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    かつてすべてが星だったころ【前編/テイリン22新刊Web版】内輪の海3 years left Ⅰケーブ・モック大森林3 years left Ⅱ亡き都市カルボクラム2 years left Ⅰゾフェル氷刃海2 years left Ⅱ内輪の海


     人は海から生まれたのだとある人は言った。またある人は空から降りてきたのだと言った。どちらにしろ、今この地にいる私たちには知り得ないことだ。気がついたら私たちはここにいた。それ以上のことは分からない。
    「私は、まさかの星から生まれたっていう説を推してるんですが……どう思います?」
     石段の上で海風にあおられながら、私は船の様子を確認している少女を見下ろした。
    「古代の民話も星が関わるものが多いですし、古代の人々は星の力を自在に操っていたとも言われてますし……私と同じ説を唱えてる人もわりといるらしいんですよ」
     少女の呆れ顔が私を見上げて、溜め息をついた。
    「知らないわよそんなこと、こっちは忙しいってのにずいぶん呑気ね」
     赤茶髪のおさげが風にぱたりとひるがえってなびく。船に乗ってからしばらく順調な航海だったのに、突然速度が低下したのには驚いた。しかし近くに運良く小島があったため、しばらく停泊することになったのだ。
    「私にできることないですし、邪魔にならないようにしてようかと」
    「都の学者さまだってのに、役に立たないわね」
    「学者だって万能じゃないですから、専門外のことはさっぱり」
     少女はあきらめたように首を振り、船員たちを呼び寄せる。小さな船だから、乗り合わせているのはほんの数人だけだ。ちょうど街の近くの海岸で暇そうにしていた船団を見つけたので、北の大陸まで乗せてもらえないかと勢いで頼んでしまった。もう少し考えるべきだっただろうか。
    「やっぱりね、精霊が疲れてる」
    「疲れてる?」
    「この船の機関部分、ちょっと古くなりすぎてたっぽくて、精霊がうまく動かせなくなってきてるみたい。みんなも声が微かにしか聞こえないって言ってるし」
     少女の後ろで、疲れたような顔の船員たちが地面に座り込み、思い思いに休んでいる。
    「ここで修理に取りかかるのは無理だし、みんなで十分休息をとって、速度を落としながら行くしかないわね」
    「はあ……」
    「なによ、報酬はまけろとか言うわけ?」
    「いや、いきなり一方的に頼んだのはこっちなので」
     そうしたいのはやまやまですが、と聞こえないようにこぼした。
    「助かるわ、あたしたちもこのあとの修理費とかのことを考えると頭が痛かったの」
     ほっとしたような顔で少女は腰につけた水筒を手に取り、ごくごくと勢いよく飲む。それを見やりながら、私は石段を一番上までのぼる。石畳の広場の中央からは広い海が一望できる。この小島はちょうど内海の中心あたりに位置しているようで、見渡す限り陸地はなく、遠くまで青一面だ。
    「……精霊の声とか調整とか、理論の面では理解できてもやっぱりピンとこないな」
    「それ、どういうこと?」
     私のあとをついて石段をのぼってきた少女が、不思議そうにたずねてくる。独り言のつもりだったのに聞かれてしまったようだ。私はつま先のそばに転がった小石とたっぷり見つめ合ってから、ぱっと顔を上げた。
    「私、精霊の声が聞こえないんです」
     案の定、少女は目を丸くした。誰に言ったってこういう反応になる。
    「聞こえないって……いつから?」
    「生まれたときからです。ずっと、姿も見えません。だから自分で精霊を召喚することなんかもちろん、調整や交流もしたことないです。でも街で暮らすぶんには困らなかったですけど」
    「あんた、出身は?」
    「あなたたちがいた南の大陸のほうです。乗せてもらった海岸から東のほうに街があって。あのあたりは精霊信仰もそこまで根強くなくて、こんな自分でも人の手を借りてなんとか暮らすにはそんなに困らなかったので、よかったです」
    「それから、都に出て学者さまになったの? 確かにあの辺りなら都とも行き来しやすいわね」
    「まあ……そうですね」
     少女は複雑そうな表情で、ずっとポケットに入れていた手を出して、こちらに差し出した。薄紙に包まれた赤い飴玉がひとつ乗っている。
    「あげる」
    「これはどうも」
     口に含むと、イチゴの甘酸っぱい味が広がる。どこか懐かしい風味だ。
    「あたしのお気に入りなの、これを食べると力が湧いてくるっていうか」
    「なるほど、そういうのってありますよね」
     少女は近くの崩れた柱にもたれかかり、またポケットに手を入れた。
    「あたし、昔は海賊になりたいって思ってたの。アイフリードって知ってる?」
    「ああ、千年以上前の伝説の海賊ですよね、あまりにもいろいろな伝承がありすぎて、男性という説もあれば女性という説もあるとか」
    「そうなの、大罪を犯して海の藻屑になったとも、人々の夢を乗せて百年海を駆け回ったとも言われてるの。謎多き人物なのよ……なんにしても、あたしの憧れの人なの」
     今までずっと淡々とした印象だった彼女が、一転して熱っぽい口調で語りはじめる。ちょっとだけ面食らう。
    「あたしも小さいときから船に乗るのが好きだったから、いつか海という海を探しつくしたいって思うようになって……まあでも、現実はこうやってちっぽけな船団組んで、あんたみたいな定期船を使わない変わり者から日銭を稼ぐので精一杯」
    「海賊になりたいなら、私みたいなのろまな客から身ぐるみ剥がさないといけないのでは?」
    「バカね、そんなことしたら船団の信用がガタ落ちじゃない。それに真の海賊は、誰彼かまわず巻き上げるようなことしないのよ」
    「そういうものですか……」
    「そうよ、あんただって、その……なんだっけ、ケンキューチョーサとかいうやつ成功させて、都で出世しようって思ってんでしょ? 大したもんじゃない」
     顔のそばで揺れるおさげを手で払って、少女はぱっと向こうをむいた。分かりにくいが、もしかして励まされているのかもしれないと気がついた。海風がごう、と音をたてて遠くから吹いてくる。
    「私は……べつに名を上げようとか、そういう目的じゃないんですけどね」
    「そうなの? じゃあ、なんで大陸を渡ってまで……」
    「なんででしょう……それこそ、あなたと同じようなものって気もするんですけど」
     首をかしげる少女を横目に、私は石畳の広場を中央まで歩いていく。この小島には、明らかに人の手が入っている痕跡がいくつもある。こんな場所があるとは知らなかった。
    「あ、あんなところに石碑が」
     ちょうど小島の広場の奥まった場所に、白い石碑があった。何か文字が彫られているようだが、ずいぶん風化してしまっているようで読むことができない。石碑の基部は同じような白い石で、しかし石碑よりも何倍もの大きさがある。まるで何かを覆い隠すかのように。
    「ところどころに立ってる柱といい、この島、昔は大きな建造物があったんじゃないでしょうか」
     今はどれも崩れてしまっているが、それでも柱の高さは私たちの背丈の三倍以上もあるように見える。そんなに大きな建物なんて、都のお城くらいしか見たことがない。
    「こんな海の真ん中に? いったい誰が住むっていうのよ」
    「住むためとは限らないかも……たとえば、古代文明を封印するためとか?」
     高く生い茂った草に隠れた石畳の上に、荘厳なたたずまいの宮殿を思い描く。列をなす人々の影、失われた巨大な機構を掲げる広場、星の力をつむぐ呪文。かつてそういうものがここにはあったかもしれない。
    「あんたの話、突拍子もないわね」
    「そうでしょうか? うーん、時間と資金が許せばここに十日くらい滞在したい……」
    「帰りの船は自分で探すのね」
    「ですよね……」
     私は肩を落としながらも、石碑のかすれた文字がなんとか解読できないか目を凝らしたり指でなぞったりしてみる。
    「もしあんたの言う通りだったとしても、この柱くらいの高さの建物を作るにはたとえ精霊の力を借りたって、相当な時間と労力がかかりそうよ。できあがる前にみんな寿命が来ちゃう」
     少女は前髪を手で押さえながら、眩しそうに天を見上げる。抜けるような青空が鮮やかに私たちを見下ろしている。
    「確かに、今では考えられないですね、途方もない想像でしかないかも」
     人は精霊と暮らし、精霊に祈り、日々の糧を得る。それが今の世界の当たり前だ。けれど人が精霊と暮らす前の世界があったことを歴史は知っている。
    「精霊がいない時代、ずっと昔、その頃、人はもっと大きなことを成し遂げていたのだとしたら」
     私は石碑に手を当てて、目を閉じた。人が精霊に祈るときによくやる仕草だ。私に聞こえるのは、波のかすかなさざめきと風の音だけだ。でも、遠い昔ここにあったものを思うことはできる。かつて確かにここにあって、そしていつしか失われてしまったものを、私は考える。
    「私は、そんな人の可能性が知りたくて、失われた文明のことを調べているんです」
     石碑はつめたく神々しい手触りをしていた。私の信じられるものを、またひとつ見つけたような気がした。



    3 years left Ⅰ


     微睡みの中で誰かの泣き声が聞こえた。それが、どこか幼い自分の声に似ている気がした。
    (泣くようなことなんて、なんにもないのに)
     幼い自分が、シーツの上でうずくまっている。いくつかの茶色い木の実と分厚い本のそばで膝を抱えている。こんな光景がいつかあっただろうか。なぜそんなに悲しい顔をしているのか、ちっとも分からない。小さな自分の唇はぎゅっと閉じられ、何も言葉を語らない。
    ――あたしが見つけようとしないから。
     はっと机から顔を上げる。数枚の紙がばさりと床に落ちる。まだ窓の外は明るかった。そろそろ食事の支度をしようと思っていたところだったのに、うっかり居眠りをしてしまった。
    「ふあ……」
     落ちた紙を拾い上げて、あくびをしながら自室を出る。静かな居間を通り抜けて、リタはキッチンに手早く道具を並べ始める。今日は少し肌寒いから、野菜と木の実を使ってミルクも加えた煮込み料理がいい。魚の切り身もちょうどある。細かく切った具材たちを鍋に入れて、火にかける。精霊術の媒介装置が赤く光って、鍋の下に火を灯す。
     くつくつと音を立てる具材をかき混ぜながら、考えを巡らせる。資料の整理、買い足さなければいけないもの、研究会の予定、それから。
     寝室の扉を見やる。物音は聞こえず静かだ。ふと胸の奥が苦しくなる。不安のような、寂しさのような、形のない感情が湧き上がる。けれど首を振って、味付けにとりかかる。
     もう泣いたり怒ったりしていたのは過去の話だ。昔はそれこそささいなことで何度も苛立って、情けなくて悔しくて、それでも涙をこぼさないようにしていたこともあった。今では鼻で笑ってしまえるようなことでも。
    「ん、いい味」
     味見を終えて、煮込み料理とパンの皿をトレイに乗せる。そうっと寝室の扉を開けてみると、ベッドの上に静かに横たわる姿があった。すうすうと穏やかな寝息をたてている。傍らのテーブルにトレイを置くと、んん、と身じろぐ。
    「あれ……もう夜……?」
    「まだ昼よ」
     レイヴンは眠そうにまばたきをしたあと、うーんと伸びをしながら起き上がる。
    「時間感覚がなくなっちゃって、いけないわ」
    「調子はどう?」
    「うん、だいぶ重だるい感じは抜けたかも」
    「食事作ったけど、食べる?」
    「あ、向こうで食べるわ、これ持ってくね」
     よろよろと立つレイヴンを止めようかと思ったが、そのまま任せることにした。レイヴンがトレイを運んでくるあいだに、リタは自分のぶんの食事をテーブルに並べることにする。
    「ほんと、まだ陽が高いわ」
     居間の大きな窓からは、青々とした空と時折風に舞うハルルの樹の花びらが見える。
    「今日はどこも出かけないの」
    「予定はないわ、やることはたくさんあるけど」
    「大変ねえ、俺とは大違い」
    「比べることじゃないでしょ」
     そう言うとはっは、と軽快に笑う。少しさみしげな色がわずかにのぞいたことにリタは気づいていた。けれど気づかないふりをした。そういうことがずいぶん、上手くなった。
    「お、元気に鳴いてるねえ」
     レイヴンの言葉に一瞬おどろいたが、すぐに気づく。外から聞こえる鳥の鳴き声のことを言っているのだ。ハルルで時折聞こえるこの声は、小さな子どもの泣き声に少し似ている。ここで暮らし始めたときはどこかの子どもが困っているのかと思って慌てたものだが、今ではもう慣れた。
    (ああ、それで夢に見て……)
     いつもなら気にも留めない鳴き声なのに、今日はどうしても夢に見た光景がちらついた。幼いころ、あんな風に泣き続けていた記憶なんてほとんどない。ただのつまらない夢でしかないのに。
    「リタっち、食べないの?」
     レイヴンの声ではっと我に返る。
    「食べるわよ、考え事してただけ」
    「すぐどっか行っちゃうんだからなあ」
    「あんたに言われたくないわ」
    「いやいや、俺様はいつもシャッキリよ」
    「鏡見てきたら?」
    「いまさらこの美貌を確認してもね」
     リタが大きく息をつくと、レイヴンは両手をひらひらと振りながら笑う。
    「そんな顔しないでってば、美味しいよこれ」
    「取って付けたように」
    「ほんとほんと、甘いのは匂いだけで、具材の味がすんごいしみるわあ……この木の実が深みを出してる感じ」
    「それ、昨日隣の家からもらったのよ、香りが強いけど煮込みに使えるし、体にもいいって」
    「へえ、星の形っぽくて見た目も可愛らしいじゃない」
     スプーンにすくい取った木の実を、レイヴンはにこにこと眺める。その光景になぜか既視感をおぼえた。ふわりと漂う甘い香りにも覚えがあるような気がしてくる。
    (……星の煮込み)
     するりと言葉が浮かぶ。リタはこの料理の名前を知っていた。昔どこかの本で読んだのだったか、それともいつか食べたことがあったのか。はっきりと思い出すことはできなかった。
    「リタっちの料理、こんな美味しいんだからさ……忙しくってもちゃんと食べないとダメよ」
    「今さらそんなこと、わかってるわよ」
     レイヴンの皿はもうすぐ空になろうとしていた。リタは味のしみたニンジンを飲み込む。やたらと食事の世話を焼かれていた頃がなつかしい。ともに旅をしていたときも、心臓の検診のために日を決めて会っていたときも、ダングレストで一緒に暮らし始めたときも、思い出してみればつい昨日のことのように思える。
    「今日これから、買い物でも行く?」
     食事の片付けをするレイヴンは妙に上機嫌で提案する。
    「買い物は明日にでも行くつもりだったんだけど」
    「でも外晴れてるし、歩いたら気持ちよさそうだなってさ」
     リタは食器をしまいながら、レイヴンの顔を見やる。食事をとったおかげか顔色は朝より多少良くなったが、まだ回復しきっていない。元気を出そうと無理をしている。目を細めて時折ふらつきをやり過ごしているのが分かる。
    「明日ね」
    「ええー」
    「寝室の窓開けてあげるから」
    「囚われの姫みたい……ああ、助けて王子様」
    「ユーリでも呼ぶ? それともジュディスがいい? それは綺麗に優雅にベッドに叩き込んでくれると思うけど」
    「ふう、なんか眠くなってきたなあ」
     レイヴンはわざとらしくあくびをしながら寝室に歩いていく。リタもあとについて、少しだけ窓を開ける。ふわりと穏やかな風が流れてくる。レイヴンが布団にのそのそともぐりこむのを見ていると、じっと見つめられた。
    「なに、リタっちが寝かしつけてくれるの?」
    「王子様みたいにやればいい?」
    「ふわあー、んじゃおやすみぃ……」
     慌てて目を閉じる。わざとらしく寝息を立てる顔を突っついてやろうかと思ったがやめた。布団をぐいと肩まで引き上げてやる。唇の端がすこし動いたのは見ないふりをして、部屋をあとにする。
     しずかな居間の真ん中に立ち、明るい外をぼんやり眺める。ちらちら差し込む光が眩しくて目をつむりたくなる。幼い頃はずっと洞窟の中に暮らしていたせいか、今も昼の明るすぎる陽射しは少し苦手だった。



     レイヴンが仕事中に突然倒れたのは、半年前のことだった。そのときリタは帝都に滞在中で、知らせを聞いてダングレストに急いで戻った。
     駆けつけたとき、レイヴンは高熱にうなされていた。リタが心臓魔導器を調整し、数日の休養を取ると、幸い程なくしてレイヴンの調子は戻った。度重なった疲労が魔導器の数値の乱れに出てしまったのだろうと思われた。リタはこれまで以上に魔導器の調整に気を遣い、レイヴンは仕事量を少し減らすようになった。
     しかし、同じようなことが何度も繰り返し起こった。原因も分からず突然意識を失って、半日以上目覚めなかったこともあった。レイヴンの身体に何かが起きているのは明白だった。
     急いで駆けつけてきたリタの姿を目にすると、横たわったままでレイヴンはいつも悲しげに笑った。――ごめんね。
     それから、しばらく療養のためにふたりでハルルに移り住むことに決めた。リタの研究の本拠であるハルルに住むことで、レイヴンにもし何かがあってもリタがすぐに駆けつけられるように、ということもあった。
     この数日も、また同じように熱を出して寝込んでいるところだった。レイヴンはきっと思うように動かない自分の体をもどかしく思っているだろう。何が起きているのか、どうしたら元のように戻れるのかわからないことも。
     自室に入り、記録をたどりはじめる。レイヴンの心臓魔導器を診ることを許されてから、ずっと欠かさずにつけてきた記録だ。心臓魔導器は術式こそとんでもなく複雑なものの、基本は他の魔導器と同じような仕組みになっている。そのおかげで、数値を調整する手順についてはなんとか応用で身につけることができた。ただ、レイヴン自身の生命力で動いているために、正常に機能するための基準が一定ではない。エアルの乱れなどの外部要因に加えて、レイヴンの心身の状態も大きく関わってくる。
    (魔導器自体の機能に問題はない。調整すればすぐ戻るし、その後しばらくは経過も安定する)
     少し前の記録から、最近のものまでを順番に辿っていく。発熱などの不調の頻度は徐々に増えている。しかし、記録に残る数値はおおむね一定の規則性を持ちながらも正常範囲に収まっている。
     それなら、いったい何が起こっているのか?
     かしゃん、と音がして、手からペンを取り落としたことに気づいた。拾おうとして、自分の手のひらを見つめる。寒くもないのに、かたかたと小刻みに震えていた。
     ふいに、居眠りのときに見た光景がよぎる。白いシーツの上で膝を抱えた小さな影が、そばにあった木の実をかき集める。それはまるで星のような形をしている。大事そうにすくい取られた星々はぽろぽろと手のひらからこぼれ、シーツを滑って暗い床へと落ちていく。
    (また、泣いてる)
     あかるい窓の遠くから、あの泣き声が聞こえた。




