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    ああ愛しのトラブルメーカー「じゃ、行ってくる」
    「はい……気をつけて」
    「あの! えっっと!! ちゃんと連絡すっから!!」
    「ばか、春田さん。声デケエ」
    「えっ、あっ、ごめっ」
    「……うん、待ってる。俺も連絡するから」


     そうはにかんで言った牧に対し、春田が表情をぱあっと明るくし、行き交う人混みの中で全力で手を大きく振りながら保安検査場の向こう側へ消えていったのが約五時間前だ。
     「空港着いた。今からマンション向かう!」という春田からのメッセージをスマートフォンが受信し、牧が本当にマメに連絡をくれるんだなと少し感動したのが三十分前。


    『まき! まきまきまきまき!』
    「っるせーな、ちゃんとマンションついたんですか」
    『どうしよう! えっ! やばい! どうしよう!?』
    「はあー……どうしたんですか? 空港に忘れ物した? 財布無くした? それともパスポートですか?」
    『全然違う!! 俺のマンション! 別の人が普通に住んでる!!』
    「……は?」
    『だからあ!! マンション着いたら俺の荷物間に挟んで住人と引越し業者が喧嘩してんだよお!!! まああきいいいい! どうしよおおお!!』


     そして上海から海を経て電波を飛ばした国際電話がかかってきた現在。
     いやいやいやいや、接続詞の前後関係がおかしいから。そんなツッコミを心の隅っこでしつつ、牧は財布と家の鍵だけ持って廊下を駆け出した。春田の半べそと動揺の耳元でBGMとして流しながら。
     向かうは我らが天空不動産、本社である。



     * * *


     この話を簡潔的にすると、海外転勤する社員の住居の登録は一律本社が行なっていたのだが、本社の手続き係がミスをし、春田が入居するマンションの部屋番号を登録し間違えていた。春田は通知された通りの住所に向かい、引っ越し道具一式の送り先も春田が手配した場所に向かったが、結果的にその登録された部屋番号は空室でなく今もなお暮らす人がいたというわけだ。そして先に着いた引っ越し荷物と引っ越し会社の人間、意味がわからない現住人、直後に到着した春田という構図が出来上がったのである。
     こんなトラブル早々ない。どんなに申請が通っていっても登録の時点でマンションを管理している会社が気付くからだ。ただ気付かれなかったのは春田が関わっているからなのだろうか。マンションの管理会社がちょうど変更になった時に登録が重なっていたため、その作業がずさんになっていたらしい。他にも同様に露頭に迷うことになった人がいるらしく、本社から牧が連絡を管理会社に入れたところ向こうも対応に追われていた。


    「と言うわけで、とりあえず管理会社負担で部屋が決まるまでの間、ホテルを手配して貰えることになったので今晩はそこ行ってください。スマホにメール入れとくんで」


     春田に荷物を一旦引っ越し会社へ預けさせてもらうように指示し電話を切った牧が本社で奔走した結果、なんとか今日のところの話がまとまった。牧の背後ではこっぴどく登録ミスをした担当が上司に怒られながら一緒に上海の空き物件を探している。
     その報告を春田にすべく牧が電話をかけ直せば、どうやら日本にもあるチェーン店で心を落ち着けるためにメロンソーダを一人で飲んでいたらしい。


    『牧様マジでありがとうございます』
    「ほんと見送りに有給取っててよかった。普通に今日働いてたらこんな動けなかったし」
    『その時は本社の人が動いてくれるだろ』
    「春田さんがやべえことになってんのに自分の仕事に集中できるわけねえだろ。何もできないってのも癪だしさ」


     ギッとオフィスチェアの背もたれの音を鳴らしながら背を伸ばし、牧はスマートフォン片手にマウスをクリックした。これで今夜の春田は宿無しにはならない。ひと安心である。


    「春田さん、メール送ったから電話切ったら確認してくださいね」


     ふう、とため息をつけば電波の向こう側が無言である。お陰でチェーン店特有のざわざわとした声が聞こえ、耳に馴染まない言葉に本当にいま春田が上海にいるのだなと実感が湧く。


