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  • 柏手は深夜に響く #BL松 #チョロ一 #長兄一 #一松愛され #一松 #妖怪松

    妖怪長兄(※二人とも狐)と白ラン年中と式神末によるエセ大正浪漫風な話。
    一松中心。チョロ一基本の一松愛され風味。
    ちょっとだけおそチョロっぽいところも有ります。

    !ご注意!
    ・長兄が妖怪(次男が烏じゃなくてごめん)
    ・年中が学生(白ランのつもりだったのに気付けば要素が消えた)
    ・末が長兄の式神(式神のようなもの?)
    ・エセ大正ファンタジー風。時代考証できてません
    ・年中がナチュラルに共依存状態
    ・怪我の表現有
    ・年中がちょっと可哀想(でもむしろ皆可哀想)
    ・無駄に長い

    ────────

    柏手は深夜に響く

    《序》

    ー 大正三年 三月十日 午前二時

    草木も眠る真夜中丑三つ時。
    一人の少年が狭く急な山路を辿っていた。
    その山路はろくに手入れもされておらず、崩れかけた急勾配な石段の隙間からは雑草が蔓延り、当然街灯もなく真っ暗だ。
    辺りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。
    白い切石が暗闇の中ぼんやりと浮かんで見えた。
    そんな険しい道のりを、やや猫背気味の少年は黙々と登り続けていた。
    深緑の松模様があしらわれた藤色の袴下に紫紺の袴。
    年の頃はおよそ十代後半だろうと思われるが、伏せられがちで気怠げな目元からはどことなく大人びた雰囲気を感じさせる。
    しかしながら、その面立ちは未だあどけない幼さも抜け切っていない。
    少年の額には汗が滲んでおり、時折それを袖口で乱暴に拭いながらも山路を登る歩を緩めることはなかった。

    どれくらい歩いたのだろうか、やがて石段を登りきり、僅かに視界がひらけた所で少年はようやく動かし続けていた足を止めた。
    少年の目の前には所々塗装が剥がれ落ちた朱塗りの鳥居、
    そしてその奥には古ぼけた小さな社が鎮座していた。
    しばし社をじっと見据えていた少年は、上がった息を整えると、鳥居をくぐりゆっくりと社へと近づいた。
    小さな賽銭箱は苔に浸食されており、鈴もすっかり錆び付いている。
    そんな、朽ち果てたと言われても致し方ない様相は気にも留めず、少年は懐から丁寧に折り畳まれた懐紙を取り出し、それを賽銭箱に落とすと鈴を鳴らした。
    錆び付いた鈴からは掠れたような音が響いてやけに不愉快だ。
    拍手を二度。
    そして祈るようにぎゅっと目を閉じ、
    最後に深く一礼して大きく息を吐く。

    真夜中、誰にも見つからないようにたった1人で険しい山路を登り、朽ちかけた小さな社に参拝する ー……

    この奇妙な参拝を、少年はもう三月以上続けていた。
    ー… 今夜で、ちょうど百日目。
    雨の日も、雪の日も、毎晩休む事なく通い続け、これが百回目の参拝である。

    百度目の参拝を終えてぼんやりと社を眺める少年の耳に、不意に誰かの拍手が聞こえてきた。
    音のする方へと振り向けば、そこには鮮やかな紅い着物に身を包んだ一人の男の姿。
    ただ男が普通と違っていたのは、頭部は狐の耳を冠しており
    背には滑らかで豊かな毛並みの尾を携えている点で、人ならざる存在である事は火を見るより明らかであった。
    男は一見すると人好きのする柔らかな笑みを称えているが、その雰囲気はどこか威圧的で見る者を思わず平伏させてしまうような冷たい鋭さが見え隠れしている。

    異形とも云うべき男の姿を目にしても、少年は特に驚いた様子を見せなかった。
    それも当然だ。
    何故なら少年が毎夜この小さな社を参拝するきっかけを作ったのが、他ならぬこの異形の姿をした男だからである。
    手を叩く事を止めた男は、人懐こい笑みを浮かべ、少年に言った。

    「お見事。頑張ったじゃん、一松。」

    ────────

    《一》

    ー 大正二年 四月十四日 午後八時半

    「一松。」
    「何、チョロ松。」

    名を呼ばれ、少年…一松は振り返った。
    目線の先には一松と瓜二つの兄、チョロ松の姿。
    よくよく見ればその顔つきや表情はそれぞれ異なり個性を持っているのだが、それを見分けるのは非常に困難だ。

    双子の兄弟であるチョロ松と一松は、とある華族の血筋の名家に生まれた。
    双子の男児。
    二人が生まれた時、父親はその事実に僅かに顔を顰めた。
    二人が幼い頃に死別した母は双子に惜しみない愛情を分け隔てなく与えてくれたが、父親は息子達への愛情よりもこの家の未来を危ぶんだ。
    双子が成長した時に、後継問題が起こるのではないか、と。
    いずれこの家の後継問題を引き起こす火種になり得る可能性を潰したいがために父親が取った策は、チョロ松と一松の扱いをはっきりと区別する事だった。
    兄であるチョロ松がこの家の跡継ぎなのだと二人に言い聞かせ、跡継ぎたる教育はチョロ松だけに受けさせた。
    園遊会や会合も、連れて行くのはチョロ松のみ。
    一松には満足な教育を受けさせず、表立った席にも決して出させなかった。
    そうして、二人の立場を明確にして諍いが起こらないように仕向けようとしたのだ。

    しかし、父親はまだ気付いていない。
    この愚かな目論見に大きな誤算があることに。

    母親の死後、跡継ぎとして勉学と作法を強要され、周りからの重圧に晒される羽目になったチョロ松と
    存在を隠され、まるで忌み子さながらに扱われることになった一松。
    満足に家族の愛情を得られない二人が互いを唯一無二の存在と認識し、心の拠り所として求め合うようになったのは、物心付くか付かないかくらいの頃からで。
    チョロ松は安らぎを与えてくれる存在を求め、一松は己を肯定してくれる存在を求め、幼かった彼らは無意識のうちに、互いに心の安寧を求め合ったのだ。
    勿論、互いが互いを羨み妬みたい時もあるのだが、それ以上に片割れの不遇を哀れんだ。
    そんな双子の兄弟には、二人だけの秘密がある。

    「明日さ、僕の代わりに学校行ってほしいんだ。
     どうしても朝一で買いたい本があってさ。」
    「ん、いいよ。」

    こっそりと交わされる口約束。
    父親の誤算はこれだ。
    双子の兄であるチョロ松のみに跡継ぎとしての教育を施しているはずが、この兄弟、時折入れ替わっていたのである。
    誰一人入れ替わりに気付くこと無く、まるで大人達を欺くかのように、それは見事に。

    チョロ松は藤色の袴姿となり、髪を少々乱れさせ猫背に、逆に一松は真白な学生服に袖を通し、髪を整え背筋を伸ばせば簡単に入れ替わりは完了だ。
    互いの振りなど双子の彼らには造作もないこと。
    チョロ松を演じる為に、一松は兄が通う学校の友人を覚え、更に学業にも追いつく必要があったが、教科書を借りたりチョロ松から教えてもらったりしているうちに、今では学業面もチョロ松と同程度にまでなっている。
    チョロ松もチョロ松で、一松を演じる時は弟が世話をしている猫達と戯れながら自由に羽を伸ばしていた。
    そうして、入れ替わった日は互いの一日を事細かに共有して、何食わぬ顔で元に戻るのだ。

    この兄弟二人だけの秘密事は、彼らに刺激と高揚感を与え、唯一無二の兄弟に対する独占欲と優越感を擽った。
    元々は幼い時分にチョロ松が自分だけ勉学や園遊を迫られる事に不満を覚え、軽い気持ちで一松に入れ替わりを提案した事が始まりだった。
    その時はちょっとした気晴らしで、ちょうどいい気分転換が出来ればいい程度の思いだったのだが
    長い月日を経て、この「秘密の入れ替わり」は心を満たす為の、ある種、儀式めいたものになりつつあった。

    「明日、僕は『一松』で」
    「明日、俺は『チョロ松』」

    互いを演じ、互いの生活をその身に感じると、まるで兄の、弟の、総てを手に入れたような錯覚に陥る。
    二人だけの秘密を重ねる度に、片割れへの依存心は少しずつ、しかし確実に大きくなっていく。
    おそらく、今ではもう引き返すことが出来ないくらいにはなっているだろう。
    家を空けることの多い父親とは顔を合わせる機会も少なく、二人が偶に入れ替わっている事など露ほども知りはしない。

    小さな声で確かめ合うように、まるで呪文のように言葉を交わし、最後にそっと唇を重ねれば
    もうそこは二人だけの世界と言っても過言ではなかった。
    額と額をくっつけてクスクスと笑い合う姿は一見すると(少々距離は近過ぎるものの)非常に微笑ましくも見える。
    兄弟、という一言では片付けられない関係に拗れてしまってはいるものの、
    この二人だけの時間が、チョロ松にとっても一松にとっても、心の安息所とも云うべきひと時だった。


    ー 大正二年 十一月二十四日 午後五時

    陽射しは穏やかだが、吹き付ける風が冷たくなってきた時節、その日、一松は自室に篭もりきりだった。
    父親は一松が人目につく明るい時間帯に外出する事に、あまりいい顔をしない。
    なるべく、一松の存在を隠しておきたいのだろう。
    この家に双子の男児が生まれた事は、親族や交友のある家は知っているのだから、意味があるとは思えないが。
    屋敷の使用人達は一応、一松を家の者の一人に数えてくれているし、チョロ松と明らかに態度が違うわけでもないのだが
    主人である父親の目を恐れているのか、必要最低限のやり取りしかしなかった。
    一松も、使用人の顔と名前は朧気にしか覚えておらず、使用人を誰か一人でも名前で呼んだためしがなかった。
    名前を覚えるのが面倒だ、というのが大半を占めるが、特定の使用人と親しくなり、それが父の知るところになったとして、その使用人の処遇に悪影響を及ぼしてはいけない、という思いも、僅かながらあった。

    日が落ちてきたら、近所の仲の良い野良猫に餌をやりに行って、夕餉の時間になる前に帰ってこようか。
    自室で本を読みながら、一松は夕刻以降の予定を立てていたが、それは変更せざるを得なくなってしまった。
    というのも、穏やかな夕時の空気が突如として騒然としたものに変わったかと思うと、次いで屋敷の使用人達の慌ただしく駆け回る足音やざわめきが聞こえてきたのだ。
    …何かあったのだろうか。
    眉を顰めながら自室の戸を開けて屋内の様子を伺えば、顔を出した一松に気付いた使用人の一人が、血相を変えて駆け寄ってきた。
    そして発せられた言葉は、彼にとって俄に信じ難いものであった。

    「一松様、大変です!
     チョロ松様が事故に遭われて…!」
    「え……?!」

    使用人の言葉を最後まで待たず、一松はチョロ松の部屋へと駆け出した。
    双子の兄弟であるはずの二人だが、父親が彼らに宛がった部屋は随分離れている。
    チョロ松の部屋が父の書斎横の日当たりの良い八畳間なのに対し、一松の部屋は屋敷の隅、階段下の四畳半部屋だった。
    途中、桶と手拭いを持った侍女とすれ違いざまに危うくぶつかりそうになったが、今は気にしていられない。
    本人達は知らないが、使用人達にとって、双子の兄弟の仲の良さは常識として知れ渡っている。
    先ほどの侍女も一松を見て察したのだろう、特に気にした様子はなかった。
    一松がやや乱暴に部屋の戸を開けると、医者らしき初老の男性と、この家の使用人達のまとめ役である番頭がこちらを振り向いた。
    部屋の奥の寝台には、チョロ松が寝かされていた。
    目元、肩口から胸部、右腕と右脚は白い包帯で覆われ、包帯の下から覗く白い肌は血の気をすっかり失っている。
    生気をまるで感じられない兄の姿に、ほんの一瞬、一松の脳裏には最悪の事態が過ぎったが、兄の胸元が僅かに上下しているのを確認し、思わずその場にへたりと座り込みそうになった。
    持ちうる理性を総動員し、言う事を聞かない己の足をなんとか動かして、チョロ松が横たわる寝台のすぐ傍まで足を動かせば、番頭が座椅子を差し出してくれた。
    有り難くそれに腰掛けて改めてチョロ松の様子をうかがえば、医学に精通していない一松の目から見ても、兄の容態が芳しくない事は明白であった。

    聞けば、チョロ松は学校からの帰り道、暴走した荷馬車の横転事故に運悪く巻き込まれてしまったのだという。
    これは一松が後から知った事だが、その事故は人通りの多い大通りで起こり、兄の他にも、帰路を急いでいた学生や社会人、通りで商売をしていた商人等、大勢の人が巻き込まれ、大勢の死傷者を出したらしい。
    建設事務所を目指していたらしい荷馬車の荷台に積まれた木材や硝子は、人々を傷付けながら通りに散らばり、平和な夕時は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果てたのだろう。
    翌日の新聞には、この事故が大見出しで報じられていた。

    不幸にもこの大事故に巻き込まれてしまったチョロ松は、荷馬車が運んでいた様々な木材、石材によって全身に打撲や深い切傷を負い、砕け散った硝子は彼の瞳を傷付けた。
    中でも右脚と両目の怪我は深刻で、医師によれば回復はほぼ見込めないだろうとのことだった。
    もしかすると、もうずっとこのまま寝たきりかもしれない、と。

    「チョロ、松…。」
    「………一松?」
    「ん。…起きてたんだ。」
    「うん。一松、そこにいるの?」
    「いるよ。」

    番頭と共に医師を見送り、一松が再びチョロ松の部屋へ入ったときにもチョロ松は相変わらず寝台に横たわったまま身じろぎ一つしていなかった。
    していなかった、と言うより動くことが出来なかったのだろう。
    ほぼ無意識に一松の口から漏れた、まるで縋るように兄を呼ぶ小さく掠れた声は、チョロ松の耳にはしっかりと届いたらしい。
    チョロ松は声がしたであろう方へと、ほんの少しだけ首を動かした。
    兄の目は包帯によって完全に塞がれている。
    光を亡くしてしまった兄の目は、もうこの先暗闇しか映せないのだろうか。
    一松には、それが何よりも残念でならなかった。
    チョロ松の瞳は少し小さく三白眼気味で、チョロ松自身はそれを嫌がって一松の人並みな大きさの黒目を羨んでいたが
    (一見すると二人の瞳の大きさの違いなど、すぐに気付ける人は皆無に等しいにしても、だ)
    小さな瞳は実に表情豊かであった。
    元来チョロ松は非常に口が回る人で、無口な一松の分まで立板の水のように澱みなく、よく喋るのだが、本当に雄弁なのは口よりもむしろ、その表情豊かな目なのだと一松は思っている。
    そんな目まぐるしく色を変える兄の目が、一松は好きだったし、その目が自分をゆるりと捉え、下がり眉を更に下げて優しく笑う兄が好きだった。
    その瞳も、もう見れないのだろうか。
    そんな事を頭の片隅で思いながら、一松はチョロ松の手を取った。
    常から体温の低いチョロ松の、ひやりとした手に一松の手のひらの温度がじわりと溶け合うように伝わった。
    チョロ松は己の右手をしっかりと握る一松の手の上に、更に自身の左手を重ねると僅かに口元を綻ばせた。

    「一松…泣いてるの?」
    「泣いてないよ…なんで?」
    「そう?…なんだか、お前が泣いてる気がしたものだから。」

    実際のところ、あまりに痛々しい兄の姿に、一松はみっともなく泣き出したい衝動に駆られていたが、それは強く目を閉じて堪えていた。
    「泣いてない」とは応えたものの、その声はすっかり震えていて、チョロ松には一松の強がりが手に取るようにわかっただろうが、それ以上の詮索はしなかった。


    ー 大正二年 十一月二十五日 午後八時半

    次の日の夜、チョロ松の自室で一松は兄の食事の介助を終え、食器を使用人に預けると、お湯で濡らした手拭いで簡単にチョロ松の身体を拭き、医師から処方された塗り薬を塗布して包帯を巻き直してやっていた。
    覚束無い手つきだが、昨日あらかじめ医師から手順の説明を受けていたこともあって、その仕事はゆっくりではあるが丁寧で、ほどけそうな気配もなくしっかりしている。
    途中、うっかり包帯を取り落としたりしたが、チョロ松は何も言わずだまって介助されている。
    これは、一松自ら「自分がやる」と使用人達に宣言していた。
    一松の突然の申し出に使用人達は戸惑ったが、チョロ松も目が見えなくなったことで他の感覚が過敏になっているのか、一松以外の人に身体を触られることを酷く嫌がったため、結局のところこの仕事は一松にしか出来ない事だった。

    チョロ松の身体は、随分と火照っている。
    昨日の青白い肌と低い体温が嘘のようだ。
    医師は鎮痛剤と解熱剤も多めに置いていってくれたが、昨晩からチョロ松は大怪我の影響なのか高熱にうなされ、今日も卵粥をようやく茶碗一杯なんとか流し込めたところだった。
    寝台に沈み込むチョロ松の姿は、驚く程弱々しくて一松を一層不安にさせる。

    (死なないで、チョロ松…お願いだから。)

    思わず、そんな風に祈らずにはいられなかった。

    一松が包帯を巻き終え、薬箱の後片付けをしていると、不意に部屋の戸が開けられた。
    その時には下を向いていたため、戸を開けた人物の顔はすぐに見れなかったが、誰なのかは瞬時に理解できた。
    使用人ならば跡継ぎであるチョロ松の自室に入ろうとする前に、戸の前で必ず伺い立てをするはずだ。
    それをせず、何も言わずに無礼にもいきなり戸を開けるような人物は、広いこの屋敷において、一松は一人しか知らない。

    「父さん…。」

    この屋敷の現当主たる双子の父親、その人だった。
    戸口に立つ父親の顔は眉間に深く皺が刻まれており、中には入らずに入口から寝台で眠るチョロ松をじっくりと眺めている。
    その様子に、一松は何か声掛けをすればいいのか、この部屋から去るべきなのか、どうすればいいのか判らず戸惑ったが
    …ああ、チョロ松の怪我が心配で慌てていたのだろう、だから余裕も持てずいきなり戸を開けてしまったのだ。
    そしてチョロ松の痛々しい姿に、打ちのめされてしまっているのだろう。
    …と、父親の様子を最大限好意的に解釈することにした。
    やがて父親は視線を部屋の奥の寝台から薬箱を片付ける一松へと移すと、低い声で言い放った。

    「ついてきなさい。」

    一松には、拒否権などない。
    足早に部屋を去っていく父親の後を慌てて追いかけると、着いた先は隣の部屋…父の書斎だった。
    部屋の中央に誂えられた西洋座卓を挟み、向かい合う形で腰を下ろすと、父親は徐に切り出した。

    「あれは、もう助かるまい。
     一松、今後はお前が「チョロ松」となり後継者となるように。」
    「え…。」

    話はそれだけだ、と言わんばかりに父親はそれ一言だけを伝えると、さっさと部屋を去ってしまった。
    一人書斎に残された一松は、呆然としたまま父親の言葉を反芻した。

    「チョロ松に…なる…?」

    それは、父親が先ほどのチョロ松の様子を見て、早々に切り捨てる決断を下した証明だった。
    あの時、戸口で父は大怪我を負ったチョロ松の姿に打ちのめされ、悲観していたのではない。
    単純に、品定めをしていたのだ。
    チョロ松はもう使えない。
    だが、存在をひた隠しにされてきた一松が今更チョロ松に代わって表に出ていくのは外聞が悪い。
    ならば、大怪我を負ったのは一松だったという事にしてしまえばよい。
    そして、一松は今後「チョロ松」として跡継ぎになってもらえばよい。
    父親の考えを理解した一松はただただ呆然とするしかなかった。
    結局のところ、自分達は父親にとって家を守る為の手駒に過ぎなかったのだ。
    チョロ松の振りをするなど、元々内緒で「入れ替わり」をしていた一松にとっては容易いことだが、自分達の心の平静を保つために自主的にするのと、強要されるのとではわけが違う。
    父の言葉は、二人の意思と精神を冒涜するに足るものだったのだ。


    ー 大正二年 十一月三十日 午後八時

    あれから一松はチョロ松の介助をしながら、深く考え込む事が多くなった。
    父親の下した決定は、次の日にはもうチョロ松の耳にも届いており、チョロ松自身はその決定を静かに受け止めていた。
    一松の日課となった包帯交換の時に、小さく「ごめんね、一松。」と零したチョロ松に、一松は虚を突かれ、思わず手を止め兄の方を見た。
    包帯に覆われた兄の目は、果たして今どんな表情をしているのかは判らなかったが、きっと眉を下げて哀しそうな顔をしているのだろうと一松は思った。

    もしも、もし、万が一にも、チョロ松がこのまま快方に向かわなかったとしたら。
    酷く儚く見える兄が、その命を手放してしまう日が来てしまったとしたら。
    そのような事を考えるのは無粋だと理解はしていたが、一松は考えずにはいられなかった。
    チョロ松を失えば、一松は父親の言うように一生兄を演じて生きていかなければならない。
    それどころか、心の拠り所を、「一松」自身を見てくれて認めてくれる存在を、唯一無二の半身を失う事になるのだ。
    チョロ松がいなくなってしまえば、一松はもう誰にも「一松」としての存在を認識してもらえなくなる。
    「一松」も「チョロ松」もいなくなり、現し世に残るのはきっと偽りの「チョロ松」だ。
    便宜上、兄の名を呼ばれながらも、その正体は実は一松で、しかし、一松も心を手放し、ただ兄を演じる人形に成り果て、もうそこにはかつての一松もいないのだろう。
    チョロ松のいない世界など、一松にとっては到底耐えることなど出来そうにない生活だった。
    一松にしてみれば、チョロ松の死は己の死と同義と言っていいくらいには、兄への依存は膨れ上がっていたのだ。
    いまこの瞬間にも、少しでも気を緩めれば一松の涙腺はたちまち決壊してしまいそうであった。
    同時刻、チョロ松ももう涙など流せないであろう己の目を自嘲しながらも、嗚咽を噛み殺していた事は、強く目を閉じて涙腺を守っていた一松には気付けなかった。

    沈んだ表情のまま日課を終えた一松は、チョロ松が静かに寝息を立て始めたのを確認して部屋を後にした。
    もう日はすっかり沈んでいる。
    使用人達も、一部を除いて各々の部屋へ戻るなり家路につくなりしたのだろう。
    広い屋敷は水を打ったような静けさだった。
    長い廊下を歩きながら、一松は考える。
    あの父親は何故こんなにも息子達…チョロ松と一松に対して無関心を貫くのか。
    思えば父親らしいことをしてもらった覚えもない。
    それは、チョロ松の代わりでしかなかった一松にとっては当然のことなのだが、こっそりと兄と入れ替わって茶会や演奏会へ出席した時も、父が息子を見る目は同じだった。
    名家の血と伝統を重んじるあまりに、人の心を亡くしてしまったのだろうか。
    だとしたらなんて哀れな人だろう。
    …もしも幼い時分に他界した母親が生きていれば、少しは違っていただろうか。
    幼い自分達を愛し、抱き締めてくれた母の腕はどのくらい温かかっただろうか。
    優しく呼びかける声は、どんな声色をしていだだろうか。
    母親を思い出そうとして、一松はその記憶がひどく曖昧な事に気付いた。
    記憶に残る母親はチョロ松と一松に平等に優しく、温かな存在だった事は間違いないのだが、その声や顔はぼんやりとしている。
    思い出そうとすればする程、兄の顔がうかんでしまうので、一松はもうこれ以上母親の顔を思い出そうとするのは諦めてしまった。

    その代わり、一松はふと幼き日に母から聞いたある逸話を思い出した。
    確か、こんな話だった筈だ。

    ー 松林の山の頂上には、小さなお社があって、
    そこにはもう何百年も生き続けるお狐様が暮らしている。
    お狐様の元に参拝して願い事をすると
    気まぐれにお狐様は参拝者に試練を与え、
    それを達成出来れば叶えてくれる ー

    いつ頃聞いたのだったか、子供向けの昔話だろうが、何故かはっきりと、一字一句覚えていた。
    今まで記憶の底に眠ったままだったのが不思議なくらいだった。
    単なる昔話、子供向けの物語。
    一松はそう思ったのだが、この話と一緒に記憶に蘇った母の声と表情が、真摯に己を見つめていて…、

