悪夢悪夢は度々訪れた。或いは飼主の手によって。
強く甘い香でけぶる室内。天蓋から幾重にも垂らされた紗で肉欲に溺れる貴人たちの姿はよく見えない。失礼があってはならぬなどよくぞ言ったものだ。手荒に被せられた黒い頭巾は麻袋のようにささくれ立ち、顔を刺した。高貴なその身を最も賤しい身分に委ねる悪い遊びに巻き込まれ幾人もの男女を相手にする。麻袋からは姿は見えず、ただ甘腐れた香が鼻につき理性を焼いた。
そんな状態でさえ一瞬ぎくりと身を跳ねさせたのは、節くれ立ち荒れた掌に触れた肌が恐ろしく上等だったせいだ。
今夜幾人に触れたか判らぬが、その中で際立って滑らかな肌。
押し返す弾力は女ではない。怠惰に溺れたひ弱な男でもない。
これは、戦士の体だ。
戦士の靭い筋肉が、刀傷ひとつない皮膚に覆われている。
最上級の香油で鞣され続けた、この国で最も高貴な…ありえない、あり得てはならない想像が閃いて消える。
まさか。
このような場所にいるはすがない。
あの潔癖とさえ言える方が。
何本もの手と腕に絡め取られ肌を見失う。よかったのだ、これで。あの肌にだけは、触れてはならぬのだ。
享楽の生贄の夜は払暁にやっと終息を迎え、快楽の感触と濃厚な堕落の香をまとわりつかせ粗末なねぐらに戻る奴隷の足は、枷もないのにひどく、重かった。