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  • #おそ松さん
    #一松
    #自分絵
    fujis_a
  • 青に沈む
    #おそ松さん  #一松  #人魚
    Iroha_24_
  • クルクル天使「おそ松さん」より、十四松と一松。



    #おそ松さん #二次創作 #アナログ #アナログイラスト #イラスト #モノクロ #モノクロイラスト #十四松 #一松 #鉛筆画 #鉛筆イラスト
    綿崎ネル
  • 福山潤さん誕生日おめでとうございます!今日は福山潤さんの誕生日ということで本人と担当されたキャラを描きました。左側は今までの好きなキャラ(そのうち下の二人は擬人化)、右側は来年やるアニメで楽しみにしているキャラです。
    因みにぼくはかは昨日温泉に泊まる際の空き時間に読む為の漫画を中古屋で選んでいたら9冊分セットで千円のコミックを見つけたので内容を知ることができ、更にアニメが楽しみになりました。
    因みに福山さんのポーズは今年買ったひとりのbocchi showのDVDを見てからイベントの時などにマイクを顎にくっつけていることに気が付いたのでマイクを持った状態を描きました。
    いくつになっても若々しく、面白くて可愛い福山さんのご活躍をこれからも楽しみにしています。
    #声優 #誕生日 #アナログ #擬人化 #一松 #ぼくはか
    Leon(^・ω・^)
  • かき氷 #おそ松さん #一松ヨイ。
  • 3 #おそ松さん #カラ松 #一松
    六つ子の誕生日ですね(イラストは全く関係ないです)
    ヨイ。
  • #おそ松さん #一松ヨイ。
  • 4桜の花びらとともに。 #おそ松さん
    #松野チョロ松
    #チョロ松
    #一松
    #夢小説
    #夢松
    #高校生
    #春
    #文庫ページメーカー


    桜の花びらとともに。キャプション。

    2018年8月に、診断メーカー様の診断にて。
    ーーーーーーーーーーーーーーー
    はるなつみかんさんには「あの日もこんなふうだった」で始まり、「そんな昔の話」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。
    #書き出しと終わり
    shindanmaker.com/801664
    ーーーーーーーーーーーーーーー

    という診断になったので、夢主の絵里ちゃんがチョロちゃんに片想いする高校時代の話でも書こうかなと思ってツイノベで書いてみました。(2018.8.5ツイッター投稿)
    結果、気になる以上片想い未満になりましたが。

    季節外れ過ぎですが、好きな話なのであげてみました(^^)
    haruna2mikan_ak
  • #おそ松さん  #一松  #一カラヤマル
  • 12じょっし松さ~ん♪は~い♪(笑)

    シュールすぎて好きかも(*^^;)
    じょし松さんもっといっぱいやってほしいw
    流行りから遅れて今更「おそ松さん」
    (まだ一期だったころ)見たら1話と
    エスパーニャンコの衝撃が・・・‼
    まさかの第二期までやるとは…すごい人気だ。
    2016.10.22
    #過去絵を晒す
    #おそ松さん
    #女子松さん
    #F6
    #エスパーニャンコ
    #一松
    #一子
    #一一
    Nibbio
  • やじるし #おそ松さん #一松
    初投稿.。゚+.(・∀・)゚+.゚よろしくお願いします
    Ri-Pon
  • 柏手は深夜に響く #BL松 #チョロ一 #長兄一 #一松愛され #一松 #妖怪松

    妖怪長兄(※二人とも狐)と白ラン年中と式神末によるエセ大正浪漫風な話。
    一松中心。チョロ一基本の一松愛され風味。
    ちょっとだけおそチョロっぽいところも有ります。

    !ご注意!
    ・長兄が妖怪(次男が烏じゃなくてごめん)
    ・年中が学生(白ランのつもりだったのに気付けば要素が消えた)
    ・末が長兄の式神(式神のようなもの?)
    ・エセ大正ファンタジー風。時代考証できてません
    ・年中がナチュラルに共依存状態
    ・怪我の表現有
    ・年中がちょっと可哀想(でもむしろ皆可哀想)
    ・無駄に長い

    ────────

    柏手は深夜に響く

    《序》

    ー 大正三年 三月十日 午前二時

    草木も眠る真夜中丑三つ時。
    一人の少年が狭く急な山路を辿っていた。
    その山路はろくに手入れもされておらず、崩れかけた急勾配な石段の隙間からは雑草が蔓延り、当然街灯もなく真っ暗だ。
    辺りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。
    白い切石が暗闇の中ぼんやりと浮かんで見えた。
    そんな険しい道のりを、やや猫背気味の少年は黙々と登り続けていた。
    深緑の松模様があしらわれた藤色の袴下に紫紺の袴。
    年の頃はおよそ十代後半だろうと思われるが、伏せられがちで気怠げな目元からはどことなく大人びた雰囲気を感じさせる。
    しかしながら、その面立ちは未だあどけない幼さも抜け切っていない。
    少年の額には汗が滲んでおり、時折それを袖口で乱暴に拭いながらも山路を登る歩を緩めることはなかった。

    どれくらい歩いたのだろうか、やがて石段を登りきり、僅かに視界がひらけた所で少年はようやく動かし続けていた足を止めた。
    少年の目の前には所々塗装が剥がれ落ちた朱塗りの鳥居、
    そしてその奥には古ぼけた小さな社が鎮座していた。
    しばし社をじっと見据えていた少年は、上がった息を整えると、鳥居をくぐりゆっくりと社へと近づいた。
    小さな賽銭箱は苔に浸食されており、鈴もすっかり錆び付いている。
    そんな、朽ち果てたと言われても致し方ない様相は気にも留めず、少年は懐から丁寧に折り畳まれた懐紙を取り出し、それを賽銭箱に落とすと鈴を鳴らした。
    錆び付いた鈴からは掠れたような音が響いてやけに不愉快だ。
    拍手を二度。
    そして祈るようにぎゅっと目を閉じ、
    最後に深く一礼して大きく息を吐く。

    真夜中、誰にも見つからないようにたった1人で険しい山路を登り、朽ちかけた小さな社に参拝する ー……

    この奇妙な参拝を、少年はもう三月以上続けていた。
    ー… 今夜で、ちょうど百日目。
    雨の日も、雪の日も、毎晩休む事なく通い続け、これが百回目の参拝である。

    百度目の参拝を終えてぼんやりと社を眺める少年の耳に、不意に誰かの拍手が聞こえてきた。
    音のする方へと振り向けば、そこには鮮やかな紅い着物に身を包んだ一人の男の姿。
    ただ男が普通と違っていたのは、頭部は狐の耳を冠しており
    背には滑らかで豊かな毛並みの尾を携えている点で、人ならざる存在である事は火を見るより明らかであった。
    男は一見すると人好きのする柔らかな笑みを称えているが、その雰囲気はどこか威圧的で見る者を思わず平伏させてしまうような冷たい鋭さが見え隠れしている。

    異形とも云うべき男の姿を目にしても、少年は特に驚いた様子を見せなかった。
    それも当然だ。
    何故なら少年が毎夜この小さな社を参拝するきっかけを作ったのが、他ならぬこの異形の姿をした男だからである。
    手を叩く事を止めた男は、人懐こい笑みを浮かべ、少年に言った。

    「お見事。頑張ったじゃん、一松。」

    ────────

    《一》

    ー 大正二年 四月十四日 午後八時半

    「一松。」
    「何、チョロ松。」

    名を呼ばれ、少年…一松は振り返った。
    目線の先には一松と瓜二つの兄、チョロ松の姿。
    よくよく見ればその顔つきや表情はそれぞれ異なり個性を持っているのだが、それを見分けるのは非常に困難だ。

    双子の兄弟であるチョロ松と一松は、とある華族の血筋の名家に生まれた。
    双子の男児。
    二人が生まれた時、父親はその事実に僅かに顔を顰めた。
    二人が幼い頃に死別した母は双子に惜しみない愛情を分け隔てなく与えてくれたが、父親は息子達への愛情よりもこの家の未来を危ぶんだ。
    双子が成長した時に、後継問題が起こるのではないか、と。
    いずれこの家の後継問題を引き起こす火種になり得る可能性を潰したいがために父親が取った策は、チョロ松と一松の扱いをはっきりと区別する事だった。
    兄であるチョロ松がこの家の跡継ぎなのだと二人に言い聞かせ、跡継ぎたる教育はチョロ松だけに受けさせた。
    園遊会や会合も、連れて行くのはチョロ松のみ。
    一松には満足な教育を受けさせず、表立った席にも決して出させなかった。
    そうして、二人の立場を明確にして諍いが起こらないように仕向けようとしたのだ。

    しかし、父親はまだ気付いていない。
    この愚かな目論見に大きな誤算があることに。

    母親の死後、跡継ぎとして勉学と作法を強要され、周りからの重圧に晒される羽目になったチョロ松と
    存在を隠され、まるで忌み子さながらに扱われることになった一松。
    満足に家族の愛情を得られない二人が互いを唯一無二の存在と認識し、心の拠り所として求め合うようになったのは、物心付くか付かないかくらいの頃からで。
    チョロ松は安らぎを与えてくれる存在を求め、一松は己を肯定してくれる存在を求め、幼かった彼らは無意識のうちに、互いに心の安寧を求め合ったのだ。
    勿論、互いが互いを羨み妬みたい時もあるのだが、それ以上に片割れの不遇を哀れんだ。
    そんな双子の兄弟には、二人だけの秘密がある。

    「明日さ、僕の代わりに学校行ってほしいんだ。
     どうしても朝一で買いたい本があってさ。」
    「ん、いいよ。」

    こっそりと交わされる口約束。
    父親の誤算はこれだ。
    双子の兄であるチョロ松のみに跡継ぎとしての教育を施しているはずが、この兄弟、時折入れ替わっていたのである。
    誰一人入れ替わりに気付くこと無く、まるで大人達を欺くかのように、それは見事に。

    チョロ松は藤色の袴姿となり、髪を少々乱れさせ猫背に、逆に一松は真白な学生服に袖を通し、髪を整え背筋を伸ばせば簡単に入れ替わりは完了だ。
    互いの振りなど双子の彼らには造作もないこと。
    チョロ松を演じる為に、一松は兄が通う学校の友人を覚え、更に学業にも追いつく必要があったが、教科書を借りたりチョロ松から教えてもらったりしているうちに、今では学業面もチョロ松と同程度にまでなっている。
    チョロ松もチョロ松で、一松を演じる時は弟が世話をしている猫達と戯れながら自由に羽を伸ばしていた。
    そうして、入れ替わった日は互いの一日を事細かに共有して、何食わぬ顔で元に戻るのだ。

    この兄弟二人だけの秘密事は、彼らに刺激と高揚感を与え、唯一無二の兄弟に対する独占欲と優越感を擽った。
    元々は幼い時分にチョロ松が自分だけ勉学や園遊を迫られる事に不満を覚え、軽い気持ちで一松に入れ替わりを提案した事が始まりだった。
    その時はちょっとした気晴らしで、ちょうどいい気分転換が出来ればいい程度の思いだったのだが
    長い月日を経て、この「秘密の入れ替わり」は心を満たす為の、ある種、儀式めいたものになりつつあった。

    「明日、僕は『一松』で」
    「明日、俺は『チョロ松』」

    互いを演じ、互いの生活をその身に感じると、まるで兄の、弟の、総てを手に入れたような錯覚に陥る。
    二人だけの秘密を重ねる度に、片割れへの依存心は少しずつ、しかし確実に大きくなっていく。
    おそらく、今ではもう引き返すことが出来ないくらいにはなっているだろう。
    家を空けることの多い父親とは顔を合わせる機会も少なく、二人が偶に入れ替わっている事など露ほども知りはしない。

    小さな声で確かめ合うように、まるで呪文のように言葉を交わし、最後にそっと唇を重ねれば
    もうそこは二人だけの世界と言っても過言ではなかった。
    額と額をくっつけてクスクスと笑い合う姿は一見すると(少々距離は近過ぎるものの)非常に微笑ましくも見える。
    兄弟、という一言では片付けられない関係に拗れてしまってはいるものの、
    この二人だけの時間が、チョロ松にとっても一松にとっても、心の安息所とも云うべきひと時だった。


    ー 大正二年 十一月二十四日 午後五時

    陽射しは穏やかだが、吹き付ける風が冷たくなってきた時節、その日、一松は自室に篭もりきりだった。
    父親は一松が人目につく明るい時間帯に外出する事に、あまりいい顔をしない。
    なるべく、一松の存在を隠しておきたいのだろう。
    この家に双子の男児が生まれた事は、親族や交友のある家は知っているのだから、意味があるとは思えないが。
    屋敷の使用人達は一応、一松を家の者の一人に数えてくれているし、チョロ松と明らかに態度が違うわけでもないのだが
    主人である父親の目を恐れているのか、必要最低限のやり取りしかしなかった。
    一松も、使用人の顔と名前は朧気にしか覚えておらず、使用人を誰か一人でも名前で呼んだためしがなかった。
    名前を覚えるのが面倒だ、というのが大半を占めるが、特定の使用人と親しくなり、それが父の知るところになったとして、その使用人の処遇に悪影響を及ぼしてはいけない、という思いも、僅かながらあった。

    日が落ちてきたら、近所の仲の良い野良猫に餌をやりに行って、夕餉の時間になる前に帰ってこようか。
    自室で本を読みながら、一松は夕刻以降の予定を立てていたが、それは変更せざるを得なくなってしまった。
    というのも、穏やかな夕時の空気が突如として騒然としたものに変わったかと思うと、次いで屋敷の使用人達の慌ただしく駆け回る足音やざわめきが聞こえてきたのだ。
    …何かあったのだろうか。
    眉を顰めながら自室の戸を開けて屋内の様子を伺えば、顔を出した一松に気付いた使用人の一人が、血相を変えて駆け寄ってきた。
    そして発せられた言葉は、彼にとって俄に信じ難いものであった。

    「一松様、大変です!
     チョロ松様が事故に遭われて…!」
    「え……?!」

    使用人の言葉を最後まで待たず、一松はチョロ松の部屋へと駆け出した。
    双子の兄弟であるはずの二人だが、父親が彼らに宛がった部屋は随分離れている。
    チョロ松の部屋が父の書斎横の日当たりの良い八畳間なのに対し、一松の部屋は屋敷の隅、階段下の四畳半部屋だった。
    途中、桶と手拭いを持った侍女とすれ違いざまに危うくぶつかりそうになったが、今は気にしていられない。
    本人達は知らないが、使用人達にとって、双子の兄弟の仲の良さは常識として知れ渡っている。
    先ほどの侍女も一松を見て察したのだろう、特に気にした様子はなかった。
    一松がやや乱暴に部屋の戸を開けると、医者らしき初老の男性と、この家の使用人達のまとめ役である番頭がこちらを振り向いた。
    部屋の奥の寝台には、チョロ松が寝かされていた。
    目元、肩口から胸部、右腕と右脚は白い包帯で覆われ、包帯の下から覗く白い肌は血の気をすっかり失っている。
    生気をまるで感じられない兄の姿に、ほんの一瞬、一松の脳裏には最悪の事態が過ぎったが、兄の胸元が僅かに上下しているのを確認し、思わずその場にへたりと座り込みそうになった。
    持ちうる理性を総動員し、言う事を聞かない己の足をなんとか動かして、チョロ松が横たわる寝台のすぐ傍まで足を動かせば、番頭が座椅子を差し出してくれた。
    有り難くそれに腰掛けて改めてチョロ松の様子をうかがえば、医学に精通していない一松の目から見ても、兄の容態が芳しくない事は明白であった。

    聞けば、チョロ松は学校からの帰り道、暴走した荷馬車の横転事故に運悪く巻き込まれてしまったのだという。
    これは一松が後から知った事だが、その事故は人通りの多い大通りで起こり、兄の他にも、帰路を急いでいた学生や社会人、通りで商売をしていた商人等、大勢の人が巻き込まれ、大勢の死傷者を出したらしい。
    建設事務所を目指していたらしい荷馬車の荷台に積まれた木材や硝子は、人々を傷付けながら通りに散らばり、平和な夕時は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果てたのだろう。
    翌日の新聞には、この事故が大見出しで報じられていた。

    不幸にもこの大事故に巻き込まれてしまったチョロ松は、荷馬車が運んでいた様々な木材、石材によって全身に打撲や深い切傷を負い、砕け散った硝子は彼の瞳を傷付けた。
    中でも右脚と両目の怪我は深刻で、医師によれば回復はほぼ見込めないだろうとのことだった。
    もしかすると、もうずっとこのまま寝たきりかもしれない、と。

    「チョロ、松…。」
    「………一松?」
    「ん。…起きてたんだ。」
    「うん。一松、そこにいるの?」
    「いるよ。」

    番頭と共に医師を見送り、一松が再びチョロ松の部屋へ入ったときにもチョロ松は相変わらず寝台に横たわったまま身じろぎ一つしていなかった。
    していなかった、と言うより動くことが出来なかったのだろう。
    ほぼ無意識に一松の口から漏れた、まるで縋るように兄を呼ぶ小さく掠れた声は、チョロ松の耳にはしっかりと届いたらしい。
    チョロ松は声がしたであろう方へと、ほんの少しだけ首を動かした。
    兄の目は包帯によって完全に塞がれている。
    光を亡くしてしまった兄の目は、もうこの先暗闇しか映せないのだろうか。
    一松には、それが何よりも残念でならなかった。
    チョロ松の瞳は少し小さく三白眼気味で、チョロ松自身はそれを嫌がって一松の人並みな大きさの黒目を羨んでいたが
    (一見すると二人の瞳の大きさの違いなど、すぐに気付ける人は皆無に等しいにしても、だ)
    小さな瞳は実に表情豊かであった。
    元来チョロ松は非常に口が回る人で、無口な一松の分まで立板の水のように澱みなく、よく喋るのだが、本当に雄弁なのは口よりもむしろ、その表情豊かな目なのだと一松は思っている。
    そんな目まぐるしく色を変える兄の目が、一松は好きだったし、その目が自分をゆるりと捉え、下がり眉を更に下げて優しく笑う兄が好きだった。
    その瞳も、もう見れないのだろうか。
    そんな事を頭の片隅で思いながら、一松はチョロ松の手を取った。
    常から体温の低いチョロ松の、ひやりとした手に一松の手のひらの温度がじわりと溶け合うように伝わった。
    チョロ松は己の右手をしっかりと握る一松の手の上に、更に自身の左手を重ねると僅かに口元を綻ばせた。

    「一松…泣いてるの?」
    「泣いてないよ…なんで?」
    「そう?…なんだか、お前が泣いてる気がしたものだから。」

    実際のところ、あまりに痛々しい兄の姿に、一松はみっともなく泣き出したい衝動に駆られていたが、それは強く目を閉じて堪えていた。
    「泣いてない」とは応えたものの、その声はすっかり震えていて、チョロ松には一松の強がりが手に取るようにわかっただろうが、それ以上の詮索はしなかった。


    ー 大正二年 十一月二十五日 午後八時半

    次の日の夜、チョロ松の自室で一松は兄の食事の介助を終え、食器を使用人に預けると、お湯で濡らした手拭いで簡単にチョロ松の身体を拭き、医師から処方された塗り薬を塗布して包帯を巻き直してやっていた。
    覚束無い手つきだが、昨日あらかじめ医師から手順の説明を受けていたこともあって、その仕事はゆっくりではあるが丁寧で、ほどけそうな気配もなくしっかりしている。
    途中、うっかり包帯を取り落としたりしたが、チョロ松は何も言わずだまって介助されている。
    これは、一松自ら「自分がやる」と使用人達に宣言していた。
    一松の突然の申し出に使用人達は戸惑ったが、チョロ松も目が見えなくなったことで他の感覚が過敏になっているのか、一松以外の人に身体を触られることを酷く嫌がったため、結局のところこの仕事は一松にしか出来ない事だった。

    チョロ松の身体は、随分と火照っている。
    昨日の青白い肌と低い体温が嘘のようだ。
    医師は鎮痛剤と解熱剤も多めに置いていってくれたが、昨晩からチョロ松は大怪我の影響なのか高熱にうなされ、今日も卵粥をようやく茶碗一杯なんとか流し込めたところだった。
    寝台に沈み込むチョロ松の姿は、驚く程弱々しくて一松を一層不安にさせる。

    (死なないで、チョロ松…お願いだから。)

    思わず、そんな風に祈らずにはいられなかった。

    一松が包帯を巻き終え、薬箱の後片付けをしていると、不意に部屋の戸が開けられた。
    その時には下を向いていたため、戸を開けた人物の顔はすぐに見れなかったが、誰なのかは瞬時に理解できた。
    使用人ならば跡継ぎであるチョロ松の自室に入ろうとする前に、戸の前で必ず伺い立てをするはずだ。
    それをせず、何も言わずに無礼にもいきなり戸を開けるような人物は、広いこの屋敷において、一松は一人しか知らない。

    「父さん…。」

    この屋敷の現当主たる双子の父親、その人だった。
    戸口に立つ父親の顔は眉間に深く皺が刻まれており、中には入らずに入口から寝台で眠るチョロ松をじっくりと眺めている。
    その様子に、一松は何か声掛けをすればいいのか、この部屋から去るべきなのか、どうすればいいのか判らず戸惑ったが
    …ああ、チョロ松の怪我が心配で慌てていたのだろう、だから余裕も持てずいきなり戸を開けてしまったのだ。
    そしてチョロ松の痛々しい姿に、打ちのめされてしまっているのだろう。
    …と、父親の様子を最大限好意的に解釈することにした。
    やがて父親は視線を部屋の奥の寝台から薬箱を片付ける一松へと移すと、低い声で言い放った。

    「ついてきなさい。」

    一松には、拒否権などない。
    足早に部屋を去っていく父親の後を慌てて追いかけると、着いた先は隣の部屋…父の書斎だった。
    部屋の中央に誂えられた西洋座卓を挟み、向かい合う形で腰を下ろすと、父親は徐に切り出した。

    「あれは、もう助かるまい。
     一松、今後はお前が「チョロ松」となり後継者となるように。」
    「え…。」

    話はそれだけだ、と言わんばかりに父親はそれ一言だけを伝えると、さっさと部屋を去ってしまった。
    一人書斎に残された一松は、呆然としたまま父親の言葉を反芻した。

    「チョロ松に…なる…?」

    それは、父親が先ほどのチョロ松の様子を見て、早々に切り捨てる決断を下した証明だった。
    あの時、戸口で父は大怪我を負ったチョロ松の姿に打ちのめされ、悲観していたのではない。
    単純に、品定めをしていたのだ。
    チョロ松はもう使えない。
    だが、存在をひた隠しにされてきた一松が今更チョロ松に代わって表に出ていくのは外聞が悪い。
    ならば、大怪我を負ったのは一松だったという事にしてしまえばよい。
    そして、一松は今後「チョロ松」として跡継ぎになってもらえばよい。
    父親の考えを理解した一松はただただ呆然とするしかなかった。
    結局のところ、自分達は父親にとって家を守る為の手駒に過ぎなかったのだ。
    チョロ松の振りをするなど、元々内緒で「入れ替わり」をしていた一松にとっては容易いことだが、自分達の心の平静を保つために自主的にするのと、強要されるのとではわけが違う。
    父の言葉は、二人の意思と精神を冒涜するに足るものだったのだ。


    ー 大正二年 十一月三十日 午後八時

    あれから一松はチョロ松の介助をしながら、深く考え込む事が多くなった。
    父親の下した決定は、次の日にはもうチョロ松の耳にも届いており、チョロ松自身はその決定を静かに受け止めていた。
    一松の日課となった包帯交換の時に、小さく「ごめんね、一松。」と零したチョロ松に、一松は虚を突かれ、思わず手を止め兄の方を見た。
    包帯に覆われた兄の目は、果たして今どんな表情をしているのかは判らなかったが、きっと眉を下げて哀しそうな顔をしているのだろうと一松は思った。

    もしも、もし、万が一にも、チョロ松がこのまま快方に向かわなかったとしたら。
    酷く儚く見える兄が、その命を手放してしまう日が来てしまったとしたら。
    そのような事を考えるのは無粋だと理解はしていたが、一松は考えずにはいられなかった。
    チョロ松を失えば、一松は父親の言うように一生兄を演じて生きていかなければならない。
    それどころか、心の拠り所を、「一松」自身を見てくれて認めてくれる存在を、唯一無二の半身を失う事になるのだ。
    チョロ松がいなくなってしまえば、一松はもう誰にも「一松」としての存在を認識してもらえなくなる。
    「一松」も「チョロ松」もいなくなり、現し世に残るのはきっと偽りの「チョロ松」だ。
    便宜上、兄の名を呼ばれながらも、その正体は実は一松で、しかし、一松も心を手放し、ただ兄を演じる人形に成り果て、もうそこにはかつての一松もいないのだろう。
    チョロ松のいない世界など、一松にとっては到底耐えることなど出来そうにない生活だった。
    一松にしてみれば、チョロ松の死は己の死と同義と言っていいくらいには、兄への依存は膨れ上がっていたのだ。
    いまこの瞬間にも、少しでも気を緩めれば一松の涙腺はたちまち決壊してしまいそうであった。
    同時刻、チョロ松ももう涙など流せないであろう己の目を自嘲しながらも、嗚咽を噛み殺していた事は、強く目を閉じて涙腺を守っていた一松には気付けなかった。

    沈んだ表情のまま日課を終えた一松は、チョロ松が静かに寝息を立て始めたのを確認して部屋を後にした。
    もう日はすっかり沈んでいる。
    使用人達も、一部を除いて各々の部屋へ戻るなり家路につくなりしたのだろう。
    広い屋敷は水を打ったような静けさだった。
    長い廊下を歩きながら、一松は考える。
    あの父親は何故こんなにも息子達…チョロ松と一松に対して無関心を貫くのか。
    思えば父親らしいことをしてもらった覚えもない。
    それは、チョロ松の代わりでしかなかった一松にとっては当然のことなのだが、こっそりと兄と入れ替わって茶会や演奏会へ出席した時も、父が息子を見る目は同じだった。
    名家の血と伝統を重んじるあまりに、人の心を亡くしてしまったのだろうか。
    だとしたらなんて哀れな人だろう。
    …もしも幼い時分に他界した母親が生きていれば、少しは違っていただろうか。
    幼い自分達を愛し、抱き締めてくれた母の腕はどのくらい温かかっただろうか。
    優しく呼びかける声は、どんな声色をしていだだろうか。
    母親を思い出そうとして、一松はその記憶がひどく曖昧な事に気付いた。
    記憶に残る母親はチョロ松と一松に平等に優しく、温かな存在だった事は間違いないのだが、その声や顔はぼんやりとしている。
    思い出そうとすればする程、兄の顔がうかんでしまうので、一松はもうこれ以上母親の顔を思い出そうとするのは諦めてしまった。

    その代わり、一松はふと幼き日に母から聞いたある逸話を思い出した。
    確か、こんな話だった筈だ。

    ー 松林の山の頂上には、小さなお社があって、
    そこにはもう何百年も生き続けるお狐様が暮らしている。
    お狐様の元に参拝して願い事をすると
    気まぐれにお狐様は参拝者に試練を与え、
    それを達成出来れば叶えてくれる ー

    いつ頃聞いたのだったか、子供向けの昔話だろうが、何故かはっきりと、一字一句覚えていた。
    今まで記憶の底に眠ったままだったのが不思議なくらいだった。
    単なる昔話、子供向けの物語。
    一松はそう思ったのだが、この話と一緒に記憶に蘇った母の声と表情が、真摯に己を見つめていて…、

    だから、少し縋ってみたくなったのだ。


    ー 大正二年 十二月一日 午前二時

    草木も眠る真夜中丑三つ時。
    一人の少年…一松は狭く急な山路を辿っていた。
    その山路はろくに手入れもされておらず、崩れかけた急勾配な石段の隙間からは雑草が蔓延り、当然街灯もなく真っ暗だ。
    辺りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。
    白い切石が暗闇の中ぼんやりと浮かんで見えた。
    そんな険しい道のりを、ただ黙々と登り続けていた。
    幼い頃に母親から聞いたお狐様の昔話を信じた訳ではない。
    むしろ一松は端から信じてなどいなかった。
    けれど、何も出来ずに家に閉じこもっているよりは、こうして何か行動を起こした方が幾分ましに思えたのだ。
    要するに、単に気を紛らわせたいだけの自己満足も少なくない割合で含まれていた。
    自己満足であっても、祈っておくくらいは減るものでもなし、やっておいて損することはないだろう。
    そう思って、一松は黙々と石段を上り続けた。

    やがて石段を登り切り、視界が開けた。
    目の前にはところどころ塗装の剥がれ落ちた朱塗りの鳥居、更にその奥には古びた小さな社が鎮座していた。
    どちらも、もう何年、何十年も手入れをされていないのだろう。
    鳥居をくぐり、社へ近づくと、社の前には申し訳程度に小さな賽銭箱が置かれていた。
    いつからあるのだろうか、随分と苔が蔓延っている。

    一松は懐から小銭を取り出し、それを賽銭箱へ投げ入れると鈴を鳴らした。
    鈴は錆び付いているのか、妙な擦れた音が響いた。
    柏手を二度。
    そして祈るようにぎゅっと目を閉じ、
    最後に深く一礼して大きく息を吐く。
    しばし社をぼんやりと眺めていたが、やがて一松はゆっくりと踵を返した。
    子供騙しではあるが、少し気分が落ち着いた気がする。
    …さあ、もう戻ろう。
    そう思い、一松が再び鳥居をくぐった時だ。
    不意に、背後で声がしたのだ。

    「いや~、久々だねぇ。人の子が訪ねてくるなんてさ。」

    「ーーーっ?!」

    勢い良く振り向けば、そこには鮮やかな紅い着物に身を包んだ一人の男が立っていた。
    一体いつの間に。
    一松がここにたどり着いた時、他の誰かの気配なんてなかったはずだ。
    いや、それよりも。
    一松は男の姿を見て、普段眠そうに半分閉じられた眼を見開いた。
    男の頭部は狐の耳を冠しており、背には滑らかで豊かな白銀の毛並みの尾を携えている。
    人ならざる存在である事は火を見るより明らかだった。
    男が笑みを絶やさぬまま一歩踏み出し、一松へ近づく。
    一松が一歩後ずさる。
    じっと男を見つめる一松の様子は、まるで天敵を目の前にして恐怖で目を離せず震え上がる小動物のようで、男は思わず笑みを深めた。
    どのくらいそうしていただろうか。
    数秒にも満たなかったかもしれないが、一松にはひどく長い時間のように感じた。
    ふと、ほんの一瞬…風が吹いた。
    かと思うと、男の姿が一松の目の前から消え去り、次の瞬間には互いの鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くまで迫られていた。
    この人ならざる男が目で追えない程の速さで動き、そして間合いを詰められたのだと、一松の脳が理解するのにはしばしの時間を要した。

    「?!」
    「あれ、お前……。いや、まぁいいか。
     なぁ人の子、さっき祈ったお前の願い、叶えてやろうか?」
    「………は?」

    男は心底愉快そうに目を細め、右手で一松の顎を捕らえた。
    一松と異形の男の目と目が合う。
    男の手はひんやりとしていて、愉快そうに笑うその目は吸い込まれそうなほどの漆黒だった。
    都合のいい口上を並べ立てて、取って食われるのだろうか。
    そう考えると同時に、男の目を見て、一松は場違いにも、ああ綺麗な目だな、と思った。
    彼が昔母から聞いた、何百年も生き続けるお狐様とやらなのだろうか。
    耳と尻尾を見る限りは狐に間違いはなさそうだし、それにこの男は願いを叶えてやろうかと言ってきた。
    人気のない山奥で、鮮やかな紅が一層際立つ。
    …紅。
    何故だろう、今何かを思い出しかけたような気がした。
    いや、それよりも。
    返答すべきなのだろうか、それとも無視を決め込むべきか?

    「おーい、少年?聞いてる??」
    「…誰?」
    「それ今聞いちゃう?」
    「だって…。」

    一松の顎を掴んだまま、男が更に言葉を続けようとした時だ。
    紅い着物の背後で突如、音もなく蒼い焔が浮かび上がった。
    思わず一松の視線がそちらへと向かう。
    一松の様子に男も顎を掴む手はそのままに振り向くと、「げっ」と小さく呟きながら顔を歪めた。
    それでも一松を離そうとはしなかったが。
    蒼焔は今度は風を起こしながら火柱を上げている。
    燃え上がっていた蒼い火柱はやがて霧散し、蒼い焔が上がっていた場所には男が立っていた。
    蒼い着物、顔立ちは紅い着物の男とよく似ている。
    そして、蒼い着物に身を包んだ男もまた、頭に狐の耳、そして背に八本の尻尾を携えていた。
    紅い着物と蒼い着物を交互に見つめる一松をよそに、蒼い着物の男は紅い着物の男につかつかと歩み寄り、拳を振り上げると容赦なく紅い着物の男の脳天にそれを振り下ろした。
    辺りに鈍い音…いや、なかなかいい音が響いた。
    この瞬間、あれ、こいつの頭って実は中身ないのかな、と失礼極まりないことを一松が考えていたのは、完全なる余談である。

    「おそ松!いたずらに人の子を怖がらせるんじゃない。」
    「えぇ~?別に苛めてねーよ?
     ただ、こいつの願い叶えてやろうかって聞いただけだって。」
    「だったらその手は何だ?んん~?」
    「あーもう!わーかったって!」

    突然現れた蒼い着物の男に咎められて、紅い着物の男(どうやらおそ松という名らしい)は一松から手を離した。
    一松といえば、目の前で起こっている展開についていけず、

    「うん、帰ろう…。」

    何か変な夢でも見ているのだろうと都合の良い解釈をし、元来た石段を下ろうと再び踵を返そうとした。
    …が、石段を下りることは残念ながら叶わなかった。
    今度は紅い着物の男に手首を掴まれてしまったのだ。
    見かけによらずその力は強く、一松には振り解けそうにない。

    「ちょ、待て待て待て!
     え、嘘でしょこの流れで無視?!有り得ないだろ!
     シカトとかお兄ちゃん泣いちゃうよ?!」
    「少年!先程はこいつが無礼を働き悪かった!
     こんな山奥に人の子が訪ねてくるなんて久々の事でな…少々はしゃいでしまったんだろう。
     何か困っている事があるのだろう?詫びというわけではないが、話を聞こうじゃないか!」
    「………チッ」
    「ええええ、舌打ちしたよこの子?!」

    何故か二人の異形の男達にしつこく引き留められ、一松は渋々此処に残る他なかったのだった。

    ーーー

    二人の男は一松を古びた社の前、ちょうど腰を下ろすのに丁度いい大きな置き石に座らせた。
    話を聞くに、二人は妖狐の兄弟で、紅い着物の男が兄のおそ松、蒼い着物の男が弟のカラ松というらしい。
    気の遠くなるほど昔からこの地に住み着き、この社を訪れる人の願いを気まぐれに叶えたり、偶に人の姿に化けて人里へ下って遊んだりして過ごしてきたそうだ。
    話し相手が欲しかったのだろうか、思いの外人懐っこい妖狐の兄弟は実によく喋る。
    二人とも背の八本の尻尾を機嫌良さげに揺らしていた。
    とりあえず妖怪に喰われる、という心配は今のところ無さそうである。

    「最近は此処を訪れる人もいないし、人里へ下りることもなくなったけどな。
     ここ数十年は西洋から来たおかしな道具が溢れかえってて、俺達妖にとっては溶け込み辛くなってきちまったし。」
    「ふーん…。」
    「ふーん、てお前ね。もうちょい興味持ってよ~。」
    「なぁ、一松といったか。お前は…、」
    「何?」
    「いや、何でもない。」
    「?」

    カラ松が一松の顔をじっと見つめ、そして何かを言いかけたが、結局言葉にはしなかった。
    そういえば、最初に顔を合わせたおそ松も似たような反応をしていた気がするが、一体何だったのか、一松には知る由もない。
    小首を傾げる一松に、カラ松は慌てて話題の矛先を一松へと向けた。

    「俺達の話はもういいだろう。
     そろそろ一松の願いを聞こうじゃないか。」
    「え…いや、別に。」
    「何遠慮してんの一松?大怪我したお前のおにーちゃん助けたいんだろ?」
    「!!」
    「あはは、何で分かったの、って顔してるな。
     わかるよ。ここら一帯は俺達の縄張りだからね。
     お前が社の前で祈った想いは妖狐の俺には筒抜けなの。」
    「なるほど、兄を助ける為にこんな所まで…!なんて美しき兄弟愛!」
    「…別にそんなんじゃ、ない。」

    カラ松の言う、美しい兄弟愛と言える程、綺麗な感情ではないことくらいは、一松も理解している。
    兄へ向けるこの想いは執着、そして依存だ。
    兄弟愛と呼ぶには度が過ぎていて、恋心と呼ぶには歪み過ぎている。
    事実、こうして此処に足を運んだのも、もちろんチョロ松の想いが強かったのもあるが、それ以上に自分自身の為だった。
    万が一、心の拠り所を失ってしまった時、自身が壊れてしまうのが怖くて、気持ちを落ち着けたかったのもある。

    「助けてやろうか。お前の兄貴。」
    「…助けられるの?」
    「怪我の程度にもよるけどな。普通の生活できるくらいなら治せるかもよ?」
    「…………代償は?」
    「へ?」
    「そんな虫のいい話あるわけないでしょ。
     チョロ松を治してくれる代わりに、俺は何を犠牲にすればいいの?」
    「一松、お前…、」
    「へぇ~、人間ってのは強欲な奴ばかりだと思ってたけど、一松は利口な子だな。気に入った!
     そうだな…それじゃ、一松。今から俺が言う事を成し遂げられたら、お前の兄貴を助けてやるよ。」
    「おそ松、折角此処まで来てくれたんだ。
     すぐにでも治してやったらどうだ。」
    「だーめ。
     さっきこいつも言っただろ?犠牲は何かって。
     無償で受け取るのは赦されない。対価は必要だよ。」
    「だが…、」
    「俺に出来る事ならいいよ。
     何も無しじゃ、あんたらに貸しを作ったみたいで居心地悪いし。」
    「む…一松が納得しているなら、構わないが…。」
    「さて…それじゃあ俺から一松へ試練を与えよう。」

    おそ松から告げられた、兄を助ける為の試練、それが「百日参り」だった。
    今日から百日、雨の日も雪の日も一日たりとも休まず毎日この社へ参拝すること。
    そして、参拝の際には賽銭の代わりに一松の髪を一本、奉納すること。
    これが条件だった。

    「何で髪の毛…?」
    「髪は妖力を込める媒体として一番手頃で手っ取り早いんだよ。
     直接俺が妖力をぶつけると何が起こるかわかんねーし、緩衝材みたいなもん?
     本当なら治癒を施す対象のお前の兄貴の髪がいいんだろうけど、双子の兄弟なら一松のでも問題ないだろ。」
    「そういうもん…?」
    「そーいうもん、そーいうもん。」
    「俺が百日通えば、兄さんは助かる?」
    「おう。俺の出来る限りの力を尽くしてやるよ。」
    「…わかった、百日参りする。」
    「よし。交渉成立、だな。」

    斯くして、一松の百日参りが始まったのである。

    ────────

    《二》

    ー 大正三年 三月十日 午前二時

    妖狐のおそ松が与えた条件を呑み、一松は今日、百日参りをやり遂げた。
    文字通り雨の日も風の日も、雪の日も、険しく暗い山路を真夜中に辿り、懐紙に包んだ髪を古びた社へ奉納した。

    柏手を二度。
    手を合わせるとぎゅっと祈るように目を閉じて
    最後に一礼してその場を足早に去る。

    誰にも内緒で、チョロ松にさえも内緒で、夜中こっそりと家を抜け出し、明け方になる前にまたこっそりと戻る。
    日中は父親の望む通り、「チョロ松」の振りをし続けた。
    チョロ松の代わりに学校へ通い、偶に園遊会へ参加しながらの百日参りは体力の少ない一松にはなかなかの重労働ではあったが。
    そんな日々を続けて百日目だ。
    その間、おそ松もカラ松も一松の前に現れることはなかった。
    だから目の前で上機嫌な様子で手を叩くおそ松を見るのは、実に百日ぶりだ。

    「お見事。頑張ったじゃん、一松。」

    おそ松がそう言った直後、蒼い焔と共にカラ松も現れた。
    こちらも百日ぶりの再会となるが、カラ松の表情は非常に晴れやかで、立ちすくむ一松へ勢いよく飛びつかんばかりだった。

    「おめでとう一松!お前は見事試練に打ち勝った!
     満願成就のこの目出度き日を盛大に祝福しようじゃないか!
     ああ、そうだ。英国ではこういう時、『こんぐらっちゅえいしょん』と言うらしいな!」
    「…え、うん。
     てか、初めて会った時も思ったんだけど、そのちょいちょい気障な言い方なんなの?」
    「あー、ごめんね。カラ松は劇舞台みたいな言い回しで喋んないと死んじゃう病なの。」
    「な…?!お、俺は知らぬ間に病に侵されていたというのか…?!」
    「ほんと、イッタイよねー!」
    「どぅーん!おっはよー!!」
    「真夜中だよ十四松兄さん。」
    「え…。」

    おそ松とカラ松の背後から飛び出してきた新たな登場人物に、一松は百日前と同じように瞠目した。
    ちなみに自分の世界に入ってしまったカラ松は早々に無視を決め込むことにした。
    突然一松の前へと躍り出てきたのは、おそ松とカラ松に顔立ちのよく似た、しかし受ける印象は大きく異なる者達。
    片方は薄桃色の着物を纏い、大きく可愛らしい瞳が印象的で、
    もう片方は蒲公英色の着物に、大口を開けて底抜けに明るい声を上げている。

    「あ、こいつらは俺達の式神。
     蒲公英色がカラ松の式神の十四松で、薄桃色が俺の式神のトド松な。」
    「話には聞いてたけど、君が一松くんかぁ~。
     おそ松兄さんの気まぐれに律儀に付き合っちゃったなんて、真面目なの?
     ま、よろしくね♪」
    「ぼくね、十四松!すっげー足速いよ!!」
    「え?あ…うん?よろしく??」

    式神は陰陽師が使役する鬼神のことだ。
    本来の式神とは多少の違いがあるのかもしれないが、使役神を持っているということは、おそ松もカラ松も一松が想像している以上に高位の妖なのだろう。
    もっとも、式神だという十四松とトド松の様子を見る限り、やけにしっかりとした自我を持っているようで、主に敬意を払っている様子は見受けられない。
    が、おそ松とカラ松にとっては日常的なことらしく、気にしている様子はなかった。
    十四松とトド松を従え、おそ松は徐にぽんと手を打つと、一松に向き直った。
    その手は綺麗に束ねられた短めの髪を持っている。
    この百日間、一松が一本ずつ奉納してきた髪のようだ。

    「…さてと、それじゃぁ約束通り一松のお兄ちゃんを治すとするかー。」
    「…今更なんだけど、本当に出来るの?」
    「え、まだ疑ってる?
     ちゃんと治すから大丈夫だって。」

