んでいない。里中の地理を把握しきったわけではないから、この樹の向こう側にも人が住んでいるのだろうか。思い返せば、長老は大樹の奥に引っ込んでいる、と老人が言っていたような気がする。
    「じゃあ、このまま向こう側に下りていけばいいのか……?」
     つぶやきながら、大樹を私から見て右手の方向にぐるりと回っていく。やっと向こう側が見えるくらいに回り込んだかと思えば、その先には太い根と高く生えた草と積もりすぎて壁になっている葉の山が立ちはだかっている。とても人が行き来できるような道があるようには見えなかった。
     どうすれば、と立ち止まって考えていると、ふいにガサリと草の鳴る音がする。私の頭上から聞こえた気がして上を向く。みどりの生い茂る中に黒く細い影が立っていた。自然物の中ではとても異質な色に見えて目を引く。
    「こちらだ、ついて来るがいい」
     低い声で端的に告げられ、影は素早くするりと根を伝っていく。何が何だか分からないが、私へ向けられた指示なのか。私を認識していたということは長老の関係者なのか。長老にしては身のこなしが軽すぎるから、使いの者なのだろうか。
     さっぱり分からないが、とりあえずついていくしかない。とりあえず登れそうな根に取り付いて、使者らしき者の後を追う。もう黒い影はずいぶん小さく遠くにある。
    「こっち、素人なのでもうちょっと待ってくださいー」
     叫びながら、そろりそろりと足場になりそうな根から根へ少しずつ滑り降りていく。これ本当にくぐれるのかと思うような蔦のあいだにもなんとか体をねじ込んでいく。結局どこに行ってもこんな秘境探検みたいなことばかりしているなとため息も出る。
     根が途切れて少しだけ広い足場に着いた。山の斜面の途中まで来たのか、空を覆っていた木々が少し途切れて小さな青が見える。黒ずくめの使者はその先にある、洞穴のような入り口の前で立っていた。
    「来たな」
    「あの、ちょっと待ってもらっていいですか、少し休憩させてほしくて」
    「長老が奥で待っている」
     使者は長い黒髪を揺らし、淡々と告げた。ここまで来て長老の関係者じゃなければどうしようかと思っていたので、ひとまず安心した。
    「この里の人たちはこれくらい普通なのかもしれないですけど、私はご存知のとおりよそ者なので、こんな道あなたみたいに身軽にひょいひょいとは行かないんですよ」
    「そうか」
     ちっとも感情のこもらない声で返される。しかし先に行ってしまったり急かしたりする様子はなく、私の申し出通り待ってくれるようだった。
    「長老の沙汰って、どんな感じなんですか」
     聞いてみるも、ちらりとこちらを一瞥されるだけだ。
    「私のほかにも、こうやって案内したよそ者っていたんですか」
     沈黙だけが走る。鳥の声が遠くから細く響いてくる。長老に会う前に少しでも情報を得ておこうと思ったが、そううまくはいかないようだ。
    「……この里に入れる者は、限られている」
     質問が思いつかずにぼうっと岩にもたれていると、使者がふいに口を開く。
    「精霊が招いた者しか、見ることすらかなわない。例え誰かに連れられたとしても」
    「精霊? 精霊が招くって、この里は……」
     この里に入ったときのことを思い出す。私は背負った少年に道を教えられて、行き止まりに辿り着いた。そして少年が何か合い言葉のようなものを言ったとたん、木々が開けて進むことができたのだ。
    「合い言葉は、精霊を呼び出す合図ってことです? というか、この里は精霊の力なんてぜんぜん使ってませんよね、それなのに見ることすら、ってどういうことですか」
     使者はふたたび黙りこくって、視線で洞穴の先を示した。
    「あとは長老に自分で聞くがいい」
     肝心なことは答えてもらえない。思わせぶりなことだけ言って、ただでさえ不安で頭が重いのにさらに重さが増した。気になる謎やら、そもそも生きて帰れるのかという懸念やらで、もうわけがわからなくなってきた。
    「ここからは、私一人で行けってことですか」
     こくりと静かに頷かれる。
    「分かりました、あんまりお待たせして問答無用で処断されても困りますし、もう行きます。案内ありがとうございました」
     ぺこりと一礼すると、使者は腕組みしながらじっとこちらを見てくる。何かを検分するような視線に居たたまれず、私は足早に洞穴の中へ足を踏み入れた。




     洞穴の内部は、樹の陰になっていた山道よりずっと薄暗く、進むほどにだんだんと入り口の光が遠ざかって暗くなっていく。鞄から簡易灯を取り出そうかと思ったころ、奥にぼんやりとした灯りが見えてきた。
     左右に灯りのある門を通ると、長い長い階段が下方へ伸びていた。里からあの大樹まで登ったぶんより、もうずっと下まで下りてきている気がする。ゆっくりと階段を下りるたび、空気の温度が少しずつ下がっていくような感覚がする。自分の足音がいやに大きく響いて、私は壁から震える手を離さないよう慎重に一段一段を踏む。
     ようやく階段を下りきると、赤茶けた通路があらわれる。通路にはいくつもの白い扉が並んでいて、どれも似たような見た目をしている。少し進むと通路は進行方向とは別に左右にも続いていて、その先にもいくつもの扉がある。人工的な地下区画といった印象だ。枝分かれしているさまは複雑な迷路みたいで、このままやみくもにうろつけば間違いなく方向を見失うだろう。
     ひとまず真っ直ぐ進み、突き当たりの少し大きな扉まで来る。扉はとても古びてたくさんの傷がついている。とりあえず取っ手を引いてみると、少し重いがギィと音を立てて動く。
    「ここは……」
     扉の向こうに踏み込むと、それなりに広い空間に出る。円形の部屋の壁にはぎっしりと本が詰められて左右になだらかな曲線を描いている。同じような形の書棚が等間隔に並んでいる。都の研究所の書庫にも似た雰囲気だが、ここにはもっと厳かで神秘的な空気が立ち込めている。さっきまで歩いてきた通路だって研究所にも似たような廊下はあったが、あんなにひっそりと静かで気味の悪い感じではなかった。
    「やっとのお出ましだな」
     正面から声が聞こえる。書棚の奥に、立派な木製の机と椅子があった。そこに誰かが座っていた。研究所の所長室で似たような形のものを見たかもしれない、と思いながら奥へ進む。
    「あなたが長老さまですか」
     薄暗い室内で、椅子にゆったりと腰かけている人物がようやく見てとれる。白髪の老人がじっとこちらを見据えていた。透き通るように白い髪が肩の上でさらりと揺れて、ここからだと、老婆のようにも老爺のようにも見える。しかし、その眼差しは見る者を圧倒する色をしており、少しも老いを感じさせない。老人の面をかぶっているだけだと言われても信じてしまいそうだ。
    「いかにも。よくここまで来たな、異邦者」
    「呼び出されましたから。それにしては道が整備されていなくて、苦労しました」
    「この辺りは人の出入りがめったにないのでな、間違って子どもらが迷い込んでも困るので道を隠しているのだ」
     くく、となぜか可笑しそうに笑いながら、長老は頬杖をつく。
    「お前は、なぜここに呼ばれたか理解しているのか」
    「それは、私が里に入ってしまったよそ者だから、沙汰をくだすためだと説明を受けました」
    「そう、そのように伝えろと届けさせたからな。だが、お前はどのようなつもりでここに来たのだ」
     質問の意味が分からず、私は首をかしげる。
    「あなたに呼び出されたので、来ただけなんですが」
    「黙って大人しく沙汰を受けるつもりで来たと?」
    「沙汰の内容によりますが、私がうっかり流れで立ち入ってしまったのは事実ですし……この里で数日過ごして、いきなり命を取られるようなことはないだろうと思ったので」
     ここに来るまでには、もっと巧みに交渉して上手く立ち回ろうと思っていたのに、実際に長老の前に出るとそんな余裕などなかった。喋りながら口の中が渇いて渇いて舌が上顎に貼り付きそうだ。
    「なるほど、楽観的な思考で結構なことだ」
     長老は腕組みをして、椅子の背に深くもたれる。
    「私の決定を伝える前に……まずはお前からの問いを受けよう」
    「問い……?」
    「せっかくこんなところまで来たのだ。私に尋ねたいことくらいあるだろう」
     ゆったりとした口調で、しかし威圧的な響きを持った言葉が投げかけられる。私は思わず眉をひそめる。それは当然、教えてほしいことなど山のようにある。しかし、目の前の人間は私のことをどこまで知っているのか。私はただ山の中を彷徨っていただけの素性の知れない放浪者だ。完全に初対面のはずだ。里での様子を伝え聞いていたとしても、わずか数日のことだ。けれど長老の呼び出しを告げた老人も、洞穴まで案内をした黒ずくめの使者も、何か思わせぶりな様子を見せていた。
    「この里……精霊の力をまったく使わずに皆さん生活されていますよね、そんな集落があるなんて、初めて知りました」
    「そうだな、お前は数日間さぞ不便だったことだろう」
    「いえ、それほどでも……良い経験をさせていただきました」
     私は自分の手のひらにぎゅっと爪を立てて、顔を上げた。
    「この里が精霊の力に頼っていないのは……特定の精霊を祀っている代わりに、他の精霊が入れないからですか」
     長老はゆっくりと瞬きをした。
    「そう来るか、ふむ……なぜそのように考えた?」
    「ここに来るときに案内してくれた使者の方が、精霊に招かれた者しかこの里に立ち入ることはできない、と話していました。でもこの里の人たちは、見たところ精霊の力をまったく使っていない……その理由を自分なりに考えた結果です」
     もしここが私の探してきた〈精霊の森〉であるとするなら、なぜ人々は精霊の力を使わず暮らしているのか。しかし、その名前が指す“精霊”が、特定の存在のみを意味する言葉であるとしたら。
    「私は数少ない伝承に残された〈精霊の森〉という場所を探して、各地を巡る旅をしてきました。ここに辿り着いたのは偶然ですが、精霊の力を使わない集落なんて初めて見ました。〈精霊の森〉は、精霊が生まれる前の歴史を継ぐ場所と伝えられています。そうしたものを探してきた者としては、いったいなぜなのか、何か理由があるなら知りたいのです」
     私は言葉を切って、長老の顔をじっと見据えた。足がかすかに震えるのを感じる。書棚に詰まったおびただしい数の本が私を見ているような居たたまれない感覚におそわれる。
    「……まあいい。ひとまずお前の問いに答えるため、この地の歴史について話そう」
     長老は意味ありげにため息をつきながら、机の上で手を組んだ。とりあえずは私の言葉に納得してくれたようだ。
    「昔、まだ人が精霊とじかに触れあうことが容易でなかった頃の話だ」