    ケーブ・モック大森林


     迷った。これは完全に迷った。人生最大の危機かもしれない。
     まず方角を確認しようにも、いつの間にか羅針盤をなくしてしまった。空を覆いつくすほどに高く茂っている木々のせいで、太陽の方角もわからない。
     多くの精霊を知覚できる人なら、空気の流れからおおよその方角が分かるらしい。なので遠くに行くときの羅針盤はお守りのようなものだ。けれど私にとっては命綱にも等しい。なぜなくしてしまったのか。
     そもそも、船を降りてからろくに準備もせず森に乗り込んだのが間違いだった。北の大陸で一番大きいという街は、予想していたより活気のある場所だった。都と並ぶくらいだと聞いていたが、また雰囲気が違った。あんなにたくさんの人間を見たのは初めてだった。
     異邦の空気を感じながらおそるおそる商店通りを歩いていたら、ある噂が耳に入ってきた。南の森で精霊に祈ると不思議なことが起こるらしい――そんな話に、つい居ても立ってもいられず街を飛び出してしまったのだ。
    「後悔先に立たず……」
     よろよろと手近な岩に腰かける。自分がどのくらい歩いたのか正確なところはわからなかった。ただ足が少しじんじんと痛む。正しい道を探しながら歩いてきた徒労感も積もり積もっていた。こんなことならあの船団の人たちに案内でも頼めばよかった。船代に上乗せして追加料金を支払えたかといったら怪しいが。
     精霊の森――それが私の旅の目的地だった。そこに私の求めるものがあるかもしれないと、ずっと手がかりを探してきた。
     そうして調べた中、北の大陸に世界有数の広大な森林があるという情報を得て、私ははるばる海を渡ってきた。耳に飛び込んだ噂で確信を得たとはいえ、もっと街で情報収集と準備をちゃんとしてくるべきだった。後悔の念があとからあとから湧き出してくる。
     深い森の奥から何やらいろんな鳴き声が遠く響いてくる。魔物避けの道具はあといくつあっただろう。薄暗い景色がじっとりとした湿気とともに、ずっしりとのしかかってくるみたいだった。
     もうちょっと、自分は思慮深くて慎重な性格だと思っていた。とんでもない思い違いだ。認識とずれがありすぎだ。
    「見つけたと思ったんだけどなあ」
     海を越えて、知らない大陸に来て、気が大きくなっていたのかもしれない。ようやくたどり着けると、思い描いていた目的に手が届くと思ってしまった。
     ふいに、背後でがさがさと草の鳴る音がする。風で鳴ったのではない。明らかに何かの気配がする。身がすくんだ。震える手を懐に突っ込んで何かないか探った。適当に掴んだものを何も考えず放り投げた。ボン、と音がして辺りに白い煙がもうもうと立ちこめる。どうやら煙玉だったみたいだ。
    「どわあああーっ⁉」
     間抜けな声が上がった。そこにいた気配のものだった。私はあっけにとられて、この隙に逃げるのも忘れて、ぽかんと声のほうを見つめた。煙がだんだんと晴れて視界が元に戻ってくると、一人の男性がうずくまっているのがわかった。頭を両手で押さえながら、様子をうかがうようにこちらを見る。
    「……ありゃ? お前さん、こんなとこで何を?」
    「いや、聞きたいのはこっちですけど」
    「いやいや、聞きたいのはこっちだって」
    「いやいやいや」
    「いやいやいやいや」
     意味のないやり取りをしばらく続けてしまった。疲れた。
     男性は、金髪に緋色の外套という派手な見た目をしていた。酒場でたまに見かける遊び人に似ている。何にしてもこんな森の奥に来るにはあまりにも不似合いに思えた。
    「このへんの人じゃないよね?」
    「なぜそれを……まさか、踏み入ったよそ者を生贄に差し出す風習が」
    「はっはっは、面白いねえそれ」
     けらけら笑う顔は気のいい青年にも見える。実際は私よりずいぶん年上だと思うが、たぶん、おじさんって呼んだら傷つくんだろうな、と思った。なんとなくだが。
    「俺はねえ、このあたりの森を見回る仕事やってんだけど、もしかして迷い込んじゃった?」
    「いや、べつに迷っては……迷ってました」
     一瞬、無駄に強がろうとしてしまった。観念して大人しく荷物を抱えて縮こまる。
    「そんな怖がんないでよ、ギルドの人間として、お前さんみたいな無茶な旅の人を助けるのも仕事のうちだからさ。街まで送っていけばいい?」
     ギルドといえば、さまざまな目的によって集まる有志で形成される団体だ。商売や流通にかかわる大きなものもあれば、趣味で集まった小さなものまである。ただの集会と違うのは、どのギルドも加入の誓いをもって規則に従う必要があるという点だ。ということは、この男性はそれなりに信用できる人物なのかもしれない。
    「ちょ、ちょっと待ってもらっていいですか、おじ……お兄さんをこの辺りに詳しい方と思ってお聞きしたいんですが」
     私が一歩詰め寄ると、男性――お兄さんはちょっと驚いたように目を丸くする。
    「ここが、〈精霊の森〉って呼ばれてる場所なんでしょうか?」
     口にして、少し体がこわばるのを感じた。顔に出ないように唇を引き結ぶ。彼はうーんと考え込むように首を傾げている。
    「確かにそう呼んでる人もいるねえ、精霊を祀ってる祭壇もあるし、お参りに来る人もちょくちょくいるよ。ここ暗くて迷いやすいから案内役付きじゃないと危ないけどね」
    「祭壇があるんですか? それはどこに」
    「あー、わかったわかった、もともと祭壇の様子確かめとく予定だったし、一緒に来る?」
    「いいんですか?」
    「うんうん、せっかくこんなとこまで来たんだし見たいでしょ? それに、お兄さんって言ってもらっちゃったし」
     ニコニコと上機嫌に笑うお兄さんのあとをついていく。少しの気遣いが功を奏することもあるものだと、改めて学んだ。
     森の小道を進みながら、男性に自分のことをいくつか話した。南の大陸から来たこと、研究の一環で旅をしていること、〈精霊の森〉を探していること。
    「へえー、都の学者さんなんだねえ、精霊研究してるって人には何度か会ったことあるけど、都から来て一人旅してるって珍しいねえ」
    「そ、そうですか? 確かに珍しい、かもしれないですね……」
     一般的に、調査研究は複数人で計画されることが多いはずだ。都の研究所の規則は確かそうなっていた。
    「お前さんの言う〈精霊の森〉って、単に精霊が住んでるってだけじゃなくて、もっと伝承みたいな雰囲気がするけど、そうなの?」
    「そうですね、文献の端書きくらいの情報しかないので真偽は不確かなんですけど、その森の奥には精霊が生まれる前の、古代の遺物をも継承してきた隠れ里があるとか……見つけられたら、研究にもなにか進展があるかもと思って」
    「隠れ里! ほんとにあったら、ロマンだねえ……精霊が生まれる前の世界かあ……そんなことまで調べてんだねえ」
     感心したように言われる。多くの人にとって、精霊が生まれる前の世界は遥か大昔の遠い過去で、ふだん思い至ることもないのだと改めて実感する。何しろ、記録にある限りは千年以上前の話だ。
    「精霊のはじまりの話については、俺も知ってるけどさ」
    「伝承を語った、有名な民話のことですよね」
    「そうそう、星の欠片を人間が天に還して、精霊がこの世界に降りてきたってやつ」
     民話の内容を思い出す。ずっと昔、人は星から落ちてきた欠片の力を使って暮らしていた。しかし人は邪な心をもって、欠片の力を自らの際限ない欲望のために使うようになった。やがて星の力の廻りは歪み、怪物が生まれた。あやまちを省みた人は星の欠片をすべて天に還し、その力で怪物を打ち倒した。そんな人のそばには、星の化身である精霊が遣わされ、ともに暮らすようになった――多くの人に知られている話だ。
    「人間、つつましく生きるのが一番って、歳をとるたび思うよ」
     しみじみと話す声を聞きながら、私は足元の草を一歩一歩踏みしめる。精霊の声が聞こえないことについては話さないでおこうと思った。船団の少女にはついぺらぺらと喋ってしまったが、もともとみだりに人に話すようなことでもない。それだけで違うと思われる。
    「お、そろそろ着くよ」
     顔を上げると、少し開けた場所が見えた。奥まった場所に木で組まれた祭壇がある。その向こう側に、奇妙なものがあった。遠目から見ると重なり合った複数の岩のようで、しかし透き通るような薄黄色をしていて、どこか淡く発光しているようにも見える。
    「これ……なんですか?」
    「俺もよくわかってないけど、ここで祈ると精霊の声がよく聞こえるって人が多いから、精霊の生まれ故郷って呼ばれたりもしてる。だから祭壇がつくられてて、季節ごとに感謝の儀式みたいなこともするんよ」
    「生まれ故郷……」
    「昔は似たようなものが世界のあちこちにあったらしいけど、今となってはなぜか数が減っちゃったみたいで、ここは貴重な場所みたい」
     近づいて祭壇の前に立つ。台座のそばには花や菓子などが置かれていた。生まれ故郷なのにまるで墓標みたいだと思った。その向こうにそびえる謎の岩は、近くで見ると大きな鉱石もしくは結晶のようだった。
     今までこんなものを見たことはない。私の背丈の二倍近くの大きさがある。それ以上に、ただの岩ではないと体中が告げている。世界の神秘というものが形をとって現れたら、きっとこんな姿をしているのだろうと、根拠もなく思えた。
    (ここで願ったら、何かが起こる?)
     私の願い。知りたい。解き明かしたい。求めるものに辿り着きたい。
     心の中で唱えながら、知らずのうちに私は膝をついて祈るように手を組んでいた。生まれ故郷というのなら、ここが入り口なのかもしれない。そっと目を閉じる。
    「俺もお祈りしていこっと」
     男性が隣にひざまずくのが分かった。祈るとはどういうことなのか、私はよく分からない。この世界にとって、祈るという行いは精霊の声を聞き、力を借りるためのものらしかった。精霊に祈りを捧げ、その見返りに精霊が起こす現象によって、人は恩恵を受ける。精霊さまありがとう、と事あるごとに言う人を見て、私はいつも釈然としない気持ちを抱いていた。
    ――人だって熱心に祈りの力を分けてるんだから、持ちつ持たれつの関係なのに、なんで施しを受けるような態度なんだろう?
     私が声を聞くことができないからひねくれていたのもあるが、実際、聞こえる人に尋ねてみたこともある。ありがとうと言ったとき、精霊はどんな感じなのかと。
     答えはさまざまだった。ちょっと嬉しそうとか、得意げだとか、特に何も言わないとか。本当のところは分からないが、私にとって精霊は、ちょこまか逃げ隠れして姿を現さず、こちらをからかってくるイタズラ小僧みたいな印象だった。
    (なんでイタズラ小僧のために祈らないといけないんだか……)
     少し不満がちらついて、慌てて首を振る。こういう邪心はいけない。私が精霊を感じ取れなくても、善なる心を持つのだと示さなければならない。私はあなたがたのことを知りたいと強く願っているのです。あなたがたの故郷に、はじまりの地に、どうか、どうかお連れください――。
     風が吹いた。木々が鳴った。目の前の大きな結晶から何かが流れこむような感覚をおぼえて、体が震えた。目を開けたい気持ちをこらえて、組んだ手に力をこめた。
     そのまましばらくじっと動かずにいた。けれど、何も起こることはなかった。
    (どうして、なんだろう)
     目を開けると、祭壇があって、謎の岩は静かにそびえている。ただ、それだけだった。
    「おお、すんごい真剣にお祈りしてたねえ」
     お兄さんは、少し離れた切り株に座って待ってくれていた。
    「すみません、待ってもらって」
    「いいよいいよ、もうちょっとここ見ていく?」
    「……いえ、街に戻ることにします」
    「そっか、そういえば迷っててへとへとだったんだもんねえ、よーし、ちゃんと俺が無事送り届けますよっと」
    「助かります」
     私はもう一度祭壇の向こうを見つめた。今はもう何も感じない。ただの薄黄色を帯びた岩にしか見えない。けれど人智を超えた存在感だけはうっすらとたたえている。
    (私では、やっぱりだめなんだろうか)
     重い倦怠感をひきずりながら、私は男のあとについて森の小道をのろのろと歩いた。




     やっと街の入り口に着き、私は足早にその場を立ち去ろうとした。森を長い時間歩き回って、体力の限界が来ていた。
    「すみません、ありがとうございました。それでは私はここで……」
    「ちょっと待ったあ」
     制止されて、私は首をかしげる。そこではっと思い当たり、懐に手を突っ込む。
    「これは失礼しました、そういえばお礼をしていませんでした……こういうときの相場って、いくらくらいなんでしょうか」
     口にして、こういうのは先に交渉しておくんだったと後悔した。見知らぬ土地で、旅慣れない身で、吹っ掛けるにはうってつけの相手だ。迷って憔悴しすぎていたせいで、そうしたことをすっかり失念していた。
    「いやいや、うちのギルドの掟でさ、『森を歩くすべての生命を守れ』ってのもあるし、そもそも迷ったヒトからガルド巻き上げたりしないって。それよりお前さん、これからどうするつもりなの?」
    「どうするって……」
     どうするとは。次の目的地のことだろうか。今はなにも考えたくない。とりあえず手足をシーツに投げ出して眠りたい。
    「あー、酒場でこれから打ち上げ一杯……って思ったけど、すんごいお疲れなのよね……いや、お前さん、〈精霊の森〉ってやつを探してるなら、もしかしたら知ってる奴がいるかもって」
    「それ、本当ですか?」
    「ほんとに知ってるかはわかんないけど、精霊の伝承とかにちょっとだけ詳しい奴が知り合いにいたなあって思い出してさ、よかったら紹介してあげようか?」
    「それは……ぜひ、お願いします。あ、紹介料はどれくらいでしょう」
     彼はけらけらと笑って、懐から小さな紙を取り出しなにごとかさらさらと書きつけた。
    「んじゃ、旅先でうちのギルドの宣伝してきてよ、いっつも人手不足だからねえ」
     そう言って、何枚かの紙を私に渡してくれた。そうしているうちに仕事仲間か誰かに呼ばれて、大通りの向こうに行ってしまった。時折振り返ってニコニコと手を振ってくれた。森の中で会ったのが善良なおじさん――お兄さんでよかったと思った。
     私はふらついた足で宿に帰りつき、部屋に入ると三つ数えるあいだに眠りについた。枕元のテーブルにかろうじて渡されたものを置いた。メモと手紙と小さな広告。メモには手描きの地図が、手紙にはお兄さんと思われる名前と、紹介先の人らしき名前が書いてあった。
     小さな広告には、
    『我らがギルドで一緒に森を守りませんか? 草抜きや植樹で自然の力を体感! & 精霊とも触れ合える! まずは体験から!』
     という宣伝文句と、素朴な輪郭の木の絵が描いてあった。



    3 years left Ⅱ


     いつだったか、散った花びらの枚数をひたすら数えたことを思い出した。あのときはいったいどうやったのか、よくやり遂げたものだと思う。今はこうして花びらをつかもうとしても、風に吹かれてすり抜けていってしまう。
    「よっと」
     何度目かの挑戦でようやく小さな花びらを手のひらにつかまえる。この街に暮らし始めてから、ハルルの花が満開になるのを見るのは二度目だ。ちょうどダングレストから移り住んだ頃もこの花はよく咲き誇っていた。家の窓から感慨深く眺めていたのを覚えている。
    (あと何回見られるかな)
     あのときもそう思っていた。けれど、隣で同じように花を見ていた彼女には言わなかった。怒られるのが分かっていたから。
     レイヴンはしばらく花片を見つめたあと、ゆっくり手をひらいた。ふわりとやわらかな風に乗って桃色の欠片は飛び立ち、遠い空に旅立っていく。
    「バイバイ」
     こんな風に、生きていたらいずれ何かを手放していくのを繰り返すのかもしれない。最近は特にそう思う。たくさんのものを得てしまったら、そのぶん手放して返さなければいけない。
     誰に。どこへ。
    「おっと、もうお日様が動いてる」
     昼下がり、頃合いだ。坂を下りることにする。リタは今日大事な研究会に出かけているが、そろそろ終わっている時間だろう。
     ハルルの街はずれにある建物を目指して歩いていく。元々はアスピオの研究者たちが身を寄せるための仮設研究所だったが、街の人々と協力して立派な研究所になった。木製の屋根は街並みによく馴染んでいる。
    「……の変換効率については、また後日検討……うん、……でお願い」
     建物の前で、何人かの研究者たちが立ち話をしている。その中心にいるリタは、各々に何事かを伝えている。今日の議題についてだろうか。しばらく木陰から様子を見ていることにする。
     リタは精霊術の研究において第一人者といってもいいほどの人物だ。こうして実際に仕事ぶりを見ていると、改めて実感する。すっかり立派になって、なんてちょっとだけ誇らしくもなる。
    (いや、初めからだったな)
     出会った頃から、彼女はずっと立派だった。その道で知らぬ者はいないと言われる研究の才はもちろん、あらゆるものを正面から見つめることのできる直向きな一途さも。
    「ちょ、ちょっと……あんた、なんでこんなとこに」
     ぼんやりしていたら見つかってしまった。いつの間にか話を終えてこちらに歩いてきていたリタは目を丸くして驚いている。
    「いやあ、たまには迎えにこようかなって」
    「ちゃんと寝ててって言ったじゃない! 熱は?」
     強引に屈まされ、額に手を当てられる。
    「大丈夫でしょ? ほんとは朝から元気だったんだけど、リタっちが心配性だから」
    「すぐに平気なふりしようとするくせに、よく言うわ」
    「昨日はリタっちの言うとおりずっと寝てたでしょ? そのおかげで回復したのよ、ありがとねえ」
     なおも疑わしそうな目で見られるが、レイヴンが腕をぐるんぐるんと回して元気さをアピールしてみせると、ふうと諦めたように息をついた。
    「今日の会、うまくいった?」
    「うまくいくとかいかないとか、そういうやつじゃないんだけど」
    「リタっち的に、んーと、そう、有意義だったかなって」
    「まあ、いろいろ進展はあったかもね」
     胸に抱えたままだった大量の資料を、まとめて鞄にしまい込みながら言う。持とうかと手を差し出したら、ぺしと弾かれた。
    「精霊術のアレコレもだいぶ確立されてきたって聞いたけど、リタっち達さまさまって感じね」
     魔導器を失った世界は、着実に再生しようとしている。リタを始めとした研究者たちの尽力によって精霊術は一部で実用化されつつある。レイヴンとリタの家にもいくつかの精霊術装置がある。装置は目に見えない精霊と人間を繋ぎ、力を媒介する役目を果たすものだという。
    「でも、ちゃんとした実用化までにはまだ解決できない問題がけっこうあるの」
    「なんか不確定要素があるって言ってなかったっけ」
     鞄を持ち上げながら、リタはうなずいた。
    「今は一定の条件下に限られてるけど、ゆくゆくは誰でもいろんな場面で使えるようにしていきたいのよね。でも、条件が違えば結果にかなりブレが出ちゃうっていうのが目下の課題ね」
    「それって、場合によったらけっこう危ないんじゃないの」
    「だから、媒介装置の設計には、万が一の暴走が起こる可能性をいちおう考えてあるけど……でも」
     歩きながら、リタは青い空を見上げる。その先にはハルルの樹が高くそびえている。ここからでも咲き誇った花は鮮やかに見える。
    「暴走よりも、人によっては結果がちゃんと出力されないことのほうがいまは重大ね。誰でもだいたい同じような結果を導ける魔導器と違って、相性があるというか……何をやるにしても、毎回魔術を使ってるのと少し似たような感触かもしれない」
    「あー、俺の使ってた魔術と、リタっちの使ってた魔術がぜんぜん違ったみたいな感じ?」
    「まあ……雑に言えばそういうことかもね。あんたのテキトーな詠唱でも、風属性ならけっこうちゃんと使えてたじゃない? でもあたしは火や闇のほうが上手く操れた……それがもっと極端に出るような感じ」
    「ふーん、んじゃ精霊術には使う人の性質がガッツリ出るってわけだ、面白いねえ」
    「あんたは呑気でいいかもしれないけど、あたしたちにとっては深刻な問題なのよ。新しい技術として本当に確立できるかどうかの瀬戸際なんだから」
     そう言いながらぶつぶつと何事か呟き出す。真剣な研究者の顔になってしまう。
    「まーまー、いったん研究会は終わったんでしょ? とりあえずさ……買い物して、散歩して帰らない? 昨日買い物行くって言ってたでしょ」
    「確かに……言ってたけど」
    「俺もだいぶ調子戻ったしさ、せっかくだし二人でいろいろ買って帰ろ、荷物もいっぱい持てるし」
     ふんふんと腕を大きく振ってみせると、リタは仕方ないわね、と呆れたように目を細めた。