    おそ松を疑ったわけではない。
    ただ、いざ治そうという場面に直面して、少し不安になったのだ。
    一松がこっそりと百日参りに勤しんでいた間、チョロ松の容態が悪化するようなことはなかったが、快方に向かうこともなかった。
    流石に傷は塞がったが、もうその目は光を捕らえることが出来ないし、手足も満足に動かせない。
    介護無しには生活できない、完全に寝たきりの状態になってしまったのだ。
    「一松」と請われるように伸ばされる手を取れば、チョロ松の手の冷たさにぞっとした事も少なくない。
    兄の状態は誰が見ても絶望的で、現代の医学ではどうにもならないだろう。

    「治すって言っても…どうやって?」
    「まずは一松の兄…チョロ松だっけ?の所に行くかー。」
    「は?!」
    「いや、だって怪我人の所に行かないと治せないじゃん?」
    「そ、そうだけど…。え、待って家に来るの?」
    「いやぁ~人里に下りるなんて久々だな~!
     あ、大丈夫、大丈夫。ちゃんと見つからないようにするから。」
    「善は急げだな!そうと決まれば急ぐぞ。一松、つかまれ!」
    「は、え?!ちょ、ちょっ!待っ…!!」

    言うや否や、気付けば一松はカラ松に引き寄せられていた。
    カラ松は素早く一松を横抱きにすると勢い良く地を蹴る。
    背後から「あ、待てよカラ松~」とおそ松の間延びした声が聞こえてきた。
    カラ松は一松を横抱きにしたまま、軽々と木々を飛び移っていく。
    そうして、一松が目を白黒させている間に山を下り、あっという間に人里まで来たかと思えば、今度は家々の屋根から屋根へと飛び移っていった。
    カラ松の後を同じようにおそ松が追ってきているのと、おそ松の背中に十四松とトド松がしがみついているのを、
    ついでに言うと「おいお前ら自分で走れよ!」「え~やだよ面倒くさい。」「兄さんがんばれー!!」
    というやり取りをしていた事も、この時になってようやく一松はその目と耳に認めることが出来た。
    先刻、見つからないようにする、と言っていなかっただろうか。
    誰かに見られていたらどうするんだ、と妖狐の兄弟に言ってやりたかったが、
    ふと上を見上げて目が合ったカラ松が得意そうに片目を瞑って笑うものだから、一松は呆れてすっかり脱力してしまい、それきり咎める機会を失くしてしまったのだった。

    やがて一行はチョロ松と一松が住まう屋敷の屋根へと辿り着くと、中庭へ下り、そこからチョロ松が眠る部屋へと向かった。
    屋敷はしんと静まり返っており、誰とすれ違うこともない。
    この屋敷は父親の意向で、住み込みで働く使用人はほんの数人で、ほとんどが通い勤めだからだろう。
    使用人達が帰った夜はとても静かだ。
    そっと部屋の戸を開けて中へ入ると、トド松が何やら手を不思議な形に組んで詠唱している。
    部屋の四隅が、一瞬だけ青白く光った気がした。

    「よし、簡易だけどこの部屋に結界張ったから、しばらく誰も入ってこれないよ。多少騒いでも大丈夫。」
    「それは有難いけど騒がないでよ。チョロ松は起こさないで。」
    「はいはい。そんじゃ、まずは怪我の程度を見せてもらおっかな~。」

    少し声を落として言いながら、おそ松は寝台に横たわり寝息を立てるチョロ松の胸元に懐紙を置き、その上に束ねられた髪を置くと、手を置いた。
    そのままじっと目を閉じ、何かを探っているようだった。

    「…どうだ?おそ松。」
    「うん、大体治せるな。…ただ、」
    「ただ?」
    「わりぃ、目は難しいかも。」
    「目?」
    「うん。こいつの目、どうやら完全に壊れちまってるみたいでさ。
     腕とか脚は、まだ身体の組織が死んでないっぽいから治せそうだけど。
     …人の身体ってさ、速さは違えど怪我すれば自然と回復する力を持ってるだろ?
     俺の治癒って、乱暴に言えば人が持ってる回復力をめーっちゃ高めて回復促すようなもんだから
     治そうとしてる部分そのものが死滅しちまってるとなぁ…。」
    「…なんとか、ならないの?」
    「うーーーん、そーだなぁ~…。
     あ、取り敢えず他のところは治しとくな。」

    おそ松の手に淡い光が集まり、そして光はチョロ松の身体へと吸い込まれていく。
    その光景を見ながら、一松はばれないように拳を握り締めた。
    目は、治せないのか。
    人ならざる妖と関わりを持って、百日山路を登り続けたというのに。
    …いや、寝たきり状態からは解放されるのだ、それだけでも十分な奇跡だ。
    そうは思っても、落胆は隠せようもない。
    そんな一松の様子を、カラ松が心配そうにうかがっていた。
    やがてカラ松は何かを思い付いたのか、声量を落として一松に話し掛けてきた。

    「……なぁ、一松。一つ提案なんだが。」
    「…何?」
    「片目を交換するのはどうだ?」
    「交換…?」
    「ああ。お前の片目とチョロ松の片目を入れ替えるんだ。
     そうすれば、一松は片目が見えなくなってしまうが、チョロ松は片目が見えるようになる。」
    「片目、を………。」
    「カラ松、お前マジで言ってんの?
     それ、つまりは一松に兄の為に片目を潰せって言ってるのと同じだぞ?」
    「それは、そうなんだが…。」
    「いいよ。」
    「はい?」
    「俺の片目、チョロ松にあげていいよ。」
    「一松本気?…後になって元に戻すとか無しよ?」
    「うん。なんなら両目あげてもいい。チョロ松に僕の目あげて。」
    「うーんと、…うん、お前の覚悟は分かったから。そこは片方にしとこうか。」

    カラ松の提案に、一松は躊躇なく乗っかった。
    元々、おそ松からチョロ松を治癒してやると聞かされた時も自身は滅ぶ覚悟だったし、片目を差し出す程度でいいのなら悩む必要などなかった。
    おそ松とカラ松、そして十四松とトド松がじっと一松を見つめる。
    その目は程度は違えど、一様に何かを堪えているような、心配しているような、そんな表情をしていた。
    一松を囲む人ならざる四人が一体今ここで何を考えていたのか、知らぬは一松本人のみである。

    「一松、…本当にいいんだな?」
    「うん。」
    「わかった。…それじゃ、お前らの右目を入れ替えようか。」

    おそ松が右手をチョロ松に、そして左手を一松に、顔半分を覆うようにして手を置いた。
    瞬間、右目がどくりと脈打ち、一気に熱を持った。
    かと思うと、次第に熱は引き、今度はじくじくとした鈍い痛みがゆっくりと一松を襲う。
    反射的に肩が震え、思わず目を閉じたが、やがておそ松がチョロ松と一松から手を離した時には痛みは治まっていた。
    一松が再び目を開く。
    先程までと見える世界が違う。
    どうにも目の前が平坦に見えて、距離感が上手く掴めない。
    なるほど、確かに一松の右目は視力を失っていた。

    「チョロ松の身体は少しずつ動くようになっていくよ。
     目は…まぁ、片目はしばらく不自由を感じるだろうけど、時期に慣れるだろ。」
    「さて、夜が明ける前に俺達は戻るとするか。
     今宵の逢瀬はここまでだな、しかし、俺達が縁で結ばれていれば、近く必ずや相見える日がく」「ばいばーい、またね!」え…。」

    やるべき事をやり終えると、妖狐の兄弟とその式神は颯爽とその場を去っていった。
    約一名、何かわけの分からぬ事をぐだぐだと並び立てていたが。

    薄暗い部屋には、チョロ松と一松だけが取り残された。
    先程までの賑やかさが嘘のように、部屋は再び静けさを取り戻している。

    (あ。お礼…言いそびれた、な…。)

    視力を失った右目を手で押さえながら、一松はふと思った。

    ーーー

    ー 大正三年 三月二十日 午後三時

    あれから、チョロ松は奇跡的な回復を遂げた。
    おそ松が言い残した通り、治癒を施した次の日の朝には右目が光を宿し、三日後には両の手を自由に動かせるようになり、一週間が経った頃には、自力で歩けるまでになった。
    屋敷の使用人達は皆驚きながらも回復を祝福し、彼らなりの祝の心配りなのだろう、夕餉が少し豪華になったりした。
    おそ松がチョロ松を治癒し、更にチョロ松と一松の片目を交換した次の日の朝、一松は鏡の前に立ち、いつもより念入りに己の顔、と言うよりも目元をじっくりと眺めたが、視力を失った右目は確かに一松の目であった。
    どうやら物理的に目と目が入れ替わったというわけではないようだ。
    しかし、右目の何かが確かにチョロ松と入れ替わったのだろう。
    父親といえば、チョロ松の回復を知るなり、百日と少し前に一松へ言い放った「チョロ松として振舞え」 という発言は、まるでなかった事のように白紙に戻していた。
    素っ気なく「あの日の言葉は忘れろ」とだけ伝えると、再びチョロ松が表舞台へ上がることになっていた。
    この点については一松の予想していた通りである。

    …が、一松が予想だにしていなかった事も起こった。
    まず一つ目は、一松が片目が見えないという事が、早々にチョロ松本人にばれてしまったことだ。
    一松としては、出来る限り隠しておきたかったが、やはり片方だけとはいえ、瞳に光を取り戻した双子の兄には隠し事など到底無理なようで、
    チョロ松は視力を取り戻したその日にごくごく自然に、あっさりと、一松の様子がおかしい事に勘づいてしまった。
    そこから、一松の片目が見えていない事に気付くのには少々の時間を要したが、何か物を取ろうと手を伸ばした一松がやたらと空振りするのを見て、チョロ松は怪訝そうに眉を顰め、控え目に一松に言ったのだ。

    「一松…お前、もしかして片目、見えてないの?」

    兄にあっさりと気付かれ、どう返答したものかと固まってしまった一松とチョロ松を襲ったのが、二つ目の予想外な事であった。

    「「………あれ?」」

    呟いたのは、二人同時だった。
    お互い顔を見合わせ、双子故なのか全く同じ拍子に目を瞬かせる。
    その驚いた表情も何から何まで、まるで鏡合わせだ。
    チョロ松と一松が顔を見合わせ瞠目している理由…それは自身の視界に、何か別の視界が重なって見えたからだ。
    自分の目で見た、目の前に広がる光景とは別に、脳裏に異なる風景がちらついている。
    互いの片割れを見つめる自身の視界と、自分自身を見つめている誰かの視界。
    互いの視界が共有されているのだと理解するのに、さほど時間は掛からなかった。

    「待って、一松が僕を見てる様子が、僕にも見えてる?」
    「え…チョロ松の目を通して自分が見えてるの?」
    「どういう事?」
    「俺に聞かれても…。」
    「だよなぁ…。」
    「何なんだろうね。」
    「うん。」

    不思議な事は間違いなかったのだが、チョロ松も一松も、特に気味悪がったりする事はなかった。
    自身の見るもの全てがばれていたとしても、相手が双子の片割れならば別段気にする事はない。
    むしろ、片割れが見ている世界を自分も見ること出来るのは、心地良くさえあった。
    異常とも言える感覚なのだが、二人にとってはこれが至って普通の感覚らしい。

    ーーー

    チョロ松と一松が視界の共有に気付いて、二人で色々と試した結果、幾つか分かった事がある。
    まず、互いの視界を見るには条件があるらしいことだ。
    どちらかが眠っていたりして意識がない場合や、二人のいる距離が物理的に離れている場合は共有が出来ない。
    そして、どちらか一方が共有を拒んだ場合もどうやら相手に共有される事は無いようだった。
    そして、共有出来るのは視界だけで、相手が見ている景色は分かっても、それに付随してくる音や匂い、触覚等は分からない、という事がわかった。
    しかし、何故突然こんなチカラが二人に宿ったのかは依然として謎だ。
    チョロ松にとっては本当にわけの解らない事態であったが、その一方、一松は解らないながらも心当たりはあった。
    というより、一松には原因がそれとしか考えられなかった。


    ー 大正三年 三月二十一日 午前一時半

    真夜中、一松は再び例の山路を辿っていた。
    チョロ松の身体を治すという目的を果たした今、もうこの場所に来る事はないだろうと思っていたのだが、どうしてもあの妖狐に聞きたいことがあった。
    聞きたいこととは無論、チョロ松との視界の共有に関してだ。
    チョロ松と一松が右目を交換した事が影響していると、一松は確証はないものの、ほとんど確信していた。

    社の前に辿り着き、鳥居をくぐると、一松が社の前に立つ前に目当ての相手の方から姿を現した。
    いや、現したというよりも社の前に、いた。

    「あれー?一松兄さんだ!」
    「ほんとだ。どうしたの?」
    「ちょっと聞きたいことがあったから…。
     十四松とトド松は何してんの。」
    「鞠遊びだよ~。」
    「僕ね、めちゃめちゃ遠くまで投げれるよ!」
    「そう…。」

    社の横で式神の十四松とトド松が遊んでいた。
    暗闇の中、蒲公英色と薄桃色の鮮やかな着物が場違いなほどに明るく浮かび上がって見える。
    二人の手には、身に纏う着物と同じくらい色鮮やかな手毬があった。
    薄桃色、蒲公英色、そして藤色の花模様が散りばめられ、その周りは柳葉色の葉模様があしらわれている。
    そして、鮮やかな紅色と蒼色の糸で縁取りが施されていた。
    なんとも色とりどりで目にも鮮やかな手毬だ。
    一松の視線は、自然と美しい色彩の手毬へと向かった。

    (…なんかこの鞠、何処かで見たことある、ような…。)

    そう、ふと思ったのだが

    「あれ?一松じゃん。」
    「一松!会いに来てくれたのか!!」
    「なんだよー!呼んでくれりゃ迎えに行ったのに〜!」
    「よく来てくれたな、一松!
     ここまで登ってくるのは人の足では大変だろう?茶でも入れよう「いらない。」えっ…。」

    背後から気配もなく、紅と蒼の妖狐の兄弟が現れたため、一瞬、色鮮やかな鞠に感じた既視感についてそれ以上考える余裕はなくなってしまった。
    振り向けば、一松の記憶にある通りの鮮やかな紅色と蒼色。
    二人とも、やたらと人懐こい笑みを浮かべている。
    おそ松が一松の肩に腕を回し、ぐりぐりと乱暴な頰ずりを始めた。
    一瞬だけ一松に鳥肌が立ったが、結局はされるがままだ。
    その様子をカラ松が何故かやたらと羨ましそうな目で見ている。
    気づけば鞠遊びをしていた十四松とトド松も一松の傍まで寄ってきていた。
    あっという間に妖狐と式神に囲まれた一松は、「呼ぶってどうやって」だとか、「妖怪にお茶出しされる人間てどうなの」だとか、色々と言いたい事はあったのだが、
    このまま流されて態々ここまでやって来た目的を忘れてしまう前にと、おそ松の頭を両手を使って押しのけながら本題に入ろうとした。

    「ちょっと聞きたいことがあ「一松から離れろ!!」…え。」
    「うわっ…ちょ、あっぶね!」
    「え…チョロ松?」

    顔のすぐ横で鋭い音と風を感じた。
    それと同時に、おそ松が一松から離れて素早く間合いを取ったのが分かった。
    驚いて音の出所へと目を向ければ、そこに立っていたのは双子の片割れ、チョロ松の姿で。
    双子の兄は、片足を上げた状態で、光の宿った右目でおそ松を睨みつけていた。
    先ほど一松が感じた鋭い音と風は、どうやらチョロ松の蹴りだったらしい。
    チョロ松は松模様があしらわれた柳葉色の袴下に深緑の袴姿で、少々息を乱していた。
    ちなみに、一松はチョロ松と色違いの藤色の袴下に紫紺の袴姿だ。
    袴で、しかも体調も万全ではなく、片目が見えていない状態で、よくここまで鋭い蹴りが繰り出せたものである。

    「なんで、ここに…。」
    「はぁ?!何でじゃないよ!
     たまたま厠に起きたら視界に変な森やら石段やら社が見えてくるし!更にはよく分からない奴らに囲まれているわ馴れ馴れしくベタベタされてるわワケわかんないしお前何でこんな真夜中にこんな処に来てんの?!てか、あいつら何なの?!ていうか、僕に黙って何してたの?!
     一松、あの紅い奴に何された?ちょっと待ってて軽く殺してくるから!」
    「ちょ、落ち着いて…、」
    「チョロ松くーん?恩人に向かっていきなり蹴り入れるのはどうなのー?
     というか、ぞっとしちゃったんだけど!やめてお願い。」
    「ああ?!黙れクソが一松にベタベタ触ってんじゃねぇ!」
    「うわお、噛み付くね~。お兄ちゃんちょっと感心しちゃったわ。」
    「あの、チョロ松…ちゃ、ちゃんと話す、話すから落ち着いてってば。」

    どうやら夜中に目を覚ましたせいで、一松の視界をチョロ松も見てしまったらしい。
    その目に広がる景色を不審に思い、後を追ってきたようだ。
    おそ松に対して敵意を剥き出しにしているチョロ松をどうにか宥めながら、一松は己の迂闊さを反省した。
    チョロ松には知られたくなかった。
    とは思いつつも、山路の道中の視界がチョロ松と共有されていたということは、一松も拒否していなかったということだ。
    それとも、この兄に隠し事は出来ないという無意識の諦めが働いたのだろうか。
    兎も角、この社と、そして妖狐の兄弟達と話しているところを見られてしまっては、もうどうにも言い訳は出来そうもなく、チョロ松に総てを話す他ないように思えた。
    下手な誤魔化しはチョロ松には通用しないし、何よりそうすると後が怖い。
    一松は、初めておそ松達に出会った際におそ松がそうしたように、チョロ松を社の前の置き石に座らせると、大きく息を吐いてから静かに事の顛末を話し出した。

    チョロ松が大怪我を負ってから、幼い頃に母から聞いた子供向けの昔話をふと思い出したこと、
    屋敷で何も出来ずにいるのが嫌で、自身の気持ちを落ち着けたくて、この社へ来たこと、
    そこで妖狐であるおそ松とカラ松に出会い、百日参りを果たせば、チョロ松の身体を治してやるという条件を持ち掛けられたこと、
    そして、その条件を呑み、百日間この社に通い続けたこと、
    おそ松の力によってチョロ松の身体は治せたが、目だけは力が及ばず、一松と右目を交換したこと。

    「…で、チョロ松と視界の共有が出来るようになった原因、目を交換した事が何か関係してるんじゃないかって、それを確かめたくて、また此処に来たんだけど…。」
    「……。」
    「今日に限ってチョロ松が夜中に目を覚ますとは思わなくて…その、」
    「…僕の身体が突然良くなったのは、そういうわけだったんだ…。
     おかしいと思ったんだよ。急に調子が良くなるものだから。
     ねぇ、一松。」
    「……うん。」
    「頑張ってくれたのは、嬉しいよ。
     でもさ、自分の身体を犠牲にするようなこと、するなよ。」
    「ごめん…。」
    「僕、怒ってるよ?」
    「うん…。」
    「ほんと怒ってるよ?」
    「ごめんなさい。」
    「あのさ、一松。
     こうして僕が回復しても、そこにお前がいなかったら、意味ないんだよ。
     ……わかるだろ?」
    「うん…。」
    「…………まぁ、でも、ありがとう。」
    「チョロ松…。」
    「ほんとお前は、頭がいいのに馬鹿だよね。
     たまに思考がぶっ飛んでて危なっかしいったらないよ。
     やっぱり一松には僕が付いてないと。」
    「ふ…チョロ松には、言われたくないよ。」
    「ふふ…そう?」

    困ったように眉を下げて笑ったチョロ松を見て、一松はほっと息を吐いた。
    一松が黙って危険な百日参りをしていた点についてチョロ松が腹を立てたのは事実だが、自分の為に動いてくれた事は間違いない故に、チョロ松は頭ごなしに怒る気にはなれなかった。
    一松がチョロ松の為に片目を差し出してくれたことに、チョロ松の胸中には薄暗い悦びと、言葉に出来ない愛しさが同時に込み上げていた。
    けれど、自己犠牲には走ってほしくはない。
    自分のせいで、一松が身を滅ぼすような事はあってはならないのだ。
    その身に置かれた環境故に一松は自己評価が著しく低い。故に自ら身を引いたり、損な役回りになろうとするのだから、チョロ松としては気が気ではない。
    しかし、チョロ松にとっては一松のそんなところも全てひっくるめて、大切な弟だ。
    愚かで、一途で、愛しい、大切な弟。
    そしてその弟に不貞を働く輩は、人であろうが妖であろうが、関係ない。
    一松に纏わり付く者達が人ならざる者だと、チョロ松は瞬時に理解したが、かと言って一発蹴りを入れるという選択肢を却下する事はなかったのだった。

    「お話終わったー?
     ね、分かったでしょ?俺お前の恩人よ?」
    「うん、その点については一応感謝してるよ。」
    「一応かよ。」
    「感謝はするけど、それと一松に馴れ馴れしく擦り寄ってたこととは、別の話だよね?
     お前誰の許可得て一松に好き勝手やってんの?あ?」
    「えええ、怖っ!一松ぅ~お前のお兄ちゃん独占欲強過ぎじゃね?」
    「…え、そう?」
    「お前この状況見てわかんねーの?!やばくない?!」

    状況を整理し、理解した上で、チョロ松は今度こそ本気の蹴りをおそ松へ向かって放とうとしていた。
    十四松とトド松はその様を眺めながら、

    「あははっ緑のにーさんの蹴りすっげーね!」
    「いいぞいいぞー緑のおにいさん、そのままやっちゃえ~!」

    などと茶々を入れている始末だ。
    人の子相手に心配する必要はないと考えたのか、そもそも主を助ける気が更々ないのかは謎である。
    その横に立つカラ松はといえば、

    「(余計なことしなくてよかった…。)」

    と、一人で内心ホッとしていた。
    こちらもおそ松を手助けする気は毛頭ないらしい。

    程なくして、背中に綺麗な下駄の跡を作ったおそ松と、少しばかりすっきりとした顔をしたチョロ松が戻ってきた。

    「お前らな!ちょっとはお兄ちゃんの心配しろよ!
     一松も!チョロ松止めに入れよ!」
    「ああ、おかえり。勿論心配したぞ、ちょっとだけ。
     おそ松が大人げなくチョロ松を殺しやしないかとな。」
    「おそ松兄さん楽しそうだったねー!」
    「よかったじゃん、人の子に構ってもらえて。」
    「あーもう!弟達が冷たい!!」

    「…ねぇ、ところで、聞きたいこと…」
    「あー、視界が共有出来るようになっちゃったってヤツね。」
    「そう、それ。目を交換した事、関係してる?」

    一松に聞かれ、おそ松は先ほどまでのおどけた表情から一変し、真剣な顔つきでチョロ松と一松を交互にじっと見つめた。
    やがて、おそ松はウデを組み、大きく頷いてみせた。

    「うん、関係してるな。」
    「…どういう事?」
    「お前らの目を交換した時に、俺の妖力の影響でこうなったっぽい。」
    「えっ…じゃあ、それっておそ松兄さんの失敗ってこと?」
    「兄さん失敗っすか!珍しーね!」
    「違いますぅー!失敗じゃないですー!!
     …普通なら、人間が俺の操る妖力に反応するなんてこと、ありえねぇんだよ。
     多分、お前らは人間にしては、そういうチカラが…人間に言わせると非科学的な力を持ってる方なんだろうな。」
    「失敗ではないにしても、原因を作ったのはおそ松だろう?治せないのか?」
    「ごめん、治し方わかんねーわ。」
    「いや、別に不自由はないからいいんだけどさ…。」
    「うん。まぁ、原因分かってすっきりした。」
    「え、いいの?そんなんで?!
     お前らほんと大丈夫?お兄ちゃん心配!!」

    もう夜明けが近い。
    元々ここにはチョロ松と一松が視界を共有出来るようになってしまった原因をはっきりさせる為に来たのだ。
    その目的を果たせたのだから、これ以上ここに留まる必要はない。
    送っていこうと言うカラ松の申し出は断って、(多分、あの時と同じく担がれて家々を飛び移るのだろうから)チョロ松と一松は妖狐と式神に別れを告げて山路を下った。

    ーーー

    ー 大正三年 三月二十一日 午前五時半

    だんだんと白んできた空を、カラ松はぼんやりと眺めていた。
    視線を少し下に下げれば、山から人里を見下ろすおそ松の姿を確認出来た。
    兄の背中に何か声を掛けようとしたところで、カラ松の足元に何かが転がってくる。
    十四松とトド松が遊んでいた色鮮やかな手鞠だった。
    腰を屈めて、それを拾い上げた。
    手鞠程度ならば、わざわざ腰を屈めずとも尻尾を使って拾い上げることくらいできるのだが、この手鞠はきちんと手を使わなければならない気がした。

    「カラ松兄さーーん!そっちいっちゃった!!」
    「もぉ~十四松兄さん、飛ばし過ぎだよ!」

    十四松とトド松が駆け寄ってくる。
    カラ松が手鞠を差し出せば、十四松が笑顔でそれを受け取った。

    「大切な手鞠だろう?なくさないようにな。」
    「うん!」

    薄桃色、蒲公英色、藤色の花模様に、柳葉色の葉模様、そしてそれを縁取る蒼と紅。
    殊更、十四松とトド松が大切にしている手鞠を見ると、カラ松はいつも昔を思い出した。
    それは多分、兄のおそ松も同様の筈だ。
    十四松とトド松が社へと引っ込んでいったのを確認して、カラ松は再びおそ松の方へ視線を向けた。
    おそ松は相変わらず遠くの人里を見つめている。

    「おそ松。」
    「ん~?」

    おそ松の紅い背中に声を掛けると、いつもの間延びした声が返ってきた。
    しかしその横顔は、いつものどこか飄々とした様子からは随分とかけ離れており、真剣な目で、僅かに顔を歪めて、相変わらず人里を見下ろしている。
    何か見えるわけでもないだろうに。
    いや、ひょっとすると、この兄には何かが見えているのかもしれないが。
    おそ松が振り返ることはなかったが、カラ松は構わず続けた。

    「あの二人、チョロ松と一松は…やはり、」
    「あー、うん…間違いないだろうな。」
    「そうか。」

    おそ松がようやくカラ松の方へと振り返った。
    その目は喜色に満ちていて、けれど、どこか泣きそうにも見えた。

    朝日が、もう少しで昇ろうとしていた。

    ────────

    《三》

    ー 大正三年 四月二十一日 午後三時

    年度が変わり、チョロ松と一松の生活には少しの変化が訪れた。
    まずは学校。
    まだチョロ松の身体が万全ではないこともあり、日替わりで通うようになったのだ。
    無論、他の人には内緒の話。
    学校に在席しているのはチョロ松だけだし、一松はチョロ松の振りをして学校生活を送っている。
    一度だけ、危うく入れ替わりがばれそうになった事があるが、それは別の機会があればお話しよう。

    そして、父親との関わり。
    分かってはいた事なのだが、チョロ松が大怪我を負った件で、父の双子に対する無関心さは浮き彫りとなってしまった。
    あれ以来、私事で父と顔を合わせる事はますます無くなり、もはや事務的なやり取りしか交わさなくなってしまった。
    こればかりは、双方の意識が変わらなければどうしようもない。

    しかし、これらはささやかな変化と言っていい。
    チョロ松と一松に訪れた変化は、実はそれだけではない。
    最も大きな環境の変化、それは

    「やっほー!チョロ松兄さん、一松兄さん♪」
    「おっはようございマッスルマッスル!」
    「……十四松、トド松、また来たんだ?」
    「おはよう…そろそろ夕方だけど。」
    「今日は狐どもはいないの?」
    「うん、今日は僕らだけだよー。」
    「ならいいや。入っていいよ。」
    「「おじゃましまーす!」」

    元気よくやって来たのは、十四松とトド松だ。
    おそ松達妖狐の存在をチョロ松も知るところになって以来、式神である十四松とトド松はちょくちょく屋敷へ遊びに来るようになった。
    おそ松やカラ松と異なり、彼らは狐の耳や尾は持ち合わせていないため、見た目はほぼ人間である。
    チョロ松が何か口添えしたのか、屋敷の使用人達も彼らの訪問について何も言わないし、今のところ父親から咎められるという事もなかった。
    使用人達は、十四松とトド松のことを「少々装いの派手な友人達」とでも思っているのだろう。
    鮮やかな蒲公英色と薄桃色は人目を引くに違いないが、それでも番頭を始め使用人達が眉を顰めることが無いのは、一に十四松とトド松が纏う無垢で無邪気な空気のお陰なのだろうと、一松は考えている。
    その証拠と言っていいのか、おそ松とカラ松にはあんなにも敵意を剥き出しにしていたチョロ松も、十四松とトド松に対しては、僅かに警戒心は残るものの、チョロ松なりに彼らを可愛がっている節が見受けられた。
    今日も、彼ら式神達の主の姿があれば、こんなにすんなりと自室へ招き入れたりはしないだろう。

    ところで、十四松もトド松も、何故かチョロ松と一松を「兄さん」と呼び慕っている。
    生を受けてほんの十七年しか経っていないチョロ松と一松に比べ、彼らは遥かに永い年月を生きているのだろうから、チョロ松と一松からすれば複雑な心境ではあるのだが、彼らに「兄さん」と呼ばれるのは何故だかやけにしっくりときて、そのまま自由に呼ばせているというのが現状だ。

    「ねぇねぇ!これ何?!食べ物?」
    「ん?…あぁ、西洋菓子だよ。『かすてら』っていうんだって。…食べる?」
    「うん!」
    「僕も僕も~!」

    日中、この屋敷には客人が訪れることが少なくない。
    大体が父親の知り合いであったり仕事相手なのだが、客人達はその多くが手土産として菓子折りを持参する。
    そうした手土産は、まずチョロ松と一松の元に届き、余れば使用人達に分け合ってもらっていた。
    今日も来客があったらしい。
    八つ時に侍女がチョロ松の自室へ綺麗に切り分けられたカステラを持ってきてくれていたのだ。
    それを十四松が目敏く見つけたわけだが、結構な量があったために、チョロ松と一松の二人だけでは食べ切れなかったところで、式神達の訪問は、むしろちょうどよかったのかもしれない。
    十四松とトド松は、カステラを一切れ頬張ると、たちまちそのあどけない顔を破顔させた。

    「甘んまぁ~!!美味いっすなトッティ!!」
    「うん♪僕こんなに甘くて美味しいお菓子初めて~!
     あとトッティやめて十四松兄さん。」
    「美味しい?…よかった。」
    「もうちょっと落ち着いて食べろよ。別に取らないし全部食べていいから。
     喉に詰まっても知らないぞ。」
    「…お茶、もらってくる。」
    「うん。頼むね、一松。」

    それ程に美味しかったのだろうか、もぐもぐと必死に口を動かし幸せそうな顔をする式神達に、チョロ松と一松は視線だけを合わせ、ふ、と微笑んだ。
    一松が部屋を出たのを見送り、チョロ松が十四松とトド松へと視線を戻せば、彼らは相変わらずカステラを頬張っていた。
    こんなに喜んでくれたのならば、この菓子折りを持ってきた何処ぞの客人も、ひいてはこのカステラ自身も本望であろう。
    やがてカステラを綺麗に平らげたところで、使用人に淹れてもらった茶を持って一松が戻ってきた。
    それを受け取り、丁度いい温度で淹れられたお茶を啜っていた十四松とトド松は、「あ。」と何か思い出したように話題を切り替えた。

    「そうだ!おそ松兄さんから言伝があるんだった。」
    「え、何それすごく聞きたくないんだけど…。」
    「そんなこと言わないであげてよチョロ松兄さん!
     一応僕ら言伝のお使いってことで来たんだから!」
    「お菓子集りに来たんじゃなくて…?」
    「もうっ!一松兄さんまで~!」
    「僕もね、カラ松兄さんの伝言預かってるよ!今から言うね!!」
    「え…うん。」
    「『我が愛しの子猫達よ、知っているか?今宵は満月だ。…聖なる砦から見る月は格別だ。月明かりを受けながら空虚と成り果てた心を共に満たそうじゃないか。』
     …だって!」
    「うん?十四松、申し訳ないんだけどもう一回言ってくれない?全然理解出来なかった。」
    「わかり易く言っちゃうとね、
     『寂しいから一緒にお月見しよーよ!』
     ってことじゃないかな!」
    「だったら最初からそう言えよ!くっそ痛いし分かりにくいわ!!」
    「…春なのに月見すんの?」
    「兄さん達はね、割と何でもありだから!!」
    「なるほど…なるほ、ど…?」
    「僕もおそ松兄さんからの言伝、一応伝えとくね。
     『ね~チョロ松に一松ぅ~、お兄ちゃん暇だよぉ遊ぼうよ~。
     あ、そだ!月見しようぜ月見!
     今夜八時に迎えに行くから待ってろよ!』
     …だってさ。」
    「…あ゛あ?!何が悲しくてクソ狐共と月見なんぞしなきゃなんないわけ?!
     ていうか一方的過ぎるだろふざけんな!」
    「チョロ松…あいつらが絡むと怖いね…。」

    おそ松とカラ松からの、ある意味自分勝手な伝言に、チョロ松は先ほどまでの涼し気な顔はどこへやら、盛大に顔を歪めてとんでもない凶悪面になっていた。
    人間三人くらいは手に掛けてそうな勢いである。
    …が、青筋立ったチョロ松のこめかみを、一松がちょんちょん、と軽くつつけば、凶悪面は一瞬で霧散した。
    その様子を見守りつつ、面白い兄弟だなぁ、とお前がそれを言うのかと指摘されそうな事を考えていたトド松だが、このままチョロ松と一松を放置すると二人の世界になってしまう事が予想できたため、徐に上目遣いで二人に詰め寄った。
    十四松とトド松には、言伝の他にまだ使命があるのだ。

    「…で、どうする?お月見。」
    「は?!行くわけないよね?!」
    「チョロ松が行かないなら、俺も行かない…。」
    「うーん…まぁ、そうだよね…。」
    「兄さん達来ないの?!
     お月見楽しーよ!お団子とね、お酒いっぱいあるっす!!」
    「いや、僕達まだ酒飲めないから。」
    「どうしても、だめ?」
    「うっ…。」
    「兄さん達が来てくれなかったら…」
    「ぼくたち、おそ松兄さんとカラ松兄さんに怒られちゃう!!」
    「うぅ…。」

    式神達に可愛らしく詰め寄られ、チョロ松と一松が戸惑いの色を見せる。
    十四松とトド松の本日の使命、それは「チョロ松と一松を月見に誘い、参加の返事をもらうこと」である。
    企画者はもちろん、暇を持て余している妖狐のおそ松である。
    ついでに言うと、カラ松もチョロ松と一松に会いたがっていたため当然それに乗っかった。
    妖狐の兄弟の企てと言ってもいいかもしれない。

    それよりも、計算づくだと頭では理解しているのだが、大きな瞳を潤ませ上目遣いでこちらを見上げるトド松を見ると、どうにも一松は断ることに一層の躊躇と罪悪感を覚えた。
    それはチョロ松も同様だったようで、への字口が明らかに険しくなっている。
    その一方で、十四松とトド松はといえば、もう一押しでいけそうだと判断したのか、更に畳み掛けてきたのだった。

    「ねぇ…僕たちもチョロ松兄さんと一松兄さんとお月見したいな…だめ、かな?」
    「ぼくも兄さん達と一緒がいいっすー!」
    「う…、」
    「んんん……」
    「「お願い!」」
    「仕方ないな…。」
    「わかった…。」
    「ぃよっしゃあー!!チョロ松兄さんと一松兄さんとお月見でっせー!!!」
    「よかったぁ~ありがとう兄さん達!
     これでおそ松兄さんもカラ松兄さんもしばらく大人しくなるよ!」
    「うん!カラ松兄さんとか
     『今頃チョロ松と一松はどうしているだろうか。次はいつ会えるだろうか。嗚呼!今こうして見上げる空をあの二人も見ているのだろうな!』
     って三分おきに言ってたもんね!」
    「三分おきに空見上げるとか暇人か。」
    「妖って暇なの…?」
    「そうそう!おそ松兄さんも
     『お兄ちゃん寂しい~構えよ~!!』
     って、構って攻撃がいつもより二割増だったからさぁ~。
     うんまぁ、割と暇を持て余してるよね。」
    「なんか…お前らも割と苦労してんだね。」
    「なんかごめんね…。」

    チョロ松と一松が是と応えれば、十四松とトド松は文字通り飛び上がって喜んでくれた。
    二人が来てくれることが嬉しいのも間違いないが、それ以上に主たる妖狐達の問題が由々しき事態であり、式神達にとって、双子の参加は非常に切実なものだったのだと、二人は理解した。
    人里離れた山奥で数百の時を生き続けてきた妖狐が、何故今更、人の子にここまで心を傾けるのかは分からないが、歓迎してくれているなら、別に悪い気はしないのだ。

    ーーー

    ー 大正三年 四月二十一日 午後八時

    言伝にあった通り、おそ松とカラ松が音も無く屋敷へと降り立った。
    妖狐の兄弟は、チョロ松と一松を見つけるなり、何時ぞやと同じく、カラ松は颯爽と一松を横抱きにし、おそ松はチョロ松を軽々と担ぎ上げて、さっさと山へ向けて走り出してしまった。
    言葉を交わす余裕さえ与えないその所業は、まるで人攫いである。
    というよりも、人攫いそのものである。

    「ちょっ、うわ、待っ…!待ってほんと待って!
     酔う!乗り物酔いする!!」
    「だぁいじょーぶ、だいじょーぶ。安全運転だからさ。」
    「ひとっつも安心できねーよ!降ろせぇぇぇ!!」
    「え?なになに??お兄ちゃん聞こえなーい。」
    「ほざけクソ狐があぁぁぁ!!!
     …うっぷ…、」
    「え、嘘でしょチョロ松お前まじで酔った?!」
    「吐く…。」
    「やめてぇぇぇ!!お兄ちゃんの一張羅にゲロるのやめてえぇぇぇぇぇ!!!」

    先頭をひた走るおそ松に担がれているチョロ松が、何やら喧しく噛み付いているが、おそ松はどこ吹く風といった様子で、むしろ楽しそうだ。
    「降ろせ」と言いながらも、チョロ松は半ば青ざめた顔をしながら、しっかりとおそ松の紅い着物を掴んでいる。
    本格的に乗り物酔い(と、言っていいのか分からないが)してしまったチョロ松の為に、おそ松は俵担ぎの状態から、カラ松が一松にしているような横抱きに変えたようだ。
    そんな互いの兄の様子を、カラ松と一松はすぐ後ろで見ながら追う形だ。
    カラ松は周りに可憐な花がぽん、と浮かびそうな程の笑顔で腕に抱く一松を見下ろし、一松はそれを一瞥して小さくため息を吐いた。
    何故この妖狐達は、こんなにも嬉しそうなのだろうか。
    少々の縁があったとはいえ、自分達はただの人間で、妖狐の彼らには取るに足らない存在の筈なのに…。
    カラ松に横抱きにされながら、人知れず一松は考えるも、もちろん答えなど出るはずがなかった。
    あまりにも真っ直ぐに好意を向けてくるカラ松に、その実、一松はかなり戸惑ってもいた。
    一松自身を見て、惜しみない愛情を向けてくれる存在は、今までに他界した母親の他には双子の兄であるチョロ松以外に存在しなかった。
    チョロ松の通う学校の友人達は、一松のことをチョロ松として見ているし、屋敷の使用人達とは必要以上の接触をしない。
    今までに「一松」としての友人と言える存在は、近所の野良猫達しかいなかった。
    けれど、この人ならざる者達は違う。
    チョロ松とは違った形で、一松の懐に躊躇なく飛び込んでこようとする。
    それが、一松にとっては、なんとも言えない不思議な心持ちだった。
    ふと顔を上げてみれば、再びカラ松と目が合う。

    「どうした?一松も酔ったか?」
    「いや、平気…。」
    「そうか!しかし、晴れて良かったな!
     天も俺達の味方をしてくれたようだ。
     "ろまんちっく"な逢瀬には最高の夜だと思わないか?」
    「あ゛?!」
    「ヒッ!すみません!!」

    気障ったらしい物言いに、思わず一松が顔を顰めて凄むと、カラ松は萎縮した様子を見せた。
    妖狐が人間に怖気付いてどうするのだ、と人知れず一松は思ったが、なんとなく、一松自身もどうしてそう思ったのか分からないが、カラ松はそれでいい気がした。
    そして、前方で未だにやいのやいのと言葉の応酬を続けるおそ松とチョロ松の姿にも、何故か不思議な既視感と安心感があったのだった。
    ちなみに、一松の耳が拾い上げた会話はご覧の通りである。

    「つーか何なのこの抱き方?!僕男なんだけど?」
    「えー?いいじゃんこっちのが酔わねぇだろ?」
    「いや、それはそうだけど!野郎が野郎を抱っことか地獄の絵面でしかないだろ!」
    「え、チョロ松お前、俺のこと男だと思ってる…?」
    「え…?!え、違うの?妖怪には性別がないとか?!」
    「いや男だけど。」
    「男なのかよ!!じゃあ何でそんな無駄過ぎる確認した?!明らかに必要なかったよね今の!!」
    「いや~面白いねーお前。」
    「ざっけんなクソ狐があぁぁぁ!!」

    全くもって仲が宜しいことだ。
    尤も、おそ松はどうだか知らないが、チョロ松にそれを言えば、機関銃の如く否定の言葉を浴びせられる羽目になるだろうが。

    ーーー

    そうこうしている内に、一行は山奥の社へたどり着いた。
    一松にとっては、もうすっかり見慣れたそれだが、今夜は社に明かりが灯り、仄かに甘い香りが漂っていた。

    「チョロ松兄さん!一松兄さん!こっちこっちー!!」
    「えへへ、来てくれてありがとっ!
     お団子もお酒も準備出来てるから、好きなだけ食べてね♪
     あ、お茶もあるから安心してね。」

    明かりの灯った社に脚を踏み入れると、十四松とトド松が出迎えてくれた。
    二人は此処で準備をして一行の到着を待っていたらしい。
    縁側に通されれば、三方の上に団子が綺麗に盛られていた。
    随分と大きな三方だ。上に盛られている団子は見事に積み上げられているが、明らかに十五個より遥かに多い。
    十五夜というわけではないのだから幾つでも問題ないのだろうが、これは積み過ぎではなかろうか。
    と、チョロ松と一松が要らぬ心配をする程度には盛られていた。
    その横には酒瓶。
    芒(すすき)の代わりなのだろうか、団子の横には菜の花が添えられている。

    月明かりが山の木々を照らしている。
    見上げた月は幽かに霞み、今宵は朧月夜といったところだろう。

    「あー、走ったら腹減ったー!」
    「ちょっと、おそ松兄さんもうお酒空けちゃったの?!」
    「お団子たくさん作ったよ!いただきまーす!!」
    「俺も頂こう…月明かりの下、まるで俺達を照らす月を象ったような円かな「ほらほら、チョロ松兄さんと一松兄さんも!」…え。」

    カラ松の謎めいた独り言を遮り、トド松がチョロ松と一松に声を掛ける。
    一瞬躊躇ったが、十四松に「一松兄さん、あーん!」と団子を差し出されると、一松は反射的に口を開けてしまい、そこにすかさず団子が放り込まれた。
    咀嚼すれば、よくよく知る素朴な団子の味がした。

