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    ずっと未来の約束をその日の仕事を終えて菅波が帰宅すると、まだ百音は帰宅していなかった。自分が遅くならなければ同じぐらいのタイミングと聞いていたが、まぁなにか急な用事ができたか、と家に入って手洗いうがい着替えと、帰宅後のルーティンを終える。冷蔵庫を開けて、百音が想定していた献立の見当をつけてみようとしたが、よく分からず、あまりに遅いようなら連絡もあるだろうし、米だけでも炊いておくか、と米櫃に手をかけた。

    余裕がある時には数食分炊いて冷凍ストックを作っておくのが最近の暗黙の了解なので、4合分の米を砥いで炊飯器にセットする。長躯をかがめて最後の水加減を調整しているところで、ただいまーと玄関から声がして、百音が帰宅した気配がする。台所に入ってきた百音は、自分におかえりと声をかけながら手を拭く菅波をみて、「ごはん仕掛けてくれたんですね、ありがとうございます。すぐ支度しまーす」と笑って礼を言いながら、やはり手洗いうがいの帰宅ルーティンを済ませた。

    おかえり・ただいまのハグをして、菅波が百音に言う。
    「晩ごはんどんな想定か聞いてなかったから、ひとまず米だけセットしたよ。食べなくても冷凍に回せるし」
    「ありがとうございます。今日は、名残の夏野菜のお裾分けたくさんもらってるから、豚コマとで夏野菜カレーにしようかなと思ってたので、ごはんが絶対必要でした」
    「それはよかった。もう炊き始めるけど、いいですか?」
    「夏野菜カレーはすぐ作れるから、オッケーです!」
    「じゃあ、カレーも一緒に作っちゃいますか」
    「先生は急ぎの仕事はない?」
    「ない。大丈夫」

    百音が冷蔵庫をあけて、ナスやズッキーニ、トマト、オクラなどの野菜と豚コマ肉を取り出すのを菅波が受け取って調理台に並べる。ナスやズッキーニは虎に剥いて、トマトは湯剥き、オクラは塩もみして、と百音の指示で二人の作業はよどみなく進む。豚コマで作るカレーは煮込み時間がほぼないのが楽なとこなんですよ、と百音が言う通り、フライパンで肉を炒めて、下ごしらえした野菜を放り込んでさらに炒めて少なめの水を入れればどんどんと煮込みの形が出来上がる。

    じゃあ後はフライパンの世話お願いしまーす、と菅波にシリコンヘラを預けた百音は、シンプルサラダでレタスも食べちゃいましょうかねぇ、とレタスを取り出してシンクであらう。じゃぶじゃぶと水作業をするのに七分袖を腕まくりした百音を見た菅波は、百音の肘の内側あたりに小さな四角いばんそうこうが貼ってあることに気が付いた。

    「それ、止血用のばんそうこうだけど、今日なにかありました?体調に問題が?」
    コンロの火を止め、向き直って菅波が聞くと、百音が、あぁ、と思い出したようにそれを見て答えた。
    「今日、献血してきたんです。それでちょっと遅くなって」
    ほら、と両腕の内側が見えるように出して見せると、左右両方にばんそうこうが貼ってある。
    そうでしたか、と安心した菅波は、またフライパンを火にかけて、あとどれぐらい?と百音に加減を聞きながらコゲないようにフライパンの世話を続けた。

    炊飯完了の音が鳴るのとほぼ同時にカレーとサラダが出来上がり、帰宅から一時間で二人は手際よく食卓に着くことができた。好みの量のご飯とカレーをそれぞれ盛り、いただきます、と手を合わせて食べ始める。豚コマ肉にカレーもくたっとした夏野菜もよく絡み、濃いめの野菜スープを食べているような感じが楽しい。これ、カレールーの代わりにトマト缶入れちゃえばミネストローネ風ですよ、と百音が言い、なるほど、と菅波がうなずく。まだお裾分けの野菜あるから作り置きで作っちゃおうかな、来週は先生がいない週だし、と百音が冷蔵庫の残りの始末を思案し、菅波がお裾分けいただけるのも、どちらかが時々いない僕らには繰り回しが難しいね、と笑った。

    「そういえば、今日はどうして献血に?」
    オリーブオイルと酢がいい塩梅のレタスサラダに箸をつけながら菅波が思い出したように聞く。
    「今日の出先に献血バスが来てて、呼びかけをしてたから。帰り急がないし、なと思って。結局ちょっと遅くなっちゃったけど」
    「遅くなったことは全然気にしなくていいんですよ。献血バスでってことは全血?」

    カレーを口にはこびつつ、百音が答える。
    「うん。400ml。400とれる体重の下限に近いので、ぜひ維持してくださいね、って言われちゃいました」
    「400取れるギリギリってことは…」
    「わぁあ!」
    身を乗り出して菅波の思考を遮ろうとする百音の手を、菅波が笑っておさえる。