     ハルルの市場はそこまで大きいものではない。しかしギルドや商人たちが定期的に行商に来るので、それが重なった日はいつもより盛況になる。住人に加えて研究者相手の商売も見込めるため、今では商売の要衝とも言える地になっている。
    「昨日のリタっちの煮物美味しかったからさ、今日は俺が腕振るっちゃおかな」
    「まだ残ってるから、今日はそれを使おうと思ってたんだけど」
    「じゃ、付け合わせにふさわしい品考えないと」
     リタと二人で出かけるのは久しぶりのことだった。長らく床に伏せっていたせいでいっそう久々に思えるのかもしれない。リタが隣であれこれ言いながら食材を慎重に選んでいく、それだけの光景が妙に感慨深かった。
    (食べられりゃいいって、パンに生卵はさんだりしてたのになあ)
     今さらそんな話を持ち出したら彼女の機嫌を損ねるのは考えるまでもない。あれから同じ家に暮らし、食事を疎かにする彼女の世話をなんだかんだと焼いて、そのうち一緒に料理をするようになったのも、今となっては昔の話だ。なぜかこの頃は、そんな昔のことをよく思い出す。
    「うん、これだけ買えば十分ね」
    「足りないものとか、まだある?」
    「とりあえずはこれで大丈夫だと思う」
     食材や日用品の詰まった袋を受け取る。坂をのぼって家のほうへ歩き出そうとするリタを、くいと引き留めた。
    「こんないい天気だからさ、お花見でもしない? いや、お花見っていってもちょっと樹見て帰るくらいで」
     まあそれくらいなら、とリタはうなずいてくれた。ゆっくりと坂の天辺の樹のほうへ歩きだす。
    「昨日窓の外から見ながら、やっぱ近くで見たいなって思ってて」
    「そんなに? 花なんていつでも見られるでしょ」
    「満開の季節は今だけでしょーよ、ちょっとしたらまた長いこと見られなくなるんだから」
     季節はおそるべき速さで変わっていく。この街に来てから時間の流れがとても速くなったような気がしていた。慣れないハルルにやってきて、リタと前の満開の季節を過ごしたことが、つい昨日のことのように思えるくらいに。
    「終わったなとか思ってるあいだに、次の季節なんてすぐ来るわよ」
     リタの言うことは正しい。ただ、レイヴンにはその速さがひどく恐ろしく感じられるときがあった。こんなに一日一日をゆっくりと、ゆるやかに焼き付けるように過ごしているのに、ふと気がつけば強い風が吹き去ったあとのように多くのものが背後に積もっている。ささやかに手のひらで掴もうとしていた小さな一日は、すでにそこにはなくなっている。
    「……次の季節の頃には、どうなってるかな」
     なんとはなしに呟くと、リタがこちらに視線を向けるのを感じた。目を合わせて、にこりと笑んでみせる。
    「いやあー、今はすっかりリタっちに養ってもらっちゃってるけどさ、その頃はもうちょいどうにかなってるかなって」
    「どうにかって、あんたそんなに働きたいの?」
    「えぇ、こんな状態でさらに『働きたくない!』とか言ったら情けないことこの上ないじゃない?」
    「そもそも、あんたがやたら働きすぎだったからここに来たのよ、ちょっとは反省するのね」
    「だって、みんながみんな俺様を頼ってくるからさあ」
    「頼まれた以上のことまで次々引き受けてたくせに、よく言うわ」
     言葉とは裏腹に、表情はやさしいものだった。ギルドと騎士団双方の仕事に追われていたレイヴンをリタはいつも心配してくれていた。無茶するなと怒りながら、自分の体を第一に考えろと何度も諭してくれた。
    「昔は、もっと楽したいーとか、面倒なことはやりたくないー、とかうにゃうにゃ言ってたんだから、そのくらいでいればいいのよ」
    「そんなこと言ってた?」
    「言ってたわよ」
     坂の中腹くらいまで来ると、樹がより大きく見える。もうすぐ手が届いてしまいそうだが、まだ正面にも立っていない。
    「ここは帝都にだって近いんだし、また元気になったらやることなんていくらでもあるわよ」
    「そうねえ、このままこの街で、リタっちの助手として働くのもいいかもねえ」
    「助手って……せいぜい雑用係がいいとこね」
    「うっ、即不採用……?」
     陽射しが高くなって、日向のなかでそよぐリタの髪が明るく見える。それがレイヴンの目線からでも近く感じられておどろく。いつの間にこんなに背が伸びたのか、昨日今日の話ではないのに、今さらそんなことを思った。それだけの時間、レイヴンはリタのそばにいた。リタは変わりゆく季節をレイヴンとともに過ごしてくれた。だから、ちゃんと返さなければいけない。
     季節が過ぎ去る前に。まだ返せるものがあるうちに。生きているあいだに。
    「……レイヴン⁉」
     頭がくらりと揺らいで、膝がかくりと折れて、急に立っていられなくなる。だいじょうぶ、ちょっと休憩させて、そう言おうとしたのに自分の声も聞こえない。ああ、とりあえず荷物を落とさないようにしないと――そう思ったのを最後に、意識が途切れた。




     誰かが泣いている声がする。
     いや、これは鳥の鳴き声だっただろうか。前に、リタが小さな子の泣き声に聞こえるから紛らわしいと話していた気がする。
     けれど、泣いている。
     ちいさな肩を震わせながら、涙に濡れた顔を隠して、少女は泣いていた。
     その肩を抱きしめるように触れた。
     もう少女と呼べなくなってもずっと変わらない、大切なひとの瞳が、レイヴンをとらえて瞬いた。




     目を開けると、薄明るい天井が目に入った。ほのかに赤を帯びた光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
    「起きた?」
     寝台のそばに座っていたリタがのぞき込んでくる。起きたばかりでは気配に気づかないくらい、静かな様子でそこにいた。
    「リタっち……ずっとここにいたの」
    「たまたまよ、あんたを運ぶの手伝ってもらった人たちにお礼して、ちょっとひと息ついたから見に来ただけ」
    「それは……面倒かけちゃったねえ」
    「べつに気にすることないって言ってたから、あんたは休むことだけ考えてなさい」
     倒れてから数時間、陽が落ちるころまで眠っていたらしい。少し頭がぼうっとするのと、手足が重いくらいで、気分は悪くはない。
    「やっぱり、寝てろって言ったのに勝手に出てくるから」
    「いやあ、今日はもう調子戻ったと思ってたんだけどなあ」
    「その油断が命取りなのよ、これに懲りたらちゃんと反省してよね」
     ぴっと指を突きつけてくるが、いつものような強気さは少し足りない。リタは、あきらかに憔悴していた。つとめて平静を保とうとしているが、気を張って動揺を隠している。無理をしているのだと分かった。
    (もう、ここまでにしよう)
     リタが無理をしていたのは今に始まったことではない。彼女は知っている。全容をつかんでいるかは分からないが、レイヴンに何が起きているのか、確実に気づいている。
     けれど、リタは一時の不調だと、休めばまたすぐに治るからと言った。そうして、ずっとそばでレイヴンを診て、支えつづけてくれた。彼女が何も言わないでいるうちは、聞かないでいるのがいいと思っていた。いつかは覚めるちょっと不運な夢だと、そういうことにしようとした。
     その長い間ずっと、リタは一人で泣いていた。なぜもっと、早くに気付けなかったのだろう。
    「……リタ」
     呼ぶと、はっと顔をあげる。丸く開かれた目の奥が、水面のように揺れていた。レイヴンが体を起こそうとすると、支えようと伸ばされたその手をつかんだ。
    「どのくらい、分かってる?」
    「何……が」
    「俺と、コイツのこと」
     胸に手をやる。今は痛みは感じない。かすかな駆動音を立てて、動き続けているのがわかる。
    「今さら……なに、あたしを誰だと思って」
    「魔導学のことならこの世で右に出るものはいない、今や精霊術研究の第一人者でもある、稀代の天才リタ・モルディオ」
    「そ、そうよ……何よ改まって」
    「リタっちなら、分かってないはずない、だから……俺に、教えてほしい。今の時点で、分かってること」
     リタは今にも泣き出しそうな顔をして、目を伏せた。握った手がレイヴンの手の中でかすかに震えているのが分かった。
     どちらがより酷なのだろう。知らないふりをし続けること。真実を暴こうとすること。けれど、その二択を彼女に聞けば、どちらを選ぶかなんて決まっていると答えるだろう。辛くても苦しくても、そうしなければ進めないと言うだろう。彼女がそうせずにはいられない人間だということを、レイヴンはよく知っている。痛いほどに。
    「……確証がないの、だから、言えなかった」
     うつむいたまま、リタはぽつりと口を開いた。
    「でも、本当は……信じたくなかっただけなのかも、そんなことあるはずないって」
     こんなときでも泣くまいと、懸命にこらえているのが分かった。思い切り泣かせてやりたかった。でも、そうすればこの先をきちんと話せなくなる。だからそうしているのだと分かって、レイヴンは黙ったまま聞いていた。
    「その子の調子が悪いとか、動作がおかしいとか、そういう魔導器自体の不具合みたいなことはほとんど起きてない。むしろ数値は正常範囲におさまってる。だから初めは本当にしばらく休養すれば治ると思ってたの」
     ずっと見てくれていたのだと改めて実感する。研究熱心な彼女の才が自分のためなどに活かされていると思うと、やはり複雑な思いが湧く。
    「でも、あんたが倒れて、寝込んでる期間の数値の変動の仕方が、毎回同じなの。熱を出したときも、目まいで倒れたときも、不調の種類は時によって違うのに」
     絡まった指に、ぎゅっと力がこもるのを感じた。もどかしそうに何か言おうとして、やめて、それを何度か繰り返す。
    「……仮説にしかすぎないかもしれない、でも今までずっとあんたとこの子を診てきて、もっともあり得る可能性の一つとして、出てきたの」
     リタがゆっくりと顔を上げる。
    「この子の……心臓魔導器の出力源が……足りなくなってる可能性」
     言葉のあと、リタはぼうっとレイヴンの胸元を見つめたまま、じっと動かない。レイヴンに請われて言うべきことを言い、けれどそれ以上どうしたらいいのかわからないとでもいうように、そのままでいる。
     レイヴンの心臓魔導器はエアルなどの外界の力を使わない。だからもうとっくに魔導器が世界中からすべてなくなったあとも、例外としてまだここに残っている。
    「俺の、生命力が、コイツを動かすには足りなくなってきた……ってこと?」
     一拍おいて、リタはぎゅっと目をつむった。信じたくなかった、と言ったように、今もそんな可能性を受けいれるわけにはいかないと懸命に拒絶している。それでも、その可能性が真に近いものなら見つめなければならないと、同時にリタの全身が叫んでいるのが分かった。
     心臓魔導器は、ヘルメスによって作られた新型魔導器の一種だ。新型の魔導器は、本来の魔導器よりも高出力でさまざまな機能を持つ代わりに、大量のエアルを消費する。そうして消費されたエアルの分だけ大地に根付いたエアルクレーネが反応し、過剰なエアルが放出されて自然や人間に影響を及ぼす。その繰り返しを止めるために、レイヴンたちはかつて奔走していた。
     しかし、心臓魔導器はエアルではなくレイヴンの生命力を用いて動く。心臓の代わりを果たすという人智を超えた機能を、レイヴンの生命力ですべてまかなっている。しかし、稼働に最低限必要な量が供給されなければどうなるか。
    「コイツを動かすために、俺は、何回も倒れてたってわけね」
     発熱や昏倒などの不調は、心臓魔導器がレイヴンの生命力を確保しようとして起きてしまった現象だったのだ。
    「でも、この子は……あんたを生かそうとして、力を集めようとして……」
    「うん、分かってるよ、もちろん」
     リタの目をのぞき込んで、正面から見つめる。レイヴンを生かすための心臓魔導器が、少しずつレイヴンの命を削っている。魔導器を誰よりも間近で見てきたリタにとって、簡単には受けいれられない矛盾だっただろう。
     その可能性に気づきながらも、ぎりぎりのところで張りつめて、踏みとどまらなければとじっとこらえている。どうしてそんなにしてまで、と問いたくなる。けれどそうしてはいけないと知っている。そんな問いの答えは、もう身にしみるほどによく分かっている。それだけの時間、ずっと一緒にいたのだ。
    「ありがとう、話してくれて」
     レイヴンは、リタの体をやわらかく引き寄せた。両腕を回して、胸元に抱きとめる。
    「大丈夫、俺はまだ、生きてるよ、だから……大丈夫」
     そうして、ようやく、リタは声をあげて泣いた。レイヴンの胸のなかで、ただ、こどものように泣きじゃくった。その体は燃えるように熱くて、まるで炎を抱いているみたいだと思った。その痛くていとおしい命のようなあたたかさが吹かれて消えることのないよう、レイヴンはそっと力をこめて、抱きしめた。



    亡き都市カルボクラム


     森林ギルドの男性から渡された地図をもとに辿り着いたのは、湖のほとりだった。街から東に歩き、林を少し抜けた先にその湖はあった。
    (びっくりするくらい、静か……)
     音が水にすべて吸い込まれているのかと思うくらい、あたりは静謐な空気につつまれていた。ぞっとするとか、嫌な感じはしない。ただ、騒がしいあの街からそう離れていないところにこのような場所があるのかと、不思議な気持ちになる。
     とは言っても、そこそこ長い距離を歩いた気がする。あまり健脚なほうではないのだと思い知らされるばかりの旅だった。精霊に頼れないなりに自分の力でなるべくいろいろできるようやってきたつもりだったが、旅をするには想像以上のさまざまな技能が必要なのだと分かってきた。このあたりに住むという学者が、どうか少しだけ休ませてくれるような親切な人間であることを祈った。
    「こちらがお願いしに行く立場なのに……」
     情けない気持ちを抱えながら、もう一度地図を見直す。湖の外周に沿って少し歩くと、ぽつんと小屋が建っていた。あたりに人の気配はない。なぜか神聖な地に踏み込んでいるような気分になりながら、扉を軽く叩いた。
    「ごめんくださーい、いらっしゃいますか」
     返事はない。そもそもこんなところに人が住んでいるものだろうかと疑問に思い始める。けれどあのタイミングでお兄さんが私に誤情報を掴ませる必要があっただろうか――などと考えを巡らせていると、バタバタと小屋の中から音が聞こえてきた。
    「すまない! お待たせしてしまったね」
     爽やかな声と同時にどたばたと男が出てくる。薄茶の髪はぼさぼさであちこち乱れており、深緑のローブはしわしわだ。ぱっと顔を見るかぎり、あのお兄さんとは違って、ちゃんと若い青年と呼んでもいいくらいだと思った。
    「せっかく実験協力で来てくれたっていうのに、申し訳ないことを」
    「実験……協力?」
     私は呆けた顔のまま首をかしげた。
    「あの、私は、旅の途中で知り合ったギルドの方から紹介を受けて来たのですけど」
     そう言いながら、お兄さんからの手紙を渡す。受け取った青年は、その場で封を開けふむふむと読み始める。
    「ああ、あの人の紹介か! よく用具の調達に協力してもらっていてね、それから実験協力の人集めも助けてもらってるんだ。いつもお世話になりっぱなしだよ……それで今回はこんなちゃんとした人を連れてきてくれるなんて」
    「えっと……あの……?」
    「さっそくだけど、そこの薬を飲んでほしいんだよ、そしたら実験場に案内するから」
    「いや、私はそういうのじゃ」
    「ああすまない! 大切な客人に戸口でこんなことを……少し休んでもらってからのほうが良いデータが取れるかもしれないし……どうぞ中に入ってくれ!」
     やたらと恭しい仕草で小屋の中に招かれる。親切な人ではありそうだ。しかし、押しの強さが独特すぎるし、何より“紹介”の話が違う。
    (私……もしかして騙された?)
     ヘラヘラと笑うおじさんの顔を思い浮かべながら、頭を抱えた。




    「本当に申し訳ない!」
     なんとかして事情を説明した私に、青年は深々と頭を下げた。
    「同業の方だったんだね、失礼なことをしてしまった……」
    「いや……同業っていってもそんな大層なものではないです、今は自分のために旅をしていろいろ調べてまわってるという感じですし」
    「旅かあ……すごいな。僕たちみたいな人間は、だいたい自分のためにいろんなものを見聞きしているものだと思うけど、君のように遠い場所まで赴こうとする気概はなかなかないよ」
     私は青年に淹れてもらった温かい茶を飲みながら、小屋の中をなんとはなしに見る。積まれた本と紙は、床と壁をほとんど覆いつくしている。いかにも、研究に没頭してそれ以外をすべて疎かにしている人間の住み処といった様相だ。背の高い棚には“実験協力”に使われるはずだった薬品らしきものの他にも、さまざまな小瓶が並んでいる。
    「薬、と言ってましたが、今は薬品の研究をされてるんですか?」
     よくぞ聞いてくれたというように青年の目が瞬いた。
    「興味を持ってくれるのか? そればかりというわけじゃないけど、今は精霊に頼らない薬品の開発ができないかやっているところかな、今ではちょっと珍しいかもしれないね」
     青年ははにかんだように頬を掻いた。人は、薬草を薬品に変える過程にも精霊の力を借りる。物理的な調合と治癒の祈りによって病を癒やす薬は完成する。なので、医者や薬師は精霊の気配に人一倍敏感な者が多いと言われる。
    「薬品っていってもいろいろですよね、何かの病を治すようなものなんでしょうか」
    「いや、僕は薬師にはとてもなれないよ……もう少し日常的な場面で使えるものというか、一時的に筋力を増幅させたり、素材を頑丈にしたり、といった感じのものを作ろうとしているんだ」
    「それは……いろいろな場面で役に立ちそうですね」
     そう口にしてから気づいた。私は自分で精霊に祈ることができないから、自力でそうしたことができるなら魅力的な薬だとは思える。けれど多くの人にとっては必要のないものだろう。
    「本当に? そう言ってくれる人はほとんどいないから嬉しいよ!」
     でもそれならなおのこと、と呟きながら、棚の薬瓶にちらりと目をやる。まだ未練があるようだ。なんとなく飲んでやってもいいかもしれないという気持ちになってきた。でも実験ということは、飲んだら実際にどんな効果が出るのか分かったものではない。うっかりこの勢いで協力してしまっていろいろ有耶無耶になる前に、まず目的を果たそうと思った。
    「そうだ、君に見てほしいものがあるんだ」
     私が口を開こうとすると、青年はぱっと立ち上がって言った。
    「せっかくこんなところまで来てもらったんだから、同業者の意見も聞きたいと思ってさ」
     そうしてばさりと外套を羽織って、足早に小屋の外に出ていってしまう。やっぱり人の話をあまり聞かないところがあるようだ。都の研究所でも似たような人はいたが、ここまで独特な人には初めて会ったかもしれない。
    「まあ……これくらい、いいか」
     協力を断ってしまったのに、一方的に情報を要求するのも良くないだろう。私はカップを机の奥にそっと置いて、青年のあとを追いかけた。




