仕事探し 風呂から上がると、キラはペトラに付いていった。広場から細い通りを少し入った所にペトラの家はあった。一階が食料倉庫や物置で、二階が居住区だった。三階の部屋がキラに割り当てられた。
部屋に入ってみると、剥き出しの日干し煉瓦の壁際に木製のベッドが置いてあり、その隣にやはり木製の机と椅子が有った。入り口脇の壁にはクローゼットが設えてある。部屋の中央にテーブルとソファーが配置されており、小さな窓から陽が差し込んで、板張りの床に光の四角形を形作っていた。
「中々良い部屋だろう?」
ペトラはうんうん、と頷きながら言った。
「ええ。素晴らしいわ」
「台所は私と共同だ。先ずは先に一月分部屋代を貰うよ。後は月末に払ってもらう。滞納は無しだからね」
「分かったわ」
キラは再び中央広場へやって来た。立て看板の前まで来て、ハッとした。キラは字が読めなかったのだ。近くにいた若い男に読んでもらうことにした。
「すみません。私、字が読めなくて。何て書いてあるか、読んでもらえませんか?」
「何だ? お前字も読めないのか? 田舎者め。しょうがないな、読んでやるよ」
『求む、会計士。ナダレ通り四番地。
求む、代筆士。アケーレ通り二番地。
求む、皿洗い。中央広場。レストラン、マカララ』
男はぶっきらぼうに看板に書かれている文字を読み上げた。
「有り難う。助かったわ」
「おう、字くらい読めるようになれよな。因みにナダレ通りはあの路地だ。アケーレ通りはあそこの小さなカフェの脇の通りだからな」
男は言い残して去っていった。
字が読めないから、代筆士は無理だ。会計士とは何をするのか知らないが、取り敢えず行ってみようか。キラはナダレ通りに向かった。通りで番地を訊いて、四番地にたどり着いた。とある建物の中へ入り、大声で人を呼ぶ。
「すみません。この辺りで会計士っていうのを募集しているって聞いたんですけど!」
奥から男が出てきた。
「ああ、それはうちで出した広告だよ。あんたが会計士?」
男は胡散臭そうにキラをジロジロ眺める。
「いえ、私仕事を探していて。広場で看板を見て来たんです。会計士って、どんなことするんですか?」
「どんなことって……。うちはバザールに幾つか店を抱えていてね、そこの売上金や、出費の計算をやってもらいたいのさ。あんた、街の者じゃないな? 何処出身だね?」
「砂漠の向こうのカラルっていう村です」
「ふーん。字は書けるかね?」
「いいえ」
「じゃあ、会計士は無理だね。帳簿に書き込んだりしなきゃならんしな。他を当たるんだね」
「そうですか…」
キラはガックリ肩を落とした。後は皿洗いしかない。まあ、皿洗いなら出来るだろう。広場に戻り、マカララの場所を訊いた。マカララは広場に面したレストランだった。大きな木戸を開けて中へ入る。コーヒーや、羊肉や、香辛料の香りが入り交じって鼻に付いた。中央に長テーブルが配置されており、集団客がワイワイ騒いでいる。個別のテーブルも満席で、お洒落した客達が賑やかにお喋りしながら、羊肉の串刺しや、煮込み料理を食べていた。
「いらっしゃいませ!」
若い男性のウェイターが、キラを見つけて声をかけた。
「今日は。皿洗いを募集しているって聞いて来ました」
「ああ、そうか。店長!」
ウェイターは奥に向かって叫んだ。
「なんだね?」
大柄の、太った熊の様な男が現れた。色白の肌にダークブラウンの短い髪。紅色のはち切れそうな頬をして、灰汁色の瞳をしていた。
「皿洗い募集の広告を見て来たそうです」
「そうか。俺は店長のハデブだ。厨房で、鍋や食器を洗って欲しいんだ。掃除もな。給料は日払いで六百ペタだ。明日の朝から来てくれ」
「分かったわ。私はキラよ」
キラは取り敢えず仕事が決まった、と喜んだ。