    「一松兄さん、美味しい?」
    「…ん、美味しい。」
    「よかったー!!これね、ぼくとトド松で作ったんだよ!
     チョロ松兄さんと一松兄さんには、いつも美味しいお菓子もらってたから、そのお礼!!」
    「ふふ~ん♪人里で団子粉いっぱい買って頑張ったんだよ~!
     兄さん達、褒めて褒めて!」
    「ん、えらいえらい。」
    「一松兄さん、ぼくも!」
    「十四松もえらいえらい。」
    「えへへ~。」

    一松が式神の十四松とトド松の頭を撫でている様子をチョロ松がぼんやり眺めていると、突如背中に重みを感じた。
    確認しなくても察しはついていたが、念の為、と首だけ動かしてみれば、無邪気な笑みを浮かべるおそ松の顔がすぐ傍にあって、チョロ松は思わず声を上げそうになってしまった。
    無意識に身を固くしたチョロ松に気付いているのかいないのか(十中八九気付いているだろうが)おそ松は笑みはそのままに、豊かな八本の尾を揺らしてみせた。
    どうやらチョロ松から離れるつもりはないらしい。

    「いや~…弟達が戯れてる様子を見るのは和むね。」
    「弟達、って…あいつらは式神だろ?
     あと一松はお前の弟じゃないから。」
    「んー?俺にとっては皆弟みたいなもんよ?カラ松は勿論弟だし、十四松もトド松も、それに一松も。
     …チョロ松、お前もな。」
    「え…。」

    何を巫山戯た事を、とチョロ松は口にしようとした。
    が、チョロ松を見るおそ松の目は、存外真剣な表情を灯していて、チョロ松はすんでのところで言いかけた言葉を呑み込んだ。
    少しの戸惑いを見せたチョロ松に、おそ松は笑みを深めて続ける。

    「トド松はな、俺の六番目の尻尾を器にして魂を宿らせたんだ。
     ちなみに十四松はカラ松の五番目の尻尾なんだぜ。
     あいつらは俺の身体の一部…弟みたいなもんだろ?
     一松はさ…百日参りをずっと見守ってきたんだし
     チョロ松だって俺が怪我治したんだし。
     お前らだって弟達みたいなもんだよ。」
    「……。」

    それはまるで独り言のようだった。
    一瞬、ほんの刹那、チョロ松は、おそ松が何故かひどく優しい顔で微笑んだのを目にしたが、瞬きをした後には、もういつもの表情に戻っていた。
    いっそ見間違いだと片付けてしまえたらよかったのだろう。
    けれど、確かにチョロ松の片目はそれを捉えてしまったのだ。
    笑みを浮かべるおそ松を、チョロ松がじっと見つめる。
    ちり、と脳内で何かが短絡したような気がした。
    何か、大切なことを忘れてしまっているような気がするのに、それが何か分からない。
    そんなひどくもどかしい気持ちが、チョロ松の胸中に渦巻いた。
    黙り込んでしまったチョロ松の胸中を見透かしたかのように、おそ松が呟いた。

    「お前らはそのままでいいんだよ。」
    「え?」
    「何も変わらなくていい。
     何も考える必要なんて無いし、無理に何かを思い出す必要も無いってこと。」
    「意味が分からないんだけど…。」
    「んー?いや、ただの俺の独り言だし?
     …あ、団子なくなりそうじゃん!!おーいカラ松、十四松ー!!俺の分残しとけよ~。」

    立ちすくむチョロ松を残して、おそ松は駆け出してしまった。
    三方に綺麗に積まれていた団子はすっかり崩れ、いつの間にか随分と数が減っていた。
    一体なんだというのか、あの妖狐は。
    こちらを好き勝手に引っ掻き回すだけ引っ掻き回してそのまま放置など、チョロ松からすればたまったものではない。
    しばし憮然とした顔で突っ立っていたチョロ松だが、やがてゆっくりと溜め息を吐いた。
    視線を一松の方へ向ければ、彼はもう団子には満足したのか、十四松とトド松と共に色鮮やかな手鞠を転がして遊んでいた。
    「月見団子!」「ご…胡麻。」「んっと、まくら。」「ら?!ら、らー…落語!」「え、またご…?ごみ。」「ちょ、ごみって一松兄さん…。み、えーっと…」
    …そんな会話が聞こえてくる。
    鞠を転がしつつ、しりとり遊びをしているようだ。なんだか微笑ましい。
    弟と式神達から視線を外し、空を見上げる。
    少し霞がかった春の月夜は、まだ終わる気配を見せない。


    《終》
    →以下、本文に生かしきれなかった無駄な設定があります。

    ────────

    設定とか

    ○一松
    とある名家の次男。チョロ松は双子の兄。
    世継ぎ争い忌避の策として、存在を隠されるようにして育てられた。
    周りの認識は一様に「チョロ松の予備」のため、一松自身を見てくれるチョロ松が絶対的な存在であり、かなり依存心が強い。
    チョロ松が大怪我を負った事をきっかけに妖狐のおそ松達と出会い、百日参りを果たして怪我を治してもらった。
    目だけは治すことが出来ず、自身の右目をチョロ松の右目と交換してもらい、その影響でチョロ松と視界の共有が出来るように。
    何かとちょっかいをかけてくる妖狐や式神達と関わるのは戸惑いも感じるが、居心地は悪くないと思っている。
    実は生前は六つ子の妖狐の四男で、おそ松とカラ松の弟であり、十四松とトド松の兄だった。
    百年前、長兄不在中に根城としていた社が人間に襲撃されてしまい、弟の十四松とトド松を庇って命を落としてしまった。
    妖狐にとって、人間の一人や二人は取るに足らないが、集団で武器を持たれると話は変わってくる。
    その後チョロ松と共に人間に転生。
    妖狐だった頃の記憶はない。
    が、無意識に十四松とトド松に対しては甘く、守る対象だと思っている節がある。


    ○チョロ松
    とある名家の長男。一松は双子の弟。
    名家の跡継ぎとして厳しく育てられたため、表向きは品行方正だが、素だと割と口が悪い。
    素のままの自分を認めてくれる一松が何よりも大切な存在。
    その一方で、自分のせいで一松が不遇な扱いを受けていることを申し訳なく思っている。
    こちらも依存心が強い。加えて一松に対してかなり過保護でもある。
    大怪我を負った際、一松が自分の為に頑張ってくれたのは素直に嬉しい。
    おそ松達にも一応感謝はしているが、一松に馴れ馴れしくするのは我慢ならない。
    一松を気に入っている様子のおそ松やカラ松に敵対意識を向けていたが、段々と絆されていく。
    絆されはするがつっこみは止めない。
    実は生前は六つ子の妖狐の三男で、おそ松とカラ松の弟であり、十四松とトド松の兄だった。
    百年前、長兄不在中に社が人間に襲撃されてしまった際、矢面に立って弟達を庇っていたが、命を落としてしまった。
    その後一松と共に人間に転生。
    妖狐だった頃の記憶はない。
    おそ松とカラ松は家にあげようとしないが、十四松とトド松には無意識に結構甘やかしている。
    何気に交友関係が広い。学生服は例の白ラン。


    ○おそ松
    八本の尾を持つ妖狐。本来は九本あったがその内の一本をトド松に無期限貸出中。
    妖狐の一族の中でもかなり力が強く、首領的な存在。
    山奥の社を根城に、数百年の時を人間を手助けしたり、いたずらしたりしながら過ごしてきた。
    六つ子の妖狐の長男。
    百年前、留守中に人間に社を襲われ、カラ松を除く弟達を失ってしまった。
    弟達を守れなかったことを今でも悪夢に見て魘される程に後悔しており、トラウマになっている。
    慌てて帰った先で、命が消えかかっていたトド松に自身の六番目の尻尾を与え、式神としてこの世に留まらせたものの、チョロ松と一松は間に合わず、その事を悔やみに悔やんで数年はかなり荒れていた。
    弟達を失う原因となった人間のことを憎んでいたが、チョロ松と一松は別。
    この二人と出会って人間を憎む気持ちも少しずつ薄らいでおり、悪夢を見る日も減ってきたらしい。
    チョロ松と一松に初めて合った時は、かつての弟達だとすぐに気付いた。
    記憶もなく、今は人間として生きている二人に何も語ることなく、たまにちょっかいをかけながら見守る日々。
    構ってちゃんは割と俺様な感じに発動する。
    未だに警戒心を解いてくれないチョロ松一松と早く打ち解けたい。
    お兄ちゃんのこと構えよー遊びに来いよぉ~!
    人間に転生したチョロ松と一松が、家庭環境故に互いに依存している事はなんとなく気付いている。
    チョロ松のツッコミ気質や一松の猫好きな一面は妖狐だった頃と変わらず健在で、そういったかつての名残を見る度に切ない。
    でも絶対に顔には出さない。


    ○カラ松
    おそ松と同じく八本の尾を持つ妖狐。
    六つ子の妖狐の次男。
    兄のおそ松と共に出掛けていた際に社が襲撃に遭い、弟達を守ることが出来なかったことを後悔している。
    が、自分以上にショックを受けて荒れ狂う兄を案じ、右腕として長年支えて続けてきた。
    社が襲撃された際に、命が消えそうになっていた十四松に自身の五番目の尻尾を与え、式神としてこの世に留まらせた。
    人間になっていようともチョロ松と一松と再び出会えたことが嬉しくて堪らない。
    ついでに言うとまだ17歳の、幼さが抜けきらない二人が可愛くて仕方ない。お巡りさんこいつです。
    どうにか仲良くなりたい。
    なんか西洋から入ってきた外来語をことある度に使おうとする。
    最近覚えた言葉は「せらびぃ」
    意味は正しく理解していないと思われる。
    今度は絶対に弟達を守りきってみせると意気込んでいるが、持ち前のイタさで若干ウザがられている。
    しかしながらその決意は純粋なまでに実直で揺るぎがない。
    普段温厚な分、怒らせると多分一番手が付けられない。
    兄弟のことに関しては殊更沸点が低い。
    人間に転生したチョロ松と一松の共依存に気付いているのかいないのかは謎だが、時折妙に鋭いことを言う。
    目の交換を一松に持ちかけておきながら、一松が妖狐の頃と変わらず自己犠牲に走りがちなのが心配。


    ○十四松
    カラ松の式神。カラ松の五番目の尻尾を器として魂を吹き込まれた。
    いつも元気に社まわりを走り回っている。癒し。
    元々は六つ子の妖狐の五男。
    長兄不在中に社が襲撃された際、三男と四男に庇われたものの、二人が倒され自身も致命傷を負ってしまい、間一髪で駆け付けた長兄の手によって式神として生まれ変わった。
    妖狐だった頃の記憶は持っている。
    自分よりかなり年下のはずのチョロ松と一松を「兄さん」と呼ぶのは二人がかつての兄だと気付いているから。
    式神としての姿は人間に近いが、実は狐耳と尻尾は自由に出し入れできる。
    よくトド松と一緒に長兄達から言伝を預かってチョロ松と一松が住む屋敷へ赴くが、毎回美味しいお菓子を出してくれるのでとても楽しみ。向こうに記憶がなくてもかつての兄達と会えるのは嬉しい。
    思い出せば辛い思いをするだろうから、チョロ松と一松の記憶は戻らなくてもいいと思っている。
    けど、本当は襲撃にあった日のことを謝りたいし、お礼も言いたい。


    ○トド松
    おそ松の式神。おそ松の六番目の尻尾を器として魂を吹き込まれた。
    人間は(チョロ松一松を除いて)あまり好きではないが、人間の文化や服装には興味津々。
    兄弟一の衣装持ちで、社の自室の籠の中には着物コレクションが眠っている。
    元々は六つ子の妖狐の末弟。
    長兄不在中に社が襲撃された際、三男と四男に庇われたものの、二人が倒され自身も致命傷を負ってしまい、間一髪で駆け付けた長兄の手によって式神として生まれ変わった。
    十四松と同様に妖狐だった頃の記憶は持っている。
    自分よりかなり年下のはずのチョロ松と一松を「兄さん」と呼ぶのはそのため。
    狐耳と尻尾も出し入れできるが、暑いのでやらない。
    頻繁に言伝を預ける長兄に呆れて「も~、しょうがないなぁ」と口では言いつつも、チョロ松と一松に会いに行けるのは嬉しい。
    人間に転生した兄達の記憶がないのは寂しいが、思い出してしまえばチョロ松も一松も、末の弟達を守れなかったことを悔やんで苦しむだろうし、そんな姿は見たくないので複雑な気持ち。
    チョロ松と一松が妖狐だった頃に針入れをしてくれた鞠を、今でも肌身離さず大事に持っている。
    #BL松 #チョロ一 #長兄一 #一松愛され #一松 #妖怪松

    妖怪長兄(※二人とも狐)と白ラン年中と式神末によるエセ大正浪漫風な話。
    一松中心。チョロ一基本の一松愛され風味。
    ちょっとだけおそチョロっぽいところも有ります。

    !ご注意!
    ・長兄が妖怪(次男が烏じゃなくてごめん)
    ・年中が学生(白ランのつもりだったのに気付けば要素が消えた)
    ・末が長兄の式神(式神のようなもの?)
    ・エセ大正ファンタジー風。時代考証できてません
    ・年中がナチュラルに共依存状態
    ・怪我の表現有
    ・年中がちょっと可哀想(でもむしろ皆可哀想)
    ・無駄に長い

    ────────

    柏手は深夜に響く

    《序》

    ー 大正三年 三月十日 午前二時

    草木も眠る真夜中丑三つ時。
    一人の少年が狭く急な山路を辿っていた。
    その山路はろくに手入れもされておらず、崩れかけた急勾配な石段の隙間からは雑草が蔓延り、当然街灯もなく真っ暗だ。
    辺りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。
    白い切石が暗闇の中ぼんやりと浮かんで見えた。
    そんな険しい道のりを、やや猫背気味の少年は黙々と登り続けていた。
    深緑の松模様があしらわれた藤色の袴下に紫紺の袴。
    年の頃はおよそ十代後半だろうと思われるが、伏せられがちで気怠げな目元からはどことなく大人びた雰囲気を感じさせる。
    しかしながら、その面立ちは未だあどけない幼さも抜け切っていない。
    少年の額には汗が滲んでおり、時折それを袖口で乱暴に拭いながらも山路を登る歩を緩めることはなかった。

    どれくらい歩いたのだろうか、やがて石段を登りきり、僅かに視界がひらけた所で少年はようやく動かし続けていた足を止めた。
    少年の目の前には所々塗装が剥がれ落ちた朱塗りの鳥居、
    そしてその奥には古ぼけた小さな社が鎮座していた。
    しばし社をじっと見据えていた少年は、上がった息を整えると、鳥居をくぐりゆっくりと社へと近づいた。
    小さな賽銭箱は苔に浸食されており、鈴もすっかり錆び付いている。
    そんな、朽ち果てたと言われても致し方ない様相は気にも留めず、少年は懐から丁寧に折り畳まれた懐紙を取り出し、それを賽銭箱に落とすと鈴を鳴らした。
    錆び付いた鈴からは掠れたような音が響いてやけに不愉快だ。
    拍手を二度。
    そして祈るようにぎゅっと目を閉じ、
    最後に深く一礼して大きく息を吐く。

    真夜中、誰にも見つからないようにたった1人で険しい山路を登り、朽ちかけた小さな社に参拝する ー……

    この奇妙な参拝を、少年はもう三月以上続けていた。
    ー… 今夜で、ちょうど百日目。
    雨の日も、雪の日も、毎晩休む事なく通い続け、これが百回目の参拝である。

    百度目の参拝を終えてぼんやりと社を眺める少年の耳に、不意に誰かの拍手が聞こえてきた。
    音のする方へと振り向けば、そこには鮮やかな紅い着物に身を包んだ一人の男の姿。
    ただ男が普通と違っていたのは、頭部は狐の耳を冠しており
    背には滑らかで豊かな毛並みの尾を携えている点で、人ならざる存在である事は火を見るより明らかであった。
    男は一見すると人好きのする柔らかな笑みを称えているが、その雰囲気はどこか威圧的で見る者を思わず平伏させてしまうような冷たい鋭さが見え隠れしている。

    異形とも云うべき男の姿を目にしても、少年は特に驚いた様子を見せなかった。
    それも当然だ。
    何故なら少年が毎夜この小さな社を参拝するきっかけを作ったのが、他ならぬこの異形の姿をした男だからである。
    手を叩く事を止めた男は、人懐こい笑みを浮かべ、少年に言った。

    「お見事。頑張ったじゃん、一松。」

    ────────

    《一》

    ー 大正二年 四月十四日 午後八時半

    「一松。」
    「何、チョロ松。」

    名を呼ばれ、少年…一松は振り返った。
    目線の先には一松と瓜二つの兄、チョロ松の姿。
    よくよく見ればその顔つきや表情はそれぞれ異なり個性を持っているのだが、それを見分けるのは非常に困難だ。

    双子の兄弟であるチョロ松と一松は、とある華族の血筋の名家に生まれた。
    双子の男児。
    二人が生まれた時、父親はその事実に僅かに顔を顰めた。
    二人が幼い頃に死別した母は双子に惜しみない愛情を分け隔てなく与えてくれたが、父親は息子達への愛情よりもこの家の未来を危ぶんだ。
    双子が成長した時に、後継問題が起こるのではないか、と。
    いずれこの家の後継問題を引き起こす火種になり得る可能性を潰したいがために父親が取った策は、チョロ松と一松の扱いをはっきりと区別する事だった。
    兄であるチョロ松がこの家の跡継ぎなのだと二人に言い聞かせ、跡継ぎたる教育はチョロ松だけに受けさせた。
    園遊会や会合も、連れて行くのはチョロ松のみ。
    一松には満足な教育を受けさせず、表立った席にも決して出させなかった。
    そうして、二人の立場を明確にして諍いが起こらないように仕向けようとしたのだ。

    しかし、父親はまだ気付いていない。
    この愚かな目論見に大きな誤算があることに。

    母親の死後、跡継ぎとして勉学と作法を強要され、周りからの重圧に晒される羽目になったチョロ松と
    存在を隠され、まるで忌み子さながらに扱われることになった一松。
    満足に家族の愛情を得られない二人が互いを唯一無二の存在と認識し、心の拠り所として求め合うようになったのは、物心付くか付かないかくらいの頃からで。
    チョロ松は安らぎを与えてくれる存在を求め、一松は己を肯定してくれる存在を求め、幼かった彼らは無意識のうちに、互いに心の安寧を求め合ったのだ。
    勿論、互いが互いを羨み妬みたい時もあるのだが、それ以上に片割れの不遇を哀れんだ。
    そんな双子の兄弟には、二人だけの秘密がある。

    「明日さ、僕の代わりに学校行ってほしいんだ。
     どうしても朝一で買いたい本があってさ。」
    「ん、いいよ。」

    こっそりと交わされる口約束。
    父親の誤算はこれだ。
    双子の兄であるチョロ松のみに跡継ぎとしての教育を施しているはずが、この兄弟、時折入れ替わっていたのである。
    誰一人入れ替わりに気付くこと無く、まるで大人達を欺くかのように、それは見事に。

    チョロ松は藤色の袴姿となり、髪を少々乱れさせ猫背に、逆に一松は真白な学生服に袖を通し、髪を整え背筋を伸ばせば簡単に入れ替わりは完了だ。
    互いの振りなど双子の彼らには造作もないこと。
    チョロ松を演じる為に、一松は兄が通う学校の友人を覚え、更に学業にも追いつく必要があったが、教科書を借りたりチョロ松から教えてもらったりしているうちに、今では学業面もチョロ松と同程度にまでなっている。
    チョロ松もチョロ松で、一松を演じる時は弟が世話をしている猫達と戯れながら自由に羽を伸ばしていた。
    そうして、入れ替わった日は互いの一日を事細かに共有して、何食わぬ顔で元に戻るのだ。

    この兄弟二人だけの秘密事は、彼らに刺激と高揚感を与え、唯一無二の兄弟に対する独占欲と優越感を擽った。
    元々は幼い時分にチョロ松が自分だけ勉学や園遊を迫られる事に不満を覚え、軽い気持ちで一松に入れ替わりを提案した事が始まりだった。
    その時はちょっとした気晴らしで、ちょうどいい気分転換が出来ればいい程度の思いだったのだが
    長い月日を経て、この「秘密の入れ替わり」は心を満たす為の、ある種、儀式めいたものになりつつあった。

    「明日、僕は『一松』で」
    「明日、俺は『チョロ松』」

    互いを演じ、互いの生活をその身に感じると、まるで兄の、弟の、総てを手に入れたような錯覚に陥る。
    二人だけの秘密を重ねる度に、片割れへの依存心は少しずつ、しかし確実に大きくなっていく。
    おそらく、今ではもう引き返すことが出来ないくらいにはなっているだろう。
    家を空けることの多い父親とは顔を合わせる機会も少なく、二人が偶に入れ替わっている事など露ほども知りはしない。

    小さな声で確かめ合うように、まるで呪文のように言葉を交わし、最後にそっと唇を重ねれば
    もうそこは二人だけの世界と言っても過言ではなかった。
    額と額をくっつけてクスクスと笑い合う姿は一見すると(少々距離は近過ぎるものの)非常に微笑ましくも見える。
    兄弟、という一言では片付けられない関係に拗れてしまってはいるものの、
    この二人だけの時間が、チョロ松にとっても一松にとっても、心の安息所とも云うべきひと時だった。


    ー 大正二年 十一月二十四日 午後五時

    陽射しは穏やかだが、吹き付ける風が冷たくなってきた時節、その日、一松は自室に篭もりきりだった。
    父親は一松が人目につく明るい時間帯に外出する事に、あまりいい顔をしない。
    なるべく、一松の存在を隠しておきたいのだろう。
    この家に双子の男児が生まれた事は、親族や交友のある家は知っているのだから、意味があるとは思えないが。
    屋敷の使用人達は一応、一松を家の者の一人に数えてくれているし、チョロ松と明らかに態度が違うわけでもないのだが
    主人である父親の目を恐れているのか、必要最低限のやり取りしかしなかった。
    一松も、使用人の顔と名前は朧気にしか覚えておらず、使用人を誰か一人でも名前で呼んだためしがなかった。
    名前を覚えるのが面倒だ、というのが大半を占めるが、特定の使用人と親しくなり、それが父の知るところになったとして、その使用人の処遇に悪影響を及ぼしてはいけない、という思いも、僅かながらあった。

    日が落ちてきたら、近所の仲の良い野良猫に餌をやりに行って、夕餉の時間になる前に帰ってこようか。
    自室で本を読みながら、一松は夕刻以降の予定を立てていたが、それは変更せざるを得なくなってしまった。
    というのも、穏やかな夕時の空気が突如として騒然としたものに変わったかと思うと、次いで屋敷の使用人達の慌ただしく駆け回る足音やざわめきが聞こえてきたのだ。
    …何かあったのだろうか。
    眉を顰めながら自室の戸を開けて屋内の様子を伺えば、顔を出した一松に気付いた使用人の一人が、血相を変えて駆け寄ってきた。
    そして発せられた言葉は、彼にとって俄に信じ難いものであった。

    「一松様、大変です!
     チョロ松様が事故に遭われて…!」
    「え……?!」

    使用人の言葉を最後まで待たず、一松はチョロ松の部屋へと駆け出した。
    双子の兄弟であるはずの二人だが、父親が彼らに宛がった部屋は随分離れている。
    チョロ松の部屋が父の書斎横の日当たりの良い八畳間なのに対し、一松の部屋は屋敷の隅、階段下の四畳半部屋だった。
    途中、桶と手拭いを持った侍女とすれ違いざまに危うくぶつかりそうになったが、今は気にしていられない。
    本人達は知らないが、使用人達にとって、双子の兄弟の仲の良さは常識として知れ渡っている。
    先ほどの侍女も一松を見て察したのだろう、特に気にした様子はなかった。
    一松がやや乱暴に部屋の戸を開けると、医者らしき初老の男性と、この家の使用人達のまとめ役である番頭がこちらを振り向いた。
    部屋の奥の寝台には、チョロ松が寝かされていた。
    目元、肩口から胸部、右腕と右脚は白い包帯で覆われ、包帯の下から覗く白い肌は血の気をすっかり失っている。
    生気をまるで感じられない兄の姿に、ほんの一瞬、一松の脳裏には最悪の事態が過ぎったが、兄の胸元が僅かに上下しているのを確認し、思わずその場にへたりと座り込みそうになった。
    持ちうる理性を総動員し、言う事を聞かない己の足をなんとか動かして、チョロ松が横たわる寝台のすぐ傍まで足を動かせば、番頭が座椅子を差し出してくれた。
    有り難くそれに腰掛けて改めてチョロ松の様子をうかがえば、医学に精通していない一松の目から見ても、兄の容態が芳しくない事は明白であった。

    聞けば、チョロ松は学校からの帰り道、暴走した荷馬車の横転事故に運悪く巻き込まれてしまったのだという。
    これは一松が後から知った事だが、その事故は人通りの多い大通りで起こり、兄の他にも、帰路を急いでいた学生や社会人、通りで商売をしていた商人等、大勢の人が巻き込まれ、大勢の死傷者を出したらしい。
    建設事務所を目指していたらしい荷馬車の荷台に積まれた木材や硝子は、人々を傷付けながら通りに散らばり、平和な夕時は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果てたのだろう。
    翌日の新聞には、この事故が大見出しで報じられていた。

    不幸にもこの大事故に巻き込まれてしまったチョロ松は、荷馬車が運んでいた様々な木材、石材によって全身に打撲や深い切傷を負い、砕け散った硝子は彼の瞳を傷付けた。
    中でも右脚と両目の怪我は深刻で、医師によれば回復はほぼ見込めないだろうとのことだった。
    もしかすると、もうずっとこのまま寝たきりかもしれない、と。

    「チョロ、松…。」
    「………一松?」
    「ん。…起きてたんだ。」
    「うん。一松、そこにいるの?」
    「いるよ。」

    番頭と共に医師を見送り、一松が再びチョロ松の部屋へ入ったときにもチョロ松は相変わらず寝台に横たわったまま身じろぎ一つしていなかった。
    していなかった、と言うより動くことが出来なかったのだろう。
    ほぼ無意識に一松の口から漏れた、まるで縋るように兄を呼ぶ小さく掠れた声は、チョロ松の耳にはしっかりと届いたらしい。
    チョロ松は声がしたであろう方へと、ほんの少しだけ首を動かした。
    兄の目は包帯によって完全に塞がれている。
    光を亡くしてしまった兄の目は、もうこの先暗闇しか映せないのだろうか。
    一松には、それが何よりも残念でならなかった。
    チョロ松の瞳は少し小さく三白眼気味で、チョロ松自身はそれを嫌がって一松の人並みな大きさの黒目を羨んでいたが
    (一見すると二人の瞳の大きさの違いなど、すぐに気付ける人は皆無に等しいにしても、だ)
    小さな瞳は実に表情豊かであった。
    元来チョロ松は非常に口が回る人で、無口な一松の分まで立板の水のように澱みなく、よく喋るのだが、本当に雄弁なのは口よりもむしろ、その表情豊かな目なのだと一松は思っている。
    そんな目まぐるしく色を変える兄の目が、一松は好きだったし、その目が自分をゆるりと捉え、下がり眉を更に下げて優しく笑う兄が好きだった。
    その瞳も、もう見れないのだろうか。
    そんな事を頭の片隅で思いながら、一松はチョロ松の手を取った。
    常から体温の低いチョロ松の、ひやりとした手に一松の手のひらの温度がじわりと溶け合うように伝わった。
    チョロ松は己の右手をしっかりと握る一松の手の上に、更に自身の左手を重ねると僅かに口元を綻ばせた。

    「一松…泣いてるの?」
    「泣いてないよ…なんで?」
    「そう?…なんだか、お前が泣いてる気がしたものだから。」

    実際のところ、あまりに痛々しい兄の姿に、一松はみっともなく泣き出したい衝動に駆られていたが、それは強く目を閉じて堪えていた。
    「泣いてない」とは応えたものの、その声はすっかり震えていて、チョロ松には一松の強がりが手に取るようにわかっただろうが、それ以上の詮索はしなかった。


    ー 大正二年 十一月二十五日 午後八時半

    次の日の夜、チョロ松の自室で一松は兄の食事の介助を終え、食器を使用人に預けると、お湯で濡らした手拭いで簡単にチョロ松の身体を拭き、医師から処方された塗り薬を塗布して包帯を巻き直してやっていた。
    覚束無い手つきだが、昨日あらかじめ医師から手順の説明を受けていたこともあって、その仕事はゆっくりではあるが丁寧で、ほどけそうな気配もなくしっかりしている。
    途中、うっかり包帯を取り落としたりしたが、チョロ松は何も言わずだまって介助されている。
    これは、一松自ら「自分がやる」と使用人達に宣言していた。
    一松の突然の申し出に使用人達は戸惑ったが、チョロ松も目が見えなくなったことで他の感覚が過敏になっているのか、一松以外の人に身体を触られることを酷く嫌がったため、結局のところこの仕事は一松にしか出来ない事だった。

    チョロ松の身体は、随分と火照っている。
    昨日の青白い肌と低い体温が嘘のようだ。
    医師は鎮痛剤と解熱剤も多めに置いていってくれたが、昨晩からチョロ松は大怪我の影響なのか高熱にうなされ、今日も卵粥をようやく茶碗一杯なんとか流し込めたところだった。
    寝台に沈み込むチョロ松の姿は、驚く程弱々しくて一松を一層不安にさせる。

    (死なないで、チョロ松…お願いだから。)

    思わず、そんな風に祈らずにはいられなかった。

    一松が包帯を巻き終え、薬箱の後片付けをしていると、不意に部屋の戸が開けられた。
    その時には下を向いていたため、戸を開けた人物の顔はすぐに見れなかったが、誰なのかは瞬時に理解できた。
    使用人ならば跡継ぎであるチョロ松の自室に入ろうとする前に、戸の前で必ず伺い立てをするはずだ。
    それをせず、何も言わずに無礼にもいきなり戸を開けるような人物は、広いこの屋敷において、一松は一人しか知らない。

    「父さん…。」

    この屋敷の現当主たる双子の父親、その人だった。
    戸口に立つ父親の顔は眉間に深く皺が刻まれており、中には入らずに入口から寝台で眠るチョロ松をじっくりと眺めている。
    その様子に、一松は何か声掛けをすればいいのか、この部屋から去るべきなのか、どうすればいいのか判らず戸惑ったが
    …ああ、チョロ松の怪我が心配で慌てていたのだろう、だから余裕も持てずいきなり戸を開けてしまったのだ。
    そしてチョロ松の痛々しい姿に、打ちのめされてしまっているのだろう。
    …と、父親の様子を最大限好意的に解釈することにした。
    やがて父親は視線を部屋の奥の寝台から薬箱を片付ける一松へと移すと、低い声で言い放った。

    「ついてきなさい。」

    一松には、拒否権などない。
    足早に部屋を去っていく父親の後を慌てて追いかけると、着いた先は隣の部屋…父の書斎だった。
    部屋の中央に誂えられた西洋座卓を挟み、向かい合う形で腰を下ろすと、父親は徐に切り出した。

    「あれは、もう助かるまい。
     一松、今後はお前が「チョロ松」となり後継者となるように。」
    「え…。」

    話はそれだけだ、と言わんばかりに父親はそれ一言だけを伝えると、さっさと部屋を去ってしまった。
    一人書斎に残された一松は、呆然としたまま父親の言葉を反芻した。

    「チョロ松に…なる…?」

    それは、父親が先ほどのチョロ松の様子を見て、早々に切り捨てる決断を下した証明だった。
    あの時、戸口で父は大怪我を負ったチョロ松の姿に打ちのめされ、悲観していたのではない。
    単純に、品定めをしていたのだ。
    チョロ松はもう使えない。
    だが、存在をひた隠しにされてきた一松が今更チョロ松に代わって表に出ていくのは外聞が悪い。
    ならば、大怪我を負ったのは一松だったという事にしてしまえばよい。
    そして、一松は今後「チョロ松」として跡継ぎになってもらえばよい。
    父親の考えを理解した一松はただただ呆然とするしかなかった。
    結局のところ、自分達は父親にとって家を守る為の手駒に過ぎなかったのだ。
    チョロ松の振りをするなど、元々内緒で「入れ替わり」をしていた一松にとっては容易いことだが、自分達の心の平静を保つために自主的にするのと、強要されるのとではわけが違う。
    父の言葉は、二人の意思と精神を冒涜するに足るものだったのだ。


    ー 大正二年 十一月三十日 午後八時

    あれから一松はチョロ松の介助をしながら、深く考え込む事が多くなった。
    父親の下した決定は、次の日にはもうチョロ松の耳にも届いており、チョロ松自身はその決定を静かに受け止めていた。
    一松の日課となった包帯交換の時に、小さく「ごめんね、一松。」と零したチョロ松に、一松は虚を突かれ、思わず手を止め兄の方を見た。
    包帯に覆われた兄の目は、果たして今どんな表情をしているのかは判らなかったが、きっと眉を下げて哀しそうな顔をしているのだろうと一松は思った。

    もしも、もし、万が一にも、チョロ松がこのまま快方に向かわなかったとしたら。
    酷く儚く見える兄が、その命を手放してしまう日が来てしまったとしたら。
    そのような事を考えるのは無粋だと理解はしていたが、一松は考えずにはいられなかった。
    チョロ松を失えば、一松は父親の言うように一生兄を演じて生きていかなければならない。
    それどころか、心の拠り所を、「一松」自身を見てくれて認めてくれる存在を、唯一無二の半身を失う事になるのだ。
    チョロ松がいなくなってしまえば、一松はもう誰にも「一松」としての存在を認識してもらえなくなる。
    「一松」も「チョロ松」もいなくなり、現し世に残るのはきっと偽りの「チョロ松」だ。
    便宜上、兄の名を呼ばれながらも、その正体は実は一松で、しかし、一松も心を手放し、ただ兄を演じる人形に成り果て、もうそこにはかつての一松もいないのだろう。
    チョロ松のいない世界など、一松にとっては到底耐えることなど出来そうにない生活だった。
    一松にしてみれば、チョロ松の死は己の死と同義と言っていいくらいには、兄への依存は膨れ上がっていたのだ。
    いまこの瞬間にも、少しでも気を緩めれば一松の涙腺はたちまち決壊してしまいそうであった。
    同時刻、チョロ松ももう涙など流せないであろう己の目を自嘲しながらも、嗚咽を噛み殺していた事は、強く目を閉じて涙腺を守っていた一松には気付けなかった。

    沈んだ表情のまま日課を終えた一松は、チョロ松が静かに寝息を立て始めたのを確認して部屋を後にした。
    もう日はすっかり沈んでいる。
    使用人達も、一部を除いて各々の部屋へ戻るなり家路につくなりしたのだろう。
    広い屋敷は水を打ったような静けさだった。
    長い廊下を歩きながら、一松は考える。
    あの父親は何故こんなにも息子達…チョロ松と一松に対して無関心を貫くのか。
    思えば父親らしいことをしてもらった覚えもない。
    それは、チョロ松の代わりでしかなかった一松にとっては当然のことなのだが、こっそりと兄と入れ替わって茶会や演奏会へ出席した時も、父が息子を見る目は同じだった。
    名家の血と伝統を重んじるあまりに、人の心を亡くしてしまったのだろうか。
    だとしたらなんて哀れな人だろう。
    …もしも幼い時分に他界した母親が生きていれば、少しは違っていただろうか。
    幼い自分達を愛し、抱き締めてくれた母の腕はどのくらい温かかっただろうか。
    優しく呼びかける声は、どんな声色をしていだだろうか。
    母親を思い出そうとして、一松はその記憶がひどく曖昧な事に気付いた。
    記憶に残る母親はチョロ松と一松に平等に優しく、温かな存在だった事は間違いないのだが、その声や顔はぼんやりとしている。
    思い出そうとすればする程、兄の顔がうかんでしまうので、一松はもうこれ以上母親の顔を思い出そうとするのは諦めてしまった。

    その代わり、一松はふと幼き日に母から聞いたある逸話を思い出した。
    確か、こんな話だった筈だ。

    ー 松林の山の頂上には、小さなお社があって、
    そこにはもう何百年も生き続けるお狐様が暮らしている。
    お狐様の元に参拝して願い事をすると
    気まぐれにお狐様は参拝者に試練を与え、
    それを達成出来れば叶えてくれる ー

    いつ頃聞いたのだったか、子供向けの昔話だろうが、何故かはっきりと、一字一句覚えていた。
    今まで記憶の底に眠ったままだったのが不思議なくらいだった。
    単なる昔話、子供向けの物語。
    一松はそう思ったのだが、この話と一緒に記憶に蘇った母の声と表情が、真摯に己を見つめていて…、

    だから、少し縋ってみたくなったのだ。


    ー 大正二年 十二月一日 午前二時

    草木も眠る真夜中丑三つ時。
    一人の少年…一松は狭く急な山路を辿っていた。
    その山路はろくに手入れもされておらず、崩れかけた急勾配な石段の隙間からは雑草が蔓延り、当然街灯もなく真っ暗だ。
    辺りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。
    白い切石が暗闇の中ぼんやりと浮かんで見えた。
    そんな険しい道のりを、ただ黙々と登り続けていた。
    幼い頃に母親から聞いたお狐様の昔話を信じた訳ではない。
    むしろ一松は端から信じてなどいなかった。
    けれど、何も出来ずに家に閉じこもっているよりは、こうして何か行動を起こした方が幾分ましに思えたのだ。
    要するに、単に気を紛らわせたいだけの自己満足も少なくない割合で含まれていた。
    自己満足であっても、祈っておくくらいは減るものでもなし、やっておいて損することはないだろう。
    そう思って、一松は黙々と石段を上り続けた。

    やがて石段を登り切り、視界が開けた。
    目の前にはところどころ塗装の剥がれ落ちた朱塗りの鳥居、更にその奥には古びた小さな社が鎮座していた。
    どちらも、もう何年、何十年も手入れをされていないのだろう。
    鳥居をくぐり、社へ近づくと、社の前には申し訳程度に小さな賽銭箱が置かれていた。
    いつからあるのだろうか、随分と苔が蔓延っている。

    一松は懐から小銭を取り出し、それを賽銭箱へ投げ入れると鈴を鳴らした。
    鈴は錆び付いているのか、妙な擦れた音が響いた。
    柏手を二度。
    そして祈るようにぎゅっと目を閉じ、
    最後に深く一礼して大きく息を吐く。
    しばし社をぼんやりと眺めていたが、やがて一松はゆっくりと踵を返した。
    子供騙しではあるが、少し気分が落ち着いた気がする。
    …さあ、もう戻ろう。
    そう思い、一松が再び鳥居をくぐった時だ。
    不意に、背後で声がしたのだ。

    「いや~、久々だねぇ。人の子が訪ねてくるなんてさ。」

    「ーーーっ?!」

    勢い良く振り向けば、そこには鮮やかな紅い着物に身を包んだ一人の男が立っていた。
    一体いつの間に。
    一松がここにたどり着いた時、他の誰かの気配なんてなかったはずだ。
    いや、それよりも。
    一松は男の姿を見て、普段眠そうに半分閉じられた眼を見開いた。
    男の頭部は狐の耳を冠しており、背には滑らかで豊かな白銀の毛並みの尾を携えている。
    人ならざる存在である事は火を見るより明らかだった。
    男が笑みを絶やさぬまま一歩踏み出し、一松へ近づく。
    一松が一歩後ずさる。
    じっと男を見つめる一松の様子は、まるで天敵を目の前にして恐怖で目を離せず震え上がる小動物のようで、男は思わず笑みを深めた。
    どのくらいそうしていただろうか。
    数秒にも満たなかったかもしれないが、一松にはひどく長い時間のように感じた。
    ふと、ほんの一瞬…風が吹いた。
    かと思うと、男の姿が一松の目の前から消え去り、次の瞬間には互いの鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くまで迫られていた。
    この人ならざる男が目で追えない程の速さで動き、そして間合いを詰められたのだと、一松の脳が理解するのにはしばしの時間を要した。

    「?!」
    「あれ、お前……。いや、まぁいいか。
     なぁ人の子、さっき祈ったお前の願い、叶えてやろうか?」
    「………は?」

    男は心底愉快そうに目を細め、右手で一松の顎を捕らえた。
    一松と異形の男の目と目が合う。
    男の手はひんやりとしていて、愉快そうに笑うその目は吸い込まれそうなほどの漆黒だった。
    都合のいい口上を並べ立てて、取って食われるのだろうか。
    そう考えると同時に、男の目を見て、一松は場違いにも、ああ綺麗な目だな、と思った。
    彼が昔母から聞いた、何百年も生き続けるお狐様とやらなのだろうか。
    耳と尻尾を見る限りは狐に間違いはなさそうだし、それにこの男は願いを叶えてやろうかと言ってきた。
    人気のない山奥で、鮮やかな紅が一層際立つ。
    …紅。
    何故だろう、今何かを思い出しかけたような気がした。
    いや、それよりも。
    返答すべきなのだろうか、それとも無視を決め込むべきか?