     小屋の外には、来るときにも見た大きな湖が広がっている。遠くにはぼんやりと煙る林が見え、もっと遠くには山々がそびえている。小屋から少し歩いた湖岸のそばで、青年はたたずんでいた。
    「今はちょうどいい天気だね、ちょっとこれをかけて、見てほしい」
     大きな眼鏡のようなものを渡される。雨量が多いというこの地方には珍しく、薄く雲がかかっているくらいで周囲は明るい。
    「水の中が見えるように、反射光を防ぐつくりになってるんだ」
     とりあえず青年にしたがい、眼鏡のようなものを装着して、湖のなかを覗きこむ。
    「……え」
     私は目を疑った。ゆがんだ自分の影が水面に映っているだけかと思った。けれどそうではなかった。見えるのはうっすらとではあったが、水底にはいくつもの建物が沈んでいた。まるで湖の中に都市があるような、そんな風に見えた。
    「これって、いったい」
    「見えたかい? きっとここには昔、それなりに大きな都市があったんだと思うんだ」
    「でも、どうして湖の中に?」
    「僕が調べたところ諸説あって、水の大精霊が暴走した結果として大洪水が起きて沈んでしまったとか、この辺りは雨量が多いから貯水湖に作り替えたとか。でも後者の説だと、この沈んだままの都市の名残はどうしてそのままなのか、不可解な点が残るね」
     精霊の暴走で地形が変わった場所は、世界にいくつか存在すると聞く。しかし時代が下るにつれてどこがどう変化したのか、多くは曖昧になってしまっているという。
    「わざわざ街を沈めて貯水湖にするのは割に合わないような気が……だってわざわざこんなところから水を引っ張ってこなくても、召喚したほうが早いんじゃないですか? この地域は雨が多いと聞きましたが、ならなおさら水精霊がたくさんいそうなものなのに」
     言ってから、まるで精霊がいることがわからないと言っているようなものだと気づいた。しかし青年はそのあたりには引っかからなかったようで、同意するように頷いている。
    「僕もそう思う。それに長くここに住んでるけど、この貯水湖を管理しているって人間には会ったことがないしね。だから大洪水が起こった説を支持したいけど……僕にはまた別の仮説があるんだ。ちょっと向こうのほうまで一緒に行ってくれないか」
     再び歩き出す青年のあとについていく。私と精霊のことはべつに取り立てて隠すようなことでもない。海賊見習い少女にはつい話してしまったし、森林ギルドのおじさんは精霊信仰に深く関わっている人のようだったから、なんとなく黙っていただけだ。けれど、ここは故郷の街でも都の研究所でもない。
    (そこまで旅慣れてるわけでもない人間が、見知らぬ土地で、精霊を知覚できないと知られたら)
     水精霊が見えないというだけなら、単なる相性の問題だと思ってもらえるだろう。警戒するに越したことはない。先行きがどうなるかもわからない、未知のものを求める旅なのだから。
    「今度はこれを使って、このあたりの水中を見てほしい」
     渡されたのは、縦に長い水桶のようなものだった。底が透き通っていて向こうが見える。縁に顔をあてて、水につけるのだと言われた。これも水中を見るための道具らしい。私は湖岸に屈み込み、水に桶をゆっくりと沈めた。
     ゆらりと薄碧に揺れる水流の向こうに、古びた石造りの建物がいくつも並んでいる。先ほど眼鏡越しに見た光景と同じだ。しかし今度はいくらかはっきりと見えるため、それらがところどころ崩れてしまっているのが分かった。水底に沈んでからだんだんと崩れていったのか、それとも沈む前にもう崩壊していたのか。
    (……あれ?)
     都市のあちこちに、見慣れない形の機構があるのに気がついた。台座に置かれた円柱のような形で、鈍い白の光を反射している。古めかしい石造りの建物のあいまにいくつも点在するそれらは、かなり異質に見えた。
    「まさか」
     私は呟いて、ぱっと顔を上げた。隣で腕組みをしながら待っていた青年を見た。
    「君にも見えたかい」
    「あなたは……あれが何か知っているんですか」
     困ったような顔をして、青年は首を振った。
    「僕は水精霊との相性がそこまで良くないから、実際にこの湖の中へ潜ったことはないんだ。でも、仮説なら立てられる。君があれを見て何か気づいたってことは、僕の仮説も理解してもらえそうで嬉しいよ」
    「あれは、もしかして、遥か昔に失われた古代文明の……」
     有名な民話では〈星の欠片〉と呼ばれていた。古代の人々が星の力を自在に操り、そして乱した罪の証。
    「そう、〈星の欠片〉の名残……その可能性が高いと僕も思う。だからきっと、この街は人が立ち入れないように沈められたんじゃないかと思うんだ。あれらを人の手に触れさせないために」
    「でも、見たところ小さいものでしたし、機能も完全に停止してたようですし……そんな危険性があるものなんでしょうか、わざわざ沈めるまでして」
    「まあ、本当に大精霊が暴走したのかもしれないし、本当のことはわからないけどね……でも僕は、ここから見えるものだけじゃないと思ってるんだ、この都市にあるものは」
     私は振り返って水面を眺める。何も知らずに見れば、穏やかな湖にしか見えない。
    「もっと、人の禁忌を超えたものがあったと?」
    「確かめたことはないけど、もしかしたらそうじゃないかと思ってるんだ。何せ、大災厄ですべて滅んだ文明なんだ。きっと初めから、人の手には扱いきれないものだったんだ。残っている文献によると、古代の人はその危険な文明をめぐって何度も戦いを繰り広げたというし」
     青年の言葉に、思わずぎゅうと拳をつくる。歴史によれば、精霊の力を巡っても人は過去に何度か争っている。〈星の欠片〉が直接争いを引き起こしたわけではない。
     この大陸に来る途中で立ち寄った、小さな島のことを思い出す。あの場所も、古びた石碑の下に何かが封じられているような印象を受けた。
     人が触れてはいけないものだから、なくなってしまったのだろうか。伝承によれば、人は天から落ちてきた欠片を手にしただけなのに、人の身には過ぎた領域に踏み入ってしまったから、罰として天が奪ったというのだろうか。私にとっては、今この世界に存在する精霊すべてが、触れられないもので、踏み入れない領域にあるというのに。
    「……この湖に潜る方法はないんですか?」
     気がつけばそう聞いていた。青年は驚いたような顔をして瞬きを繰り返す。
    「君、ここを調べたいのかい?」
    「そうですね、話を聞いていたら興味が出てきました。もともと、私はこういう過去の文明について調査するために旅をしているので」
    「そうだったのか! もっと早く言ってくれればよかったのに……」
     青年は懐を漁り、いそいそと小瓶を取り出す。さきほど小屋で見たものとよく似ていた。
    「これはまだ試作品なんだけど、身体の能力を一時的に向上させる成分が含まれているんだ。だから水精霊の加護がなくても、少しのあいだなら潜水くらいはできると思う。自分で試してみたときは、丸太を持ち上げるくらいのことはできたから」
     あやふやな怪しげな説明にもかかわらず、私は気がつけばその小瓶を受け取っていた。何かに魅入られるように紫色の透き通った中身を見つめる。
     もしかしたら、この湖の底に、私の求めるものがあるかもしれない。
     私は意を決して蓋を開け、勢いよく口に流し込む。
    「ぐほっ!」
     飲んだ途端、ものすごい苦味と辛味と酸味とその他なにか形容しがたい暴力的な味が口内を駆け抜けた。すさまじい不味さだった。もはや不味さという言葉であらわせるような生やさしいものではなかった。
    「ああ! 君、大丈夫か⁉」
     青年がとっさに叫ぶ。薬のあまりの衝撃の味に、私は膝からよろよろと崩れ落ちた。




    「……すみません、肩を貸してもらって」
    「いやいや、これくらいどうということはないよ、せっかく協力してもらったのにこんな目にあわせてしまってすまなかった」
     薬のあまりの味に意識を失いかけた私は、青年に小屋まで連れてきてもらった。研究者然とした見た目のわりに、青年は意外と力持ちだった。謎の押しの強さには似合っているが。
    「やっぱりまだまだ工夫の余地があるな……もう少し……を足して量を増やして……でも、うん、君のおかげで新たな改善点がたくさん見えたよ。別条件でも効果を発揮するためのヒントをありがとう、いくら礼を言っても足りないよ」
     そもそもちゃんと飲めなかったので、効果を発揮するどころの話ではなかったのだが、青年はとても嬉しそうな顔でにこにこと笑っている。まだ口に残った刺激的な味のせいか気分がすぐれず、いえそんな、と曖昧に笑いかえしておくことにする。
    「でも君の目的に協力できなくて残念だよ、せっかく遠いところから来てくれたのに……」
    「いえ、大丈夫です……私の目的はもともと別にあるので」
     青年は興味ありげに首をかしげる。ようやく本来の目的を話すことができそうだ。
    「私は〈精霊の森〉というものを探しているんです。都で見た古い文献の情報を元に、ここから南西方向にある大森林がそうなんじゃないかと思って行ってみたんですが、地元の人が精霊を祀っているっていう結晶と祭壇しかなくて……」
    「〈精霊の森〉? もしかして……似たような話をどこかで聞いたことがあるような」
    「え、ご存知なんですか……!」
    「そんな伝承を前に耳に挟んだことがあるよ。確か、怪物との戦いで失われた〈星の欠片〉が、実は一部の人間の手で残されていた……みたいな話だった気が」
    「それって……詳しく教えてもらえませんか!」
     青年はしばらく腕組みしたあと顔を上げて、なにやら机の引き出しを漁りはじめた。
    「えーっとどうだったかな……確かここに……いやこっちだったかな……あった!」
     見せられたのは少し古びた木版だった。何やら図画が描いてある。
    「都の近くから発掘されたものだって、知人から譲ってもらったんだ。何かの役に立つかと思ってもらっておいたんだけど、僕にはさっぱりで……でも君から話を聞いて、もしかするとこれが関係あるんじゃないかと思って」
     木版の中心には、大きな樹らしき絵があり、それを取り囲むようにいくつもの円が描かれている。円の形は大小さまざまだが、どことなく大森林で見た結晶に似ているように思えた。
    「ほんの少し思い出したよ、人知れず残された〈星の欠片〉が、大樹の元で守られていた……そんな話がまことしやかに一部の地域には伝わっているらしい。この絵に描かれている樹のような絵は、もしかしたら君の探している森とつながっているかもしれないね」
    「大樹の元で……確か、私が見た結晶もこんな感じの形でした。精霊の生まれ故郷、と言われていると聞いて……つまり結晶から生まれて、この大樹に還ると……そういうこと?」
     そういえば、と思い返す。昔はたくさんあったけれど、今は数が減ってしまったようだとおじさんが言っていた。つまり、これはまだ数が減っていなかった頃に描かれたものということだろうか。
     私がぶつぶつと呟きながらしばらく思考を巡らせていると、青年はそうだ、とまた何かを思い出したようだった。
    「君が見た結晶についてなんだけど、確か東の大橋を越えた北方に、そうしたものがあるって話を聞いたことがあるよ」
    「それ、本当ですか?」
    「わりと前に聞いた話だから保証はできないけど……僕はこんなところに住んでるのもあって、ギルド関係の人たちから情報をもらう機会も多いんだ。信頼できる筋ではあるよ」
     結晶と森が繋がっているかもしれないという可能性が浮上した今、行ってみる価値はあるかもしれない。大森林の結晶からは何も分からなかったが、別の場所のものと比較し、結晶の正体や数が減じた原因が分かれば、次の手がかりにつながるかもしれない。
    「ありがとうございます……伝承の話とこの絵と、おかげで自分の目的が絵空事ではないかもしれないとだいぶ確信が持てました。ひとまずそこを目指してみることにします。あの、この木版は……」
    「ああ、持っていってかまわないよ、僕が持っていても仕方がないから」
     せめてものお詫びになればいいんだけど、と青年は笑った。ふと、ずっと抱いていた違和感について聞いてみたくなった。
    「あの……気になってたんですけど、あなたはどうして、精霊の力によらない薬、なんてものを作ってるんですか? 私みたいに……なんというか、精霊が生まれる以前の時代に特別関心があるようにも見えないので」
     私が尋ねると、青年は目を丸くしたあと、そうか、と合点がいったように笑った。
    「君にしてみたら、あの湖をしっかり調べもせずに薬ばかり作っているなんて、不思議でしかたないだろうね」
    「いえ、他意はなくて、ただ、あなたにはあなたの目指す目的があるのかと聞いてみたくなっただけなんです」
    「いいんだ、確かに僕も自分で疑問に思うことがあるよ、なんでこんなことをやっているんだろう、みたいにね……僕は、さっきも言ったかもしれないけど、人の手に扱いきれなかったものを今さら調べようとは思えないんだ。でもそれは、過去の文明や人々を軽んじているわけじゃない。今ありたいようにありたいからだけなんだ」
     青年は深く椅子に腰かけなおして、話をつづける。
    「精霊に祈って感謝することは素晴らしいことだと思う。こんな風に形容することすら珍しいかもしれないな、当たり前のことだから。でもある日、僕は精霊に祈ることもなんというか不確かな気がして、精霊を介さず自分の力でどれだけのことができるか試したくなった」
     私は話を聞きながら、幼い頃を思い出していた。当たり前に祈る人々の中で、私はひとりきりだった。皆のそばには精霊がいた。でも私にはいなかった。
    「僕も古代の人々自体に関心はあるんだ。特に、〈星の欠片〉の力を用いずとも武能にすぐれ、物事の本質を読み取るのに長けた部族が、かつてはどこかに暮らしていたらしい。僕の憧れだよ」
    「そんな古代人もいたんですね……」
     青年はぴんと指を立てる。
    「人と精霊にはどうしても相性がある、という事実が示すように、祈るというのは心がする行いだから、嘘やごまかしがきかない。だから僕も心のままに、できる限りは自分のしたいことをしてみようと思ったんだ」
     私の心はどこにあるのだろう。青年の話を聞きながらぼんやりと思いをめぐらせた。精霊、文明、森、結晶――さまざまな語が浮かび、ぐるぐると混ざり渦を巻く。頭を振って、考えるのをやめる。小屋の天窓から、かすかな陽が差していた。




    「いろいろとありがとうございました、本当に」
    「いやいや、こちらこそ面倒をかけてすまなかったよ」
     私は日が暮れる前に、歩いて東の大橋を目指すことにした。泊まっていってくれても、と青年は言ったが、小屋にはどう考えても二人の人間が休む場所はなかった。精霊車に乗れば移動時間は短縮できるが、こんな中途半端な地に立ち寄ってはくれないだろう。
    「大橋のところにはそれなりに大きい港街があるから、調査拠点にするといいんじゃないかな」
    「そうします、北方となると準備もそれなりにきちんとしたほうがいいでしょうし」
    「君の目的が見つかって、果たせるように祈ってるよ」
    「……そうできるよう、努めます」
    「何か得られたら、またここに来てぜひ話を聞かせてほしい。次に君が来るころには、あの薬もさらに改良されていると思うんだ!」
     青年の表情は希望に満ちている。私は繰り返しお辞儀しながら、しかし我慢できずに、とうとう言ってしまった。
    「あの、飲ませてもらった薬なんですけど……ちょっと味が辛すぎませんか?」
     ああ言ってしまった、と緊張にじんじん傷む胸を押さえていると、青年はあれ、とつぶやく。
    「誰でも飲みやすいように、いろんな果物の味を混ぜて甘くしたんだけど……隠し味のスパイスが強すぎたのかな?」
     心底不思議そうに首をかしげて、そう言った。



    2 years left Ⅰ


     久々に訪れた帝都の市場は、あいかわらずの賑わいぶりだった。ダングレストの商店通りとはまた違った空気だが、昔よりも熱気を感じる。
    「世が変われば、いろんなことが変わってくもんだねえ」
     レイヴンがしみじみと呟くと、あら、と背後で声が答える。
    「あなた、急に老人のようなことを言うのね」
     赤い瞳をくるりと丸くして、ジュディスは驚いたように言った。
    「リタが聞いたら、『おっさんくさいっていうか、じじくさ!』って言うわよ」
    「ジュディスちゃんのリタっちの真似、けっこう似てるよね」
    「そう? 嬉しいわ」
     わざわざ帝都にやってきたのは、定期検診のためだった。エステルの知人でもある信頼の置ける医者に、健康状態を定期的に診てもらっているのだ。
    「調子はどう? 人混みに酔ったりしていない?」
    「大丈夫よ、そこまで老人扱いしなくても」
    「だってあなたに何かあったら、リタにきっと怒られるわ」
    「そうねえ、おっさんのほうがたぶんキツめに怒られると思うけど……調査に行ったリタっちがまた飛んで帰るようなことになんないように、早めに済ませるわ」
    「もし疲れたら、私が担いで城まで帰ってあげるわ」
    「それはちょっと……」
     リタは数週間の遠征調査に行っている。その間、レイヴンは検診も兼ねてしばらく城に厄介になることになったのだった。
     医者が城にやってくるのは昼下がりの頃だ。その前に市場にやってきたのは、リタに何か土産を買って帰るためだった。そもそも、ずいぶん長いあいだリタには贈り物らしい贈り物をしていない。レイヴンがハルルの外に出かけられる機会は限られていたからだ。
     ジュディスは、レイヴンを帝都まで送り届けたあと、付き添い兼監視役として一緒に来てくれたのだった。
    「リタっちはいらないって言うかもだけど……菓子とかじゃなくてちゃんとしたのがいいなって」
    「あの子の『いらない』は、あなたがいるだけで十分って意味でしょう」
    「い、いや、そういうことじゃあ……」
     動揺するレイヴンを見てジュディスは楽しそうに笑っている。こうしてリタのことでからかわれるのはいつものことだったが、今日はひときわ胸の奥がくすぐったかった。
    「リタっち、なんか言ってた?」
    「ここに来る前の話かしら、特に、変わりなかったわ」
    「そっか」
    「あの子は……見るたび大きくなるわね。ずっと変わらずに、それでも変わっていって」
     ジュディスは静かに目を伏せた。レイヴンの体の状態については、リタがある程度仲間たちに共有をした。仲間たちは時々ハルルに訪れ、リタが家を空けている間レイヴンの様子を見てくれたり、話し相手になってくれたりしている。
    「まだ……あきらめたくないって言っててさ」
     市場の屋根の向こうに見える空は青々としている。晴れた空気はこのあたりまでも満ちていて、行き交う声と人とともに、さまざまなものが絶え間なく動いている力の流れを感じる。
    「リタっちがそうしたいって言うなら、俺も最後まで付き合う覚悟だけど……でも、もしかすると苦しい時間を引き延ばしてるだけなのかもって思うこともあってさ。それなら俺は、できるだけリタっちに返せるものを返すことに時間を使いたいって……どうしても考えちゃって」
    「それで贈り物を選びにきたのね」
    「こんな機会めったにないしって思ってさ」
    「形見にして、って渡すのかしら」
     低い声に、ぱっと顔を上げる。ジュディスは険しい表情をしていた。
    「そんなこと言ったら、その場であの世までぶっ飛ばされちゃうわ」
    「言わなくても、そう思うかもしれない」
     あの子なら、とジュディスはつぶやく。言わんとしていることはよく理解できた。今のこんな心持ちで何かを贈っても、リタを追いつめることになるだけかもしれない。
    「……ごめんね、ジュディスちゃん」
    「いえ……謝るのは私のほうだわ、あなたの気持ちも考えずに」
    「ううん、ちょっとはそういう気持ち、やっぱあったからさ……ジュディスちゃん、さすが鋭いよ」
     生きているうちに、こんな風に自分で贈り物を選べるうちに何か返したい。いつ最後になるかもしれないから、その前に。このところずっとそう思っていた。
    「ジュディスちゃんにも、申し訳なくってさ……遅かれ早かれ、俺は、リタっちを悲しませることになる……っていうか、もう今までもそりゃ散々な目にあわせちゃったけど」
     ジュディスはひらりと市場のほうに向き直り、静かに長く息を吐いた。
    「リタが、自分で選んだことだもの。あの子が自分で決めて苦しんでいるのなら、それはもうあの子自身の人生で生き方よ」
     遠くを見つめるような眼差しを、宙にさまよわせる。
    「父さんも……そういう人だった、あの子を見ていると思い出すの」
     ジュディスの父親、ヘルメスの記憶はレイヴンの中にもわずかながらある。そして、レイヴンを今も生かすこの心臓魔導器を作った人物でもある。
    「父さんにできなかったことを、あの子にしてあげたいと思うときもある……でも結局、私は、私のできることしかできない。こうやって、あなたが倒れないように見張るとか、できるのはそれくらい」
    「いんや、すごい大仕事よ、助かるわ」
     ジュディスは首を振って、やわく口元を緩める。
    「あの子と、私と……それから父さんのあいだに繋がっているものがあるなら……リタがあなたと一緒にいるのも、必然なんじゃないかって思うのよ」
     そっと目を伏せて聞くレイヴンに、それにね、とジュディスは続ける。
    「リタと一緒にいるあなたの顔、面白くって、私好きなのよ。それで十分」
    「どういうことよそれ」
     ふふ、と微笑んでそれ以上は答えてもらえない。レイヴンも苦く笑って、市場の遠く向こうへ目をやった。
    「ジュディスちゃん、リタっちの欲しそうなものとか、知らない?」
    「情報料はあとでカロルに交渉してちょうだいね」
    「えっ」
    「冗談よ」
     いたずらっぽく目を細めて、ジュディスは通りのほうへ歩き出す。レイヴンは彼女の後ろをゆっくりとついていきながら、ぼんやりと考えていた。
    (俺には、何ができるんだろう)
     リタが選んだ。レイヴンが選んだ。けれど、どこから自分で選んだことで、どこから選ばされたことなのか。
     いつか見た、こどものようなリタの泣き顔が胸によみがえった。