     その頃は、星の歪み、そう、怪物との戦いの爪跡も癒えきらず、人々は新たな世界と自分たちの在り方について模索していた。〈星の欠片〉に頼りきっていた人間たちがこれまでの文明を失い、混迷の時代を迎えていた頃だ。
     今でこそ、人が祈りを精霊に捧げるのは当たり前の話だが、昔は多くの人間が精霊を直接目にしたり声を聞いたりすることができなかった。だから人は、祈りを捧げるための器を作り、それを介して精霊と対話をしていた。
     どうした? その器はどうなったのか気になると? 話を急かすな、物事には順番というものがある。お前、急に目の色が変わったな。まあひとまずそれは置いておこう。
     器は人によって扱いが異なる不安定なものだったという。それは精霊と人の性質によるものだろうな。そのように器を介してはいたが、人は精霊の力を借りながら、少しずつ新たな文明を作り上げていった。
     しかし、やがて大きな問題が立ちはだかった。今でも、高度な現象を成すには多くの人間の祈りを捧げる必要があるというのは、お前も当然知っているだろう。それはなぜだと思う?
     祈りは、命の力を使うからだ。



     突然告げられた言葉に、理解が追いつかない。私は一度も精霊に祈ったことはないが、祈る人を見ることは日常的だ。暮らしのすべては精霊の恵みによって与えられるのだと言われてきた。しかし実際は、祈りによって力を借りるというのは、精霊に命を捧げることだったのかと愕然とする。
    「そんなの……私たちは精霊に命を吸われてるってことじゃないですか?」
     震える声で言う私に、長老はそうだ、とあっさりうなずく。
    「長時間の祈りは変調をきたすから、十分な体力気力をもって精霊への対話に臨まねばならない……常識だろう?」
     祈れば疲れるということを今まで当たり前のように受けいれていたが、実際に命を使うと言われると肌寒いおそろしさを感じてしまう。言葉を変えただけなのに。精霊に祈ったことのない私でもそう思ってしまう。それとも祈ったことがないから恐怖をおぼえてしまうのだろうか。日常的に精霊に祈りを捧げる人々は、体感としてそのことをとっくに受けいれているということなのだろうか。
    「その事実が明らかになり、お前のように、人間たちは精霊に命の力を捧げることに怯えた」



     そうした人間たちの一部が、やがて精霊を征服しようという計画を始めた。祈りによって命の力を捧げることなしに、精霊の力を自在に使える方法を求めたのだ。
     その一派は、精霊と対話するための器を、人間が精霊から一方的に力を引き出せるように作り替えようとした。その構想は、失われた〈星の欠片〉に類似していたことから、〈星の欠片〉について詳しい者たちの知識も用いられた。
     あるとき、一派はまことしやかな噂を掴んだ。失われたはずの〈星の欠片〉が、ある場所に眠っているらしいと。計画のためには、現物が残っているなら利用しない手はない。一派はそれを手に入れるために噂の場所を目指した。そこは、平原の中心にあるなだらかな丘に築かれた街だった。
     ああ、その通りだ。もう聞いていたのか。そうだ、その丘の上の街が、この里の昔の姿だ。
     ところが、人間たちの中には、精霊と共存しようと考える者らもいた。かつての人間たちが〈星の欠片〉によって怪物を呼んだ罪を省みて、同じことを繰り返してはならないと、彼らは唱えた。そして人の命の力による新たな世界の可能性を訴えた。
     その二つの勢力は平原で衝突し、大きな争いが起こった。人々はそれぞれ精霊の力をもって戦いに挑んだ。しかし、そのように多くの人々が同じ場所でいちどきに祈ればどうなるか。それも、怒りをもって破壊を成そうとすれば。
     破壊の祈りはそれぞれの精霊を揺るがし、暴走させた。大地は震え、風は吹き荒れ、火は燃えさかり、水は狂い流れた。争った人々は、祈りに焼かれて多くが命を落とした。その衝撃により、この一帯は平原から山脈に変わった。
     ようやく、お前の予想の答え合わせといこうではないか。街の丘の上には、花の咲き誇る樹がそびえていた。樹には精霊が宿っており、街を守っていた。その精霊によって、街は隆起する地とともに山脈の中へ包まれた。街を守っていた樹の精霊と人々の祈りが合わさり、この辺りは外界の干渉を拒む領域となった。里の大樹は、その樹が変わった姿だ。
     この里は、生き残った街の人間たちにより、そのときの戒めとして築かれた。外界から離れて世界を見守るための場所として、人が過ちを繰り返さないようにと。