    「ごめん、ごめん。でも、あなたは忙しいと痩せやすいたちだし、もうちょっとふっくらしてもいいぐらいですよ」
    菅波の発言に、百音は口をとがらせながら皿の上のカレーをスプーンでつつく。
    「献血ってものすごく久しぶりでした。森林組合の頃以来かも」
    「あぁ、登米夢想にたまに来てましたもんね。たくさんの人が協力してくれてありがたいことでした」

    「先生はそういえば献血は?」
    百音に聞かれて、菅波が残念そうに言う。
    「僕は条件ではじかれる要素があって、献血できないんですよ。使うばっかりで心苦しいところですが。なので、こうして百音さんが献血してくれることはありがたいことです」
    ぺこりと頭を下げて見せる菅波に、百音もいえいえ、と頭を下げて見せる。

    「そういえば、ウェブサイトで登録したら献血カードのデザインが選べるので、お好きなのをどうぞって言われたんですよ」
    と百音が傍らのバッグから財布を開けてカードを取り出した。
    「それで、このけんけつちゃんのカードにしました」
    うれしそうに見せるカードの裏面には、不思議なゆるきゃらが描かれていて、そのキャラクターの胴体には『けんけつ』と書かれている。
    「なんて安直なネーミングとデザイン…」
    受け取った菅波が笑うと、『けんけつ』って書いてあるから間違いなくていいじゃないですか、と百音も笑う。

    くるりと裏をみると、スガナミモモネという名前と、献血回数:3回という表示が書かれている。
    「今日で3回目、なんですね」
    返されるカードを受け取りながら、百音がうなずく。
    「昔、2回やってたみたいです。10回とか50回とかで記念品もあるから、折々にお願いします、って言われました。でも、年に2回しかできないからすごい先だなぁ、って」

    皿の上の最後のカレーを掬いながら、菅波が口を開く。
    「成分献血だったらもっと行けるはず。全血は赤血球をもらうので回復に時間がかかるから女性で年2回とかだけど」
    カレーを口に放り込んでもぐもぐとしながら、スマホを取り出した菅波がぽちぽちと検索して見せた画面には『血小板成分献血1回を2回に換算して血漿成分献血と合計で年24回以内』と記載があった。

    「ほんとだ。あ、ここ、200mlだと全血でも年4回って」
    画面を指さす百音に、口内のものを飲み下して、水を一口飲んだ菅波が軽く首を振る。
    「200mlもあるはあるけど、あまり実施されてないんですよ。できれば、200を4回より、400を2回でお願いしたい」
    「なぜ?」
    「人間の血液って、同じ血液型でも人によってちょっとずつ違う、というのは何となく分るでしょう?」
    「うん」
    「それで、例えば一人の患者さんに2000mlの輸血を行う場合に、400mlの献血から作った血液製剤だったら5人分を混ぜることになるけど、200mlだと10人分でしょ。その分、副作用のリスクが増えてしまう」
    「そっか」

    ふむふむ、と頷く百音に、菅波の目じりが緩む。
    「献血は現代医療に不可欠ですが、完全に善意で支えられているものです。これからも、体調に無理のない範囲で、気が向いたら、ぜひお願いします」
    「もちろんです。改めて献血してみて、面白いなって、思ったし、今度は献血ルームで成分献血してみようかな」
    「あぁ、分離機とか見るの面白いと思いますよ」
    「ブンリキ?」
    「体から出した血をぶんまわして、遠心力で血小板と血漿と赤血球に分離するの。で、赤血球を体に戻す」
    「へぇ。成分だと次いつ行けるんだろ。というか、献血ルームも探さなきゃ」

    新しいことを楽しみにする様子の百音に、菅波は本当にありがたいことです、と頭をさげてみせる。食後、二人並んで洗い物をしながら、百音が菅波を見上げる。

    「例えば、年5回、献血に行けたとして、100回にたどり着くには25年かかるでしょう?」
    「そうですね」
    「200回だと50年」
    「うん」
    「私の記録達成、見届けてくださいね?」

    さらりと50年後の約束を取り付けられた菅波があっけにとられているのを尻目に、百音は鼻歌を歌いながら、すすいだ食器を拭いている。本当にこういうとこ、かなわない、と菅波は百音の手から食器と布巾をとりあげて、ぎゅっとハグをする。百音も忍び笑いをして、ハグを返すと、背伸びをして菅波にキスを贈る。

    やっと一緒に暮らし始めた生活が馴染んでしばし。日々を重ねるうれしさに、ずっと未来の約束をポンと放り込んで。
    ねじねじ Link Message Mute
    2022/08/23 20:38:11

    ずっと未来の約束を

    #sgmn

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