    「おーい、春田さん?」


     未だ返事をしない春田を不審に思い、牧が声をかければ、ぁーと要領を得ないうめき声。


    「どうしたんです?腹でも痛い?」
    『んーん。いや、さあ』
    「はい」
    『なんか、もう牧に、会いてえなあって』


     きっと照れた顔をくしゃくしゃにして笑っているのだろう春田の顔が容易に想像できて、牧の心がきゅっと締め付けられた。

     牧が春田の元へ戻って以来、春田は牧への好意をわかりやすく示すようになってくれた。上海に経つまでの短い時間の中で、春田の母親を呼び出し堂々と交際宣言をしたし、牧の実家に再び赴き牧の父親に認めて貰えるまで通い続けますと言う宣言もした。案外あっさり牧のことを受け入れてくれ、今度お茶しましょうねとまで言ってくれた春田の母親とのことについてのことは省略。牧の父親を落とすのは春田がまた実家に来たことに大喜びした牧の母親と妹が協力してくれるらしく、陥落の日も近いかもしれない。
     春田が上海へ出発する直前にはキスの先に少しだけ進んだりもした。つまり数時間前の話である。
     その時に嫌悪のかけらすら見せず、いっそ牧をリードしてみせた春田に牧はきゅんきゅんしっぱなしだった。俺の春田さんがこんなにかっこいい、と。だがときめきつつもイニシアチブをとられっぱなしなのも癪に触るので、さらに先に進む時はマウントを取りたいと思っている牧である。その話は一旦置いておいて、話は結局、そう。ストレートに好意を表してくれる春田に、牧は心臓を鷲掴みにされっぱなしだということだ。


    「……お盆休みにそっちいこうと思ってたんですけど」
    『えっそうなの!? 俺が日本に帰るつもりだったんだけど、どうしよ』
    「その話は来月しましょう」
    『へ?』
    「来月有給もぎ取ってそっち行きますんで、その時」


     向こうで小さく息を飲んだ気配がする。牧の頬の筋肉が緩む。本社のオフィスだというのになんて顔をさせてくれるのだろう。誰にも見られていないといい。そんなことを思いながら牧は電話の相手にだけ聞こえるように小さな声で呟いた。


    「待ってて。俺も会いたい」


     たっぷり数秒間を開けて返ってきた「ん」という短い言葉に牧の心臓はまた締め付けられる。春田はやっぱりくしゃくしゃに笑っているのだろうか。牧の好きな、春の優しい日差しのような、あの笑顔で。


     ああ早く来月にならないだろうか。有給はいつ取れるだろうか。せめて三連休はとりたい。
     そんなことを考えながら、牧は春田に会えるその日に想いを馳せた。







     ゴロゴロと機内持ち込み可能サイズのスーツケースを引っ張って白い床を足早に歩き、入国審査を通過してから到着ゲートへ。指定された番号の出口から出ようとすれば、ガラスの自動ドア越しに、いつかのデートのときに買ったカーディガンを羽織り黒のスキニージーンズを履いた春田の姿を牧は見つけた。インナーはおそらく牧が押し付けた無地のTシャツだろう。自然と顔が綻ぶ。
     ゲート付近は牧が春田のことをすぐ見つけられたのが不思議なほどかなり混雑していたが、再会を心待ちにしているドアの向こう側の雰囲気は統一されていた。春田はスマートフォンをいじっているらしく下を向いているので春田は牧に気づいていないようだ。着陸後すぐに電源をつけ、手に持っていたスマートフォンがぶるりと震える。見れば春田からのメッセージだった。
     「はやくー」「まだー?」と連続で受信されるメッセージに、牧の笑みも深くなる。ゲートに向かいながら「春田さんみっけ」と返信すれば、途端に視線の先にいる春田がバッと勢いよく顔を上げキョロキョロし始めた。人待ちでごった返す空間でかなり目立つ仕草に苦笑する。と、同時。ばちんと目があった。目を大きく見開いたあと、優しくその目が細められ、口角を上げて春田があたたかく笑った。唇の形は牧の名前を呼んでいることを物語っている。ああ、畜生かわいい。そんでほんとに足長い。スタイルが良すぎる。春田さんのくせに。高鳴る心臓を落ち着かせるために毒付いてみるがまるで効果がなく、結局牧もニヤつく口元を隠しながらゲートを出た。


    「牧! おつかれ」
    「お迎えありがとうございます。でも有給までとらなくてよかったのに」
    「こっちの方が本社の人間ばっかだからさ、有給申請したら今後も率先して消化していけって。連休つくり上げろっていわれたわ」
    「あー、いま社内全体がそんな感じですもんね。俺もあっさり連休とれました」


     春田の前にきたら隠していた口元から手を離し、へへっと笑ってしまった牧である。そんな牧を見て春田も破顔するからたまらない。


    「それにさ」
    「それに?」
    「牧に早く会いたかったし」


     効果音をつけるなら、へにゃり。そんな蕩けるような笑みを浮かべて春田が笑うから、牧はここが空港であることを恨んだ。吹っ切れた春田が恐ろしい。恐ろしいくらいかわいい。