    だから、少し縋ってみたくなったのだ。


    ー 大正二年 十二月一日 午前二時

    草木も眠る真夜中丑三つ時。
    一人の少年…一松は狭く急な山路を辿っていた。
    その山路はろくに手入れもされておらず、崩れかけた急勾配な石段の隙間からは雑草が蔓延り、当然街灯もなく真っ暗だ。
    辺りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。
    白い切石が暗闇の中ぼんやりと浮かんで見えた。
    そんな険しい道のりを、ただ黙々と登り続けていた。
    幼い頃に母親から聞いたお狐様の昔話を信じた訳ではない。
    むしろ一松は端から信じてなどいなかった。
    けれど、何も出来ずに家に閉じこもっているよりは、こうして何か行動を起こした方が幾分ましに思えたのだ。
    要するに、単に気を紛らわせたいだけの自己満足も少なくない割合で含まれていた。
    自己満足であっても、祈っておくくらいは減るものでもなし、やっておいて損することはないだろう。
    そう思って、一松は黙々と石段を上り続けた。

    やがて石段を登り切り、視界が開けた。
    目の前にはところどころ塗装の剥がれ落ちた朱塗りの鳥居、更にその奥には古びた小さな社が鎮座していた。
    どちらも、もう何年、何十年も手入れをされていないのだろう。
    鳥居をくぐり、社へ近づくと、社の前には申し訳程度に小さな賽銭箱が置かれていた。
    いつからあるのだろうか、随分と苔が蔓延っている。

    一松は懐から小銭を取り出し、それを賽銭箱へ投げ入れると鈴を鳴らした。
    鈴は錆び付いているのか、妙な擦れた音が響いた。
    柏手を二度。
    そして祈るようにぎゅっと目を閉じ、
    最後に深く一礼して大きく息を吐く。
    しばし社をぼんやりと眺めていたが、やがて一松はゆっくりと踵を返した。
    子供騙しではあるが、少し気分が落ち着いた気がする。
    …さあ、もう戻ろう。
    そう思い、一松が再び鳥居をくぐった時だ。
    不意に、背後で声がしたのだ。

    「いや~、久々だねぇ。人の子が訪ねてくるなんてさ。」

    「ーーーっ?!」

    勢い良く振り向けば、そこには鮮やかな紅い着物に身を包んだ一人の男が立っていた。
    一体いつの間に。
    一松がここにたどり着いた時、他の誰かの気配なんてなかったはずだ。
    いや、それよりも。
    一松は男の姿を見て、普段眠そうに半分閉じられた眼を見開いた。
    男の頭部は狐の耳を冠しており、背には滑らかで豊かな白銀の毛並みの尾を携えている。
    人ならざる存在である事は火を見るより明らかだった。
    男が笑みを絶やさぬまま一歩踏み出し、一松へ近づく。
    一松が一歩後ずさる。
    じっと男を見つめる一松の様子は、まるで天敵を目の前にして恐怖で目を離せず震え上がる小動物のようで、男は思わず笑みを深めた。
    どのくらいそうしていただろうか。
    数秒にも満たなかったかもしれないが、一松にはひどく長い時間のように感じた。
    ふと、ほんの一瞬…風が吹いた。
    かと思うと、男の姿が一松の目の前から消え去り、次の瞬間には互いの鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くまで迫られていた。
    この人ならざる男が目で追えない程の速さで動き、そして間合いを詰められたのだと、一松の脳が理解するのにはしばしの時間を要した。

    「?!」
    「あれ、お前……。いや、まぁいいか。
     なぁ人の子、さっき祈ったお前の願い、叶えてやろうか?」
    「………は?」

    男は心底愉快そうに目を細め、右手で一松の顎を捕らえた。
    一松と異形の男の目と目が合う。
    男の手はひんやりとしていて、愉快そうに笑うその目は吸い込まれそうなほどの漆黒だった。
    都合のいい口上を並べ立てて、取って食われるのだろうか。
    そう考えると同時に、男の目を見て、一松は場違いにも、ああ綺麗な目だな、と思った。
    彼が昔母から聞いた、何百年も生き続けるお狐様とやらなのだろうか。
    耳と尻尾を見る限りは狐に間違いはなさそうだし、それにこの男は願いを叶えてやろうかと言ってきた。
    人気のない山奥で、鮮やかな紅が一層際立つ。
    …紅。
    何故だろう、今何かを思い出しかけたような気がした。
    いや、それよりも。
    返答すべきなのだろうか、それとも無視を決め込むべきか?

    「おーい、少年?聞いてる??」
    「…誰?」
    「それ今聞いちゃう?」
    「だって…。」

    一松の顎を掴んだまま、男が更に言葉を続けようとした時だ。
    紅い着物の背後で突如、音もなく蒼い焔が浮かび上がった。
    思わず一松の視線がそちらへと向かう。
    一松の様子に男も顎を掴む手はそのままに振り向くと、「げっ」と小さく呟きながら顔を歪めた。
    それでも一松を離そうとはしなかったが。
    蒼焔は今度は風を起こしながら火柱を上げている。
    燃え上がっていた蒼い火柱はやがて霧散し、蒼い焔が上がっていた場所には男が立っていた。
    蒼い着物、顔立ちは紅い着物の男とよく似ている。
    そして、蒼い着物に身を包んだ男もまた、頭に狐の耳、そして背に八本の尻尾を携えていた。
    紅い着物と蒼い着物を交互に見つめる一松をよそに、蒼い着物の男は紅い着物の男につかつかと歩み寄り、拳を振り上げると容赦なく紅い着物の男の脳天にそれを振り下ろした。
    辺りに鈍い音…いや、なかなかいい音が響いた。
    この瞬間、あれ、こいつの頭って実は中身ないのかな、と失礼極まりないことを一松が考えていたのは、完全なる余談である。

    「おそ松!いたずらに人の子を怖がらせるんじゃない。」
    「えぇ~?別に苛めてねーよ?
     ただ、こいつの願い叶えてやろうかって聞いただけだって。」
    「だったらその手は何だ?んん~?」
    「あーもう!わーかったって!」

    突然現れた蒼い着物の男に咎められて、紅い着物の男(どうやらおそ松という名らしい)は一松から手を離した。
    一松といえば、目の前で起こっている展開についていけず、

    「うん、帰ろう…。」

    何か変な夢でも見ているのだろうと都合の良い解釈をし、元来た石段を下ろうと再び踵を返そうとした。
    …が、石段を下りることは残念ながら叶わなかった。
    今度は紅い着物の男に手首を掴まれてしまったのだ。
    見かけによらずその力は強く、一松には振り解けそうにない。

    「ちょ、待て待て待て!
     え、嘘でしょこの流れで無視?!有り得ないだろ!
     シカトとかお兄ちゃん泣いちゃうよ?!」
    「少年!先程はこいつが無礼を働き悪かった!
     こんな山奥に人の子が訪ねてくるなんて久々の事でな…少々はしゃいでしまったんだろう。
     何か困っている事があるのだろう?詫びというわけではないが、話を聞こうじゃないか!」
    「………チッ」
    「ええええ、舌打ちしたよこの子?!」

    何故か二人の異形の男達にしつこく引き留められ、一松は渋々此処に残る他なかったのだった。

    ーーー

    二人の男は一松を古びた社の前、ちょうど腰を下ろすのに丁度いい大きな置き石に座らせた。
    話を聞くに、二人は妖狐の兄弟で、紅い着物の男が兄のおそ松、蒼い着物の男が弟のカラ松というらしい。
    気の遠くなるほど昔からこの地に住み着き、この社を訪れる人の願いを気まぐれに叶えたり、偶に人の姿に化けて人里へ下って遊んだりして過ごしてきたそうだ。
    話し相手が欲しかったのだろうか、思いの外人懐っこい妖狐の兄弟は実によく喋る。
    二人とも背の八本の尻尾を機嫌良さげに揺らしていた。
    とりあえず妖怪に喰われる、という心配は今のところ無さそうである。

    「最近は此処を訪れる人もいないし、人里へ下りることもなくなったけどな。
     ここ数十年は西洋から来たおかしな道具が溢れかえってて、俺達妖にとっては溶け込み辛くなってきちまったし。」
    「ふーん…。」
    「ふーん、てお前ね。もうちょい興味持ってよ~。」
    「なぁ、一松といったか。お前は…、」
    「何?」
    「いや、何でもない。」
    「?」

    カラ松が一松の顔をじっと見つめ、そして何かを言いかけたが、結局言葉にはしなかった。
    そういえば、最初に顔を合わせたおそ松も似たような反応をしていた気がするが、一体何だったのか、一松には知る由もない。
    小首を傾げる一松に、カラ松は慌てて話題の矛先を一松へと向けた。

    「俺達の話はもういいだろう。
     そろそろ一松の願いを聞こうじゃないか。」
    「え…いや、別に。」
    「何遠慮してんの一松?大怪我したお前のおにーちゃん助けたいんだろ?」
    「!!」
    「あはは、何で分かったの、って顔してるな。
     わかるよ。ここら一帯は俺達の縄張りだからね。
     お前が社の前で祈った想いは妖狐の俺には筒抜けなの。」
    「なるほど、兄を助ける為にこんな所まで…!なんて美しき兄弟愛!」
    「…別にそんなんじゃ、ない。」

    カラ松の言う、美しい兄弟愛と言える程、綺麗な感情ではないことくらいは、一松も理解している。
    兄へ向けるこの想いは執着、そして依存だ。
    兄弟愛と呼ぶには度が過ぎていて、恋心と呼ぶには歪み過ぎている。
    事実、こうして此処に足を運んだのも、もちろんチョロ松の想いが強かったのもあるが、それ以上に自分自身の為だった。
    万が一、心の拠り所を失ってしまった時、自身が壊れてしまうのが怖くて、気持ちを落ち着けたかったのもある。

    「助けてやろうか。お前の兄貴。」
    「…助けられるの?」
    「怪我の程度にもよるけどな。普通の生活できるくらいなら治せるかもよ?」
    「…………代償は?」
    「へ?」
    「そんな虫のいい話あるわけないでしょ。
     チョロ松を治してくれる代わりに、俺は何を犠牲にすればいいの?」
    「一松、お前…、」
    「へぇ~、人間ってのは強欲な奴ばかりだと思ってたけど、一松は利口な子だな。気に入った!
     そうだな…それじゃ、一松。今から俺が言う事を成し遂げられたら、お前の兄貴を助けてやるよ。」
    「おそ松、折角此処まで来てくれたんだ。
     すぐにでも治してやったらどうだ。」
    「だーめ。
     さっきこいつも言っただろ?犠牲は何かって。
     無償で受け取るのは赦されない。対価は必要だよ。」
    「だが…、」
    「俺に出来る事ならいいよ。
     何も無しじゃ、あんたらに貸しを作ったみたいで居心地悪いし。」
    「む…一松が納得しているなら、構わないが…。」
    「さて…それじゃあ俺から一松へ試練を与えよう。」

    おそ松から告げられた、兄を助ける為の試練、それが「百日参り」だった。
    今日から百日、雨の日も雪の日も一日たりとも休まず毎日この社へ参拝すること。
    そして、参拝の際には賽銭の代わりに一松の髪を一本、奉納すること。
    これが条件だった。

    「何で髪の毛…?」
    「髪は妖力を込める媒体として一番手頃で手っ取り早いんだよ。
     直接俺が妖力をぶつけると何が起こるかわかんねーし、緩衝材みたいなもん?
     本当なら治癒を施す対象のお前の兄貴の髪がいいんだろうけど、双子の兄弟なら一松のでも問題ないだろ。」
    「そういうもん…?」
    「そーいうもん、そーいうもん。」
    「俺が百日通えば、兄さんは助かる?」
    「おう。俺の出来る限りの力を尽くしてやるよ。」
    「…わかった、百日参りする。」
    「よし。交渉成立、だな。」

    斯くして、一松の百日参りが始まったのである。

    ────────

    《二》

    ー 大正三年 三月十日 午前二時

    妖狐のおそ松が与えた条件を呑み、一松は今日、百日参りをやり遂げた。
    文字通り雨の日も風の日も、雪の日も、険しく暗い山路を真夜中に辿り、懐紙に包んだ髪を古びた社へ奉納した。

    柏手を二度。
    手を合わせるとぎゅっと祈るように目を閉じて
    最後に一礼してその場を足早に去る。

    誰にも内緒で、チョロ松にさえも内緒で、夜中こっそりと家を抜け出し、明け方になる前にまたこっそりと戻る。
    日中は父親の望む通り、「チョロ松」の振りをし続けた。
    チョロ松の代わりに学校へ通い、偶に園遊会へ参加しながらの百日参りは体力の少ない一松にはなかなかの重労働ではあったが。
    そんな日々を続けて百日目だ。
    その間、おそ松もカラ松も一松の前に現れることはなかった。
    だから目の前で上機嫌な様子で手を叩くおそ松を見るのは、実に百日ぶりだ。

    「お見事。頑張ったじゃん、一松。」

    おそ松がそう言った直後、蒼い焔と共にカラ松も現れた。
    こちらも百日ぶりの再会となるが、カラ松の表情は非常に晴れやかで、立ちすくむ一松へ勢いよく飛びつかんばかりだった。

    「おめでとう一松!お前は見事試練に打ち勝った!
     満願成就のこの目出度き日を盛大に祝福しようじゃないか!
     ああ、そうだ。英国ではこういう時、『こんぐらっちゅえいしょん』と言うらしいな!」
    「…え、うん。
     てか、初めて会った時も思ったんだけど、そのちょいちょい気障な言い方なんなの?」
    「あー、ごめんね。カラ松は劇舞台みたいな言い回しで喋んないと死んじゃう病なの。」
    「な…?!お、俺は知らぬ間に病に侵されていたというのか…?!」
    「ほんと、イッタイよねー!」
    「どぅーん!おっはよー!!」
    「真夜中だよ十四松兄さん。」
    「え…。」

    おそ松とカラ松の背後から飛び出してきた新たな登場人物に、一松は百日前と同じように瞠目した。
    ちなみに自分の世界に入ってしまったカラ松は早々に無視を決め込むことにした。
    突然一松の前へと躍り出てきたのは、おそ松とカラ松に顔立ちのよく似た、しかし受ける印象は大きく異なる者達。
    片方は薄桃色の着物を纏い、大きく可愛らしい瞳が印象的で、
    もう片方は蒲公英色の着物に、大口を開けて底抜けに明るい声を上げている。

    「あ、こいつらは俺達の式神。
     蒲公英色がカラ松の式神の十四松で、薄桃色が俺の式神のトド松な。」
    「話には聞いてたけど、君が一松くんかぁ~。
     おそ松兄さんの気まぐれに律儀に付き合っちゃったなんて、真面目なの?
     ま、よろしくね♪」
    「ぼくね、十四松!すっげー足速いよ!!」
    「え?あ…うん?よろしく??」

    式神は陰陽師が使役する鬼神のことだ。
    本来の式神とは多少の違いがあるのかもしれないが、使役神を持っているということは、おそ松もカラ松も一松が想像している以上に高位の妖なのだろう。
    もっとも、式神だという十四松とトド松の様子を見る限り、やけにしっかりとした自我を持っているようで、主に敬意を払っている様子は見受けられない。
    が、おそ松とカラ松にとっては日常的なことらしく、気にしている様子はなかった。
    十四松とトド松を従え、おそ松は徐にぽんと手を打つと、一松に向き直った。
    その手は綺麗に束ねられた短めの髪を持っている。
    この百日間、一松が一本ずつ奉納してきた髪のようだ。

    「…さてと、それじゃぁ約束通り一松のお兄ちゃんを治すとするかー。」
    「…今更なんだけど、本当に出来るの?」
    「え、まだ疑ってる?
     ちゃんと治すから大丈夫だって。」

    おそ松を疑ったわけではない。
    ただ、いざ治そうという場面に直面して、少し不安になったのだ。
    一松がこっそりと百日参りに勤しんでいた間、チョロ松の容態が悪化するようなことはなかったが、快方に向かうこともなかった。
    流石に傷は塞がったが、もうその目は光を捕らえることが出来ないし、手足も満足に動かせない。
    介護無しには生活できない、完全に寝たきりの状態になってしまったのだ。
    「一松」と請われるように伸ばされる手を取れば、チョロ松の手の冷たさにぞっとした事も少なくない。
    兄の状態は誰が見ても絶望的で、現代の医学ではどうにもならないだろう。

    「治すって言っても…どうやって?」
    「まずは一松の兄…チョロ松だっけ?の所に行くかー。」
    「は?!」
    「いや、だって怪我人の所に行かないと治せないじゃん?」
    「そ、そうだけど…。え、待って家に来るの?」
    「いやぁ~人里に下りるなんて久々だな~!
     あ、大丈夫、大丈夫。ちゃんと見つからないようにするから。」
    「善は急げだな!そうと決まれば急ぐぞ。一松、つかまれ!」
    「は、え?!ちょ、ちょっ!待っ…!!」

    言うや否や、気付けば一松はカラ松に引き寄せられていた。
    カラ松は素早く一松を横抱きにすると勢い良く地を蹴る。
    背後から「あ、待てよカラ松~」とおそ松の間延びした声が聞こえてきた。
    カラ松は一松を横抱きにしたまま、軽々と木々を飛び移っていく。
    そうして、一松が目を白黒させている間に山を下り、あっという間に人里まで来たかと思えば、今度は家々の屋根から屋根へと飛び移っていった。
    カラ松の後を同じようにおそ松が追ってきているのと、おそ松の背中に十四松とトド松がしがみついているのを、
    ついでに言うと「おいお前ら自分で走れよ!」「え~やだよ面倒くさい。」「兄さんがんばれー!!」
    というやり取りをしていた事も、この時になってようやく一松はその目と耳に認めることが出来た。
    先刻、見つからないようにする、と言っていなかっただろうか。
    誰かに見られていたらどうするんだ、と妖狐の兄弟に言ってやりたかったが、
    ふと上を見上げて目が合ったカラ松が得意そうに片目を瞑って笑うものだから、一松は呆れてすっかり脱力してしまい、それきり咎める機会を失くしてしまったのだった。

    やがて一行はチョロ松と一松が住まう屋敷の屋根へと辿り着くと、中庭へ下り、そこからチョロ松が眠る部屋へと向かった。
    屋敷はしんと静まり返っており、誰とすれ違うこともない。
    この屋敷は父親の意向で、住み込みで働く使用人はほんの数人で、ほとんどが通い勤めだからだろう。
    使用人達が帰った夜はとても静かだ。
    そっと部屋の戸を開けて中へ入ると、トド松が何やら手を不思議な形に組んで詠唱している。
    部屋の四隅が、一瞬だけ青白く光った気がした。

    「よし、簡易だけどこの部屋に結界張ったから、しばらく誰も入ってこれないよ。多少騒いでも大丈夫。」
    「それは有難いけど騒がないでよ。チョロ松は起こさないで。」
    「はいはい。そんじゃ、まずは怪我の程度を見せてもらおっかな~。」

    少し声を落として言いながら、おそ松は寝台に横たわり寝息を立てるチョロ松の胸元に懐紙を置き、その上に束ねられた髪を置くと、手を置いた。
    そのままじっと目を閉じ、何かを探っているようだった。

    「…どうだ?おそ松。」
    「うん、大体治せるな。…ただ、」
    「ただ?」
    「わりぃ、目は難しいかも。」
    「目?」
    「うん。こいつの目、どうやら完全に壊れちまってるみたいでさ。
     腕とか脚は、まだ身体の組織が死んでないっぽいから治せそうだけど。
     …人の身体ってさ、速さは違えど怪我すれば自然と回復する力を持ってるだろ?
     俺の治癒って、乱暴に言えば人が持ってる回復力をめーっちゃ高めて回復促すようなもんだから
     治そうとしてる部分そのものが死滅しちまってるとなぁ…。」
    「…なんとか、ならないの?」
    「うーーーん、そーだなぁ~…。
     あ、取り敢えず他のところは治しとくな。」

    おそ松の手に淡い光が集まり、そして光はチョロ松の身体へと吸い込まれていく。
    その光景を見ながら、一松はばれないように拳を握り締めた。
    目は、治せないのか。
    人ならざる妖と関わりを持って、百日山路を登り続けたというのに。
    …いや、寝たきり状態からは解放されるのだ、それだけでも十分な奇跡だ。
    そうは思っても、落胆は隠せようもない。
    そんな一松の様子を、カラ松が心配そうにうかがっていた。
    やがてカラ松は何かを思い付いたのか、声量を落として一松に話し掛けてきた。

    「……なぁ、一松。一つ提案なんだが。」
    「…何?」
    「片目を交換するのはどうだ?」
    「交換…?」
    「ああ。お前の片目とチョロ松の片目を入れ替えるんだ。
     そうすれば、一松は片目が見えなくなってしまうが、チョロ松は片目が見えるようになる。」
    「片目、を………。」
    「カラ松、お前マジで言ってんの?
     それ、つまりは一松に兄の為に片目を潰せって言ってるのと同じだぞ?」
    「それは、そうなんだが…。」
    「いいよ。」
    「はい?」
    「俺の片目、チョロ松にあげていいよ。」
    「一松本気?…後になって元に戻すとか無しよ?」
    「うん。なんなら両目あげてもいい。チョロ松に僕の目あげて。」
    「うーんと、…うん、お前の覚悟は分かったから。そこは片方にしとこうか。」

    カラ松の提案に、一松は躊躇なく乗っかった。
    元々、おそ松からチョロ松を治癒してやると聞かされた時も自身は滅ぶ覚悟だったし、片目を差し出す程度でいいのなら悩む必要などなかった。
    おそ松とカラ松、そして十四松とトド松がじっと一松を見つめる。
    その目は程度は違えど、一様に何かを堪えているような、心配しているような、そんな表情をしていた。
    一松を囲む人ならざる四人が一体今ここで何を考えていたのか、知らぬは一松本人のみである。

    「一松、…本当にいいんだな?」
    「うん。」
    「わかった。…それじゃ、お前らの右目を入れ替えようか。」

    おそ松が右手をチョロ松に、そして左手を一松に、顔半分を覆うようにして手を置いた。
    瞬間、右目がどくりと脈打ち、一気に熱を持った。
    かと思うと、次第に熱は引き、今度はじくじくとした鈍い痛みがゆっくりと一松を襲う。
    反射的に肩が震え、思わず目を閉じたが、やがておそ松がチョロ松と一松から手を離した時には痛みは治まっていた。
    一松が再び目を開く。
    先程までと見える世界が違う。
    どうにも目の前が平坦に見えて、距離感が上手く掴めない。
    なるほど、確かに一松の右目は視力を失っていた。

    「チョロ松の身体は少しずつ動くようになっていくよ。
     目は…まぁ、片目はしばらく不自由を感じるだろうけど、時期に慣れるだろ。」
    「さて、夜が明ける前に俺達は戻るとするか。
     今宵の逢瀬はここまでだな、しかし、俺達が縁で結ばれていれば、近く必ずや相見える日がく」「ばいばーい、またね!」え…。」

    やるべき事をやり終えると、妖狐の兄弟とその式神は颯爽とその場を去っていった。
    約一名、何かわけの分からぬ事をぐだぐだと並び立てていたが。

    薄暗い部屋には、チョロ松と一松だけが取り残された。
    先程までの賑やかさが嘘のように、部屋は再び静けさを取り戻している。

    (あ。お礼…言いそびれた、な…。)

    視力を失った右目を手で押さえながら、一松はふと思った。

    ーーー

    ー 大正三年 三月二十日 午後三時

    あれから、チョロ松は奇跡的な回復を遂げた。
    おそ松が言い残した通り、治癒を施した次の日の朝には右目が光を宿し、三日後には両の手を自由に動かせるようになり、一週間が経った頃には、自力で歩けるまでになった。
    屋敷の使用人達は皆驚きながらも回復を祝福し、彼らなりの祝の心配りなのだろう、夕餉が少し豪華になったりした。
    おそ松がチョロ松を治癒し、更にチョロ松と一松の片目を交換した次の日の朝、一松は鏡の前に立ち、いつもより念入りに己の顔、と言うよりも目元をじっくりと眺めたが、視力を失った右目は確かに一松の目であった。
    どうやら物理的に目と目が入れ替わったというわけではないようだ。
    しかし、右目の何かが確かにチョロ松と入れ替わったのだろう。
    父親といえば、チョロ松の回復を知るなり、百日と少し前に一松へ言い放った「チョロ松として振舞え」 という発言は、まるでなかった事のように白紙に戻していた。
    素っ気なく「あの日の言葉は忘れろ」とだけ伝えると、再びチョロ松が表舞台へ上がることになっていた。
    この点については一松の予想していた通りである。

