初めての友達ある日のこと。デスティニーは鯨語の練習をしていた。初めてできた友達のドリーに教えるためだ。友達ではあるが、パイプ越しで会話をするため、ドリーがどんな姿なのかはわからない。話をした当初は鯨語を知らなかったから、鯨ではないことは確かだ。
彼女は何度か同じことを質問することがあった。彼女曰く「短期記憶障害」だかららしい。
けれども鯨語の発音を一緒に復唱するうちに、彼女はデスティニーと全く同じように発音していた。唯一悔やまれるのはデスティニーの特徴的な発音を指摘する者が誰もいなかったことだろう。
なぜなら、デスティニーの同じ水槽、ひいては水槽の近くに鯨はおろか他の魚も住んでいなかったからだ。
デスティニーはパイプを通して、ドリーが両親と会話しているのを聞いていた。デスティニーは一緒の水槽に誰かがいるのが羨ましく思った。いや、一緒でなくとも構わない。近くの水槽に誰か来て欲しい。ドリーがここに引っ越して来ないだろうか?ドリーと顔を合わせてお話しできたらいいのに。
あくる日、なんと彼女はパイプに通れる大きさだということがわかった。デスティニーは思い切って誘うことにした。パイプを通ってき自分の水槽に来てくれないか、と。ダメ元で鯨語で案内することも提案した。ドリーは親を心配させたくなかったようで、申し訳なさそうに断った。
デスティニーも申し訳なく思った。大事な存在に心配かけさせたくはないはずだ。それに、もし彼女を迷わせて出られなくなったときのことを考えていなかった。もし彼女がパイプの中で一生迷ったままになってしまったら?
「気にしないで、あたしも忘れちゃうから」
ドリーは沈黙したデスティニーに気遣うように言った。
しばらく経ったある日、珍しくデスティニーから彼女を呼んだ。だが返事は返ってこない。何回か名前を呼んでみたが、結果は同じだった。その日以降、何回か呼びかけても彼女の返事が返ってくることはなかった。デスティニーは彼女が自分のことを忘れてしまったのでは?と思った。でも、ドリーは自分の家族にもデスティニーのことを話していた。もしデスティニーのことを忘れてしまっていても家族が聞けば思い出すだろう。もしかしたら、家族全員で引っ越してしまったのだろうか。引っ越すことも話し忘れていたのかもしれない。理由のはっきりしない音信不通に、デスティニーは寂しさを感じた。
ドリーと音信不通になってから、彼女の隣の水槽に新顔がやって来た。新顔の名前は「ベイリー」というそうだ。彼は頭を強く打って「エコーロケーション」が使えなくなったと言う。初めてのお隣さんにデスティニーは喜んだ。しかし、その喜びはあっけなく砕かれた。
「何?睨みつけてきてさ」
ベイリーはデスティニーを見て不機嫌そうに言った。
「私、目が悪いの」
「どおりで壁にぶつかるわけだ」
「意地の悪い言い方ね!」
口を開けば皮肉の応酬が始まる。良くも悪くも隣にやってきた彼のおかげでデスティニーは友達のいなくなった寂しさを忘れていた。
ある日。デスティニーが泳いでいる途中、突然小さな何かがいくつか放り込まれた。彼女は確認しようとして近すぎてしまい、どうにかその小さな何かを避ける。避けられて安心するもつかの間、彼女は曲がった先の壁にぶつかってしまった。
青く小さな何かが話しかけている。だが、デスティニーの目にはその姿がぼやけてわからないままだ。
だが、その青い何かが鯨語を話したことでデスティニーは目を輝かせた。声は変わっていたが、鯨語を話せる小さな魚はそうそういない。
「ドリー?」
久々に、デスティニーはこの施設でできた最初の友達の名前を口にした。