     語られた歴史は衝撃的なものだった。話がひと息ついて、ようやく私の手は感覚を思い出し小刻みに震え出す。
     老人が話していた。かつてここは平原だったが山脈に変わったのだと。それが人々の争いによって引き起こされた精霊の暴走だとは思ってもみなかった。
    「……精霊の力を巡って、過去に何度か争いがあったのは知っていましたが、そんな平原が山脈に変わるほどのことがあったなんて」
     想像すると、呆然としてしまう。過去にここでそんな壮絶な戦いがあったとは簡単には信じられなかった。
    「時の流れはあらゆるものを押し流し、覆い隠す。この里にその歴史が残っているのは、観測者の責務を担った里の祖先たちが守ってきたからこそ。この地下都市も守られてきたものの一部」
     長老は広い部屋に立ち並ぶ書棚を指し示す。思わず圧倒されるほどの量の書物も、忘れられて失われた歴史の一部ということだろうか。
    「他の部屋はちゃんと見てないですが、もしかしてここは研究所だった……とか?」
    「よく気付いたな、ここは平原の中心にあった街のほど近くにあった、研究者たちの都市の名残だと言われている。精霊の暴走に巻き込まれて地中へ沈んだが、一部の区画は残された。その後、里の者たちによって厳重に守られてきた」
     都の研究所とどこか似ていると思ったのは違っていなかったようだ。時の流れによって葬られることのないよう外界から隔絶され、真実は守られてきた。この場所は、忘れないために、忘れられてきたのだと思うと、少し胸が締めつけられるような思いがした。
    「やはり……ここは〈精霊の森〉なんですか? 歴史を語り継ぐ隠れ里……私が見つけたわずかな文献には、そう記されていました」
     長老は唸りながら首をかしげた。
    「そのような名は知らんな、少なくとも我らに連なる者が付けたものではないな。大方、この周辺に迷い込んだ者が里の人間と接触したのか、漏れ聞いた噂をもとに勝手に名付けたものだろう」
     予想外の答えに私は目を見開いたが、表情を見る限りはぐらかされているようにも見えない。もっとも、この人の嘘を私が簡単に見抜けるとは思えなかったが。
    「じゃあ、伝えられてきた歴史が本当なら、その争いのあと、人々は精霊と共存することを選んだんでしょうか? 共存派が戦いに勝利したのか、それとも多くの命が祈りによって失われたことで行いを省みたのか……」
     今の私たちの生活は、精霊と共存することで成り立っている。共存を唱えた人々の考えが広まり現在につながっている、そう考えるのが自然だ。
    「そのどちらもあるだろうな、しかし同時にある変化が起きたことが大きいだろう。お前が気にしていた、精霊と人を繋ぐ器のことだ」
     私は思わず一歩前に踏み出そうとして、慌てて姿勢を戻す。精霊を目視できなかった人々が用いていた器、そんなものがあればどれほど良かったか。
    「争いからしばしの時を経て、人々は器を放棄し、その技術はすべて失われた。〈星の欠片〉を天に還してもなお、再び人の作ったものが大きな戦いの引き金を生んでしまったという反省もあっただろう。しかし、それに伴い、もはや人々は器を必要としなくなったのだ」
     失われた、と告げられて、薄々分かってはいたが落胆した。どうしてそうしたものを少しでも残しておいてくれなかったのかと過去の人間を恨みたくなった。けれど同時に長老の言葉が気になった。
    「必要としなくなったって……どういうことですか?」
    「人間は自らで命の力を祈りに変えて、精霊を呼べるようになったからだ」
     雷に打たれたような衝撃に頭が揺らいだ。少し考えれば分かったことなのに、その答えに至れなかった。人は祈ることで精霊の力を借りられる。何も介することなく祈りひとつで精霊に触れられる。私には逆立ちしてもできなかったことだ。
    「人が星の力の化身と言われる精霊たちに多く関わりつづけたことで、新たな力を得て進化したのだと言われている。遥か古代にも、星の力に近く触れることで、従来とは違う特質を得る人間が存在したという。物に宿る意思を読み取る者たち、星の力をじかに引き出し操る者たち……」
     そうした人間が古代に生きていたという伝承は聞いたことがある。現代の人間は、精霊の生きる世界に合わせて生きられるように進化したということなのだろうか。
    「この大気に満ちる星の力は、古代からずっと変化を続けている。その変化とともに人間も変わりつづけている。そうした変化は、人が星の力とともに生きてきた奇跡の証と呼べるだろう」
     長老のよどみなく語る声がぼうっと遠ざかっていく。体が一本の枯れ木になったかのように動かなくなり、ぼろぼろと皮が剥がれて崩れ落ちていくような気がした。
    (じゃあ、私の存在はいったい何なんだ?)
     ずっと、なぜ自分だけなのかと思って生きてきた。それでも、これまで運良く追放されたり排斥されたりすることなく生きてこられた。だから、理由について深く考えても仕方がないと思ってきた。私は偶然そういう存在に生まれついた、そう思うしかなかった。
     なのに、人が精霊と触れあえることは、星の力による奇跡だという。その大きな流れの中に、なぜ私はいないのだろう。世界の大いなる変化は、なぜ私という存在の外側で起きたのだろう。
    「……それで、だ」
     黙りこんだままの私に、長老は腕を組み直して息をつく。久しぶりに長話をしてくたびれたぞ、とちっとも疲れていなさそうな顔で言う。
    「こんな老人の昔語りを聞いて、満足したか」
     長老は冷ややかな眼差しを向けて、問いかけた。
    「お前はこのようなただの昔話を聞くために、ここまで来たのか?」
     強い瞳に射すくめられる。長老の目が赤みがかった色をしていることに、そのとき初めて気がついた。この人は、私の隠している目的を引きずり出そうとしている。
     私は旅をして、〈精霊の森〉を見つけて、何がしたかったのか。ずっと確かな答えを先送りにしたまま、ここまで来た。
     精霊が生まれる以前の歴史を語り継ぐ場所がこの世界のどこかにあると知り、私はわずかな希望を抱いた。精霊に拠らない古代の文明が、そこには残されているかもしれない。伝承の中にしか存在しない、忘れられた古代の遺物である〈星の欠片〉がもしかすると人知れず保存されているかもしれないと。
    (それがあれば、私は自分の力で生きられる)
     精霊にも、他人にも力を借りることなく、自分の自由に力を使って生きていくことができる。おとぎ話に残された古代人の生活は、私にとって夢のような世界だった。
    「私は……精霊を見ることができません。声を聞くこともできない。世界は精霊の力で成り立っていて、皆はそれに感謝しながら日々を暮らしているのに、私にはその世界が見えなかった、実感することができなかった」
     他の人に当たり前に見えているものが私には見えない。私だけが違う世界に隔てられていた。
    「私が心から知ろうとすれば何か変わると思った、けれど何も変わりませんでした。私は他の人が見ている世界を知ることはできないのだと、より深く思い知っただけでした」
     だから研究所を飛び出し、故郷に戻ってすぐに旅に出た。私が生きられる方法を探すために。
    「遥か古代の人々は、邪な心で星の力を使った罪をあがなうために〈星の欠片〉を天に還したと、伝承にはありました。それならば……私が罪なき心を示せば、その力が使えると思いました。私は自分の力で生きていくためだけに、その力を借りたいだけなのだから、けしてみだりに使うようなことはないと証を立てれば、もしかすればと」
     けれど、今また争いの話を聞き、私は分からなくなった。もし私がその時代に生きていれば、精霊に命を捧げるなどおぞましいと思い計画に加担したかもしれない。人間の自在に力を引き出すことの何が悪いのかと、一瞬でもそう思ってしまった。
    「教えてください……私は〈星の欠片〉を手にすればすべて報われると思って、ここまで旅をしてきました。〈星の欠片〉はまだここに存在するのですか? 私は……私には、それが必要なのです」
     それでも尋ねずにはいられなかった。私は私の希望を、そう簡単には捨てられなかった。
    「それが、お前の本当の目的か」
     長老の重々しい声に、心臓が握られるように震えた。私はずっとその望みを叶えたかったはずなのに、いざ口にすれば自分がどれほど浅ましい人間なのか思い知らされたような気がした。こうして自分のためにと独りよがりに願う心自体が邪なものなのだろう。私のこの心はきっと怪物を呼んで、争いを引き起こす。そう思うと、それだけで自分がたちまち怪物にでもなったかのように、手足が重たくなり破滅的な気分におそわれた。
    「……私はこの里に伝わる歴史を知るだけで、すべてを見通せる存在などではないからな、本当に世界のどこにも残されていないのか、それは分からぬな」
     机に肘をついたまま、顔の前でゆっくりと手を組む。
    「しかし、残念ながら、少なくともこの里には、今も動く〈星の欠片〉はない。遠い昔、里の祖先と思われる者たちの手で、密かに守られていたという言い伝えは残っている。だが、我らに伝えられているのは、彼らが最後の欠片の“終わり”を見届けた……それだけだ」
     長老は、静かなまなざしでこちらを見ている。これまで散々含みを持った言い回しをしてきたのに、ここへ来てその口調はとても真剣なものに思えた。その答えには、どこか私を憐れむような響きも感じられて、さらに目の前が暗くなる。
     長い時間を経て、伝承の遺物が本当にまだ残っている可能性など限りなく低いとは思っていた。だからここにはないと言われることは予想に入っていた。もし本当に存在したとしても、はいここにありますとすんなり渡されるわけはないと分かっていた。
     けれど、こんな風にきちんと真摯な答えを突きつけられるくらいなら、お前は邪な存在だから渡すわけにはいかないと言われたほうがずっとましだった。
    「私は……なぜここに生きているんでしょう、なぜ今この時代に生まれてきてしまったんでしょう」
     呆然と口がひとりでに言葉をこぼす。視界がぐらぐらと揺れるような感覚におそわれる。
    「こんな、私だけ、星の奇跡に取り残されるくらいなら」
     もっと遥か昔、〈星の欠片〉を使うことが当たり前だった時代に生まれたかった。本当ならそこが私の生きる世界だったはずなのだ。きっと天は私を送り出す時代を間違えたのだ。
    「心配することはない」
     突如高らかに言い放ったかと思うと、長老は椅子から立ち上がった。ゆらりと灰色のローブが赤茶けた床に擦れる。
    「お前は我らの同胞となり、ここで生きていけばよい」
     私のすぐそばまで来て、おだやかな声音で両手を広げる。
    「どういう、ことですか」
    「里の祖先は、外界から隔てられたこの地に留まり、星の力による進化を選ばなかった。ゆえに数百年以上にわたって外の精霊の力を借りず、樹の精霊のみの加護によって代々生きてきた。皆、それぞれ己の力で暮らしを成り立たせている」
     お前も見た通りだ、と強い眼差しが私を揺らす。
    「この里の者たちは、お前と同じだ。精霊が見えぬことなど、この里では何の足枷にもならない。お前を排する者も、嘲笑う者もここにはいない。お前と話して、お前が聡い人間だということはよく分かった。観測者たる資質もじゅうぶんに備えている。外の世界のことをある程度知っているというのも、望むべきことだ」
     長老はゆっくりと私に向かって手を差し出した。
    「お前がこの里を終世の住処に選び、観測者の一員となるというのなら、我らは心から歓迎し、祝福しよう」
     老いた人間のものとは思えない白く滑らかな手を、私はじっと見つめる。ずっと私をかたく縛りつけていた糸のようなものが解けていくような感覚がした。
    (ここでなら、生きていけるかもしれない)
     里でこの数日過ごし、感じていた不思議な居心地の良さを思い出す。自分の手足で何かを為し糧を得る充実感、自分の身ひとつで人の役に立てることの喜び、どれも新鮮に私の心を満たした。ずっと求めていた居場所が、私が生きていくための答えがここにはある。
    (それなのに、どうして)
     答えが目の前にあるのに、なぜか私の手は動かない。長老の手を取れば、私のこれまでの苦労は報われ、願いは叶う。そのはずなのに、なぜこの腕は重石をつけたように垂れ下がったままなのか。
    (私の、理由は)
     ふいに、故郷の石像のことを思い出した。そして旅の途中で見た、人型らしき何かを模した氷海の像、海を眺めるように佇んでいた小さな石碑のことも。どこかの誰かが後の時代まで残すため、長い時間守り抜いてきた努力の証に、その心の形に、私は惹かれてきた。
     マリア――それは、故郷の石像の足元に刻まれていた小さな名前だった。街の誰かは精霊の名だと言っていたが、そんなはずはない。私がそれを知ったのは、研究員として一度だけ入った城の書庫でだった。故郷に立つあの象徴は、精霊が生まれる時代よりずっと前から存在したという記述を見つけたのだ。
     そのとき私は確信した。あれが〈星の欠片〉の名残だということに。
    ――わたしの愛しいきょうだい、マリア。
     像に刻まれた言葉の本当の意味を、私だけは知っている。ずっと遥か昔に生きていた誰かが、名前をつけるほど大切に守っていたのだ。人が邪な心で扱い、怪物を呼んだとされるそれを、愛おしんだ誰かがいた。だから私は信じ、決意できた。もしこの世界のどこかに残されている〈星の欠片〉があるならば、私がそれを見つけ出し、愛してみせるのだと。
     私は、何をするためにここまで来たのか。
    「……ごめんなさい、お断りします」
     長老に向かってゆっくりと頭を下げ、一歩後ろに下がる。
    「本当にありがたく、身に余るお言葉とご提案です。確かにこの里での数日は、貴重で新鮮で楽しく、皆さんにも大変良くしていただきました。己の身で暮らしをつくる生き方……とても厳しく、けれど自由で、学ぶべきところが多くありました」
     精霊に頼れない私が自分で身につけてきた技も、この里で生きるなら何らかの形で役立つのかもしれない。外の世界では精霊への祈りで為されることも、ここでは自分の身で為さねばならない。生まれ持った力がなくても、ここでなら堂々と生きられるかもしれない。
    「それでも、私にはやらねばならないことがあるんです。そのために旅に出ようと決意して、ここまで来ました。まだその夢を諦めるわけにはいかない、だから……私は行きます」
     胸に手を当て、ふたたび一礼する。長老はしばし目を丸くしていたが、ふっと笑んで、差し出していた手を下ろした。
    「そうか、ならば……お前の夢を吹き消し、ここで新たな夢を見てもらうことにしよう」
    「消し……? 何、を……」
    「お前が人の罪の証である〈星の欠片〉を求めるというのなら、私は星の力を乱す可能性のあるお前を見逃すわけにはいかない。我らに加護を与える樹の精霊は、この里を外界から隔離するために人の認識をある程度攪乱する力を持つ。その力をもって、お前の記憶を書き換えるとしよう」
     長老は両手を組み、何事かをつぶやきはじめる。頭が追いつかなかったが、ここにいては危険だということだけはとっさに理解する。ここからすみやかに逃げ出さなければいけない。
     祈りの体勢を取る長老から私は数歩後ずさり、飛ぶように入り口の扉を押し開けた。開かない可能性も考えたが、杞憂とは裏腹に扉はギイと音を立てて動いてくれた。入ってきたときと同じだけずっしりと重い扉の隙間に必死に身をねじ込み、私は薄暗い通路へ倒れ込むように飛び出した。




