一堂零と幼馴染のチャコのちょっとした戯れチャコ零「つみなひと」
お兄ちゃんが、チャコちゃんと一緒に部屋に引っ込んだ。
「零のやつめ。せっかくの目の保養だったのになぁ」と、あたしの隣で、お父ちゃんが、ぶつくさと呟く。あたしは白けた表情で、お父ちゃんを横目で見ながら、お茶の準備をした。
「こんなに寒いのに、チャコちゃんたら、ビキニ姿でコスプレするんだもん。そりゃ、気遣いが雑なお兄ちゃんだって、そんな格好やめろって言うってば」
かっ
「霧、お前も、零の肩を持つか」
一応商店街のイベントで、チャコちゃんがしたのは、うる星やつらと言う漫画に出てくるラムちゃんの虎縞ビキニの扮装だ。美人とは違うけど愛嬌のある笑顔と、へっぽこな腕前だけど、バレー部の主将をこなすくらいに動けちゃう長い手足、なにより、形のいい胸も、お腹周りの締まりも、お尻から太ももにかけての曲線も魅力的だった。それが、半裸姿のコスチュームで商店街を練り歩くもんだから、清ちゃんのお兄ちゃんをはじめ、お父ちゃんたちナイスミドルから、やんやと喝采を浴びていた。
「いやあ、若い娘っていいなぁ」
「風邪ひくよ、あんな格好で歩き回ったら」
少しは温まってくれるといいんだけど。熱いお茶とちょっとお高めのお菓子を添えて、あたしはお兄ちゃんの自室に運んでいった。なんせ、チャコちゃん、「おもちゃの一堂」の看板持って、パレードしてくれたもんね。
「馬鹿は風邪をひかないって」
「おばさんが、悲しむだろ?」
お兄ちゃんの部屋の襖を隔てて向こう、二人の声が聞こえる。
考えてみたら、お兄ちゃんが女の人と自分の部屋に引っ込んだのは、これが初めてなんじゃないかな。あたしは二人の会話の内容が気になって、聞き耳を立ててしまった。
「……って、お父ちゃんまでなにやってんの」
あたしの後ろをついてきたのか、お父ちゃんまで一緒になって、お兄ちゃんの部屋の襖に聞き耳を立てた。
「いや、ひょっとしたら、来年には孫が産まれるかも知れんなぁと」
「産まれないよっ」
お兄ちゃんみたいな野暮天に、そんなロマンス作れるわけないと思うんだけど。
「思い出すなぁ、母さんとワシの若い頃を……」
あたし、思春期なんだけどな。お父ちゃんといいお兄ちゃんといい、肉親のそういうのは、少し恥ずかしい。でも、いやに静かだな。まさか?ふたりとも、まさかなの?と、襖向こうのお兄ちゃんとチャコちゃんに聞き耳を立てていると、携帯ゲーム機の電子音が聞こえた。
「ほんとに、もらっちゃっていいの、あんたのミュウツー?」
「おもちゃの一堂の看板を持ってくれたら、君にあげるって約束しただろ?」
ほらほら。なにが、孫の顔だよ。二人とも、携帯ゲーム機のポケットモンスターの話をしてるじゃん。あたしはほっとした気分と、一堂家の男はこんなもんだよという気分とが混ざりながら、お父ちゃんを見返した。
「わしがアイツくらいの年齢なら、母さんと二人でいる時はこう……」
「やめてってば、父ちゃん」
そもそも、チャコちゃんもお兄ちゃんも付き合ってすらいないよ。お兄ちゃんに期待持ちすぎなんじゃない?
「へー。チャコは捕まえたポケモンにいちいち名前つけてるのか。女の子だなぁ」
襖向こうのお兄ちゃんの呑気な声は、妹のあたしよりも子どもっぽい。
「み、見ないでよっ、零」
「見えてしまうんだから、しょうがないだろう?ゴツいポケモンに、君のお母さんの名前をつけるなんて、君の日頃の何かぎ現れているようだな。おやおや、ピカチューにケンイチってつけたんだ?君もなかなか良いお姉ちゃんじゃないか」
「どうせ、おかーさんはケンイチの方が可愛いもんね。こんな図体のデカいおバカな娘、呆れてるよ」
拗ねるような、チャコちゃんの口調に、お兄ちゃんは、ふふっと優しく笑い声をあげた。
「私は、おバカな娘でも、風邪をひいて欲しくないなぁ」
変なの。普段は子供っぽくて、兄って感じがしないひとなのに、チャコちゃん相手だと、大人っぽい。
「いいの?」
「何がさ?」
「あたし、ちょっとの間しか、おもちゃの一堂の看板持って歩いてないよ?」
「パレードの途中に、私が君に、ラムちゃんの格好して歩くなって言ったからだろう?冬が近いのに、ビキニ姿だからな」
「馬鹿だから風邪ひかないのに」
「ほら、ミュウツー用意したぞ。君も、交換用のポケモン選びたまえ」
お兄ちゃんはもともと素っ気ない。二回も繰り返す、チャコちゃんの馬鹿だからってとこ、何か聞いて欲しいんじゃないの?二人っきりだよ?