     検診を終えた頃には、もうすっかり陽は落ちて、窓の外は夜だった。レイヴンは城の一室に戻り、ソファでしばし休んでいた。
     医者によると、今のところ大きな問題はないらしい。ただ、やはり体のあらゆる機能が低下傾向にあるのは確かなようだった。ハルルに往診に来ていた頃と同じに、激しい運動は引き続き禁物で、こまめな休息を取ることを忘れないように言い含められた。
     明言はしなかったが、医者もはっきりと理解しているようだった。レイヴンの体は以前よりも確実に、ゆっくりと弱っていっている。
     窓の外の星々と、まばらな街の灯を眺める。まだしっかりと歩けるし、食事も美味しいと思えるし、機会を見計らえば、たまに行きたい場所に行くこともできる。それでも、もう以前のように仕事をすることは難しいし、食べられるものには限りがあるし、今回以上の長旅は早々できないだろう。
    (あと、どのくらいだろう)
     どうせなら、魔導器に残り時間が表示されればいいのにと思う。時計みたいにその時がわかれば、そのつもりで予定を立てて、無駄なく計画的に過ごすことができるのに。
     ずっと、リタに言えばどやされそうなことばかり考えている。彼女はレイヴンの現状を理解してもなお、それでも道がないか探したいと言った。どうしてもあきらめたくないと言った。
    「失礼します、レイヴン、入ってもいいでしょうか」
     考えにふけっているところにノックの音が聞こえ、レイヴンは慌てて背筋を伸ばす。扉の外の声はエステルのものだった。
    「ああ、大丈夫よー」
    「ありがとうございます、すみません突然」
     エステルは扉を開けて固定すると、配膳用の小さな台車をカラカラと室内に運んできた。台車の上にある銀のトレイにはティーポットとカップが乗っている。
    「嬢ちゃん、これは?」
    「もしレイヴンがよければ、一緒にお茶をいただければと思って」
     お茶会です、とエステルは可憐に微笑んだ。
    「おお、いいねえ、こっからでもいい香りがするわ」
    「心身を落ち着けて、体をあたためる効果があるそうなんです。今注ぎますね」
     エステルに示されて椅子に座る。ティーカップにトポトポと茶が満ちていき、ふわりとさらなる香りが鼻をくすぐる。
    「検診お疲れさまでした。もう休んでもらったほうがいいかもしれないと思ったんですけど、どうしてもレイヴンともう少しだけお話がしたくて」
    「いやいや、こっちこそこんな良いお茶をご馳走してもらって、嬉しいわ」
    「本当はジュディスも一緒に、と思ってたんですけど、夕方頃にもう帝都を発ってしまったので」
    「そっか、ジュディスちゃんにも忙しい中付き合ってもらっちゃって、ほんと助かったわ」
    「いいもの、見つかりましたか?」
    「ジュディスちゃんからのありがたい助言もあって、なんとか」
     よかった、とエステルは嬉しそうに頬をほころばせた。城にいるあいだのレイヴンのサポートは彼女がしてくれている。もともと医者への伝も彼女がつけてくれた。ジュディスはまたレイヴンが帝都を発つ日に戻ってきて、ハルルまで送ってくれるという。支えられてばかりだ、と思う。
    「お茶、すんごい美味しいね」
    「よかったです、わたしも、なんだかほっとする味で好きなんです。お気に入りの茶葉なので、よければ持って帰ってください」
    「そんな、いいの?」
    「ぜひ、リタと一緒に飲んでください」
     やわらかなエステルの表情を見て、胸が締めつけられるようにわずかに痛む。皆がレイヴンを、それからリタを気遣ってくれればくれるほど、自分の罪深さを思い知らされるような気持ちになる。そんな風に考えるのは、誰に対しても失礼なことだ。わかっていても、心臓の奥の深く触れられない場所が、耐えられないというように軋む。
    「レイヴン、もしかして気分がすぐれないんです?」
    「いんや、大丈夫よ」
    「リタから『あいつの大丈夫にはよくよく注意して』とかたく言われていて」
    「あー……ホント、ぜんぜんそんなことないから! ちょっとね、いろいろ思い出してただけ」
    「いろいろ、とは?」
     純粋に尋ねられ、レイヴンは少したじろぐ。
    「んーと……そう、久しぶりにここに来て、ギルドとの仲介でよく城に来てた頃のこととか、もっと昔、騎士団にいたときのこととか……帝都もそれなりに長く過ごした場所だからね、懐かしいなって」
    「いろいろ大変だったころも、過ぎ去ってしまえば、なんだかぜんぶ懐かしいって気持ちになりますよね」
    「そうそう、ひっくるめて、いろいろあったなあ、みたいに思えちゃうのよね」
     エステルは、そう笑って話すレイヴンのことをじっと見る。まだ疑われているのだろうか。
    「わたしは、嬉しいです」
     レイヴンが続けて何か話そうとすると、そう言われた。
    「レイヴンが、過ごしてきた時間をそんな風に思えるようになったのなら、それはきっと今までレイヴンががんばってきたからだと思うから」
     おだやかな声色に、レイヴンは透き通ったティーカップの中身に目を落とす。
    「そんなことないよ、ろくでもないことばっかりやってきた、今だって」
     皆に面倒をかけて、誰にも何も返せないまま時間ばかり過ぎていく。言葉にしようとして、喉が詰まった。カップを持ち上げ、茶を一口飲む。
    「……それに、本当は、こんなとこにはいないはずで、俺はさ、本来あるはずのないものを引き延ばして、みんなとこんな風に一緒に過ごさせてもらったから、だから」
     続けようとして、わからなくなった。何が言いたいのか。エステルの前でこんな話をして、何がしたいのか。なにか掴もうとして手を添えたカップからじわりと熱が伝わる。
    「久しぶりに、先生と話をしたんです」
     少しの間のあと、エステルはぽつりと口を開いた。先生、というのはレイヴンを診た医者のことだろう。以前オルニオンで知り合って、縁ができたと聞いている。
    「先生は、魔導器がなくなったあとも、だからこそ、とさまざまな人の治療をされていて……治癒術が使えなくなったとしても、治療するために学んだ知識や経験はなくならない、と以前にもお話しされていて、今もいろいろな治療法を学びつづけていらっしゃるそうなんです」
     エステルは、左腕を少し上げ、着けられた腕輪を見つめる。
    「私の力は、今ではもうほとんど使うことはないですが……それでも、傷を治して笑ってくれた人の顔を見て、嬉しいと感じた気持ちは今でもずっと残っているんです。たとえ、世界の理の流れを乱す力であったとしても」
    「そんなこと……」
     レイヴンが否定しようとすると、わかってます、とにこりと笑う。
    「私の、満月の子の力が世界を乱しても、私の力のすべてが否定されるわけじゃない。凜々の明星と満月の子の伝承が過去になって役目を終えても、かつての彼らが成し遂げたことはなくならない。魔導器が失われても、それを大事にしていたリタのような人たちの心は残っている……同じように、レイヴンがここに今いることが、ただ、わたしは嬉しいんです」
     それから、と続ける。
    「あるはずがないことだって、今ここにあるなら、あるはずのものだったんですよ。始祖の隷長から生まれた精霊も、魔導器がなくてもなんとかみんながんばっている今の世界も、そうだと思います」
     レイヴンはじっとエステルの言葉を聞きながら、さまざまなことを思い返していた。ありえない奇跡と呼べるものをいくつも目撃し、引き起こし、越えてきた。世界規模の話に限らず、レイヴンたった一人についてもそうだ。なりたいものを探していた自分も、目を閉じ耳を塞いでいた自分も、おぼつかない足取りで歩きはじめた自分も、すべて“あるはずのない”ものだった。
    (ああ、これを、探していたんだ)
     どんな難題にも、ありえない理論にも挑んできた眩しい姿が脳裏にひらめく。そんな彼女の姿や言葉は、どれも深く痛く焼き付いている。かつては目を逸らしたくて仕方なくて、真っ直ぐ見つめられなかったものだからこそ、あきらめたくない、とリタが言った意味が、ようやく分かったような気がした。
    「ありがとう、嬢ちゃん……俺もね、ほんとはわかってるんよ。ありえなかった、なんて言っちゃったら、みんなにも、リタっちにも顔向けできないって」
    「そう考えること自体を否定したいわけじゃないんです。わたしも、自分はどうしてここにいて、この世界にいて、これからどこに行くんだろうって、時々心もとなくなるときがあるから……」
     しかしエステルは、うつむいていた顔を上げて、軽く首を振った。
    「だから、私はいろんな物語を描いているんだと思います。私の見たものや、感じたこと、移ろっていくこの世界のことを残しておきたいから」
    「だから嬢ちゃんの本、心があったかくなるのね。リタっちにも大好評よ、毎度新作読むたびボロボロ泣いてるし」
    「それはうれしいです、そうやって読んでくれた人に何か残せることも、わたしが描く意味なんだと思います」
     あ、そうです、と何か思い出したようにエステルは椅子に座り直した。
    「いつか、レイヴンとリタのことも、私の手で物語として残せたらと思っているんです。この前リタにどう思うかって聞いたら『エステルの好きにしたら』って、ちょっと恥ずかしそうではあったけど、そう言ってもらえて……レイヴンはどう思いますか?」
    「俺とリタっちのことって……いったいどんなお話になっちゃうの?」
    「それはまだ、考え中なんですけど」
    「まあ、嬢ちゃんにならいいよ、ちゃんとカッコよく描いてよね」
    「はい、それはもう」
     エステルは笑いながらうなずく。部屋に漂う茶の香りが、レイヴンの内側にすうと沁みていく。
     自分のことが、物語として残る。想像もつかないが、自分の何か一部が皆のもとに、この世界に残されると思うと少しくすぐったく、熱いものが胸の奥に広がる。
     レイヴンは自分の胸に手をやり、かすかに、確かに伝わる駆動音をかぞえた。まだあきらめずにいられるはずだ、そう思った。まだ、自分にできることは必ずあるはずだ。悲嘆に暮れて、それを探しつづけるのをやめてはならない。
    (今度こそ、最後の最後まで)
     燃えるような熱が、心臓の底に灯るのを感じた。



    ゾフェル氷刃海


     へっくしゅ、といかにもなくしゃみを一つして、氷の陰にうずくまる。吹きつける冷たい風が遮られることで、いくぶんか寒さがやわらぐ。
    「なんでこんな目にばかり……」
     旅に出てから、たまたま見つけた船に乗り込んだり、深い森の奥に分け入って迷ったり、湖の底を調べようとして倒れたり、何かと勢いで行動したり危険を冒したりしてばかりのような気がする。
     大橋の港街は、東西の大陸をつなぐ大きな橋と港が合体している変わった構造をしていた。そこで休息を取ったあと、私は丹念な情報収集をおこなった。大森林のときの失敗を繰り返さないためにも、入念な準備を怠らないようにしようと思った。
     そして、街の人々から得られた情報をまとめた結果、あの青年から教えてもらった情報に裏付けが取れた。寒季が訪れる前に、祈りを捧げに行く場所が北方にあるというのだ。これまで得た海の恵みに感謝するとともに、寒季を無事越えられるように精霊へ祈るのだという。
     ただ、かなり北のほうにあるため、簡単に行ける場所ではないと聞いた。集団で移動するときは精霊車を使うのだという。大きな車を動かすためには、大勢の人間の祈りが必要だ。小さな車なら一人で動かせるものもあるが、風の精霊と相性が悪い者は、多くの場合人の手を借りる。料金さえ払えば徒歩より速く移動ができる。
     私は、ありったけの道具と防寒具を店で揃え、携帯食料も買い込み、新たな羅針盤も手に入れ、いよいよ北へ向かった。しかし。
    「予想を超えて……寒い」
     草地を越えてだんだん雪がちらついてきたかと思えば、いつの間にか氷と雪の世界が広がっていた。故郷の街が比較的温暖な気候だったせいもあるのか、防寒具を着込んでもかなりの寒さを感じる。顔を全面覆ってしまいたくなるが、そんなことをすれば調査にならない。
     ひとまず、第一目標はあの不思議な結晶を探すことだ。大森林で一度見たきりだが、青年にもらった木版画もある。何より同じような存在感をたたえたものなら、この寒々しい氷と雪の中でもきっと目を引くにちがいないだろう。
    「よし、今のうちに」
     少し休んでいるあいだに、吹雪がだいぶ収まっていた。私は地図を入念に見て方角を確認する。南の方角には霞がかった山岳が見える。その山の遥か向こうには都があるはずだ。
    「山を右手にずっと北に歩いてきたから、あっちが南、進むなら東、引き返すなら西」
     今度は羅針盤もそばについている。失敗は成功の母である。私は変わった形の氷山を見つけるたびに地図に印をつけ、慎重に進んでいく。
     地図を見れば、この氷雪地帯は大陸の北端にあたるようだ。このままずっと東へ進んでいけば、都の方面へと抜けられるのだろうか。
    (でもこんなところ、わざわざ通る人間なんていないだろう……)
     この大陸の中心部には大きな山岳がそびえている。そのため、陸路では大陸を縦断することができない。大橋の街から南の都へ渡るには、西回りで船に乗るか、精霊鳥で空路を行く必要がある。精霊鳥は扱える者が限られており、多くは救護などの緊急の場合のみに使われる。
     多くの人は、わざわざ遭難や凍死の危険を冒してこんな雪深い地を通る必要はない。現に、街を出てから誰の姿も見かけていない。自分以外に人の気配など少しも感じられない。
    「……ん?」
     そう思ったとたん、どこかから微かに人の声が聞こえたような気がした。寒さにやられた自分の幻聴だろうか。急に人恋しくなってしまったのだろうか。
    「……お……よ……ける……」
     耳をよく澄ますと、ちょうど進行方向から聞こえる。幻聴ではない。おそらく。私はそのまま声を追って進んでいく。目をこらすと、舞う雪の向こうに何かが見えた。人影のようにも見える。
    「よし……このまま……いけるぞ……」
     声が耳に届いた。氷原の凍りついていない窪地で、背の高い女性がじっと何かをしていた。後ろで一つにまとまっている桃色の髪がぴょこりと揺れる。気づかれたかととっさに足を止める。
    「きた! ようし、こいこいこい! このまま引き上げてやるのじゃ! ほうれ、こいこい!」
     どうやら、釣りをしているようだ。まさか、こんな辺(へん)鄙(ぴ)な氷雪地帯の真ん中で。女性は髪を振り乱し、懸命に釣り竿を引いている。
    「う、う、うおーっ! やったのじゃーっ!」
     女性の歓声とともに、バシャーンと勢いよく水が噴き上がる。滝のような水飛沫が、少し距離を置いて背後にいた私の上に降り注ぐ。
    「おわあぁーっ!」
     氷水は矢のように私の体を襲い、あまりの勢いと冷たさに私はあっさりと昏倒した。




     夢を見た。
     篝火に集まる人々を私は見ている。少し離れた場所で。
     あの炎は、火の精霊に皆が祈って作られた。
     燃える薪木は、土の精霊からの恵みだという。
     何もかもが精霊からもたらされている。人にとって、精霊は良き隣人であり、また崇むべき信仰でもある。
    (私は、ここにはいない)
     隣人も信仰もない私は、それでも生きられはする。隣人から隣人へ、私のもとにも生きるのに必要なものは渡ってくる。けれど、私は本当に生きてはいない。この世界は、私のような人間がいることを想定していない。
     私は、この世界に見落とされた、透明な存在だった。




