0.はじめに
この記録は私、チェイザ=レイが人づてに聞いた「箱庭」の人物についての記録である。
会話や私見をそのまま書きだしたものであるため、史料の見づらさや一部事実と食い違う部分もあると考えられる。また、これは取材をおこなった人物の主観に基づく記録でもあるため、一級史料ではないこともご留意願いたい。
便宜上、当事者の言葉には 「」 を用いて表記する
1.空を飛んだ鯨の記録
「昔、空を飛んだ鯨が居たんだ」
そう彼は言った。そう言われてみればそんな話を聞いた気がする。続けて彼はこう言った。
「その鯨は、空を見たかったんだ」と。
「幼い頃、なんとなしに見上げた空がとても綺麗だったんだって。海しか知らなかった少年は空に心を奪われた。…でも彼の中の1番は海だったらしいけどね。」
なんとまあ、よくある理由というのだろうか。あっさりした理由である。まあ、誰でも切欠はこのようなものであろう。
「軍に入ったは良いが、とても大変だったらしいよ。当時、飛空士は飛行タイプしか居なかったからね。それはそれは目立ったそうだよ。気の狂った鯨が居るぞって。難癖つけられることもよくあったとか。」
「そんなある日、青年は彼に出会った。」
「自分と歳はそう変わらない白髪の青年。にこりとも笑わない、他人からは距離を置かれていた準伝説の撃墜王。…ああ、ごめんね。飛行タイプだけじゃなくて飛行系だったね。」
「入隊して暫く経った頃、白髪の青年の僚機決めがあった。畏れから誰も名乗りでなかったそれに、誰かがこう言った。」
「『こいつにしよう。』鯨に白羽の矢が立った瞬間だったね。」
なんというか…大雑把ですね。
「ま、当時はそんな感じだったよ。」
「その頃からじゃないかな、鯨と撃墜王がつるむようになったのは。」
まるで当事者のような発言ですね。
「そりゃ、話題になったからねぇ。僕でも知ってるさ。」
お茶、ありがとうございました。最後に、1つ。その鯨は、今どうしていると思います?
「…そうだなぁ、どこかで好き勝手やっているんじゃないかな。時々、仲間と馬鹿やったりして叱られたりさ。」
そう空を見上げる男性は、どこか懐かしそうな顔をしていた。
ー—―以上が、ホウエン空軍に伝わる、空を飛んだ鯨を知る人物の話である。
名前を聞きそびれてしまったのは痛いが、聞いてもあの男性にはぐらかされたと思う。なんとなく、だが。
以上をもって、この人物の取材を終了とする。