藤川さんと隆司くん
まとまった金が欲しかった。兄貴には言えない。だから、借りられない。じゃあどうするかって、自分で稼ぐしかない。でも、俺が、できることなんて。
久慈にばれぬよう普段行かぬ街の片隅で客を引くはずが、最初に声をかけたのがこの辺りをシマとする組の連中だったなんて、まぬけにもほどがある。ニイちゃん、見ねえカオだな?新入り?いーや違うよなぁ?あっという間に事務所らしき建物まで連れて行かれ、強面共に囲まれる。殴られるだけで済めばいい、なんて都合が良すぎる願いだろうか。
「まいど、邪魔するよー」
よく通る、まだ若い声が部屋に満ちた怒気を打ち消す。ここからは男たちの影になって姿は見えない。
「若!」
口々に若、と呼びかける。ようこそ、むさ苦しいところですんません、いや、ちょいとウチらの許可なしで客引いたバカがいやして… あ、それ俺のことだ。
「悪ィな、あんちゃん。やるならやるでさ、うち通してくんない?」
「金が要るんです、まとまった、額の…藤川さん!頼みます!仕事を下さい!」
テメェこら、若に向かってなに言ってやがる、クソガキが。藤川の前ゆえか、声量は控えめだが目は先ほどよりずっと本気だった。それほどこの青年は恐ろしいのか。
「りゅーじくん、だっけ?」
繊細な縁のメガネを少し下げ、藤川が視線を合わせる。
「久慈には言えない使い道?」
頷くしかない。
「ほな、俺がお前買うたる。ウリなんかより手っ取り早く稼げるで。ただし」
少し色の薄い瞳から、すぅと温度が失せる。
「泣いても喚いても、謝っても許したらん。やめゆうても聞いてやらん。それは覚悟しとけ」
背筋に氷柱を通されたような感覚。とんでもない人に買われたのだと、隆司は目を閉じ天を仰いだ。
「も、許し…無理…ッ…!」
「ダァメゆうたやろ。ほれ次あすこな」
「藤川さ…、はぁ…ッ」
「あーりゅーじくんは悪いやっちゃー。約束したのに、いややゆいはるー」
両腕に紙袋を抱え、細い背中の後をよたよたと追う。あの店、ここの直営店と、お高そうな(実際恐ろしいほどお高い)買い物に付き合わされて、そろそろ半日が経とうとしていた。
「りゅーじくん甘いもん好き? ほなこれ食べよこれ」
めまいがするほどきらびやかなカフェの看板を指差し、藤川がにっこりと笑う。あーあー、外野はいいよなー、それ見てきゃー素敵、誰?モデル?とか言ってるだけで済むもんなー。
「藤川さん、その前にこの荷物…」
「せや、おーい、持ってっといてー」
誰にでもなく指示を出したと思ったら、それなりに人並みの服装をしたいかつい男が数人現れ、俺の手や肩にあったものを全て持っていってしまった。
「最初からあの人たちに持たせれば…」
「ダメダメ。あんなん従えとったら、女の子怖がって寄って来ぃひんやん」
「この、…クソ、ケーキでもなんでも食います、食わせてください!」
ええ子やな、と藤川はまたにこりと笑い、ためらいなくカフェに入って行き、隆司はそれによろよろとついてゆく。ちぐはぐな二人組は店中の女性客のひそやかな視線を浴び、だが藤川は意に介さず、隆司はものすごく居心地が悪かった。