     ぱちぱちと、薪の爆ぜる音がする。
     あたたかいものに体が覆われている。手を動かして触れると、毛布のようだった。私はゆっくりと目を開ける。
    「お、起きたか?」
     声のほうに視線を向ける。桃色の髪の女性が丸い瞳を瞬かせてこちらを見ている。少し薄暗い空間をぼんやり火が照らしている。そばに焚き火があるのがわかった。
    「ここは……」
    「うちの拠点じゃ。おまえに水をかぶせてしまったからの、ここまで運んできたんじゃ、すまなかったの」
     女性は片手を顔の前で立て、眉を下げる。ゆっくりと体を起こすと、白い壁が四方八方を囲んでいるのに気づく。正面にぽっかりと空いた穴から青白く明るい景色が見える。
    「カマクラの中だからあったかいじゃろ? 好きなだけゆっくりしていくとよいぞ」
    「カマ……クラ?」
    「むむ、最近の若いやつは知らんのか……雪を固めて作ったほら穴みたいなもんじゃ、外はまあまあ寒いが、この中なら快適空間じゃろ」
     言われて、ここがさっきまでいた氷雪地帯のどこかであると気づいた。しかも小屋などではなく雪の中だという。確かにまるで室内にいるようなあたたかさだ。
    「もし食べられそうなら、ほれ」
     女性は薄い木の板に乗せた何かを差し出してくる。魚の切り身を焼いたもののようだ。指の長さほどの細い串が刺さっている。香ばしく良い匂いが鼻をくすぐる。
    「いただいてもいいんですか」
    「もちろんじゃ、とれたてピッチピチじゃから、うまいぞ」
     串を持ち、そろそろと口に運ぶ。こんがりと焼けた皮の焦げ目とやわらかな身の食感がちょうどよく、寒さで弱っていた腹の奥に美味しさがしみる。これが先ほど雪の中で釣っていたものなのだろうか。
    「美味しいですね」
    「そうじゃろ、苦労して釣り上げたかいがあったものじゃ」
    「そういえば、助けていただきありがとうございました。お礼を言うのを忘れていました」
    「よいよい、うちこそすまなかったの、つい夢中になりすぎてしもうた」
     不思議な雰囲気の人だと感じた。少し古風な喋り方だが、話しているとなんとなく相手の調子に引き込まれてしまう。
    「このあたりはお詳しいんですか?」
    「まあまあ来るかもしれんの、釣りには最適じゃし、カマクラの居心地はよいし」
     どちらの理由にも疑問を差しはさみたくなったが、まあいいかと流すことにする。
    「おまえも釣りに来たのか? よかったら一緒にやるか?」
    「いや、違います……ちょっと、あるものを探していて」
    「おお、面白そうじゃな、うちもついていこうかの」
     女性は探し物の内容も聞かないうちに目を輝かせ、いそいそと準備を始める。
    「いいんですか、釣りをされていたんじゃ」
    「今日はもう十分すぎる釣果じゃ。じゃから、せめてもの詫びと礼として、協力するぞ」
     詫びなんて、と言いかけたが、ここまで来たら協力してもらったほうがいいかもしれない。こんなめったに人の立ち入らないような秘境で、詳しい人間に出会えるなんて奇跡だ。大森林のときのようにうっかり迷ったとしても、おそらく救援を呼ぶのは簡単ではないだろう。この偶然にありがたくあやかって、探索を続けるのが得策だと思えた。
    「じゃあ、お言葉に甘えて」
    「ようし、では行くとするかの!」
     私の何倍も生き生きと張り切った表情を見て、なんとなく、少しだけ楽しくなってきた。旅に出てから、初めておぼえた感情だった。




     ちらちらと舞う細かな雪を払いながら、氷原を進む。私はガウンの胸元をたぐり寄せて、できるだけ寒さから身を守りながら歩く。しかし、隣を歩く女性は私とは違って動きやすそうな軽装だ。こんな寒さの中でも平気そうに軽い足取りで辺りを見渡している。
    「あの……寒くないんです?」
    「うんにゃ、過ごしやすいくらいじゃ。おまえは寒そうじゃの」
    「いや、こんな場所で寒さを感じないほうが私には信じられないですけど……」
     などと話していると、大きな氷柱に行き当たる。先に足場は続いているようだが、簡単によじ登って乗り越えられるような高さと形状ではない。
    「どうしましょう、他の道を探して、回り道しましょうか」
    「いんや、これくらいなんとかなるじゃろ」
     彼女はそう言うと、ゆっくりと氷柱に向けて手をかざし、何事かつぶやいた。何かがざわりと巡る気配がして、直後、空中から氷柱に向かって、炎の弾が放たれる。いくつもの赤い弾は氷柱をみるみる溶かし、足で跨いで通れるくらいに小さくなってしまった。
    「うむ、これでいいじゃろ。世話になったの、今日はずいぶん調子がよさそうじゃ」
     言葉の意味がわからずに隣を見ると、女性は、私とは別の方向を向いて喋っていた。まるでそこに〝何か〟がいるかのように、うんうんと頷いたりおおっと驚いたりしている。私があっけに取られていると、にこにこ笑顔でこちらを向く。
    「おまえがいるから今日は張り切ってるみたいじゃ、面白いこともあるの」
    「もしかして……そこに、いるんですか」
     驚いたまま思わず震えた声が出て、はっと口に手をやる。自分には何が起きているのか分からなくても、精霊の召喚や意思疎通なんて今まで何度も見てきた光景だ。けれど、こんな風に人間と話すのと変わらないくらいに意思を通わせている人は初めて見た。
    「おお、ここにいるぞ。そうか、おまえには見えんのか……残念じゃのー」
     しかし、女性はこともなげにそう言って、そばにいる精霊らしきものを慰めるように手をひらひらと振った。私にはいくら目をこらしてもそこに何かがいるようには見えないし、声らしきものも聞こえない。
    「驚かない……んですね、私が、まったく見えないこと」
    「ん? そういうやつもおるじゃろ。この広い世界、いろんなやつがおるから面白いもんじゃ、人間も、精霊も」
    「そういうものですか……」
     精霊が見えないことを話したときの他人の反応は、いつもだいたい哀れみか、驚きか、疑いかのどれかだ。それでも特に不当な扱いを受けたり危害を加えられたりしたことはないから、運がよかったのだと思っている。精霊が存在するのが当たり前の世界で、私のような人間は異物とみなされてもおかしくない。特に精霊を深く崇めている人々からすれば。
    「うちにとって、奴がそこにいることが当たり前なように、おまえにとっては見えないのが当たり前なんじゃな」
    「そう、ですね、こんなにじいっと見てみても、ぜんぜん分かりません」
     私が女性の肩のあたりをじっと凝視していると、可笑しそうにはは、と笑った。
    「見えないっていうのも面白いかもしれんの、一度体験してみたいもんじゃ」
    「……そんなこと言う人に会ったの、あなたが初めてです」
    「そうなのか?」
    「そもそも、見えない人間がいるってこと自体が信じられない、みたいな反応をされることのほうが多かったので」
    「なるほど、気を悪くしたらすまんかったの、うちは単純に面白そうと思ったからそのまま言うてしもうた」
     女性はうーんと気持ち良さそうに伸びをして、雪曇りの空を見上げる。
    「そこにおるからといって、うちにも全部がわかるわけではないのじゃ。おまえも、人の心の中なんて隅々まで見えんじゃろ? でも、うちと顔馴染みの奴らのことなら、付き合いを重ねてきたおかげでまあ少しくらいはわかる。その程度じゃ」
     私は目を丸くする。精霊と触れあうことが、人と心を交わすのに似ているなんて思ったこともなかった。まったく存在を感知できない私にとっては心を交わす以前の問題だ。けれど多くの人にとって精霊はそばにいるのが当たり前の存在で、声を聞いたり触れあったりするのは、食事を取って眠るのと同じくらい彼らにとって日常的な行いなのだと思っていた。
    「じゃあ……あなたにとっては、親しい間柄だからこそわかると、そういうことなんですか」
    「じゃの、うちと相性が悪いやつのことはよくわからん」
     それは、初めて聞く言葉のように響いた。特定の精霊と相性が悪い、というのは多くの場合、その精霊の力を借りる適性がないという意味で使われる。少なくとも私はそう認識していた。
    (それなら、私はすべての精霊と相性が……反りが合わないということ?)
     そう思うと、私がただのとんでもないひねくれ者のような気がしてきた。確かに、目の前のこの風変わりな女性と比べたらそう言えるかもしれない。彼女ならどんな精霊でも自分のペースに巻き込んで心をつかんでいそうだ。この短い時間でも彼女を見ていて、なんとなくそう思えた。
    「こいつは、おまえのことが気になっとるようじゃぞ」
     彼女は自分の隣の空間に目をやり、にっと笑う。
    「えーっと、さっき炎を出していたから、炎の精霊なんですか」
    「そうじゃな、大精霊から分かれに分かれたちびっ子中のちびっ子じゃがの……む? 失礼じゃと? いやすまんの、どうせ見えんのならもっと大層に紹介すればよかったか?」
     楽しげに精霊と話す女性と、その横の何もない空間を見つめながら、私は居たたまれない気持ちになる。彼女の言うことが本当なら、そこにいる精霊は私が見えているのに、私には何も感じ取ることができない。望んでいても、心を交わすことができない。
    (精霊の“心”って、何だ?)
     そもそもの疑問が浮かんでくる。人は精霊に祈って、力を借り、糧を得て暮らす。それは世界の仕組みで、当たり前の常識だ。そうした仕組みに“心”という概念を持ち出すのは、どうにもしっくりとこなかった。私には精霊と関わることができないから、理解が難しいだけなのだろうか。
     しかし、彼女と親しいという炎の(ちびっ子らしい)精霊は確かにそこにいて、私に興味を示しているらしい。ちびっ子と呼ばれて怒るなんて、いかにも人間の子どもみたいだ。今までだって、そこにいるのに姿を見せない精霊のことをイタズラ小僧みたいだと思っていたが、それとはまた違う気持ちが湧き上がっていた。
    「見えなくて、ごめんなさい……でも、私に話しかけようとしてくれた精霊は、私が話した精霊は、あなたが初めてです。ありがとうございます」
     透き通った空間に向けて、ぺこりと頭を下げる。ほんの少し、空気が動いたような気がした。きっと、ただの思い込みで気のせいかもしれない。でも、それでもいいかもしれないと、初めてそんなことを思った。
    「よかったの、お、照れとるのか、めずらしいの」
    「照れてるんですか」
    「あんまり照れさせると、このあたりの氷を手当たり次第溶かすかもしれんぞ? いや、そこまでの芸当は無理か……いやいや、冗談じゃ」
     今まで、なぜ私にだけ見えないのか、私だけなぜ違うのか、そう思って人を羨んだことは何度もあった。けれど、今は純粋に、ただ彼女がうらやましいと思った。私にはどうやっても見えないその精霊と、彼女のように言葉を交わし話したい、そんな切なさに駆られた。
    「いやあ、面白いの、やっぱりおまえに付いてきてよかったぞ。ところで……」
     首をかしげた女性の肩に、結んだ桃色の髪がぱさりと落ちる。
    「おまえは何を探してるんじゃったかの」
     私は瞬きをしながら女性の顔を見つめる。
    「言って……ませんでしたっけ」
    「聞いとったか? うちが忘れただけか?」
    「いや、そういえば話してませんでした……」
     すっかり忘れていた。そもそも出発する前に話しておくべきことだった。私は懐から絵図の描かれた例の木版を取り出し、自分の旅の目的について簡単に説明した。
    「なるほどのう、精霊の生まれ故郷……精霊が生まれる前の歴史……面白そうじゃの」
    「すみません、先に話しておくべきでしたね」
    「なぜじゃ?」
    「へ?」
    「おまえは、なぜそれを探しとるんじゃ?」
     問われて、私は言葉を失ってしまった。即座に適当な答えが出てこなかった。私の目的は、精霊が生まれる前の古代文明について知ることだと説明した。それ以上の理由があるだろうか。別に、私を問い詰めているわけではないのは分かった。単に疑問に思っただけなのだろう。それでも、突然なぜと問われた私の頭は真っ白になってしまった。
    「よいよい、言えんのならそれ以上聞く気はない」
    「いえ、ちょっと……簡単に言葉にできそうになくて」
    「うむ、ともかくおまえが真剣に探し物をしているということはわかった。この調子で進むとしようぞ」
     開けた道を再び歩き出す。改めて考えると、私は何のためにここにいるのか、よく分からなくなってくる。私が古代文明に関心を抱いたのは、精霊を見ることができなかったからで、だからこそ精霊が生まれる前のことを知りたいと思ったのだ。でも、果たして〈精霊の森〉を見つけられたとして、私はいったいどうしたいのだろう。
    「お? あれはなんじゃ」
     女性が声を上げて気づく。雪で白く煙った遠くに何かが見える。氷とは違う異質なものだ。
    「もしかしたら……」
    「ビンゴかもしれんの」
     私は目を凝らしながら歩を進める。女性の協力で、道中を阻む氷の塊も超えられた。やがてだんだんとその形がはっきりしてくる。開けた氷原の中央に、何かを象ったような薄黄色の結晶がそびえていた。その傍らには石碑らしきものがある。大森林で見たものと似ている。けれど何かが違う。
    (この結晶……人を象っている?)
     正確には人らしきもの、に見えた。神秘的な雰囲気をまとった、おそらく女性を象った形をしている。それとは別に、大森林で見た結晶とは決定的に異なる点があった。祈りの儀式が行われるだけあって、厳かな印象をたたえてはいる。しかし、近くで見てはっきりと分かった。
    「彫像……」
     これは、大森林で見た、探していた結晶ではない。わざと似せているのか、色や質感は似ているが明らかに人の手が入っている。元々は確かにこの場所にあったのかもしれない。しかし何らかの理由で失われ、後にそれを知る人の手で作られたものの可能性が高い。
    「これがおまえの探していたものか? この顔、なかなか良いの」
    「いえ……たぶん違います。私が探していたのはもっと天然の結晶なんです」
    「そうなのか、これもなかなか希少価値がありそうじゃがの……む? ほうほう、こいつが、どこかで見覚えがあると言っておる」
    「精霊が? だとすると、これは精霊を象ったものなんでしょうか。こんな顔してるんですね……」
     像をしげしげと眺める。人が崇めるのにふさわしい、美しく穏やかな表情をたたえている。一見やさしげな女性が微笑んでいるようにも見えるが、それは人間の目線だとも思えた。未知なるものを見れば、どうしても自分に近しいものに寄せて見てしまう。
    (精霊が見える人からしたら、未知でもないのか)
     精霊への信仰心に共感はできないが、心を寄せるものの姿を再現しようとした人たちの思いは、この像の端々から伝わってくる。まったく形や雰囲気は違うが、故郷の街にあった像のことをふと思い出した。街の中心に鎮座していた不思議な形の像に、目の前の彫像はどこか似ている気がした。
    (そうだ、私は)
     思い出した。忘れていたわけではない。けれど長い間心の奥底にしまわれていた私の一番初めの理由が、突如溢れるように押し寄せる。
     故郷の象徴となっていた石像には、街を守ってきた精霊が宿っていると人々は言っていた。その像の足元には、ある文字が刻まれている。私は、私だけは、あれが何だったか知っている。精霊に守られた証なんかじゃない。
     目的が見つかったらどうするとか、そんなのは見つかってから決めればいい。私は私のために、どうしても知らなければならないのだ。私という存在を想定していなかったこの世界に、どうしてか生まれてきてしまった私は、それでも願ったのだ。透明な見落とされた存在でも。あるはずのなかった命でも。
    (生きていたい)
     その思いが胸を満たし、私は祈るように目を閉じる。風がざわめいた。水音が聞こえた。光が瞬いた。誰かの声が聞こえた。何かの光景が目蓋の裏に浮かびあがった。
     誰かが祈っている。氷の上で、光る結晶を複数の人間が囲んでいる。人間たちの中には、一匹の獣もいた。力の奔流が生まれ、渦を巻き、やがてひとつの形を成す。
    ――大丈夫、きっとうまくいくわ。
     力強い声が、耳を打った。



     ふいに、びゅうと強い風が吹き、轟音がした。はっと目を開けると、辺りは吹雪で白く閉ざされていた。私が呆けているあいだに天候が変わったのだろうか。周囲を見渡すも、そこにいたはずの女性の姿がない。
    「すみませーん! そこにいますかーっ!」
     あらん限りの大声を出す。風にかき消されて聞こえないのか、それとも何か不測の事態が起こったのか、返事はない。
    (どうすればいい? ここから動くべきか、待つべきか)
     精霊がそばについている彼女なら大丈夫かもしれない。それでもできることはしたかった。突然一人取り残されてあまりにも動揺していた。真っ白な視界の中、私はとにかく方向を見定めようと足を踏み出した。
     その途端、体がガクンと沈んだ。足元がぐらつき、バランスを崩してしまう。薄氷を踏み抜いたのだ。驚くほど冷たい水が足場をさらって、あっけにとられたまま私は転倒する。そこにはもう地面はなかった。
    (そうだ、祈りなんて、届かないのに)
     私の体は、そのまま水中に叩きつけられた。