    …が、一松が予想だにしていなかった事も起こった。
    まず一つ目は、一松が片目が見えないという事が、早々にチョロ松本人にばれてしまったことだ。
    一松としては、出来る限り隠しておきたかったが、やはり片方だけとはいえ、瞳に光を取り戻した双子の兄には隠し事など到底無理なようで、
    チョロ松は視力を取り戻したその日にごくごく自然に、あっさりと、一松の様子がおかしい事に勘づいてしまった。
    そこから、一松の片目が見えていない事に気付くのには少々の時間を要したが、何か物を取ろうと手を伸ばした一松がやたらと空振りするのを見て、チョロ松は怪訝そうに眉を顰め、控え目に一松に言ったのだ。

    「一松…お前、もしかして片目、見えてないの?」

    兄にあっさりと気付かれ、どう返答したものかと固まってしまった一松とチョロ松を襲ったのが、二つ目の予想外な事であった。

    「「………あれ?」」

    呟いたのは、二人同時だった。
    お互い顔を見合わせ、双子故なのか全く同じ拍子に目を瞬かせる。
    その驚いた表情も何から何まで、まるで鏡合わせだ。
    チョロ松と一松が顔を見合わせ瞠目している理由…それは自身の視界に、何か別の視界が重なって見えたからだ。
    自分の目で見た、目の前に広がる光景とは別に、脳裏に異なる風景がちらついている。
    互いの片割れを見つめる自身の視界と、自分自身を見つめている誰かの視界。
    互いの視界が共有されているのだと理解するのに、さほど時間は掛からなかった。

    「待って、一松が僕を見てる様子が、僕にも見えてる?」
    「え…チョロ松の目を通して自分が見えてるの?」
    「どういう事?」
    「俺に聞かれても…。」
    「だよなぁ…。」
    「何なんだろうね。」
    「うん。」

    不思議な事は間違いなかったのだが、チョロ松も一松も、特に気味悪がったりする事はなかった。
    自身の見るもの全てがばれていたとしても、相手が双子の片割れならば別段気にする事はない。
    むしろ、片割れが見ている世界を自分も見ること出来るのは、心地良くさえあった。
    異常とも言える感覚なのだが、二人にとってはこれが至って普通の感覚らしい。

    ーーー

    チョロ松と一松が視界の共有に気付いて、二人で色々と試した結果、幾つか分かった事がある。
    まず、互いの視界を見るには条件があるらしいことだ。
    どちらかが眠っていたりして意識がない場合や、二人のいる距離が物理的に離れている場合は共有が出来ない。
    そして、どちらか一方が共有を拒んだ場合もどうやら相手に共有される事は無いようだった。
    そして、共有出来るのは視界だけで、相手が見ている景色は分かっても、それに付随してくる音や匂い、触覚等は分からない、という事がわかった。
    しかし、何故突然こんなチカラが二人に宿ったのかは依然として謎だ。
    チョロ松にとっては本当にわけの解らない事態であったが、その一方、一松は解らないながらも心当たりはあった。
    というより、一松には原因がそれとしか考えられなかった。


    ー 大正三年 三月二十一日 午前一時半

    真夜中、一松は再び例の山路を辿っていた。
    チョロ松の身体を治すという目的を果たした今、もうこの場所に来る事はないだろうと思っていたのだが、どうしてもあの妖狐に聞きたいことがあった。
    聞きたいこととは無論、チョロ松との視界の共有に関してだ。
    チョロ松と一松が右目を交換した事が影響していると、一松は確証はないものの、ほとんど確信していた。

    社の前に辿り着き、鳥居をくぐると、一松が社の前に立つ前に目当ての相手の方から姿を現した。
    いや、現したというよりも社の前に、いた。

    「あれー?一松兄さんだ!」
    「ほんとだ。どうしたの?」
    「ちょっと聞きたいことがあったから…。
     十四松とトド松は何してんの。」
    「鞠遊びだよ~。」
    「僕ね、めちゃめちゃ遠くまで投げれるよ!」
    「そう…。」

    社の横で式神の十四松とトド松が遊んでいた。
    暗闇の中、蒲公英色と薄桃色の鮮やかな着物が場違いなほどに明るく浮かび上がって見える。
    二人の手には、身に纏う着物と同じくらい色鮮やかな手毬があった。
    薄桃色、蒲公英色、そして藤色の花模様が散りばめられ、その周りは柳葉色の葉模様があしらわれている。
    そして、鮮やかな紅色と蒼色の糸で縁取りが施されていた。
    なんとも色とりどりで目にも鮮やかな手毬だ。
    一松の視線は、自然と美しい色彩の手毬へと向かった。

    (…なんかこの鞠、何処かで見たことある、ような…。)

    そう、ふと思ったのだが

    「あれ?一松じゃん。」
    「一松!会いに来てくれたのか!!」
    「なんだよー!呼んでくれりゃ迎えに行ったのに〜!」
    「よく来てくれたな、一松!
     ここまで登ってくるのは人の足では大変だろう?茶でも入れよう「いらない。」えっ…。」

    背後から気配もなく、紅と蒼の妖狐の兄弟が現れたため、一瞬、色鮮やかな鞠に感じた既視感についてそれ以上考える余裕はなくなってしまった。
    振り向けば、一松の記憶にある通りの鮮やかな紅色と蒼色。
    二人とも、やたらと人懐こい笑みを浮かべている。
    おそ松が一松の肩に腕を回し、ぐりぐりと乱暴な頰ずりを始めた。
    一瞬だけ一松に鳥肌が立ったが、結局はされるがままだ。
    その様子をカラ松が何故かやたらと羨ましそうな目で見ている。
    気づけば鞠遊びをしていた十四松とトド松も一松の傍まで寄ってきていた。
    あっという間に妖狐と式神に囲まれた一松は、「呼ぶってどうやって」だとか、「妖怪にお茶出しされる人間てどうなの」だとか、色々と言いたい事はあったのだが、
    このまま流されて態々ここまでやって来た目的を忘れてしまう前にと、おそ松の頭を両手を使って押しのけながら本題に入ろうとした。

    「ちょっと聞きたいことがあ「一松から離れろ!!」…え。」
    「うわっ…ちょ、あっぶね!」
    「え…チョロ松?」

    顔のすぐ横で鋭い音と風を感じた。
    それと同時に、おそ松が一松から離れて素早く間合いを取ったのが分かった。
    驚いて音の出所へと目を向ければ、そこに立っていたのは双子の片割れ、チョロ松の姿で。
    双子の兄は、片足を上げた状態で、光の宿った右目でおそ松を睨みつけていた。
    先ほど一松が感じた鋭い音と風は、どうやらチョロ松の蹴りだったらしい。
    チョロ松は松模様があしらわれた柳葉色の袴下に深緑の袴姿で、少々息を乱していた。
    ちなみに、一松はチョロ松と色違いの藤色の袴下に紫紺の袴姿だ。
    袴で、しかも体調も万全ではなく、片目が見えていない状態で、よくここまで鋭い蹴りが繰り出せたものである。

    「なんで、ここに…。」
    「はぁ?!何でじゃないよ!
     たまたま厠に起きたら視界に変な森やら石段やら社が見えてくるし!更にはよく分からない奴らに囲まれているわ馴れ馴れしくベタベタされてるわワケわかんないしお前何でこんな真夜中にこんな処に来てんの?!てか、あいつら何なの?!ていうか、僕に黙って何してたの?!
     一松、あの紅い奴に何された?ちょっと待ってて軽く殺してくるから!」
    「ちょ、落ち着いて…、」
    「チョロ松くーん?恩人に向かっていきなり蹴り入れるのはどうなのー?
     というか、ぞっとしちゃったんだけど!やめてお願い。」
    「ああ?!黙れクソが一松にベタベタ触ってんじゃねぇ!」
    「うわお、噛み付くね~。お兄ちゃんちょっと感心しちゃったわ。」
    「あの、チョロ松…ちゃ、ちゃんと話す、話すから落ち着いてってば。」

    どうやら夜中に目を覚ましたせいで、一松の視界をチョロ松も見てしまったらしい。
    その目に広がる景色を不審に思い、後を追ってきたようだ。
    おそ松に対して敵意を剥き出しにしているチョロ松をどうにか宥めながら、一松は己の迂闊さを反省した。
    チョロ松には知られたくなかった。
    とは思いつつも、山路の道中の視界がチョロ松と共有されていたということは、一松も拒否していなかったということだ。
    それとも、この兄に隠し事は出来ないという無意識の諦めが働いたのだろうか。
    兎も角、この社と、そして妖狐の兄弟達と話しているところを見られてしまっては、もうどうにも言い訳は出来そうもなく、チョロ松に総てを話す他ないように思えた。
    下手な誤魔化しはチョロ松には通用しないし、何よりそうすると後が怖い。
    一松は、初めておそ松達に出会った際におそ松がそうしたように、チョロ松を社の前の置き石に座らせると、大きく息を吐いてから静かに事の顛末を話し出した。

    チョロ松が大怪我を負ってから、幼い頃に母から聞いた子供向けの昔話をふと思い出したこと、
    屋敷で何も出来ずにいるのが嫌で、自身の気持ちを落ち着けたくて、この社へ来たこと、
    そこで妖狐であるおそ松とカラ松に出会い、百日参りを果たせば、チョロ松の身体を治してやるという条件を持ち掛けられたこと、
    そして、その条件を呑み、百日間この社に通い続けたこと、
    おそ松の力によってチョロ松の身体は治せたが、目だけは力が及ばず、一松と右目を交換したこと。

    「…で、チョロ松と視界の共有が出来るようになった原因、目を交換した事が何か関係してるんじゃないかって、それを確かめたくて、また此処に来たんだけど…。」
    「……。」
    「今日に限ってチョロ松が夜中に目を覚ますとは思わなくて…その、」
    「…僕の身体が突然良くなったのは、そういうわけだったんだ…。
     おかしいと思ったんだよ。急に調子が良くなるものだから。
     ねぇ、一松。」
    「……うん。」
    「頑張ってくれたのは、嬉しいよ。
     でもさ、自分の身体を犠牲にするようなこと、するなよ。」
    「ごめん…。」
    「僕、怒ってるよ?」
    「うん…。」
    「ほんと怒ってるよ?」
    「ごめんなさい。」
    「あのさ、一松。
     こうして僕が回復しても、そこにお前がいなかったら、意味ないんだよ。
     ……わかるだろ?」
    「うん…。」
    「…………まぁ、でも、ありがとう。」
    「チョロ松…。」
    「ほんとお前は、頭がいいのに馬鹿だよね。
     たまに思考がぶっ飛んでて危なっかしいったらないよ。
     やっぱり一松には僕が付いてないと。」
    「ふ…チョロ松には、言われたくないよ。」
    「ふふ…そう?」

    困ったように眉を下げて笑ったチョロ松を見て、一松はほっと息を吐いた。
    一松が黙って危険な百日参りをしていた点についてチョロ松が腹を立てたのは事実だが、自分の為に動いてくれた事は間違いない故に、チョロ松は頭ごなしに怒る気にはなれなかった。
    一松がチョロ松の為に片目を差し出してくれたことに、チョロ松の胸中には薄暗い悦びと、言葉に出来ない愛しさが同時に込み上げていた。
    けれど、自己犠牲には走ってほしくはない。
    自分のせいで、一松が身を滅ぼすような事はあってはならないのだ。
    その身に置かれた環境故に一松は自己評価が著しく低い。故に自ら身を引いたり、損な役回りになろうとするのだから、チョロ松としては気が気ではない。
    しかし、チョロ松にとっては一松のそんなところも全てひっくるめて、大切な弟だ。
    愚かで、一途で、愛しい、大切な弟。
    そしてその弟に不貞を働く輩は、人であろうが妖であろうが、関係ない。
    一松に纏わり付く者達が人ならざる者だと、チョロ松は瞬時に理解したが、かと言って一発蹴りを入れるという選択肢を却下する事はなかったのだった。

    「お話終わったー?
     ね、分かったでしょ?俺お前の恩人よ?」
    「うん、その点については一応感謝してるよ。」
    「一応かよ。」
    「感謝はするけど、それと一松に馴れ馴れしく擦り寄ってたこととは、別の話だよね?
     お前誰の許可得て一松に好き勝手やってんの?あ?」
    「えええ、怖っ!一松ぅ~お前のお兄ちゃん独占欲強過ぎじゃね?」
    「…え、そう?」
    「お前この状況見てわかんねーの?!やばくない?!」

    状況を整理し、理解した上で、チョロ松は今度こそ本気の蹴りをおそ松へ向かって放とうとしていた。
    十四松とトド松はその様を眺めながら、

    「あははっ緑のにーさんの蹴りすっげーね!」
    「いいぞいいぞー緑のおにいさん、そのままやっちゃえ~!」

    などと茶々を入れている始末だ。
    人の子相手に心配する必要はないと考えたのか、そもそも主を助ける気が更々ないのかは謎である。
    その横に立つカラ松はといえば、

    「(余計なことしなくてよかった…。)」

    と、一人で内心ホッとしていた。
    こちらもおそ松を手助けする気は毛頭ないらしい。

    程なくして、背中に綺麗な下駄の跡を作ったおそ松と、少しばかりすっきりとした顔をしたチョロ松が戻ってきた。

    「お前らな!ちょっとはお兄ちゃんの心配しろよ!
     一松も!チョロ松止めに入れよ!」
    「ああ、おかえり。勿論心配したぞ、ちょっとだけ。
     おそ松が大人げなくチョロ松を殺しやしないかとな。」
    「おそ松兄さん楽しそうだったねー!」
    「よかったじゃん、人の子に構ってもらえて。」
    「あーもう!弟達が冷たい!!」

    「…ねぇ、ところで、聞きたいこと…」
    「あー、視界が共有出来るようになっちゃったってヤツね。」
    「そう、それ。目を交換した事、関係してる?」

    一松に聞かれ、おそ松は先ほどまでのおどけた表情から一変し、真剣な顔つきでチョロ松と一松を交互にじっと見つめた。
    やがて、おそ松はウデを組み、大きく頷いてみせた。

    「うん、関係してるな。」
    「…どういう事?」
    「お前らの目を交換した時に、俺の妖力の影響でこうなったっぽい。」
    「えっ…じゃあ、それっておそ松兄さんの失敗ってこと?」
    「兄さん失敗っすか!珍しーね!」
    「違いますぅー!失敗じゃないですー!!
     …普通なら、人間が俺の操る妖力に反応するなんてこと、ありえねぇんだよ。
     多分、お前らは人間にしては、そういうチカラが…人間に言わせると非科学的な力を持ってる方なんだろうな。」
    「失敗ではないにしても、原因を作ったのはおそ松だろう?治せないのか?」
    「ごめん、治し方わかんねーわ。」
    「いや、別に不自由はないからいいんだけどさ…。」
    「うん。まぁ、原因分かってすっきりした。」
    「え、いいの?そんなんで?!
     お前らほんと大丈夫?お兄ちゃん心配!!」

    もう夜明けが近い。
    元々ここにはチョロ松と一松が視界を共有出来るようになってしまった原因をはっきりさせる為に来たのだ。
    その目的を果たせたのだから、これ以上ここに留まる必要はない。
    送っていこうと言うカラ松の申し出は断って、(多分、あの時と同じく担がれて家々を飛び移るのだろうから)チョロ松と一松は妖狐と式神に別れを告げて山路を下った。

    ーーー

    ー 大正三年 三月二十一日 午前五時半

    だんだんと白んできた空を、カラ松はぼんやりと眺めていた。
    視線を少し下に下げれば、山から人里を見下ろすおそ松の姿を確認出来た。
    兄の背中に何か声を掛けようとしたところで、カラ松の足元に何かが転がってくる。
    十四松とトド松が遊んでいた色鮮やかな手鞠だった。
    腰を屈めて、それを拾い上げた。
    手鞠程度ならば、わざわざ腰を屈めずとも尻尾を使って拾い上げることくらいできるのだが、この手鞠はきちんと手を使わなければならない気がした。

    「カラ松兄さーーん!そっちいっちゃった!!」
    「もぉ~十四松兄さん、飛ばし過ぎだよ!」

    十四松とトド松が駆け寄ってくる。
    カラ松が手鞠を差し出せば、十四松が笑顔でそれを受け取った。

    「大切な手鞠だろう?なくさないようにな。」
    「うん!」

    薄桃色、蒲公英色、藤色の花模様に、柳葉色の葉模様、そしてそれを縁取る蒼と紅。
    殊更、十四松とトド松が大切にしている手鞠を見ると、カラ松はいつも昔を思い出した。
    それは多分、兄のおそ松も同様の筈だ。
    十四松とトド松が社へと引っ込んでいったのを確認して、カラ松は再びおそ松の方へ視線を向けた。
    おそ松は相変わらず遠くの人里を見つめている。

    「おそ松。」
    「ん~?」

    おそ松の紅い背中に声を掛けると、いつもの間延びした声が返ってきた。
    しかしその横顔は、いつものどこか飄々とした様子からは随分とかけ離れており、真剣な目で、僅かに顔を歪めて、相変わらず人里を見下ろしている。
    何か見えるわけでもないだろうに。
    いや、ひょっとすると、この兄には何かが見えているのかもしれないが。
    おそ松が振り返ることはなかったが、カラ松は構わず続けた。

    「あの二人、チョロ松と一松は…やはり、」
    「あー、うん…間違いないだろうな。」
    「そうか。」

    おそ松がようやくカラ松の方へと振り返った。
    その目は喜色に満ちていて、けれど、どこか泣きそうにも見えた。

    朝日が、もう少しで昇ろうとしていた。

    ────────

    《三》

    ー 大正三年 四月二十一日 午後三時

    年度が変わり、チョロ松と一松の生活には少しの変化が訪れた。
    まずは学校。
    まだチョロ松の身体が万全ではないこともあり、日替わりで通うようになったのだ。
    無論、他の人には内緒の話。
    学校に在席しているのはチョロ松だけだし、一松はチョロ松の振りをして学校生活を送っている。
    一度だけ、危うく入れ替わりがばれそうになった事があるが、それは別の機会があればお話しよう。

    そして、父親との関わり。
    分かってはいた事なのだが、チョロ松が大怪我を負った件で、父の双子に対する無関心さは浮き彫りとなってしまった。
    あれ以来、私事で父と顔を合わせる事はますます無くなり、もはや事務的なやり取りしか交わさなくなってしまった。
    こればかりは、双方の意識が変わらなければどうしようもない。

    しかし、これらはささやかな変化と言っていい。
    チョロ松と一松に訪れた変化は、実はそれだけではない。
    最も大きな環境の変化、それは

    「やっほー!チョロ松兄さん、一松兄さん♪」
    「おっはようございマッスルマッスル!」
    「……十四松、トド松、また来たんだ?」
    「おはよう…そろそろ夕方だけど。」
    「今日は狐どもはいないの?」
    「うん、今日は僕らだけだよー。」
    「ならいいや。入っていいよ。」
    「「おじゃましまーす!」」

    元気よくやって来たのは、十四松とトド松だ。
    おそ松達妖狐の存在をチョロ松も知るところになって以来、式神である十四松とトド松はちょくちょく屋敷へ遊びに来るようになった。
    おそ松やカラ松と異なり、彼らは狐の耳や尾は持ち合わせていないため、見た目はほぼ人間である。
    チョロ松が何か口添えしたのか、屋敷の使用人達も彼らの訪問について何も言わないし、今のところ父親から咎められるという事もなかった。
    使用人達は、十四松とトド松のことを「少々装いの派手な友人達」とでも思っているのだろう。
    鮮やかな蒲公英色と薄桃色は人目を引くに違いないが、それでも番頭を始め使用人達が眉を顰めることが無いのは、一に十四松とトド松が纏う無垢で無邪気な空気のお陰なのだろうと、一松は考えている。
    その証拠と言っていいのか、おそ松とカラ松にはあんなにも敵意を剥き出しにしていたチョロ松も、十四松とトド松に対しては、僅かに警戒心は残るものの、チョロ松なりに彼らを可愛がっている節が見受けられた。
    今日も、彼ら式神達の主の姿があれば、こんなにすんなりと自室へ招き入れたりはしないだろう。

    ところで、十四松もトド松も、何故かチョロ松と一松を「兄さん」と呼び慕っている。
    生を受けてほんの十七年しか経っていないチョロ松と一松に比べ、彼らは遥かに永い年月を生きているのだろうから、チョロ松と一松からすれば複雑な心境ではあるのだが、彼らに「兄さん」と呼ばれるのは何故だかやけにしっくりときて、そのまま自由に呼ばせているというのが現状だ。

    「ねぇねぇ!これ何?!食べ物?」
    「ん?…あぁ、西洋菓子だよ。『かすてら』っていうんだって。…食べる?」
    「うん!」
    「僕も僕も~!」

    日中、この屋敷には客人が訪れることが少なくない。
    大体が父親の知り合いであったり仕事相手なのだが、客人達はその多くが手土産として菓子折りを持参する。
    そうした手土産は、まずチョロ松と一松の元に届き、余れば使用人達に分け合ってもらっていた。
    今日も来客があったらしい。
    八つ時に侍女がチョロ松の自室へ綺麗に切り分けられたカステラを持ってきてくれていたのだ。
    それを十四松が目敏く見つけたわけだが、結構な量があったために、チョロ松と一松の二人だけでは食べ切れなかったところで、式神達の訪問は、むしろちょうどよかったのかもしれない。
    十四松とトド松は、カステラを一切れ頬張ると、たちまちそのあどけない顔を破顔させた。

    「甘んまぁ~!!美味いっすなトッティ!!」
    「うん♪僕こんなに甘くて美味しいお菓子初めて~!
     あとトッティやめて十四松兄さん。」
    「美味しい?…よかった。」
    「もうちょっと落ち着いて食べろよ。別に取らないし全部食べていいから。
     喉に詰まっても知らないぞ。」
    「…お茶、もらってくる。」
    「うん。頼むね、一松。」

    それ程に美味しかったのだろうか、もぐもぐと必死に口を動かし幸せそうな顔をする式神達に、チョロ松と一松は視線だけを合わせ、ふ、と微笑んだ。
    一松が部屋を出たのを見送り、チョロ松が十四松とトド松へと視線を戻せば、彼らは相変わらずカステラを頬張っていた。
    こんなに喜んでくれたのならば、この菓子折りを持ってきた何処ぞの客人も、ひいてはこのカステラ自身も本望であろう。
    やがてカステラを綺麗に平らげたところで、使用人に淹れてもらった茶を持って一松が戻ってきた。
    それを受け取り、丁度いい温度で淹れられたお茶を啜っていた十四松とトド松は、「あ。」と何か思い出したように話題を切り替えた。

    「そうだ!おそ松兄さんから言伝があるんだった。」
    「え、何それすごく聞きたくないんだけど…。」
    「そんなこと言わないであげてよチョロ松兄さん!
     一応僕ら言伝のお使いってことで来たんだから!」
    「お菓子集りに来たんじゃなくて…?」
    「もうっ!一松兄さんまで~!」
    「僕もね、カラ松兄さんの伝言預かってるよ!今から言うね!!」
    「え…うん。」
    「『我が愛しの子猫達よ、知っているか?今宵は満月だ。…聖なる砦から見る月は格別だ。月明かりを受けながら空虚と成り果てた心を共に満たそうじゃないか。』
     …だって!」
    「うん?十四松、申し訳ないんだけどもう一回言ってくれない?全然理解出来なかった。」
    「わかり易く言っちゃうとね、
     『寂しいから一緒にお月見しよーよ!』
     ってことじゃないかな!」
    「だったら最初からそう言えよ!くっそ痛いし分かりにくいわ!!」
    「…春なのに月見すんの?」
    「兄さん達はね、割と何でもありだから!!」
    「なるほど…なるほ、ど…?」
    「僕もおそ松兄さんからの言伝、一応伝えとくね。
     『ね~チョロ松に一松ぅ~、お兄ちゃん暇だよぉ遊ぼうよ~。
     あ、そだ!月見しようぜ月見!
     今夜八時に迎えに行くから待ってろよ!』
     …だってさ。」
    「…あ゛あ?!何が悲しくてクソ狐共と月見なんぞしなきゃなんないわけ?!
     ていうか一方的過ぎるだろふざけんな!」
    「チョロ松…あいつらが絡むと怖いね…。」