     等間隔に扉の並ぶ通路は、目にしているだけで頭を混乱させる。確か記憶が正しければ、階段を下りてからひたすら直進してこの部屋に辿り着いたはずだ。そう思いまっすぐ走ったが、行けども行けども階段など見当たらない。記憶が間違っているのか、それとも先ほど長老が口にしていた、精霊の認識を攪乱する力のせいなのか。
     長老と話していて、違和感には気づいていた。もし精霊に招かれた者しか里に入れないというのなら、私の訪問は沙汰を下すべき不当な侵入ではないはずだ。精霊の選別に不具合が起きたのか、それとも初めから私を引き留めるのが目的だったのか。聞いた話から、古代文明について探る人間を危険視するのは分かるが、私のような何の力も持たない輩にあそこまで強硬な手段を取るものだろうか。
     いずれにせよ私も長々と自分について正直に話しすぎた。上手く交渉しようと画策していた昨日の自分など見る影もない。それでも不思議と後悔はなかった。
    (ここを出て、私は自分の探し物を見つけにいく)
     決意を胸に燃やしながら、私は通路をひた走る。何回か角を曲がったせいで位置関係がよく分からなくなっていたが、とりあえず長老のいた部屋からはずいぶん遠ざかってはいるはずだ。外へとつながっていそうな扉はないか手当たり次第に開けるも、閉ざされているか暗闇の中に書物の山が見えるばかりだった。
     通路の突き当たりに、他とは一風変わった形の扉を見つける。ところどころ欠けてはいるが、少し洒落た飾りの跡がみられた。取っ手に手をかけてみると、長い階段がその奥に伸びている。入り口とは違う場所かもしれないが、地上のどこかに出られるかもしれない。
     私が扉の向こうに駆け出そうとすると、ふいに突風が私の体を投げ飛ばし、床に転がされる。
    「あなたは……」
     通路の向こうに立っていたのは、私を案内した黒ずくめの使者だった。すらりと長い剣を片手に構えている。
    「長老はお前の確保を望んでいる。大人しく従え」
    「やっぱりそれが目的で……いくら新しい住人を求めてるって言ったって、こんな横暴な手を使われたら住む気なんかなくなっちゃいますよ!」
    「委細はあとだ、今はお前を沈黙させることが優先」
     問答無用というように再び剣をもって向かってくる。頭が凍りつく。次に至近距離で斬られたらひとたまりもないだろう。
     当然、武器も精霊の力も使えない私に戦う能力などない。今まで、身の危険からはあらゆる手段を使いうまく逃げおおせることでなんとか避けてきた。
     腰に下げていた剣の鞘に思わず手をやる。老人からお守り代わりにと持たされたものだった。今こそ使うときなのか。剣など一度も振ったことがないのに。こんなことなら少年と一緒にちゃんと修行しておけばよかった。
    ――強さってもんは、自分が弱っちくてどうしようもねえことを認めるところからはじまるんだ。
    ――ボク、強くないから、きっと強くなるよ、じいちゃんみたいに!
     私は膝を伸ばし、立ち上がる。何の力も使えない自分にできることなど限られている。それなら、この場から脱出することに持てる全力を注ぎ込むべきだ。
    「なに……⁉」
     鞄に手を突っ込み、慣れた感触を掴んで放り投げる。いつかの大森林でも使った煙玉だった。使者が虚を突かれた一瞬の隙に私は扉の向こうへ飛び込み、腰の剣を取っ手に通し、紐で結びつけ引っ掛ける。あの剣さばきで扉ごと吹き飛ばされるかもしれないが、少しの時間稼ぎにはなるだろう。老人には無事脱出してから謝ろう、と心の中で詫びながら階段を駆けのぼる。
     こんなに全力で走ったのはいつ以来だろう。心臓が速く全身を打ち、前へ前へと叫ぶ。私には行くべき場所があるのだから。
     やがてほんのうっすらと光が見えてきた。やはり外へとつながっていたのだ。長い長い階段をのぼりきって、崩れた扉の隙間を通ると、ぽっかりと広い空間に出る。洞穴の一部が露出しているのか、壁はほとんど岩でできている。その壁のある一面に、奇妙な壁画が描かれていた。
    (太陽と、樹と、たくさんの円……?)
     何か頭に引っかかるものはあったが、今はのんびり眺めている場合ではない。とにかく先に行かなければいけない。奥に空いている白い穴はぼんやりと薄明るく、そこから外の空気が流れ込んできているのを感じる。私はその空気の元に駆け寄った。
    「……え」
     広い空間を抜けて外気にさらされ、私は立ち止まる。目の前には森が一面に広がっており、薄曇りの空からしとしとと雨が降っている。確かにここは地下都市の外だ。けれど私の足の先には道がなく、崖になっていた。
    「……運が悪すぎる」
     せり出した岩が屋根になって、雨は頭の上には落ちてこない。洞穴の中で閉じこもる人々が息抜きにくつろぐには悪くない場所だろう。けれど私に今必要なのはくつろぐ場所ではなく脱出のための道なのだ。
    「ようやく見つけたぞ」
     そうしていると、長老と使者がゆらりと入り口から現れる。もしここに道が続いていたら逃げおおせる時間くらいは稼げたな、と悔しくなる。
    「ちょこまかとネズミのように……面倒をかけさせてくれたが、お前の逃亡劇もここで終幕のようだな」
     二人が悠然とこちらに歩いてくる。私はぐっと奥歯を噛みしめ、睨みつける。
    「私の命を取るのなら、長々と昔話をする前に斬ってしまえばよかったのに」
    「命を奪うことにさして意味はない。我らは精霊の元でお前を保護したいだけだ。先ほども言ったように、お前が自分の意思で我らの同胞となるなら喜んで歓迎しようとも」
    「こんな無理やり勧誘されて、よっぽど変わり者しか頷きませんよ? もっとあの大樹の絵とか描いた親しみやすい宣伝広告でも作って人伝に広めていくとか、地道で手堅い方針に変更することをお勧めしますが」
    「何を言っても袋のネズミが喚いていると思うと滑稽だな、大人しく観念するがいい」
     長老が手をかざし、使者が剣を構える。もう二人はすぐ目の前に迫っていた。
    (ああ、何回も窮地を越えてきたのに、こんな場所で終わるのか)
     それも、死ぬのでなく、私ではない私にされてしまう。長老の言葉通りなら。意思を失ってしまえばもうそれは死ぬのと同じだ。私とは違う私が残るのだと思うと、死ぬよりももっと恐ろしい。
     それなら、最後まで自分の意思を貫きたい。
     私は迫る二人を見つめたまま、一歩、二歩後ろに下がる。断崖の縁まで来ると温い雨雫がぽたぽたとつむじに落ちる。
    (私は、最後まで自分として生きていたい)
     くるりと踵を返し、私は崖の下に飛び込んだ。自分を抱きしめながら、胸に抱いた想いが熱く燃えて迸り、風の中に溶ける。感覚が吹き飛び、雨の音も土の匂いもわからなくなる。ただ、遠ざかっていく薄鼠色の空が見えた。その雲の隙間に、鮮烈な光がのぞく。
    ――最後まで、この命をあきらめたりしない。
     誰かの声が耳元をふわりと撫でる。光で眩んだ視界に、霞んだ光景が映る。花の咲き誇った大樹のもとで、複数の人間が集まり祈っている。大樹の上空に九つの光がふわりと浮かぶ。青空に浮かぶ光は寄り集まって、夜空の星々のなかに散っていく。満天の星空はまばゆくて、すべてかき集めたら太陽の光ほどになるのではと思うほどだった。
     星のいくつかが落ちて、私の体を光で包む。初めておぼえる感覚に私はおどろき、けれど直感的に理解した。知らないはずなのに、なぜか疑いようもなく分かった。
    「あなたが、精霊?」
     私はどことも知れない空間に問いかけた。寄り集まって揺れる光はただ私を取り巻き、答えらしき声も発さない。それでも私は、精霊が頷いているのだと思えた。氷海で祈ったときに見た光の色とどこか似ているようで、でも違うような気がした。
    (誰かが祈ったから、ここにいるんだ)
     私は光の中で微笑んだ。故郷の石像たちと同じように、誰かに守られて残されてきたものが、確かにそこにあった。ここまで来て、そのことがようやく分かった。
    「ありがとうございます、教えてくれて」
     あたたかい光にふれて、私はつぶやく。この思いがいつかどこかの誰かに届くよう、ただ祈りをこめた。せめて、それが私の生きていた意味になるように願って、目を閉じた。