    「おーい、少年?聞いてる??」
    「…誰?」
    「それ今聞いちゃう?」
    「だって…。」

    一松の顎を掴んだまま、男が更に言葉を続けようとした時だ。
    紅い着物の背後で突如、音もなく蒼い焔が浮かび上がった。
    思わず一松の視線がそちらへと向かう。
    一松の様子に男も顎を掴む手はそのままに振り向くと、「げっ」と小さく呟きながら顔を歪めた。
    それでも一松を離そうとはしなかったが。
    蒼焔は今度は風を起こしながら火柱を上げている。
    燃え上がっていた蒼い火柱はやがて霧散し、蒼い焔が上がっていた場所には男が立っていた。
    蒼い着物、顔立ちは紅い着物の男とよく似ている。
    そして、蒼い着物に身を包んだ男もまた、頭に狐の耳、そして背に八本の尻尾を携えていた。
    紅い着物と蒼い着物を交互に見つめる一松をよそに、蒼い着物の男は紅い着物の男につかつかと歩み寄り、拳を振り上げると容赦なく紅い着物の男の脳天にそれを振り下ろした。
    辺りに鈍い音…いや、なかなかいい音が響いた。
    この瞬間、あれ、こいつの頭って実は中身ないのかな、と失礼極まりないことを一松が考えていたのは、完全なる余談である。

    「おそ松!いたずらに人の子を怖がらせるんじゃない。」
    「えぇ~?別に苛めてねーよ?
     ただ、こいつの願い叶えてやろうかって聞いただけだって。」
    「だったらその手は何だ?んん~?」
    「あーもう!わーかったって!」

    突然現れた蒼い着物の男に咎められて、紅い着物の男(どうやらおそ松という名らしい)は一松から手を離した。
    一松といえば、目の前で起こっている展開についていけず、

    「うん、帰ろう…。」

    何か変な夢でも見ているのだろうと都合の良い解釈をし、元来た石段を下ろうと再び踵を返そうとした。
    …が、石段を下りることは残念ながら叶わなかった。
    今度は紅い着物の男に手首を掴まれてしまったのだ。
    見かけによらずその力は強く、一松には振り解けそうにない。

    「ちょ、待て待て待て!
     え、嘘でしょこの流れで無視?!有り得ないだろ!
     シカトとかお兄ちゃん泣いちゃうよ?!」
    「少年!先程はこいつが無礼を働き悪かった!
     こんな山奥に人の子が訪ねてくるなんて久々の事でな…少々はしゃいでしまったんだろう。
     何か困っている事があるのだろう?詫びというわけではないが、話を聞こうじゃないか!」
    「………チッ」
    「ええええ、舌打ちしたよこの子?!」

    何故か二人の異形の男達にしつこく引き留められ、一松は渋々此処に残る他なかったのだった。

    ーーー

    二人の男は一松を古びた社の前、ちょうど腰を下ろすのに丁度いい大きな置き石に座らせた。
    話を聞くに、二人は妖狐の兄弟で、紅い着物の男が兄のおそ松、蒼い着物の男が弟のカラ松というらしい。
    気の遠くなるほど昔からこの地に住み着き、この社を訪れる人の願いを気まぐれに叶えたり、偶に人の姿に化けて人里へ下って遊んだりして過ごしてきたそうだ。
    話し相手が欲しかったのだろうか、思いの外人懐っこい妖狐の兄弟は実によく喋る。
    二人とも背の八本の尻尾を機嫌良さげに揺らしていた。
    とりあえず妖怪に喰われる、という心配は今のところ無さそうである。

    「最近は此処を訪れる人もいないし、人里へ下りることもなくなったけどな。
     ここ数十年は西洋から来たおかしな道具が溢れかえってて、俺達妖にとっては溶け込み辛くなってきちまったし。」
    「ふーん…。」
    「ふーん、てお前ね。もうちょい興味持ってよ~。」
    「なぁ、一松といったか。お前は…、」
    「何?」
    「いや、何でもない。」
    「?」

    カラ松が一松の顔をじっと見つめ、そして何かを言いかけたが、結局言葉にはしなかった。
    そういえば、最初に顔を合わせたおそ松も似たような反応をしていた気がするが、一体何だったのか、一松には知る由もない。
    小首を傾げる一松に、カラ松は慌てて話題の矛先を一松へと向けた。

    「俺達の話はもういいだろう。
     そろそろ一松の願いを聞こうじゃないか。」
    「え…いや、別に。」
    「何遠慮してんの一松?大怪我したお前のおにーちゃん助けたいんだろ?」
    「!!」
    「あはは、何で分かったの、って顔してるな。
     わかるよ。ここら一帯は俺達の縄張りだからね。
     お前が社の前で祈った想いは妖狐の俺には筒抜けなの。」
    「なるほど、兄を助ける為にこんな所まで…!なんて美しき兄弟愛!」
    「…別にそんなんじゃ、ない。」

    カラ松の言う、美しい兄弟愛と言える程、綺麗な感情ではないことくらいは、一松も理解している。
    兄へ向けるこの想いは執着、そして依存だ。
    兄弟愛と呼ぶには度が過ぎていて、恋心と呼ぶには歪み過ぎている。
    事実、こうして此処に足を運んだのも、もちろんチョロ松の想いが強かったのもあるが、それ以上に自分自身の為だった。
    万が一、心の拠り所を失ってしまった時、自身が壊れてしまうのが怖くて、気持ちを落ち着けたかったのもある。

    「助けてやろうか。お前の兄貴。」
    「…助けられるの?」
    「怪我の程度にもよるけどな。普通の生活できるくらいなら治せるかもよ?」
    「…………代償は?」
    「へ?」
    「そんな虫のいい話あるわけないでしょ。
     チョロ松を治してくれる代わりに、俺は何を犠牲にすればいいの?」
    「一松、お前…、」
    「へぇ~、人間ってのは強欲な奴ばかりだと思ってたけど、一松は利口な子だな。気に入った!
     そうだな…それじゃ、一松。今から俺が言う事を成し遂げられたら、お前の兄貴を助けてやるよ。」
    「おそ松、折角此処まで来てくれたんだ。
     すぐにでも治してやったらどうだ。」
    「だーめ。
     さっきこいつも言っただろ?犠牲は何かって。
     無償で受け取るのは赦されない。対価は必要だよ。」
    「だが…、」
    「俺に出来る事ならいいよ。
     何も無しじゃ、あんたらに貸しを作ったみたいで居心地悪いし。」
    「む…一松が納得しているなら、構わないが…。」
    「さて…それじゃあ俺から一松へ試練を与えよう。」

    おそ松から告げられた、兄を助ける為の試練、それが「百日参り」だった。
    今日から百日、雨の日も雪の日も一日たりとも休まず毎日この社へ参拝すること。
    そして、参拝の際には賽銭の代わりに一松の髪を一本、奉納すること。
    これが条件だった。

    「何で髪の毛…?」
    「髪は妖力を込める媒体として一番手頃で手っ取り早いんだよ。
     直接俺が妖力をぶつけると何が起こるかわかんねーし、緩衝材みたいなもん?
     本当なら治癒を施す対象のお前の兄貴の髪がいいんだろうけど、双子の兄弟なら一松のでも問題ないだろ。」
    「そういうもん…?」
    「そーいうもん、そーいうもん。」
    「俺が百日通えば、兄さんは助かる?」
    「おう。俺の出来る限りの力を尽くしてやるよ。」
    「…わかった、百日参りする。」
    「よし。交渉成立、だな。」

    斯くして、一松の百日参りが始まったのである。

    ────────

    《二》

    ー 大正三年 三月十日 午前二時

    妖狐のおそ松が与えた条件を呑み、一松は今日、百日参りをやり遂げた。
    文字通り雨の日も風の日も、雪の日も、険しく暗い山路を真夜中に辿り、懐紙に包んだ髪を古びた社へ奉納した。

    柏手を二度。
    手を合わせるとぎゅっと祈るように目を閉じて
    最後に一礼してその場を足早に去る。

    誰にも内緒で、チョロ松にさえも内緒で、夜中こっそりと家を抜け出し、明け方になる前にまたこっそりと戻る。
    日中は父親の望む通り、「チョロ松」の振りをし続けた。
    チョロ松の代わりに学校へ通い、偶に園遊会へ参加しながらの百日参りは体力の少ない一松にはなかなかの重労働ではあったが。
    そんな日々を続けて百日目だ。
    その間、おそ松もカラ松も一松の前に現れることはなかった。
    だから目の前で上機嫌な様子で手を叩くおそ松を見るのは、実に百日ぶりだ。

    「お見事。頑張ったじゃん、一松。」

    おそ松がそう言った直後、蒼い焔と共にカラ松も現れた。
    こちらも百日ぶりの再会となるが、カラ松の表情は非常に晴れやかで、立ちすくむ一松へ勢いよく飛びつかんばかりだった。

    「おめでとう一松!お前は見事試練に打ち勝った!
     満願成就のこの目出度き日を盛大に祝福しようじゃないか!
     ああ、そうだ。英国ではこういう時、『こんぐらっちゅえいしょん』と言うらしいな!」
    「…え、うん。
     てか、初めて会った時も思ったんだけど、そのちょいちょい気障な言い方なんなの?」
    「あー、ごめんね。カラ松は劇舞台みたいな言い回しで喋んないと死んじゃう病なの。」
    「な…?!お、俺は知らぬ間に病に侵されていたというのか…?!」
    「ほんと、イッタイよねー!」
    「どぅーん!おっはよー!!」
    「真夜中だよ十四松兄さん。」
    「え…。」

    おそ松とカラ松の背後から飛び出してきた新たな登場人物に、一松は百日前と同じように瞠目した。
    ちなみに自分の世界に入ってしまったカラ松は早々に無視を決め込むことにした。
    突然一松の前へと躍り出てきたのは、おそ松とカラ松に顔立ちのよく似た、しかし受ける印象は大きく異なる者達。
    片方は薄桃色の着物を纏い、大きく可愛らしい瞳が印象的で、
    もう片方は蒲公英色の着物に、大口を開けて底抜けに明るい声を上げている。

    「あ、こいつらは俺達の式神。
     蒲公英色がカラ松の式神の十四松で、薄桃色が俺の式神のトド松な。」
    「話には聞いてたけど、君が一松くんかぁ~。
     おそ松兄さんの気まぐれに律儀に付き合っちゃったなんて、真面目なの?
     ま、よろしくね♪」
    「ぼくね、十四松!すっげー足速いよ!!」
    「え?あ…うん?よろしく??」

    式神は陰陽師が使役する鬼神のことだ。
    本来の式神とは多少の違いがあるのかもしれないが、使役神を持っているということは、おそ松もカラ松も一松が想像している以上に高位の妖なのだろう。
    もっとも、式神だという十四松とトド松の様子を見る限り、やけにしっかりとした自我を持っているようで、主に敬意を払っている様子は見受けられない。
    が、おそ松とカラ松にとっては日常的なことらしく、気にしている様子はなかった。
    十四松とトド松を従え、おそ松は徐にぽんと手を打つと、一松に向き直った。
    その手は綺麗に束ねられた短めの髪を持っている。
    この百日間、一松が一本ずつ奉納してきた髪のようだ。

    「…さてと、それじゃぁ約束通り一松のお兄ちゃんを治すとするかー。」
    「…今更なんだけど、本当に出来るの?」
    「え、まだ疑ってる?
     ちゃんと治すから大丈夫だって。」

    おそ松を疑ったわけではない。
    ただ、いざ治そうという場面に直面して、少し不安になったのだ。
    一松がこっそりと百日参りに勤しんでいた間、チョロ松の容態が悪化するようなことはなかったが、快方に向かうこともなかった。
    流石に傷は塞がったが、もうその目は光を捕らえることが出来ないし、手足も満足に動かせない。
    介護無しには生活できない、完全に寝たきりの状態になってしまったのだ。
    「一松」と請われるように伸ばされる手を取れば、チョロ松の手の冷たさにぞっとした事も少なくない。
    兄の状態は誰が見ても絶望的で、現代の医学ではどうにもならないだろう。

    「治すって言っても…どうやって?」
    「まずは一松の兄…チョロ松だっけ?の所に行くかー。」
    「は?!」
    「いや、だって怪我人の所に行かないと治せないじゃん?」
    「そ、そうだけど…。え、待って家に来るの?」
    「いやぁ~人里に下りるなんて久々だな~!
     あ、大丈夫、大丈夫。ちゃんと見つからないようにするから。」
    「善は急げだな!そうと決まれば急ぐぞ。一松、つかまれ!」
    「は、え?!ちょ、ちょっ!待っ…!!」

    言うや否や、気付けば一松はカラ松に引き寄せられていた。
    カラ松は素早く一松を横抱きにすると勢い良く地を蹴る。
    背後から「あ、待てよカラ松~」とおそ松の間延びした声が聞こえてきた。
    カラ松は一松を横抱きにしたまま、軽々と木々を飛び移っていく。
    そうして、一松が目を白黒させている間に山を下り、あっという間に人里まで来たかと思えば、今度は家々の屋根から屋根へと飛び移っていった。
    カラ松の後を同じようにおそ松が追ってきているのと、おそ松の背中に十四松とトド松がしがみついているのを、
    ついでに言うと「おいお前ら自分で走れよ!」「え~やだよ面倒くさい。」「兄さんがんばれー!!」
    というやり取りをしていた事も、この時になってようやく一松はその目と耳に認めることが出来た。
    先刻、見つからないようにする、と言っていなかっただろうか。
    誰かに見られていたらどうするんだ、と妖狐の兄弟に言ってやりたかったが、
    ふと上を見上げて目が合ったカラ松が得意そうに片目を瞑って笑うものだから、一松は呆れてすっかり脱力してしまい、それきり咎める機会を失くしてしまったのだった。

    やがて一行はチョロ松と一松が住まう屋敷の屋根へと辿り着くと、中庭へ下り、そこからチョロ松が眠る部屋へと向かった。
    屋敷はしんと静まり返っており、誰とすれ違うこともない。
    この屋敷は父親の意向で、住み込みで働く使用人はほんの数人で、ほとんどが通い勤めだからだろう。
    使用人達が帰った夜はとても静かだ。
    そっと部屋の戸を開けて中へ入ると、トド松が何やら手を不思議な形に組んで詠唱している。
    部屋の四隅が、一瞬だけ青白く光った気がした。

    「よし、簡易だけどこの部屋に結界張ったから、しばらく誰も入ってこれないよ。多少騒いでも大丈夫。」
    「それは有難いけど騒がないでよ。チョロ松は起こさないで。」
    「はいはい。そんじゃ、まずは怪我の程度を見せてもらおっかな~。」

    少し声を落として言いながら、おそ松は寝台に横たわり寝息を立てるチョロ松の胸元に懐紙を置き、その上に束ねられた髪を置くと、手を置いた。
    そのままじっと目を閉じ、何かを探っているようだった。

    「…どうだ?おそ松。」
    「うん、大体治せるな。…ただ、」
    「ただ?」
    「わりぃ、目は難しいかも。」
    「目?」
    「うん。こいつの目、どうやら完全に壊れちまってるみたいでさ。
     腕とか脚は、まだ身体の組織が死んでないっぽいから治せそうだけど。
     …人の身体ってさ、速さは違えど怪我すれば自然と回復する力を持ってるだろ?
     俺の治癒って、乱暴に言えば人が持ってる回復力をめーっちゃ高めて回復促すようなもんだから
     治そうとしてる部分そのものが死滅しちまってるとなぁ…。」
    「…なんとか、ならないの?」
    「うーーーん、そーだなぁ~…。
     あ、取り敢えず他のところは治しとくな。」

    おそ松の手に淡い光が集まり、そして光はチョロ松の身体へと吸い込まれていく。
    その光景を見ながら、一松はばれないように拳を握り締めた。
    目は、治せないのか。
    人ならざる妖と関わりを持って、百日山路を登り続けたというのに。
    …いや、寝たきり状態からは解放されるのだ、それだけでも十分な奇跡だ。
    そうは思っても、落胆は隠せようもない。
    そんな一松の様子を、カラ松が心配そうにうかがっていた。
    やがてカラ松は何かを思い付いたのか、声量を落として一松に話し掛けてきた。

    「……なぁ、一松。一つ提案なんだが。」
    「…何?」
    「片目を交換するのはどうだ?」
    「交換…?」
    「ああ。お前の片目とチョロ松の片目を入れ替えるんだ。
     そうすれば、一松は片目が見えなくなってしまうが、チョロ松は片目が見えるようになる。」
    「片目、を………。」
    「カラ松、お前マジで言ってんの?
     それ、つまりは一松に兄の為に片目を潰せって言ってるのと同じだぞ?」
    「それは、そうなんだが…。」
    「いいよ。」
    「はい?」
    「俺の片目、チョロ松にあげていいよ。」
    「一松本気?…後になって元に戻すとか無しよ?」
    「うん。なんなら両目あげてもいい。チョロ松に僕の目あげて。」
    「うーんと、…うん、お前の覚悟は分かったから。そこは片方にしとこうか。」

    カラ松の提案に、一松は躊躇なく乗っかった。
    元々、おそ松からチョロ松を治癒してやると聞かされた時も自身は滅ぶ覚悟だったし、片目を差し出す程度でいいのなら悩む必要などなかった。
    おそ松とカラ松、そして十四松とトド松がじっと一松を見つめる。
    その目は程度は違えど、一様に何かを堪えているような、心配しているような、そんな表情をしていた。
    一松を囲む人ならざる四人が一体今ここで何を考えていたのか、知らぬは一松本人のみである。

    「一松、…本当にいいんだな?」
    「うん。」
    「わかった。…それじゃ、お前らの右目を入れ替えようか。」

    おそ松が右手をチョロ松に、そして左手を一松に、顔半分を覆うようにして手を置いた。
    瞬間、右目がどくりと脈打ち、一気に熱を持った。
    かと思うと、次第に熱は引き、今度はじくじくとした鈍い痛みがゆっくりと一松を襲う。
    反射的に肩が震え、思わず目を閉じたが、やがておそ松がチョロ松と一松から手を離した時には痛みは治まっていた。
    一松が再び目を開く。
    先程までと見える世界が違う。
    どうにも目の前が平坦に見えて、距離感が上手く掴めない。
    なるほど、確かに一松の右目は視力を失っていた。

    「チョロ松の身体は少しずつ動くようになっていくよ。
     目は…まぁ、片目はしばらく不自由を感じるだろうけど、時期に慣れるだろ。」
    「さて、夜が明ける前に俺達は戻るとするか。
     今宵の逢瀬はここまでだな、しかし、俺達が縁で結ばれていれば、近く必ずや相見える日がく」「ばいばーい、またね!」え…。」

    やるべき事をやり終えると、妖狐の兄弟とその式神は颯爽とその場を去っていった。
    約一名、何かわけの分からぬ事をぐだぐだと並び立てていたが。

    薄暗い部屋には、チョロ松と一松だけが取り残された。
    先程までの賑やかさが嘘のように、部屋は再び静けさを取り戻している。

    (あ。お礼…言いそびれた、な…。)

    視力を失った右目を手で押さえながら、一松はふと思った。

    ーーー

    ー 大正三年 三月二十日 午後三時

    あれから、チョロ松は奇跡的な回復を遂げた。
    おそ松が言い残した通り、治癒を施した次の日の朝には右目が光を宿し、三日後には両の手を自由に動かせるようになり、一週間が経った頃には、自力で歩けるまでになった。
    屋敷の使用人達は皆驚きながらも回復を祝福し、彼らなりの祝の心配りなのだろう、夕餉が少し豪華になったりした。
    おそ松がチョロ松を治癒し、更にチョロ松と一松の片目を交換した次の日の朝、一松は鏡の前に立ち、いつもより念入りに己の顔、と言うよりも目元をじっくりと眺めたが、視力を失った右目は確かに一松の目であった。
    どうやら物理的に目と目が入れ替わったというわけではないようだ。
    しかし、右目の何かが確かにチョロ松と入れ替わったのだろう。
    父親といえば、チョロ松の回復を知るなり、百日と少し前に一松へ言い放った「チョロ松として振舞え」 という発言は、まるでなかった事のように白紙に戻していた。
    素っ気なく「あの日の言葉は忘れろ」とだけ伝えると、再びチョロ松が表舞台へ上がることになっていた。
    この点については一松の予想していた通りである。

    …が、一松が予想だにしていなかった事も起こった。
    まず一つ目は、一松が片目が見えないという事が、早々にチョロ松本人にばれてしまったことだ。
    一松としては、出来る限り隠しておきたかったが、やはり片方だけとはいえ、瞳に光を取り戻した双子の兄には隠し事など到底無理なようで、
    チョロ松は視力を取り戻したその日にごくごく自然に、あっさりと、一松の様子がおかしい事に勘づいてしまった。
    そこから、一松の片目が見えていない事に気付くのには少々の時間を要したが、何か物を取ろうと手を伸ばした一松がやたらと空振りするのを見て、チョロ松は怪訝そうに眉を顰め、控え目に一松に言ったのだ。

    「一松…お前、もしかして片目、見えてないの?」

    兄にあっさりと気付かれ、どう返答したものかと固まってしまった一松とチョロ松を襲ったのが、二つ目の予想外な事であった。

    「「………あれ?」」

    呟いたのは、二人同時だった。
    お互い顔を見合わせ、双子故なのか全く同じ拍子に目を瞬かせる。
    その驚いた表情も何から何まで、まるで鏡合わせだ。
    チョロ松と一松が顔を見合わせ瞠目している理由…それは自身の視界に、何か別の視界が重なって見えたからだ。
    自分の目で見た、目の前に広がる光景とは別に、脳裏に異なる風景がちらついている。
    互いの片割れを見つめる自身の視界と、自分自身を見つめている誰かの視界。
    互いの視界が共有されているのだと理解するのに、さほど時間は掛からなかった。

    「待って、一松が僕を見てる様子が、僕にも見えてる?」
    「え…チョロ松の目を通して自分が見えてるの?」
    「どういう事?」
    「俺に聞かれても…。」
    「だよなぁ…。」
    「何なんだろうね。」
    「うん。」

    不思議な事は間違いなかったのだが、チョロ松も一松も、特に気味悪がったりする事はなかった。
    自身の見るもの全てがばれていたとしても、相手が双子の片割れならば別段気にする事はない。
    むしろ、片割れが見ている世界を自分も見ること出来るのは、心地良くさえあった。
    異常とも言える感覚なのだが、二人にとってはこれが至って普通の感覚らしい。

    ーーー

    チョロ松と一松が視界の共有に気付いて、二人で色々と試した結果、幾つか分かった事がある。
    まず、互いの視界を見るには条件があるらしいことだ。
    どちらかが眠っていたりして意識がない場合や、二人のいる距離が物理的に離れている場合は共有が出来ない。
    そして、どちらか一方が共有を拒んだ場合もどうやら相手に共有される事は無いようだった。
    そして、共有出来るのは視界だけで、相手が見ている景色は分かっても、それに付随してくる音や匂い、触覚等は分からない、という事がわかった。
    しかし、何故突然こんなチカラが二人に宿ったのかは依然として謎だ。
    チョロ松にとっては本当にわけの解らない事態であったが、その一方、一松は解らないながらも心当たりはあった。
    というより、一松には原因がそれとしか考えられなかった。


    ー 大正三年 三月二十一日 午前一時半

    真夜中、一松は再び例の山路を辿っていた。
    チョロ松の身体を治すという目的を果たした今、もうこの場所に来る事はないだろうと思っていたのだが、どうしてもあの妖狐に聞きたいことがあった。
    聞きたいこととは無論、チョロ松との視界の共有に関してだ。
    チョロ松と一松が右目を交換した事が影響していると、一松は確証はないものの、ほとんど確信していた。

    社の前に辿り着き、鳥居をくぐると、一松が社の前に立つ前に目当ての相手の方から姿を現した。
    いや、現したというよりも社の前に、いた。

    「あれー?一松兄さんだ!」
    「ほんとだ。どうしたの?」
    「ちょっと聞きたいことがあったから…。
     十四松とトド松は何してんの。」
    「鞠遊びだよ~。」
    「僕ね、めちゃめちゃ遠くまで投げれるよ!」
    「そう…。」

    社の横で式神の十四松とトド松が遊んでいた。
    暗闇の中、蒲公英色と薄桃色の鮮やかな着物が場違いなほどに明るく浮かび上がって見える。
    二人の手には、身に纏う着物と同じくらい色鮮やかな手毬があった。
    薄桃色、蒲公英色、そして藤色の花模様が散りばめられ、その周りは柳葉色の葉模様があしらわれている。
    そして、鮮やかな紅色と蒼色の糸で縁取りが施されていた。
    なんとも色とりどりで目にも鮮やかな手毬だ。
    一松の視線は、自然と美しい色彩の手毬へと向かった。

    (…なんかこの鞠、何処かで見たことある、ような…。)

    そう、ふと思ったのだが

    「あれ?一松じゃん。」
    「一松!会いに来てくれたのか!!」
    「なんだよー!呼んでくれりゃ迎えに行ったのに〜!」
    「よく来てくれたな、一松!
     ここまで登ってくるのは人の足では大変だろう?茶でも入れよう「いらない。」えっ…。」

    背後から気配もなく、紅と蒼の妖狐の兄弟が現れたため、一瞬、色鮮やかな鞠に感じた既視感についてそれ以上考える余裕はなくなってしまった。
    振り向けば、一松の記憶にある通りの鮮やかな紅色と蒼色。
    二人とも、やたらと人懐こい笑みを浮かべている。
    おそ松が一松の肩に腕を回し、ぐりぐりと乱暴な頰ずりを始めた。
    一瞬だけ一松に鳥肌が立ったが、結局はされるがままだ。
    その様子をカラ松が何故かやたらと羨ましそうな目で見ている。
    気づけば鞠遊びをしていた十四松とトド松も一松の傍まで寄ってきていた。
    あっという間に妖狐と式神に囲まれた一松は、「呼ぶってどうやって」だとか、「妖怪にお茶出しされる人間てどうなの」だとか、色々と言いたい事はあったのだが、
    このまま流されて態々ここまでやって来た目的を忘れてしまう前にと、おそ松の頭を両手を使って押しのけながら本題に入ろうとした。

    「ちょっと聞きたいことがあ「一松から離れろ!!」…え。」
    「うわっ…ちょ、あっぶね!」
    「え…チョロ松?」

    顔のすぐ横で鋭い音と風を感じた。
    それと同時に、おそ松が一松から離れて素早く間合いを取ったのが分かった。
    驚いて音の出所へと目を向ければ、そこに立っていたのは双子の片割れ、チョロ松の姿で。
    双子の兄は、片足を上げた状態で、光の宿った右目でおそ松を睨みつけていた。
    先ほど一松が感じた鋭い音と風は、どうやらチョロ松の蹴りだったらしい。
    チョロ松は松模様があしらわれた柳葉色の袴下に深緑の袴姿で、少々息を乱していた。
    ちなみに、一松はチョロ松と色違いの藤色の袴下に紫紺の袴姿だ。
    袴で、しかも体調も万全ではなく、片目が見えていない状態で、よくここまで鋭い蹴りが繰り出せたものである。

    「なんで、ここに…。」
    「はぁ?!何でじゃないよ!
     たまたま厠に起きたら視界に変な森やら石段やら社が見えてくるし!更にはよく分からない奴らに囲まれているわ馴れ馴れしくベタベタされてるわワケわかんないしお前何でこんな真夜中にこんな処に来てんの?!てか、あいつら何なの?!ていうか、僕に黙って何してたの?!
     一松、あの紅い奴に何された?ちょっと待ってて軽く殺してくるから!」
    「ちょ、落ち着いて…、」
    「チョロ松くーん?恩人に向かっていきなり蹴り入れるのはどうなのー?
     というか、ぞっとしちゃったんだけど!やめてお願い。」
    「ああ?!黙れクソが一松にベタベタ触ってんじゃねぇ!」
    「うわお、噛み付くね~。お兄ちゃんちょっと感心しちゃったわ。」
    「あの、チョロ松…ちゃ、ちゃんと話す、話すから落ち着いてってば。」

    どうやら夜中に目を覚ましたせいで、一松の視界をチョロ松も見てしまったらしい。
    その目に広がる景色を不審に思い、後を追ってきたようだ。
    おそ松に対して敵意を剥き出しにしているチョロ松をどうにか宥めながら、一松は己の迂闊さを反省した。
    チョロ松には知られたくなかった。
    とは思いつつも、山路の道中の視界がチョロ松と共有されていたということは、一松も拒否していなかったということだ。
    それとも、この兄に隠し事は出来ないという無意識の諦めが働いたのだろうか。
    兎も角、この社と、そして妖狐の兄弟達と話しているところを見られてしまっては、もうどうにも言い訳は出来そうもなく、チョロ松に総てを話す他ないように思えた。
    下手な誤魔化しはチョロ松には通用しないし、何よりそうすると後が怖い。
    一松は、初めておそ松達に出会った際におそ松がそうしたように、チョロ松を社の前の置き石に座らせると、大きく息を吐いてから静かに事の顛末を話し出した。

    チョロ松が大怪我を負ってから、幼い頃に母から聞いた子供向けの昔話をふと思い出したこと、
    屋敷で何も出来ずにいるのが嫌で、自身の気持ちを落ち着けたくて、この社へ来たこと、
    そこで妖狐であるおそ松とカラ松に出会い、百日参りを果たせば、チョロ松の身体を治してやるという条件を持ち掛けられたこと、
    そして、その条件を呑み、百日間この社に通い続けたこと、
    おそ松の力によってチョロ松の身体は治せたが、目だけは力が及ばず、一松と右目を交換したこと。

    「…で、チョロ松と視界の共有が出来るようになった原因、目を交換した事が何か関係してるんじゃないかって、それを確かめたくて、また此処に来たんだけど…。」
    「……。」
    「今日に限ってチョロ松が夜中に目を覚ますとは思わなくて…その、」
    「…僕の身体が突然良くなったのは、そういうわけだったんだ…。
     おかしいと思ったんだよ。急に調子が良くなるものだから。
     ねぇ、一松。」
    「……うん。」
    「頑張ってくれたのは、嬉しいよ。
     でもさ、自分の身体を犠牲にするようなこと、するなよ。」
    「ごめん…。」
    「僕、怒ってるよ?」
    「うん…。」
    「ほんと怒ってるよ?」
    「ごめんなさい。」
    「あのさ、一松。
     こうして僕が回復しても、そこにお前がいなかったら、意味ないんだよ。
     ……わかるだろ?」
    「うん…。」
    「…………まぁ、でも、ありがとう。」
    「チョロ松…。」
    「ほんとお前は、頭がいいのに馬鹿だよね。
     たまに思考がぶっ飛んでて危なっかしいったらないよ。
     やっぱり一松には僕が付いてないと。」
    「ふ…チョロ松には、言われたくないよ。」
    「ふふ…そう?」

    困ったように眉を下げて笑ったチョロ松を見て、一松はほっと息を吐いた。
    一松が黙って危険な百日参りをしていた点についてチョロ松が腹を立てたのは事実だが、自分の為に動いてくれた事は間違いない故に、チョロ松は頭ごなしに怒る気にはなれなかった。
    一松がチョロ松の為に片目を差し出してくれたことに、チョロ松の胸中には薄暗い悦びと、言葉に出来ない愛しさが同時に込み上げていた。
    けれど、自己犠牲には走ってほしくはない。
    自分のせいで、一松が身を滅ぼすような事はあってはならないのだ。
    その身に置かれた環境故に一松は自己評価が著しく低い。故に自ら身を引いたり、損な役回りになろうとするのだから、チョロ松としては気が気ではない。
    しかし、チョロ松にとっては一松のそんなところも全てひっくるめて、大切な弟だ。
    愚かで、一途で、愛しい、大切な弟。
    そしてその弟に不貞を働く輩は、人であろうが妖であろうが、関係ない。
    一松に纏わり付く者達が人ならざる者だと、チョロ松は瞬時に理解したが、かと言って一発蹴りを入れるという選択肢を却下する事はなかったのだった。

    「お話終わったー?
     ね、分かったでしょ?俺お前の恩人よ?」
    「うん、その点については一応感謝してるよ。」
    「一応かよ。」
    「感謝はするけど、それと一松に馴れ馴れしく擦り寄ってたこととは、別の話だよね?
     お前誰の許可得て一松に好き勝手やってんの?あ?」
    「えええ、怖っ!一松ぅ~お前のお兄ちゃん独占欲強過ぎじゃね?」
    「…え、そう?」
    「お前この状況見てわかんねーの?!やばくない?!」

    状況を整理し、理解した上で、チョロ松は今度こそ本気の蹴りをおそ松へ向かって放とうとしていた。
    十四松とトド松はその様を眺めながら、

    「あははっ緑のにーさんの蹴りすっげーね!」
    「いいぞいいぞー緑のおにいさん、そのままやっちゃえ~!」

    などと茶々を入れている始末だ。
    人の子相手に心配する必要はないと考えたのか、そもそも主を助ける気が更々ないのかは謎である。
    その横に立つカラ松はといえば、

    「(余計なことしなくてよかった…。)」

    と、一人で内心ホッとしていた。
    こちらもおそ松を手助けする気は毛頭ないらしい。

    程なくして、背中に綺麗な下駄の跡を作ったおそ松と、少しばかりすっきりとした顔をしたチョロ松が戻ってきた。

    「お前らな!ちょっとはお兄ちゃんの心配しろよ!
     一松も!チョロ松止めに入れよ!」
    「ああ、おかえり。勿論心配したぞ、ちょっとだけ。
     おそ松が大人げなくチョロ松を殺しやしないかとな。」
    「おそ松兄さん楽しそうだったねー!」
    「よかったじゃん、人の子に構ってもらえて。」
    「あーもう!弟達が冷たい!!」

    「…ねぇ、ところで、聞きたいこと…」
    「あー、視界が共有出来るようになっちゃったってヤツね。」
    「そう、それ。目を交換した事、関係してる?」

    一松に聞かれ、おそ松は先ほどまでのおどけた表情から一変し、真剣な顔つきでチョロ松と一松を交互にじっと見つめた。
    やがて、おそ松はウデを組み、大きく頷いてみせた。

    「うん、関係してるな。」
    「…どういう事?」
    「お前らの目を交換した時に、俺の妖力の影響でこうなったっぽい。」
    「えっ…じゃあ、それっておそ松兄さんの失敗ってこと?」
    「兄さん失敗っすか!珍しーね!」
    「違いますぅー!失敗じゃないですー!!
     …普通なら、人間が俺の操る妖力に反応するなんてこと、ありえねぇんだよ。
     多分、お前らは人間にしては、そういうチカラが…人間に言わせると非科学的な力を持ってる方なんだろうな。」
    「失敗ではないにしても、原因を作ったのはおそ松だろう?治せないのか?」
    「ごめん、治し方わかんねーわ。」
    「いや、別に不自由はないからいいんだけどさ…。」
    「うん。まぁ、原因分かってすっきりした。」
    「え、いいの?そんなんで?!
     お前らほんと大丈夫?お兄ちゃん心配!!」

    もう夜明けが近い。
    元々ここにはチョロ松と一松が視界を共有出来るようになってしまった原因をはっきりさせる為に来たのだ。
    その目的を果たせたのだから、これ以上ここに留まる必要はない。
    送っていこうと言うカラ松の申し出は断って、(多分、あの時と同じく担がれて家々を飛び移るのだろうから)チョロ松と一松は妖狐と式神に別れを告げて山路を下った。

    ーーー

    ー 大正三年 三月二十一日 午前五時半

    だんだんと白んできた空を、カラ松はぼんやりと眺めていた。
    視線を少し下に下げれば、山から人里を見下ろすおそ松の姿を確認出来た。
    兄の背中に何か声を掛けようとしたところで、カラ松の足元に何かが転がってくる。
    十四松とトド松が遊んでいた色鮮やかな手鞠だった。
    腰を屈めて、それを拾い上げた。
    手鞠程度ならば、わざわざ腰を屈めずとも尻尾を使って拾い上げることくらいできるのだが、この手鞠はきちんと手を使わなければならない気がした。

    「カラ松兄さーーん!そっちいっちゃった!!」
    「もぉ~十四松兄さん、飛ばし過ぎだよ!」

    十四松とトド松が駆け寄ってくる。
    カラ松が手鞠を差し出せば、十四松が笑顔でそれを受け取った。

    「大切な手鞠だろう?なくさないようにな。」
    「うん!」

    薄桃色、蒲公英色、藤色の花模様に、柳葉色の葉模様、そしてそれを縁取る蒼と紅。
    殊更、十四松とトド松が大切にしている手鞠を見ると、カラ松はいつも昔を思い出した。
    それは多分、兄のおそ松も同様の筈だ。
    十四松とトド松が社へと引っ込んでいったのを確認して、カラ松は再びおそ松の方へ視線を向けた。
    おそ松は相変わらず遠くの人里を見つめている。

    「おそ松。」
    「ん~?」

    おそ松の紅い背中に声を掛けると、いつもの間延びした声が返ってきた。
    しかしその横顔は、いつものどこか飄々とした様子からは随分とかけ離れており、真剣な目で、僅かに顔を歪めて、相変わらず人里を見下ろしている。
    何か見えるわけでもないだろうに。
    いや、ひょっとすると、この兄には何かが見えているのかもしれないが。
    おそ松が振り返ることはなかったが、カラ松は構わず続けた。

    「あの二人、チョロ松と一松は…やはり、」
    「あー、うん…間違いないだろうな。」
    「そうか。」

    おそ松がようやくカラ松の方へと振り返った。
    その目は喜色に満ちていて、けれど、どこか泣きそうにも見えた。

    朝日が、もう少しで昇ろうとしていた。

    ────────

    《三》

    ー 大正三年 四月二十一日 午後三時

    年度が変わり、チョロ松と一松の生活には少しの変化が訪れた。
    まずは学校。
    まだチョロ松の身体が万全ではないこともあり、日替わりで通うようになったのだ。
    無論、他の人には内緒の話。
    学校に在席しているのはチョロ松だけだし、一松はチョロ松の振りをして学校生活を送っている。
    一度だけ、危うく入れ替わりがばれそうになった事があるが、それは別の機会があればお話しよう。

    そして、父親との関わり。
    分かってはいた事なのだが、チョロ松が大怪我を負った件で、父の双子に対する無関心さは浮き彫りとなってしまった。
    あれ以来、私事で父と顔を合わせる事はますます無くなり、もはや事務的なやり取りしか交わさなくなってしまった。
    こればかりは、双方の意識が変わらなければどうしようもない。

    しかし、これらはささやかな変化と言っていい。
    チョロ松と一松に訪れた変化は、実はそれだけではない。
    最も大きな環境の変化、それは

    「やっほー!チョロ松兄さん、一松兄さん♪」
    「おっはようございマッスルマッスル!」
    「……十四松、トド松、また来たんだ?」
    「おはよう…そろそろ夕方だけど。」
    「今日は狐どもはいないの?」
    「うん、今日は僕らだけだよー。」
    「ならいいや。入っていいよ。」
    「「おじゃましまーす!」」

    元気よくやって来たのは、十四松とトド松だ。
    おそ松達妖狐の存在をチョロ松も知るところになって以来、式神である十四松とトド松はちょくちょく屋敷へ遊びに来るようになった。
    おそ松やカラ松と異なり、彼らは狐の耳や尾は持ち合わせていないため、見た目はほぼ人間である。
    チョロ松が何か口添えしたのか、屋敷の使用人達も彼らの訪問について何も言わないし、今のところ父親から咎められるという事もなかった。
    使用人達は、十四松とトド松のことを「少々装いの派手な友人達」とでも思っているのだろう。
    鮮やかな蒲公英色と薄桃色は人目を引くに違いないが、それでも番頭を始め使用人達が眉を顰めることが無いのは、一に十四松とトド松が纏う無垢で無邪気な空気のお陰なのだろうと、一松は考えている。
    その証拠と言っていいのか、おそ松とカラ松にはあんなにも敵意を剥き出しにしていたチョロ松も、十四松とトド松に対しては、僅かに警戒心は残るものの、チョロ松なりに彼らを可愛がっている節が見受けられた。
    今日も、彼ら式神達の主の姿があれば、こんなにすんなりと自室へ招き入れたりはしないだろう。

    ところで、十四松もトド松も、何故かチョロ松と一松を「兄さん」と呼び慕っている。
    生を受けてほんの十七年しか経っていないチョロ松と一松に比べ、彼らは遥かに永い年月を生きているのだろうから、チョロ松と一松からすれば複雑な心境ではあるのだが、彼らに「兄さん」と呼ばれるのは何故だかやけにしっくりときて、そのまま自由に呼ばせているというのが現状だ。

    「ねぇねぇ!これ何?!食べ物?」
    「ん?…あぁ、西洋菓子だよ。『かすてら』っていうんだって。…食べる?」
    「うん!」
    「僕も僕も~!」

    日中、この屋敷には客人が訪れることが少なくない。
    大体が父親の知り合いであったり仕事相手なのだが、客人達はその多くが手土産として菓子折りを持参する。
    そうした手土産は、まずチョロ松と一松の元に届き、余れば使用人達に分け合ってもらっていた。
    今日も来客があったらしい。
    八つ時に侍女がチョロ松の自室へ綺麗に切り分けられたカステラを持ってきてくれていたのだ。
    それを十四松が目敏く見つけたわけだが、結構な量があったために、チョロ松と一松の二人だけでは食べ切れなかったところで、式神達の訪問は、むしろちょうどよかったのかもしれない。
    十四松とトド松は、カステラを一切れ頬張ると、たちまちそのあどけない顔を破顔させた。

    「甘んまぁ~!!美味いっすなトッティ!!」
    「うん♪僕こんなに甘くて美味しいお菓子初めて~!
     あとトッティやめて十四松兄さん。」
    「美味しい?…よかった。」
    「もうちょっと落ち着いて食べろよ。別に取らないし全部食べていいから。
     喉に詰まっても知らないぞ。」
    「…お茶、もらってくる。」
    「うん。頼むね、一松。」

    それ程に美味しかったのだろうか、もぐもぐと必死に口を動かし幸せそうな顔をする式神達に、チョロ松と一松は視線だけを合わせ、ふ、と微笑んだ。
    一松が部屋を出たのを見送り、チョロ松が十四松とトド松へと視線を戻せば、彼らは相変わらずカステラを頬張っていた。
    こんなに喜んでくれたのならば、この菓子折りを持ってきた何処ぞの客人も、ひいてはこのカステラ自身も本望であろう。
    やがてカステラを綺麗に平らげたところで、使用人に淹れてもらった茶を持って一松が戻ってきた。
    それを受け取り、丁度いい温度で淹れられたお茶を啜っていた十四松とトド松は、「あ。」と何か思い出したように話題を切り替えた。

    「そうだ!おそ松兄さんから言伝があるんだった。」
    「え、何それすごく聞きたくないんだけど…。」
    「そんなこと言わないであげてよチョロ松兄さん!
     一応僕ら言伝のお使いってことで来たんだから!」
    「お菓子集りに来たんじゃなくて…?」
    「もうっ!一松兄さんまで~!」
    「僕もね、カラ松兄さんの伝言預かってるよ!今から言うね!!」
    「え…うん。」
    「『我が愛しの子猫達よ、知っているか?今宵は満月だ。…聖なる砦から見る月は格別だ。月明かりを受けながら空虚と成り果てた心を共に満たそうじゃないか。』
     …だって!」
    「うん?十四松、申し訳ないんだけどもう一回言ってくれない?全然理解出来なかった。」
    「わかり易く言っちゃうとね、
     『寂しいから一緒にお月見しよーよ!』
     ってことじゃないかな!」
    「だったら最初からそう言えよ!くっそ痛いし分かりにくいわ!!」
    「…春なのに月見すんの?」
    「兄さん達はね、割と何でもありだから!!」
    「なるほど…なるほ、ど…?」
    「僕もおそ松兄さんからの言伝、一応伝えとくね。
     『ね~チョロ松に一松ぅ~、お兄ちゃん暇だよぉ遊ぼうよ~。
     あ、そだ!月見しようぜ月見!
     今夜八時に迎えに行くから待ってろよ!』
     …だってさ。」
    「…あ゛あ?!何が悲しくてクソ狐共と月見なんぞしなきゃなんないわけ?!
     ていうか一方的過ぎるだろふざけんな!」
    「チョロ松…あいつらが絡むと怖いね…。」

    おそ松とカラ松からの、ある意味自分勝手な伝言に、チョロ松は先ほどまでの涼し気な顔はどこへやら、盛大に顔を歪めてとんでもない凶悪面になっていた。
    人間三人くらいは手に掛けてそうな勢いである。
    …が、青筋立ったチョロ松のこめかみを、一松がちょんちょん、と軽くつつけば、凶悪面は一瞬で霧散した。
    その様子を見守りつつ、面白い兄弟だなぁ、とお前がそれを言うのかと指摘されそうな事を考えていたトド松だが、このままチョロ松と一松を放置すると二人の世界になってしまう事が予想できたため、徐に上目遣いで二人に詰め寄った。
    十四松とトド松には、言伝の他にまだ使命があるのだ。