    2 years left Ⅱ


     しんと澄んだ空気が、辺り一面に満ちている。あまりにも静かすぎて、意識を持っていかれそうになる力がここにはある気がした。リタは手元の灯を地面に置き、屈んで紙に書き留める。
     レレウィーゼ古仙洞――ウェケア大陸の奥深くにあるこの泉は、初めて訪れたときはもっとエアルがたくさん満ちていたが、今は驚くほど澄んでいる。少しくらいなら近づいてもエアル酔いはしないですむかもしれない。確か、世界でもっとも古い泉と言われているらしいが、本当のところは分からない。この広大な世界がこんな泉ひとつから始まったなんて、途方もない話だ。
    「リタ、大丈夫?」
     背後から声が聞こえて、ふうとため息をつく。
    「もうちょっとで終わるから、あんたはそこで待ってて」
    「ちょっとくらい見学してみたいんだけど」
    「ここに魔物がうっかり来ないように見張ってるって言ったのはあんたでしょ、それにここはエアルの溜まり場なんだから、うかつに近づくのは危険よ」
     カロルは残念そうに肩を落として、洞穴の入り口にとぼとぼと戻っていく。凜々の明星の仕事としてリタの護衛に来てもらったのは助かるが、思考を巡らせているときに話しかけられるのは昔から好きでない。それでも、こんな奥地に単身で調査に行けるわけもないので、協力が得られるのはありがたいことだった。
     久々の遠征にあたって、レイヴンのことはジュディスやエステル達に頼んだ。本当は可能なかぎりハルルに留まっていたかった。けれど、精霊術の完全な実用化に向けて手がかりをつかむため、変化しつつある各地のさまざまな事象を調べるのはどうしても必要なことだった。
    ――俺のことは気にせず行ってきてさ、なんか新しいことが分かったら、聞かせてよね。
     にっと笑ってみせた顔がよぎる。なるべくならレイヴンのそばにいたい。けれど、自分のせいでリタが不自由を強いられていると少しでも思わせるのは嫌だった。
    (今は、あたしのやるべきことをやる)
     ぎゅっと拳を作り、胸に当てた。ひとつ深呼吸をする。
     エアルの状態をひと通り記録し終えると、リタは道具を鞄にしまい込んで洞穴の入り口に戻る。
    「待たせたわね、一応終わったわ」
    「リタ! もういいの?」
     入り口のあたりに座り込んでいたカロルがすばやく立ち上がる。
    「こっちはすっごく暇だったよ、魔物の気配もぜんぜんなくってさ」
    「こんな深部までは来ないのかもね、エアルの状態も驚くほど落ち着いてるし」
    「大丈夫そうなの? じゃあちょっと見ていこうかな」
    「わざわざこんなとこ観光したいなんて物好きね、あの岩より向こうはだめよ」
    「いろんな依頼に対応するためにも見聞を深めるのは大事なんだよ」
     カロルはそう言って泉のほうへ歩いていく。そのあとをついていくと、泉の周りの白い花々に細かな光がぽつりぽつりと現れる。
    「これって、精霊なのかな?」
    「エアルが安定してるとはいえ、揺らぎも大きい場所だから見えやすいのかもね」
    「もっとウンディーネとかシルフみたいに分かりやすい形だったら、ちゃんと挨拶できるのにね」
    「そうね……基本的にこっちから精霊術で働きかけないと、普段はちゃんと感知できないのがもどかしいわ」
     初めて精霊という存在の誕生に立ち会ったときは、リタたちもその目ではっきりと姿を見た。世界を覆っていた星喰みがすべて精霊に変わる光景は今もはっきりと覚えている。それから精霊たちは世界のいたる場所に広がって散らばり、この世界を成す存在の一部となった。
     研究の結果分かったのは、エアルと同じで空気中に存在はするものの、ひとところに集まらないと目視するのは難しいということだ。大精霊たちも今はめったに人前に姿を現さない。エステルは今でも大精霊たちと言葉を交わせる貴重な存在だが、いつでも話せるわけではないと言う。
    「こんにちは、今日はちょっと調査に来ただけなんだ」
    「ちょっと、あんた」
     カロルは大真面目に精霊へ話しかけるも、小さな光はくるりと揺れたあと、どこかへふいと消えてしまった。
    「あっ、いなくなっちゃった」
    「あんたがいきなりでっかい声出すからよ」
    「そんなにでかかった……? びっくりさせちゃったかな」
     そんなことをしながらしばらく泉を眺めた後、リタたちは洞穴をあとにして谷をのぼる。中腹の開けたあたりまで出ると、カロルは辺りの安全を確認してから、ぴゅうと笛を吹いた。バウルの角を使って作られたものだ。
    「バウル! 来てくれてありがとう」
     ブオオ、と咆哮が響く。バウルと船の影が下りてきて、リタたちは岩を足場にして乗り込む。みるみるうちに風の渦巻く谷は下へと遠ざかっていく。
    「予定通り、オルニオンに戻るんだよね?」
    「そう、お願い」
     リタは船室に下りると、これまでの調査結果を書きつけた手帳をさっそく取り出す。イリキア大陸南方のエアルクレーネについて調べた結果もある。昔の詳しいデータはここにはないが、おおまかな数値は覚えている。やはり、推論は当たっているようだ。
    「リタ、今いい?」
     船室の扉から、カロルがちらりと顔をのぞかせる。
    「……何? なんかあったの?」
    「いや、特になんにもないけど」
    「あたし、今調査結果をまとめてる途中なんだけど」
    「邪魔かな、ちょっと見せてもらえたらって思ったんだけど……」
    「今ここにはあたしの書きつけしかないから、あんたが見てもなんにも分かんないと思うわよ」
    「そ、そっか……ごめん」
     カロルは肩を落として、所在なげに扉のそばに立ったままでいる。リタは床から椅子に座り直して水筒から水を一口飲んだ。
    「カロル、あんた……何か気になることでもあるの?」
    「そういうわけじゃないけど、なんとなく知りたいと思って」
     向かいの椅子に腰かけて、カロルは真剣な目で見つめてくる。ふう、と息をついてリタは手帳のページを指ではじく。
    「今回の調査で分かったのは、エアルクレーネの状態が年々安定してきてるってことだけ。あとは戻ってからちゃんと仮説ごとまとめ直さないと、はっきりしたことは言えない」
    「エアルクレーネ、やっぱりもう暴走することはないんだね」
    「暴走どころか、エアルの噴出がある形跡もないし、それに少しずつ小さくなってきてるって報告もある」
    「小さく、って、エアルクレーネの大きさ自体が?」
     リタは頷いて、手帳のページをめくる。
    「イリキアのエアルクレーネは、前年の測定値が分からないからあたしが目で見ただけじゃ分からなかった。でも正確に測定したらもしかしたら変化してるのかもしれない」
    「それも、精霊の影響なのかな」
    「おそらくね……精霊のおかげでエアルが乱れることはなくなった。だからエアルの源泉であるエアルクレーネが、消費されたエアルの分を噴出させる必要はもうない。もう役目を終えて、もしかしたら長い時間をかけて、なくなっていくのかもしれない」
     カロルは神妙な顔でうつむいて、なんだか寂しいね、とつぶやいた。
    「いろんなことがどんどん変わっていくんだね」
    「今さらね、もうあまりにも変わりすぎて驚かなくなってきたわ」
     斜めに足を伸ばすリタに、カロルはさっすが、と軽口を叩く。
    「リタはすごいよね、ボクもさ……どんどん変わっていく中で、できることをがんばろうってずっと思ってきたけど、なんだか時々、ちょっと怖くなるんだよね」
    「怖い?」
    「いろんなことがあって、みんなでちょっとずつ進んできて、でもこのときも世界のいろんな何かがずっと変わり続けてて、このままボクたちはどこへ行くんだろうって。そうしてるうちに、何かを取りこぼしそうな気がして、でも毎日の中でそれを見逃しちゃいそうで、そういうものを仕方ないってあきらめたくないのに、どうしたらいいのかわからなくて」
     話しながら、両手を不安げにぎゅうと組んで目を伏せる。なに言ってんのよガキんちょのくせに、とかつてのように言おうとして、リタは唇を引き結んだ。もうそんな歳ではない。目の前の少年だった青年は、あの頃よりずっと背が伸びた。改めて、自分の上に流れた時間の長さを思い知った。さまざまなことを知って、得て、失って、また得て、それをひたすらに繰り返してきた。
    「……ねえ、あきらめない、って、あんたにとって何?」
    「え、何って」
    「あきらめたくないってことは、あんたがどうしても掴んでおきたいものがあるってことでしょ。それって何なの」
     カロルは目を丸くして、しばし首を傾げながら考え込んだ。
    「うーん……ちょっと、すぐにはこれって言葉にできないや。自分で話しといて、なんだかボクもよく分かってなくって」
    「なによそれ」
    「でも、仲間とか……大事な人の大事なものは、せめて精いっぱいがんばって守れたらって思うよ、なんかうまく言えないけど」
     へへ、と困ったように笑ってみせる。大事な人の大事なもの、と聞いて、リタの頭によぎったのはレイヴンの顔だった。できる限りの力を尽くして、諦めたくないとただ強く思っていた。けれど、それはリタの持つ願いだ。レイヴンの願いは、大事にしたいと思うものは何なのだろう。
    「あ、もうすぐ着くみたいだ、ごめん、結局邪魔しちゃって」
    「べつにいいわよ、あんたに話すことでちょっと考えも整理できたし」
     甲板に出ると、船室にも響いていたバウルの高らかな咆哮がよく聞こえる。空に浮かぶ大きな体躯を見上げながら、リタは柱にもたれて着陸を待つ。
    「バウルみたいに空を飛べる生き物とか、精霊の力を借りられたら、みんな便利なのにね」
    「精霊は実体がないし、精霊術もかなりの数を集めないとそれくらいの出力は難しいかも。一人用の簡易的な飛行機関なら作ってみたことあるけど、風属性の調整がうまくいかなくて、稼働時間がちょっと短すぎたのよね」
    「相性があるんだよね。それってさ、エアル伝導率、ってやつに似てない? ボクの鞄とかリタの帯とか、人によってエアルを伝えやすいものが違うって、昔教えてもらったよね」
    「そう、原理的には似たようなものって考えられてるけど……そんな昔のことよく覚えてたわね」
     カロルは照れたように頬を掻いて、そっと自分の鞄に手を添える。各々エアルを伝えやすいものは、もともと愛着のあるものなのか、そばに置くことが多いために愛着が湧くのか、それとも全く別の条件があるのか、はっきりとは分かっていない。けれどその仕組みを応用して、今も精霊術の媒介装置に組み込まれることがある。
    「いろいろ知りたいんだ。リタみたいに、賢くって、ためらわなくて、どんどん突き進んでくひとだけに任せきりにならないように、できることをしないとって」
     リタの目線より高くなったその横顔は、陽に照らされてあかるく笑う。
    「実力以上に張り切りすぎたら元も子もないわよ、適材適所って言うでしょ」
    「でもね、ちょっとでも知っておいたら、きっと何か変わると思うんだ。変わらなくても、それでも知ろうとしたことはムダにならないかなって」
    「知ろうとしたこと……」
    「うん、だから……ね、そう……レイヴンのことだって、ボクにできることなんて簡単にはないかもしれないけど、でも難しくてもやりたいから、リタ、一人で抱え込まないでよね。なんたって、レイヴンの命は凜々の明星みんなで預かってるんだから」
     カロルの声が少し震えているのが分かった。同行してもらっているあいだ、二人は一度もレイヴンの話をしなかった。あえて話題に出さないようにしていたのだろう。リタは奥歯をぐっと噛みしめ、数度瞬きをする。
    「カロルのくせに、いっちょ前なこと言って」
    「なにさ、もう」
    「でも……ありがと」
     ずんと船体が揺れ、ヒピオニア大陸が眼下に見えてくる。カロルがくるりと振り返って街の方角を指さす。近づいてくる地上と遠ざかる雲を見ながら、リタはずっと考え続けていた。
    (あたしの、どうしても掴んでおきたいもの、離したくないもの)
     手のひらをかざした空は、抜けるように青かった。




     オルニオンに降り立ったリタは、いったんカロルと別れて宿屋に向かう。ひと通り調査を終え、明朝はこの街に拠点を置いている研究者たちとの会合がある。長いようで短かった遠征もそれで終わりだ。うまくいけば明日の夜にはハルルに帰れる。
     カロルに誘われた夕食の時間まで、リタは荷物の整理をすることにする。とは言っても、持ってきたものはそこまで多くない。主だったものは調査に必要な道具と、最低限の記録用紙くらいだ。
     ふと、鞄の内側でチャリ、と揺れるものが指に触れる。紐のついた透明な入れ物の中には、手のひらに収まるくらいの小さな魔導器がある。魔導器といってももう動かない。温度を測ることのできる魔導器で、昔ジュディスからもらったものだ。
    「フアナ……」
     名前を呼んだ。もらったときにリタが名付けた。見るたび、今リタの手元にこれがあることの意味を考える。それから、リタと長い時間をともに過ごし、アスピオの瓦礫の底に沈んだ多くの魔導器たちのことも。
     カロルの鞄は古びていて、それでも何度も修理された跡が残っていた。もう武醒魔導器は装着されていないが、ずっと大事にしているのだと分かった。
     時々、ただ心を込めて大事に思うこと自体に意味があるのではないかと思えてしまう。非科学的な想像だ。でも以前のようにすぐに一蹴することはできなかった。リタが大切にしていた魔導器たちも、丁寧に磨いて声をかければよく動いてくれるように思えた。精霊術を使うときに、あのときと似たような感覚をおぼえることがある。本当にそこへ心が通っていたなら、と思うのは馬鹿げたことなのだろうか。
     リタは思い立って部屋をあとにし、宿の外に出た。日の暮れかけたオルニオンの街はうっすらと橙に染まっている。あちらこちらに、そろそろ仕事を終えようかと片付けを始める者、帰路につこうとする者、名残惜しそうに店の前で立ち話をする者が見える。
     広場の中央に着くと、そこにそびえる大きな石像を見上げる。この街ができるずっと前からここにあったという結界魔導器の残骸だ。ずっと昔、この結界魔導器のもとに人々が集まった頃があったのだろう。魔導器が壊れたから人がいなくなったのか、人がいなくなるような事態が起きて魔導器が壊れたのか。それは分からない。
     リタが初めて見たときから、もう完全に動いてはいなかった。前に訪れたときから少し傷や汚れが増えただろうか。ここにいるとさまざまな思いが胸のうちに湧き上がる。
    「……マリア」
     はじめて名を呼んだときから、いろいろなことがあった。すべての魔導器はなくなり、たくさんの精霊が生まれ、世界の在り方は変わった。その激動のなかで、リタはさまざまなものを見て、知ろうと解き明かそうとしてきた。そして、自分のやりかたで守りたいものを守ろうと生きてきた。
    (守るってなんなんだろう)
     あらためて手にとると、とても薄っぺらい言葉のような気がしてくる。それこそレイヴンに何度も言ってきた言葉なのに、本当の意味なんてなにも分かっていなかったのかもしれない。
     あきらめたくない、とリタが言ったときのレイヴンの表情を思い出す。困ったように、戸惑ったように、それでもありがとうと頷いてくれたやさしい目の色を。
     レイヴンの命の期限は確実に迫っている。このまま時が過ぎるとともに、おそらく心臓魔導器の循環効率は徐々に低下していく。そうして生命力とのバランスが取れなくなり、レイヴンが活動するための力を体に供給することはだんだんと難しくなっていくだろう。それがリタの現時点での見立てだった。間違っていると思いたくて何度も考え直した。今でも信じたくない。まだ何か見落としている可能性があるかもしれない。それを探して、糸口を見つけたい。避けられない運命だなんて絶対に思いたくなかった。
     けれど、その答えが見つかるまでに、期限が来てしまったら。
     時間は有限だ。何にしたってそうだ。どれだけ死ぬ気でやったとしても、うまく間に合う保証なんてない。リタが別の可能性を探しているあいだにあっけなく時間切れになるかもしれない。あんな風に、困ったように笑って、嫌だと首を振るリタの顔を見つめて、目を閉じるのだろうか。
    (嫌、そんなこと、許さない)
     ふとした瞬間に何度もよぎる光景を、ぶんぶんと頭を振って追い出す。分からなくなっていた。昔のように、自分のためにひたすら突っ走ろうとしているだけなのかもしれない。それを諦めないことだと思い込んでいるだけなのかもしれない。
     ぼんやりと佇んでいるあいだに、ずいぶんと陽が傾いているのに気づく。そろそろ戻ろうと顔を上げたとき、見知った姿が広場の向こうから歩いてくるのに気がつく。
    「やあ、リタ、こんなところで何をしてるんだい」
    「フレン、あんたなんでここに」
     騎士団の鎧に身を包んだフレンは、朗らかに片手をあげて声をかけてきた。
    「たまたま立ち寄る用事があったんだ。調査お疲れさまだったね、さっきカロルにも会って、夕食に誘われたんだ。リタも来るんだろう?」
    「一応、そうだけど」
    「よかった、久しぶりにゆっくり話せるのは嬉しいよ。もしかして、ここで考えをまとめていた途中だったかな」
     それならすまなかった、と頭を下げるので、リタは首を振って否定する。
    「こんな広場の真ん中で、そんなことしないわよ」
    「それもそうか、リタは騒がしい場所が苦手だったね。あ、そういえば、遅れて帝都から来てくれた部下から聞いたよ。レイヴンさん、ちゃんと城で元気そうにされてるって」
    「元気そうって、またなにかやらかしたりしてないでしょうね」
    「たぶんそんなことはないはずだけど……ああ、エステリーゼ様と厨房で何か作ってるのを見たって話は聞いたな」
    「エステル巻き込んでなにやってんのよ……まあ、大丈夫そうで安心したわ。ありがと」
     息をついて、夕空に影の濃くなった石像に目をやる。とにかく、具合が悪くなったり倒れたりしていないようならそれでいい。
    「本当に、大事なんだね」
    「へっ」
    「君はここへ来るたび、これを大事そうに見ている気がするから」
     フレンはリタの見る石像を感慨深げに眺める。そっちか、と胸をなで下ろす。
    「街の人々にも長く象徴として愛されているけど、やっぱりもともと魔導器だったものだから、特別な思い入れがあるのかな」
    「……そりゃそうよ、魔導器とはずっときょうだいみたいに暮らしてきたんだから」
     口にしながら思い出す。昔、これを眺めていたときに気づいたのだ。自分にとって魔導器はずっとそばにいてくれたきょうだいのような存在だった。一緒に過ごした同志であり、自分の一部であり、守りたいかけがえのない大切なものだった。
    (今だってそう、ずっと)
     魔導器が失われても、大事なものはなくならない。リタが魔導器を愛した気持ちはここにあり続けるし、これから愛するべきものもこの世界にはたくさんある。そう信じて、決意した。
    「この像をどうするか、話し合いが行われているんだ」
    「え……」
    「いや、決してなくすとかそういうことじゃない。これからどう守っていくか、ずっと先までちゃんと残していくための取り組みを、街の人々が決めようとしている。具体的なところだと、ひとまず近いうちにと修繕計画を組んでいるらしい」
    「残していく、ために……」
     思い入れのあるものだから、リタとてなくなってほしくないとは思っていた。しかし、当たり前だがなくさないように残していくためには人の力が必要なのだ。それを長く続けようとすれば、なおさらしっかりした仕組みや決めごとが必要になる。
    「あたしは、この街の住人じゃないから部外者だけど、でも……もしこれがずっと未来まで残っていくなら……できるだけこのままの形がいい」
    「いや、リタを部外者とは言えないよ。この街は広くさまざまな人に開かれたまったく新しい拠点から始まったんだし、元をたどれば、ここに街を作ることができたのも君たちのおかげだったんだ」
    「あんたのおかげでもあるでしょ」
    「いや、僕のしたことなんて微々たるものだよ」
    「騎士団長らしい謙虚さね」
     フレンはいやいや、と首を振って、柔らかに微笑む。
    「それに、魔導器に特別な想いを持って、ずっと最前線で人を守る魔導器とはなにかを見てきた君の意見は、きっと計画に必要だよ」
    「最前線って」
    「一番近くにいたって意味だよ。リタさえよければ、発つ前に計画の立案者に会っていってほしい」
     フレンの言葉に、リタは自分の手のひらを見つめる。あの頃より少しくらいは大きくなっただろうか。指をゆっくりと開いて、ぎゅっと握りこむ。
    「わかった。あたしのほうこそ、よかったら話をさせて」
     フレンは嬉しそうに目を細めて、大きくうなずいた。
    「ありがとう、よかった」
    「カロルのところには先に行っておいて。ちゃんと約束の時間までには行くから」
    「僕のほうも、あともう少しやっておく仕事があるから、それから行くよ」
     またあとで、と立ち去ろうとしたフレンが、ふっと振り返る。
    「リタ、どうか……君の、君たちのそばには僕たちがいること、忘れないでほしい」
     真剣な眼差しで言われる。リタは少しだけうつむいたあと、首を縦に振った。
    「分かってる。忘れないようにする」
     リタの言葉を受けて、フレンはにこりと笑って歩いていく。どいつもこいつも相変わらずなんだから、と心のうちでつぶやく。
     人がまばらになってきた広場を見回し、リタは石像のそばに屈み込む。街の人々にはもう見つかっているかもしれないが、誰にも秘密で描いた文字があった。災厄に挑む決戦の前に。
    (マリア、あたし、あれからどれくらい頑張れたかな)
     その名前は少し薄れてはいるが、はっきりと残っている。この落書きについて、まずは計画の立案者に謝らなければならないだろう。
     そして、もし願いが叶うなら、この名前を残したい。自分が愛したきょうだいのことを、この気持ちを、遠い未来まで伝えられたらいい。
    「……レイヴン」
     むしょうに、あのへらっと笑った顔が見たくなった。会いたい。今の気持ちを話したい。うまく話せなくても、ただそばに帰りたい。
     陽が落ちて、やがてもうすぐ星々のあらわれる夕空を見上げた。伸ばした指先に、宵の明星が触れる。遥か遠くの光でも、こんなに近しい思いがするのはなぜだろう。
     リタは震える心で願った。大事なものを守るため、自分に今できる限りすべてのことができますようにと。



    【後編につづく】
    ゆる Link Message Mute
    2022/10/14 21:24:45

    かつてすべてが星だったころ【前編/テイリン22新刊Web版】

    星喰み打倒から約千年後のテルカ・リュミレースでは、精霊への祈りによって人々は日々を暮らしていた。ある日、一人の学者が旅に出る。学者の目的は、遥か昔に失われた謎の古代文明〈星の欠片〉について知ることだった。

    魔導器を失った世界では、精霊術の実用化計画が進行しつつあった。そんな中、レイヴンは調子を崩す日がだんだんと増えていく。レイヴンの不調の原因を探っていたリタは、レイヴンと心臓魔導器の残り時間が減りつつある可能性に気がついてしまう。

    ---

    千年後のテルカ・リュミレースで、遥か古代に滅んだ文明を調べるため旅に出る一人の学者と、世界最後の魔導器の終わりに向き合うレイリタのお話です。
    こちらは前編です。

    ○内容について
    ・オリジナルキャラクターのみが登場するパートが本文の半分以上を占めます。
    ・外伝小説『虚空の仮面』『青の天空』に準拠しています。
    ・本編にない独自設定が多く含まれます。

    ○書籍版について
    テイリン22の新刊として発行予定です。
    こちらに掲載している全文と、付録2ページ、あとがきが含まれます。カバー周りに少しだけおまけ要素があります。
    紙で欲しい方向けの本です。

    『かつてすべてが星だったころ』
    B6/238p(カバー付き・表紙周り含む)/1500円(会場頒布価格)
    書影サンプル→ https://galleria.emotionflow.com/109082/641983.html

    ○頒布情報
    10/30 テイルズリンク22(インテックス大阪)
    6号館C か22b 猫は星を見て歩く

    ○通販情報(2022.11.2追記)
    BOOTHにて通販しております→https://cat-stargazer.booth.pm/items/4263938
    どうぞよろしくお願いいたします!