    おそ松とカラ松からの、ある意味自分勝手な伝言に、チョロ松は先ほどまでの涼し気な顔はどこへやら、盛大に顔を歪めてとんでもない凶悪面になっていた。
    人間三人くらいは手に掛けてそうな勢いである。
    …が、青筋立ったチョロ松のこめかみを、一松がちょんちょん、と軽くつつけば、凶悪面は一瞬で霧散した。
    その様子を見守りつつ、面白い兄弟だなぁ、とお前がそれを言うのかと指摘されそうな事を考えていたトド松だが、このままチョロ松と一松を放置すると二人の世界になってしまう事が予想できたため、徐に上目遣いで二人に詰め寄った。
    十四松とトド松には、言伝の他にまだ使命があるのだ。

    「…で、どうする?お月見。」
    「は?!行くわけないよね?!」
    「チョロ松が行かないなら、俺も行かない…。」
    「うーん…まぁ、そうだよね…。」
    「兄さん達来ないの?!
     お月見楽しーよ!お団子とね、お酒いっぱいあるっす!!」
    「いや、僕達まだ酒飲めないから。」
    「どうしても、だめ?」
    「うっ…。」
    「兄さん達が来てくれなかったら…」
    「ぼくたち、おそ松兄さんとカラ松兄さんに怒られちゃう!!」
    「うぅ…。」

    式神達に可愛らしく詰め寄られ、チョロ松と一松が戸惑いの色を見せる。
    十四松とトド松の本日の使命、それは「チョロ松と一松を月見に誘い、参加の返事をもらうこと」である。
    企画者はもちろん、暇を持て余している妖狐のおそ松である。
    ついでに言うと、カラ松もチョロ松と一松に会いたがっていたため当然それに乗っかった。
    妖狐の兄弟の企てと言ってもいいかもしれない。

    それよりも、計算づくだと頭では理解しているのだが、大きな瞳を潤ませ上目遣いでこちらを見上げるトド松を見ると、どうにも一松は断ることに一層の躊躇と罪悪感を覚えた。
    それはチョロ松も同様だったようで、への字口が明らかに険しくなっている。
    その一方で、十四松とトド松はといえば、もう一押しでいけそうだと判断したのか、更に畳み掛けてきたのだった。

    「ねぇ…僕たちもチョロ松兄さんと一松兄さんとお月見したいな…だめ、かな?」
    「ぼくも兄さん達と一緒がいいっすー!」
    「う…、」
    「んんん……」
    「「お願い!」」
    「仕方ないな…。」
    「わかった…。」
    「ぃよっしゃあー!!チョロ松兄さんと一松兄さんとお月見でっせー!!!」
    「よかったぁ~ありがとう兄さん達!
     これでおそ松兄さんもカラ松兄さんもしばらく大人しくなるよ!」
    「うん!カラ松兄さんとか
     『今頃チョロ松と一松はどうしているだろうか。次はいつ会えるだろうか。嗚呼!今こうして見上げる空をあの二人も見ているのだろうな!』
     って三分おきに言ってたもんね!」
    「三分おきに空見上げるとか暇人か。」
    「妖って暇なの…?」
    「そうそう!おそ松兄さんも
     『お兄ちゃん寂しい~構えよ~!!』
     って、構って攻撃がいつもより二割増だったからさぁ~。
     うんまぁ、割と暇を持て余してるよね。」
    「なんか…お前らも割と苦労してんだね。」
    「なんかごめんね…。」

    チョロ松と一松が是と応えれば、十四松とトド松は文字通り飛び上がって喜んでくれた。
    二人が来てくれることが嬉しいのも間違いないが、それ以上に主たる妖狐達の問題が由々しき事態であり、式神達にとって、双子の参加は非常に切実なものだったのだと、二人は理解した。
    人里離れた山奥で数百の時を生き続けてきた妖狐が、何故今更、人の子にここまで心を傾けるのかは分からないが、歓迎してくれているなら、別に悪い気はしないのだ。

    ーーー

    ー 大正三年 四月二十一日 午後八時

    言伝にあった通り、おそ松とカラ松が音も無く屋敷へと降り立った。
    妖狐の兄弟は、チョロ松と一松を見つけるなり、何時ぞやと同じく、カラ松は颯爽と一松を横抱きにし、おそ松はチョロ松を軽々と担ぎ上げて、さっさと山へ向けて走り出してしまった。
    言葉を交わす余裕さえ与えないその所業は、まるで人攫いである。
    というよりも、人攫いそのものである。

    「ちょっ、うわ、待っ…!待ってほんと待って!
     酔う!乗り物酔いする!!」
    「だぁいじょーぶ、だいじょーぶ。安全運転だからさ。」
    「ひとっつも安心できねーよ!降ろせぇぇぇ!!」
    「え?なになに??お兄ちゃん聞こえなーい。」
    「ほざけクソ狐があぁぁぁ!!!
     …うっぷ…、」
    「え、嘘でしょチョロ松お前まじで酔った?!」
    「吐く…。」
    「やめてぇぇぇ!!お兄ちゃんの一張羅にゲロるのやめてえぇぇぇぇぇ!!!」

    先頭をひた走るおそ松に担がれているチョロ松が、何やら喧しく噛み付いているが、おそ松はどこ吹く風といった様子で、むしろ楽しそうだ。
    「降ろせ」と言いながらも、チョロ松は半ば青ざめた顔をしながら、しっかりとおそ松の紅い着物を掴んでいる。
    本格的に乗り物酔い(と、言っていいのか分からないが)してしまったチョロ松の為に、おそ松は俵担ぎの状態から、カラ松が一松にしているような横抱きに変えたようだ。
    そんな互いの兄の様子を、カラ松と一松はすぐ後ろで見ながら追う形だ。
    カラ松は周りに可憐な花がぽん、と浮かびそうな程の笑顔で腕に抱く一松を見下ろし、一松はそれを一瞥して小さくため息を吐いた。
    何故この妖狐達は、こんなにも嬉しそうなのだろうか。
    少々の縁があったとはいえ、自分達はただの人間で、妖狐の彼らには取るに足らない存在の筈なのに…。
    カラ松に横抱きにされながら、人知れず一松は考えるも、もちろん答えなど出るはずがなかった。
    あまりにも真っ直ぐに好意を向けてくるカラ松に、その実、一松はかなり戸惑ってもいた。
    一松自身を見て、惜しみない愛情を向けてくれる存在は、今までに他界した母親の他には双子の兄であるチョロ松以外に存在しなかった。
    チョロ松の通う学校の友人達は、一松のことをチョロ松として見ているし、屋敷の使用人達とは必要以上の接触をしない。
    今までに「一松」としての友人と言える存在は、近所の野良猫達しかいなかった。
    けれど、この人ならざる者達は違う。
    チョロ松とは違った形で、一松の懐に躊躇なく飛び込んでこようとする。
    それが、一松にとっては、なんとも言えない不思議な心持ちだった。
    ふと顔を上げてみれば、再びカラ松と目が合う。

    「どうした?一松も酔ったか?」
    「いや、平気…。」
    「そうか!しかし、晴れて良かったな!
     天も俺達の味方をしてくれたようだ。
     "ろまんちっく"な逢瀬には最高の夜だと思わないか?」
    「あ゛?!」
    「ヒッ!すみません!!」

    気障ったらしい物言いに、思わず一松が顔を顰めて凄むと、カラ松は萎縮した様子を見せた。
    妖狐が人間に怖気付いてどうするのだ、と人知れず一松は思ったが、なんとなく、一松自身もどうしてそう思ったのか分からないが、カラ松はそれでいい気がした。
    そして、前方で未だにやいのやいのと言葉の応酬を続けるおそ松とチョロ松の姿にも、何故か不思議な既視感と安心感があったのだった。
    ちなみに、一松の耳が拾い上げた会話はご覧の通りである。

    「つーか何なのこの抱き方?!僕男なんだけど?」
    「えー?いいじゃんこっちのが酔わねぇだろ?」
    「いや、それはそうだけど!野郎が野郎を抱っことか地獄の絵面でしかないだろ!」
    「え、チョロ松お前、俺のこと男だと思ってる…?」
    「え…?!え、違うの?妖怪には性別がないとか?!」
    「いや男だけど。」
    「男なのかよ!!じゃあ何でそんな無駄過ぎる確認した?!明らかに必要なかったよね今の!!」
    「いや~面白いねーお前。」
    「ざっけんなクソ狐があぁぁぁ!!」

    全くもって仲が宜しいことだ。
    尤も、おそ松はどうだか知らないが、チョロ松にそれを言えば、機関銃の如く否定の言葉を浴びせられる羽目になるだろうが。

    ーーー

    そうこうしている内に、一行は山奥の社へたどり着いた。
    一松にとっては、もうすっかり見慣れたそれだが、今夜は社に明かりが灯り、仄かに甘い香りが漂っていた。

    「チョロ松兄さん!一松兄さん!こっちこっちー!!」
    「えへへ、来てくれてありがとっ!
     お団子もお酒も準備出来てるから、好きなだけ食べてね♪
     あ、お茶もあるから安心してね。」

    明かりの灯った社に脚を踏み入れると、十四松とトド松が出迎えてくれた。
    二人は此処で準備をして一行の到着を待っていたらしい。
    縁側に通されれば、三方の上に団子が綺麗に盛られていた。
    随分と大きな三方だ。上に盛られている団子は見事に積み上げられているが、明らかに十五個より遥かに多い。
    十五夜というわけではないのだから幾つでも問題ないのだろうが、これは積み過ぎではなかろうか。
    と、チョロ松と一松が要らぬ心配をする程度には盛られていた。
    その横には酒瓶。
    芒(すすき)の代わりなのだろうか、団子の横には菜の花が添えられている。

    月明かりが山の木々を照らしている。
    見上げた月は幽かに霞み、今宵は朧月夜といったところだろう。

    「あー、走ったら腹減ったー!」
    「ちょっと、おそ松兄さんもうお酒空けちゃったの?!」
    「お団子たくさん作ったよ!いただきまーす!!」
    「俺も頂こう…月明かりの下、まるで俺達を照らす月を象ったような円かな「ほらほら、チョロ松兄さんと一松兄さんも!」…え。」

    カラ松の謎めいた独り言を遮り、トド松がチョロ松と一松に声を掛ける。
    一瞬躊躇ったが、十四松に「一松兄さん、あーん!」と団子を差し出されると、一松は反射的に口を開けてしまい、そこにすかさず団子が放り込まれた。
    咀嚼すれば、よくよく知る素朴な団子の味がした。

    「一松兄さん、美味しい?」
    「…ん、美味しい。」
    「よかったー!!これね、ぼくとトド松で作ったんだよ!
     チョロ松兄さんと一松兄さんには、いつも美味しいお菓子もらってたから、そのお礼!!」
    「ふふ~ん♪人里で団子粉いっぱい買って頑張ったんだよ~!
     兄さん達、褒めて褒めて!」
    「ん、えらいえらい。」
    「一松兄さん、ぼくも!」
    「十四松もえらいえらい。」
    「えへへ~。」

    一松が式神の十四松とトド松の頭を撫でている様子をチョロ松がぼんやり眺めていると、突如背中に重みを感じた。
    確認しなくても察しはついていたが、念の為、と首だけ動かしてみれば、無邪気な笑みを浮かべるおそ松の顔がすぐ傍にあって、チョロ松は思わず声を上げそうになってしまった。
    無意識に身を固くしたチョロ松に気付いているのかいないのか(十中八九気付いているだろうが)おそ松は笑みはそのままに、豊かな八本の尾を揺らしてみせた。
    どうやらチョロ松から離れるつもりはないらしい。

    「いや~…弟達が戯れてる様子を見るのは和むね。」
    「弟達、って…あいつらは式神だろ?
     あと一松はお前の弟じゃないから。」
    「んー?俺にとっては皆弟みたいなもんよ?カラ松は勿論弟だし、十四松もトド松も、それに一松も。
     …チョロ松、お前もな。」
    「え…。」

    何を巫山戯た事を、とチョロ松は口にしようとした。
    が、チョロ松を見るおそ松の目は、存外真剣な表情を灯していて、チョロ松はすんでのところで言いかけた言葉を呑み込んだ。
    少しの戸惑いを見せたチョロ松に、おそ松は笑みを深めて続ける。

    「トド松はな、俺の六番目の尻尾を器にして魂を宿らせたんだ。
     ちなみに十四松はカラ松の五番目の尻尾なんだぜ。
     あいつらは俺の身体の一部…弟みたいなもんだろ?
     一松はさ…百日参りをずっと見守ってきたんだし
     チョロ松だって俺が怪我治したんだし。
     お前らだって弟達みたいなもんだよ。」
    「……。」

    それはまるで独り言のようだった。
    一瞬、ほんの刹那、チョロ松は、おそ松が何故かひどく優しい顔で微笑んだのを目にしたが、瞬きをした後には、もういつもの表情に戻っていた。
    いっそ見間違いだと片付けてしまえたらよかったのだろう。
    けれど、確かにチョロ松の片目はそれを捉えてしまったのだ。
    笑みを浮かべるおそ松を、チョロ松がじっと見つめる。
    ちり、と脳内で何かが短絡したような気がした。
    何か、大切なことを忘れてしまっているような気がするのに、それが何か分からない。
    そんなひどくもどかしい気持ちが、チョロ松の胸中に渦巻いた。
    黙り込んでしまったチョロ松の胸中を見透かしたかのように、おそ松が呟いた。

    「お前らはそのままでいいんだよ。」
    「え?」
    「何も変わらなくていい。
     何も考える必要なんて無いし、無理に何かを思い出す必要も無いってこと。」
    「意味が分からないんだけど…。」
    「んー?いや、ただの俺の独り言だし?
     …あ、団子なくなりそうじゃん!!おーいカラ松、十四松ー!!俺の分残しとけよ~。」

    立ちすくむチョロ松を残して、おそ松は駆け出してしまった。
    三方に綺麗に積まれていた団子はすっかり崩れ、いつの間にか随分と数が減っていた。
    一体なんだというのか、あの妖狐は。
    こちらを好き勝手に引っ掻き回すだけ引っ掻き回してそのまま放置など、チョロ松からすればたまったものではない。
    しばし憮然とした顔で突っ立っていたチョロ松だが、やがてゆっくりと溜め息を吐いた。
    視線を一松の方へ向ければ、彼はもう団子には満足したのか、十四松とトド松と共に色鮮やかな手鞠を転がして遊んでいた。
    「月見団子!」「ご…胡麻。」「んっと、まくら。」「ら?!ら、らー…落語!」「え、またご…?ごみ。」「ちょ、ごみって一松兄さん…。み、えーっと…」
    …そんな会話が聞こえてくる。
    鞠を転がしつつ、しりとり遊びをしているようだ。なんだか微笑ましい。
    弟と式神達から視線を外し、空を見上げる。
    少し霞がかった春の月夜は、まだ終わる気配を見せない。


    《終》
    →以下、本文に生かしきれなかった無駄な設定があります。

    ────────

    設定とか

    ○一松
    とある名家の次男。チョロ松は双子の兄。
    世継ぎ争い忌避の策として、存在を隠されるようにして育てられた。
    周りの認識は一様に「チョロ松の予備」のため、一松自身を見てくれるチョロ松が絶対的な存在であり、かなり依存心が強い。
    チョロ松が大怪我を負った事をきっかけに妖狐のおそ松達と出会い、百日参りを果たして怪我を治してもらった。
    目だけは治すことが出来ず、自身の右目をチョロ松の右目と交換してもらい、その影響でチョロ松と視界の共有が出来るように。
    何かとちょっかいをかけてくる妖狐や式神達と関わるのは戸惑いも感じるが、居心地は悪くないと思っている。
    実は生前は六つ子の妖狐の四男で、おそ松とカラ松の弟であり、十四松とトド松の兄だった。
    百年前、長兄不在中に根城としていた社が人間に襲撃されてしまい、弟の十四松とトド松を庇って命を落としてしまった。
    妖狐にとって、人間の一人や二人は取るに足らないが、集団で武器を持たれると話は変わってくる。
    その後チョロ松と共に人間に転生。
    妖狐だった頃の記憶はない。
    が、無意識に十四松とトド松に対しては甘く、守る対象だと思っている節がある。


    ○チョロ松
    とある名家の長男。一松は双子の弟。
    名家の跡継ぎとして厳しく育てられたため、表向きは品行方正だが、素だと割と口が悪い。
    素のままの自分を認めてくれる一松が何よりも大切な存在。
    その一方で、自分のせいで一松が不遇な扱いを受けていることを申し訳なく思っている。
    こちらも依存心が強い。加えて一松に対してかなり過保護でもある。
    大怪我を負った際、一松が自分の為に頑張ってくれたのは素直に嬉しい。
    おそ松達にも一応感謝はしているが、一松に馴れ馴れしくするのは我慢ならない。
    一松を気に入っている様子のおそ松やカラ松に敵対意識を向けていたが、段々と絆されていく。
    絆されはするがつっこみは止めない。
    実は生前は六つ子の妖狐の三男で、おそ松とカラ松の弟であり、十四松とトド松の兄だった。
    百年前、長兄不在中に社が人間に襲撃されてしまった際、矢面に立って弟達を庇っていたが、命を落としてしまった。
    その後一松と共に人間に転生。
    妖狐だった頃の記憶はない。
    おそ松とカラ松は家にあげようとしないが、十四松とトド松には無意識に結構甘やかしている。
    何気に交友関係が広い。学生服は例の白ラン。


    ○おそ松
    八本の尾を持つ妖狐。本来は九本あったがその内の一本をトド松に無期限貸出中。
    妖狐の一族の中でもかなり力が強く、首領的な存在。
    山奥の社を根城に、数百年の時を人間を手助けしたり、いたずらしたりしながら過ごしてきた。
    六つ子の妖狐の長男。
    百年前、留守中に人間に社を襲われ、カラ松を除く弟達を失ってしまった。
    弟達を守れなかったことを今でも悪夢に見て魘される程に後悔しており、トラウマになっている。
    慌てて帰った先で、命が消えかかっていたトド松に自身の六番目の尻尾を与え、式神としてこの世に留まらせたものの、チョロ松と一松は間に合わず、その事を悔やみに悔やんで数年はかなり荒れていた。
    弟達を失う原因となった人間のことを憎んでいたが、チョロ松と一松は別。
    この二人と出会って人間を憎む気持ちも少しずつ薄らいでおり、悪夢を見る日も減ってきたらしい。
    チョロ松と一松に初めて合った時は、かつての弟達だとすぐに気付いた。
    記憶もなく、今は人間として生きている二人に何も語ることなく、たまにちょっかいをかけながら見守る日々。
    構ってちゃんは割と俺様な感じに発動する。
    未だに警戒心を解いてくれないチョロ松一松と早く打ち解けたい。
    お兄ちゃんのこと構えよー遊びに来いよぉ~!
    人間に転生したチョロ松と一松が、家庭環境故に互いに依存している事はなんとなく気付いている。
    チョロ松のツッコミ気質や一松の猫好きな一面は妖狐だった頃と変わらず健在で、そういったかつての名残を見る度に切ない。
    でも絶対に顔には出さない。


    ○カラ松
    おそ松と同じく八本の尾を持つ妖狐。
    六つ子の妖狐の次男。
    兄のおそ松と共に出掛けていた際に社が襲撃に遭い、弟達を守ることが出来なかったことを後悔している。
    が、自分以上にショックを受けて荒れ狂う兄を案じ、右腕として長年支えて続けてきた。
    社が襲撃された際に、命が消えそうになっていた十四松に自身の五番目の尻尾を与え、式神としてこの世に留まらせた。
    人間になっていようともチョロ松と一松と再び出会えたことが嬉しくて堪らない。
    ついでに言うとまだ17歳の、幼さが抜けきらない二人が可愛くて仕方ない。お巡りさんこいつです。
    どうにか仲良くなりたい。
    なんか西洋から入ってきた外来語をことある度に使おうとする。
    最近覚えた言葉は「せらびぃ」
    意味は正しく理解していないと思われる。
    今度は絶対に弟達を守りきってみせると意気込んでいるが、持ち前のイタさで若干ウザがられている。
    しかしながらその決意は純粋なまでに実直で揺るぎがない。
    普段温厚な分、怒らせると多分一番手が付けられない。
    兄弟のことに関しては殊更沸点が低い。
    人間に転生したチョロ松と一松の共依存に気付いているのかいないのかは謎だが、時折妙に鋭いことを言う。
    目の交換を一松に持ちかけておきながら、一松が妖狐の頃と変わらず自己犠牲に走りがちなのが心配。


    ○十四松
    カラ松の式神。カラ松の五番目の尻尾を器として魂を吹き込まれた。
    いつも元気に社まわりを走り回っている。癒し。
    元々は六つ子の妖狐の五男。
    長兄不在中に社が襲撃された際、三男と四男に庇われたものの、二人が倒され自身も致命傷を負ってしまい、間一髪で駆け付けた長兄の手によって式神として生まれ変わった。
    妖狐だった頃の記憶は持っている。
    自分よりかなり年下のはずのチョロ松と一松を「兄さん」と呼ぶのは二人がかつての兄だと気付いているから。
    式神としての姿は人間に近いが、実は狐耳と尻尾は自由に出し入れできる。
    よくトド松と一緒に長兄達から言伝を預かってチョロ松と一松が住む屋敷へ赴くが、毎回美味しいお菓子を出してくれるのでとても楽しみ。向こうに記憶がなくてもかつての兄達と会えるのは嬉しい。
    思い出せば辛い思いをするだろうから、チョロ松と一松の記憶は戻らなくてもいいと思っている。
    けど、本当は襲撃にあった日のことを謝りたいし、お礼も言いたい。


    ○トド松
    おそ松の式神。おそ松の六番目の尻尾を器として魂を吹き込まれた。
    人間は(チョロ松一松を除いて)あまり好きではないが、人間の文化や服装には興味津々。
    兄弟一の衣装持ちで、社の自室の籠の中には着物コレクションが眠っている。
    元々は六つ子の妖狐の末弟。
    長兄不在中に社が襲撃された際、三男と四男に庇われたものの、二人が倒され自身も致命傷を負ってしまい、間一髪で駆け付けた長兄の手によって式神として生まれ変わった。
    十四松と同様に妖狐だった頃の記憶は持っている。
    自分よりかなり年下のはずのチョロ松と一松を「兄さん」と呼ぶのはそのため。
    狐耳と尻尾も出し入れできるが、暑いのでやらない。
    頻繁に言伝を預ける長兄に呆れて「も~、しょうがないなぁ」と口では言いつつも、チョロ松と一松に会いに行けるのは嬉しい。
    人間に転生した兄達の記憶がないのは寂しいが、思い出してしまえばチョロ松も一松も、末の弟達を守れなかったことを悔やんで苦しむだろうし、そんな姿は見たくないので複雑な気持ち。
    チョロ松と一松が妖狐だった頃に針入れをしてくれた鞠を、今でも肌身離さず大事に持っている。
    #BL松 #チョロ一 #長兄一 #一松愛され #一松 #妖怪松

    妖怪長兄(※二人とも狐)と白ラン年中と式神末によるエセ大正浪漫風な話。
    一松中心。チョロ一基本の一松愛され風味。
    ちょっとだけおそチョロっぽいところも有ります。

    !ご注意!
    ・長兄が妖怪(次男が烏じゃなくてごめん)
    ・年中が学生(白ランのつもりだったのに気付けば要素が消えた)
    ・末が長兄の式神(式神のようなもの?)
    ・エセ大正ファンタジー風。時代考証できてません
    ・年中がナチュラルに共依存状態
    ・怪我の表現有
    ・年中がちょっと可哀想(でもむしろ皆可哀想)
    ・無駄に長い