    「…で、どうする?お月見。」
    「は?!行くわけないよね?!」
    「チョロ松が行かないなら、俺も行かない…。」
    「うーん…まぁ、そうだよね…。」
    「兄さん達来ないの?!
     お月見楽しーよ!お団子とね、お酒いっぱいあるっす!!」
    「いや、僕達まだ酒飲めないから。」
    「どうしても、だめ?」
    「うっ…。」
    「兄さん達が来てくれなかったら…」
    「ぼくたち、おそ松兄さんとカラ松兄さんに怒られちゃう!!」
    「うぅ…。」

    式神達に可愛らしく詰め寄られ、チョロ松と一松が戸惑いの色を見せる。
    十四松とトド松の本日の使命、それは「チョロ松と一松を月見に誘い、参加の返事をもらうこと」である。
    企画者はもちろん、暇を持て余している妖狐のおそ松である。
    ついでに言うと、カラ松もチョロ松と一松に会いたがっていたため当然それに乗っかった。
    妖狐の兄弟の企てと言ってもいいかもしれない。

    それよりも、計算づくだと頭では理解しているのだが、大きな瞳を潤ませ上目遣いでこちらを見上げるトド松を見ると、どうにも一松は断ることに一層の躊躇と罪悪感を覚えた。
    それはチョロ松も同様だったようで、への字口が明らかに険しくなっている。
    その一方で、十四松とトド松はといえば、もう一押しでいけそうだと判断したのか、更に畳み掛けてきたのだった。

    「ねぇ…僕たちもチョロ松兄さんと一松兄さんとお月見したいな…だめ、かな?」
    「ぼくも兄さん達と一緒がいいっすー!」
    「う…、」
    「んんん……」
    「「お願い!」」
    「仕方ないな…。」
    「わかった…。」
    「ぃよっしゃあー!!チョロ松兄さんと一松兄さんとお月見でっせー!!!」
    「よかったぁ~ありがとう兄さん達!
     これでおそ松兄さんもカラ松兄さんもしばらく大人しくなるよ!」
    「うん!カラ松兄さんとか
     『今頃チョロ松と一松はどうしているだろうか。次はいつ会えるだろうか。嗚呼!今こうして見上げる空をあの二人も見ているのだろうな!』
     って三分おきに言ってたもんね!」
    「三分おきに空見上げるとか暇人か。」
    「妖って暇なの…?」
    「そうそう!おそ松兄さんも
     『お兄ちゃん寂しい~構えよ~!!』
     って、構って攻撃がいつもより二割増だったからさぁ~。
     うんまぁ、割と暇を持て余してるよね。」
    「なんか…お前らも割と苦労してんだね。」
    「なんかごめんね…。」

    チョロ松と一松が是と応えれば、十四松とトド松は文字通り飛び上がって喜んでくれた。
    二人が来てくれることが嬉しいのも間違いないが、それ以上に主たる妖狐達の問題が由々しき事態であり、式神達にとって、双子の参加は非常に切実なものだったのだと、二人は理解した。
    人里離れた山奥で数百の時を生き続けてきた妖狐が、何故今更、人の子にここまで心を傾けるのかは分からないが、歓迎してくれているなら、別に悪い気はしないのだ。

    ーーー

    ー 大正三年 四月二十一日 午後八時

    言伝にあった通り、おそ松とカラ松が音も無く屋敷へと降り立った。
    妖狐の兄弟は、チョロ松と一松を見つけるなり、何時ぞやと同じく、カラ松は颯爽と一松を横抱きにし、おそ松はチョロ松を軽々と担ぎ上げて、さっさと山へ向けて走り出してしまった。
    言葉を交わす余裕さえ与えないその所業は、まるで人攫いである。
    というよりも、人攫いそのものである。

    「ちょっ、うわ、待っ…!待ってほんと待って!
     酔う!乗り物酔いする!!」
    「だぁいじょーぶ、だいじょーぶ。安全運転だからさ。」
    「ひとっつも安心できねーよ!降ろせぇぇぇ!!」
    「え?なになに??お兄ちゃん聞こえなーい。」
    「ほざけクソ狐があぁぁぁ!!!
     …うっぷ…、」
    「え、嘘でしょチョロ松お前まじで酔った?!」
    「吐く…。」
    「やめてぇぇぇ!!お兄ちゃんの一張羅にゲロるのやめてえぇぇぇぇぇ!!!」

    先頭をひた走るおそ松に担がれているチョロ松が、何やら喧しく噛み付いているが、おそ松はどこ吹く風といった様子で、むしろ楽しそうだ。
    「降ろせ」と言いながらも、チョロ松は半ば青ざめた顔をしながら、しっかりとおそ松の紅い着物を掴んでいる。
    本格的に乗り物酔い(と、言っていいのか分からないが)してしまったチョロ松の為に、おそ松は俵担ぎの状態から、カラ松が一松にしているような横抱きに変えたようだ。
    そんな互いの兄の様子を、カラ松と一松はすぐ後ろで見ながら追う形だ。
    カラ松は周りに可憐な花がぽん、と浮かびそうな程の笑顔で腕に抱く一松を見下ろし、一松はそれを一瞥して小さくため息を吐いた。
    何故この妖狐達は、こんなにも嬉しそうなのだろうか。
    少々の縁があったとはいえ、自分達はただの人間で、妖狐の彼らには取るに足らない存在の筈なのに…。
    カラ松に横抱きにされながら、人知れず一松は考えるも、もちろん答えなど出るはずがなかった。
    あまりにも真っ直ぐに好意を向けてくるカラ松に、その実、一松はかなり戸惑ってもいた。
    一松自身を見て、惜しみない愛情を向けてくれる存在は、今までに他界した母親の他には双子の兄であるチョロ松以外に存在しなかった。
    チョロ松の通う学校の友人達は、一松のことをチョロ松として見ているし、屋敷の使用人達とは必要以上の接触をしない。
    今までに「一松」としての友人と言える存在は、近所の野良猫達しかいなかった。
    けれど、この人ならざる者達は違う。
    チョロ松とは違った形で、一松の懐に躊躇なく飛び込んでこようとする。
    それが、一松にとっては、なんとも言えない不思議な心持ちだった。
    ふと顔を上げてみれば、再びカラ松と目が合う。

    「どうした?一松も酔ったか?」
    「いや、平気…。」
    「そうか!しかし、晴れて良かったな!
     天も俺達の味方をしてくれたようだ。
     "ろまんちっく"な逢瀬には最高の夜だと思わないか?」
    「あ゛?!」
    「ヒッ!すみません!!」

    気障ったらしい物言いに、思わず一松が顔を顰めて凄むと、カラ松は萎縮した様子を見せた。
    妖狐が人間に怖気付いてどうするのだ、と人知れず一松は思ったが、なんとなく、一松自身もどうしてそう思ったのか分からないが、カラ松はそれでいい気がした。
    そして、前方で未だにやいのやいのと言葉の応酬を続けるおそ松とチョロ松の姿にも、何故か不思議な既視感と安心感があったのだった。
    ちなみに、一松の耳が拾い上げた会話はご覧の通りである。

    「つーか何なのこの抱き方?!僕男なんだけど?」
    「えー?いいじゃんこっちのが酔わねぇだろ?」
    「いや、それはそうだけど!野郎が野郎を抱っことか地獄の絵面でしかないだろ!」
    「え、チョロ松お前、俺のこと男だと思ってる…?」
    「え…?!え、違うの?妖怪には性別がないとか?!」
    「いや男だけど。」
    「男なのかよ!!じゃあ何でそんな無駄過ぎる確認した?!明らかに必要なかったよね今の!!」
    「いや~面白いねーお前。」
    「ざっけんなクソ狐があぁぁぁ!!」

    全くもって仲が宜しいことだ。
    尤も、おそ松はどうだか知らないが、チョロ松にそれを言えば、機関銃の如く否定の言葉を浴びせられる羽目になるだろうが。

    ーーー

    そうこうしている内に、一行は山奥の社へたどり着いた。
    一松にとっては、もうすっかり見慣れたそれだが、今夜は社に明かりが灯り、仄かに甘い香りが漂っていた。

    「チョロ松兄さん!一松兄さん!こっちこっちー!!」
    「えへへ、来てくれてありがとっ!
     お団子もお酒も準備出来てるから、好きなだけ食べてね♪
     あ、お茶もあるから安心してね。」

    明かりの灯った社に脚を踏み入れると、十四松とトド松が出迎えてくれた。
    二人は此処で準備をして一行の到着を待っていたらしい。
    縁側に通されれば、三方の上に団子が綺麗に盛られていた。
    随分と大きな三方だ。上に盛られている団子は見事に積み上げられているが、明らかに十五個より遥かに多い。
    十五夜というわけではないのだから幾つでも問題ないのだろうが、これは積み過ぎではなかろうか。
    と、チョロ松と一松が要らぬ心配をする程度には盛られていた。
    その横には酒瓶。
    芒(すすき)の代わりなのだろうか、団子の横には菜の花が添えられている。

    月明かりが山の木々を照らしている。
    見上げた月は幽かに霞み、今宵は朧月夜といったところだろう。

    「あー、走ったら腹減ったー!」
    「ちょっと、おそ松兄さんもうお酒空けちゃったの?!」
    「お団子たくさん作ったよ!いただきまーす!!」
    「俺も頂こう…月明かりの下、まるで俺達を照らす月を象ったような円かな「ほらほら、チョロ松兄さんと一松兄さんも!」…え。」

    カラ松の謎めいた独り言を遮り、トド松がチョロ松と一松に声を掛ける。
    一瞬躊躇ったが、十四松に「一松兄さん、あーん!」と団子を差し出されると、一松は反射的に口を開けてしまい、そこにすかさず団子が放り込まれた。
    咀嚼すれば、よくよく知る素朴な団子の味がした。

    「一松兄さん、美味しい?」
    「…ん、美味しい。」
    「よかったー!!これね、ぼくとトド松で作ったんだよ!
     チョロ松兄さんと一松兄さんには、いつも美味しいお菓子もらってたから、そのお礼!!」
    「ふふ~ん♪人里で団子粉いっぱい買って頑張ったんだよ~!
     兄さん達、褒めて褒めて!」
    「ん、えらいえらい。」
    「一松兄さん、ぼくも!」
    「十四松もえらいえらい。」
    「えへへ~。」

    一松が式神の十四松とトド松の頭を撫でている様子をチョロ松がぼんやり眺めていると、突如背中に重みを感じた。
    確認しなくても察しはついていたが、念の為、と首だけ動かしてみれば、無邪気な笑みを浮かべるおそ松の顔がすぐ傍にあって、チョロ松は思わず声を上げそうになってしまった。
    無意識に身を固くしたチョロ松に気付いているのかいないのか(十中八九気付いているだろうが)おそ松は笑みはそのままに、豊かな八本の尾を揺らしてみせた。
    どうやらチョロ松から離れるつもりはないらしい。

    「いや~…弟達が戯れてる様子を見るのは和むね。」
    「弟達、って…あいつらは式神だろ?
     あと一松はお前の弟じゃないから。」
    「んー?俺にとっては皆弟みたいなもんよ?カラ松は勿論弟だし、十四松もトド松も、それに一松も。
     …チョロ松、お前もな。」
    「え…。」

    何を巫山戯た事を、とチョロ松は口にしようとした。
    が、チョロ松を見るおそ松の目は、存外真剣な表情を灯していて、チョロ松はすんでのところで言いかけた言葉を呑み込んだ。
    少しの戸惑いを見せたチョロ松に、おそ松は笑みを深めて続ける。

    「トド松はな、俺の六番目の尻尾を器にして魂を宿らせたんだ。
     ちなみに十四松はカラ松の五番目の尻尾なんだぜ。
     あいつらは俺の身体の一部…弟みたいなもんだろ?
     一松はさ…百日参りをずっと見守ってきたんだし
     チョロ松だって俺が怪我治したんだし。
     お前らだって弟達みたいなもんだよ。」
    「……。」

    それはまるで独り言のようだった。
    一瞬、ほんの刹那、チョロ松は、おそ松が何故かひどく優しい顔で微笑んだのを目にしたが、瞬きをした後には、もういつもの表情に戻っていた。
    いっそ見間違いだと片付けてしまえたらよかったのだろう。
    けれど、確かにチョロ松の片目はそれを捉えてしまったのだ。
    笑みを浮かべるおそ松を、チョロ松がじっと見つめる。
    ちり、と脳内で何かが短絡したような気がした。
    何か、大切なことを忘れてしまっているような気がするのに、それが何か分からない。
    そんなひどくもどかしい気持ちが、チョロ松の胸中に渦巻いた。
    黙り込んでしまったチョロ松の胸中を見透かしたかのように、おそ松が呟いた。

    「お前らはそのままでいいんだよ。」
    「え?」
    「何も変わらなくていい。
     何も考える必要なんて無いし、無理に何かを思い出す必要も無いってこと。」
    「意味が分からないんだけど…。」
    「んー?いや、ただの俺の独り言だし?
     …あ、団子なくなりそうじゃん!!おーいカラ松、十四松ー!!俺の分残しとけよ~。」

    立ちすくむチョロ松を残して、おそ松は駆け出してしまった。
    三方に綺麗に積まれていた団子はすっかり崩れ、いつの間にか随分と数が減っていた。
    一体なんだというのか、あの妖狐は。
    こちらを好き勝手に引っ掻き回すだけ引っ掻き回してそのまま放置など、チョロ松からすればたまったものではない。
    しばし憮然とした顔で突っ立っていたチョロ松だが、やがてゆっくりと溜め息を吐いた。
    視線を一松の方へ向ければ、彼はもう団子には満足したのか、十四松とトド松と共に色鮮やかな手鞠を転がして遊んでいた。
    「月見団子!」「ご…胡麻。」「んっと、まくら。」「ら?!ら、らー…落語!」「え、またご…?ごみ。」「ちょ、ごみって一松兄さん…。み、えーっと…」
    …そんな会話が聞こえてくる。
    鞠を転がしつつ、しりとり遊びをしているようだ。なんだか微笑ましい。
    弟と式神達から視線を外し、空を見上げる。
    少し霞がかった春の月夜は、まだ終わる気配を見せない。


    《終》
    →以下、本文に生かしきれなかった無駄な設定があります。

    ────────

    設定とか

    ○一松
    とある名家の次男。チョロ松は双子の兄。
    世継ぎ争い忌避の策として、存在を隠されるようにして育てられた。
    周りの認識は一様に「チョロ松の予備」のため、一松自身を見てくれるチョロ松が絶対的な存在であり、かなり依存心が強い。
    チョロ松が大怪我を負った事をきっかけに妖狐のおそ松達と出会い、百日参りを果たして怪我を治してもらった。
    目だけは治すことが出来ず、自身の右目をチョロ松の右目と交換してもらい、その影響でチョロ松と視界の共有が出来るように。
    何かとちょっかいをかけてくる妖狐や式神達と関わるのは戸惑いも感じるが、居心地は悪くないと思っている。
    実は生前は六つ子の妖狐の四男で、おそ松とカラ松の弟であり、十四松とトド松の兄だった。
    百年前、長兄不在中に根城としていた社が人間に襲撃されてしまい、弟の十四松とトド松を庇って命を落としてしまった。
    妖狐にとって、人間の一人や二人は取るに足らないが、集団で武器を持たれると話は変わってくる。
    その後チョロ松と共に人間に転生。
    妖狐だった頃の記憶はない。
    が、無意識に十四松とトド松に対しては甘く、守る対象だと思っている節がある。


    ○チョロ松
    とある名家の長男。一松は双子の弟。
    名家の跡継ぎとして厳しく育てられたため、表向きは品行方正だが、素だと割と口が悪い。
    素のままの自分を認めてくれる一松が何よりも大切な存在。
    その一方で、自分のせいで一松が不遇な扱いを受けていることを申し訳なく思っている。
    こちらも依存心が強い。加えて一松に対してかなり過保護でもある。
    大怪我を負った際、一松が自分の為に頑張ってくれたのは素直に嬉しい。
    おそ松達にも一応感謝はしているが、一松に馴れ馴れしくするのは我慢ならない。
    一松を気に入っている様子のおそ松やカラ松に敵対意識を向けていたが、段々と絆されていく。
    絆されはするがつっこみは止めない。
    実は生前は六つ子の妖狐の三男で、おそ松とカラ松の弟であり、十四松とトド松の兄だった。
    百年前、長兄不在中に社が人間に襲撃されてしまった際、矢面に立って弟達を庇っていたが、命を落としてしまった。
    その後一松と共に人間に転生。
    妖狐だった頃の記憶はない。
    おそ松とカラ松は家にあげようとしないが、十四松とトド松には無意識に結構甘やかしている。
    何気に交友関係が広い。学生服は例の白ラン。


    ○おそ松
    八本の尾を持つ妖狐。本来は九本あったがその内の一本をトド松に無期限貸出中。
    妖狐の一族の中でもかなり力が強く、首領的な存在。
    山奥の社を根城に、数百年の時を人間を手助けしたり、いたずらしたりしながら過ごしてきた。
    六つ子の妖狐の長男。
    百年前、留守中に人間に社を襲われ、カラ松を除く弟達を失ってしまった。
    弟達を守れなかったことを今でも悪夢に見て魘される程に後悔しており、トラウマになっている。
    慌てて帰った先で、命が消えかかっていたトド松に自身の六番目の尻尾を与え、式神としてこの世に留まらせたものの、チョロ松と一松は間に合わず、その事を悔やみに悔やんで数年はかなり荒れていた。
    弟達を失う原因となった人間のことを憎んでいたが、チョロ松と一松は別。
    この二人と出会って人間を憎む気持ちも少しずつ薄らいでおり、悪夢を見る日も減ってきたらしい。
    チョロ松と一松に初めて合った時は、かつての弟達だとすぐに気付いた。
    記憶もなく、今は人間として生きている二人に何も語ることなく、たまにちょっかいをかけながら見守る日々。
    構ってちゃんは割と俺様な感じに発動する。
    未だに警戒心を解いてくれないチョロ松一松と早く打ち解けたい。
    お兄ちゃんのこと構えよー遊びに来いよぉ~!
    人間に転生したチョロ松と一松が、家庭環境故に互いに依存している事はなんとなく気付いている。
    チョロ松のツッコミ気質や一松の猫好きな一面は妖狐だった頃と変わらず健在で、そういったかつての名残を見る度に切ない。
    でも絶対に顔には出さない。


    ○カラ松
    おそ松と同じく八本の尾を持つ妖狐。
    六つ子の妖狐の次男。
    兄のおそ松と共に出掛けていた際に社が襲撃に遭い、弟達を守ることが出来なかったことを後悔している。
    が、自分以上にショックを受けて荒れ狂う兄を案じ、右腕として長年支えて続けてきた。
    社が襲撃された際に、命が消えそうになっていた十四松に自身の五番目の尻尾を与え、式神としてこの世に留まらせた。
    人間になっていようともチョロ松と一松と再び出会えたことが嬉しくて堪らない。
    ついでに言うとまだ17歳の、幼さが抜けきらない二人が可愛くて仕方ない。お巡りさんこいつです。
    どうにか仲良くなりたい。
    なんか西洋から入ってきた外来語をことある度に使おうとする。
    最近覚えた言葉は「せらびぃ」
    意味は正しく理解していないと思われる。
    今度は絶対に弟達を守りきってみせると意気込んでいるが、持ち前のイタさで若干ウザがられている。
    しかしながらその決意は純粋なまでに実直で揺るぎがない。
    普段温厚な分、怒らせると多分一番手が付けられない。
    兄弟のことに関しては殊更沸点が低い。
    人間に転生したチョロ松と一松の共依存に気付いているのかいないのかは謎だが、時折妙に鋭いことを言う。
    目の交換を一松に持ちかけておきながら、一松が妖狐の頃と変わらず自己犠牲に走りがちなのが心配。


    ○十四松
    カラ松の式神。カラ松の五番目の尻尾を器として魂を吹き込まれた。
    いつも元気に社まわりを走り回っている。癒し。
    元々は六つ子の妖狐の五男。
    長兄不在中に社が襲撃された際、三男と四男に庇われたものの、二人が倒され自身も致命傷を負ってしまい、間一髪で駆け付けた長兄の手によって式神として生まれ変わった。
    妖狐だった頃の記憶は持っている。
    自分よりかなり年下のはずのチョロ松と一松を「兄さん」と呼ぶのは二人がかつての兄だと気付いているから。
    式神としての姿は人間に近いが、実は狐耳と尻尾は自由に出し入れできる。
    よくトド松と一緒に長兄達から言伝を預かってチョロ松と一松が住む屋敷へ赴くが、毎回美味しいお菓子を出してくれるのでとても楽しみ。向こうに記憶がなくてもかつての兄達と会えるのは嬉しい。
    思い出せば辛い思いをするだろうから、チョロ松と一松の記憶は戻らなくてもいいと思っている。
    けど、本当は襲撃にあった日のことを謝りたいし、お礼も言いたい。


    ○トド松
    おそ松の式神。おそ松の六番目の尻尾を器として魂を吹き込まれた。
    人間は(チョロ松一松を除いて)あまり好きではないが、人間の文化や服装には興味津々。
    兄弟一の衣装持ちで、社の自室の籠の中には着物コレクションが眠っている。
    元々は六つ子の妖狐の末弟。
    長兄不在中に社が襲撃された際、三男と四男に庇われたものの、二人が倒され自身も致命傷を負ってしまい、間一髪で駆け付けた長兄の手によって式神として生まれ変わった。
    十四松と同様に妖狐だった頃の記憶は持っている。
    自分よりかなり年下のはずのチョロ松と一松を「兄さん」と呼ぶのはそのため。
    狐耳と尻尾も出し入れできるが、暑いのでやらない。
    頻繁に言伝を預ける長兄に呆れて「も~、しょうがないなぁ」と口では言いつつも、チョロ松と一松に会いに行けるのは嬉しい。
    人間に転生した兄達の記憶がないのは寂しいが、思い出してしまえばチョロ松も一松も、末の弟達を守れなかったことを悔やんで苦しむだろうし、そんな姿は見たくないので複雑な気持ち。
    チョロ松と一松が妖狐だった頃に針入れをしてくれた鞠を、今でも肌身離さず大事に持っている。
    焼きナス
  • 三男と四男と北国の駅舎 #BL松 #チョロ一 #チョロ松 #一松 トラベル松 ##チョロ松と一松の話

    日曜日の夜。

    ホームに降りた途端、冷たい空気に包まれて思わず肩を縮こませ、身を震わせた。
    寒い。
    話には聞いてたけどここまで寒いとは。
    1年の大半を雪に覆われた陸地の末端の末端とも言うべき北国の大地。
    僕、チョロ松は今日から1週間だけここで駅員として働くことになった。

    何故1週間なのかというと、僕は正規ではなく、ヘルプ要員だからだ。
    元々ここの駅には1人だけではあるがちゃんと駅員がいる。
    …が、その駅員が捻挫で右足を痛めてしまったため、治るまでの間だけ手助けということで呼ばれてきたのだ。

    そんなわけで、
    スーツケースに必要最低限の荷物を詰め込んで、最終列車に揺られてたどり着いた北の大地は正に雪国だった。

    辺りは一面真っ白で、僕の吐く息も白い。
    木造の駅舎はいかにも田舎の駅といった風情で、どこか懐かしさすら感じた。

    「チョロ松兄さん!お疲れさまー!」
    「うん、十四松もお疲れ。」
    「早く行こ!一松兄さん待ってるよ!!」
    「そうだね。」

    僕たち六つ子の兄弟のうち、三男四男五男の3人は赤塚鉄道の駅員として働いている。
    僕は都市部の駅員、十四松は主に今僕が乗ってきた路線の運転手、
    そして一松はこの北国の田舎町の駅員として、それぞれ配属されている。

    そう、僕が行くことになった雪深い北国の末端のその末端の駅は、一松が配属されている駅。
    いわゆる赤字路線の1つではあるのだけど、鉄道が無くなってしまうと近隣の住民にとっては死活問題なので、住民のために運営されている路線と言っていいだろう。
    そんな陸地の末端の末端の駅で、右足を捻挫してしまった駅員とは、つまり一松のことだ。
    なんでも、線路の雪かき作業を終え、除雪車から降りようとしたときに
    うっかり足を滑らせて転倒してしまった拍子に捻ったらしい。
    …相変わらず変なところでドンくさい。
    駅員が1人しかいない中、足を負傷したままで業務をこなすのは厳しいだろうということで
    兄弟なんだしやりやすいだろ?という上司の計らいもあって
    僕が手助けするために1週間、一松と働くことになったのだ。

    足の具合は心配ではあるけど、少しだけ一松と一緒に働くことが楽しみだったりする。
    僕らは同じ鉄道会社に入社したけれど、研修を終えてからは一松と十四松と顔を合わせる機会がほとんどなかったから。

    改札を抜けると、駅舎の中に設けられたベンチに一松が腰掛けていた。
    傍らには松葉杖が無造作に立て掛けられている。
    十四松は車両の確認をしてくる、と先程別れた。
    一松は僕の姿を確認すると、少し表情を和らげてくれた。

    「チョロ松兄さん。」
    「久しぶり、一松。足の具合どう?立てる?」
    「大げさに見えるけど、大したことないよ。」

    久々に会った一松は少しも変わっていない。
    …と思う。
    あ、でも北国で生活しているせいか、心なしか肌が白くなった気がするな。

    十四松を待って3人で駅員の宿舎へ向かった。
    十四松が一松を背負い、僕は何故か自分のスーツケースに加え、一松と十四松の荷物も一緒に持っている。
    十四松はこの路線の日曜日の終電と月曜日の始発を担当しているらしく、毎週日曜日は一松の部屋に泊まっているそうだ。
    ここは終着駅であり、始発駅でもあるのだ。
    その割には車庫が非常に小さいのは、まぁ時刻表の本数の少なさを見ればお察しだ。

    宿舎は駅のすぐ傍で、3分もかからなかった。

    「チョロ松兄さん、兄さんの部屋なんだけど…、」
    「うん?」
    「急な話だったから手配が間に合わなくて…
     ここにいる間、おれと同じ部屋になるけど、いい?」
    「あー…まぁ、うん。いいよ。なんか今更だし。」
    「なんかごめん…。」
    「いや、いいって。」

    少し戸惑いはしたが、思えば就職前はプライベートなどあったもんじゃない6人一部屋な生活だったのだ。
    赤の他人ならともかく、一緒に寝泊りするのが一松ならそんなに大きな問題ではないだろう。
    それに一松の言う通り、僕がここに来るのは急な話だったし、足を負傷した一松に業務の傍ら部屋の準備なんて不可能に近い。

    「今日はぼくも一松兄さんの部屋に泊まるから、3人一緒っすねー!」
    「あ、そうか。…布団2つしかない。」
    「まぁ、2枚敷いて3人で寝たらいいんじゃないの?
     6人並んで寝てた頃と変わらないでしょ。」
    「チョロ松兄さんと十四松がそれでいいなら、いいけど…。」
    「あ!ぼく知ってる!
     下にバスタオル敷くと布団がズレないんだって!」
    「へー…試してみよ。」

    一松の部屋はおよそ2DKと存外広くて驚いた。
    田舎はこのくらいの広さが普通だし、
    それにここは雪が多いからサンルームがあるのが当たり前だから
    と説明されて、納得出来たような出来ないような心持ちだが
    これなら2人で過ごしても手狭にはならなさそうだ。
    キッチンも水周りも意外と綺麗にされていた。
    一松もやれば出来る子なんだよなぁ。と少しばかり感傷に浸ってみたりした。

    その日は2枚の布団で一松と十四松と3人寄り添うようにして眠った。
    両側から感じる一松と十四松の体温が、なんだか心地よかった。

    ーーー

    月曜日。

    「チョロ松兄さん、起きて。」

    朝6時、一松の声に起こされた。
    十四松は既に起き上がっていて、洗面所でバシャバシャと顔を洗っている。

    「おはよう…。」
    「ん、おはよ。」

    小さなテーブルを見れば、バターが乗ったトーストに、トマトとレタス、ブロッコリーの簡易なサラダ、あとはゆで卵。

    「結構ちゃんとした朝ごはんだね…。」
    「まあ、今日は十四松もいるし、それにチョロ松兄さんが来たから…。」
    「おはようございまーッスルマッスル!
     洗面所空いたよチョロ松兄さん!」
    「あ、うん。ありがとう十四松。」
    「一松兄さん!ジャム使っていい?オレンジジャム!」
    「いーよ。…あ、もうなくなりそう。」
    「また買い足ししとかないとね!
     あ、ぼく見つけたら買っておこうか?」
    「ほな、お願いしますわ〜。」
    「えっへへ〜任せなはれ〜!」

    久々にのんびりと朝ごはんを食べた。
    思えば駅員になってからというもの、時間に追われて毎日の食事も適当にコンビニ弁当をかき込むだけだった気がする。
    こんな風に団欒しながら食べるご飯はいつ振りだろう。
    一松と十四松の謎の掛け合いを見るのも久々だ。

    それから適当に片付けて着替えて準備して、3人一緒に駅舎へ向かう。
    駅舎に着くと、十四松が除雪車で線路の雪かきをしている間に一松が簡単に駅周りを案内してくれた。
    案内といっても駅の周囲は見渡す限りの白銀だし、今は何も植えられていない田んぼや畑の向こうに
    ポツポツと年季の入った家屋が見えるだけだ。

    「…買い物とかどうしてるの。」
    「食べ物系とか日用品は農協のおじさんが毎週火曜と金曜に販売車で来てくれる。
     服とかはまぁ…基本通販だけど、ぶっちゃけ3年くらい買ってない。」
    「なるほど…移動販売車ね。」

    話によれば、ここから一番近いコンビニへ行くのに車で30分掛かるそうだ。
    何だそれ、全然コンビニエンスじゃねーよ。
    近所のスーパーも電車で3駅先が最寄りとか、それ最早近所じゃねーし。
    想像以上の不便さに驚いている僕を見て、一松がヒヒッと笑みを零す。
    笑み、なんて可愛らしいモンじゃなかったが。

    「でもまぁ、そんなに困ってないよ。
     割となんとかなる。」
    「ふーん…そういうモン?」
    「そういうモン。」
    「なんて言ったらいいか…不便だからこそ、見えてくるものもあるよ。」
    「へぇ。…例えば?」
    「それはチョロ松兄さんが自分で見つけてみれば。」


    十四松が運転する始発の電車は8時ちょうど発。
    乗客は学校へ向かうのだろう学生数人と、3つ先の駅前スーパーへ行くらしいお年寄り数人。
    両手の指で事足りてしまう人数だった。
    車両もたったの2両編成だ。

    「出発、進行〜!」

    「いってらっしゃい。」
    「十四松、気をつけて。」

    「あいあい!いってきまーッスル!!」

    ワンマン線の田舎のローカル電車。
    車掌はおらず、ドアの開閉は乗客が自分で行うシステムだ。
    (もちろん、走行中は開かないようにロックがかかっている。)
    どこかの路線のお古らしい使い込まれた古い車体を揺らし、元気よく発進していった十四松を手を振って見送ると
    僕と一松は駅長室に戻った。
    足の具合はそれなりに回復しているのか、松葉杖はほとんど使っていない。

    次の電車は2時間後だ。
    ちら、と一松を見れば呑気にお茶を入れて啜っていた。
    よく見れば机の上にはミカンも転がっている。

    「…お前、いつもこんな感じなの?」
    「うん。」
    「……へぇ。」

    なんというか、駅員ってもっと慌ただしいものだと思っていたんだけど。
    都内の駅に比べるとあまりに静かであまりにのんびりしているものだから、なんだか拍子抜けだ。
    完全に寛いでいる一松を見て、つい笑ってしまった。
    可愛いな、なんて…いや思ってないよ?!
    歳の変わらない男の兄弟だよ有り得ない。

    まぁともかく、

    一松と一緒に働き始めた初日は、ひたすら平和でゆったりした空気が漂っていた。

    ーーー

    火曜日。

    今日の朝ごはんは白米に海藻の味噌汁、それに焼きジャケと漬け物。
    昨日とは打って変わって和テイストだ。
    漬け物は貰い物らしい。

    駅員の制服に着替え、コートを着込み、マフラーも装備して
    一松の足を気遣いつつ、ゆっくりとした歩調で駅舎へ向かった。

    この駅舎には、改札横にちょっとした憩いのスペースが設けられている。
    2畳ほどの広さで四角く区切られたそこは、コの字型に木でできたベンチでグルリと囲まれ
    中央には同じ木でできたテーブルが固定されている。
    ベンチには誰が用意したのか、くたびれてペチャンコになった座布団が敷かれていた。
    (聞けば、一松が配属された時には既にあったそうだ。)
    スペースの奥には昔懐かしのガスストーブが点灯していて、
    ストーブの上にはヤカンが置かれシュンシュンと湯気を吹き出している。

    そんな駅舎の憩いの場は、この近辺のお年寄り達が集う場所でもあるらしい。
    ベンチに腰掛け、世間話に花を咲かせるご老人の皆さんの楽しげな声が聞こえてくる。
    次の電車が来るまでおよそ1時間。
    電車を待ちながらこうして世間話をするのが、この町の人々の常なのだとか。

    過疎化の進む小さな町。
    町の人は全員顔見知りだそうで、今朝は物珍しさからか町の人に囲まれてちょっと大変だった。

    「一松くん、足の具合はどうだい?」
    「え、あ、僕は一松の兄で…」

    「あれま?!トメさん、一松くんが2人おるでよ?」
    「ほんとだねぇ〜いやぁ本当にそっくりだわ。」
    「アンタが一松くんが話してたお兄さんかい?」
    「兄さんが来てくれたなら一松くんも安心だねぇ〜。」

    「え、は…いや…その、」

    数人のお年寄りの皆さんに囲まれて困惑している僕を、一松は横目で面白そうに眺めていた。
    必死に笑いを堪えてたっぽいけど、心底愉快そうに「クヒヒッ」て笑ってたの聞こえてたからな。
    お前覚えてろよ。
    けどまぁ、嫌な気はしない。
    お年寄り方から聞く話の節々で、一松はこの町の人達に可愛がられているんだろうな、というのが伝わってきたから。

    「この町は年寄りばっかりでなぁ、
     若い子が少ないから年寄りはみ〜んな一松くんのこと
     孫みたいに可愛がってるんだわ。」
    「そうなんですか。」

    そんな孫のように可愛がられている一松は、いつの間にかお年寄り方に混ざって
    憩いの場のベンチに腰掛けて何故かおにぎりを食べていた。
    …何お前、実はジジババキラーだったのか?
    一松の膝の上には、どこから来たのか橙の毛色をした猫が乗っている。

    おい、お前駅員だぞ。

    というツッコみは必死に飲み込んだ。
    ほら、よく言うでしょ。
    田舎の常識は都会の非常識。
    多分、この駅ではあれはいつもの風景なのだろう。
    それに、この和やかな空気を壊してしまうのは少し気が引けた。

    数少ない電車がホームに入ってくると、お年寄り方はゾロゾロと電車へ向かっていった。
    同時に僕も改札へと向かい、切符を切る。
    (この駅には自動改札機なんてものはない。駅員が手動で切符を切るのだ。)
    そのうちの1人が「毎日ご苦労さん、これでもお食べ。」と手渡してくれたのはホカホカの肉まんだった。
    …一体どこから取り出したんだろうと思ったが、あまり考えないでおこう。

    一松は発車する列車に向かって、先ほど貰った肉まんを頬張りながら手を振って見送っている。

    「いっへはっひゃーい(いってらっしゃーい)」
    「コラ一松!口に入れたまま喋るなよ!」

    いや、口に肉まんを入れたまま喋るどうこう以前に、一応今は勤務中だ。
    呑気に肉まんを頬張りながら列車を見送る駅員など、横柄な態度にもほどがある。
    …が、ここではそれが許されてしまうのだろう。
    僕らのやり取りを見て、お年寄り方は大層楽しげに大笑いしながら電車に乗り込み、颯爽と去っていったのだった。

    はふはふと肉まんを頬張る一松にどう表現したらいいのか解らない感情がこみ上げてきたけど
    気のせいだと必死に言い聞かせた。
    可愛いなんて…思ってないよ。

    ーーー

    水曜日。

    「チョロ松兄さん、これもらった。」

    始発を見送った少し後、一松から話しかけられて振り向けば
    その手には大きくて立派なサツマイモが2本。
    町のお年寄り方の1人から貰ったらしい。
    そういえば朝食に出てくる漬け物や魚もお年寄りにもらったんだったか。
    お前ほんと可愛がられてるな。

    「もらったって…どうするんだよ、それ。」
    「え?焼いて食べよう?」
    「は?!」

    いうや否や、一松はどこからか取り出したアルミホイルでサツマイモを包み、ガスストーブの上へ乗せた。
    昨日の肉まんといい、日々こうして町の人達から色々もらっているのは、ほんの数日で何度も目にした。
    もう公私混同過ぎるだろ、とつっこむ気も起きない。
    元々配属されていた慌ただしい都市部の駅とは全く違う、ゆったりとした空気にも3日も経てば慣れてくる。

    ここは人々も、空気も、何もかもが穏やかだ。
    たった1週間なのが惜しいと思うくらいには、僕はこの雪深い田舎町での生活に馴染みつつあった。

    次の列車が来るまであと2時間。
    ガスストーブの上にはアルミホイルに包まれたサツマイモとミカン。

    …ん?ミカン?!