    ##小説 #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #テイルズリンク22 #テイリン22

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      心臓魔導器の検診中のふたりの話です。

      7/30開催のアップルグミ感謝祭2にてWeb展示させていただきました。素敵なイベントありがとうございました!(2022.7.31追記)

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #アップルグミ感謝祭2
      ##漫画
      ゆる
    • 2You’re a flame in my heart椿とリタっちの親和性について考えながら描きました

      2枚目は途中経過の画像です。
      いつもタイムラプスを撮るのを忘れる……。

      #TOV #リタ #テイルズ
      ##イラスト
      ゆる
    • カジノレイリタお試し投稿
      カジノ衣装ほんと好き

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ
      ##イラスト
      ゆる
    • 6Dear Cygnus【テイリン23新刊サンプル】2/12テイリン23新刊サンプルです。

      Web再録漫画+ちょっぴり小説+ほんの少しの描き下ろしがある、レイリタ漫画中心まとめ本です。
      本編沿い、カジノパロ、ぼんやりアレシュ前提、などなどまとめてます。

      なんと今回、ゲストのたかはるさん(TwitterID:@takaharu_ekaki)にとっても素敵なレイリタ漫画を描いていただきました!
      ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!

      ○頒布情報
      2/12 テイルズリンク23(東京ビッグサイト)
      東6ユ54b 猫は星を見て歩く

      『Dear Cygnus』
      A5/54p/600円(会場頒布価格)

      ○通販情報
      BOOTH→ https://cat-stargazer.booth.pm/items/4534083
      (2023.2.13追記)

      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##サンプル ##漫画 #TOV #テイルズ #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズリンク23 #テイリン23
      ゆる
    • 20TOV絵まとめTOVのイラストをまとめました。
      後半からレイリタとレイリタシュです。

      1218エアブーSPARK+DRFに参加しております!(開催期間:12/18~12/24)
      https://air-boo.jp/310369/

      ##イラスト #TOV #テイルズ #レイリタ #レイリタシュ
      ゆる
    • 57/30-31 アップルグミ感謝祭2 お品書き7/30-31開催のpictSQUAREオンリー『アップルグミ感謝祭2』のお品書きです。
      イベントページはこちら→https://pictsquare.net/p6t6csuqdanevymzws44igdm2dsttmv9

      2,3枚目は当日Web展示について、4枚目はサークルカード、5枚目はサークルカットです。

      ①Web展示 レイリタ漫画
      心臓魔導器の検診中のレイリタの話です。全14ページ(予定)。

      ②Web展示 学パロレイリタ小説
      明け方のドライブに出かけるレイリタの話です。
      2019.8発行の学パロ短編集『Roundabout drive』からの再録です。

      ③既刊について
      イベント期間中(7/30~31)、既刊の通販価格を変更いたします(会場頒布価格と同じにします)。よろしければこの機会に覗いていただければ嬉しいです。

      どうぞよろしくお願いいたします!

      #TOV #レイリタ #テイルズ #アップルグミ感謝祭2 #お品書き
      ゆる
    • うみ海に来たレイリタの話です。
      夏だ!海だ!ってテンションで書きました。

      #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ##小説
      ゆる
    • Roundabout drive「海に行きたいの」
      まだ夜も明けぬうちに、突然訪ねてきた教え子のリタ。
      その頼みを聞き入れたレイヴンは、ふたりで静かな町へとドライブに繰り出す。

      明け方のドライブに出かける学パロレイリタの話です。
      2019.8発行の学パロ短編集『Roundabout drive』からの再録です。

      7/30開催のアップルグミ感謝祭2にてWeb展示させていただきました。素敵なイベントありがとうございました!(2022.7.31追記)

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #アップルグミ感謝祭2
      ##小説
      ゆる
    • かつてすべてが星だったころ【後編/テイリン22新刊Web版】星喰み打倒から約千年後のテルカ・リュミレースでは、精霊への祈りによって人々は日々を暮らしていた。ある日、一人の学者が旅に出る。学者の目的は、遥か昔に失われた謎の古代文明〈星の欠片〉について知ることだった。

      魔導器を失った世界では、精霊術の実用化計画が進行しつつあった。そんな中、レイヴンは調子を崩す日がだんだんと増えていく。レイヴンの不調の原因を探っていたリタは、レイヴンと心臓魔導器の残り時間が減りつつある可能性に気がついてしまう。

      ---

      千年後のテルカ・リュミレースで、遥か古代に滅んだ文明を調べるため旅に出る一人の学者と、世界最後の魔導器の終わりに向き合うレイリタのお話です。
      こちらは後編です。

      ○内容について
      ・オリジナルキャラクターのみが登場するパートが本文の半分以上を占めます。
      ・外伝小説『虚空の仮面』『青の天空』に準拠しています。
      ・本編にない独自設定が多く含まれます。

      ○書籍版について
      テイリン22の新刊として発行予定です。
      こちらに掲載している全文と、付録2ページ、あとがきが含まれます。カバー周りに少しだけおまけ要素があります。
      紙で欲しい方向けの本です。

      『かつてすべてが星だったころ』
      B6/238p(カバー付き・表紙周り含む)/1500円(会場頒布価格)
      書影サンプル→ https://galleria.emotionflow.com/109082/641983.html

      ○頒布情報
      10/30 テイルズリンク22(インテックス大阪)
      6号館C か22b 猫は星を見て歩く

      ○通販情報(2022.11.2追記)
      BOOTHにて通販しております→https://cat-stargazer.booth.pm/items/4263938
      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##小説 #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #テイルズリンク22 #テイリン22
      ゆる
    • 11かつてすべてが星だったころ【テイリン22新刊/書影サンプル】星喰み打倒から約千年後のテルカ・リュミレースでは、精霊への祈りによって人々は日々を暮らしていた。ある日、一人の学者が旅に出る。学者の目的は、遥か昔に失われた謎の古代文明〈星の欠片〉について知ることだった。

      魔導器を失った世界では、精霊術の実用化計画が進行しつつあった。そんな中、レイヴンは調子を崩す日がだんだんと増えていく。レイヴンの不調の原因を探っていたリタは、レイヴンと心臓魔導器の残り時間が減りつつある可能性に気がついてしまう。

      ---

      千年後のテルカ・リュミレースで、遥か古代に滅んだ文明を調べるため旅に出る一人の学者と、世界最後の魔導器の終わりに向き合うレイリタのお話です。

      ○内容について
      ・オリジナルキャラクターのみが登場するパートが本文の半分以上を占めます。
      ・外伝小説『虚空の仮面』『青の天空』に準拠しています。
      ・本編にない独自設定が多く含まれます。

      ○Web版と書籍版について
      こちらで小説の全文を公開しています。→ https://galleria.emotionflow.com/109082/641793.html
      書籍版には、Webに掲載している全文と、付録2ページ、あとがきが含まれます。カバー周りに少しだけおまけ要素があります。
      紙で欲しい方向けの本です。

      『かつてすべてが星だったころ』
      B6/238p(カバー付き・表紙周り含む)/1500円(会場頒布価格)

      ○頒布情報
      10/30 テイルズリンク22(インテックス大阪)
      6号館C か22b 猫は星を見て歩く

      ○通販情報(2022.11.2追記)
      BOOTHにて通販しております→https://cat-stargazer.booth.pm/items/4263938
      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##サンプル #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #テイルズリンク22 #テイリン22
      ゆる
    • 願いごと星座の本に対して妙な反応を示すリタと、それを一緒に読もうとするレイヴンの話です。

      #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ##小説
      ゆる
    • いいことさがし好きなところを言い合おうとするレイリタの話です。

      ##小説 #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #毎月20日はレイリタの日 #11月20日はいいレイリタの日
      ゆる
    • 10/30 テイルズリンク22 お品書き10/30開催のテイルズリンク22(インテックス大阪)のおしながきです。
      6号館Cか22b 猫は星を見て歩く

      【新刊】
      『かつてすべてが星だったころ』
      千年後のテルカ・リュミレースで、遥か古代に滅んだ文明を調べるため旅に出る一人の学者と、世界最後の魔導器の終わりに向き合うレイリタのお話です。
      B6/238p/1500円(会場頒布価格)
      サンプル→ https://galleria.emotionflow.com/109082/641983.html

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #テイルズリンク22 #テイリン22 #お品書き
      ゆる
    • お月見満月の日にお月見するレイリタの話です。
      ED後だと月の光っていっそう明るく見えるんだろうなと思います。

      #TOV #レイリタ #レイヴン #リタ #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ##小説
      ゆる
    • 8アップルグミ感謝祭2カット レイリタ絵7/30にpictSQUAREで開催されるアップルグミ感謝祭2に向けて描いたサークルカットのレイリタ絵です。
      「エリア5 え6」レイリタスペースで参加します。

      アップルグミ感謝祭2についてはこちら↓
      【イベント】テイルズオブシリーズオンライン同人即売会「アップルグミ感謝祭2」 https://pictsquare.net/p6t6csuqdanevymzws44igdm2dsttmv9


      いつもタイムラプスを撮ろうと思って毎度忘れるので、自分用の記録として経過を残してみたかった。

      2:へにゃへにゃのラフ 人間がいることさえ分かればいいと思った
      3:構図に悩みすぎて拡大変形しまくったのでここまですごい時間がかかってる
      4:適当に色を塗ってどんな感じか確かめてみる ここからもめっちゃ形を見直したので時間がかかった
      5:線画はあとでだいたい消えるのでざっと描こうと思ってもそんなにすばやくは描けなかった 塗りと同じ筆で描いてる
      6:色分けしてざくっと影付け
      7:線画に色をのせて上からいい感じに塗り込……めたらいいなという気持ちを込める
      8:サークルカット完成形 最終的に加工のパワーに頼る

      #TOV #レイリタ #テイルズ #アップルグミ感謝祭2
      ##イラスト
      ゆる
    • TOVSSまとめTOVのSSをまとめました。
      ヴェスペリアのいろいろな組み合わせがあります。
      詳細は目次をご覧ください。

      1218エアブーSPARK+DRFに参加しております!(開催期間:12/18~12/24)
      https://air-boo.jp/310369/

      ##小説 #TOV #テイルズ #レイリタ #ユリエス #アレシュ
      ゆる
    • 37毎月20日はレイリタの日 2022まとめ今年、Twitterなどにて『 #毎月20日はレイリタの日』のタグであげていたSS画像のまとめです。

      来年もまた毎月レイリタしていけたらなと思います!

      ##小説 #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日 #SS画像
      ゆる
    • コワイもの陽が暮れかけたダングレストでのレイリタの話です。
      『コワイものはなぁに?』のスキットが好きです。

      ##小説 #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ゆる
    • 記念日お酒を飲むリタとレイヴンの話です。

      おっさんがリタっちの前でうっかり気が緩んで普通に酔っ払うところが見たい。

      ##小説 #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ #毎月20日はレイリタの日
      ゆる
    • いつも通りの話お試し投稿2
      ふたりがベッドの上でわちゃわちゃしてるだけのレイリタです。
      #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #テイルズ
      ##小説
      ゆる
    • いつか解けるまで【テイリン27新刊/全文公開】魔導器を失った世界が変わっていく中、レイヴンとリタは心臓魔導器の検診で時折会う日が続いていた。
      そんなある日、驚くべき知らせが入る。ザウデ不落宮とともに沈んだはずのアレクセイが生きていた――。
      検診に来なくなり、アレクセイのことで一人思い悩むレイヴンを見て、リタはある行動に出ることを決意する。

      ―――

      ヴェスペリア本編沿いで、アレクセイが生還したif軸における、アレクセイとレイヴンとリタの三人のお話です。

      ○内容について
      ・アレシュ(アレクセイ×シュヴァーン)前提です。
      ・各外伝小説に準拠しています。特に『虚空の仮面』に基づいた描写を多く含みます。

      ○書籍版について
      こちらに掲載している本編全文と、三人の後日譚、あとがき、おまけ4コマ漫画が含まれます。
      (本編:約170p、後日譚:約40p くらいの分量です。ご参考までに!)

      『いつか解けるまで』
      B6/224p/1500円(会場頒布価格)

      ○頒布情報
      3/17 テイルズリンク27(東京ビッグサイト)
      東ホール3 フ19b 猫は星を見て歩く

      ○通販情報
      BOOTH→ https://cat-stargazer.booth.pm/items/5537005

      どうぞよろしくお願いいたします!

      #TOV #レイヴン #リタ #アレクセイ #アレレイリタ #テイルズ #テイルズリンク27 #テイリン27
      ゆる
    • 13毎月20日はレイリタの日 2023まとめ各所で『 #毎月20日はレイリタの日』のタグであげていた絵のまとめです。

      2023年は一コマ漫画を描こう!というのが当初の目的だったのが、途中から1コマじゃなくなる回もあるし、突然透明水彩にハマった回もあるしで、いろいろ冒険しました。楽しかったです。
      2024年もまた毎月レイリタしていきたいです!

      ※『 #毎月20日はレイリタの日』とは?
      レイヴンとリタの身長差・年齢差がともに「20」ということで、毎月「20日」にレイリタを何か上げようというふんわり企画(?)タグです。

      ##イラスト #TOV #テイルズ #レイリタ #リタ #レイヴン #毎月20日はレイリタの日
      ゆる
    • 3アレレイリタ4コマまんがアレレイリタの4コマまんが2編です。

      ※アレクセイ生存ifです
      ※こまけぇことは考えず読んでね

      ○宣伝
      ・NEOKET5(https://neoket.net/)にサークル参加しています。Z29『猫は星を見て歩く』、10/21まで。

      ・2024年春に、アレクセイ生存if設定の、アレレイリタ小説本を出す予定です。原稿頑張ります!

      ##漫画 #TOV #テイルズ #アレレイリタ #リタ #レイヴン #アレクセイ
      ゆる
    • HAPPY END旅の終わりから2年。花の街ハルルで、エステルは住居の当てがなかったリタと共に暮らしていた。そこに、検診のため度々訪れるレイヴン。三人で過ごす時間はかけがえのないものになっていった。
      しかし、ある日レイヴンは姿を消し、消息を絶つ。その日からどこか上の空でいるリタのことを、エステルは複雑な気持ちを抱えながら見守っていた――。

      2019年1月のテイルズリンク14で発行したレイリタエス本の再録です。

      ##小説 #TOV #レイリタエス #エステル #リタ #レイヴン #テイルズ
      ゆる
    • いつか帰るところリーンとガイアがお茶を飲みながら話してるだけの話です。筆者は5.3未クリア&エデン共鳴編までしかプレイしてません……!フレンドさんからのリクエストで書かせていただきました。

      ##小説 #FF14 #リーン #ガイア #リンガイ
      ゆる
    • ふたりで夜を呑んで野営中の夜、森で話すリタとレイヴンの話です。

      この小説を元にした漫画→ https://galleria.emotionflow.com/109082/675847.html

      ##小説 #TOV #テイルズ #レイリタ #リタ #レイヴン #アップルグミ感謝祭3
      ゆる
    • 11ふたりで夜を呑んで野営中の夜、森で話すリタとレイヴンの話です。

      この漫画の元になった小説→ https://galleria.emotionflow.com/109082/675848.html

      ##漫画 #TOV #テイルズ #レイリタ #リタ #レイヴン #アップルグミ感謝祭3
      ゆる
    • 27/2 アップルグミ感謝祭3 お品書き7/2開催のアップルグミ感謝祭3-Day2(https://pictsquare.net/51de7px4o0vqsomx6nzilqyqeme0h46d)に参加します。
      エリア2 え3 猫は星を見て歩く

      【当日展示】
      ①レイリタ漫画(11p)
      野営中の夜、森で話すリタとレイヴンの話です。
      ②レイリタ小説(約1500字)
      ↑の漫画の元にした小説です。
      ③ダミュリタ小説〈R-18〉(約11000字)
      ダミュロンが酒場でリタを口説こうとする話です。

      【既刊通販】
      すべてBOOTHでの取り扱いです。イベント当日のみ会場頒布価格と同額にしますので、この機会によろしければ!

      ご興味あればのぞきにいらしてくだされば嬉しいです。
      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##サンプル #お品書き #TOV #レイリタ #リタ #レイヴン #アップルグミ感謝祭3 #テイルズ
      ゆる
    • 25/14 KeyIsland9 お品書き5/14開催KeyIsland9のお品書きです。

      【新刊】
      ○『Tu fui, ego eris』
      Rewrite小説中心まとめ本です。Webに載せたもの中心に小説・SS11編と漫画1編を収録しています。
      書き下ろし小説として、小鳥、朱音、???の話が3編あります。
      Rewriteならなんでも読める方向けです。
      B6/64p/700円
      サンプル→https://galleria.emotionflow.com/109082/668359.html

      ○終のステラ感想ペーパー&ポストカード
      表紙カラー+本文4ページの、勢い感想文詰めたペーパーです。ポストカードと一緒に当日会場にて無配予定です。残部が出たら通販分にも同封します。

      【既刊】
      ○『あなたを愛した日のこと』
      書き下ろしこたこと小説本です。
      小鳥は幼なじみの瑚太朗と穏やかで楽しい学園生活を送っていた。そんなある夜、小鳥は森に迷い込み、自分は何か大切なことを忘れているのではないかと気がつく。
      カバーイラスト:いなほさん
      B6(カバー付き)/98p/900円

      ○『とある星の花たちへ』 ※リアルイベントのみ
      こたことSS集です。Webに掲載したものを、長いものから短いものまで25編収録しています。
      A5正方形/58p/600円

      初めての現地サークル参加です……!
      どうぞよろしくお願いいたします!

      ##サンプル #お品書き #Rewrite #こたこと #神戸小鳥 #天王寺瑚太朗 #千里朱音 #Key #KeyIsland9
      ゆる
    • 15Tu fui, ego eris【鍵島9新刊サンプル】5/14開催のKeyIsland9、新刊のお知らせです。

      Rewrite小説中心まとめ本です。Webに載せたもの中心に小説11編と漫画1編を収録しています。
      こたことが多めですが、Rewriteならなんでも読める方向けです。
      小鳥、朱音、???の書き下ろし小説があります。

      『Tu fui, ego eris』
      B6/64p/700円(会場頒布価格)

      5/14 KeyIsland9(https://www.umiket.com/
      C05 猫は星を見て歩く

      BOOTH→ https://cat-stargazer.booth.pm/items/4765158
      (2023.5.14追記)

      よろしくお願いいたします!

      ##サンプル #Rewrite #こたこと #神戸小鳥 #天王寺瑚太朗 #千里朱音 #Key #KeyIsland9 #鍵島9
      ゆる
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