    ────────

    柏手は深夜に響く

    《序》

    ー 大正三年 三月十日 午前二時

    草木も眠る真夜中丑三つ時。
    一人の少年が狭く急な山路を辿っていた。
    その山路はろくに手入れもされておらず、崩れかけた急勾配な石段の隙間からは雑草が蔓延り、当然街灯もなく真っ暗だ。
    辺りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。
    白い切石が暗闇の中ぼんやりと浮かんで見えた。
    そんな険しい道のりを、やや猫背気味の少年は黙々と登り続けていた。
    深緑の松模様があしらわれた藤色の袴下に紫紺の袴。
    年の頃はおよそ十代後半だろうと思われるが、伏せられがちで気怠げな目元からはどことなく大人びた雰囲気を感じさせる。
    しかしながら、その面立ちは未だあどけない幼さも抜け切っていない。
    少年の額には汗が滲んでおり、時折それを袖口で乱暴に拭いながらも山路を登る歩を緩めることはなかった。

    どれくらい歩いたのだろうか、やがて石段を登りきり、僅かに視界がひらけた所で少年はようやく動かし続けていた足を止めた。
    少年の目の前には所々塗装が剥がれ落ちた朱塗りの鳥居、
    そしてその奥には古ぼけた小さな社が鎮座していた。
    しばし社をじっと見据えていた少年は、上がった息を整えると、鳥居をくぐりゆっくりと社へと近づいた。
    小さな賽銭箱は苔に浸食されており、鈴もすっかり錆び付いている。
    そんな、朽ち果てたと言われても致し方ない様相は気にも留めず、少年は懐から丁寧に折り畳まれた懐紙を取り出し、それを賽銭箱に落とすと鈴を鳴らした。
    錆び付いた鈴からは掠れたような音が響いてやけに不愉快だ。
    拍手を二度。
    そして祈るようにぎゅっと目を閉じ、
    最後に深く一礼して大きく息を吐く。

    真夜中、誰にも見つからないようにたった1人で険しい山路を登り、朽ちかけた小さな社に参拝する ー……

    この奇妙な参拝を、少年はもう三月以上続けていた。
    ー… 今夜で、ちょうど百日目。
    雨の日も、雪の日も、毎晩休む事なく通い続け、これが百回目の参拝である。

    百度目の参拝を終えてぼんやりと社を眺める少年の耳に、不意に誰かの拍手が聞こえてきた。
    音のする方へと振り向けば、そこには鮮やかな紅い着物に身を包んだ一人の男の姿。
    ただ男が普通と違っていたのは、頭部は狐の耳を冠しており
    背には滑らかで豊かな毛並みの尾を携えている点で、人ならざる存在である事は火を見るより明らかであった。
    男は一見すると人好きのする柔らかな笑みを称えているが、その雰囲気はどこか威圧的で見る者を思わず平伏させてしまうような冷たい鋭さが見え隠れしている。

    異形とも云うべき男の姿を目にしても、少年は特に驚いた様子を見せなかった。
    それも当然だ。
    何故なら少年が毎夜この小さな社を参拝するきっかけを作ったのが、他ならぬこの異形の姿をした男だからである。
    手を叩く事を止めた男は、人懐こい笑みを浮かべ、少年に言った。

    「お見事。頑張ったじゃん、一松。」

    ────────

    《一》

    ー 大正二年 四月十四日 午後八時半

    「一松。」
    「何、チョロ松。」

    名を呼ばれ、少年…一松は振り返った。
    目線の先には一松と瓜二つの兄、チョロ松の姿。
    よくよく見ればその顔つきや表情はそれぞれ異なり個性を持っているのだが、それを見分けるのは非常に困難だ。

    双子の兄弟であるチョロ松と一松は、とある華族の血筋の名家に生まれた。
    双子の男児。
    二人が生まれた時、父親はその事実に僅かに顔を顰めた。
    二人が幼い頃に死別した母は双子に惜しみない愛情を分け隔てなく与えてくれたが、父親は息子達への愛情よりもこの家の未来を危ぶんだ。
    双子が成長した時に、後継問題が起こるのではないか、と。
    いずれこの家の後継問題を引き起こす火種になり得る可能性を潰したいがために父親が取った策は、チョロ松と一松の扱いをはっきりと区別する事だった。
    兄であるチョロ松がこの家の跡継ぎなのだと二人に言い聞かせ、跡継ぎたる教育はチョロ松だけに受けさせた。
    園遊会や会合も、連れて行くのはチョロ松のみ。
    一松には満足な教育を受けさせず、表立った席にも決して出させなかった。
    そうして、二人の立場を明確にして諍いが起こらないように仕向けようとしたのだ。

    しかし、父親はまだ気付いていない。
    この愚かな目論見に大きな誤算があることに。

    母親の死後、跡継ぎとして勉学と作法を強要され、周りからの重圧に晒される羽目になったチョロ松と
    存在を隠され、まるで忌み子さながらに扱われることになった一松。
    満足に家族の愛情を得られない二人が互いを唯一無二の存在と認識し、心の拠り所として求め合うようになったのは、物心付くか付かないかくらいの頃からで。
    チョロ松は安らぎを与えてくれる存在を求め、一松は己を肯定してくれる存在を求め、幼かった彼らは無意識のうちに、互いに心の安寧を求め合ったのだ。
    勿論、互いが互いを羨み妬みたい時もあるのだが、それ以上に片割れの不遇を哀れんだ。
    そんな双子の兄弟には、二人だけの秘密がある。

    「明日さ、僕の代わりに学校行ってほしいんだ。
     どうしても朝一で買いたい本があってさ。」
    「ん、いいよ。」

    こっそりと交わされる口約束。
    父親の誤算はこれだ。
    双子の兄であるチョロ松のみに跡継ぎとしての教育を施しているはずが、この兄弟、時折入れ替わっていたのである。
    誰一人入れ替わりに気付くこと無く、まるで大人達を欺くかのように、それは見事に。

    チョロ松は藤色の袴姿となり、髪を少々乱れさせ猫背に、逆に一松は真白な学生服に袖を通し、髪を整え背筋を伸ばせば簡単に入れ替わりは完了だ。
    互いの振りなど双子の彼らには造作もないこと。
    チョロ松を演じる為に、一松は兄が通う学校の友人を覚え、更に学業にも追いつく必要があったが、教科書を借りたりチョロ松から教えてもらったりしているうちに、今では学業面もチョロ松と同程度にまでなっている。
    チョロ松もチョロ松で、一松を演じる時は弟が世話をしている猫達と戯れながら自由に羽を伸ばしていた。
    そうして、入れ替わった日は互いの一日を事細かに共有して、何食わぬ顔で元に戻るのだ。

    この兄弟二人だけの秘密事は、彼らに刺激と高揚感を与え、唯一無二の兄弟に対する独占欲と優越感を擽った。
    元々は幼い時分にチョロ松が自分だけ勉学や園遊を迫られる事に不満を覚え、軽い気持ちで一松に入れ替わりを提案した事が始まりだった。
    その時はちょっとした気晴らしで、ちょうどいい気分転換が出来ればいい程度の思いだったのだが
    長い月日を経て、この「秘密の入れ替わり」は心を満たす為の、ある種、儀式めいたものになりつつあった。

    「明日、僕は『一松』で」
    「明日、俺は『チョロ松』」

    互いを演じ、互いの生活をその身に感じると、まるで兄の、弟の、総てを手に入れたような錯覚に陥る。
    二人だけの秘密を重ねる度に、片割れへの依存心は少しずつ、しかし確実に大きくなっていく。
    おそらく、今ではもう引き返すことが出来ないくらいにはなっているだろう。
    家を空けることの多い父親とは顔を合わせる機会も少なく、二人が偶に入れ替わっている事など露ほども知りはしない。

    小さな声で確かめ合うように、まるで呪文のように言葉を交わし、最後にそっと唇を重ねれば
    もうそこは二人だけの世界と言っても過言ではなかった。
    額と額をくっつけてクスクスと笑い合う姿は一見すると(少々距離は近過ぎるものの)非常に微笑ましくも見える。
    兄弟、という一言では片付けられない関係に拗れてしまってはいるものの、
    この二人だけの時間が、チョロ松にとっても一松にとっても、心の安息所とも云うべきひと時だった。


    ー 大正二年 十一月二十四日 午後五時

    陽射しは穏やかだが、吹き付ける風が冷たくなってきた時節、その日、一松は自室に篭もりきりだった。
    父親は一松が人目につく明るい時間帯に外出する事に、あまりいい顔をしない。
    なるべく、一松の存在を隠しておきたいのだろう。
    この家に双子の男児が生まれた事は、親族や交友のある家は知っているのだから、意味があるとは思えないが。
    屋敷の使用人達は一応、一松を家の者の一人に数えてくれているし、チョロ松と明らかに態度が違うわけでもないのだが
    主人である父親の目を恐れているのか、必要最低限のやり取りしかしなかった。
    一松も、使用人の顔と名前は朧気にしか覚えておらず、使用人を誰か一人でも名前で呼んだためしがなかった。
    名前を覚えるのが面倒だ、というのが大半を占めるが、特定の使用人と親しくなり、それが父の知るところになったとして、その使用人の処遇に悪影響を及ぼしてはいけない、という思いも、僅かながらあった。

    日が落ちてきたら、近所の仲の良い野良猫に餌をやりに行って、夕餉の時間になる前に帰ってこようか。
    自室で本を読みながら、一松は夕刻以降の予定を立てていたが、それは変更せざるを得なくなってしまった。
    というのも、穏やかな夕時の空気が突如として騒然としたものに変わったかと思うと、次いで屋敷の使用人達の慌ただしく駆け回る足音やざわめきが聞こえてきたのだ。
    …何かあったのだろうか。
    眉を顰めながら自室の戸を開けて屋内の様子を伺えば、顔を出した一松に気付いた使用人の一人が、血相を変えて駆け寄ってきた。
    そして発せられた言葉は、彼にとって俄に信じ難いものであった。

    「一松様、大変です!
     チョロ松様が事故に遭われて…!」
    「え……?!」

    使用人の言葉を最後まで待たず、一松はチョロ松の部屋へと駆け出した。
    双子の兄弟であるはずの二人だが、父親が彼らに宛がった部屋は随分離れている。
    チョロ松の部屋が父の書斎横の日当たりの良い八畳間なのに対し、一松の部屋は屋敷の隅、階段下の四畳半部屋だった。
    途中、桶と手拭いを持った侍女とすれ違いざまに危うくぶつかりそうになったが、今は気にしていられない。
    本人達は知らないが、使用人達にとって、双子の兄弟の仲の良さは常識として知れ渡っている。
    先ほどの侍女も一松を見て察したのだろう、特に気にした様子はなかった。
    一松がやや乱暴に部屋の戸を開けると、医者らしき初老の男性と、この家の使用人達のまとめ役である番頭がこちらを振り向いた。
    部屋の奥の寝台には、チョロ松が寝かされていた。
    目元、肩口から胸部、右腕と右脚は白い包帯で覆われ、包帯の下から覗く白い肌は血の気をすっかり失っている。
    生気をまるで感じられない兄の姿に、ほんの一瞬、一松の脳裏には最悪の事態が過ぎったが、兄の胸元が僅かに上下しているのを確認し、思わずその場にへたりと座り込みそうになった。
    持ちうる理性を総動員し、言う事を聞かない己の足をなんとか動かして、チョロ松が横たわる寝台のすぐ傍まで足を動かせば、番頭が座椅子を差し出してくれた。
    有り難くそれに腰掛けて改めてチョロ松の様子をうかがえば、医学に精通していない一松の目から見ても、兄の容態が芳しくない事は明白であった。

    聞けば、チョロ松は学校からの帰り道、暴走した荷馬車の横転事故に運悪く巻き込まれてしまったのだという。
    これは一松が後から知った事だが、その事故は人通りの多い大通りで起こり、兄の他にも、帰路を急いでいた学生や社会人、通りで商売をしていた商人等、大勢の人が巻き込まれ、大勢の死傷者を出したらしい。
    建設事務所を目指していたらしい荷馬車の荷台に積まれた木材や硝子は、人々を傷付けながら通りに散らばり、平和な夕時は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果てたのだろう。
    翌日の新聞には、この事故が大見出しで報じられていた。

    不幸にもこの大事故に巻き込まれてしまったチョロ松は、荷馬車が運んでいた様々な木材、石材によって全身に打撲や深い切傷を負い、砕け散った硝子は彼の瞳を傷付けた。
    中でも右脚と両目の怪我は深刻で、医師によれば回復はほぼ見込めないだろうとのことだった。
    もしかすると、もうずっとこのまま寝たきりかもしれない、と。

    「チョロ、松…。」
    「………一松?」
    「ん。…起きてたんだ。」
    「うん。一松、そこにいるの?」
    「いるよ。」

    番頭と共に医師を見送り、一松が再びチョロ松の部屋へ入ったときにもチョロ松は相変わらず寝台に横たわったまま身じろぎ一つしていなかった。
    していなかった、と言うより動くことが出来なかったのだろう。
    ほぼ無意識に一松の口から漏れた、まるで縋るように兄を呼ぶ小さく掠れた声は、チョロ松の耳にはしっかりと届いたらしい。
    チョロ松は声がしたであろう方へと、ほんの少しだけ首を動かした。
    兄の目は包帯によって完全に塞がれている。
    光を亡くしてしまった兄の目は、もうこの先暗闇しか映せないのだろうか。
    一松には、それが何よりも残念でならなかった。
    チョロ松の瞳は少し小さく三白眼気味で、チョロ松自身はそれを嫌がって一松の人並みな大きさの黒目を羨んでいたが
    (一見すると二人の瞳の大きさの違いなど、すぐに気付ける人は皆無に等しいにしても、だ)
    小さな瞳は実に表情豊かであった。
    元来チョロ松は非常に口が回る人で、無口な一松の分まで立板の水のように澱みなく、よく喋るのだが、本当に雄弁なのは口よりもむしろ、その表情豊かな目なのだと一松は思っている。
    そんな目まぐるしく色を変える兄の目が、一松は好きだったし、その目が自分をゆるりと捉え、下がり眉を更に下げて優しく笑う兄が好きだった。
    その瞳も、もう見れないのだろうか。
    そんな事を頭の片隅で思いながら、一松はチョロ松の手を取った。
    常から体温の低いチョロ松の、ひやりとした手に一松の手のひらの温度がじわりと溶け合うように伝わった。
    チョロ松は己の右手をしっかりと握る一松の手の上に、更に自身の左手を重ねると僅かに口元を綻ばせた。

    「一松…泣いてるの?」
    「泣いてないよ…なんで?」
    「そう?…なんだか、お前が泣いてる気がしたものだから。」

    実際のところ、あまりに痛々しい兄の姿に、一松はみっともなく泣き出したい衝動に駆られていたが、それは強く目を閉じて堪えていた。
    「泣いてない」とは応えたものの、その声はすっかり震えていて、チョロ松には一松の強がりが手に取るようにわかっただろうが、それ以上の詮索はしなかった。


    ー 大正二年 十一月二十五日 午後八時半

    次の日の夜、チョロ松の自室で一松は兄の食事の介助を終え、食器を使用人に預けると、お湯で濡らした手拭いで簡単にチョロ松の身体を拭き、医師から処方された塗り薬を塗布して包帯を巻き直してやっていた。
    覚束無い手つきだが、昨日あらかじめ医師から手順の説明を受けていたこともあって、その仕事はゆっくりではあるが丁寧で、ほどけそうな気配もなくしっかりしている。
    途中、うっかり包帯を取り落としたりしたが、チョロ松は何も言わずだまって介助されている。
    これは、一松自ら「自分がやる」と使用人達に宣言していた。
    一松の突然の申し出に使用人達は戸惑ったが、チョロ松も目が見えなくなったことで他の感覚が過敏になっているのか、一松以外の人に身体を触られることを酷く嫌がったため、結局のところこの仕事は一松にしか出来ない事だった。

    チョロ松の身体は、随分と火照っている。
    昨日の青白い肌と低い体温が嘘のようだ。
    医師は鎮痛剤と解熱剤も多めに置いていってくれたが、昨晩からチョロ松は大怪我の影響なのか高熱にうなされ、今日も卵粥をようやく茶碗一杯なんとか流し込めたところだった。
    寝台に沈み込むチョロ松の姿は、驚く程弱々しくて一松を一層不安にさせる。

    (死なないで、チョロ松…お願いだから。)

    思わず、そんな風に祈らずにはいられなかった。

    一松が包帯を巻き終え、薬箱の後片付けをしていると、不意に部屋の戸が開けられた。
    その時には下を向いていたため、戸を開けた人物の顔はすぐに見れなかったが、誰なのかは瞬時に理解できた。
    使用人ならば跡継ぎであるチョロ松の自室に入ろうとする前に、戸の前で必ず伺い立てをするはずだ。
    それをせず、何も言わずに無礼にもいきなり戸を開けるような人物は、広いこの屋敷において、一松は一人しか知らない。

    「父さん…。」

    この屋敷の現当主たる双子の父親、その人だった。
    戸口に立つ父親の顔は眉間に深く皺が刻まれており、中には入らずに入口から寝台で眠るチョロ松をじっくりと眺めている。
    その様子に、一松は何か声掛けをすればいいのか、この部屋から去るべきなのか、どうすればいいのか判らず戸惑ったが
    …ああ、チョロ松の怪我が心配で慌てていたのだろう、だから余裕も持てずいきなり戸を開けてしまったのだ。
    そしてチョロ松の痛々しい姿に、打ちのめされてしまっているのだろう。
    …と、父親の様子を最大限好意的に解釈することにした。
    やがて父親は視線を部屋の奥の寝台から薬箱を片付ける一松へと移すと、低い声で言い放った。

    「ついてきなさい。」

    一松には、拒否権などない。
    足早に部屋を去っていく父親の後を慌てて追いかけると、着いた先は隣の部屋…父の書斎だった。
    部屋の中央に誂えられた西洋座卓を挟み、向かい合う形で腰を下ろすと、父親は徐に切り出した。

    「あれは、もう助かるまい。
     一松、今後はお前が「チョロ松」となり後継者となるように。」
    「え…。」

    話はそれだけだ、と言わんばかりに父親はそれ一言だけを伝えると、さっさと部屋を去ってしまった。
    一人書斎に残された一松は、呆然としたまま父親の言葉を反芻した。

    「チョロ松に…なる…?」

    それは、父親が先ほどのチョロ松の様子を見て、早々に切り捨てる決断を下した証明だった。
    あの時、戸口で父は大怪我を負ったチョロ松の姿に打ちのめされ、悲観していたのではない。
    単純に、品定めをしていたのだ。
    チョロ松はもう使えない。
    だが、存在をひた隠しにされてきた一松が今更チョロ松に代わって表に出ていくのは外聞が悪い。
    ならば、大怪我を負ったのは一松だったという事にしてしまえばよい。
    そして、一松は今後「チョロ松」として跡継ぎになってもらえばよい。
    父親の考えを理解した一松はただただ呆然とするしかなかった。
    結局のところ、自分達は父親にとって家を守る為の手駒に過ぎなかったのだ。
    チョロ松の振りをするなど、元々内緒で「入れ替わり」をしていた一松にとっては容易いことだが、自分達の心の平静を保つために自主的にするのと、強要されるのとではわけが違う。
    父の言葉は、二人の意思と精神を冒涜するに足るものだったのだ。


    ー 大正二年 十一月三十日 午後八時

    あれから一松はチョロ松の介助をしながら、深く考え込む事が多くなった。
    父親の下した決定は、次の日にはもうチョロ松の耳にも届いており、チョロ松自身はその決定を静かに受け止めていた。
    一松の日課となった包帯交換の時に、小さく「ごめんね、一松。」と零したチョロ松に、一松は虚を突かれ、思わず手を止め兄の方を見た。
    包帯に覆われた兄の目は、果たして今どんな表情をしているのかは判らなかったが、きっと眉を下げて哀しそうな顔をしているのだろうと一松は思った。

    もしも、もし、万が一にも、チョロ松がこのまま快方に向かわなかったとしたら。
    酷く儚く見える兄が、その命を手放してしまう日が来てしまったとしたら。
    そのような事を考えるのは無粋だと理解はしていたが、一松は考えずにはいられなかった。
    チョロ松を失えば、一松は父親の言うように一生兄を演じて生きていかなければならない。
    それどころか、心の拠り所を、「一松」自身を見てくれて認めてくれる存在を、唯一無二の半身を失う事になるのだ。
    チョロ松がいなくなってしまえば、一松はもう誰にも「一松」としての存在を認識してもらえなくなる。
    「一松」も「チョロ松」もいなくなり、現し世に残るのはきっと偽りの「チョロ松」だ。
    便宜上、兄の名を呼ばれながらも、その正体は実は一松で、しかし、一松も心を手放し、ただ兄を演じる人形に成り果て、もうそこにはかつての一松もいないのだろう。
    チョロ松のいない世界など、一松にとっては到底耐えることなど出来そうにない生活だった。
    一松にしてみれば、チョロ松の死は己の死と同義と言っていいくらいには、兄への依存は膨れ上がっていたのだ。
    いまこの瞬間にも、少しでも気を緩めれば一松の涙腺はたちまち決壊してしまいそうであった。
    同時刻、チョロ松ももう涙など流せないであろう己の目を自嘲しながらも、嗚咽を噛み殺していた事は、強く目を閉じて涙腺を守っていた一松には気付けなかった。

    沈んだ表情のまま日課を終えた一松は、チョロ松が静かに寝息を立て始めたのを確認して部屋を後にした。
    もう日はすっかり沈んでいる。
    使用人達も、一部を除いて各々の部屋へ戻るなり家路につくなりしたのだろう。
    広い屋敷は水を打ったような静けさだった。
    長い廊下を歩きながら、一松は考える。
    あの父親は何故こんなにも息子達…チョロ松と一松に対して無関心を貫くのか。
    思えば父親らしいことをしてもらった覚えもない。
    それは、チョロ松の代わりでしかなかった一松にとっては当然のことなのだが、こっそりと兄と入れ替わって茶会や演奏会へ出席した時も、父が息子を見る目は同じだった。
    名家の血と伝統を重んじるあまりに、人の心を亡くしてしまったのだろうか。
    だとしたらなんて哀れな人だろう。
    …もしも幼い時分に他界した母親が生きていれば、少しは違っていただろうか。
    幼い自分達を愛し、抱き締めてくれた母の腕はどのくらい温かかっただろうか。
    優しく呼びかける声は、どんな声色をしていだだろうか。
    母親を思い出そうとして、一松はその記憶がひどく曖昧な事に気付いた。
    記憶に残る母親はチョロ松と一松に平等に優しく、温かな存在だった事は間違いないのだが、その声や顔はぼんやりとしている。
    思い出そうとすればする程、兄の顔がうかんでしまうので、一松はもうこれ以上母親の顔を思い出そうとするのは諦めてしまった。

    その代わり、一松はふと幼き日に母から聞いたある逸話を思い出した。
    確か、こんな話だった筈だ。

    ー 松林の山の頂上には、小さなお社があって、
    そこにはもう何百年も生き続けるお狐様が暮らしている。
    お狐様の元に参拝して願い事をすると
    気まぐれにお狐様は参拝者に試練を与え、
    それを達成出来れば叶えてくれる ー

    いつ頃聞いたのだったか、子供向けの昔話だろうが、何故かはっきりと、一字一句覚えていた。
    今まで記憶の底に眠ったままだったのが不思議なくらいだった。
    単なる昔話、子供向けの物語。
    一松はそう思ったのだが、この話と一緒に記憶に蘇った母の声と表情が、真摯に己を見つめていて…、

    だから、少し縋ってみたくなったのだ。


    ー 大正二年 十二月一日 午前二時

    草木も眠る真夜中丑三つ時。
    一人の少年…一松は狭く急な山路を辿っていた。
    その山路はろくに手入れもされておらず、崩れかけた急勾配な石段の隙間からは雑草が蔓延り、当然街灯もなく真っ暗だ。
    辺りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。
    白い切石が暗闇の中ぼんやりと浮かんで見えた。
    そんな険しい道のりを、ただ黙々と登り続けていた。
    幼い頃に母親から聞いたお狐様の昔話を信じた訳ではない。
    むしろ一松は端から信じてなどいなかった。
    けれど、何も出来ずに家に閉じこもっているよりは、こうして何か行動を起こした方が幾分ましに思えたのだ。
    要するに、単に気を紛らわせたいだけの自己満足も少なくない割合で含まれていた。
    自己満足であっても、祈っておくくらいは減るものでもなし、やっておいて損することはないだろう。
    そう思って、一松は黙々と石段を上り続けた。