    on that day and afterwards


     その日、少年はハルルの樹の上に、光がのぼっていくのを見た。
     地面に枝で樹の絵を描いていたので、偶然そちらの方角を見ていたのだ。少年は驚いて、光を追うために坂のほうへ駆けた。
     すると、隣の家の少女がひょっこりと顔を出した。あの光を見てと指さすと、興味深げに空を見上げる。太陽が照り返っているわけじゃないよね、と二人で頷いて、坂の上へのぼる。
     樹のふもとを目指して登っていくと、中腹の辺りに宿屋のおばさんとよろず屋のおじさんが立っていた。少年たちを見ると、この先には行けないよ、と二人で通せんぼしてくる。どうしてと少年が尋ねると、今はね、大事なひととお別れの時間を過ごしているひとたちがいるんだよ、と悲しそうにおばさんは目を細めた。
     仕方ないので引き返して、樹がよく見える別の道を行くことにする。お別れってどういうことだろう、と少年がふと呟くと、誰かがお引っ越しするんじゃない? と少女が言う。ほら、この前、帝都に引っ越すってあの子とパーティーをしたでしょ。そういうことか、と少年は納得する。
     樹の下で自分のためのパーティーを開いてもらえるなんていいなあ、と思いながら、ちょうど中腹より少し高い広場に出る。少女は切り株の上に乗って、あの光、いっぱいあるよ、と声をあげる。
     少年も切り株の上によいしょと登り、樹の上の空を見る。さっきまで一つだったはずの光はいくつもに増えていて、雲間にくるくると踊るように舞っている。
     九つもあるね、と少女は指を立てる。さっきからぶつぶつと呟きながら数えていたみたいだ。少年はそれよりもあの光が何で、どこへ行くのかが気になった。
     踊っていた光はくっついたり離れたりしながら、やがて樹の上からもっと上空を目指して遠ざかっていく。その光が小さな粒になって目をこらしても見えなくなるまで、ずっと見つめていた。
     あれは何だったのかな、と少女に聞いてみると、うーんと考え込む。もしかして、パーティーの出し物じゃない? と目を明るく輝かせる。お別れする子に、空はずっと遠くまでつながってるからねって教えてあげるの。
     そうかもしれない、と少年は納得しながらも、どういう仕掛けなんだろうと首をかしげる。でも、もし少女の言う通りならきっとパーティーの主役は嬉しいだろうな、と想像する。悲しまないでって伝えてもらったのに、嬉しくって泣いてしまうかもしれない。自分がもし主役になるときが来たら、ちょっと想像しただけで悲しいけれど、でも泣かないようにしよう、とこっそり決意した。
     ぐう、とお腹が鳴る。そういえばもうすぐ昼食だと呼ばれたのにすっかり忘れていた。思い出して頭を掻く少年に、少女は呆れ顔で笑った。ご飯を食べたら、忘れないようにあの光の絵を描いてみようと思った。





     枝のあいだを抜け、光は揺れながらまっすぐにのぼり、樹を見下ろすように立ち止まった。いとおしむように、懐かしむように、震えて風を受ける。
     光はいくつもに分かたれて、輪を描いてくるくると踊るように舞う。動きはぴったり息が合うときもあれば、てんでばらばらになるときもある。
    ――ありがとう。
     ひとつが仄かに揺らめく。そのそばにいたもうひとつが、ばかね、と周囲をくるんと一周する。
     それに呼応するように、他の光たちも寄り集まって回り出す。ま、どうにかなるだろ。きっと大丈夫です。ワオーン。どこまで行けるのかなあ。楽しみね。一緒に行きましょう。全速前進じゃ。
     寄り集まった光たちは、またひとつになり、また分かたれ、繰り返しながら空を飛んだ。合わさり、ねじれて、弾けて、混ざり、溶け合い、絡まってはまたほどけていく。
     そうして陽の沈む地平線までたどり着き、光は無数の粒になって散っていった。夜空に飛んでいったそれは星々の光にまぎれて、どれが元の光だったのかわからなくなった。




     いくつもの空を越えて、ちいさな光は、ふらりとそよ風に腰掛けながら漂う。変わりゆく世界を見つめながら、旅を続けている。いつ、どこから来たのか、そうしたことはうまく思い出せなかった。思い出せなくても、それは旅においてさしたる問題ではなかった。
     ふと、雨粒に乗って馴染み深い声が聞こえた。そちらへ惹かれるように光は飛んでいく。なぜかは分からないが、行かねばならないと強く思う。
     遥か遠くに見えるみどりの森の向こうに、あたたかくまぶしいものがあるのを感じる。それはとても近しくいとおしいものだと思えた。もしかすると、元はあそこから生まれてきたのかもしれない。そんな不思議な思いに駆られる。どんな場所だって懐かしい気持ちにはなるが、こんな風に感じたのは初めてだ。
     光はその場所へ向かった。同じように、飛んできた光を見る。そうだった、と思い出す。ずっと遠くまで行って、長い旅をしてきたのだ。
     帰ってきた、と揺れながらそれらはぴかぴかと瞬く。だから、行かなければいけないと頷くように回る。その場所で、同じ色に燃える光にふれるために。生きたいとあらん限りに叫ぶ祈りのもとへ。
     光はその命をめざして、空のなかへ飛び込んだ。