    「え、待って何でミカン乗ってんの?!
     てか、どっから出てきたこのミカンは?!」
    「焼きミカン…。割とイケる。
     あとミカンは八百屋のじいちゃんにもらった。」
    「ウソだろマジで?
     つーかもらい過ぎだろ!」
    「マジマジ、大マジ。」

    一松と2人、サツマイモを見守りながら憩いの場で湯呑みのお茶を啜った。
    焼きミカンは一松の言う通り、甘みが増していて割とイケた。新発見。
    今日は少し寒い。
    大きめの膝掛けに2人一緒に包まって身を寄せ合いながら
    僕も一松も降り続く雪をぼんやり見上げていた。

    北国の、過疎化が進んだ陸地の末端の末端の町。
    終電は20時30分だし、近くにスーパーもコンビニもない。
    何もない不便な町。
    けれど不思議と流れる時間は穏やかで
    こうして一松と肩を並べて過ごす時間が…陳腐な言葉だけど、かけがえのないものに思えた。
    ずっとこの時間が続いたらいいのにな、なんて思えるくらいには僕は田舎向きだったようだ。

    その後集まってきた町の人たちに「仲のえぇ兄弟だねぇ」と
    ニコニコされたのは非常に恥ずかしい限りだ。

    ホクホクに焼きあがったサツマイモは、駅舎に遊びに来た町の人たちと一緒に食べた。

    僕と一緒に食べるんじゃなかったのかよ。
    と、一瞬だけ思ったのは内緒だ。

    ーーー

    木曜日。

    その日は珍しく他の土地からの乗客が降りてきた。
    この駅を利用するのは地元の人がほとんどで、ほんの数日しかいない僕でさえ顔ぶれが大体頭に入っているくらいだ。
    その人は雪の降るこの土地でやけに薄着で、荷物は小さめのボストンバッグ一つ。
    20代前半くらいの女性客だった。
    垢抜けた、いかにも都会人です。といった装いはどう考えてもこの町にはそぐわない。
    古びた駅舎に佇むその姿がまるで下手くそな合成写真のように、やけに浮いて見えた。
    切符を切ると彼女はゆっくりと外を見渡し、そして遠慮がちに僕に尋ねた。

    「あの…涯の峠へ行きたいのですが。」
    「はてのとうげ…?えーと…すみません、僕はここに来て日が浅いもので…。
     他の駅員を呼びますね。

     ……一松!」

    憩いの場で猫を撫でていた一松に声を掛ける。
    一松は顔を上げて、僕の後ろにいる女性客を見ると
    しばらくじっと女性を眺め、そして微かに表情を曇らせた。
    猫の背を撫でる手は止めずに、一松はおずおずと口を開く。

    「え…っと…今は雪が降ってる、から…
     その軽装で涯の峠に行くのは、危険だと、思います…。」
    「…なら、行き方だけでも、教えて下さいませんか?」
    「…………。」
    「あの…駅員さん?」
    「一松?」

    「寒い、でしょう…?少し、ここで温まっていきませんか…?」
    「え?」
    「チョロ松兄さん、お茶入れてあげて。」
    「え?あ、うん。」

    言われるがまま、ガスストーブの上に乗ったヤカンを手に取り、来客用の湯呑みにお茶を入れた。
    女性は戸惑いながらも憩いの場のベンチに腰掛けたようだ。
    お茶を手渡すと、今度は一松が
    「駅長室の机にある、一番上の引き出しに地図が入ってるから取ってきて。」
    というから素直に取りに行った。

    地図を受け取った一松はそれを広げて少しの躊躇いを見せながらも、たどたどしく話し出した。

    「ここが、今いる駅。…涯の峠は、ここから歩くと1時間以上、かかります。
     峠って名前が付いてるけど…足場も悪いし…それに今は雪だし…
     しっかりとした防寒と登山の準備をして入らないと、危険です。
     それに…ここに入山するには、自治体の許可と
     ガイドを1人以上つける決まりが…。」
    「え?!そ、そんなの…聞いたことないです!」
    「えーと、じゃあ…今から、ガイドさん呼びましょうか…?」

    女性客は何故か悔しそうに唇を噛んでいる。
    そんなに涯の峠とやらに行きたかったのだろうか?
    一松がお茶と一緒にミカンを差し出したが、女性はそれを一瞥しただけだった。
    どこか空気が重苦しい上に、一松は口を噤んでしまった。

    どうしたものか、と考えあぐねていると、駅舎にやたらと明るい声が聞こえてきた。

    「はいよーガイドが来ましたよー」
    「え、トメさん?」
    「あーアンタは…チョロ松くんの方だね!」
    「あーはい、正解ですけど、え?」

    一松は町のお年寄りの代表的存在、トメさんの姿を確認すると、後は任せたと言わんばかりに憩いの場から離れてしまった。
    代わりにトメさんが女性の横に座り、何やら話始めている。

    …わけがわからない。

    駅長室に篭ってしまった一松の様子を窺いながらも、僕は駅のホームに立ち尽くす他なかった。

    女性客がトメさんとしばらく話した後、涙を流しながら再び電車に乗って
    引き返して行ったのはわかった。
    それを見送った一松が少しホッとした表情をしていたのも。
    一体どんな会話が繰り広げられていたのか、僕の知るところではないけれど。

    「一松。」
    「……何。」
    「あの女の人さ…何しにここに来たんだろうね?」
    「…さあね。」

    「ねぇ、待ってよ一松。」
    「………。」
    「本当は、何か分かってたんじゃないの…?」

    その日の夜、あの女性客に対する一松の態度が何故かどうしても気になって、
    僕は思い切って聞いてみた。
    後から調べてみたけど、涯の峠へ行くのに、自治体の許可やガイドなんて決まりは無かったのだ。
    つまり、一松はあの女性客涯の峠へ1人で向かわせないために嘘を吐いたということになる。
    …何故、そんなことを?
    素知らぬ振りをするべきだったのかもしれない。
    でも、それをしてはいけない気がした。
    一瞬だけ僕の目を見た一松の瞳が大きく揺らいだ。

    「ごめん…。」
    「一松…?」
    「聞かないで。
     …お願い、チョロ松兄さん。」
    「……。」

    それ以上一松は何も言ってくれなかった。
    そんな顔で言われては、これ以上の追及なんて、いくら遠慮の要らない弟であっても出来やしない。
    一松の絞り出すような声は今にも泣き出しそうな危うさを孕んでいて、
    布団の中で震える一松に僕はただただ寄り添うしかできなかった。

    ーーー

    金曜日。

    いつも通り除雪して、始発を見送って、憩いの場でガスストーブにあたり
    膝掛けを共有しながら湯飲みでお茶を啜る。

    このゆったりとした非日常な日常も今日と明日で終わりだ。
    そう考えると、昨日やってきた女性客によってもたらされた小さな事件で
    一松との間に僅かなしこりができてしまった事が悔やまれてならない。
    やっぱり見て見ぬ振りをするべきだった?
    いや、多分それは最悪手だ。根拠はないけど。

    帰るまでに、どうにかしたい。
    膝上の猫を撫でながら雪空を見上げる一松を見て、そう思った。
    一松の右足はもうすっかり良くなっている。
    僕は足が治るまでの手助けとしてここに来たのだから、
    完治すればこれ以上この駅にいる理由はなくなってしまうのだ。
    昨晩「聞かないで」とまるで怯えた子供のようだった一松の姿が頭から離れない。

    なあ、一松。
    お前は何を抱えているんだ?
    この穏やかな町で、一体何があったんだ?
    …何か心に傷を抱えているのなら、それを知りたいと思うし、少しでも痛みを和らげてあげたいと思う。
    けど、一松自身に拒絶されてしまってはそれも難しい。

    昨日みたいに、どうしたものかと湯呑みを片手に唸っていると、背後から突然声を掛けられた。
    思わず肩が飛び上がる。

    「あれ、そんなに驚いたかね?」
    「あ、いえ…すみません。
     少し考え事をしていたものですから…。」

    声を掛けてきたのは町のお年寄り方の1人だった。
    使い古したショッピングカートを引いているから、3つ先の駅前スーパーへ向かうのだろう。

    「昨日ここに来たっていうお嬢さんのことかい?
     無事に帰ってくれたか分からんが、引き返してくれてよかったよねぇ。」
    「え…?それってどういう…。」

    目を見開く僕を見て、お年寄りは
    「あちゃ~お兄さんの方だったか、まずったねぇ。」
    なんて、ちっとも焦った様子は見せずに僅かに微笑んだ。
    僕が「話を聞かせてほしい。」と言えば、町のお年寄りはすんなりと話してくれた。

    それから、

    お年寄りから話を聞いた僕は、お礼を述べると迷わず一松の元へと走った。


    「一松!」
    「え…どうしたのチョロ松兄さん。」
    「ごめん…昨日の女の人のことと、
     あと…2年前の話…聞いちゃって…。」
    「…!」

    一松の身体が強ばったのが分かった。
    ついさっき、町のお年寄りから聞いた話が脳裏に蘇る。

    ー 昨日この駅へ降り立って涯の峠へ向かおうとしたお嬢さんはね、自殺志願者だったんだよ。
    それに気付いた一松くんはこっそりうちらに連絡を入れてくれたんだ。
    そんで、話を聞いてやって考え直してもらってね。
    もちろん、来る人全員が引き返してくれるわけじゃぁない。
    強引に飛び出して行ってしまった人も過去にはいる。

    涯の峠はね、たまにそうやって全てを終わらせようとする人が訪れるんだ。
    その人達は、電車を降りると大体駅員さんに…一松くんに尋ねるんだよ。
    「涯の峠へはどうやって行けばいいですか」
    ってね。

    …2年前だったかねぇ。
    一松くんが涯の峠への道を聞かれたのは、その時が初めてだったんだよ。
    当時の一松くんは何も知らずに丁寧に峠までの行き方を教えてあげた。
    その人は何度も頭を下げて一松くんにお礼を行って峠へ向かったんだけど…
    その3日後に、遺体で発見されてね。
    一緒に遺書も見つかったから、自殺だって断定されたんだけど、
    一松くんは酷くショックを受けた様子だったよ。
    自殺の手助けをしてしまった、
    って自分を責めたんだろうねぇ…可哀想に。


    ………

    一松がそんな思いをしていたなんて、僕は知らなかった。
    不本意で見知らぬ誰かの自殺の手助けをしてしまい、それを責めて心に傷を負っていたなんて、知らなかった。

    「なんで…話してくれなかったんだよ…。」
    「………。」
    「一松が、そんな辛い思いしてたなんて…知らなかった…。」
    「だって…、」
    「僕の単なるエゴだけどさ、少しくらい頼ってほしかった…。」
    「チョロ松、兄さん…。」
    「なぁ、一松。僕ってそんなに頼りない兄かな?」

    「…ぼくのこと、軽蔑しない、の…?」
    「え?」

    「自殺の、手伝いしちゃったんだよ…。
     ぼくが道を教えたせいで、人が1人死んじゃったんだ。」
    「一松、」
    「ぼくのせいで…人が死んだんだよ…。」
    「一松、お前は何も悪くないよ。」

    一松は何かに怯えるように、そして同時に縋るような目で僕を見ていた。
    …ああ、ずっと独りで罪悪感に苛まれてきたんだな。
    昨日のあの女性客に対しても、何かを感じ取って、コミュ障のくせして咄嗟に引き止めたのだろう。
    再び罪を重ねないように、必死になって。

    「お前は悪くない、悪くないよ。」
    「…チョロ松兄さん、」
    「一松はいい子。
     はなまるぴっぴのいい子だから、ね?」

    寒さのせいなのか、泣いてるせいなのか、或いはその両方か
    肩を震わせる一松を、僕の体温を分け与えるようにぎゅっと抱き締めた。
    話を聞いて、昨日の出来事に合点がいった。
    僕だけ蚊帳の外なんて、酷いじゃないか。
    軽蔑なんてするわけがない。
    だからもう少し頼ってほしかった。
    隣同士だし歳も変わらないけど、僕は一松の兄なんだよ?
    …それに、
    それに、兄弟以上に一松の事は。
    …いや、これ以上はやめておこう。

    震える一松の肩は、なんだか酷く小さくか弱いものに感じた。

    ーーー

    土曜日。

    登りの最終列車を見送って、その1時間後に下りの最終列車を受け入れて
    車両の最終点検を済ませれば、もうここでの業務はほぼ終わったに等しい。
    明日の朝には始発の列車に乗って、僕は元いた職場へ戻らなければならない。

    「なんだか1週間あっという間だったなぁ。」
    「そう?…どうだった、田舎の駅での1週間は。」
    「なかなか楽しかったよ。
     このままずっとここにいたいくらいには。」
    「そう。」
    「週初めに一松が言ってた、「不便だからこそ見えるもの」もなんとなく分かった気がするし。」
    「そりゃよかった。」

    町の人達から肉まんやお芋を貰って。
    ガスストーブにあたりながら、一松と2人でお茶を飲んで。
    ちらつく雪を2人で見上げて。
    古びたワンマンの車両を見送って。
    町の人達から色んな話を聞いて。

    ここは、本当に本当にびっくりするくらいゆっくり時間が流れている。
    一松と2人で過ごす日々があまりにも穏やかだったものだから、正直帰りたくないな、なんて思ってしまった。

    「点検、終わったよ。」
    「うん、じゃあ帰ろうか。」
    「うん…あ、ねぇチョロ松兄さん。」
    「何?」
    「晩ご飯何がいい?
     今日は最後の晩餐だし、兄さんの好きなのでいいよ。」
    「ほんとに?じゃあお言葉に甘えようかなー。」
    「つっても、町のおばちゃん達がチョロ松兄さんへの餞別に、ってくれたお惣菜がたくさんあるんだけどね。」
    「え、何それそうだったの?!
     うわお礼言ってないよ教えろよ!
     なら今日はそれ食べよう!」
    「ん。でもメインで何か作るよ。」

    自販機で少しお酒を買って、そんな事を話しながら歩けばあっという間に宿舎にたどり着く。
    町の人達からもらったというお惣菜に、一松が作ってくれた肉野菜炒めを食べて、缶チューハイを開けて、
    僕らはいつもより遅い時間にようやく布団に潜り込んだ。
    こうして一松と並んで眠るのも、今日で最後だ。

    「…チョロ松兄さん。」
    「…うん?」
    「その…そっち、行ってもいい?」
    「へ?…あ、うん。いいよ。」

    くぐもった声で唐突にそんな事を言い出した一松がもぞもぞとこちらの布団に移動してきた。
    肩が触れ合って、そこからじわりと一松の体温を感じる。

    「どうしたの、一松。」
    「え…っと、」
    「うん?」
    「その…ありがと。
     …1週間、おれの手伝いしてくれて。」
    「まあ、それは…僕も結構楽しめたし。」
    「あと…おれのこと、いい子って…言ってくれて、あ、ありがと…。」
    「え…。」

    僕の肩口に顔を埋めてしまった一松の表情は見えない。

    「怖かったんだ…自殺の手助けをしたって知られたら
     みんなに軽蔑されるんじゃないか、って…。
     みんなに嫌われちゃうんじゃないかって…。」
    「一松…。」
    「ぼく、いい子なんかじゃないよ。
     あの時だって、あの人を助けたかったんじゃない…。
     自分が助かりたかっただけなんだ。
    もうあの時みたいな思いをするのが嫌で、ただ保身に走っただけで…。」
    「…それでもさ、」
    「え、」
    「結果的に、助けたことになったじゃない。」
    「でも、」
    「でもじゃない。
     一松はいい子だよ。はなまるぴっぴのいい子。
     …僕の言うこと信じられない?」
    「……その言い方は、ズルイ…。」

    ごろりと寝返りを打って一松の方を向くと、布団の中で一松を抱き締めた。
    なんだかこのまま一緒に溶け合ってしまえそうだ。
    嗚呼、やっぱり僕は一松に兄弟以上の感情を抱いているのかな。
    なんか今なら素直に認められる気がする。
    こうして腕の中に収まった一松を見下ろしてみると、こういう時は存外幼い表情をしているのが分かる。
    北国の小さな駅で穏やかな日々を過ごしながらも、人の命と向き合い葛藤してきたのであろう1つ下の弟が、途端に愛おしく感じた。
    誰にも話せず、胸の内に後悔と自責の念を抱え独りで耐えてきたのだろう。
    根幹にある真面目さ故に、悔いて悩んで人知れず涙を流してきたのかと思うと、どうにも今まで感じた事のない庇護欲がせり上がってくる。

    やっぱり、帰りたくないなぁ。

    最後の夜、僕は一松を腕の中に抱いたまま気付けば眠りに落ちていた。

    ーーー

    日曜日の朝。

    この駅とも今日でしばしの別れだ。
    今日僕は駅員の制服ではなく、私服に身を包んでいる。
    手にはスーツケース。そして町の人達からもらったお饅頭やら漬け物やらの餞別。

    午前8時ちょうど。
    始発列車が出発する時刻。

    「それじゃ、一松…元気で。」
    「うん…チョロ松兄さんもね。」
    「あ、今日は十四松が泊まる日だっけ。
     十四松にもよろしくね。」

    「うん。…チョロ松兄さん。」
    「ん?
     …………?!」

    ドアが閉まる直前、誰からも見えない死角から一松が身体を乗り出し
    僕と一松の唇が一瞬だけ重なった。
    突然のことに反応出来ず、呆然とする僕に構わず
    次の瞬間にはドアが閉まり列車は動き出す。
    一松はそんな僕に笑みを向け、普段と同じように見送った。

    「1週間ありがと。

     …いい子って言ってくれて、嬉しかった。」

    やがて一松も、駅のホームも見えなくなって
    僕は触れ合った唇を名残惜しむかのように指の腹でそっとなぞるだけで精一杯だった。




    その1ヶ月後、
    今度はホームの雪かき中に足を滑らせ、変な受身を取ったせいで左腕を骨折してしまった一松を見兼ねて
    チョロ松が再び北国の田舎駅へ行くことになり、
    更には「一松1人じゃ心配だから」とチョロ松もそのままその駅の正規担当となるのだった。

    ーーー

    陸地の最果て。
    末端の末端のとある田舎の駅。
    1年の大半を雪に覆われたその町の、木造で風情溢れるその駅に降り立つと、同じ顔をした駅員が出迎えてくれる。
    「こんな辺鄙な所によく来たね。
    寒いでしょう?少し温まって行きなよ。」
    と緑のマフラーの駅員が温かいお茶を差し出せば
    「そこ…座ったら…?」
    と橙の毛色の猫を引き連れた紫マフラーの駅員がミカンやサツマイモを手渡してくれる。
    改札横のスペースには古びたベンチと昔懐かしのガスストーブ。
    お昼頃に赴けば、ストーブにあたりながら大きめの膝掛けを共有し、仲良く並んで雪空を見上げる駅員さん達の姿が見れるのだとか…。

    fin.
    #BL松 #チョロ一 #チョロ松 #一松 トラベル松 ##チョロ松と一松の話

    日曜日の夜。

    ホームに降りた途端、冷たい空気に包まれて思わず肩を縮こませ、身を震わせた。
    寒い。
    話には聞いてたけどここまで寒いとは。
    1年の大半を雪に覆われた陸地の末端の末端とも言うべき北国の大地。
    僕、チョロ松は今日から1週間だけここで駅員として働くことになった。

    何故1週間なのかというと、僕は正規ではなく、ヘルプ要員だからだ。
    元々ここの駅には1人だけではあるがちゃんと駅員がいる。
    …が、その駅員が捻挫で右足を痛めてしまったため、治るまでの間だけ手助けということで呼ばれてきたのだ。

    そんなわけで、
    スーツケースに必要最低限の荷物を詰め込んで、最終列車に揺られてたどり着いた北の大地は正に雪国だった。

    辺りは一面真っ白で、僕の吐く息も白い。
    木造の駅舎はいかにも田舎の駅といった風情で、どこか懐かしさすら感じた。

    「チョロ松兄さん!お疲れさまー!」
    「うん、十四松もお疲れ。」
    「早く行こ!一松兄さん待ってるよ!!」
    「そうだね。」

    僕たち六つ子の兄弟のうち、三男四男五男の3人は赤塚鉄道の駅員として働いている。
    僕は都市部の駅員、十四松は主に今僕が乗ってきた路線の運転手、
    そして一松はこの北国の田舎町の駅員として、それぞれ配属されている。

    そう、僕が行くことになった雪深い北国の末端のその末端の駅は、一松が配属されている駅。
    いわゆる赤字路線の1つではあるのだけど、鉄道が無くなってしまうと近隣の住民にとっては死活問題なので、住民のために運営されている路線と言っていいだろう。
    そんな陸地の末端の末端の駅で、右足を捻挫してしまった駅員とは、つまり一松のことだ。
    なんでも、線路の雪かき作業を終え、除雪車から降りようとしたときに
    うっかり足を滑らせて転倒してしまった拍子に捻ったらしい。
    …相変わらず変なところでドンくさい。
    駅員が1人しかいない中、足を負傷したままで業務をこなすのは厳しいだろうということで
    兄弟なんだしやりやすいだろ?という上司の計らいもあって
    僕が手助けするために1週間、一松と働くことになったのだ。

    足の具合は心配ではあるけど、少しだけ一松と一緒に働くことが楽しみだったりする。
    僕らは同じ鉄道会社に入社したけれど、研修を終えてからは一松と十四松と顔を合わせる機会がほとんどなかったから。

    改札を抜けると、駅舎の中に設けられたベンチに一松が腰掛けていた。
    傍らには松葉杖が無造作に立て掛けられている。
    十四松は車両の確認をしてくる、と先程別れた。
    一松は僕の姿を確認すると、少し表情を和らげてくれた。

    「チョロ松兄さん。」
    「久しぶり、一松。足の具合どう?立てる?」
    「大げさに見えるけど、大したことないよ。」

    久々に会った一松は少しも変わっていない。
    …と思う。
    あ、でも北国で生活しているせいか、心なしか肌が白くなった気がするな。

    十四松を待って3人で駅員の宿舎へ向かった。
    十四松が一松を背負い、僕は何故か自分のスーツケースに加え、一松と十四松の荷物も一緒に持っている。
    十四松はこの路線の日曜日の終電と月曜日の始発を担当しているらしく、毎週日曜日は一松の部屋に泊まっているそうだ。
    ここは終着駅であり、始発駅でもあるのだ。
    その割には車庫が非常に小さいのは、まぁ時刻表の本数の少なさを見ればお察しだ。

    宿舎は駅のすぐ傍で、3分もかからなかった。

    「チョロ松兄さん、兄さんの部屋なんだけど…、」
    「うん?」
    「急な話だったから手配が間に合わなくて…
     ここにいる間、おれと同じ部屋になるけど、いい?」
    「あー…まぁ、うん。いいよ。なんか今更だし。」
    「なんかごめん…。」
    「いや、いいって。」

    少し戸惑いはしたが、思えば就職前はプライベートなどあったもんじゃない6人一部屋な生活だったのだ。
    赤の他人ならともかく、一緒に寝泊りするのが一松ならそんなに大きな問題ではないだろう。
    それに一松の言う通り、僕がここに来るのは急な話だったし、足を負傷した一松に業務の傍ら部屋の準備なんて不可能に近い。

    「今日はぼくも一松兄さんの部屋に泊まるから、3人一緒っすねー!」
    「あ、そうか。…布団2つしかない。」
    「まぁ、2枚敷いて3人で寝たらいいんじゃないの?
     6人並んで寝てた頃と変わらないでしょ。」
    「チョロ松兄さんと十四松がそれでいいなら、いいけど…。」
    「あ!ぼく知ってる!
     下にバスタオル敷くと布団がズレないんだって!」
    「へー…試してみよ。」

    一松の部屋はおよそ2DKと存外広くて驚いた。
    田舎はこのくらいの広さが普通だし、
    それにここは雪が多いからサンルームがあるのが当たり前だから
    と説明されて、納得出来たような出来ないような心持ちだが
    これなら2人で過ごしても手狭にはならなさそうだ。
    キッチンも水周りも意外と綺麗にされていた。
    一松もやれば出来る子なんだよなぁ。と少しばかり感傷に浸ってみたりした。

    その日は2枚の布団で一松と十四松と3人寄り添うようにして眠った。
    両側から感じる一松と十四松の体温が、なんだか心地よかった。

    ーーー

    月曜日。

    「チョロ松兄さん、起きて。」

    朝6時、一松の声に起こされた。
    十四松は既に起き上がっていて、洗面所でバシャバシャと顔を洗っている。

    「おはよう…。」
    「ん、おはよ。」

    小さなテーブルを見れば、バターが乗ったトーストに、トマトとレタス、ブロッコリーの簡易なサラダ、あとはゆで卵。

    「結構ちゃんとした朝ごはんだね…。」
    「まあ、今日は十四松もいるし、それにチョロ松兄さんが来たから…。」
    「おはようございまーッスルマッスル!
     洗面所空いたよチョロ松兄さん!」
    「あ、うん。ありがとう十四松。」
    「一松兄さん!ジャム使っていい?オレンジジャム!」
    「いーよ。…あ、もうなくなりそう。」
    「また買い足ししとかないとね!
     あ、ぼく見つけたら買っておこうか?」
    「ほな、お願いしますわ〜。」
    「えっへへ〜任せなはれ〜!」

    久々にのんびりと朝ごはんを食べた。
    思えば駅員になってからというもの、時間に追われて毎日の食事も適当にコンビニ弁当をかき込むだけだった気がする。
    こんな風に団欒しながら食べるご飯はいつ振りだろう。
    一松と十四松の謎の掛け合いを見るのも久々だ。

    それから適当に片付けて着替えて準備して、3人一緒に駅舎へ向かう。
    駅舎に着くと、十四松が除雪車で線路の雪かきをしている間に一松が簡単に駅周りを案内してくれた。
    案内といっても駅の周囲は見渡す限りの白銀だし、今は何も植えられていない田んぼや畑の向こうに
    ポツポツと年季の入った家屋が見えるだけだ。

    「…買い物とかどうしてるの。」
    「食べ物系とか日用品は農協のおじさんが毎週火曜と金曜に販売車で来てくれる。
     服とかはまぁ…基本通販だけど、ぶっちゃけ3年くらい買ってない。」
    「なるほど…移動販売車ね。」

    話によれば、ここから一番近いコンビニへ行くのに車で30分掛かるそうだ。
    何だそれ、全然コンビニエンスじゃねーよ。
    近所のスーパーも電車で3駅先が最寄りとか、それ最早近所じゃねーし。
    想像以上の不便さに驚いている僕を見て、一松がヒヒッと笑みを零す。
    笑み、なんて可愛らしいモンじゃなかったが。

    「でもまぁ、そんなに困ってないよ。
     割となんとかなる。」
    「ふーん…そういうモン?」
    「そういうモン。」
    「なんて言ったらいいか…不便だからこそ、見えてくるものもあるよ。」
    「へぇ。…例えば?」
    「それはチョロ松兄さんが自分で見つけてみれば。」


    十四松が運転する始発の電車は8時ちょうど発。
    乗客は学校へ向かうのだろう学生数人と、3つ先の駅前スーパーへ行くらしいお年寄り数人。
    両手の指で事足りてしまう人数だった。
    車両もたったの2両編成だ。

    「出発、進行〜!」

    「いってらっしゃい。」
    「十四松、気をつけて。」

    「あいあい!いってきまーッスル!!」

    ワンマン線の田舎のローカル電車。
    車掌はおらず、ドアの開閉は乗客が自分で行うシステムだ。
    (もちろん、走行中は開かないようにロックがかかっている。)
    どこかの路線のお古らしい使い込まれた古い車体を揺らし、元気よく発進していった十四松を手を振って見送ると
    僕と一松は駅長室に戻った。
    足の具合はそれなりに回復しているのか、松葉杖はほとんど使っていない。

    次の電車は2時間後だ。
    ちら、と一松を見れば呑気にお茶を入れて啜っていた。
    よく見れば机の上にはミカンも転がっている。

    「…お前、いつもこんな感じなの?」
    「うん。」
    「……へぇ。」

    なんというか、駅員ってもっと慌ただしいものだと思っていたんだけど。
    都内の駅に比べるとあまりに静かであまりにのんびりしているものだから、なんだか拍子抜けだ。
    完全に寛いでいる一松を見て、つい笑ってしまった。
    可愛いな、なんて…いや思ってないよ?!
    歳の変わらない男の兄弟だよ有り得ない。

    まぁともかく、

    一松と一緒に働き始めた初日は、ひたすら平和でゆったりした空気が漂っていた。

    ーーー

    火曜日。

    今日の朝ごはんは白米に海藻の味噌汁、それに焼きジャケと漬け物。
    昨日とは打って変わって和テイストだ。
    漬け物は貰い物らしい。

    駅員の制服に着替え、コートを着込み、マフラーも装備して
    一松の足を気遣いつつ、ゆっくりとした歩調で駅舎へ向かった。

    この駅舎には、改札横にちょっとした憩いのスペースが設けられている。
    2畳ほどの広さで四角く区切られたそこは、コの字型に木でできたベンチでグルリと囲まれ
    中央には同じ木でできたテーブルが固定されている。
    ベンチには誰が用意したのか、くたびれてペチャンコになった座布団が敷かれていた。
    (聞けば、一松が配属された時には既にあったそうだ。)
    スペースの奥には昔懐かしのガスストーブが点灯していて、
    ストーブの上にはヤカンが置かれシュンシュンと湯気を吹き出している。

    そんな駅舎の憩いの場は、この近辺のお年寄り達が集う場所でもあるらしい。
    ベンチに腰掛け、世間話に花を咲かせるご老人の皆さんの楽しげな声が聞こえてくる。
    次の電車が来るまでおよそ1時間。
    電車を待ちながらこうして世間話をするのが、この町の人々の常なのだとか。

    過疎化の進む小さな町。
    町の人は全員顔見知りだそうで、今朝は物珍しさからか町の人に囲まれてちょっと大変だった。

    「一松くん、足の具合はどうだい?」
    「え、あ、僕は一松の兄で…」

    「あれま?!トメさん、一松くんが2人おるでよ?」
    「ほんとだねぇ〜いやぁ本当にそっくりだわ。」
    「アンタが一松くんが話してたお兄さんかい?」
    「兄さんが来てくれたなら一松くんも安心だねぇ〜。」

    「え、は…いや…その、」

    数人のお年寄りの皆さんに囲まれて困惑している僕を、一松は横目で面白そうに眺めていた。
    必死に笑いを堪えてたっぽいけど、心底愉快そうに「クヒヒッ」て笑ってたの聞こえてたからな。
    お前覚えてろよ。
    けどまぁ、嫌な気はしない。
    お年寄り方から聞く話の節々で、一松はこの町の人達に可愛がられているんだろうな、というのが伝わってきたから。

    「この町は年寄りばっかりでなぁ、
     若い子が少ないから年寄りはみ〜んな一松くんのこと
     孫みたいに可愛がってるんだわ。」
    「そうなんですか。」

    そんな孫のように可愛がられている一松は、いつの間にかお年寄り方に混ざって
    憩いの場のベンチに腰掛けて何故かおにぎりを食べていた。
    …何お前、実はジジババキラーだったのか?
    一松の膝の上には、どこから来たのか橙の毛色をした猫が乗っている。

    おい、お前駅員だぞ。

    というツッコみは必死に飲み込んだ。
    ほら、よく言うでしょ。
    田舎の常識は都会の非常識。
    多分、この駅ではあれはいつもの風景なのだろう。
    それに、この和やかな空気を壊してしまうのは少し気が引けた。

    数少ない電車がホームに入ってくると、お年寄り方はゾロゾロと電車へ向かっていった。
    同時に僕も改札へと向かい、切符を切る。
    (この駅には自動改札機なんてものはない。駅員が手動で切符を切るのだ。)
    そのうちの1人が「毎日ご苦労さん、これでもお食べ。」と手渡してくれたのはホカホカの肉まんだった。
    …一体どこから取り出したんだろうと思ったが、あまり考えないでおこう。

    一松は発車する列車に向かって、先ほど貰った肉まんを頬張りながら手を振って見送っている。

    「いっへはっひゃーい(いってらっしゃーい)」
    「コラ一松!口に入れたまま喋るなよ!」

    いや、口に肉まんを入れたまま喋るどうこう以前に、一応今は勤務中だ。
    呑気に肉まんを頬張りながら列車を見送る駅員など、横柄な態度にもほどがある。
    …が、ここではそれが許されてしまうのだろう。
    僕らのやり取りを見て、お年寄り方は大層楽しげに大笑いしながら電車に乗り込み、颯爽と去っていったのだった。

    はふはふと肉まんを頬張る一松にどう表現したらいいのか解らない感情がこみ上げてきたけど
    気のせいだと必死に言い聞かせた。
    可愛いなんて…思ってないよ。

    ーーー

    水曜日。

    「チョロ松兄さん、これもらった。」

    始発を見送った少し後、一松から話しかけられて振り向けば
    その手には大きくて立派なサツマイモが2本。
    町のお年寄り方の1人から貰ったらしい。
    そういえば朝食に出てくる漬け物や魚もお年寄りにもらったんだったか。
    お前ほんと可愛がられてるな。

    「もらったって…どうするんだよ、それ。」
    「え?焼いて食べよう?」
    「は?!」

    いうや否や、一松はどこからか取り出したアルミホイルでサツマイモを包み、ガスストーブの上へ乗せた。
    昨日の肉まんといい、日々こうして町の人達から色々もらっているのは、ほんの数日で何度も目にした。
    もう公私混同過ぎるだろ、とつっこむ気も起きない。
    元々配属されていた慌ただしい都市部の駅とは全く違う、ゆったりとした空気にも3日も経てば慣れてくる。

    ここは人々も、空気も、何もかもが穏やかだ。
    たった1週間なのが惜しいと思うくらいには、僕はこの雪深い田舎町での生活に馴染みつつあった。

    次の列車が来るまであと2時間。
    ガスストーブの上にはアルミホイルに包まれたサツマイモとミカン。

    …ん?ミカン?!

    「え、待って何でミカン乗ってんの?!
     てか、どっから出てきたこのミカンは?!」
    「焼きミカン…。割とイケる。
     あとミカンは八百屋のじいちゃんにもらった。」
    「ウソだろマジで?
     つーかもらい過ぎだろ!」
    「マジマジ、大マジ。」

    一松と2人、サツマイモを見守りながら憩いの場で湯呑みのお茶を啜った。
    焼きミカンは一松の言う通り、甘みが増していて割とイケた。新発見。
    今日は少し寒い。
    大きめの膝掛けに2人一緒に包まって身を寄せ合いながら
    僕も一松も降り続く雪をぼんやり見上げていた。

    北国の、過疎化が進んだ陸地の末端の末端の町。
    終電は20時30分だし、近くにスーパーもコンビニもない。
    何もない不便な町。
    けれど不思議と流れる時間は穏やかで
    こうして一松と肩を並べて過ごす時間が…陳腐な言葉だけど、かけがえのないものに思えた。
    ずっとこの時間が続いたらいいのにな、なんて思えるくらいには僕は田舎向きだったようだ。

    その後集まってきた町の人たちに「仲のえぇ兄弟だねぇ」と
    ニコニコされたのは非常に恥ずかしい限りだ。

    ホクホクに焼きあがったサツマイモは、駅舎に遊びに来た町の人たちと一緒に食べた。

    僕と一緒に食べるんじゃなかったのかよ。
    と、一瞬だけ思ったのは内緒だ。

    ーーー

    木曜日。

    その日は珍しく他の土地からの乗客が降りてきた。
    この駅を利用するのは地元の人がほとんどで、ほんの数日しかいない僕でさえ顔ぶれが大体頭に入っているくらいだ。
    その人は雪の降るこの土地でやけに薄着で、荷物は小さめのボストンバッグ一つ。
    20代前半くらいの女性客だった。
    垢抜けた、いかにも都会人です。といった装いはどう考えてもこの町にはそぐわない。
    古びた駅舎に佇むその姿がまるで下手くそな合成写真のように、やけに浮いて見えた。
    切符を切ると彼女はゆっくりと外を見渡し、そして遠慮がちに僕に尋ねた。

    「あの…涯の峠へ行きたいのですが。」
    「はてのとうげ…?えーと…すみません、僕はここに来て日が浅いもので…。
     他の駅員を呼びますね。

     ……一松!」

    憩いの場で猫を撫でていた一松に声を掛ける。
    一松は顔を上げて、僕の後ろにいる女性客を見ると
    しばらくじっと女性を眺め、そして微かに表情を曇らせた。
    猫の背を撫でる手は止めずに、一松はおずおずと口を開く。

    「え…っと…今は雪が降ってる、から…
     その軽装で涯の峠に行くのは、危険だと、思います…。」
    「…なら、行き方だけでも、教えて下さいませんか?」
    「…………。」
    「あの…駅員さん?」
    「一松?」

    「寒い、でしょう…?少し、ここで温まっていきませんか…?」
    「え?」
    「チョロ松兄さん、お茶入れてあげて。」
    「え?あ、うん。」

    言われるがまま、ガスストーブの上に乗ったヤカンを手に取り、来客用の湯呑みにお茶を入れた。
    女性は戸惑いながらも憩いの場のベンチに腰掛けたようだ。
    お茶を手渡すと、今度は一松が
    「駅長室の机にある、一番上の引き出しに地図が入ってるから取ってきて。」
    というから素直に取りに行った。

    地図を受け取った一松はそれを広げて少しの躊躇いを見せながらも、たどたどしく話し出した。

    「ここが、今いる駅。…涯の峠は、ここから歩くと1時間以上、かかります。
     峠って名前が付いてるけど…足場も悪いし…それに今は雪だし…
     しっかりとした防寒と登山の準備をして入らないと、危険です。
     それに…ここに入山するには、自治体の許可と
     ガイドを1人以上つける決まりが…。」
    「え?!そ、そんなの…聞いたことないです!」
    「えーと、じゃあ…今から、ガイドさん呼びましょうか…?」

    女性客は何故か悔しそうに唇を噛んでいる。
    そんなに涯の峠とやらに行きたかったのだろうか?
    一松がお茶と一緒にミカンを差し出したが、女性はそれを一瞥しただけだった。
    どこか空気が重苦しい上に、一松は口を噤んでしまった。

    どうしたものか、と考えあぐねていると、駅舎にやたらと明るい声が聞こえてきた。

    「はいよーガイドが来ましたよー」
    「え、トメさん?」
    「あーアンタは…チョロ松くんの方だね!」
    「あーはい、正解ですけど、え?」

    一松は町のお年寄りの代表的存在、トメさんの姿を確認すると、後は任せたと言わんばかりに憩いの場から離れてしまった。
    代わりにトメさんが女性の横に座り、何やら話始めている。

    …わけがわからない。

    駅長室に篭ってしまった一松の様子を窺いながらも、僕は駅のホームに立ち尽くす他なかった。

    女性客がトメさんとしばらく話した後、涙を流しながら再び電車に乗って
    引き返して行ったのはわかった。
    それを見送った一松が少しホッとした表情をしていたのも。
    一体どんな会話が繰り広げられていたのか、僕の知るところではないけれど。

    「一松。」
    「……何。」
    「あの女の人さ…何しにここに来たんだろうね?」
    「…さあね。」

    「ねぇ、待ってよ一松。」
    「………。」
    「本当は、何か分かってたんじゃないの…?」

    その日の夜、あの女性客に対する一松の態度が何故かどうしても気になって、
    僕は思い切って聞いてみた。
    後から調べてみたけど、涯の峠へ行くのに、自治体の許可やガイドなんて決まりは無かったのだ。
    つまり、一松はあの女性客涯の峠へ1人で向かわせないために嘘を吐いたということになる。
    …何故、そんなことを?
    素知らぬ振りをするべきだったのかもしれない。
    でも、それをしてはいけない気がした。
    一瞬だけ僕の目を見た一松の瞳が大きく揺らいだ。

    「ごめん…。」
    「一松…?」
    「聞かないで。
     …お願い、チョロ松兄さん。」
    「……。」

    それ以上一松は何も言ってくれなかった。
    そんな顔で言われては、これ以上の追及なんて、いくら遠慮の要らない弟であっても出来やしない。
    一松の絞り出すような声は今にも泣き出しそうな危うさを孕んでいて、
    布団の中で震える一松に僕はただただ寄り添うしかできなかった。

    ーーー

    金曜日。

    いつも通り除雪して、始発を見送って、憩いの場でガスストーブにあたり
    膝掛けを共有しながら湯飲みでお茶を啜る。

    このゆったりとした非日常な日常も今日と明日で終わりだ。
    そう考えると、昨日やってきた女性客によってもたらされた小さな事件で
    一松との間に僅かなしこりができてしまった事が悔やまれてならない。
    やっぱり見て見ぬ振りをするべきだった?
    いや、多分それは最悪手だ。根拠はないけど。

    帰るまでに、どうにかしたい。
    膝上の猫を撫でながら雪空を見上げる一松を見て、そう思った。
    一松の右足はもうすっかり良くなっている。
    僕は足が治るまでの手助けとしてここに来たのだから、
    完治すればこれ以上この駅にいる理由はなくなってしまうのだ。
    昨晩「聞かないで」とまるで怯えた子供のようだった一松の姿が頭から離れない。

    なあ、一松。
    お前は何を抱えているんだ?
    この穏やかな町で、一体何があったんだ?
    …何か心に傷を抱えているのなら、それを知りたいと思うし、少しでも痛みを和らげてあげたいと思う。
    けど、一松自身に拒絶されてしまってはそれも難しい。

    昨日みたいに、どうしたものかと湯呑みを片手に唸っていると、背後から突然声を掛けられた。
    思わず肩が飛び上がる。

    「あれ、そんなに驚いたかね?」
    「あ、いえ…すみません。
     少し考え事をしていたものですから…。」

    声を掛けてきたのは町のお年寄り方の1人だった。
    使い古したショッピングカートを引いているから、3つ先の駅前スーパーへ向かうのだろう。

    「昨日ここに来たっていうお嬢さんのことかい?
     無事に帰ってくれたか分からんが、引き返してくれてよかったよねぇ。」
    「え…?それってどういう…。」

    目を見開く僕を見て、お年寄りは
    「あちゃ~お兄さんの方だったか、まずったねぇ。」
    なんて、ちっとも焦った様子は見せずに僅かに微笑んだ。
    僕が「話を聞かせてほしい。」と言えば、町のお年寄りはすんなりと話してくれた。

    それから、

    お年寄りから話を聞いた僕は、お礼を述べると迷わず一松の元へと走った。


    「一松!」
    「え…どうしたのチョロ松兄さん。」
    「ごめん…昨日の女の人のことと、
     あと…2年前の話…聞いちゃって…。」
    「…!」

    一松の身体が強ばったのが分かった。
    ついさっき、町のお年寄りから聞いた話が脳裏に蘇る。

    ー 昨日この駅へ降り立って涯の峠へ向かおうとしたお嬢さんはね、自殺志願者だったんだよ。
    それに気付いた一松くんはこっそりうちらに連絡を入れてくれたんだ。
    そんで、話を聞いてやって考え直してもらってね。
    もちろん、来る人全員が引き返してくれるわけじゃぁない。
    強引に飛び出して行ってしまった人も過去にはいる。

    涯の峠はね、たまにそうやって全てを終わらせようとする人が訪れるんだ。
    その人達は、電車を降りると大体駅員さんに…一松くんに尋ねるんだよ。
    「涯の峠へはどうやって行けばいいですか」
    ってね。

    …2年前だったかねぇ。
    一松くんが涯の峠への道を聞かれたのは、その時が初めてだったんだよ。
    当時の一松くんは何も知らずに丁寧に峠までの行き方を教えてあげた。
    その人は何度も頭を下げて一松くんにお礼を行って峠へ向かったんだけど…
    その3日後に、遺体で発見されてね。
    一緒に遺書も見つかったから、自殺だって断定されたんだけど、
    一松くんは酷くショックを受けた様子だったよ。
    自殺の手助けをしてしまった、
    って自分を責めたんだろうねぇ…可哀想に。


    ………

    一松がそんな思いをしていたなんて、僕は知らなかった。
    不本意で見知らぬ誰かの自殺の手助けをしてしまい、それを責めて心に傷を負っていたなんて、知らなかった。

    「なんで…話してくれなかったんだよ…。」
    「………。」
    「一松が、そんな辛い思いしてたなんて…知らなかった…。」
    「だって…、」
    「僕の単なるエゴだけどさ、少しくらい頼ってほしかった…。」
    「チョロ松、兄さん…。」
    「なぁ、一松。僕ってそんなに頼りない兄かな?」

    「…ぼくのこと、軽蔑しない、の…?」
    「え?」

    「自殺の、手伝いしちゃったんだよ…。
     ぼくが道を教えたせいで、人が1人死んじゃったんだ。」
    「一松、」
    「ぼくのせいで…人が死んだんだよ…。」
    「一松、お前は何も悪くないよ。」

    一松は何かに怯えるように、そして同時に縋るような目で僕を見ていた。
    …ああ、ずっと独りで罪悪感に苛まれてきたんだな。
    昨日のあの女性客に対しても、何かを感じ取って、コミュ障のくせして咄嗟に引き止めたのだろう。
    再び罪を重ねないように、必死になって。

    「お前は悪くない、悪くないよ。」
    「…チョロ松兄さん、」
    「一松はいい子。
     はなまるぴっぴのいい子だから、ね?」

    寒さのせいなのか、泣いてるせいなのか、或いはその両方か
    肩を震わせる一松を、僕の体温を分け与えるようにぎゅっと抱き締めた。
    話を聞いて、昨日の出来事に合点がいった。
    僕だけ蚊帳の外なんて、酷いじゃないか。
    軽蔑なんてするわけがない。
    だからもう少し頼ってほしかった。
    隣同士だし歳も変わらないけど、僕は一松の兄なんだよ?
    …それに、
    それに、兄弟以上に一松の事は。
    …いや、これ以上はやめておこう。

    震える一松の肩は、なんだか酷く小さくか弱いものに感じた。

    ーーー

    土曜日。

    登りの最終列車を見送って、その1時間後に下りの最終列車を受け入れて
    車両の最終点検を済ませれば、もうここでの業務はほぼ終わったに等しい。
    明日の朝には始発の列車に乗って、僕は元いた職場へ戻らなければならない。

    「なんだか1週間あっという間だったなぁ。」
    「そう?…どうだった、田舎の駅での1週間は。」
    「なかなか楽しかったよ。
     このままずっとここにいたいくらいには。」
    「そう。」
    「週初めに一松が言ってた、「不便だからこそ見えるもの」もなんとなく分かった気がするし。」
    「そりゃよかった。」

    町の人達から肉まんやお芋を貰って。
    ガスストーブにあたりながら、一松と2人でお茶を飲んで。
    ちらつく雪を2人で見上げて。
    古びたワンマンの車両を見送って。
    町の人達から色んな話を聞いて。

    ここは、本当に本当にびっくりするくらいゆっくり時間が流れている。
    一松と2人で過ごす日々があまりにも穏やかだったものだから、正直帰りたくないな、なんて思ってしまった。

    「点検、終わったよ。」
    「うん、じゃあ帰ろうか。」
    「うん…あ、ねぇチョロ松兄さん。」
    「何?」
    「晩ご飯何がいい?
     今日は最後の晩餐だし、兄さんの好きなのでいいよ。」
    「ほんとに?じゃあお言葉に甘えようかなー。」
    「つっても、町のおばちゃん達がチョロ松兄さんへの餞別に、ってくれたお惣菜がたくさんあるんだけどね。」
    「え、何それそうだったの?!
     うわお礼言ってないよ教えろよ!
     なら今日はそれ食べよう!」
    「ん。でもメインで何か作るよ。」

    自販機で少しお酒を買って、そんな事を話しながら歩けばあっという間に宿舎にたどり着く。
    町の人達からもらったというお惣菜に、一松が作ってくれた肉野菜炒めを食べて、缶チューハイを開けて、
    僕らはいつもより遅い時間にようやく布団に潜り込んだ。
    こうして一松と並んで眠るのも、今日で最後だ。

    「…チョロ松兄さん。」
    「…うん?」
    「その…そっち、行ってもいい?」
    「へ?…あ、うん。いいよ。」

    くぐもった声で唐突にそんな事を言い出した一松がもぞもぞとこちらの布団に移動してきた。
    肩が触れ合って、そこからじわりと一松の体温を感じる。

    「どうしたの、一松。」
    「え…っと、」
    「うん?」
    「その…ありがと。
     …1週間、おれの手伝いしてくれて。」
    「まあ、それは…僕も結構楽しめたし。」
    「あと…おれのこと、いい子って…言ってくれて、あ、ありがと…。」
    「え…。」