    やがて石段を登り切り、視界が開けた。
    目の前にはところどころ塗装の剥がれ落ちた朱塗りの鳥居、更にその奥には古びた小さな社が鎮座していた。
    どちらも、もう何年、何十年も手入れをされていないのだろう。
    鳥居をくぐり、社へ近づくと、社の前には申し訳程度に小さな賽銭箱が置かれていた。
    いつからあるのだろうか、随分と苔が蔓延っている。

    一松は懐から小銭を取り出し、それを賽銭箱へ投げ入れると鈴を鳴らした。
    鈴は錆び付いているのか、妙な擦れた音が響いた。
    柏手を二度。
    そして祈るようにぎゅっと目を閉じ、
    最後に深く一礼して大きく息を吐く。
    しばし社をぼんやりと眺めていたが、やがて一松はゆっくりと踵を返した。
    子供騙しではあるが、少し気分が落ち着いた気がする。
    …さあ、もう戻ろう。
    そう思い、一松が再び鳥居をくぐった時だ。
    不意に、背後で声がしたのだ。

    「いや~、久々だねぇ。人の子が訪ねてくるなんてさ。」

    「ーーーっ?!」

    勢い良く振り向けば、そこには鮮やかな紅い着物に身を包んだ一人の男が立っていた。
    一体いつの間に。
    一松がここにたどり着いた時、他の誰かの気配なんてなかったはずだ。
    いや、それよりも。
    一松は男の姿を見て、普段眠そうに半分閉じられた眼を見開いた。
    男の頭部は狐の耳を冠しており、背には滑らかで豊かな白銀の毛並みの尾を携えている。
    人ならざる存在である事は火を見るより明らかだった。
    男が笑みを絶やさぬまま一歩踏み出し、一松へ近づく。
    一松が一歩後ずさる。
    じっと男を見つめる一松の様子は、まるで天敵を目の前にして恐怖で目を離せず震え上がる小動物のようで、男は思わず笑みを深めた。
    どのくらいそうしていただろうか。
    数秒にも満たなかったかもしれないが、一松にはひどく長い時間のように感じた。
    ふと、ほんの一瞬…風が吹いた。
    かと思うと、男の姿が一松の目の前から消え去り、次の瞬間には互いの鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くまで迫られていた。
    この人ならざる男が目で追えない程の速さで動き、そして間合いを詰められたのだと、一松の脳が理解するのにはしばしの時間を要した。

    「?!」
    「あれ、お前……。いや、まぁいいか。
     なぁ人の子、さっき祈ったお前の願い、叶えてやろうか?」
    「………は?」

    男は心底愉快そうに目を細め、右手で一松の顎を捕らえた。
    一松と異形の男の目と目が合う。
    男の手はひんやりとしていて、愉快そうに笑うその目は吸い込まれそうなほどの漆黒だった。
    都合のいい口上を並べ立てて、取って食われるのだろうか。
    そう考えると同時に、男の目を見て、一松は場違いにも、ああ綺麗な目だな、と思った。
    彼が昔母から聞いた、何百年も生き続けるお狐様とやらなのだろうか。
    耳と尻尾を見る限りは狐に間違いはなさそうだし、それにこの男は願いを叶えてやろうかと言ってきた。
    人気のない山奥で、鮮やかな紅が一層際立つ。
    …紅。
    何故だろう、今何かを思い出しかけたような気がした。
    いや、それよりも。
    返答すべきなのだろうか、それとも無視を決め込むべきか?

    「おーい、少年?聞いてる??」
    「…誰?」
    「それ今聞いちゃう?」
    「だって…。」

    一松の顎を掴んだまま、男が更に言葉を続けようとした時だ。
    紅い着物の背後で突如、音もなく蒼い焔が浮かび上がった。
    思わず一松の視線がそちらへと向かう。
    一松の様子に男も顎を掴む手はそのままに振り向くと、「げっ」と小さく呟きながら顔を歪めた。
    それでも一松を離そうとはしなかったが。
    蒼焔は今度は風を起こしながら火柱を上げている。
    燃え上がっていた蒼い火柱はやがて霧散し、蒼い焔が上がっていた場所には男が立っていた。
    蒼い着物、顔立ちは紅い着物の男とよく似ている。
    そして、蒼い着物に身を包んだ男もまた、頭に狐の耳、そして背に八本の尻尾を携えていた。
    紅い着物と蒼い着物を交互に見つめる一松をよそに、蒼い着物の男は紅い着物の男につかつかと歩み寄り、拳を振り上げると容赦なく紅い着物の男の脳天にそれを振り下ろした。
    辺りに鈍い音…いや、なかなかいい音が響いた。
    この瞬間、あれ、こいつの頭って実は中身ないのかな、と失礼極まりないことを一松が考えていたのは、完全なる余談である。

    「おそ松!いたずらに人の子を怖がらせるんじゃない。」
    「えぇ~?別に苛めてねーよ?
     ただ、こいつの願い叶えてやろうかって聞いただけだって。」
    「だったらその手は何だ?んん~?」
    「あーもう!わーかったって!」

    突然現れた蒼い着物の男に咎められて、紅い着物の男(どうやらおそ松という名らしい)は一松から手を離した。
    一松といえば、目の前で起こっている展開についていけず、

    「うん、帰ろう…。」

    何か変な夢でも見ているのだろうと都合の良い解釈をし、元来た石段を下ろうと再び踵を返そうとした。
    …が、石段を下りることは残念ながら叶わなかった。
    今度は紅い着物の男に手首を掴まれてしまったのだ。
    見かけによらずその力は強く、一松には振り解けそうにない。

    「ちょ、待て待て待て!
     え、嘘でしょこの流れで無視?!有り得ないだろ!
     シカトとかお兄ちゃん泣いちゃうよ?!」
    「少年!先程はこいつが無礼を働き悪かった!
     こんな山奥に人の子が訪ねてくるなんて久々の事でな…少々はしゃいでしまったんだろう。
     何か困っている事があるのだろう?詫びというわけではないが、話を聞こうじゃないか!」
    「………チッ」
    「ええええ、舌打ちしたよこの子?!」

    何故か二人の異形の男達にしつこく引き留められ、一松は渋々此処に残る他なかったのだった。

    ーーー

    二人の男は一松を古びた社の前、ちょうど腰を下ろすのに丁度いい大きな置き石に座らせた。
    話を聞くに、二人は妖狐の兄弟で、紅い着物の男が兄のおそ松、蒼い着物の男が弟のカラ松というらしい。
    気の遠くなるほど昔からこの地に住み着き、この社を訪れる人の願いを気まぐれに叶えたり、偶に人の姿に化けて人里へ下って遊んだりして過ごしてきたそうだ。
    話し相手が欲しかったのだろうか、思いの外人懐っこい妖狐の兄弟は実によく喋る。
    二人とも背の八本の尻尾を機嫌良さげに揺らしていた。
    とりあえず妖怪に喰われる、という心配は今のところ無さそうである。

    「最近は此処を訪れる人もいないし、人里へ下りることもなくなったけどな。
     ここ数十年は西洋から来たおかしな道具が溢れかえってて、俺達妖にとっては溶け込み辛くなってきちまったし。」
    「ふーん…。」
    「ふーん、てお前ね。もうちょい興味持ってよ~。」
    「なぁ、一松といったか。お前は…、」
    「何?」
    「いや、何でもない。」
    「?」

    カラ松が一松の顔をじっと見つめ、そして何かを言いかけたが、結局言葉にはしなかった。
    そういえば、最初に顔を合わせたおそ松も似たような反応をしていた気がするが、一体何だったのか、一松には知る由もない。
    小首を傾げる一松に、カラ松は慌てて話題の矛先を一松へと向けた。

    「俺達の話はもういいだろう。
     そろそろ一松の願いを聞こうじゃないか。」
    「え…いや、別に。」
    「何遠慮してんの一松?大怪我したお前のおにーちゃん助けたいんだろ?」
    「!!」
    「あはは、何で分かったの、って顔してるな。
     わかるよ。ここら一帯は俺達の縄張りだからね。
     お前が社の前で祈った想いは妖狐の俺には筒抜けなの。」
    「なるほど、兄を助ける為にこんな所まで…!なんて美しき兄弟愛!」
    「…別にそんなんじゃ、ない。」

    カラ松の言う、美しい兄弟愛と言える程、綺麗な感情ではないことくらいは、一松も理解している。
    兄へ向けるこの想いは執着、そして依存だ。
    兄弟愛と呼ぶには度が過ぎていて、恋心と呼ぶには歪み過ぎている。
    事実、こうして此処に足を運んだのも、もちろんチョロ松の想いが強かったのもあるが、それ以上に自分自身の為だった。
    万が一、心の拠り所を失ってしまった時、自身が壊れてしまうのが怖くて、気持ちを落ち着けたかったのもある。

    「助けてやろうか。お前の兄貴。」
    「…助けられるの?」
    「怪我の程度にもよるけどな。普通の生活できるくらいなら治せるかもよ?」
    「…………代償は?」
    「へ?」
    「そんな虫のいい話あるわけないでしょ。
     チョロ松を治してくれる代わりに、俺は何を犠牲にすればいいの?」
    「一松、お前…、」
    「へぇ~、人間ってのは強欲な奴ばかりだと思ってたけど、一松は利口な子だな。気に入った!
     そうだな…それじゃ、一松。今から俺が言う事を成し遂げられたら、お前の兄貴を助けてやるよ。」
    「おそ松、折角此処まで来てくれたんだ。
     すぐにでも治してやったらどうだ。」
    「だーめ。
     さっきこいつも言っただろ?犠牲は何かって。
     無償で受け取るのは赦されない。対価は必要だよ。」
    「だが…、」
    「俺に出来る事ならいいよ。
     何も無しじゃ、あんたらに貸しを作ったみたいで居心地悪いし。」
    「む…一松が納得しているなら、構わないが…。」
    「さて…それじゃあ俺から一松へ試練を与えよう。」

    おそ松から告げられた、兄を助ける為の試練、それが「百日参り」だった。
    今日から百日、雨の日も雪の日も一日たりとも休まず毎日この社へ参拝すること。
    そして、参拝の際には賽銭の代わりに一松の髪を一本、奉納すること。
    これが条件だった。

    「何で髪の毛…?」
    「髪は妖力を込める媒体として一番手頃で手っ取り早いんだよ。
     直接俺が妖力をぶつけると何が起こるかわかんねーし、緩衝材みたいなもん?
     本当なら治癒を施す対象のお前の兄貴の髪がいいんだろうけど、双子の兄弟なら一松のでも問題ないだろ。」
    「そういうもん…?」
    「そーいうもん、そーいうもん。」
    「俺が百日通えば、兄さんは助かる?」
    「おう。俺の出来る限りの力を尽くしてやるよ。」
    「…わかった、百日参りする。」
    「よし。交渉成立、だな。」

    斯くして、一松の百日参りが始まったのである。

    ────────

    《二》

    ー 大正三年 三月十日 午前二時

    妖狐のおそ松が与えた条件を呑み、一松は今日、百日参りをやり遂げた。
    文字通り雨の日も風の日も、雪の日も、険しく暗い山路を真夜中に辿り、懐紙に包んだ髪を古びた社へ奉納した。

    柏手を二度。
    手を合わせるとぎゅっと祈るように目を閉じて
    最後に一礼してその場を足早に去る。

    誰にも内緒で、チョロ松にさえも内緒で、夜中こっそりと家を抜け出し、明け方になる前にまたこっそりと戻る。
    日中は父親の望む通り、「チョロ松」の振りをし続けた。
    チョロ松の代わりに学校へ通い、偶に園遊会へ参加しながらの百日参りは体力の少ない一松にはなかなかの重労働ではあったが。
    そんな日々を続けて百日目だ。
    その間、おそ松もカラ松も一松の前に現れることはなかった。
    だから目の前で上機嫌な様子で手を叩くおそ松を見るのは、実に百日ぶりだ。

    「お見事。頑張ったじゃん、一松。」

    おそ松がそう言った直後、蒼い焔と共にカラ松も現れた。
    こちらも百日ぶりの再会となるが、カラ松の表情は非常に晴れやかで、立ちすくむ一松へ勢いよく飛びつかんばかりだった。

    「おめでとう一松!お前は見事試練に打ち勝った!
     満願成就のこの目出度き日を盛大に祝福しようじゃないか!
     ああ、そうだ。英国ではこういう時、『こんぐらっちゅえいしょん』と言うらしいな!」
    「…え、うん。
     てか、初めて会った時も思ったんだけど、そのちょいちょい気障な言い方なんなの?」
    「あー、ごめんね。カラ松は劇舞台みたいな言い回しで喋んないと死んじゃう病なの。」
    「な…?!お、俺は知らぬ間に病に侵されていたというのか…?!」
    「ほんと、イッタイよねー!」
    「どぅーん!おっはよー!!」
    「真夜中だよ十四松兄さん。」
    「え…。」

    おそ松とカラ松の背後から飛び出してきた新たな登場人物に、一松は百日前と同じように瞠目した。
    ちなみに自分の世界に入ってしまったカラ松は早々に無視を決め込むことにした。
    突然一松の前へと躍り出てきたのは、おそ松とカラ松に顔立ちのよく似た、しかし受ける印象は大きく異なる者達。
    片方は薄桃色の着物を纏い、大きく可愛らしい瞳が印象的で、
    もう片方は蒲公英色の着物に、大口を開けて底抜けに明るい声を上げている。

    「あ、こいつらは俺達の式神。
     蒲公英色がカラ松の式神の十四松で、薄桃色が俺の式神のトド松な。」
    「話には聞いてたけど、君が一松くんかぁ~。
     おそ松兄さんの気まぐれに律儀に付き合っちゃったなんて、真面目なの?
     ま、よろしくね♪」
    「ぼくね、十四松!すっげー足速いよ!!」
    「え?あ…うん?よろしく??」

    式神は陰陽師が使役する鬼神のことだ。
    本来の式神とは多少の違いがあるのかもしれないが、使役神を持っているということは、おそ松もカラ松も一松が想像している以上に高位の妖なのだろう。
    もっとも、式神だという十四松とトド松の様子を見る限り、やけにしっかりとした自我を持っているようで、主に敬意を払っている様子は見受けられない。
    が、おそ松とカラ松にとっては日常的なことらしく、気にしている様子はなかった。
    十四松とトド松を従え、おそ松は徐にぽんと手を打つと、一松に向き直った。
    その手は綺麗に束ねられた短めの髪を持っている。
    この百日間、一松が一本ずつ奉納してきた髪のようだ。

    「…さてと、それじゃぁ約束通り一松のお兄ちゃんを治すとするかー。」
    「…今更なんだけど、本当に出来るの?」
    「え、まだ疑ってる?
     ちゃんと治すから大丈夫だって。」

    おそ松を疑ったわけではない。
    ただ、いざ治そうという場面に直面して、少し不安になったのだ。
    一松がこっそりと百日参りに勤しんでいた間、チョロ松の容態が悪化するようなことはなかったが、快方に向かうこともなかった。
    流石に傷は塞がったが、もうその目は光を捕らえることが出来ないし、手足も満足に動かせない。
    介護無しには生活できない、完全に寝たきりの状態になってしまったのだ。
    「一松」と請われるように伸ばされる手を取れば、チョロ松の手の冷たさにぞっとした事も少なくない。
    兄の状態は誰が見ても絶望的で、現代の医学ではどうにもならないだろう。

    「治すって言っても…どうやって?」
    「まずは一松の兄…チョロ松だっけ?の所に行くかー。」
    「は?!」
    「いや、だって怪我人の所に行かないと治せないじゃん?」
    「そ、そうだけど…。え、待って家に来るの?」
    「いやぁ~人里に下りるなんて久々だな~!
     あ、大丈夫、大丈夫。ちゃんと見つからないようにするから。」
    「善は急げだな!そうと決まれば急ぐぞ。一松、つかまれ!」
    「は、え?!ちょ、ちょっ!待っ…!!」

    言うや否や、気付けば一松はカラ松に引き寄せられていた。
    カラ松は素早く一松を横抱きにすると勢い良く地を蹴る。
    背後から「あ、待てよカラ松~」とおそ松の間延びした声が聞こえてきた。
    カラ松は一松を横抱きにしたまま、軽々と木々を飛び移っていく。
    そうして、一松が目を白黒させている間に山を下り、あっという間に人里まで来たかと思えば、今度は家々の屋根から屋根へと飛び移っていった。
    カラ松の後を同じようにおそ松が追ってきているのと、おそ松の背中に十四松とトド松がしがみついているのを、
    ついでに言うと「おいお前ら自分で走れよ!」「え~やだよ面倒くさい。」「兄さんがんばれー!!」
    というやり取りをしていた事も、この時になってようやく一松はその目と耳に認めることが出来た。
    先刻、見つからないようにする、と言っていなかっただろうか。
    誰かに見られていたらどうするんだ、と妖狐の兄弟に言ってやりたかったが、
    ふと上を見上げて目が合ったカラ松が得意そうに片目を瞑って笑うものだから、一松は呆れてすっかり脱力してしまい、それきり咎める機会を失くしてしまったのだった。

    やがて一行はチョロ松と一松が住まう屋敷の屋根へと辿り着くと、中庭へ下り、そこからチョロ松が眠る部屋へと向かった。
    屋敷はしんと静まり返っており、誰とすれ違うこともない。
    この屋敷は父親の意向で、住み込みで働く使用人はほんの数人で、ほとんどが通い勤めだからだろう。
    使用人達が帰った夜はとても静かだ。
    そっと部屋の戸を開けて中へ入ると、トド松が何やら手を不思議な形に組んで詠唱している。
    部屋の四隅が、一瞬だけ青白く光った気がした。

    「よし、簡易だけどこの部屋に結界張ったから、しばらく誰も入ってこれないよ。多少騒いでも大丈夫。」
    「それは有難いけど騒がないでよ。チョロ松は起こさないで。」
    「はいはい。そんじゃ、まずは怪我の程度を見せてもらおっかな~。」

    少し声を落として言いながら、おそ松は寝台に横たわり寝息を立てるチョロ松の胸元に懐紙を置き、その上に束ねられた髪を置くと、手を置いた。
    そのままじっと目を閉じ、何かを探っているようだった。

    「…どうだ?おそ松。」
    「うん、大体治せるな。…ただ、」
    「ただ?」
    「わりぃ、目は難しいかも。」
    「目?」
    「うん。こいつの目、どうやら完全に壊れちまってるみたいでさ。
     腕とか脚は、まだ身体の組織が死んでないっぽいから治せそうだけど。
     …人の身体ってさ、速さは違えど怪我すれば自然と回復する力を持ってるだろ?
     俺の治癒って、乱暴に言えば人が持ってる回復力をめーっちゃ高めて回復促すようなもんだから
     治そうとしてる部分そのものが死滅しちまってるとなぁ…。」
    「…なんとか、ならないの?」
    「うーーーん、そーだなぁ~…。
     あ、取り敢えず他のところは治しとくな。」

    おそ松の手に淡い光が集まり、そして光はチョロ松の身体へと吸い込まれていく。
    その光景を見ながら、一松はばれないように拳を握り締めた。
    目は、治せないのか。
    人ならざる妖と関わりを持って、百日山路を登り続けたというのに。
    …いや、寝たきり状態からは解放されるのだ、それだけでも十分な奇跡だ。
    そうは思っても、落胆は隠せようもない。
    そんな一松の様子を、カラ松が心配そうにうかがっていた。
    やがてカラ松は何かを思い付いたのか、声量を落として一松に話し掛けてきた。

    「……なぁ、一松。一つ提案なんだが。」
    「…何?」
    「片目を交換するのはどうだ?」
    「交換…?」
    「ああ。お前の片目とチョロ松の片目を入れ替えるんだ。
     そうすれば、一松は片目が見えなくなってしまうが、チョロ松は片目が見えるようになる。」
    「片目、を………。」
    「カラ松、お前マジで言ってんの?
     それ、つまりは一松に兄の為に片目を潰せって言ってるのと同じだぞ?」
    「それは、そうなんだが…。」
    「いいよ。」
    「はい?」
    「俺の片目、チョロ松にあげていいよ。」
    「一松本気?…後になって元に戻すとか無しよ?」
    「うん。なんなら両目あげてもいい。チョロ松に僕の目あげて。」
    「うーんと、…うん、お前の覚悟は分かったから。そこは片方にしとこうか。」

    カラ松の提案に、一松は躊躇なく乗っかった。
    元々、おそ松からチョロ松を治癒してやると聞かされた時も自身は滅ぶ覚悟だったし、片目を差し出す程度でいいのなら悩む必要などなかった。
    おそ松とカラ松、そして十四松とトド松がじっと一松を見つめる。
    その目は程度は違えど、一様に何かを堪えているような、心配しているような、そんな表情をしていた。
    一松を囲む人ならざる四人が一体今ここで何を考えていたのか、知らぬは一松本人のみである。

    「一松、…本当にいいんだな?」
    「うん。」
    「わかった。…それじゃ、お前らの右目を入れ替えようか。」

    おそ松が右手をチョロ松に、そして左手を一松に、顔半分を覆うようにして手を置いた。
    瞬間、右目がどくりと脈打ち、一気に熱を持った。
    かと思うと、次第に熱は引き、今度はじくじくとした鈍い痛みがゆっくりと一松を襲う。
    反射的に肩が震え、思わず目を閉じたが、やがておそ松がチョロ松と一松から手を離した時には痛みは治まっていた。
    一松が再び目を開く。
    先程までと見える世界が違う。
    どうにも目の前が平坦に見えて、距離感が上手く掴めない。
    なるほど、確かに一松の右目は視力を失っていた。

    「チョロ松の身体は少しずつ動くようになっていくよ。
     目は…まぁ、片目はしばらく不自由を感じるだろうけど、時期に慣れるだろ。」
    「さて、夜が明ける前に俺達は戻るとするか。
     今宵の逢瀬はここまでだな、しかし、俺達が縁で結ばれていれば、近く必ずや相見える日がく」「ばいばーい、またね!」え…。」

    やるべき事をやり終えると、妖狐の兄弟とその式神は颯爽とその場を去っていった。
    約一名、何かわけの分からぬ事をぐだぐだと並び立てていたが。

    薄暗い部屋には、チョロ松と一松だけが取り残された。
    先程までの賑やかさが嘘のように、部屋は再び静けさを取り戻している。

    (あ。お礼…言いそびれた、な…。)

    視力を失った右目を手で押さえながら、一松はふと思った。

    ーーー

    ー 大正三年 三月二十日 午後三時

    あれから、チョロ松は奇跡的な回復を遂げた。
    おそ松が言い残した通り、治癒を施した次の日の朝には右目が光を宿し、三日後には両の手を自由に動かせるようになり、一週間が経った頃には、自力で歩けるまでになった。
    屋敷の使用人達は皆驚きながらも回復を祝福し、彼らなりの祝の心配りなのだろう、夕餉が少し豪華になったりした。
    おそ松がチョロ松を治癒し、更にチョロ松と一松の片目を交換した次の日の朝、一松は鏡の前に立ち、いつもより念入りに己の顔、と言うよりも目元をじっくりと眺めたが、視力を失った右目は確かに一松の目であった。
    どうやら物理的に目と目が入れ替わったというわけではないようだ。
    しかし、右目の何かが確かにチョロ松と入れ替わったのだろう。
    父親といえば、チョロ松の回復を知るなり、百日と少し前に一松へ言い放った「チョロ松として振舞え」 という発言は、まるでなかった事のように白紙に戻していた。
    素っ気なく「あの日の言葉は忘れろ」とだけ伝えると、再びチョロ松が表舞台へ上がることになっていた。
    この点については一松の予想していた通りである。

    …が、一松が予想だにしていなかった事も起こった。
    まず一つ目は、一松が片目が見えないという事が、早々にチョロ松本人にばれてしまったことだ。
    一松としては、出来る限り隠しておきたかったが、やはり片方だけとはいえ、瞳に光を取り戻した双子の兄には隠し事など到底無理なようで、
    チョロ松は視力を取り戻したその日にごくごく自然に、あっさりと、一松の様子がおかしい事に勘づいてしまった。
    そこから、一松の片目が見えていない事に気付くのには少々の時間を要したが、何か物を取ろうと手を伸ばした一松がやたらと空振りするのを見て、チョロ松は怪訝そうに眉を顰め、控え目に一松に言ったのだ。