    エピローグ ~旅のはじまり~


     ずっと遥か遠くまで、旅をする夢を見た。
     あたたかくて眩しく、過酷で険しい道のりだった。
     そうして、やがて帰りたいという思いが湧き起こる。いつか来た場所へ、心惹かれる懐かしさのもとへ。
    「……夢っ?」
     変な声を上げながら、がばりと起き上がる。私は自分の手のひらから胸元、腹、足からつま先を見つめる。見慣れた自分の体がそこにあった。
    「おお、無事のようだな」
     そばに屈み込んでいた長老が目を丸くして言う。反対側には黒い服の使者が片膝をついていて、ほんの少し意表を突かれたような表情で私を見つめていた。
    「あれ? 私……生きてる?」
    「我らが目にしているお前が幻でないなら、そういうことだろうな。まったく崖から飛び降りるなど度肝を抜かれたぞ」
     長老はやれやれと首を振る。その様子にこちらを害しようという敵意はいっさい感じられない。本当に私の身を案じてくれていたかのような顔だった。どうやら私は自分が飛び降りた崖のすぐ近く、広い洞穴の空間に寝かされていたようだ。
    「あなたたちが助けたんですか?」
    「いや、そうではない。お前が崖の下から浮き上がってきたのだ」
    「はあ? 浮き上が、って……?」
    「私の見た光景をそのまま語ればそう言えるだろう。飛び降りたお前が目映い光の球体に包まれて、ゆっくりとこちらへ上昇してきたのだ。目を疑ったが、そうとしか言い表しようがない。その口ぶりからすると、お前の意図したことではないようだな」
     私は記憶をたどる。確かに謎の光に包まれて、何かを感じ取ったような気がする。けれどどこからが本当のことでどこからが夢なのか、ぼんやりと曖昧になっていた。
    「あれは、私の目に狂いがなければ、精霊の力に思えたが」
     そう言われて、はっと思い出す。根拠もなく私は初めて精霊に触れたと思ったが、やはり勘違いではなかったのか。
    「やっぱりあれが、精霊……? でも何に属する精霊だったのか……」
     世界には多くの属性の精霊が存在するが、一時触れた感覚だけではそれを判別することはできなかった。何せ初めてのことなのだ。
    「私にも判別はできないな。しかしお前は、あらゆる精霊が見えず聞こえぬ存在だと言ったが……実際はとんでもなく相性が偏っていただけのようだな」
     私は開いた手のひらに目を落とす。不思議で、あたたかく新鮮な感覚だった。確かにあのとき、触れたものと何か通じ合えたような気がした。
    「そういう、ことなんでしょうか……まさかこんな場所まで来ないと自分の相性を見つけられないとは思ってもみませんでしたが」
     実のところは分からない。命の危機に瀕して、偶然私にも一時的に力を借りることが許されただけなのかもしれない。それでもなんとなく、すがすがしい気持ちが胸のなかに満ちていた。
    「でも、あなたたちがああやって強引な手段で追い詰めなければ、あんなことにはならなかったんですけど」
    「ハッハッハ……いや、すまなかったな。お前を試すつもりが、つい興が乗って行き過ぎてしまったようだ」
    「試す?」
    「そう、樹の精霊はお前を受け容れた。その上で、我らの観測者たる資格があるか確かめるためだったのだよ。自らの揺るぎない意思を持ち、抗う覚悟があるかどうか。もし私の誘いをお前がすぐに受けていたら、この里に立ち入った以降の記憶を消して外に放り出すところだった」
     長老は爽やかにけらけらと笑いながら、あっさりとそんなことを言ってのける。隣で使者は腕組みをしながら目を閉じている。
    「そんなことまでできてしまうんですか」
    「さてな」
     この人が言うと、本気か冗談かまるで分からないなとこっそりため息をつく。危うく死ぬところだったと思うともう少しいろいろ文句を言っておきたいところだが、ひとまずやめておくことにした。
     少し手足が痛むのは、逃げるのに全力疾走してきたからだろう。私は首をぐるぐると回しながら、岩壁を見渡す。するとちょうど私の寝かされていた場所のすぐ横に、不思議な壁画があるのに気付いた。ここに入ってきたときに目にしたものだ。
     壁画の上方には太陽のようなものが描かれ、中央あたりに大樹の絵がある。その大樹を取り巻くように九つの小さな円がある。
    「もしかして……!」
     頭に引っかかっていたものの正体に気づき、私は近くの壁に立てかけられていた鞄の中を探る。奥のほうにしまっていた、あの木版を取り出す。大樹とその周囲に点在する円、木版の絵は壁画の一部とあまりにも似ていた。
    「なんだ、それは?」
     長老が興味深げに後ろから覗きこんでくる。
    「旅の途中で譲ってもらったものです、はっきりした出所はよく分からないんですが」
     初めて見たときは、この点在する円は大森林の奥にあったあの結晶のことを示しているのだと思っていた。星の力の源泉で、精霊の生まれ故郷と呼ばれる場所。その結晶を探せば〈精霊の森〉への道が開かれるのだと仮説を立てていた。
     しかし目の前の壁画に近づいて見てみると、九つの円はそれぞれ少しずつ形が異なっている。ごつごつとした岩のようにも、人の形のようにも、きらめく星のようにも見える。
    「この場所は、星見の部屋と呼ばれていてな、遥か昔の高名な研究者が、星々を観測するために作った部屋と伝えられている。この壁画は誰が描き、何を意味するのかは分かっていないが」
     長老が壁画をゆったりと眺めながら、そう教えてくれる。ああそうか、と私は理解する。あの外につながっている崖は、空を見るための場所だったのだ。落下しながらふとよぎった満天の星空を思い出す。幻だったのかもしれないが、忘れられないくらい美しい光景だった。
    「……それで、私は結局、ここから出してもらえるんですか」
     尋ねると、長老は困ったように首をかしげてみせた。
    「我らの希望としては、ぜひ留まってもらいたいものだが。お前の飽くなき好奇心と向こう見ずな無鉄砲さは、これからの我らに必要なものだ。人と精霊の在り方を見守るこの場所も、変わりゆく世界に合わせて変容していかねばならない」
    「本気で人材募集してるなら、採用試験の方法はぜひ変えたほうがいいと思いますよ……」
    「そうか、それならお前にぜひ助言をもらえると助かるのだが」
     長老と使者のふたりにじっと懇願するような眼差しを向けられ、私は少したじろぐ。
    「私にできることなら、助けになれればとは思います。でも、私はまだまだ行かなければならないところがたくさんありますし、知らないことも山のようにある……何しろ、ここに来るまで自分のことだってちっとも分かっていなかったので」
     それに、と私は不満げに口元を曲げてみせる。
    「こんな山の中に一生閉じこもったまま、歳をとっていくのは私には向いてないみたいです」
     長老はくく、と可笑しそうに笑い、目を細めたまま私を見る。おだやかで、小さな炎のような瞳が揺れる。
    「お前は、また旅に出るのか。お前を過酷な目に遭わせ、お前とは異なるものを見る人々が住む世界に、また行くというのか? それで良いのか?」
     思いのほか、私の告白を真剣に聞いてくれていたんだなとそっと微笑む。まるで親のように案じてくる長老を、安心させるように笑いかける。
    「いいえ、大丈夫です。私、わかっていました。私の“相性”にかかわらず、私が出会った人々は皆やさしかった。こうして案じてくれるあなたたちのように」
     これまで出会ったさまざまな人々のことを思い出す。再び会えるかは分からないが、私が旅を続けていれば、いつかどこかで巡り会えるだろうか。
    「だから、私は……私のやさしさを渡せるものを、愛すべきものを、探しにいきます。そうして、新たな答えを見つけたら、きっとまたここに帰ってきます」
     私は鞄の紐を持ち上げ、肩にかける。旅を始めた頃と比べるとずいぶん軽くなってしまったが、また詰めるものなどいくらでもある。
     壁画を眺め、目に焼き付ける。これも、誰かの思いが守られ残されてきた証だ。私が一瞬触れた光も、きっと誰かの思いをはらんでいた。根拠もなくそう思えた。だからいつか、この確信を証明してみせたい、そんな願いが心に満ちあふれる。
     崖のほうに近づくと、外はもう雨が上がっていた。濡れた地面に陽光が反射して、きらきらと輝いていた。いくつもの小さな水たまりが、細かな光の粒をたたえていた。それはまるで、水面に映る星々のようで、星がいくつもに散ったちいさな欠片がぷかりと浮かんでいるようにも見えた。
     私はそのきらめきに手をかざし、触れようとした。波紋がひろがり、光はやわらかく溶けた。目を閉じて、濡れた手をそっと握りこんだ。星を掴むように。




    ゆる Link Message Mute
    2022/10/14 21:29:53

    かつてすべてが星だったころ【後編/テイリン22新刊Web版】

    星喰み打倒から約千年後のテルカ・リュミレースでは、精霊への祈りによって人々は日々を暮らしていた。ある日、一人の学者が旅に出る。学者の目的は、遥か昔に失われた謎の古代文明〈星の欠片〉について知ることだった。

    魔導器を失った世界では、精霊術の実用化計画が進行しつつあった。そんな中、レイヴンは調子を崩す日がだんだんと増えていく。レイヴンの不調の原因を探っていたリタは、レイヴンと心臓魔導器の残り時間が減りつつある可能性に気がついてしまう。

    ---

    千年後のテルカ・リュミレースで、遥か古代に滅んだ文明を調べるため旅に出る一人の学者と、世界最後の魔導器の終わりに向き合うレイリタのお話です。
    こちらは後編です。

    ○内容について
    ・オリジナルキャラクターのみが登場するパートが本文の半分以上を占めます。
    ・外伝小説『虚空の仮面』『青の天空』に準拠しています。
    ・本編にない独自設定が多く含まれます。

    ○書籍版について
    テイリン22の新刊として発行予定です。
    こちらに掲載している全文と、付録2ページ、あとがきが含まれます。カバー周りに少しだけおまけ要素があります。
    紙で欲しい方向けの本です。

    『かつてすべてが星だったころ』
    B6/238p(カバー付き・表紙周り含む)/1500円(会場頒布価格)
    書影サンプル→ https://galleria.emotionflow.com/109082/641983.html

    ○頒布情報
    10/30 テイルズリンク22(インテックス大阪)
    6号館C か22b 猫は星を見て歩く

    ○通販情報(2022.11.2追記)
    BOOTHにて通販しております→https://cat-stargazer.booth.pm/items/4263938
    どうぞよろしくお願いいたします!

