鶏も歩けば海藻に絡まる仮面の魔物は間欠泉からラロタイを飛び出て以降、島で暮らしていた。この島には岩の柱が高くそびえ、トカゲなどの動物も暮らしている。鳥が滞在したり海辺で蟹をとることもできる。魔物にとって食べ物にはそこまで困ることもなかった。しかしラロタイの日の光が届かない環境に慣れていたためか、島では昼より夜方に行動しているようだ。魔物は海辺を見つめた。海の中では魚が泳ぎ、蟹たちがちょこちょこと歩いている。魔物は後者を選んだのか、蟹にめがけて海に手を四つ入れた。
しかし魔物はすぐに手を引っ込めた。手にぬるりと何かが絡みついている。魔物の目が見開く。暗い緑色の海藻だ。魔物の脳裏に恐ろしい生き物の姿が蘇る。緑色の触手、真っ赤なトサカに巨大な目玉。仮面の魔物にとってはラロタイにいたどんな魔物よりも恐ろしかったのだろう。仮面の魔物の指に痛みが走った。過去の記憶にとらわれるあまり蟹に指を挟まれたらしい。魔物が夜に行動するのは昼に出くわした怪物と再会したくないというのもあるのかもしれない。魔物は蟹が逃げたことを確認すると腫れた指をもう一度海で冷やした。魔物は海を諦めて島で食べられるものを探すことを選んだ。魔物はラロタイで最後に狙った人間があの怪物と縁があることを知る由もない。
「モアナー!」
とある島の浜辺。瞬く海の上で子供たちが波乗りの練習をしている。子供たちに波乗りの仕方を教えているのはモアナと呼ばれる若い先導者だ。彼女は祖母から譲られた波乗り用の板に撥水用の油を塗り直しているところだった。
「どうしたの?」
モアナは村の子供に尋ねた。
「これ……」
「うわっ?!」
モアナは目の前の暗緑色の塊に面食らった。よく見ると塊の隙間から見慣れた巨大な双眸が明後日の方法を向いていた。
「助けようと思ったんだけど……」
村の子供の顔が引きつっている。モアナは塊に耳を近づけた。わずかながら呻き声が聞こえる。
「大丈夫、生きてるよ……たぶん」
モアナは村の子供を励ましながら海藻の塊を解いていった。海藻の塊が剥がれ落ちると赤と黄色と緑の彩りがモアナの目をチカチカさせた。塊を剥がした先には困り者の鶏のヘイヘイがいた。
「気をつけてね」
ヘイヘイはモアナの言葉にいつものように短く鳴いてふらふら歩いて行った。
「大丈夫かな?」
村の子供が尋ねた。モアナは悩みあぐねてこう答えた。
「サンゴ礁の外に出ないとは思う」
海が助けてくれる可能性を考えたいが海もはた迷惑なことだろう。だがモアナたちの見ていないところでもヘイヘイは数々の危険と直面してきた。自分から首を突っ込んでいる場合も多いがヘイヘイなら切り抜けてしまうだろう。なんてったってモアナを狙った魔物を怖がらせられるのだから。いまヘイヘイはモアナたちの死角に到達し、ココナッツを飲み込もうとしている。もちろん無事に吐き出せるに違いない。ヘイヘイはココナッツを胃袋へと飲み込むと膨れ上がったお腹の重さで尻餅をついた。おそらく大丈夫だと信じたい。たぶん。