    「一松…お前、もしかして片目、見えてないの?」

    兄にあっさりと気付かれ、どう返答したものかと固まってしまった一松とチョロ松を襲ったのが、二つ目の予想外な事であった。

    「「………あれ?」」

    呟いたのは、二人同時だった。
    お互い顔を見合わせ、双子故なのか全く同じ拍子に目を瞬かせる。
    その驚いた表情も何から何まで、まるで鏡合わせだ。
    チョロ松と一松が顔を見合わせ瞠目している理由…それは自身の視界に、何か別の視界が重なって見えたからだ。
    自分の目で見た、目の前に広がる光景とは別に、脳裏に異なる風景がちらついている。
    互いの片割れを見つめる自身の視界と、自分自身を見つめている誰かの視界。
    互いの視界が共有されているのだと理解するのに、さほど時間は掛からなかった。

    「待って、一松が僕を見てる様子が、僕にも見えてる?」
    「え…チョロ松の目を通して自分が見えてるの?」
    「どういう事?」
    「俺に聞かれても…。」
    「だよなぁ…。」
    「何なんだろうね。」
    「うん。」

    不思議な事は間違いなかったのだが、チョロ松も一松も、特に気味悪がったりする事はなかった。
    自身の見るもの全てがばれていたとしても、相手が双子の片割れならば別段気にする事はない。
    むしろ、片割れが見ている世界を自分も見ること出来るのは、心地良くさえあった。
    異常とも言える感覚なのだが、二人にとってはこれが至って普通の感覚らしい。

    ーーー

    チョロ松と一松が視界の共有に気付いて、二人で色々と試した結果、幾つか分かった事がある。
    まず、互いの視界を見るには条件があるらしいことだ。
    どちらかが眠っていたりして意識がない場合や、二人のいる距離が物理的に離れている場合は共有が出来ない。
    そして、どちらか一方が共有を拒んだ場合もどうやら相手に共有される事は無いようだった。
    そして、共有出来るのは視界だけで、相手が見ている景色は分かっても、それに付随してくる音や匂い、触覚等は分からない、という事がわかった。
    しかし、何故突然こんなチカラが二人に宿ったのかは依然として謎だ。
    チョロ松にとっては本当にわけの解らない事態であったが、その一方、一松は解らないながらも心当たりはあった。
    というより、一松には原因がそれとしか考えられなかった。


    ー 大正三年 三月二十一日 午前一時半

    真夜中、一松は再び例の山路を辿っていた。
    チョロ松の身体を治すという目的を果たした今、もうこの場所に来る事はないだろうと思っていたのだが、どうしてもあの妖狐に聞きたいことがあった。
    聞きたいこととは無論、チョロ松との視界の共有に関してだ。
    チョロ松と一松が右目を交換した事が影響していると、一松は確証はないものの、ほとんど確信していた。

    社の前に辿り着き、鳥居をくぐると、一松が社の前に立つ前に目当ての相手の方から姿を現した。
    いや、現したというよりも社の前に、いた。

    「あれー?一松兄さんだ!」
    「ほんとだ。どうしたの?」
    「ちょっと聞きたいことがあったから…。
     十四松とトド松は何してんの。」
    「鞠遊びだよ~。」
    「僕ね、めちゃめちゃ遠くまで投げれるよ!」
    「そう…。」

    社の横で式神の十四松とトド松が遊んでいた。
    暗闇の中、蒲公英色と薄桃色の鮮やかな着物が場違いなほどに明るく浮かび上がって見える。
    二人の手には、身に纏う着物と同じくらい色鮮やかな手毬があった。
    薄桃色、蒲公英色、そして藤色の花模様が散りばめられ、その周りは柳葉色の葉模様があしらわれている。
    そして、鮮やかな紅色と蒼色の糸で縁取りが施されていた。
    なんとも色とりどりで目にも鮮やかな手毬だ。
    一松の視線は、自然と美しい色彩の手毬へと向かった。

    (…なんかこの鞠、何処かで見たことある、ような…。)

    そう、ふと思ったのだが

    「あれ?一松じゃん。」
    「一松!会いに来てくれたのか!!」
    「なんだよー!呼んでくれりゃ迎えに行ったのに〜!」
    「よく来てくれたな、一松!
     ここまで登ってくるのは人の足では大変だろう?茶でも入れよう「いらない。」えっ…。」

    背後から気配もなく、紅と蒼の妖狐の兄弟が現れたため、一瞬、色鮮やかな鞠に感じた既視感についてそれ以上考える余裕はなくなってしまった。
    振り向けば、一松の記憶にある通りの鮮やかな紅色と蒼色。
    二人とも、やたらと人懐こい笑みを浮かべている。
    おそ松が一松の肩に腕を回し、ぐりぐりと乱暴な頰ずりを始めた。
    一瞬だけ一松に鳥肌が立ったが、結局はされるがままだ。
    その様子をカラ松が何故かやたらと羨ましそうな目で見ている。
    気づけば鞠遊びをしていた十四松とトド松も一松の傍まで寄ってきていた。
    あっという間に妖狐と式神に囲まれた一松は、「呼ぶってどうやって」だとか、「妖怪にお茶出しされる人間てどうなの」だとか、色々と言いたい事はあったのだが、
    このまま流されて態々ここまでやって来た目的を忘れてしまう前にと、おそ松の頭を両手を使って押しのけながら本題に入ろうとした。

    「ちょっと聞きたいことがあ「一松から離れろ!!」…え。」
    「うわっ…ちょ、あっぶね!」
    「え…チョロ松?」

    顔のすぐ横で鋭い音と風を感じた。
    それと同時に、おそ松が一松から離れて素早く間合いを取ったのが分かった。
    驚いて音の出所へと目を向ければ、そこに立っていたのは双子の片割れ、チョロ松の姿で。
    双子の兄は、片足を上げた状態で、光の宿った右目でおそ松を睨みつけていた。
    先ほど一松が感じた鋭い音と風は、どうやらチョロ松の蹴りだったらしい。
    チョロ松は松模様があしらわれた柳葉色の袴下に深緑の袴姿で、少々息を乱していた。
    ちなみに、一松はチョロ松と色違いの藤色の袴下に紫紺の袴姿だ。
    袴で、しかも体調も万全ではなく、片目が見えていない状態で、よくここまで鋭い蹴りが繰り出せたものである。

    「なんで、ここに…。」
    「はぁ?!何でじゃないよ!
     たまたま厠に起きたら視界に変な森やら石段やら社が見えてくるし!更にはよく分からない奴らに囲まれているわ馴れ馴れしくベタベタされてるわワケわかんないしお前何でこんな真夜中にこんな処に来てんの?!てか、あいつら何なの?!ていうか、僕に黙って何してたの?!
     一松、あの紅い奴に何された?ちょっと待ってて軽く殺してくるから!」
    「ちょ、落ち着いて…、」
    「チョロ松くーん?恩人に向かっていきなり蹴り入れるのはどうなのー?
     というか、ぞっとしちゃったんだけど!やめてお願い。」
    「ああ?!黙れクソが一松にベタベタ触ってんじゃねぇ!」
    「うわお、噛み付くね~。お兄ちゃんちょっと感心しちゃったわ。」
    「あの、チョロ松…ちゃ、ちゃんと話す、話すから落ち着いてってば。」

    どうやら夜中に目を覚ましたせいで、一松の視界をチョロ松も見てしまったらしい。
    その目に広がる景色を不審に思い、後を追ってきたようだ。
    おそ松に対して敵意を剥き出しにしているチョロ松をどうにか宥めながら、一松は己の迂闊さを反省した。
    チョロ松には知られたくなかった。
    とは思いつつも、山路の道中の視界がチョロ松と共有されていたということは、一松も拒否していなかったということだ。
    それとも、この兄に隠し事は出来ないという無意識の諦めが働いたのだろうか。
    兎も角、この社と、そして妖狐の兄弟達と話しているところを見られてしまっては、もうどうにも言い訳は出来そうもなく、チョロ松に総てを話す他ないように思えた。
    下手な誤魔化しはチョロ松には通用しないし、何よりそうすると後が怖い。
    一松は、初めておそ松達に出会った際におそ松がそうしたように、チョロ松を社の前の置き石に座らせると、大きく息を吐いてから静かに事の顛末を話し出した。

    チョロ松が大怪我を負ってから、幼い頃に母から聞いた子供向けの昔話をふと思い出したこと、
    屋敷で何も出来ずにいるのが嫌で、自身の気持ちを落ち着けたくて、この社へ来たこと、
    そこで妖狐であるおそ松とカラ松に出会い、百日参りを果たせば、チョロ松の身体を治してやるという条件を持ち掛けられたこと、
    そして、その条件を呑み、百日間この社に通い続けたこと、
    おそ松の力によってチョロ松の身体は治せたが、目だけは力が及ばず、一松と右目を交換したこと。

    「…で、チョロ松と視界の共有が出来るようになった原因、目を交換した事が何か関係してるんじゃないかって、それを確かめたくて、また此処に来たんだけど…。」
    「……。」
    「今日に限ってチョロ松が夜中に目を覚ますとは思わなくて…その、」
    「…僕の身体が突然良くなったのは、そういうわけだったんだ…。
     おかしいと思ったんだよ。急に調子が良くなるものだから。
     ねぇ、一松。」
    「……うん。」
    「頑張ってくれたのは、嬉しいよ。
     でもさ、自分の身体を犠牲にするようなこと、するなよ。」
    「ごめん…。」
    「僕、怒ってるよ?」
    「うん…。」
    「ほんと怒ってるよ?」
    「ごめんなさい。」
    「あのさ、一松。
     こうして僕が回復しても、そこにお前がいなかったら、意味ないんだよ。
     ……わかるだろ?」
    「うん…。」
    「…………まぁ、でも、ありがとう。」
    「チョロ松…。」
    「ほんとお前は、頭がいいのに馬鹿だよね。
     たまに思考がぶっ飛んでて危なっかしいったらないよ。
     やっぱり一松には僕が付いてないと。」
    「ふ…チョロ松には、言われたくないよ。」
    「ふふ…そう?」

    困ったように眉を下げて笑ったチョロ松を見て、一松はほっと息を吐いた。
    一松が黙って危険な百日参りをしていた点についてチョロ松が腹を立てたのは事実だが、自分の為に動いてくれた事は間違いない故に、チョロ松は頭ごなしに怒る気にはなれなかった。
    一松がチョロ松の為に片目を差し出してくれたことに、チョロ松の胸中には薄暗い悦びと、言葉に出来ない愛しさが同時に込み上げていた。
    けれど、自己犠牲には走ってほしくはない。
    自分のせいで、一松が身を滅ぼすような事はあってはならないのだ。
    その身に置かれた環境故に一松は自己評価が著しく低い。故に自ら身を引いたり、損な役回りになろうとするのだから、チョロ松としては気が気ではない。
    しかし、チョロ松にとっては一松のそんなところも全てひっくるめて、大切な弟だ。
    愚かで、一途で、愛しい、大切な弟。
    そしてその弟に不貞を働く輩は、人であろうが妖であろうが、関係ない。
    一松に纏わり付く者達が人ならざる者だと、チョロ松は瞬時に理解したが、かと言って一発蹴りを入れるという選択肢を却下する事はなかったのだった。

    「お話終わったー?
     ね、分かったでしょ?俺お前の恩人よ?」
    「うん、その点については一応感謝してるよ。」
    「一応かよ。」
    「感謝はするけど、それと一松に馴れ馴れしく擦り寄ってたこととは、別の話だよね?
     お前誰の許可得て一松に好き勝手やってんの?あ?」
    「えええ、怖っ!一松ぅ~お前のお兄ちゃん独占欲強過ぎじゃね?」
    「…え、そう?」
    「お前この状況見てわかんねーの?!やばくない?!」

    状況を整理し、理解した上で、チョロ松は今度こそ本気の蹴りをおそ松へ向かって放とうとしていた。
    十四松とトド松はその様を眺めながら、

    「あははっ緑のにーさんの蹴りすっげーね!」
    「いいぞいいぞー緑のおにいさん、そのままやっちゃえ~!」

    などと茶々を入れている始末だ。
    人の子相手に心配する必要はないと考えたのか、そもそも主を助ける気が更々ないのかは謎である。
    その横に立つカラ松はといえば、

    「(余計なことしなくてよかった…。)」

    と、一人で内心ホッとしていた。
    こちらもおそ松を手助けする気は毛頭ないらしい。

    程なくして、背中に綺麗な下駄の跡を作ったおそ松と、少しばかりすっきりとした顔をしたチョロ松が戻ってきた。

    「お前らな!ちょっとはお兄ちゃんの心配しろよ!
     一松も!チョロ松止めに入れよ!」
    「ああ、おかえり。勿論心配したぞ、ちょっとだけ。
     おそ松が大人げなくチョロ松を殺しやしないかとな。」
    「おそ松兄さん楽しそうだったねー!」
    「よかったじゃん、人の子に構ってもらえて。」
    「あーもう!弟達が冷たい!!」

    「…ねぇ、ところで、聞きたいこと…」
    「あー、視界が共有出来るようになっちゃったってヤツね。」
    「そう、それ。目を交換した事、関係してる?」

    一松に聞かれ、おそ松は先ほどまでのおどけた表情から一変し、真剣な顔つきでチョロ松と一松を交互にじっと見つめた。
    やがて、おそ松はウデを組み、大きく頷いてみせた。

    「うん、関係してるな。」
    「…どういう事?」
    「お前らの目を交換した時に、俺の妖力の影響でこうなったっぽい。」
    「えっ…じゃあ、それっておそ松兄さんの失敗ってこと?」
    「兄さん失敗っすか!珍しーね!」
    「違いますぅー!失敗じゃないですー!!
     …普通なら、人間が俺の操る妖力に反応するなんてこと、ありえねぇんだよ。
     多分、お前らは人間にしては、そういうチカラが…人間に言わせると非科学的な力を持ってる方なんだろうな。」
    「失敗ではないにしても、原因を作ったのはおそ松だろう?治せないのか?」
    「ごめん、治し方わかんねーわ。」
    「いや、別に不自由はないからいいんだけどさ…。」
    「うん。まぁ、原因分かってすっきりした。」
    「え、いいの?そんなんで?!
     お前らほんと大丈夫?お兄ちゃん心配!!」

    もう夜明けが近い。
    元々ここにはチョロ松と一松が視界を共有出来るようになってしまった原因をはっきりさせる為に来たのだ。
    その目的を果たせたのだから、これ以上ここに留まる必要はない。
    送っていこうと言うカラ松の申し出は断って、(多分、あの時と同じく担がれて家々を飛び移るのだろうから)チョロ松と一松は妖狐と式神に別れを告げて山路を下った。

    ーーー

    ー 大正三年 三月二十一日 午前五時半

    だんだんと白んできた空を、カラ松はぼんやりと眺めていた。
    視線を少し下に下げれば、山から人里を見下ろすおそ松の姿を確認出来た。
    兄の背中に何か声を掛けようとしたところで、カラ松の足元に何かが転がってくる。
    十四松とトド松が遊んでいた色鮮やかな手鞠だった。
    腰を屈めて、それを拾い上げた。
    手鞠程度ならば、わざわざ腰を屈めずとも尻尾を使って拾い上げることくらいできるのだが、この手鞠はきちんと手を使わなければならない気がした。

    「カラ松兄さーーん!そっちいっちゃった!!」
    「もぉ~十四松兄さん、飛ばし過ぎだよ!」

    十四松とトド松が駆け寄ってくる。
    カラ松が手鞠を差し出せば、十四松が笑顔でそれを受け取った。

    「大切な手鞠だろう?なくさないようにな。」
    「うん!」

    薄桃色、蒲公英色、藤色の花模様に、柳葉色の葉模様、そしてそれを縁取る蒼と紅。
    殊更、十四松とトド松が大切にしている手鞠を見ると、カラ松はいつも昔を思い出した。
    それは多分、兄のおそ松も同様の筈だ。
    十四松とトド松が社へと引っ込んでいったのを確認して、カラ松は再びおそ松の方へ視線を向けた。
    おそ松は相変わらず遠くの人里を見つめている。

    「おそ松。」
    「ん~?」

    おそ松の紅い背中に声を掛けると、いつもの間延びした声が返ってきた。
    しかしその横顔は、いつものどこか飄々とした様子からは随分とかけ離れており、真剣な目で、僅かに顔を歪めて、相変わらず人里を見下ろしている。
    何か見えるわけでもないだろうに。
    いや、ひょっとすると、この兄には何かが見えているのかもしれないが。
    おそ松が振り返ることはなかったが、カラ松は構わず続けた。

    「あの二人、チョロ松と一松は…やはり、」
    「あー、うん…間違いないだろうな。」
    「そうか。」

    おそ松がようやくカラ松の方へと振り返った。
    その目は喜色に満ちていて、けれど、どこか泣きそうにも見えた。

    朝日が、もう少しで昇ろうとしていた。

    ────────

    《三》

    ー 大正三年 四月二十一日 午後三時

    年度が変わり、チョロ松と一松の生活には少しの変化が訪れた。
    まずは学校。
    まだチョロ松の身体が万全ではないこともあり、日替わりで通うようになったのだ。
    無論、他の人には内緒の話。
    学校に在席しているのはチョロ松だけだし、一松はチョロ松の振りをして学校生活を送っている。
    一度だけ、危うく入れ替わりがばれそうになった事があるが、それは別の機会があればお話しよう。

    そして、父親との関わり。
    分かってはいた事なのだが、チョロ松が大怪我を負った件で、父の双子に対する無関心さは浮き彫りとなってしまった。
    あれ以来、私事で父と顔を合わせる事はますます無くなり、もはや事務的なやり取りしか交わさなくなってしまった。
    こればかりは、双方の意識が変わらなければどうしようもない。

    しかし、これらはささやかな変化と言っていい。
    チョロ松と一松に訪れた変化は、実はそれだけではない。
    最も大きな環境の変化、それは

    「やっほー!チョロ松兄さん、一松兄さん♪」
    「おっはようございマッスルマッスル!」
    「……十四松、トド松、また来たんだ?」
    「おはよう…そろそろ夕方だけど。」
    「今日は狐どもはいないの?」
    「うん、今日は僕らだけだよー。」
    「ならいいや。入っていいよ。」
    「「おじゃましまーす!」」

    元気よくやって来たのは、十四松とトド松だ。
    おそ松達妖狐の存在をチョロ松も知るところになって以来、式神である十四松とトド松はちょくちょく屋敷へ遊びに来るようになった。
    おそ松やカラ松と異なり、彼らは狐の耳や尾は持ち合わせていないため、見た目はほぼ人間である。
    チョロ松が何か口添えしたのか、屋敷の使用人達も彼らの訪問について何も言わないし、今のところ父親から咎められるという事もなかった。
    使用人達は、十四松とトド松のことを「少々装いの派手な友人達」とでも思っているのだろう。
    鮮やかな蒲公英色と薄桃色は人目を引くに違いないが、それでも番頭を始め使用人達が眉を顰めることが無いのは、一に十四松とトド松が纏う無垢で無邪気な空気のお陰なのだろうと、一松は考えている。
    その証拠と言っていいのか、おそ松とカラ松にはあんなにも敵意を剥き出しにしていたチョロ松も、十四松とトド松に対しては、僅かに警戒心は残るものの、チョロ松なりに彼らを可愛がっている節が見受けられた。
    今日も、彼ら式神達の主の姿があれば、こんなにすんなりと自室へ招き入れたりはしないだろう。

    ところで、十四松もトド松も、何故かチョロ松と一松を「兄さん」と呼び慕っている。
    生を受けてほんの十七年しか経っていないチョロ松と一松に比べ、彼らは遥かに永い年月を生きているのだろうから、チョロ松と一松からすれば複雑な心境ではあるのだが、彼らに「兄さん」と呼ばれるのは何故だかやけにしっくりときて、そのまま自由に呼ばせているというのが現状だ。

    「ねぇねぇ!これ何?!食べ物?」
    「ん?…あぁ、西洋菓子だよ。『かすてら』っていうんだって。…食べる?」
    「うん!」
    「僕も僕も~!」

    日中、この屋敷には客人が訪れることが少なくない。
    大体が父親の知り合いであったり仕事相手なのだが、客人達はその多くが手土産として菓子折りを持参する。
    そうした手土産は、まずチョロ松と一松の元に届き、余れば使用人達に分け合ってもらっていた。
    今日も来客があったらしい。
    八つ時に侍女がチョロ松の自室へ綺麗に切り分けられたカステラを持ってきてくれていたのだ。
    それを十四松が目敏く見つけたわけだが、結構な量があったために、チョロ松と一松の二人だけでは食べ切れなかったところで、式神達の訪問は、むしろちょうどよかったのかもしれない。
    十四松とトド松は、カステラを一切れ頬張ると、たちまちそのあどけない顔を破顔させた。

    「甘んまぁ~!!美味いっすなトッティ!!」
    「うん♪僕こんなに甘くて美味しいお菓子初めて~!
     あとトッティやめて十四松兄さん。」
    「美味しい?…よかった。」
    「もうちょっと落ち着いて食べろよ。別に取らないし全部食べていいから。
     喉に詰まっても知らないぞ。」
    「…お茶、もらってくる。」
    「うん。頼むね、一松。」

    それ程に美味しかったのだろうか、もぐもぐと必死に口を動かし幸せそうな顔をする式神達に、チョロ松と一松は視線だけを合わせ、ふ、と微笑んだ。
    一松が部屋を出たのを見送り、チョロ松が十四松とトド松へと視線を戻せば、彼らは相変わらずカステラを頬張っていた。
    こんなに喜んでくれたのならば、この菓子折りを持ってきた何処ぞの客人も、ひいてはこのカステラ自身も本望であろう。
    やがてカステラを綺麗に平らげたところで、使用人に淹れてもらった茶を持って一松が戻ってきた。
    それを受け取り、丁度いい温度で淹れられたお茶を啜っていた十四松とトド松は、「あ。」と何か思い出したように話題を切り替えた。

    「そうだ!おそ松兄さんから言伝があるんだった。」
    「え、何それすごく聞きたくないんだけど…。」
    「そんなこと言わないであげてよチョロ松兄さん!
     一応僕ら言伝のお使いってことで来たんだから!」
    「お菓子集りに来たんじゃなくて…?」
    「もうっ!一松兄さんまで~!」
    「僕もね、カラ松兄さんの伝言預かってるよ!今から言うね!!」
    「え…うん。」
    「『我が愛しの子猫達よ、知っているか?今宵は満月だ。…聖なる砦から見る月は格別だ。月明かりを受けながら空虚と成り果てた心を共に満たそうじゃないか。』
     …だって!」
    「うん?十四松、申し訳ないんだけどもう一回言ってくれない?全然理解出来なかった。」
    「わかり易く言っちゃうとね、
     『寂しいから一緒にお月見しよーよ!』
     ってことじゃないかな!」
    「だったら最初からそう言えよ!くっそ痛いし分かりにくいわ!!」
    「…春なのに月見すんの?」
    「兄さん達はね、割と何でもありだから!!」
    「なるほど…なるほ、ど…?」
    「僕もおそ松兄さんからの言伝、一応伝えとくね。
     『ね~チョロ松に一松ぅ~、お兄ちゃん暇だよぉ遊ぼうよ~。
     あ、そだ!月見しようぜ月見!
     今夜八時に迎えに行くから待ってろよ!』
     …だってさ。」
    「…あ゛あ?!何が悲しくてクソ狐共と月見なんぞしなきゃなんないわけ?!
     ていうか一方的過ぎるだろふざけんな!」
    「チョロ松…あいつらが絡むと怖いね…。」