    ##小説 #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #テイルズリンク22 #テイリン22

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
    • 14104度のクエリー104°F=40℃

      心臓魔導器の検診中のふたりの話です。

      7/30開催のアップルグミ感謝祭2にてWeb展示させていただきました。素敵なイベントありがとうございました!(2022.7.31追記)

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #アップルグミ感謝祭2
      ##漫画
      ゆる
    • 2You’re a flame in my heart椿とリタっちの親和性について考えながら描きました

      2枚目は途中経過の画像です。
      いつもタイムラプスを撮るのを忘れる……。

      #TOV #リタ #テイルズ
      ##イラスト
      ゆる
    • カジノレイリタお試し投稿
      カジノ衣装ほんと好き

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ
      ##イラスト
      ゆる
    • 6Dear Cygnus【テイリン23新刊サンプル】2/12テイリン23新刊サンプルです。

      Web再録漫画+ちょっぴり小説+ほんの少しの描き下ろしがある、レイリタ漫画中心まとめ本です。
      本編沿い、カジノパロ、ぼんやりアレシュ前提、などなどまとめてます。

      なんと今回、ゲストのたかはるさん(TwitterID:@takaharu_ekaki)にとっても素敵なレイリタ漫画を描いていただきました!
      ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!

      ○頒布情報
      2/12 テイルズリンク23(東京ビッグサイト)
      東6ユ54b 猫は星を見て歩く

      『Dear Cygnus』
      A5/54p/600円(会場頒布価格)

      ○通販情報
      BOOTH→ https://cat-stargazer.booth.pm/items/4534083
      (2023.2.13追記)

      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##サンプル ##漫画 #TOV #テイルズ #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズリンク23 #テイリン23
      ゆる
    • 20TOV絵まとめTOVのイラストをまとめました。
      後半からレイリタとレイリタシュです。

      1218エアブーSPARK+DRFに参加しております!(開催期間:12/18~12/24)
      https://air-boo.jp/310369/

      ##イラスト #TOV #テイルズ #レイリタ #レイリタシュ
      ゆる
    • 57/30-31 アップルグミ感謝祭2 お品書き7/30-31開催のpictSQUAREオンリー『アップルグミ感謝祭2』のお品書きです。
      イベントページはこちら→https://pictsquare.net/p6t6csuqdanevymzws44igdm2dsttmv9

      2,3枚目は当日Web展示について、4枚目はサークルカード、5枚目はサークルカットです。

      ①Web展示 レイリタ漫画
      心臓魔導器の検診中のレイリタの話です。全14ページ(予定)。

      ②Web展示 学パロレイリタ小説
      明け方のドライブに出かけるレイリタの話です。
      2019.8発行の学パロ短編集『Roundabout drive』からの再録です。

      ③既刊について
      イベント期間中(7/30~31)、既刊の通販価格を変更いたします(会場頒布価格と同じにします)。よろしければこの機会に覗いていただければ嬉しいです。

      どうぞよろしくお願いいたします!

      #TOV #レイリタ #テイルズ #アップルグミ感謝祭2 #お品書き
      ゆる
    • うみ海に来たレイリタの話です。
      夏だ!海だ!ってテンションで書きました。

      #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ##小説
      ゆる
    • かつてすべてが星だったころ【前編/テイリン22新刊Web版】星喰み打倒から約千年後のテルカ・リュミレースでは、精霊への祈りによって人々は日々を暮らしていた。ある日、一人の学者が旅に出る。学者の目的は、遥か昔に失われた謎の古代文明〈星の欠片〉について知ることだった。

      魔導器を失った世界では、精霊術の実用化計画が進行しつつあった。そんな中、レイヴンは調子を崩す日がだんだんと増えていく。レイヴンの不調の原因を探っていたリタは、レイヴンと心臓魔導器の残り時間が減りつつある可能性に気がついてしまう。

      ---

      千年後のテルカ・リュミレースで、遥か古代に滅んだ文明を調べるため旅に出る一人の学者と、世界最後の魔導器の終わりに向き合うレイリタのお話です。
      こちらは前編です。

      ○内容について
      ・オリジナルキャラクターのみが登場するパートが本文の半分以上を占めます。
      ・外伝小説『虚空の仮面』『青の天空』に準拠しています。
      ・本編にない独自設定が多く含まれます。

      ○書籍版について
      テイリン22の新刊として発行予定です。
      こちらに掲載している全文と、付録2ページ、あとがきが含まれます。カバー周りに少しだけおまけ要素があります。
      紙で欲しい方向けの本です。

      『かつてすべてが星だったころ』
      B6/238p(カバー付き・表紙周り含む)/1500円(会場頒布価格)
      書影サンプル→ https://galleria.emotionflow.com/109082/641983.html

      ○頒布情報
      10/30 テイルズリンク22(インテックス大阪)
      6号館C か22b 猫は星を見て歩く

      ○通販情報(2022.11.2追記)
      BOOTHにて通販しております→https://cat-stargazer.booth.pm/items/4263938
      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##小説 #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #テイルズリンク22 #テイリン22
      ゆる
    • Roundabout drive「海に行きたいの」
      まだ夜も明けぬうちに、突然訪ねてきた教え子のリタ。
      その頼みを聞き入れたレイヴンは、ふたりで静かな町へとドライブに繰り出す。

      明け方のドライブに出かける学パロレイリタの話です。
      2019.8発行の学パロ短編集『Roundabout drive』からの再録です。

      7/30開催のアップルグミ感謝祭2にてWeb展示させていただきました。素敵なイベントありがとうございました!(2022.7.31追記)

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #アップルグミ感謝祭2
      ##小説
      ゆる
    • 11かつてすべてが星だったころ【テイリン22新刊/書影サンプル】星喰み打倒から約千年後のテルカ・リュミレースでは、精霊への祈りによって人々は日々を暮らしていた。ある日、一人の学者が旅に出る。学者の目的は、遥か昔に失われた謎の古代文明〈星の欠片〉について知ることだった。

      魔導器を失った世界では、精霊術の実用化計画が進行しつつあった。そんな中、レイヴンは調子を崩す日がだんだんと増えていく。レイヴンの不調の原因を探っていたリタは、レイヴンと心臓魔導器の残り時間が減りつつある可能性に気がついてしまう。

      ---

      千年後のテルカ・リュミレースで、遥か古代に滅んだ文明を調べるため旅に出る一人の学者と、世界最後の魔導器の終わりに向き合うレイリタのお話です。

      ○内容について
      ・オリジナルキャラクターのみが登場するパートが本文の半分以上を占めます。
      ・外伝小説『虚空の仮面』『青の天空』に準拠しています。
      ・本編にない独自設定が多く含まれます。

      ○Web版と書籍版について
      こちらで小説の全文を公開しています。→ https://galleria.emotionflow.com/109082/641793.html
      書籍版には、Webに掲載している全文と、付録2ページ、あとがきが含まれます。カバー周りに少しだけおまけ要素があります。
      紙で欲しい方向けの本です。

      『かつてすべてが星だったころ』
      B6/238p(カバー付き・表紙周り含む)/1500円(会場頒布価格)

      ○頒布情報
      10/30 テイルズリンク22(インテックス大阪)
      6号館C か22b 猫は星を見て歩く

      ○通販情報(2022.11.2追記)
      BOOTHにて通販しております→https://cat-stargazer.booth.pm/items/4263938
      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##サンプル #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #テイルズリンク22 #テイリン22
      ゆる
    • 願いごと星座の本に対して妙な反応を示すリタと、それを一緒に読もうとするレイヴンの話です。

      #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ##小説
      ゆる
    • いいことさがし好きなところを言い合おうとするレイリタの話です。

      ##小説 #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #毎月20日はレイリタの日 #11月20日はいいレイリタの日
      ゆる
    • 10/30 テイルズリンク22 お品書き10/30開催のテイルズリンク22(インテックス大阪)のおしながきです。
      6号館Cか22b 猫は星を見て歩く

      【新刊】
      『かつてすべてが星だったころ』
      千年後のテルカ・リュミレースで、遥か古代に滅んだ文明を調べるため旅に出る一人の学者と、世界最後の魔導器の終わりに向き合うレイリタのお話です。
      B6/238p/1500円(会場頒布価格)
      サンプル→ https://galleria.emotionflow.com/109082/641983.html

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #テイルズリンク22 #テイリン22 #お品書き
      ゆる
    • お月見満月の日にお月見するレイリタの話です。
      ED後だと月の光っていっそう明るく見えるんだろうなと思います。

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ##小説
      ゆる
    • 8アップルグミ感謝祭2カット レイリタ絵7/30にpictSQUAREで開催されるアップルグミ感謝祭2に向けて描いたサークルカットのレイリタ絵です。
      「エリア5 え6」レイリタスペースで参加します。

      アップルグミ感謝祭2についてはこちら↓
      【イベント】テイルズオブシリーズオンライン同人即売会「アップルグミ感謝祭2」 https://pictsquare.net/p6t6csuqdanevymzws44igdm2dsttmv9


      いつもタイムラプスを撮ろうと思って毎度忘れるので、自分用の記録として経過を残してみたかった。

      2:へにゃへにゃのラフ 人間がいることさえ分かればいいと思った
      3:構図に悩みすぎて拡大変形しまくったのでここまですごい時間がかかってる
      4:適当に色を塗ってどんな感じか確かめてみる ここからもめっちゃ形を見直したので時間がかかった
      5:線画はあとでだいたい消えるのでざっと描こうと思ってもそんなにすばやくは描けなかった 塗りと同じ筆で描いてる
      6:色分けしてざくっと影付け
      7:線画に色をのせて上からいい感じに塗り込……めたらいいなという気持ちを込める
      8:サークルカット完成形 最終的に加工のパワーに頼る

      #TOV #レイリタ #テイルズ #アップルグミ感謝祭2
      ##イラスト
      ゆる
    • TOVSSまとめTOVのSSをまとめました。
      ヴェスペリアのいろいろな組み合わせがあります。
      詳細は目次をご覧ください。

      1218エアブーSPARK+DRFに参加しております!(開催期間:12/18~12/24)
      https://air-boo.jp/310369/

      ##小説 #TOV #テイルズ #レイリタ #ユリエス #アレシュ
      ゆる
    • 37毎月20日はレイリタの日 2022まとめ今年、Twitterなどにて『 #毎月20日はレイリタの日』のタグであげていたSS画像のまとめです。

      来年もまた毎月レイリタしていけたらなと思います!