    僕の肩口に顔を埋めてしまった一松の表情は見えない。

    「怖かったんだ…自殺の手助けをしたって知られたら
     みんなに軽蔑されるんじゃないか、って…。
     みんなに嫌われちゃうんじゃないかって…。」
    「一松…。」
    「ぼく、いい子なんかじゃないよ。
     あの時だって、あの人を助けたかったんじゃない…。
     自分が助かりたかっただけなんだ。
    もうあの時みたいな思いをするのが嫌で、ただ保身に走っただけで…。」
    「…それでもさ、」
    「え、」
    「結果的に、助けたことになったじゃない。」
    「でも、」
    「でもじゃない。
     一松はいい子だよ。はなまるぴっぴのいい子。
     …僕の言うこと信じられない?」
    「……その言い方は、ズルイ…。」

    ごろりと寝返りを打って一松の方を向くと、布団の中で一松を抱き締めた。
    なんだかこのまま一緒に溶け合ってしまえそうだ。
    嗚呼、やっぱり僕は一松に兄弟以上の感情を抱いているのかな。
    なんか今なら素直に認められる気がする。
    こうして腕の中に収まった一松を見下ろしてみると、こういう時は存外幼い表情をしているのが分かる。
    北国の小さな駅で穏やかな日々を過ごしながらも、人の命と向き合い葛藤してきたのであろう1つ下の弟が、途端に愛おしく感じた。
    誰にも話せず、胸の内に後悔と自責の念を抱え独りで耐えてきたのだろう。
    根幹にある真面目さ故に、悔いて悩んで人知れず涙を流してきたのかと思うと、どうにも今まで感じた事のない庇護欲がせり上がってくる。

    やっぱり、帰りたくないなぁ。

    最後の夜、僕は一松を腕の中に抱いたまま気付けば眠りに落ちていた。

    ーーー

    日曜日の朝。

    この駅とも今日でしばしの別れだ。
    今日僕は駅員の制服ではなく、私服に身を包んでいる。
    手にはスーツケース。そして町の人達からもらったお饅頭やら漬け物やらの餞別。

    午前8時ちょうど。
    始発列車が出発する時刻。

    「それじゃ、一松…元気で。」
    「うん…チョロ松兄さんもね。」
    「あ、今日は十四松が泊まる日だっけ。
     十四松にもよろしくね。」

    「うん。…チョロ松兄さん。」
    「ん?
     …………?!」

    ドアが閉まる直前、誰からも見えない死角から一松が身体を乗り出し
    僕と一松の唇が一瞬だけ重なった。
    突然のことに反応出来ず、呆然とする僕に構わず
    次の瞬間にはドアが閉まり列車は動き出す。
    一松はそんな僕に笑みを向け、普段と同じように見送った。

    「1週間ありがと。

     …いい子って言ってくれて、嬉しかった。」

    やがて一松も、駅のホームも見えなくなって
    僕は触れ合った唇を名残惜しむかのように指の腹でそっとなぞるだけで精一杯だった。




    その1ヶ月後、
    今度はホームの雪かき中に足を滑らせ、変な受身を取ったせいで左腕を骨折してしまった一松を見兼ねて
    チョロ松が再び北国の田舎駅へ行くことになり、
    更には「一松1人じゃ心配だから」とチョロ松もそのままその駅の正規担当となるのだった。

    ーーー

    陸地の最果て。
    末端の末端のとある田舎の駅。
    1年の大半を雪に覆われたその町の、木造で風情溢れるその駅に降り立つと、同じ顔をした駅員が出迎えてくれる。
    「こんな辺鄙な所によく来たね。
    寒いでしょう?少し温まって行きなよ。」
    と緑のマフラーの駅員が温かいお茶を差し出せば
    「そこ…座ったら…?」
    と橙の毛色の猫を引き連れた紫マフラーの駅員がミカンやサツマイモを手渡してくれる。
    改札横のスペースには古びたベンチと昔懐かしのガスストーブ。
    お昼頃に赴けば、ストーブにあたりながら大きめの膝掛けを共有し、仲良く並んで雪空を見上げる駅員さん達の姿が見れるのだとか…。

    fin.
    焼きナス
  • 三男と四男と猫の嫁入り #BL松 #チョロ一 #チョロ松 #一松 ##チョロ松と一松の話

    チョロ松兄さんと僕が同性という枠を、そして一卵性の兄弟という枠すらも飛び越えて
    所謂「恋人同士」という関係になったのは、少し前のことだ。
    一体どんな経緯でこんな異常とも言える関係に落ち着いたのかは、また別の機会に語るとして。
    兎も角、それ以来僕らはお付き合いを続けている。
    ただ、お付き合いと言っても別段いつもの日常に何ら変わったことはなかった。
    親にも兄弟にも未だ打ち明けられていないのだ。
    (ひょっとして兄弟は、特におそ松兄さんあたりは勘づいているかもしれないが。)
    家に誰もいない隙を見て寄り添ってみたり、少しだけ唇を重ねてみたり、
    偶に2人で出掛けて、デート気分を味わってみたり…。
    それだけだ。
    特に何が変わったわけでもない。
    もちろん、チョロ松兄さんとそれ以上の事をしたくないわけじゃない。
    でも、常識人を自称するチョロ松兄さんにとって、実の弟と恋人関係にあるなんて事実
    周囲には隠しておきたいだろうし元より末弟に負けず劣らずドライで体裁を気にする人だ。
    チョロ松兄さんは今以上の関係になる事は望んでいないのかもしれない。
    少しの寂しさはあるものの、それでも僕が望めば兄さんはちゃんと手を握り返してくれるし、
    兄さんの細長い指は僕なんかを撫でることも少しも厭わない。
    これ以上の高望みはしてはいけない。
    身の丈に合った、今の状態がきっと僕らにとって丁度いいのだろう。
    そう考えて日々を過ごしていた。

    チョロ松兄さんから「明日2人で出掛けよう」と誘われたのはその日の夕食後の事だった。
    他の兄弟の目を盗んでこっそりと伝えられた「デート」のお誘い。

    「出掛けるって…何処に?」
    「ちょっと遠出してみよう。
     行ってみたい場所があるんだ。
     明日は早起きしろよ?」
    「ん、わかった。」

    珍しい。
    今まで一緒に出掛けると言っても僕の猫の餌やりに付き合って近所の路地裏に行ったり、
    ちょっとした食事処だったり、公園だったり、その程度だったのに。
    2人で出掛けるなんて、いつ以来だろう。
    嬉しさのあまり気を抜くと頬が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えて、
    僕はその日心を踊らせながら眠りについた。

    ーーー

    次の日、まだ夢の中を漂う兄弟を起こさないように特注サイズの布団を抜け出し、チョロ松兄さんと共に家を出た。
    今日はいつものつっかけサンダルではなくちゃんとしたスニーカーだ。
    まぁ、パーカーはいつも通りだけども。
    チョロ松兄さんだっていつもの緑色のパーカーだし、構わないだろう。

    まだ日の昇りきらない静まり返った町を歩き、電車を乗り継いでやって来たのは海だった。

    少し向こうには島と言うには小さ過ぎるくらいに小さな島がポツンと浮かんでいる。
    そして、海岸から島へと一筋の道が浮かび上がるかのように伸びていた。
    どうやら此処は地元ではそこそこ有名な場所で、干潮時にだけこうして小さな島へと続く道が現れるそうだ。

    「手を繋いで島まで渡ったカップルは幸せになれるんだって。」
    「え…。」

    チョロ松兄さんの言葉に、僕はきょとんと目を丸くする。
    普段からリアリスト寄りの思考を持つ兄さんが、わざわざこんな縁結びスポットに僕を連れてくるなんて意外だった。
    そんな僕の考えが解ったのだろう、チョロ松兄さんはフイ、と顔を逸らした。
    少しだけ頬が紅く染まっている。

    「べ…別にいいだろ。
     偶には、その…こ、恋人、らしい事してみたって…。」
    「…………。」
    「せめて何か言って一松!
     いや、別に強制じゃないから!嫌なら渡らなくていいから!」
    「え…あ、い、行く!」

    ひたすら呆然とチョロ松兄さんを見ていたら、本格的に顔を赤くした兄さんが
    「嫌なら渡らなくていい」なんて言い出したから慌てて「行く」と応えた。
    少々声が上擦ってしまったのはきっと気のせいだ。
    それに、僕の返答にチョロ松兄さんが少し安心したように笑ってくれたから、少々の失態はもうどうでもよくなった。

    どうしよう、嬉しい。

    何て言ったらいいのか分からないけど、チョロ松兄さんとこうして恋人らしい事出来るのが、とても嬉しい。

    「…じゃ、行こうか。」
    「ん。」

    平日の朝という事もあって、周りに他の人はいない。
    兄さんの手をいつもより強めに握り締めれば、同じ強さで握り返された。
    繋いだ手はいつもより熱くて、2人して変に緊張してるのが笑える。
    波間に浮かぶ道を2人でゆっくりと渡った。
    小さな島に辿り着くまで、僕もチョロ松兄さんも無言で、砂浜を歩くサクサクとした足音と波音だけが辺りに響いていた。
    干潮時だけ現れる波間の道。
    なんだかバージンロードみたいだなんて、柄にもない事を思って慌ててかぶりを振った。
    手を繋いで島まで渡ったカップルは幸せになれる。
    …僕らにとっての幸せって何だろう。
    この秘密の関係を続けていくこと?
    それとも…。

    ついつい僕の頭は余計な事を考え始めそうになったけど、
    少し先を歩いていたチョロ松兄さんが立ち止まった事で、それは叶わなかった。
    僕もチョロ松兄さんに合わせて立ち止まる。

    「渡り切っちゃったね。」
    「幸せカップル誕生?」
    「さあ、どうだろ?
     …どう思う?」
    「ヒヒッ…さあね。」

    こんな子供騙しのおまじないであっても、普通の恋人同士なら
    ここで「これで幸せだね」と笑い合い絆を深める事が出来るのだろう。
    けど、誰がどう見ても普通じゃない僕らは、更に言うと兄弟の中でもとりわけ素直になれないツートップの僕らは、
    残念ながら純粋におまじないを信じるには捻くれ過ぎていた。
    こうして恋人同士らしい事をしてみても、僕もチョロ松兄さんも未来を信じられずにいる。
    それでも傍を離れる事が出来ないし、チョロ松兄さんがいなくなったら生きていけないなんて
    割と本気で思っているのだから、僕は本当に救えない。

    「折角だから、島を一回りしてみようか。」
    「…うん。」

    繋いだ手はそのままに、また歩き出した。
    島と呼べるのかどうかも分からない程小さな島だ。
    周囲をぐるりと一周するのに、5分も掛からなかった。
    大した物もなかったし、あっという間に元いた場所に戻ってきた。

    …と、そう思ったのだけど。

    「え…潮が満ちてる。」
    「嘘だろ?有り得ないだろこんな短時間で!!」

    一周して戻ってくると、僕達が渡ってきた波間の道が海の底に沈んでいた。
    もう満潮の時間になったのか?
    いや、先程までしっかりと道があったのだ。
    仮に満潮になったのだとしても、チョロ松兄さんが突っ込んでいる通りこんな短時間で突然道がなくなるなんて有り得ない。
    呆然とする僕らに追い討ちをかけるように、陽が射しているというのに今度は雨が降り出した。
    今日の天気は全国的に晴れて傘は要らないでしょう、とテレビのお天気キャスターが言っていたはずだけど。

    「とりあえず雨を凌げる場所を探そうか。」
    「そうだね…。」

    そうは言っても5分足らずで一周出来てしまう小さな島だ。
    雨をしのげるような場所なんてあるとは思えない。
    小さな島にチョロ松兄さんと2人きり。
    まるで僕らだけ世界から切り離されたような錯覚に陥りそうになる。
    また変な思考に沈みそうになったけど、チョロ松兄さんの素っ頓狂な声に現実に引き戻された。

    「あれ?こんな所に鳥居なんてあったっけ?
     渡ってきた時には気付かなかったなぁ。」
    「え…。」
    「ねえ、ちょっと行ってみようよ、一松。」
    「え、チョロ松兄さん…本気?」
    「しばらく潮は引かないだろうし、雨も降ってるし、此処にいても仕方ないだろ?」
    「そうだけど…。」

    チョロ松兄さんの言う通り、此処にいても雨に濡れるだけだ。
    でも、
    その目の前にある鳥居、この島に渡ってきた時は無かったはずだ。
    絶対無かった。
    誓って言える、絶対無かったよこんなの。
    「気付かなかった」なんて言ってるけどチョロ松兄さんだって気付いているはず。
    …なのに、何でかな?
    チョロ松兄さんときたら少年のように目を輝かせている。
    ちょっと待って、何で今このタイミングで昔のやんちゃだった頃の顔が表に出てきちゃったの兄さん?
    それ冒険してみたくてたまらない顔だね?
    普段の兄さんなら他の誰かが行こうとするのを止める役のはずなんだけど
    今はちょっとした例外処理が発生中らしい。
    そして目を輝かせて何だかウズウズしているチョロ松兄さんの事を可愛い、なんて思ってしまった僕には
    多分拒否権なんて無いのだろう。

    「…危険だと思ったら、すぐに引き返してよ?」
    「分かってるよ。
     大丈夫、一松の事は僕が守るから。」
    「え……う、うん。」

    急にさらりと言わないでほしい。
    自覚があるのかないのか、チョロ松兄さんは偶にこういう事を言うから困る。
    そんなわけで、僕らは目の前に立つ鳥居をくぐり抜けた。

    ーーー

    鳥居を抜けた先は、石畳が続いていた。
    随分と奥まで続くそれは、明らかに小さな島では尺が足りない長さで、
    どういうワケか僕らが何処か別世界に迷い込んでしまった事は決定事項なのだろう。
    多分だけど、あの鳥居が入り口だったのではないだろうか。
    一体何処に迷い込んだのか、無事に元の世界へ戻る事は出来るのか。
    色々思ったけど、僕が真っ先に考えたのは、
    チョロ松兄さんと2人で異世界に迷い込んだのなら、ずっと帰れないままでもいいかもしれない。
    というものだった。
    だって、そうだろう。
    僕らの暮らす世界とは何処か別の世界線。
    きっと僕とチョロ松兄さんを知ってる人なんて存在しない。
    元の世界に居ても、どうせ今の関係以上の事が望めないのなら、いっその事2人きりで遠い場所へ行くのも、
    はたまた閉じ込められてやがて地獄に堕ちるのもいいかもしれない。
    このまま此処から出られなくても、チョロ松兄さんと一緒ならそれでいいかな、なんて思ってしまう。
    つまりはこれって何だろう。
    意図せずともチョロ松兄さんと駆け落ちみたいな事をしたことになるのだろうか。
    石畳を歩きながら、そんな事を考えた。
    チョロ松兄さんも黙ったままだから、僕の歪んだ思考回路もグルグルとクズな思考を続けている。

    やがて沈黙を破ったのは、チョロ松兄さんの方だった。

    「一松、何か聞こえない?」
    「…聞こえるって、何が?」
    「ほら、鈴の音とか…それに、何か近づいてくるような…。」

    言われて耳をすませると、確かに小さく鈴の音がした。
    それはどんどんこちらに近づいている。
    近づいてくるにつれて、鈴の音だけでなく雅楽のような音も聞こえてきた。
    じっと音のする方へと目を凝らしていると、やがてこちらにゆっくりと近づいてくる影が見えた。

    響き渡る雅楽の音、
    色鮮やかな紅い番傘、
    先頭を歩く白い狩衣を来た者、巫女、そして白無垢と紋付袴、
    その後ろに続く和装の行列。
    これって…

    「花嫁行列…?」

    こんな所で誰かが結婚式を挙げているのか?
    それだけでも十分な驚きだったのだが、次に僕らが気付いた事実は
    そんな事どうでもよくなるくらい衝撃だった。

    「待って…この花嫁行列、人じゃない…。」
    「え、ま、まさか…。」
    「あれ…猫?」
    「猫?!」

    行列がすぐ近くまで迫ってきた。
    二本足で悠々と歩く花嫁行列の御一行様は、見れば見る程確かに猫だった。
    茶トラにキジトラ、ブチ、ミケ…実に様々な種々の猫達が花嫁行列を彩っている。
    え、何で猫?
    猫ってこんな厳かな挙式するの?
    呆然と立ち竦む僕とチョロ松兄さんを見向きもせず、猫の花嫁行列は僕らを素通りして石畳を更に奥へと進んでいく。
    紋付袴の新郎はハチワレ猫で、白無垢の新婦は白猫だった。
    新婦の白猫が、通り過ぎさまに一瞬僕らを見て、微かに笑った気がした。

    やがて行列が通り過ぎ、その姿が見えなくなった頃、

    「はあぁぁぁ?!
     何で猫?!
     百歩譲って…、いや、一万歩くらい譲って狐なら分かるよ?分かんないけど!
     今ちょうど天気雨だし、狐の嫁入りならまだ納得出来るよワケ分かんないけども!!
     でも猫って何?!何で猫?!?」
    「さあ…?」

    我に返ったチョロ松兄さんが一気に捲し立てた。
    言いたいことは分かるけど、猫と仲が良いと自負している僕も流石にそこは分からない。
    確かに今みたいな天気雨の事を「狐の嫁入り」と言ったりするから
    狐ならまだ理解しようと思えば出来たかもしれないが
    「猫の嫁入り」は聞いたことがない。

    「あの猫達…何処に向かったんだろうね。」
    「この先に行ったみたいだし、追いかけてみる?」
    「うん。」

    もうこの際考えるのは止めよう。
    異空間だか別世界だか知らないが、猫の花嫁行列が通り過ぎたってことは此処はひょっとして猫の王国なんじゃないの?
    そしたら天国万々歳だ。
    そんな頭の悪そうな事を考えながら行列が進んで行った石畳を辿ると、
    やがて古びた社にたどり着いた。
    どうやらここで行き止まりのようだ。
    とりあえず、ようやく屋根のある所に来れたので社の軒先で雨宿りをさせてもらうことにした。
    天気雨に打たれて、僕もチョロ松兄さんもズブ濡れだったから最早雨宿りの意味は無いようにも思えたけど。
    こっそりと社の中を覗けば、中は案外広く奥に台座らしきものが見えた。

    「一松、中で少し休ませてもらおうよ。」
    「勝手に入って化け物に襲われたりしないかな。」
    「おい!怖い事言うなって!」
    「冗談だよ、行こう。」

    見たところ誰もいないし、と中へ入らせてもらった。
    社の中は存外温かい。
    水を吸って重たくなってしまったパーカーを脱ごうかどうか悩んでいると、
    不意にチョロ松兄さんが背中に体重をかけてきた。
    背中越しにチョロ松兄さんの低めの体温を感じる。

    「ごめん、一松。」
    「…何が。」
    「偶には、恋人らしい事をしてみたかった。
     本当に、ただそれだけだったんだ。」
    「うん。」
    「こんな事になるなんて思ってなかったんだけどさ…、」
    「わかってるよ。」
    「ううん、そうじゃなくて。」
    「?」
    「鳥居をくぐるのはマズイって、何となく分かってたんだ。」
    「え、」
    「でも…何処かに迷い込んだら、
     このまま一松のことを連れ去ることが出来るんじゃないかって、そう思って…。」
    「チョロ松兄さん」
    「もしかしたら、誰にも邪魔されない処へ一松を独り占めできるんじゃないかって…。」
    「………。」
    「今の状態に、不満があるわけじゃないんだ。
     皆の目を盗んでお前と寄り添ってみたり、たまに出掛けたり…。
     でも何でかな、もっと一松と色んな事したいって思うのに、
     なんか、その…ちょっと怖くて。お前に拒絶されるのが。」

    背中越しに伝えられた、チョロ松兄さんの告白。
    まさか兄さんがそんな事を考えてくれていたなんて。
    僕みたいなクズを独占しようとしてくれて、もっと色んな事したいと思ってくれていたなんて
    分かっていたけどチョロ松兄さんも大概クズだ。
    そして、それを心底喜んでいる僕は矢張り救えないクズだった。
    付き合いを始めてからも特に代わり映えのなかった日々をほんの少し憂いていたのは、
    チョロ松兄さんも同じだったのかと思うと胸の奥が疼いて擽ったくて仕方なかった。
    とりあえず、兄さんが申し訳なく思うのはお門違いだし拒絶なんて絶対しない。
    それだけでも何とか伝えたいけれど。

    「ほんとごめん、
     こんな事に巻き込んで。」
    「…別にいいよ。
     むしろ、このままチョロ松兄さんと一生2人きりっていうのも、悪くないし。
     いっその事連れ去ってくれて、全然よかったのに。」
    「一松…。」
    「それに…チョロ松兄さんのこと、
     拒絶するなんて、絶対しない、から…。」
    「………ふふ。」

    ちゃんと伝わったのだろうか。
    わからないけど、それでも珍しく素直に胸中の言葉を吐き出す事が出来た僕は、
    振り向いてチョロ松兄さんの背中を抱き締めた。
    華奢というわけではないけれど、細い身体だ。
    チョロ松兄さんから漏れた溜息のような笑い声は何だったのか。
    自嘲のような、安堵のような、そんな色を含んでいたと思う。
    このまま無理やりこちらを向かせて兄さんの唇を奪ってやろうか。

    そんな事を考えていると、社の襖が開いた。
    驚いてそちらに目を向ければ、そこにいたのは先程の猫の花嫁行列で先陣を切っていた2匹の巫女姿の猫で。

    にゃ~ぉ

    一方は大中小の3つの杯を、一方はお神酒を手に一声鳴いて僕らに近付いてきた。
    巫女姿の猫の後に、白無垢姿の白猫と紋付袴のハチワレ猫が続く。
    白猫が僕の傍に、そしてハチワレ猫がチョロ松兄さんの傍に行儀よく座ると、僕らに向かってまた巫女姿の猫が鳴いた。

    「え、え?」
    「えーと…座れってこと?」

    よく分からないが、何となく巫女姿の猫…もうメンドイから巫女猫って呼ぼう、巫女猫の意図を汲んで
    チョロ松兄さんと向かい合うようにして正座しておいた。
    奇妙な猫に囲まれて、僕とチョロ松兄さんは何故か膝を突き合わせている形だ。
    すると今度は白猫が自身にさしていた小さな簪を僕の髪に引っ掛けた。
    ハチワレ猫もチョロ松兄さんのパーカーのポケットに何故か白扇子を突っ込んでいる。

    「え…待って、何?何なの?!」
    「…???」

    チョロ松兄さんが狼狽えている。
    そして僕もあまりのわけの分からなさに硬直状態だ。
    そんな僕らはお構い無しといった様子で、今度は杯を持った巫女猫が一番小さな杯をチョロ松兄さんに押し付ける。
    頭上にクエスチョンマークを大量に浮かべながらも、雰囲気に飲まれたのかチョロ松兄さんは杯を受け取った。
    すかさずお神酒を持った巫女猫が杯にそれを注ぐ。
    小さな杯に3回、次は中くらいの杯に3回お神酒が注がれ、
    一番大きな杯がチョロ松兄さんに手渡されたところでようやく僕らはハッとなった。

    あれ…これ、もしかして「三三九度」ってヤツでは?

    流石は六つ子というべきか、僕とチョロ松兄さんがそれに気付いたのは同時だったらしい。
    僕らは一体何をやらされているのか気付いてしまった。
    向かい合って正座するチョロ松兄さんと目が合った。
    兄さんの顔は真っ赤で、でもどこかこのまま事が進むことを期待している目をしていて、
    多分、僕も全く同じ目をしているのだろう。
    大きな杯でも3回お神酒を飲み干せば、どこからともなく聞こえてきた神楽に合わせて巫女猫が舞い始めた。

    これではまるで、
    まるで、僕とチョロ松兄さんが神前式をしているみたいだ。

    その後も、榊を手渡されて玉串奉奠の真似事をさせられ
    斎主らしき猫が祝詞らしきものを読み上げて(ほとんど「にゃー」だったけど)
    猫と一緒にままごとのような挙式は滞りなく進んでいく。
    ままごとだと分かっていても、この結婚式は僕の気持ちをひどく高揚させた。
    チョロ松兄さんと兄弟である限り、決して叶うことのないものが今ここで実現している。
    たとえ真似事であっても、身に余る幸福だと、本気でそう思ったから。

    「…一松。」
    「チョロ松、兄さん…。」

    熱に浮かされたような顔で、頬を染めて瞳を微かに潤ませて僕を見るチョロ松兄さんが、あまりに優しく呼ぶものだから、
    いろんな感情が綯交ぜになって、どうにも涙が止まらなかったのは、きっと仕方の無い事だったのだ。

    ーーー

    気付けば小さな島の入口に戻って来ていた。
    目の前には朝来た海岸へ続く波間の道が浮かび上がっている。
    あんなに雨に打たれてズブ濡れだったはずなのに、服も髪もちっとも濡れてはいなくて
    一体どの位あの異質な空間にいたのか、日はどっぷりと暮れていて辺りは真っ暗だった。

    どうやってあの社を後にしたのかはよく覚えていない。
    ひょっとして僕の見た白昼夢だったんじゃないかと思える程、現実離れした出来事だったのだけど
    僕の髪には白無垢の猫が引っ掛けた小さな簪が確かに残っていて、
    チョロ松兄さんのポケットにも白扇子が残されていて、
    猫の花嫁行列を見てその後何故か僕とチョロ松兄さんが流されるまま婚姻の儀を交わしたのは現実に起こった事なのだろう。

    「…一松。」
    「うん。」
    「本当は、あの場で言えたらよかったんだけど、」
    「うん、」
    「僕ら…世間一般には到底許されないし、胸張って外を歩けない関係だけどさ。」
    「うん。」
    「でも、僕は一松の事を手放す気はないんだ。」
    「…僕も、チョロ松兄さんから離れてやる気なんて、さらさら無いよ。」
    「うん、だからさ、一松。

     あの場所で契った通り、ずっと一緒にいてね。」
    「うん。」
    「絶対逃がさないから。」
    「ん。こっちだってそのつもり。」
    「…好きだよ。」
    「うん……僕も、好きだよ。」

    世界から切り離されたような小さな島で、誓い合うように口付けを交わした。

    「…帰ろうか。」
    「…そうだね。」

    波間に浮かぶ道をまた手を繋いで渡った。
    振り向いてみても、もうそこには鳥居なんて存在していなかった。
    あれは何だったのだろう。

    「ここのジンクスも、ただの噂じゃないのかもね。」
    「え?」
    「猫の花嫁行列を見て、なんとなく思ったんだ。
     …一松と神前式をしてるって気付いた時は
     僕の邪な願望が現実になったのかと思ったけど…
     あの猫達はさ、多分だけど僕らの他にも今までああやって
     悩める恋人達を巻き込んできたんじゃないかなーって。」
    「なるほどね…。」

    関係に思い悩む恋人達を巻き込んで、ままごとの結婚式をさせる猫達、か。
    冷静に考えてみるとなかなか笑える話ではあるのだけど、
    猫達のお蔭で少しだけ僕の心も救われた気がしているのも確かで。
    猫達はああやって、小難しく考えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいに肩の力を抜けさせて、
    突然三三九度をさせて、そして最後には笑わせてきたのかな、なんて思うと妙に納得出来てしまった。
    「手を繋いで渡ったカップルは幸せになれる」だなんておまじないも今なら信じられる気がする。
    隣を歩く兄さんも、その表情は朝よりも幾分晴れやかで穏やかに見えた。

    すっかり暗くなった海岸沿いの道を歩き、終電間際の電車に滑り込み
    ようやく最寄りの駅まで帰ってきたのは日付が変わって数十分が過ぎた頃だった。
    駅の改札口を抜け、駅前の大通りに出たところで聞き覚えのある声が響いた。

    「あぁーーーっ!こんな所にいたぁ!!」
    「あれ、トッティ?」
    「え、何どうしたの?こんな夜遅くに。」
    「ハアァ?!
     こっちの台詞なんだけど!
     どんだけ2人のこと探したと思ってんの?!」

    「「……???」」

    駅前の大通りでバッタリ出会った末弟は何故か分からないが怒り狂っている。
    僕とチョロ松兄さんが顔を見合わせて揃って首を傾げている間に、
    トド松はスマホを素早く操作して誰かに連絡を取っている様子だった。
    とりあえず家路につきながらトド松から話を聞いてみれば、僕とチョロ松兄さんが朝から姿が見えないし
    連絡がつかないしで他の兄弟は心配して探し回っていたらしい。
    いや、成人男性だよ?1日くらい家空けてそんなに心配する?
    …と思ったら、他の兄弟達の間で僕とチョロ松兄さんが駆け落ちしたんじゃないかとか、
    もしかしたら心中したんじゃないかという疑惑が持ち上がっていたらしい。
    なんだそれ。
    いや、確かに途中駆け落ちっぽい感じにはなったけども。
    そもそも僕もチョロ松兄さんもそんな気1ミリたりとも持ち合わせていないのだから
    プリプリという効果音が付きそうな感じにあざとく憤りながら捲し立てる末弟の話に
    僕とチョロ松兄さんはキョトンと顔を見合わせるしかなかった。
    程なくしてトド松から連絡を受けたのだろう長男次男五男も駆けつけてきた。
    何を馬鹿なことを、と鼻で笑ってやろうかと思ったけど
    額に汗を滲ませて息を切らしている長兄2人と、今にも泣き出しそうな顔をしている末2人を見たら
    さすがにクズな僕でもそれは憚られた。
    僕とチョロ松兄さんが駆け落ちしたと本気で思って、
    そして必死に探してくれていただろう事が分かって、何とも言えない気持ちになる。
    割と真剣に駆け落ちまたは心中疑惑が持ち上がっていたということは、
    僕とチョロ松兄さんの関係が少なくとも兄弟には勘づかれていたという事だ。
    マジかよ、いつから気付かれていたんだろう。

    「あーーもーー何だよーーーー!!
     出掛けるなら一言くれよ!
     割とマジで探しちゃったじゃねーかぁ~!!」
    「フッ…まったくイタズラな子猫ちゃん達だぜ…。
     まぁ、何事もなくて良かった。」
    「にーさん達おかえりー!!」
    「あーあ、もぉ~!僕の労力返してよね!
     今日女の子と遊ぶ約束キャンセルしたんだから!」

    「ねぇ…本気で僕と一松が駆け落ちしたと思ったの?」
    「いや、だってさ…。」

    チョロ松兄さんの問いに珍しくおそ松兄さんが口ごもる。
    クソ松も十四松もトド松も気まずそうに視線を宙に彷徨わせていた。
    あれ…そんなにみんなに迷惑掛けてたかな。
    隣を歩くチョロ松兄さんも小首を傾げている。

    「だってさぁ…お前ら偶に2人でくっ付いてると思ったら、
     チョロ松にしろ一松にしろ、すげー思い詰めた顔してるんだもん。」
    「え…。」
    「なんとなく、お前らの関係は理解してたつもりなんだけどさ。
     何も言ってこないし、そのうち打ち明けてくれるかな~
     なんて待ってみたりしたんだけどさ
     チョロ松も一松も何も相談してくんねーし、
     そのクセ揃って眉間のシワ増やしてくし…。」
    「そうだった…?」
    「そーだよ!
     んで、思い詰めすぎて今日ついに出て行っちまったのかって思った。」
    「チョロ松も一松も、何かと考え過ぎる傾向があるからな。」
    「ちょっと焦った!!」
    「ほんと人騒がせだよね!」

    眉間に皺が寄るまで、しかも他の兄弟に心配をかける程に思い詰めていたのだろうか。
    少し申し訳なく思うと同時に、僕とチョロ松兄さんのこんな歪な関係が明らかになっても
    何一つ態度を変えない兄弟が有難かった。
    今日何度目になるのか、またチョロ松兄さんと顔を見合わせる。
    そしてチョロ松兄さんは兄弟を見渡して、

    「プッ…ふふ…あっはははは!」

    心底可笑しそうに笑い出した。
    何もかも吹っ切れたような晴れやかな笑い顔に、僕も思わず釣られて吹き出した。

    「ちょっ、そこまで笑う?!
     お兄ちゃん結構マジメに心配したのに!」
    「ご、ごめっ、ふは、ははは!」

    やたらと明るく笑い出したチョロ松兄さんに、おそ松兄さんは呆れたように笑って
    クソ松は少しホッとしたような顔をして
    十四松は兄さんに釣られて笑いだし
    トド松は「何笑ってんの?!」と文句を言いながらも肩の力は抜け切っていた。
    ふと、幸せだな、と思った。
    誰にも、血を分けた兄弟達にさえ言えずに、怯えながら息を潜めるようにして寄り添うよりも
    こうして兄弟に認めてもらって大きく深呼吸出来たこの瞬間が
    幸せだな、と感じた。
    あのおまじないは、本当に効果があるのかも…いや、猫達のお蔭?

    「まぁでも取り越し苦労でよかったわ。」
    「なんか、ごめん?」
    「…サーセンした。」
    「フッ…気にするなブラザー!」
    「黙れクソ松。」
    「何で?!」
    「どーでもいいけどさ、
     一松兄さん、クソ童貞ライジングシコ松兄さんのどこがいいわけ?
     シコ松兄さんも脱糞未遂闇ゼロノーマル猫松兄さんのどこが気に入ってるわけ?」
    「よし、そこに直れトッティ。」
    「よし、歯ぁ食いしばれトッティ。」
    「ナニナニ?やきう?!」
    「違うからね十四松兄さ…ぎゃあああ痛い痛いっ!!」

    「なあ、ところでさ、お前ら何処行ってたんだ?」

    仲良く末弟虐めに勤しみ始めた僕らに、おそ松兄さんが尋ねた。
    胸中に絡み付いていたしがらみを一つ残らず取り払い、
    何もかも吹っ切れたような実に晴れやかな表情のチョロ松兄さんから次に発せられた言葉に、
    長兄2人と末2人は目を点にし、僕は耳まで顔を赤くする羽目になった。

    おい、吹っ切れ過ぎだろ三男。
    もう普通に好き…!

    「ちょっと一松と結婚式挙げてきた。」

    Fin.

    ────────

    【後書き(読む必要ありません)】

    この度は「年中ジューンブライド企画」なる素敵な企画に参加させていただきました。
    企画物の作品を投稿するのは初めてなもので本気でgkbrしてます。
    …こ、これちゃんと企画に沿ってるかな(マジで不安)
    「三男と四男の言葉遊び」と同じ世界線をイメージしています。

    ところで、年中2人が出かけた「手を繋いで渡ったカップルは幸せになれる」という海ですが
    モデルにした場所はありますがもちろん場所もジンクスも架空のものです。
    あと、お猫様の花嫁行列とかも猫の嫁入りももちろん架空のものです。
    本当はイッチに白無垢着て欲しかったけど、チョロちゃんにも白無垢着てほしいし
    どうしようかと思った挙句お猫様に着せるという謎の結末に落ち着きました。
    あまりジューンブライドになってなくてマジでごめんなさい。
    一応、作品テーマが「結婚」「花嫁」なのでギリセーフかな、と信じては…います(小声)

    最後に、この素敵な企画を立てて下さった主催様には
    厚く御礼申し上げます。


    2016/6/3
    #BL松 #チョロ一 #チョロ松 #一松 ##チョロ松と一松の話

    チョロ松兄さんと僕が同性という枠を、そして一卵性の兄弟という枠すらも飛び越えて
    所謂「恋人同士」という関係になったのは、少し前のことだ。
    一体どんな経緯でこんな異常とも言える関係に落ち着いたのかは、また別の機会に語るとして。
    兎も角、それ以来僕らはお付き合いを続けている。
    ただ、お付き合いと言っても別段いつもの日常に何ら変わったことはなかった。
    親にも兄弟にも未だ打ち明けられていないのだ。
    (ひょっとして兄弟は、特におそ松兄さんあたりは勘づいているかもしれないが。)
    家に誰もいない隙を見て寄り添ってみたり、少しだけ唇を重ねてみたり、
    偶に2人で出掛けて、デート気分を味わってみたり…。
    それだけだ。
    特に何が変わったわけでもない。
    もちろん、チョロ松兄さんとそれ以上の事をしたくないわけじゃない。
    でも、常識人を自称するチョロ松兄さんにとって、実の弟と恋人関係にあるなんて事実
    周囲には隠しておきたいだろうし元より末弟に負けず劣らずドライで体裁を気にする人だ。
    チョロ松兄さんは今以上の関係になる事は望んでいないのかもしれない。
    少しの寂しさはあるものの、それでも僕が望めば兄さんはちゃんと手を握り返してくれるし、
    兄さんの細長い指は僕なんかを撫でることも少しも厭わない。
    これ以上の高望みはしてはいけない。
    身の丈に合った、今の状態がきっと僕らにとって丁度いいのだろう。
    そう考えて日々を過ごしていた。

    チョロ松兄さんから「明日2人で出掛けよう」と誘われたのはその日の夕食後の事だった。
    他の兄弟の目を盗んでこっそりと伝えられた「デート」のお誘い。

    「出掛けるって…何処に?」
    「ちょっと遠出してみよう。
     行ってみたい場所があるんだ。
     明日は早起きしろよ?」
    「ん、わかった。」

    珍しい。
    今まで一緒に出掛けると言っても僕の猫の餌やりに付き合って近所の路地裏に行ったり、
    ちょっとした食事処だったり、公園だったり、その程度だったのに。
    2人で出掛けるなんて、いつ以来だろう。
    嬉しさのあまり気を抜くと頬が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えて、
    僕はその日心を踊らせながら眠りについた。

    ーーー

    次の日、まだ夢の中を漂う兄弟を起こさないように特注サイズの布団を抜け出し、チョロ松兄さんと共に家を出た。
    今日はいつものつっかけサンダルではなくちゃんとしたスニーカーだ。
    まぁ、パーカーはいつも通りだけども。
    チョロ松兄さんだっていつもの緑色のパーカーだし、構わないだろう。

    まだ日の昇りきらない静まり返った町を歩き、電車を乗り継いでやって来たのは海だった。

    少し向こうには島と言うには小さ過ぎるくらいに小さな島がポツンと浮かんでいる。
    そして、海岸から島へと一筋の道が浮かび上がるかのように伸びていた。
    どうやら此処は地元ではそこそこ有名な場所で、干潮時にだけこうして小さな島へと続く道が現れるそうだ。

    「手を繋いで島まで渡ったカップルは幸せになれるんだって。」
    「え…。」

    チョロ松兄さんの言葉に、僕はきょとんと目を丸くする。
    普段からリアリスト寄りの思考を持つ兄さんが、わざわざこんな縁結びスポットに僕を連れてくるなんて意外だった。
    そんな僕の考えが解ったのだろう、チョロ松兄さんはフイ、と顔を逸らした。
    少しだけ頬が紅く染まっている。

    「べ…別にいいだろ。
     偶には、その…こ、恋人、らしい事してみたって…。」
    「…………。」
    「せめて何か言って一松!
     いや、別に強制じゃないから!嫌なら渡らなくていいから!」
    「え…あ、い、行く!」

    ひたすら呆然とチョロ松兄さんを見ていたら、本格的に顔を赤くした兄さんが
    「嫌なら渡らなくていい」なんて言い出したから慌てて「行く」と応えた。
    少々声が上擦ってしまったのはきっと気のせいだ。
    それに、僕の返答にチョロ松兄さんが少し安心したように笑ってくれたから、少々の失態はもうどうでもよくなった。

    どうしよう、嬉しい。

    何て言ったらいいのか分からないけど、チョロ松兄さんとこうして恋人らしい事出来るのが、とても嬉しい。

    「…じゃ、行こうか。」
    「ん。」

    平日の朝という事もあって、周りに他の人はいない。
    兄さんの手をいつもより強めに握り締めれば、同じ強さで握り返された。
    繋いだ手はいつもより熱くて、2人して変に緊張してるのが笑える。
    波間に浮かぶ道を2人でゆっくりと渡った。
    小さな島に辿り着くまで、僕もチョロ松兄さんも無言で、砂浜を歩くサクサクとした足音と波音だけが辺りに響いていた。
    干潮時だけ現れる波間の道。
    なんだかバージンロードみたいだなんて、柄にもない事を思って慌ててかぶりを振った。
    手を繋いで島まで渡ったカップルは幸せになれる。
    …僕らにとっての幸せって何だろう。
    この秘密の関係を続けていくこと?
    それとも…。

    ついつい僕の頭は余計な事を考え始めそうになったけど、
    少し先を歩いていたチョロ松兄さんが立ち止まった事で、それは叶わなかった。
    僕もチョロ松兄さんに合わせて立ち止まる。

    「渡り切っちゃったね。」
    「幸せカップル誕生?」
    「さあ、どうだろ?
     …どう思う?」
    「ヒヒッ…さあね。」

    こんな子供騙しのおまじないであっても、普通の恋人同士なら
    ここで「これで幸せだね」と笑い合い絆を深める事が出来るのだろう。
    けど、誰がどう見ても普通じゃない僕らは、更に言うと兄弟の中でもとりわけ素直になれないツートップの僕らは、
    残念ながら純粋におまじないを信じるには捻くれ過ぎていた。
    こうして恋人同士らしい事をしてみても、僕もチョロ松兄さんも未来を信じられずにいる。
    それでも傍を離れる事が出来ないし、チョロ松兄さんがいなくなったら生きていけないなんて
    割と本気で思っているのだから、僕は本当に救えない。

    「折角だから、島を一回りしてみようか。」
    「…うん。」

    繋いだ手はそのままに、また歩き出した。
    島と呼べるのかどうかも分からない程小さな島だ。
    周囲をぐるりと一周するのに、5分も掛からなかった。
    大した物もなかったし、あっという間に元いた場所に戻ってきた。

    …と、そう思ったのだけど。

    「え…潮が満ちてる。」
    「嘘だろ?有り得ないだろこんな短時間で!!」

    一周して戻ってくると、僕達が渡ってきた波間の道が海の底に沈んでいた。
    もう満潮の時間になったのか?
    いや、先程までしっかりと道があったのだ。
    仮に満潮になったのだとしても、チョロ松兄さんが突っ込んでいる通りこんな短時間で突然道がなくなるなんて有り得ない。
    呆然とする僕らに追い討ちをかけるように、陽が射しているというのに今度は雨が降り出した。
    今日の天気は全国的に晴れて傘は要らないでしょう、とテレビのお天気キャスターが言っていたはずだけど。

    「とりあえず雨を凌げる場所を探そうか。」
    「そうだね…。」

    そうは言っても5分足らずで一周出来てしまう小さな島だ。
    雨をしのげるような場所なんてあるとは思えない。
    小さな島にチョロ松兄さんと2人きり。
    まるで僕らだけ世界から切り離されたような錯覚に陥りそうになる。
    また変な思考に沈みそうになったけど、チョロ松兄さんの素っ頓狂な声に現実に引き戻された。

    「あれ?こんな所に鳥居なんてあったっけ?
     渡ってきた時には気付かなかったなぁ。」
    「え…。」
    「ねえ、ちょっと行ってみようよ、一松。」
    「え、チョロ松兄さん…本気?」
    「しばらく潮は引かないだろうし、雨も降ってるし、此処にいても仕方ないだろ?」
    「そうだけど…。」