    おそ松とカラ松からの、ある意味自分勝手な伝言に、チョロ松は先ほどまでの涼し気な顔はどこへやら、盛大に顔を歪めてとんでもない凶悪面になっていた。
    人間三人くらいは手に掛けてそうな勢いである。
    …が、青筋立ったチョロ松のこめかみを、一松がちょんちょん、と軽くつつけば、凶悪面は一瞬で霧散した。
    その様子を見守りつつ、面白い兄弟だなぁ、とお前がそれを言うのかと指摘されそうな事を考えていたトド松だが、このままチョロ松と一松を放置すると二人の世界になってしまう事が予想できたため、徐に上目遣いで二人に詰め寄った。
    十四松とトド松には、言伝の他にまだ使命があるのだ。

    「…で、どうする?お月見。」
    「は?!行くわけないよね?!」
    「チョロ松が行かないなら、俺も行かない…。」
    「うーん…まぁ、そうだよね…。」
    「兄さん達来ないの?!
     お月見楽しーよ!お団子とね、お酒いっぱいあるっす!!」
    「いや、僕達まだ酒飲めないから。」
    「どうしても、だめ?」
    「うっ…。」
    「兄さん達が来てくれなかったら…」
    「ぼくたち、おそ松兄さんとカラ松兄さんに怒られちゃう!!」
    「うぅ…。」

    式神達に可愛らしく詰め寄られ、チョロ松と一松が戸惑いの色を見せる。
    十四松とトド松の本日の使命、それは「チョロ松と一松を月見に誘い、参加の返事をもらうこと」である。
    企画者はもちろん、暇を持て余している妖狐のおそ松である。
    ついでに言うと、カラ松もチョロ松と一松に会いたがっていたため当然それに乗っかった。
    妖狐の兄弟の企てと言ってもいいかもしれない。

    それよりも、計算づくだと頭では理解しているのだが、大きな瞳を潤ませ上目遣いでこちらを見上げるトド松を見ると、どうにも一松は断ることに一層の躊躇と罪悪感を覚えた。
    それはチョロ松も同様だったようで、への字口が明らかに険しくなっている。
    その一方で、十四松とトド松はといえば、もう一押しでいけそうだと判断したのか、更に畳み掛けてきたのだった。

    「ねぇ…僕たちもチョロ松兄さんと一松兄さんとお月見したいな…だめ、かな?」
    「ぼくも兄さん達と一緒がいいっすー!」
    「う…、」
    「んんん……」
    「「お願い!」」
    「仕方ないな…。」
    「わかった…。」
    「ぃよっしゃあー!!チョロ松兄さんと一松兄さんとお月見でっせー!!!」
    「よかったぁ~ありがとう兄さん達!
     これでおそ松兄さんもカラ松兄さんもしばらく大人しくなるよ!」
    「うん!カラ松兄さんとか
     『今頃チョロ松と一松はどうしているだろうか。次はいつ会えるだろうか。嗚呼!今こうして見上げる空をあの二人も見ているのだろうな!』
     って三分おきに言ってたもんね!」
    「三分おきに空見上げるとか暇人か。」
    「妖って暇なの…?」
    「そうそう!おそ松兄さんも
     『お兄ちゃん寂しい~構えよ~!!』
     って、構って攻撃がいつもより二割増だったからさぁ~。
     うんまぁ、割と暇を持て余してるよね。」
    「なんか…お前らも割と苦労してんだね。」
    「なんかごめんね…。」

    チョロ松と一松が是と応えれば、十四松とトド松は文字通り飛び上がって喜んでくれた。
    二人が来てくれることが嬉しいのも間違いないが、それ以上に主たる妖狐達の問題が由々しき事態であり、式神達にとって、双子の参加は非常に切実なものだったのだと、二人は理解した。
    人里離れた山奥で数百の時を生き続けてきた妖狐が、何故今更、人の子にここまで心を傾けるのかは分からないが、歓迎してくれているなら、別に悪い気はしないのだ。

    ーーー

    ー 大正三年 四月二十一日 午後八時

    言伝にあった通り、おそ松とカラ松が音も無く屋敷へと降り立った。
    妖狐の兄弟は、チョロ松と一松を見つけるなり、何時ぞやと同じく、カラ松は颯爽と一松を横抱きにし、おそ松はチョロ松を軽々と担ぎ上げて、さっさと山へ向けて走り出してしまった。
    言葉を交わす余裕さえ与えないその所業は、まるで人攫いである。
    というよりも、人攫いそのものである。

    「ちょっ、うわ、待っ…!待ってほんと待って!
     酔う!乗り物酔いする!!」
    「だぁいじょーぶ、だいじょーぶ。安全運転だからさ。」
    「ひとっつも安心できねーよ!降ろせぇぇぇ!!」
    「え?なになに??お兄ちゃん聞こえなーい。」
    「ほざけクソ狐があぁぁぁ!!!
     …うっぷ…、」
    「え、嘘でしょチョロ松お前まじで酔った?!」
    「吐く…。」
    「やめてぇぇぇ!!お兄ちゃんの一張羅にゲロるのやめてえぇぇぇぇぇ!!!」

    先頭をひた走るおそ松に担がれているチョロ松が、何やら喧しく噛み付いているが、おそ松はどこ吹く風といった様子で、むしろ楽しそうだ。
    「降ろせ」と言いながらも、チョロ松は半ば青ざめた顔をしながら、しっかりとおそ松の紅い着物を掴んでいる。
    本格的に乗り物酔い(と、言っていいのか分からないが)してしまったチョロ松の為に、おそ松は俵担ぎの状態から、カラ松が一松にしているような横抱きに変えたようだ。
    そんな互いの兄の様子を、カラ松と一松はすぐ後ろで見ながら追う形だ。
    カラ松は周りに可憐な花がぽん、と浮かびそうな程の笑顔で腕に抱く一松を見下ろし、一松はそれを一瞥して小さくため息を吐いた。
    何故この妖狐達は、こんなにも嬉しそうなのだろうか。
    少々の縁があったとはいえ、自分達はただの人間で、妖狐の彼らには取るに足らない存在の筈なのに…。
    カラ松に横抱きにされながら、人知れず一松は考えるも、もちろん答えなど出るはずがなかった。
    あまりにも真っ直ぐに好意を向けてくるカラ松に、その実、一松はかなり戸惑ってもいた。
    一松自身を見て、惜しみない愛情を向けてくれる存在は、今までに他界した母親の他には双子の兄であるチョロ松以外に存在しなかった。
    チョロ松の通う学校の友人達は、一松のことをチョロ松として見ているし、屋敷の使用人達とは必要以上の接触をしない。
    今までに「一松」としての友人と言える存在は、近所の野良猫達しかいなかった。
    けれど、この人ならざる者達は違う。
    チョロ松とは違った形で、一松の懐に躊躇なく飛び込んでこようとする。
    それが、一松にとっては、なんとも言えない不思議な心持ちだった。
    ふと顔を上げてみれば、再びカラ松と目が合う。

    「どうした?一松も酔ったか?」
    「いや、平気…。」
    「そうか!しかし、晴れて良かったな!
     天も俺達の味方をしてくれたようだ。
     "ろまんちっく"な逢瀬には最高の夜だと思わないか?」
    「あ゛?!」
    「ヒッ!すみません!!」

    気障ったらしい物言いに、思わず一松が顔を顰めて凄むと、カラ松は萎縮した様子を見せた。
    妖狐が人間に怖気付いてどうするのだ、と人知れず一松は思ったが、なんとなく、一松自身もどうしてそう思ったのか分からないが、カラ松はそれでいい気がした。
    そして、前方で未だにやいのやいのと言葉の応酬を続けるおそ松とチョロ松の姿にも、何故か不思議な既視感と安心感があったのだった。
    ちなみに、一松の耳が拾い上げた会話はご覧の通りである。

    「つーか何なのこの抱き方?!僕男なんだけど?」
    「えー?いいじゃんこっちのが酔わねぇだろ?」
    「いや、それはそうだけど!野郎が野郎を抱っことか地獄の絵面でしかないだろ!」
    「え、チョロ松お前、俺のこと男だと思ってる…?」
    「え…?!え、違うの?妖怪には性別がないとか?!」
    「いや男だけど。」
    「男なのかよ!!じゃあ何でそんな無駄過ぎる確認した?!明らかに必要なかったよね今の!!」
    「いや~面白いねーお前。」
    「ざっけんなクソ狐があぁぁぁ!!」

    全くもって仲が宜しいことだ。
    尤も、おそ松はどうだか知らないが、チョロ松にそれを言えば、機関銃の如く否定の言葉を浴びせられる羽目になるだろうが。

    ーーー

    そうこうしている内に、一行は山奥の社へたどり着いた。
    一松にとっては、もうすっかり見慣れたそれだが、今夜は社に明かりが灯り、仄かに甘い香りが漂っていた。

    「チョロ松兄さん!一松兄さん!こっちこっちー!!」
    「えへへ、来てくれてありがとっ!
     お団子もお酒も準備出来てるから、好きなだけ食べてね♪
     あ、お茶もあるから安心してね。」

    明かりの灯った社に脚を踏み入れると、十四松とトド松が出迎えてくれた。
    二人は此処で準備をして一行の到着を待っていたらしい。
    縁側に通されれば、三方の上に団子が綺麗に盛られていた。
    随分と大きな三方だ。上に盛られている団子は見事に積み上げられているが、明らかに十五個より遥かに多い。
    十五夜というわけではないのだから幾つでも問題ないのだろうが、これは積み過ぎではなかろうか。
    と、チョロ松と一松が要らぬ心配をする程度には盛られていた。
    その横には酒瓶。
    芒(すすき)の代わりなのだろうか、団子の横には菜の花が添えられている。

    月明かりが山の木々を照らしている。
    見上げた月は幽かに霞み、今宵は朧月夜といったところだろう。

    「あー、走ったら腹減ったー!」
    「ちょっと、おそ松兄さんもうお酒空けちゃったの?!」
    「お団子たくさん作ったよ!いただきまーす!!」
    「俺も頂こう…月明かりの下、まるで俺達を照らす月を象ったような円かな「ほらほら、チョロ松兄さんと一松兄さんも!」…え。」

    カラ松の謎めいた独り言を遮り、トド松がチョロ松と一松に声を掛ける。
    一瞬躊躇ったが、十四松に「一松兄さん、あーん!」と団子を差し出されると、一松は反射的に口を開けてしまい、そこにすかさず団子が放り込まれた。
    咀嚼すれば、よくよく知る素朴な団子の味がした。

    「一松兄さん、美味しい?」
    「…ん、美味しい。」
    「よかったー!!これね、ぼくとトド松で作ったんだよ!
     チョロ松兄さんと一松兄さんには、いつも美味しいお菓子もらってたから、そのお礼!!」
    「ふふ~ん♪人里で団子粉いっぱい買って頑張ったんだよ~!
     兄さん達、褒めて褒めて!」
    「ん、えらいえらい。」
    「一松兄さん、ぼくも!」
    「十四松もえらいえらい。」
    「えへへ~。」

    一松が式神の十四松とトド松の頭を撫でている様子をチョロ松がぼんやり眺めていると、突如背中に重みを感じた。
    確認しなくても察しはついていたが、念の為、と首だけ動かしてみれば、無邪気な笑みを浮かべるおそ松の顔がすぐ傍にあって、チョロ松は思わず声を上げそうになってしまった。
    無意識に身を固くしたチョロ松に気付いているのかいないのか(十中八九気付いているだろうが)おそ松は笑みはそのままに、豊かな八本の尾を揺らしてみせた。
    どうやらチョロ松から離れるつもりはないらしい。

    「いや~…弟達が戯れてる様子を見るのは和むね。」
    「弟達、って…あいつらは式神だろ?
     あと一松はお前の弟じゃないから。」
    「んー?俺にとっては皆弟みたいなもんよ?カラ松は勿論弟だし、十四松もトド松も、それに一松も。
     …チョロ松、お前もな。」
    「え…。」

    何を巫山戯た事を、とチョロ松は口にしようとした。
    が、チョロ松を見るおそ松の目は、存外真剣な表情を灯していて、チョロ松はすんでのところで言いかけた言葉を呑み込んだ。
    少しの戸惑いを見せたチョロ松に、おそ松は笑みを深めて続ける。

    「トド松はな、俺の六番目の尻尾を器にして魂を宿らせたんだ。
     ちなみに十四松はカラ松の五番目の尻尾なんだぜ。
     あいつらは俺の身体の一部…弟みたいなもんだろ?
     一松はさ…百日参りをずっと見守ってきたんだし
     チョロ松だって俺が怪我治したんだし。
     お前らだって弟達みたいなもんだよ。」
    「……。」

    それはまるで独り言のようだった。
    一瞬、ほんの刹那、チョロ松は、おそ松が何故かひどく優しい顔で微笑んだのを目にしたが、瞬きをした後には、もういつもの表情に戻っていた。
    いっそ見間違いだと片付けてしまえたらよかったのだろう。
    けれど、確かにチョロ松の片目はそれを捉えてしまったのだ。
    笑みを浮かべるおそ松を、チョロ松がじっと見つめる。
    ちり、と脳内で何かが短絡したような気がした。
    何か、大切なことを忘れてしまっているような気がするのに、それが何か分からない。
    そんなひどくもどかしい気持ちが、チョロ松の胸中に渦巻いた。
    黙り込んでしまったチョロ松の胸中を見透かしたかのように、おそ松が呟いた。

    「お前らはそのままでいいんだよ。」
    「え?」
    「何も変わらなくていい。
     何も考える必要なんて無いし、無理に何かを思い出す必要も無いってこと。」
    「意味が分からないんだけど…。」
    「んー?いや、ただの俺の独り言だし?
     …あ、団子なくなりそうじゃん!!おーいカラ松、十四松ー!!俺の分残しとけよ~。」

    立ちすくむチョロ松を残して、おそ松は駆け出してしまった。
    三方に綺麗に積まれていた団子はすっかり崩れ、いつの間にか随分と数が減っていた。
    一体なんだというのか、あの妖狐は。
    こちらを好き勝手に引っ掻き回すだけ引っ掻き回してそのまま放置など、チョロ松からすればたまったものではない。
    しばし憮然とした顔で突っ立っていたチョロ松だが、やがてゆっくりと溜め息を吐いた。
    視線を一松の方へ向ければ、彼はもう団子には満足したのか、十四松とトド松と共に色鮮やかな手鞠を転がして遊んでいた。
    「月見団子!」「ご…胡麻。」「んっと、まくら。」「ら?!ら、らー…落語!」「え、またご…?ごみ。」「ちょ、ごみって一松兄さん…。み、えーっと…」
    …そんな会話が聞こえてくる。
    鞠を転がしつつ、しりとり遊びをしているようだ。なんだか微笑ましい。
    弟と式神達から視線を外し、空を見上げる。
    少し霞がかった春の月夜は、まだ終わる気配を見せない。


    《終》
    →以下、本文に生かしきれなかった無駄な設定があります。

    ────────

    設定とか

    ○一松
    とある名家の次男。チョロ松は双子の兄。
    世継ぎ争い忌避の策として、存在を隠されるようにして育てられた。
    周りの認識は一様に「チョロ松の予備」のため、一松自身を見てくれるチョロ松が絶対的な存在であり、かなり依存心が強い。
    チョロ松が大怪我を負った事をきっかけに妖狐のおそ松達と出会い、百日参りを果たして怪我を治してもらった。
    目だけは治すことが出来ず、自身の右目をチョロ松の右目と交換してもらい、その影響でチョロ松と視界の共有が出来るように。
    何かとちょっかいをかけてくる妖狐や式神達と関わるのは戸惑いも感じるが、居心地は悪くないと思っている。
    実は生前は六つ子の妖狐の四男で、おそ松とカラ松の弟であり、十四松とトド松の兄だった。
    百年前、長兄不在中に根城としていた社が人間に襲撃されてしまい、弟の十四松とトド松を庇って命を落としてしまった。
    妖狐にとって、人間の一人や二人は取るに足らないが、集団で武器を持たれると話は変わってくる。
    その後チョロ松と共に人間に転生。
    妖狐だった頃の記憶はない。
    が、無意識に十四松とトド松に対しては甘く、守る対象だと思っている節がある。


    ○チョロ松
    とある名家の長男。一松は双子の弟。
    名家の跡継ぎとして厳しく育てられたため、表向きは品行方正だが、素だと割と口が悪い。
    素のままの自分を認めてくれる一松が何よりも大切な存在。
    その一方で、自分のせいで一松が不遇な扱いを受けていることを申し訳なく思っている。
    こちらも依存心が強い。加えて一松に対してかなり過保護でもある。
    大怪我を負った際、一松が自分の為に頑張ってくれたのは素直に嬉しい。
    おそ松達にも一応感謝はしているが、一松に馴れ馴れしくするのは我慢ならない。
    一松を気に入っている様子のおそ松やカラ松に敵対意識を向けていたが、段々と絆されていく。
    絆されはするがつっこみは止めない。
    実は生前は六つ子の妖狐の三男で、おそ松とカラ松の弟であり、十四松とトド松の兄だった。
    百年前、長兄不在中に社が人間に襲撃されてしまった際、矢面に立って弟達を庇っていたが、命を落としてしまった。
    その後一松と共に人間に転生。
    妖狐だった頃の記憶はない。
    おそ松とカラ松は家にあげようとしないが、十四松とトド松には無意識に結構甘やかしている。
    何気に交友関係が広い。学生服は例の白ラン。


    ○おそ松
    八本の尾を持つ妖狐。本来は九本あったがその内の一本をトド松に無期限貸出中。
    妖狐の一族の中でもかなり力が強く、首領的な存在。
    山奥の社を根城に、数百年の時を人間を手助けしたり、いたずらしたりしながら過ごしてきた。
    六つ子の妖狐の長男。
    百年前、留守中に人間に社を襲われ、カラ松を除く弟達を失ってしまった。
    弟達を守れなかったことを今でも悪夢に見て魘される程に後悔しており、トラウマになっている。
    慌てて帰った先で、命が消えかかっていたトド松に自身の六番目の尻尾を与え、式神としてこの世に留まらせたものの、チョロ松と一松は間に合わず、その事を悔やみに悔やんで数年はかなり荒れていた。
    弟達を失う原因となった人間のことを憎んでいたが、チョロ松と一松は別。
    この二人と出会って人間を憎む気持ちも少しずつ薄らいでおり、悪夢を見る日も減ってきたらしい。
    チョロ松と一松に初めて合った時は、かつての弟達だとすぐに気付いた。
    記憶もなく、今は人間として生きている二人に何も語ることなく、たまにちょっかいをかけながら見守る日々。
    構ってちゃんは割と俺様な感じに発動する。
    未だに警戒心を解いてくれないチョロ松一松と早く打ち解けたい。
    お兄ちゃんのこと構えよー遊びに来いよぉ~!
    人間に転生したチョロ松と一松が、家庭環境故に互いに依存している事はなんとなく気付いている。
    チョロ松のツッコミ気質や一松の猫好きな一面は妖狐だった頃と変わらず健在で、そういったかつての名残を見る度に切ない。
    でも絶対に顔には出さない。


    ○カラ松
    おそ松と同じく八本の尾を持つ妖狐。
    六つ子の妖狐の次男。
    兄のおそ松と共に出掛けていた際に社が襲撃に遭い、弟達を守ることが出来なかったことを後悔している。
    が、自分以上にショックを受けて荒れ狂う兄を案じ、右腕として長年支えて続けてきた。
    社が襲撃された際に、命が消えそうになっていた十四松に自身の五番目の尻尾を与え、式神としてこの世に留まらせた。
    人間になっていようともチョロ松と一松と再び出会えたことが嬉しくて堪らない。
    ついでに言うとまだ17歳の、幼さが抜けきらない二人が可愛くて仕方ない。お巡りさんこいつです。
    どうにか仲良くなりたい。
    なんか西洋から入ってきた外来語をことある度に使おうとする。
    最近覚えた言葉は「せらびぃ」
    意味は正しく理解していないと思われる。
    今度は絶対に弟達を守りきってみせると意気込んでいるが、持ち前のイタさで若干ウザがられている。
    しかしながらその決意は純粋なまでに実直で揺るぎがない。
    普段温厚な分、怒らせると多分一番手が付けられない。
    兄弟のことに関しては殊更沸点が低い。
    人間に転生したチョロ松と一松の共依存に気付いているのかいないのかは謎だが、時折妙に鋭いことを言う。
    目の交換を一松に持ちかけておきながら、一松が妖狐の頃と変わらず自己犠牲に走りがちなのが心配。


    ○十四松
    カラ松の式神。カラ松の五番目の尻尾を器として魂を吹き込まれた。
    いつも元気に社まわりを走り回っている。癒し。
    元々は六つ子の妖狐の五男。
    長兄不在中に社が襲撃された際、三男と四男に庇われたものの、二人が倒され自身も致命傷を負ってしまい、間一髪で駆け付けた長兄の手によって式神として生まれ変わった。
    妖狐だった頃の記憶は持っている。
    自分よりかなり年下のはずのチョロ松と一松を「兄さん」と呼ぶのは二人がかつての兄だと気付いているから。
    式神としての姿は人間に近いが、実は狐耳と尻尾は自由に出し入れできる。
    よくトド松と一緒に長兄達から言伝を預かってチョロ松と一松が住む屋敷へ赴くが、毎回美味しいお菓子を出してくれるのでとても楽しみ。向こうに記憶がなくてもかつての兄達と会えるのは嬉しい。
    思い出せば辛い思いをするだろうから、チョロ松と一松の記憶は戻らなくてもいいと思っている。
    けど、本当は襲撃にあった日のことを謝りたいし、お礼も言いたい。


    ○トド松
    おそ松の式神。おそ松の六番目の尻尾を器として魂を吹き込まれた。
    人間は(チョロ松一松を除いて)あまり好きではないが、人間の文化や服装には興味津々。
    兄弟一の衣装持ちで、社の自室の籠の中には着物コレクションが眠っている。
    元々は六つ子の妖狐の末弟。
    長兄不在中に社が襲撃された際、三男と四男に庇われたものの、二人が倒され自身も致命傷を負ってしまい、間一髪で駆け付けた長兄の手によって式神として生まれ変わった。
    十四松と同様に妖狐だった頃の記憶は持っている。
    自分よりかなり年下のはずのチョロ松と一松を「兄さん」と呼ぶのはそのため。
    狐耳と尻尾も出し入れできるが、暑いのでやらない。
    頻繁に言伝を預ける長兄に呆れて「も~、しょうがないなぁ」と口では言いつつも、チョロ松と一松に会いに行けるのは嬉しい。
    人間に転生した兄達の記憶がないのは寂しいが、思い出してしまえばチョロ松も一松も、末の弟達を守れなかったことを悔やんで苦しむだろうし、そんな姿は見たくないので複雑な気持ち。
    チョロ松と一松が妖狐だった頃に針入れをしてくれた鞠を、今でも肌身離さず大事に持っている。
    焼きナス
  • 大天狗チョロたん闇 #おそ松さん #妖怪松 #チョロ松 ##おそ松さん
    半年ぶりくらいに描いた~

    健康って大事ですにゃ~
    日常生活で手一杯で趣味関係全放置でした(^_^;)

    途中描いてみようと思ったけど何も浮かばないし手も動かないし、このまま描けなくなっちゃうのかと焦りましたが、時間が解決してくれました。元気になってくると余裕もでできて色々やってみようとなるもんですね。

    ギャレリアの画面も投稿フォームも様変わりしてて驚いた~
    画像投稿しないでアップしてしまったあとの編集とかワケわからんくて消してやり直し(^_^;)

    #おそ松さん  #チョロ松  #妖怪 ##おそ松さん
    みくりぃあ
  • 15残暑お見舞い申し上げm(_ _)m水墨画風アプリ使って描いたののとりあえずまとめ( •̀ᴗ•́ )/☆
    ZenBrushⅡというアプリです(o>ω<o) #妖怪松 #トド松 #十四松 #一松 #チョロ松 #カラ松 #おそ松 #ZenBrush #おそ松さん ##おそ松さん
    みくりぃあ
  • 2妖怪松(覚醒有り)自分絵注意です #自分絵 #カラ松 #おそ松 #おそ松さん #覚醒妖怪松 #妖怪松秋谷 翠
  • 2カラ松覚醒編妖怪覚醒そして魔法少女 #妖怪松 #魔法少女 #おそ松さん #自分絵 #カラ松秋谷 翠
  • 3九尾と天狐6時間くらい。2017年2月。
    #妖怪松 #一松 #おそ松 #グリザイユ #おそ松さん ##おそ松さん
    みくりぃあ
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