    「とりあえずうちに荷物置いて、そんで出掛けようぜ。うまい水餃子屋みつけてさあ、牧と行きてえなって」


     自然と牧の手を取って歩き出した春田に牧はギョッとする。しかしニコニコしながら歩く春田は全く気にしないようで、慌ててその歩調に合わせて牧も足を動かし出した。恐ろしくかわいいし、恐ろしくカッコいい。なんだこのずるい男は。上海に発つまでの期間で牧へ感情をストーレートに表してくれることに嬉しく思ってはいたけれど、こんなにも、しっかり、春田は牧の男になった。


    「春田さん、すげー彼氏になりましたね」


     ぽつりと言えば、きょとんとした顔で振り返られる。見つめ合うこと数秒、牧の握られた手に春田が更に力を優しく込めて、ニヤリと笑った。


    「親を説得中の婚約者、だろ?」


     衝動的に握られていた手をぐっと引き寄せ、抱きしめる。抵抗されることなく牧より背の高い男は牧の腕の中に収まった。行き交う人々は邪魔だなとちらりと見てくるくらいで、特になにも思っていないらしい。
     誰だこの人。こんなにカッコいい人が、ノンケだったこの人が、俺との道を選んでくれたのか。
     鼻の奥をツンとさせながら、牧は唇を強く結んだ。泣き出してしまいそうで、そんな気配を察したのか春田が牧の腰に手を回し、ぎゅっと抱き返してくれる。それすら涙腺を刺激するのだから、牧にはもうお手上げだった。幸せだ。牧は、いま、幸せだった。


    「春田さん」
    「んー? 何でも言ってみー?」
    「なんか、服、臭いです」


     ただ、一点のことを除いて。なんだか春田の服が匂うのだ。鼻をつまむほどではないし、ここまで至近距離にならなければわからないレベルだけれど、カビっぽいような、そんな匂い。


    「予想の斜め上のことを牧はいつも言うよな。え、マジで?」
    「マジです。なにこの匂い」
    「えー? ちゃんと牧に言われた通り洗剤も柔軟剤も入れて洗濯物やってんよ? 部屋干ししてるからかな?」
    「だからってこんな匂いします?」
    「え、わかんねえ。なんか正規で暮らす用のマンションの空室が出るまで一時的に入ってるアパート、安アパートでさ。共用の洗濯物スペースで場所取りしなきゃなんなくて、俺いつも負けて部屋干ししてんだよ」
    「……もしかして洗濯機って備え付け?」
    「あ、そうそう」
    「……もしかしなくても洗濯槽の掃除とか」
    「なにそれ」
    「絶対それじゃん。排水溝へんな匂いしてません?」
    「牧エスパー?」


     ぎゅうぎゅうに抱き合ったまま、いつもと同じような会話をするをする。くだらなくて、でもひとつひとつが今のふたりには大切だ。牧の頬に春田の髪の毛があたってくすぐったい。けど、離れがたい。きっとそんなこと考えている牧と、春田も一緒なのだろう。


    「ねえ春田さん。ドラッグストア寄って行きましょう」
    「ん、いいけど。なに買うの? 歯ブラシ?」
    「それは持ってきた。洗濯槽綺麗にしてあげます」
    「え、ありがたいけどさ、それすぐ終わんの?」


     牧の肩に埋めていた顔を離し、牧と目を合わせた春田が首をかしげる。
     今日の予定はさっき言った通り荷物を春田のアパートにおいて出掛ける事にしていた。限られた三日間という時間でいかにふたりの時間を楽しむのかがふたりの今回のミッションだからだ。春田の心配もわかる。でも。


    「半日はかかるんです」
    「そんなに!?」
    「薬剤いれて、汚れを浮かせて取って、水を入れてまた浮かせてとってって五、六回は繰り返さなきゃなんで」
    「そんなことしてたら出掛けらんなくね?」


     眉間にしわを寄せて、春田が訝しげに牧に問う。牧はそんな春田に微笑んだ。


    「だから、春田さんちでいちゃいちゃしませんか」


     牧の言っている意味を理解するまで少しだけ時間がかかった春田だが、じわじわと破顔したあと開いた口から飛び出た答えは勿論イエスだった。
     ふたりのしあわせな三日間がはじまる。
    巻爪 Link Message Mute
    2018/06/15 11:20:04

    ああ愛しのトラブルメーカー

    最終回後の話。
    春田が上海に発った当日の話と、少しあとの話です。終始仲良しです。

    作中では明言していませんが今後同軸リバの牧春牧に発展するはずのふたりなので、苦手な方は自衛してください。

    支部掲載のものをテスト投稿しています。

    #OL【腐】 #春牧 #牧春 #春牧春

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