襖向こうのお兄ちゃんとチャコちゃんの会話を、一緒に聞き耳を立ててるお父ちゃんに、あたしは声をかけた。
「お父ちゃんの期待してるようなこと、起こりそうもないよ?お兄ちゃん、まだまだ子供だもん。チャコちゃんも……」
「いやあー、あの子、いいカラダしてたんだけどなぁー、隣のオバハンの娘とは思えんくらいになぁ」
「すけべ」
あたしも、隣の家の人たちの中で、チャコちゃんとだけは仲がいい。男二人の家族で暮らす愚痴を、さらっと聞いてもらったことあるし、好きな子いるのー?なんて、いつものカラッとした口調で聞かれたりもする。
「お兄ちゃんと似てるとこあるよね。お祭り好きで子供っぽくて、それに……」
「人がいいよね、あんた」
チャコちゃんの呟きを、お兄ちゃんは返した。
「君もね。……私は君に、着ぐるみを着ていいよって言ったはずだよ。いくら盛り上がるからって、自分から、見せ物にならなくて良かったのだ」
「学校で、見せ物になってるあんたがそれを言うの?」
「痛いとこ、突かれたなー」
あっはっはとお兄ちゃんが笑う。
「私はこの街きっての変態で有名になってしまったからな。君が私に張り合いたくなるのも無理はない」
ほんと、それで迷惑してるんだよ、あたし。
「あたし馬鹿だから、おかーさんとケンイチに迷惑かけてばっかりだもん。………ラムちゃんの格好して、似合うって言われて、いい気になっちゃったんだよね」
チャコちゃんが、はあっと軽くため息をついて、あははと力なく笑った。お兄ちゃんも、チャコちゃんくらい、変態で目立ってると迷惑だって、自覚があればいいのに。……まあ、そんなのはお兄ちゃんじゃないか。
「私は古い男でさ。妹や女友達がいる身として、刺激的な格好で、周りの目を引くのを見るのが苦手なのだよ」
「勝手だね、あんた」
ほんと、付き合ってもいないのにね。……変態でアホで悪目立ちするくせに、不意打ちで兄貴ぶる。
「なんちゃって。ほんとは、私よりも目立って欲しくないだけなのだ」
まあ、そうじゃないかと思ったけど。あたしの手に持ったお盆のお茶は、もう温くなってしまってる。さて、父ちゃんが望むような展開は無さげだし、もう一度、お茶を入れ直そうかな。お兄ちゃんとチャコちゃんがいる部屋から離れようとした時、チャコちゃんが言った。
「………あのさ、零」
「約束だよ。私のミュウツーと交換するポケモンを出したまえ。そのコイキングがいいなー」
「やだよっ。レベル低いし、あんたが割にあってないじゃん」
「私の名前をつけてくれてるくらいだから、そのコイキングは気にいっているポケモンなんだろう?」
その言葉を聞くと、お父ちゃんは、なんとも甘酸っぱいような表情をした。チャコちゃんの仲ではきっと、お兄ちゃんは、お母さんやケンイチと同じ並びなのかな。
「チャコ。君も、私の身内だからな」
その言葉に、あたしは、思わず引きつった。
「さらっと凄いこと言うよね、お兄ちゃん」
襖向こうの兄は、無自覚な人たらしだ。変態でもアホでも、世話を焼かずにはおれなくしてしまうお兄ちゃんが、少し憎らしい。
「ほんと、そういうとこ、直利にそっくりだな」
はっはっはと、お父ちゃんは肩を軽く震わせて笑った。
「ありがとうね、零」
「ミュウツーのことかい?大切に育ててくれたまえ」
「あたしが、ラムちゃんの格好して、急に周りが騒いでたときってさ、ほんとは、あたし、頭が追いついて無かったの。周りの面白そうって期待を裏切ったら、どうしようかなって緊張しちゃって。でも、家じゃ、おかーさんに怒られてばかりだから、期待されて嬉しかったりで。あんたって凄いね、毎度毎度、奇面組でこんな気持ちとぶつかってるんだもん」
「………やめてくれ、急に居心地悪くなってきたじゃないか」
「あたしを助けるために、止めてくれたんでしょ?」
「そ、そうだっ。チャコ、腹でも空いてないか?喉が渇いただろう?渇いたともさ!待っていてくれ、今、霧にお茶を淹れてもらうから……」
兄は、実のところ、ものすごい照れ屋だ。チャコちゃんの幼馴染の情となにかがプラスされた雰囲気に居た堪れず、自室の襖を開けた時、お茶を用意していたあたしと、聞き耳を立てていたお父ちゃんに、鉢合わせしてしまった。
「お兄ちゃーん、もう寝たら?」
「んー?」
あれから。なんのかんのと、チャコちゃんを交えて打ち上げもどきをして、解散して夜も更けてきた。兄は兄で、ぶつぶつと呟きながら、携帯ゲーム機で、ポケットモンスターをしている。
「もうすぐ、コイキングがギャラドスになるところなのだ。あいつ、飛び跳ねるしか能が無いしところが、零とコイキングがそっくりだって言うもんだからな。ぎゃふんと言わせてやる」
「ほんと、そういうとこだよ、お兄ちゃん」
女の子に付け入らせたり、無自覚に付け入ったり。お兄ちゃんはそういう人だ。