      ##小説 #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日 #SS画像
      ゆる
    • コワイもの陽が暮れかけたダングレストでのレイリタの話です。
      『コワイものはなぁに?』のスキットが好きです。

      ##小説 #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ゆる
    • 記念日お酒を飲むリタとレイヴンの話です。

      おっさんがリタっちの前でうっかり気が緩んで普通に酔っ払うところが見たい。

      ##小説 #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ゆる
    • いつも通りの話お試し投稿2
      ふたりがベッドの上でわちゃわちゃしてるだけのレイリタです。
      #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ
      ##小説
      ゆる
    • いつか解けるまで【テイリン27新刊/全文公開】魔導器を失った世界が変わっていく中、レイヴンとリタは心臓魔導器の検診で時折会う日が続いていた。
      そんなある日、驚くべき知らせが入る。ザウデ不落宮とともに沈んだはずのアレクセイが生きていた――。
      検診に来なくなり、アレクセイのことで一人思い悩むレイヴンを見て、リタはある行動に出ることを決意する。

      ―――

      ヴェスペリア本編沿いで、アレクセイが生還したif軸における、アレクセイとレイヴンとリタの三人のお話です。

      ○内容について
      ・アレシュ(アレクセイ×シュヴァーン)前提です。
      ・各外伝小説に準拠しています。特に『虚空の仮面』に基づいた描写を多く含みます。

      ○書籍版について
      こちらに掲載している本編全文と、三人の後日譚、あとがき、おまけ4コマ漫画が含まれます。
      (本編:約170p、後日譚:約40p くらいの分量です。ご参考までに!)

      『いつか解けるまで』
      B6/224p/1500円(会場頒布価格)

      ○頒布情報
      3/17 テイルズリンク27(東京ビッグサイト)
      東ホール3 フ19b 猫は星を見て歩く

      ○通販情報
      BOOTH→ https://cat-stargazer.booth.pm/items/5537005

      どうぞよろしくお願いいたします!

      #TOV #レイヴン #リタ #アレクセイ #アレレイリタ #テイルズ #テイルズリンク27 #テイリン27
      ゆる
    • 13毎月20日はレイリタの日 2023まとめ各所で『 #毎月20日はレイリタの日』のタグであげていた絵のまとめです。

      2023年は一コマ漫画を描こう!というのが当初の目的だったのが、途中から1コマじゃなくなる回もあるし、突然透明水彩にハマった回もあるしで、いろいろ冒険しました。楽しかったです。
      2024年もまた毎月レイリタしていきたいです!

      ※『 #毎月20日はレイリタの日』とは?
      レイヴンとリタの身長差・年齢差がともに「20」ということで、毎月「20日」にレイリタを何か上げようというふんわり企画(?)タグです。

      ##イラスト #TOV #テイルズ #レイリタ #リタ #レイヴン #毎月20日はレイリタの日
      ゆる
    • 3アレレイリタ4コマまんがアレレイリタの4コマまんが2編です。

      ※アレクセイ生存ifです
      ※こまけぇことは考えず読んでね

      ○宣伝
      ・NEOKET5(https://neoket.net/)にサークル参加しています。Z29『猫は星を見て歩く』、10/21まで。

      ・2024年春に、アレクセイ生存if設定の、アレレイリタ小説本を出す予定です。原稿頑張ります!

      ##漫画 #TOV #テイルズ #アレレイリタ #リタ #レイヴン #アレクセイ
      ゆる
    • HAPPY END旅の終わりから2年。花の街ハルルで、エステルは住居の当てがなかったリタと共に暮らしていた。そこに、検診のため度々訪れるレイヴン。三人で過ごす時間はかけがえのないものになっていった。
      しかし、ある日レイヴンは姿を消し、消息を絶つ。その日からどこか上の空でいるリタのことを、エステルは複雑な気持ちを抱えながら見守っていた――。

      2019年1月のテイルズリンク14で発行したレイリタエス本の再録です。

      ##小説 #TOV #レイリタエス #エステル #リタ #レイヴン #テイルズ
      ゆる
    • いつか帰るところリーンとガイアがお茶を飲みながら話してるだけの話です。筆者は5.3未クリア&エデン共鳴編までしかプレイしてません……!フレンドさんからのリクエストで書かせていただきました。

      ##小説 #FF14 #リーン #ガイア #リンガイ
      ゆる
    • ふたりで夜を呑んで野営中の夜、森で話すリタとレイヴンの話です。

      この小説を元にした漫画→ https://galleria.emotionflow.com/109082/675847.html

      ##小説 #TOV #テイルズ #レイリタ #リタ #レイヴン #アップルグミ感謝祭3
      ゆる
    • 11ふたりで夜を呑んで野営中の夜、森で話すリタとレイヴンの話です。

      この漫画の元になった小説→ https://galleria.emotionflow.com/109082/675848.html

      ##漫画 #TOV #テイルズ #レイリタ #リタ #レイヴン #アップルグミ感謝祭3
      ゆる
    • 27/2 アップルグミ感謝祭3 お品書き7/2開催のアップルグミ感謝祭3-Day2(https://pictsquare.net/51de7px4o0vqsomx6nzilqyqeme0h46d)に参加します。
      エリア2 え3 猫は星を見て歩く

      【当日展示】
      ①レイリタ漫画(11p)
      野営中の夜、森で話すリタとレイヴンの話です。
      ②レイリタ小説(約1500字)
      ↑の漫画の元にした小説です。
      ③ダミュリタ小説〈R-18〉(約11000字)
      ダミュロンが酒場でリタを口説こうとする話です。

      【既刊通販】
      すべてBOOTHでの取り扱いです。イベント当日のみ会場頒布価格と同額にしますので、この機会によろしければ!

      ご興味あればのぞきにいらしてくだされば嬉しいです。
      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##サンプル #お品書き #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #アップルグミ感謝祭3 #テイルズ
      ゆる
    • 25/14 KeyIsland9 お品書き5/14開催KeyIsland9のお品書きです。

      【新刊】
      ○『Tu fui, ego eris』
      Rewrite小説中心まとめ本です。Webに載せたもの中心に小説・SS11編と漫画1編を収録しています。
      書き下ろし小説として、小鳥、朱音、???の話が3編あります。
      Rewriteならなんでも読める方向けです。
      B6/64p/700円
      サンプル→https://galleria.emotionflow.com/109082/668359.html

      ○終のステラ感想ペーパー&ポストカード
      表紙カラー+本文4ページの、勢い感想文詰めたペーパーです。ポストカードと一緒に当日会場にて無配予定です。残部が出たら通販分にも同封します。

      【既刊】
      ○『あなたを愛した日のこと』
      書き下ろしこたこと小説本です。
      小鳥は幼なじみの瑚太朗と穏やかで楽しい学園生活を送っていた。そんなある夜、小鳥は森に迷い込み、自分は何か大切なことを忘れているのではないかと気がつく。
      カバーイラスト:いなほさん
      B6(カバー付き)/98p/900円

      ○『とある星の花たちへ』 ※リアルイベントのみ
      こたことSS集です。Webに掲載したものを、長いものから短いものまで25編収録しています。
      A5正方形/58p/600円

      初めての現地サークル参加です……!
      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##サンプル #お品書き #Rewrite #こたこと #神戸小鳥 #天王寺瑚太朗 #千里朱音 #Key #KeyIsland9
      ゆる
    • 15Tu fui, ego eris【鍵島9新刊サンプル】5/14開催のKeyIsland9、新刊のお知らせです。

      Rewrite小説中心まとめ本です。Webに載せたもの中心に小説11編と漫画1編を収録しています。
      こたことが多めですが、Rewriteならなんでも読める方向けです。
      小鳥、朱音、???の書き下ろし小説があります。

      『Tu fui, ego eris』
      B6/64p/700円(会場頒布価格)

      5/14 KeyIsland9(https://www.umiket.com/
      C05 猫は星を見て歩く

      BOOTH→ https://cat-stargazer.booth.pm/items/4765158
      (2023.5.14追記)

      よろしくお願いいたします!

      ##サンプル #Rewrite #こたこと #神戸小鳥 #天王寺瑚太朗 #千里朱音 #Key #KeyIsland9 #鍵島9
      ゆる
    CONNECT この作品とコネクトしている作品