    チョロ松兄さんの言う通り、此処にいても雨に濡れるだけだ。
    でも、
    その目の前にある鳥居、この島に渡ってきた時は無かったはずだ。
    絶対無かった。
    誓って言える、絶対無かったよこんなの。
    「気付かなかった」なんて言ってるけどチョロ松兄さんだって気付いているはず。
    …なのに、何でかな?
    チョロ松兄さんときたら少年のように目を輝かせている。
    ちょっと待って、何で今このタイミングで昔のやんちゃだった頃の顔が表に出てきちゃったの兄さん?
    それ冒険してみたくてたまらない顔だね?
    普段の兄さんなら他の誰かが行こうとするのを止める役のはずなんだけど
    今はちょっとした例外処理が発生中らしい。
    そして目を輝かせて何だかウズウズしているチョロ松兄さんの事を可愛い、なんて思ってしまった僕には
    多分拒否権なんて無いのだろう。

    「…危険だと思ったら、すぐに引き返してよ?」
    「分かってるよ。
     大丈夫、一松の事は僕が守るから。」
    「え……う、うん。」

    急にさらりと言わないでほしい。
    自覚があるのかないのか、チョロ松兄さんは偶にこういう事を言うから困る。
    そんなわけで、僕らは目の前に立つ鳥居をくぐり抜けた。

    ーーー

    鳥居を抜けた先は、石畳が続いていた。
    随分と奥まで続くそれは、明らかに小さな島では尺が足りない長さで、
    どういうワケか僕らが何処か別世界に迷い込んでしまった事は決定事項なのだろう。
    多分だけど、あの鳥居が入り口だったのではないだろうか。
    一体何処に迷い込んだのか、無事に元の世界へ戻る事は出来るのか。
    色々思ったけど、僕が真っ先に考えたのは、
    チョロ松兄さんと2人で異世界に迷い込んだのなら、ずっと帰れないままでもいいかもしれない。
    というものだった。
    だって、そうだろう。
    僕らの暮らす世界とは何処か別の世界線。
    きっと僕とチョロ松兄さんを知ってる人なんて存在しない。
    元の世界に居ても、どうせ今の関係以上の事が望めないのなら、いっその事2人きりで遠い場所へ行くのも、
    はたまた閉じ込められてやがて地獄に堕ちるのもいいかもしれない。
    このまま此処から出られなくても、チョロ松兄さんと一緒ならそれでいいかな、なんて思ってしまう。
    つまりはこれって何だろう。
    意図せずともチョロ松兄さんと駆け落ちみたいな事をしたことになるのだろうか。
    石畳を歩きながら、そんな事を考えた。
    チョロ松兄さんも黙ったままだから、僕の歪んだ思考回路もグルグルとクズな思考を続けている。

    やがて沈黙を破ったのは、チョロ松兄さんの方だった。

    「一松、何か聞こえない?」
    「…聞こえるって、何が?」
    「ほら、鈴の音とか…それに、何か近づいてくるような…。」

    言われて耳をすませると、確かに小さく鈴の音がした。
    それはどんどんこちらに近づいている。
    近づいてくるにつれて、鈴の音だけでなく雅楽のような音も聞こえてきた。
    じっと音のする方へと目を凝らしていると、やがてこちらにゆっくりと近づいてくる影が見えた。

    響き渡る雅楽の音、
    色鮮やかな紅い番傘、
    先頭を歩く白い狩衣を来た者、巫女、そして白無垢と紋付袴、
    その後ろに続く和装の行列。
    これって…

    「花嫁行列…?」

    こんな所で誰かが結婚式を挙げているのか?
    それだけでも十分な驚きだったのだが、次に僕らが気付いた事実は
    そんな事どうでもよくなるくらい衝撃だった。

    「待って…この花嫁行列、人じゃない…。」
    「え、ま、まさか…。」
    「あれ…猫?」
    「猫?!」

    行列がすぐ近くまで迫ってきた。
    二本足で悠々と歩く花嫁行列の御一行様は、見れば見る程確かに猫だった。
    茶トラにキジトラ、ブチ、ミケ…実に様々な種々の猫達が花嫁行列を彩っている。
    え、何で猫?
    猫ってこんな厳かな挙式するの?
    呆然と立ち竦む僕とチョロ松兄さんを見向きもせず、猫の花嫁行列は僕らを素通りして石畳を更に奥へと進んでいく。
    紋付袴の新郎はハチワレ猫で、白無垢の新婦は白猫だった。
    新婦の白猫が、通り過ぎさまに一瞬僕らを見て、微かに笑った気がした。

    やがて行列が通り過ぎ、その姿が見えなくなった頃、

    「はあぁぁぁ?!
     何で猫?!
     百歩譲って…、いや、一万歩くらい譲って狐なら分かるよ?分かんないけど!
     今ちょうど天気雨だし、狐の嫁入りならまだ納得出来るよワケ分かんないけども!!
     でも猫って何?!何で猫?!?」
    「さあ…?」

    我に返ったチョロ松兄さんが一気に捲し立てた。
    言いたいことは分かるけど、猫と仲が良いと自負している僕も流石にそこは分からない。
    確かに今みたいな天気雨の事を「狐の嫁入り」と言ったりするから
    狐ならまだ理解しようと思えば出来たかもしれないが
    「猫の嫁入り」は聞いたことがない。

    「あの猫達…何処に向かったんだろうね。」
    「この先に行ったみたいだし、追いかけてみる?」
    「うん。」

    もうこの際考えるのは止めよう。
    異空間だか別世界だか知らないが、猫の花嫁行列が通り過ぎたってことは此処はひょっとして猫の王国なんじゃないの?
    そしたら天国万々歳だ。
    そんな頭の悪そうな事を考えながら行列が進んで行った石畳を辿ると、
    やがて古びた社にたどり着いた。
    どうやらここで行き止まりのようだ。
    とりあえず、ようやく屋根のある所に来れたので社の軒先で雨宿りをさせてもらうことにした。
    天気雨に打たれて、僕もチョロ松兄さんもズブ濡れだったから最早雨宿りの意味は無いようにも思えたけど。
    こっそりと社の中を覗けば、中は案外広く奥に台座らしきものが見えた。

    「一松、中で少し休ませてもらおうよ。」
    「勝手に入って化け物に襲われたりしないかな。」
    「おい!怖い事言うなって!」
    「冗談だよ、行こう。」

    見たところ誰もいないし、と中へ入らせてもらった。
    社の中は存外温かい。
    水を吸って重たくなってしまったパーカーを脱ごうかどうか悩んでいると、
    不意にチョロ松兄さんが背中に体重をかけてきた。
    背中越しにチョロ松兄さんの低めの体温を感じる。

    「ごめん、一松。」
    「…何が。」
    「偶には、恋人らしい事をしてみたかった。
     本当に、ただそれだけだったんだ。」
    「うん。」
    「こんな事になるなんて思ってなかったんだけどさ…、」
    「わかってるよ。」
    「ううん、そうじゃなくて。」
    「?」
    「鳥居をくぐるのはマズイって、何となく分かってたんだ。」
    「え、」
    「でも…何処かに迷い込んだら、
     このまま一松のことを連れ去ることが出来るんじゃないかって、そう思って…。」
    「チョロ松兄さん」
    「もしかしたら、誰にも邪魔されない処へ一松を独り占めできるんじゃないかって…。」
    「………。」
    「今の状態に、不満があるわけじゃないんだ。
     皆の目を盗んでお前と寄り添ってみたり、たまに出掛けたり…。
     でも何でかな、もっと一松と色んな事したいって思うのに、
     なんか、その…ちょっと怖くて。お前に拒絶されるのが。」

    背中越しに伝えられた、チョロ松兄さんの告白。
    まさか兄さんがそんな事を考えてくれていたなんて。
    僕みたいなクズを独占しようとしてくれて、もっと色んな事したいと思ってくれていたなんて
    分かっていたけどチョロ松兄さんも大概クズだ。
    そして、それを心底喜んでいる僕は矢張り救えないクズだった。
    付き合いを始めてからも特に代わり映えのなかった日々をほんの少し憂いていたのは、
    チョロ松兄さんも同じだったのかと思うと胸の奥が疼いて擽ったくて仕方なかった。
    とりあえず、兄さんが申し訳なく思うのはお門違いだし拒絶なんて絶対しない。
    それだけでも何とか伝えたいけれど。

    「ほんとごめん、
     こんな事に巻き込んで。」
    「…別にいいよ。
     むしろ、このままチョロ松兄さんと一生2人きりっていうのも、悪くないし。
     いっその事連れ去ってくれて、全然よかったのに。」
    「一松…。」
    「それに…チョロ松兄さんのこと、
     拒絶するなんて、絶対しない、から…。」
    「………ふふ。」

    ちゃんと伝わったのだろうか。
    わからないけど、それでも珍しく素直に胸中の言葉を吐き出す事が出来た僕は、
    振り向いてチョロ松兄さんの背中を抱き締めた。
    華奢というわけではないけれど、細い身体だ。
    チョロ松兄さんから漏れた溜息のような笑い声は何だったのか。
    自嘲のような、安堵のような、そんな色を含んでいたと思う。
    このまま無理やりこちらを向かせて兄さんの唇を奪ってやろうか。

    そんな事を考えていると、社の襖が開いた。
    驚いてそちらに目を向ければ、そこにいたのは先程の猫の花嫁行列で先陣を切っていた2匹の巫女姿の猫で。

    にゃ~ぉ

    一方は大中小の3つの杯を、一方はお神酒を手に一声鳴いて僕らに近付いてきた。
    巫女姿の猫の後に、白無垢姿の白猫と紋付袴のハチワレ猫が続く。
    白猫が僕の傍に、そしてハチワレ猫がチョロ松兄さんの傍に行儀よく座ると、僕らに向かってまた巫女姿の猫が鳴いた。

    「え、え?」
    「えーと…座れってこと?」

    よく分からないが、何となく巫女姿の猫…もうメンドイから巫女猫って呼ぼう、巫女猫の意図を汲んで
    チョロ松兄さんと向かい合うようにして正座しておいた。
    奇妙な猫に囲まれて、僕とチョロ松兄さんは何故か膝を突き合わせている形だ。
    すると今度は白猫が自身にさしていた小さな簪を僕の髪に引っ掛けた。
    ハチワレ猫もチョロ松兄さんのパーカーのポケットに何故か白扇子を突っ込んでいる。

    「え…待って、何?何なの?!」
    「…???」

    チョロ松兄さんが狼狽えている。
    そして僕もあまりのわけの分からなさに硬直状態だ。
    そんな僕らはお構い無しといった様子で、今度は杯を持った巫女猫が一番小さな杯をチョロ松兄さんに押し付ける。
    頭上にクエスチョンマークを大量に浮かべながらも、雰囲気に飲まれたのかチョロ松兄さんは杯を受け取った。
    すかさずお神酒を持った巫女猫が杯にそれを注ぐ。
    小さな杯に3回、次は中くらいの杯に3回お神酒が注がれ、
    一番大きな杯がチョロ松兄さんに手渡されたところでようやく僕らはハッとなった。

    あれ…これ、もしかして「三三九度」ってヤツでは?

    流石は六つ子というべきか、僕とチョロ松兄さんがそれに気付いたのは同時だったらしい。
    僕らは一体何をやらされているのか気付いてしまった。
    向かい合って正座するチョロ松兄さんと目が合った。
    兄さんの顔は真っ赤で、でもどこかこのまま事が進むことを期待している目をしていて、
    多分、僕も全く同じ目をしているのだろう。
    大きな杯でも3回お神酒を飲み干せば、どこからともなく聞こえてきた神楽に合わせて巫女猫が舞い始めた。

    これではまるで、
    まるで、僕とチョロ松兄さんが神前式をしているみたいだ。

    その後も、榊を手渡されて玉串奉奠の真似事をさせられ
    斎主らしき猫が祝詞らしきものを読み上げて(ほとんど「にゃー」だったけど)
    猫と一緒にままごとのような挙式は滞りなく進んでいく。
    ままごとだと分かっていても、この結婚式は僕の気持ちをひどく高揚させた。
    チョロ松兄さんと兄弟である限り、決して叶うことのないものが今ここで実現している。
    たとえ真似事であっても、身に余る幸福だと、本気でそう思ったから。

    「…一松。」
    「チョロ松、兄さん…。」

    熱に浮かされたような顔で、頬を染めて瞳を微かに潤ませて僕を見るチョロ松兄さんが、あまりに優しく呼ぶものだから、
    いろんな感情が綯交ぜになって、どうにも涙が止まらなかったのは、きっと仕方の無い事だったのだ。

    ーーー

    気付けば小さな島の入口に戻って来ていた。
    目の前には朝来た海岸へ続く波間の道が浮かび上がっている。
    あんなに雨に打たれてズブ濡れだったはずなのに、服も髪もちっとも濡れてはいなくて
    一体どの位あの異質な空間にいたのか、日はどっぷりと暮れていて辺りは真っ暗だった。

    どうやってあの社を後にしたのかはよく覚えていない。
    ひょっとして僕の見た白昼夢だったんじゃないかと思える程、現実離れした出来事だったのだけど
    僕の髪には白無垢の猫が引っ掛けた小さな簪が確かに残っていて、
    チョロ松兄さんのポケットにも白扇子が残されていて、
    猫の花嫁行列を見てその後何故か僕とチョロ松兄さんが流されるまま婚姻の儀を交わしたのは現実に起こった事なのだろう。

    「…一松。」
    「うん。」
    「本当は、あの場で言えたらよかったんだけど、」
    「うん、」
    「僕ら…世間一般には到底許されないし、胸張って外を歩けない関係だけどさ。」
    「うん。」
    「でも、僕は一松の事を手放す気はないんだ。」
    「…僕も、チョロ松兄さんから離れてやる気なんて、さらさら無いよ。」
    「うん、だからさ、一松。

     あの場所で契った通り、ずっと一緒にいてね。」
    「うん。」
    「絶対逃がさないから。」
    「ん。こっちだってそのつもり。」
    「…好きだよ。」
    「うん……僕も、好きだよ。」

    世界から切り離されたような小さな島で、誓い合うように口付けを交わした。

    「…帰ろうか。」
    「…そうだね。」

    波間に浮かぶ道をまた手を繋いで渡った。
    振り向いてみても、もうそこには鳥居なんて存在していなかった。
    あれは何だったのだろう。

    「ここのジンクスも、ただの噂じゃないのかもね。」
    「え?」
    「猫の花嫁行列を見て、なんとなく思ったんだ。
     …一松と神前式をしてるって気付いた時は
     僕の邪な願望が現実になったのかと思ったけど…
     あの猫達はさ、多分だけど僕らの他にも今までああやって
     悩める恋人達を巻き込んできたんじゃないかなーって。」
    「なるほどね…。」

    関係に思い悩む恋人達を巻き込んで、ままごとの結婚式をさせる猫達、か。
    冷静に考えてみるとなかなか笑える話ではあるのだけど、
    猫達のお蔭で少しだけ僕の心も救われた気がしているのも確かで。
    猫達はああやって、小難しく考えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいに肩の力を抜けさせて、
    突然三三九度をさせて、そして最後には笑わせてきたのかな、なんて思うと妙に納得出来てしまった。
    「手を繋いで渡ったカップルは幸せになれる」だなんておまじないも今なら信じられる気がする。
    隣を歩く兄さんも、その表情は朝よりも幾分晴れやかで穏やかに見えた。

    すっかり暗くなった海岸沿いの道を歩き、終電間際の電車に滑り込み
    ようやく最寄りの駅まで帰ってきたのは日付が変わって数十分が過ぎた頃だった。
    駅の改札口を抜け、駅前の大通りに出たところで聞き覚えのある声が響いた。

    「あぁーーーっ!こんな所にいたぁ!!」
    「あれ、トッティ?」
    「え、何どうしたの?こんな夜遅くに。」
    「ハアァ?!
     こっちの台詞なんだけど!
     どんだけ2人のこと探したと思ってんの?!」

    「「……???」」

    駅前の大通りでバッタリ出会った末弟は何故か分からないが怒り狂っている。
    僕とチョロ松兄さんが顔を見合わせて揃って首を傾げている間に、
    トド松はスマホを素早く操作して誰かに連絡を取っている様子だった。
    とりあえず家路につきながらトド松から話を聞いてみれば、僕とチョロ松兄さんが朝から姿が見えないし
    連絡がつかないしで他の兄弟は心配して探し回っていたらしい。
    いや、成人男性だよ?1日くらい家空けてそんなに心配する?
    …と思ったら、他の兄弟達の間で僕とチョロ松兄さんが駆け落ちしたんじゃないかとか、
    もしかしたら心中したんじゃないかという疑惑が持ち上がっていたらしい。
    なんだそれ。
    いや、確かに途中駆け落ちっぽい感じにはなったけども。
    そもそも僕もチョロ松兄さんもそんな気1ミリたりとも持ち合わせていないのだから
    プリプリという効果音が付きそうな感じにあざとく憤りながら捲し立てる末弟の話に
    僕とチョロ松兄さんはキョトンと顔を見合わせるしかなかった。
    程なくしてトド松から連絡を受けたのだろう長男次男五男も駆けつけてきた。
    何を馬鹿なことを、と鼻で笑ってやろうかと思ったけど
    額に汗を滲ませて息を切らしている長兄2人と、今にも泣き出しそうな顔をしている末2人を見たら
    さすがにクズな僕でもそれは憚られた。
    僕とチョロ松兄さんが駆け落ちしたと本気で思って、
    そして必死に探してくれていただろう事が分かって、何とも言えない気持ちになる。
    割と真剣に駆け落ちまたは心中疑惑が持ち上がっていたということは、
    僕とチョロ松兄さんの関係が少なくとも兄弟には勘づかれていたという事だ。
    マジかよ、いつから気付かれていたんだろう。

    「あーーもーー何だよーーーー!!
     出掛けるなら一言くれよ!
     割とマジで探しちゃったじゃねーかぁ~!!」
    「フッ…まったくイタズラな子猫ちゃん達だぜ…。
     まぁ、何事もなくて良かった。」
    「にーさん達おかえりー!!」
    「あーあ、もぉ~!僕の労力返してよね!
     今日女の子と遊ぶ約束キャンセルしたんだから!」

    「ねぇ…本気で僕と一松が駆け落ちしたと思ったの?」
    「いや、だってさ…。」

    チョロ松兄さんの問いに珍しくおそ松兄さんが口ごもる。
    クソ松も十四松もトド松も気まずそうに視線を宙に彷徨わせていた。
    あれ…そんなにみんなに迷惑掛けてたかな。
    隣を歩くチョロ松兄さんも小首を傾げている。

    「だってさぁ…お前ら偶に2人でくっ付いてると思ったら、
     チョロ松にしろ一松にしろ、すげー思い詰めた顔してるんだもん。」
    「え…。」
    「なんとなく、お前らの関係は理解してたつもりなんだけどさ。
     何も言ってこないし、そのうち打ち明けてくれるかな~
     なんて待ってみたりしたんだけどさ
     チョロ松も一松も何も相談してくんねーし、
     そのクセ揃って眉間のシワ増やしてくし…。」
    「そうだった…?」
    「そーだよ!
     んで、思い詰めすぎて今日ついに出て行っちまったのかって思った。」
    「チョロ松も一松も、何かと考え過ぎる傾向があるからな。」
    「ちょっと焦った!!」
    「ほんと人騒がせだよね!」

    眉間に皺が寄るまで、しかも他の兄弟に心配をかける程に思い詰めていたのだろうか。
    少し申し訳なく思うと同時に、僕とチョロ松兄さんのこんな歪な関係が明らかになっても
    何一つ態度を変えない兄弟が有難かった。
    今日何度目になるのか、またチョロ松兄さんと顔を見合わせる。
    そしてチョロ松兄さんは兄弟を見渡して、

    「プッ…ふふ…あっはははは!」

    心底可笑しそうに笑い出した。
    何もかも吹っ切れたような晴れやかな笑い顔に、僕も思わず釣られて吹き出した。

    「ちょっ、そこまで笑う?!
     お兄ちゃん結構マジメに心配したのに!」
    「ご、ごめっ、ふは、ははは!」

    やたらと明るく笑い出したチョロ松兄さんに、おそ松兄さんは呆れたように笑って
    クソ松は少しホッとしたような顔をして
    十四松は兄さんに釣られて笑いだし
    トド松は「何笑ってんの?!」と文句を言いながらも肩の力は抜け切っていた。
    ふと、幸せだな、と思った。
    誰にも、血を分けた兄弟達にさえ言えずに、怯えながら息を潜めるようにして寄り添うよりも
    こうして兄弟に認めてもらって大きく深呼吸出来たこの瞬間が
    幸せだな、と感じた。
    あのおまじないは、本当に効果があるのかも…いや、猫達のお蔭?

    「まぁでも取り越し苦労でよかったわ。」
    「なんか、ごめん?」
    「…サーセンした。」
    「フッ…気にするなブラザー!」
    「黙れクソ松。」
    「何で?!」
    「どーでもいいけどさ、
     一松兄さん、クソ童貞ライジングシコ松兄さんのどこがいいわけ?
     シコ松兄さんも脱糞未遂闇ゼロノーマル猫松兄さんのどこが気に入ってるわけ?」
    「よし、そこに直れトッティ。」
    「よし、歯ぁ食いしばれトッティ。」
    「ナニナニ?やきう?!」
    「違うからね十四松兄さ…ぎゃあああ痛い痛いっ!!」

    「なあ、ところでさ、お前ら何処行ってたんだ?」

    仲良く末弟虐めに勤しみ始めた僕らに、おそ松兄さんが尋ねた。
    胸中に絡み付いていたしがらみを一つ残らず取り払い、
    何もかも吹っ切れたような実に晴れやかな表情のチョロ松兄さんから次に発せられた言葉に、
    長兄2人と末2人は目を点にし、僕は耳まで顔を赤くする羽目になった。

    おい、吹っ切れ過ぎだろ三男。
    もう普通に好き…!

    「ちょっと一松と結婚式挙げてきた。」

    Fin.

    ────────

    【後書き(読む必要ありません)】

    この度は「年中ジューンブライド企画」なる素敵な企画に参加させていただきました。
    企画物の作品を投稿するのは初めてなもので本気でgkbrしてます。
    …こ、これちゃんと企画に沿ってるかな(マジで不安)
    「三男と四男の言葉遊び」と同じ世界線をイメージしています。

    ところで、年中2人が出かけた「手を繋いで渡ったカップルは幸せになれる」という海ですが
    モデルにした場所はありますがもちろん場所もジンクスも架空のものです。
    あと、お猫様の花嫁行列とかも猫の嫁入りももちろん架空のものです。
    本当はイッチに白無垢着て欲しかったけど、チョロちゃんにも白無垢着てほしいし
    どうしようかと思った挙句お猫様に着せるという謎の結末に落ち着きました。
    あまりジューンブライドになってなくてマジでごめんなさい。
    一応、作品テーマが「結婚」「花嫁」なのでギリセーフかな、と信じては…います(小声)

    最後に、この素敵な企画を立てて下さった主催様には
    厚く御礼申し上げます。


    2016/6/3
    焼きナス
  • 三男と四男がLINEしてる #おそ松さん #年中松 #チョロ松 #一松 ##チョロ松と一松の話

    ご注意
    ・年中松のLINE風味
    ・年中松がgdgd駄弁ってるだけ
    ・wとか大量発生してる
    ・ちょっと下品な部分も有
    ・LINEアカウント乗っ取りネタ
    ・次男がかわいそう
    ・キャラ崩壊

    なんでも許せる方はどうぞ読んでやってください。





    一松:チョロ松兄さん

    一松:ちょっと聞いて

    チョロ松:何?

    一松:クソ松のLINEアカウントが乗っ取られたっぽいんだけどwwwww

    チョロ松:は?!!

    チョロ松:何それマジで?

    一松:現在同時進行でハッカーさんと会話中なうwww

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    カラ松:何してますか?忙しいですか?手伝ってもらってもいいですか?

    一松:は?

    カラ松:近くのコンビニエンスストアでweb moneyのプリペイドカード買うのを手伝ってもらえますか?

    一松:いや、何?

    カラ松:よろしければ、すぐ買っていただきたいです。

    一松:だからなんなの

    カラ松:10000点のカードを10枚買っていただきたいです。
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:ちなみにクソ松は居間で鏡見てて携帯いっこも触ってない

    チョロ松:ファーーーーwwwww

    チョロ松:完全に詐欺じゃねーかwwwwwなに乗っ取られてんだよwwwwバカかよあいつwwwwパスワードちゃんと設定しとけよwww

    一松:バカでしょw

    チョロ松:知ってたw

    チョロ松:てか、カラ松のアカウント乗っ取るとか、ハッカー乙としか言いようがないwwww

    チョロ松:そんなお願い聞いてくれる人が友だち登録されてるワケがないwwww

    一松:それなwww

    一松:ねえどうしようwwこれどうしようwwwww

    チョロ松:どうしようって、スルーしろよw

    一松:いや、なんかしつこいんだよ

    一松:それにほら、一応兄弟のアカウント乗っ取ったわけですし?俺のこと騙そうとしてるわけですし?

    一松:ちょっとお仕置きが必要かなって

    チョロ松:>お仕置き<

    一松:徹底的に応戦する構え

    チョロ松:お前さては暇なだけだろ

    一松:まあぶっちゃけそうなんだけど

    チョロ松:そうなのかよ

    一松:いやでもね?ほんとハッカーさん頑張っててさ…クソ松よりうぜぇ

    チョロ松:ちょwwwww

    一松:ってことで適当にあしらいたいんだけど、どうせなら精神的ダメージ与えられないかなって

    チョロ松:おまwwちなみに今ハッカーとはどうなってんの?

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    カラ松:近くにコンビニがありますか?

    カラ松:コンビニでプリペイドカード買ってください

    カラ松:コンビニが近くにありますか

    カラ松:コンビニで買えます

    一松:ちょっと待って

    カラ松:コンビニで買ってください
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:必死過ぎwwコンビニへの異常な執着なんなの?

    チョロ松:これはひどいwwwwコンビニwww

    チョロ松:買ってくる振りだけしてあげたらちょっとは大人しくなるんじゃないの

    一松:そうする

    一松:ちょっと待ってて

    チョロ松:了解www

    チョロ松:僕のとこにもなりすましカラ松から何か来ないかなwww

    チョロ松:あ、一応後でパスワードもう少し複雑なのに設定し直そう…

    一松:ただいまー

    チョロ松:おかえりー

    一松:カラ松(偽)は本物以上に日本語が通じない模様

    一松:俺とのやりとり終わったらそっち行くかもよ

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:今から買ってくるから

    カラ松:お願いします

    一松:ちなみにどこのコンビニがいいの?○ーソン?ファ○マ?セ○ンイレブン?あとは…サン○スとか?

    一松:あ、でも全部近くにはないね

    カラ松:どこでもいいです

    カラ松:早く

    一松:ちゃんと指定してよ

    一松:プリペイドカードとか買ったことないから分からないんだけど

    一松:どのコンビニ?指定しろ

    カラ松:10000点を10枚

    一松:指定しろって

    カラ松:早くしてください
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:クソ松との会話の方がまだマシだわwwww

    チョロ松:これさぁ、多分だけど日本語圏じゃない人だろ

    一松:あーやっぱりそう思う?そんな気がしてた

    一松:まだ通知くるwwwしつけぇな構ってちゃんかよwwwうちの長男かよwwww

    チョロ松:おまwwwwやめろよ想像したじゃねーかwwwww

    チョロ松:クズ長男がアカウント乗っ取ってなりすましからの詐欺を働いて最終逮捕されてワイドショーを賑わすところまで想像した

    一松:想像力豊か過ぎwwwwしかも逮捕されてんのかよwwww

    チョロ松:さらばクズ長男wwww

    一松:おそ松兄さんカワイソスwwwあ、画像送れだって

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:コンビニ着いた

    カラ松:はい

    一松:今10枚は買えそうにないから、とりあえず3枚でいい?

    カラ松:それでいいです

    一松:買ってきた

    一松:で、どうするの

    カラ松:写真とって画像を載せてください

    一松:わかったちょっと待って
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:もちろん買ってないしコンビニすら行ってないけどな

    チョロ松:僕がクズ長男逮捕の想像してる間に進展してる

    一松:まだそれ引っ張るのww

    チョロ松:てか、偽物って分かってるのに名前がカラ松なせいで草不可避

    一松:それな

    一松:本物はまだ鏡を見てる

    チョロ松:いい加減気づけよあいつw

    一松:まあでも、これで準備は整った

    チョロ松:お、おいまさか…

    一松:今からハッカーを誘惑してくる

    チョロ松:>誘惑<

    一松:フヒヒww行ってくるwww

    チョロ松:行ってらーw





    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:画像あげてほしい?

    カラ松:あげてください

    一松:だったらおねだりしてみろよ

    カラ松:写真

    一松:だーかーら、写真くださいって可愛らしくおねだりしたらあげてやるって

    一松:やらないなら載せねーぞ

    カラ松:え

    カラ松:写真あげてください
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:ざけんなもっとちゃんとお願いしろよ

    カラ松:どうやってですか

    一松:お願いします写真ください一松様って

    カラ松:お願いします写真ください一松様

    一松:誠意が感じられない。やり直し

    カラ松:お願いします僕に写真ください一松様!

    一松:ん〜?聞こえないな〜??

    カラ松:お願いします!僕に写真ください!一松様!!
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:へぇ〜そんなに欲しいんだ

    カラ松:欲しい

    一松:ああ?何偉そうな口聞いてやがる

    カラ松:欲しいです

    一松:この卑しい汚豚が!!

    カラ松:写真まだ

    一松:豚が勝手に発言してんじゃねぇ

    カラ松:ごめんなさい
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:写真恵んで欲しいんだろ?

    カラ松:この卑しい汚豚にお恵みください一松様!

    一松:よし、褒美だ受け取れ

    一松:【近所の可愛らしい子猫の写真】

    一松:【猫カフェの看板猫がくつろいでる写真】

    一松:感謝しろよ
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    カラ松:カードの写真は

    一松:あ?

    カラ松:カードの写真ください

    一松:なにその口の聞き方

    カラ松:カードの写真をお恵みください一松様!

    一松:ほらよ

    一松:【なんだかとてもいかがわしいナニカの写真】
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:【明らかに発禁モノなナニカの写真】

    一松:【♂同士がナニやってるっぽいいかがわしい写真】

    …以下、アレな写真が続く




    一松:ほーら、まだ足りないのかな〜?

    カラ松:カードの…

    カラ松:もういいですごめんなさい許してください
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:これが欲しかったんでしょ?

    カラ松:ちがう

    一松:あ?

    カラ松:ごめんなさい

    カラ松:もういいです

    一松:遠慮するなよほらまだあるから

    一松:【なんかもう色々エグい写真】

    カラ松:ごめんなさい

    一松:【なんかもう色々ヤバい写真】

    ー カラ松 が退出しました ー
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:撃退成功

    チョロ松:なwwにwwwwやってwwwwんwwwだwwwwww

    チョロ松:ファーーーーwwwwwwwwwww

    一松:突然の大草原ww

    チョロ松:いやお前、これ誘惑じゃねーよ調教だよw

    チョロ松:調教っていうか女王様プレイじゃねーかwwwいつかの一松様ご降臨じゃねーかwwwwww

    チョロ松:カラ松(偽)は何乗っかってんだよアホだろwwww

    一松:チョロ松兄さん笑い過ぎw

    チョロ松:ところでアレな写真どうしたの

    一松:ネットで適当に拾ってきた

    一松:猫は自分で撮ったやつだけど

    チョロ松:それにしてもハッカー相手に女王様プレイとかww

    チョロ松:あーやべー笑ったw腹痛いwww

    チョロ松:ハッカー哀れw

    一松:あんだけしつこかったクセして意外と耐性がなかった

    チョロ松:延々とあんな画像見せられたらそうなるわ!

    一松:とりあえず、スクショを六つ子のグループに投下してアカウント乗っ取られ報告をしておこうと思う

    一松:枚数多いからノートでも作ろうかな

    チョロ松:おまwww

    チョロ松:まぁ、乗っ取られてることは教えてあげた方がいいね

    チョロ松:て、あれ?

    一松:ん?

    チョロ松:ねえ、今カラ松何してる?

    一松:クソ松?居眠りしてるけど

    チョロ松:

    一松:え、まさか

    チョロ松:カラ松(偽)がwwwこっちにwwwきたんだけどwwwww

    一松:ちょwwwww


    お粗末!
    続きません!!
    #おそ松さん #年中松 #チョロ松 #一松 ##チョロ松と一松の話

    ご注意
    ・年中松のLINE風味
    ・年中松がgdgd駄弁ってるだけ
    ・wとか大量発生してる
    ・ちょっと下品な部分も有
    ・LINEアカウント乗っ取りネタ
    ・次男がかわいそう
    ・キャラ崩壊

    なんでも許せる方はどうぞ読んでやってください。





    一松:チョロ松兄さん

    一松:ちょっと聞いて

    チョロ松:何?

    一松:クソ松のLINEアカウントが乗っ取られたっぽいんだけどwwwww

    チョロ松:は?!!

    チョロ松:何それマジで?

    一松:現在同時進行でハッカーさんと会話中なうwww

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    カラ松:何してますか?忙しいですか?手伝ってもらってもいいですか?

    一松:は?

    カラ松:近くのコンビニエンスストアでweb moneyのプリペイドカード買うのを手伝ってもらえますか?

    一松:いや、何?

    カラ松:よろしければ、すぐ買っていただきたいです。

    一松:だからなんなの

    カラ松:10000点のカードを10枚買っていただきたいです。
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:ちなみにクソ松は居間で鏡見てて携帯いっこも触ってない

    チョロ松:ファーーーーwwwww

    チョロ松:完全に詐欺じゃねーかwwwwwなに乗っ取られてんだよwwwwバカかよあいつwwwwパスワードちゃんと設定しとけよwww

    一松:バカでしょw

    チョロ松:知ってたw

    チョロ松:てか、カラ松のアカウント乗っ取るとか、ハッカー乙としか言いようがないwwww

    チョロ松:そんなお願い聞いてくれる人が友だち登録されてるワケがないwwww

    一松:それなwww

    一松:ねえどうしようwwこれどうしようwwwww

    チョロ松:どうしようって、スルーしろよw

    一松:いや、なんかしつこいんだよ

    一松:それにほら、一応兄弟のアカウント乗っ取ったわけですし?俺のこと騙そうとしてるわけですし?

    一松:ちょっとお仕置きが必要かなって

    チョロ松:>お仕置き<

    一松:徹底的に応戦する構え

    チョロ松:お前さては暇なだけだろ

    一松:まあぶっちゃけそうなんだけど

    チョロ松:そうなのかよ

    一松:いやでもね?ほんとハッカーさん頑張っててさ…クソ松よりうぜぇ

    チョロ松:ちょwwwww

    一松:ってことで適当にあしらいたいんだけど、どうせなら精神的ダメージ与えられないかなって

    チョロ松:おまwwちなみに今ハッカーとはどうなってんの?

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    カラ松:近くにコンビニがありますか?

    カラ松:コンビニでプリペイドカード買ってください

    カラ松:コンビニが近くにありますか

    カラ松:コンビニで買えます

    一松:ちょっと待って

    カラ松:コンビニで買ってください
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:必死過ぎwwコンビニへの異常な執着なんなの?

    チョロ松:これはひどいwwwwコンビニwww

    チョロ松:買ってくる振りだけしてあげたらちょっとは大人しくなるんじゃないの

    一松:そうする

    一松:ちょっと待ってて

    チョロ松:了解www

    チョロ松:僕のとこにもなりすましカラ松から何か来ないかなwww

    チョロ松:あ、一応後でパスワードもう少し複雑なのに設定し直そう…

    一松:ただいまー

    チョロ松:おかえりー

    一松:カラ松(偽)は本物以上に日本語が通じない模様

    一松:俺とのやりとり終わったらそっち行くかもよ

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:今から買ってくるから

    カラ松:お願いします

    一松:ちなみにどこのコンビニがいいの?○ーソン?ファ○マ?セ○ンイレブン?あとは…サン○スとか?

    一松:あ、でも全部近くにはないね

    カラ松:どこでもいいです

    カラ松:早く

    一松:ちゃんと指定してよ

    一松:プリペイドカードとか買ったことないから分からないんだけど

    一松:どのコンビニ?指定しろ

    カラ松:10000点を10枚

    一松:指定しろって

    カラ松:早くしてください
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:クソ松との会話の方がまだマシだわwwww

    チョロ松:これさぁ、多分だけど日本語圏じゃない人だろ

    一松:あーやっぱりそう思う?そんな気がしてた

    一松:まだ通知くるwwwしつけぇな構ってちゃんかよwwwうちの長男かよwwww

    チョロ松:おまwwwwやめろよ想像したじゃねーかwwwww

    チョロ松:クズ長男がアカウント乗っ取ってなりすましからの詐欺を働いて最終逮捕されてワイドショーを賑わすところまで想像した

    一松:想像力豊か過ぎwwwwしかも逮捕されてんのかよwwww

    チョロ松:さらばクズ長男wwww

    一松:おそ松兄さんカワイソスwwwあ、画像送れだって

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:コンビニ着いた

    カラ松:はい

    一松:今10枚は買えそうにないから、とりあえず3枚でいい?

    カラ松:それでいいです

    一松:買ってきた

    一松:で、どうするの

    カラ松:写真とって画像を載せてください

    一松:わかったちょっと待って
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:もちろん買ってないしコンビニすら行ってないけどな

    チョロ松:僕がクズ長男逮捕の想像してる間に進展してる

    一松:まだそれ引っ張るのww

    チョロ松:てか、偽物って分かってるのに名前がカラ松なせいで草不可避

    一松:それな

    一松:本物はまだ鏡を見てる

    チョロ松:いい加減気づけよあいつw

    一松:まあでも、これで準備は整った

    チョロ松:お、おいまさか…

    一松:今からハッカーを誘惑してくる

    チョロ松:>誘惑<

    一松:フヒヒww行ってくるwww

    チョロ松:行ってらーw





    一松:【スクリーンショット】
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    一松:画像あげてほしい?

    カラ松:あげてください

    一松:だったらおねだりしてみろよ

    カラ松:写真

    一松:だーかーら、写真くださいって可愛らしくおねだりしたらあげてやるって

    一松:やらないなら載せねーぞ

    カラ松:え

    カラ松:写真あげてください
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    一松:【スクリーンショット】
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    一松:ざけんなもっとちゃんとお願いしろよ

    カラ松:どうやってですか

    一松:お願いします写真ください一松様って

    カラ松:お願いします写真ください一松様

    一松:誠意が感じられない。やり直し

    カラ松:お願いします僕に写真ください一松様!

    一松:ん〜?聞こえないな〜??

    カラ松:お願いします!僕に写真ください!一松様!!
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
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    一松:へぇ〜そんなに欲しいんだ

    カラ松:欲しい

    一松:ああ?何偉そうな口聞いてやがる

    カラ松:欲しいです

    一松:この卑しい汚豚が!!

    カラ松:写真まだ

    一松:豚が勝手に発言してんじゃねぇ

    カラ松:ごめんなさい
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
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    一松:写真恵んで欲しいんだろ?

    カラ松:この卑しい汚豚にお恵みください一松様!

    一松:よし、褒美だ受け取れ

    一松:【近所の可愛らしい子猫の写真】

    一松:【猫カフェの看板猫がくつろいでる写真】

    一松:感謝しろよ
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    カラ松:カードの写真は

    一松:あ?

    カラ松:カードの写真ください

    一松:なにその口の聞き方

    カラ松:カードの写真をお恵みください一松様!

    一松:ほらよ

    一松:【なんだかとてもいかがわしいナニカの写真】
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:【明らかに発禁モノなナニカの写真】

    一松:【♂同士がナニやってるっぽいいかがわしい写真】

    …以下、アレな写真が続く




    一松:ほーら、まだ足りないのかな〜?

    カラ松:カードの…

    カラ松:もういいですごめんなさい許してください
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:【スクリーンショット】
    ーーーーーーーーーーーーーー
    一松:これが欲しかったんでしょ?

    カラ松:ちがう

    一松:あ?

    カラ松:ごめんなさい

    カラ松:もういいです

    一松:遠慮するなよほらまだあるから

    一松:【なんかもう色々エグい写真】

    カラ松:ごめんなさい

    一松:【なんかもう色々ヤバい写真】

    ー カラ松 が退出しました ー
    ーーーーーーーーーーーーーー

    一松:撃退成功

    チョロ松:なwwにwwwwやってwwwwんwwwだwwwwww

    チョロ松:ファーーーーwwwwwwwwwww

    一松:突然の大草原ww

    チョロ松:いやお前、これ誘惑じゃねーよ調教だよw

    チョロ松:調教っていうか女王様プレイじゃねーかwwwいつかの一松様ご降臨じゃねーかwwwwww

    チョロ松:カラ松(偽)は何乗っかってんだよアホだろwwww

    一松:チョロ松兄さん笑い過ぎw

    チョロ松:ところでアレな写真どうしたの

    一松:ネットで適当に拾ってきた

    一松:猫は自分で撮ったやつだけど

    チョロ松:それにしてもハッカー相手に女王様プレイとかww

    チョロ松:あーやべー笑ったw腹痛いwww

    チョロ松:ハッカー哀れw

    一松:あんだけしつこかったクセして意外と耐性がなかった

    チョロ松:延々とあんな画像見せられたらそうなるわ!

    一松:とりあえず、スクショを六つ子のグループに投下してアカウント乗っ取られ報告をしておこうと思う

    一松:枚数多いからノートでも作ろうかな

    チョロ松:おまwww

    チョロ松:まぁ、乗っ取られてることは教えてあげた方がいいね

    チョロ松:て、あれ?

    一松:ん?

    チョロ松:ねえ、今カラ松何してる?

    一松:クソ松?居眠りしてるけど

    チョロ松:

    一松:え、まさか

    チョロ松:カラ松(偽)がwwwこっちにwwwきたんだけどwwwww

    一松:ちょwwwww


    お粗末!
    続きません!!
    焼きナス
  • 三男と四男の言葉遊び #BL松 #チョロ一 #チョロ松 #一松 ##チョロ松と一松の話

    「『路地裏』」
    「…『にゃーちゃん』」

    「ーー猫」「正解。」

    「次ね、『電車』」
    「…『旅行』」

    「ーー駅」「うん、正解。」

    「じゃぁ次、『北国』」
    「『うどん』」

    「ーーきつね」「正解。なんなのさっきから怖いんだけど!」

    「チョロ松兄さんの答えが単純なんでしょ。次、『おやつ』」
    「……『戦争』」

    「ーー今川焼き」「うわマジかよちょっと捻ったつもりだったのに。」

    「残念だったね。『キャンプ』」
    「『屋台』」

    「ーーテント」「正解…。」

    ゲームでもしない?と誘ってきたのは一松の方だった。
    一体何のゲームかと思えば、謎の連想ゲームだ。
    まず一松がお題を出す。
    そして僕がそこから何かを2つ続けて連想する。
    僕は連想したもののうち、2つ目だけを一松に返す。
    そこから一松が、僕が1つ目に連想したものを当てる、というもの。
    例えば、一松が「赤」と言ったとしよう。
    僕はそこから、赤→おそ松兄さん→クズ、と連想する。
    え、例えがひどい?事実でしょ??
    まぁ、とにかく僕は一松に「クズ」だけを返す。
    で、一松は間に連想された「おそ松兄さん」を当てるのだ。
    今部屋にいるのは僕と一松の2人だけ。
    つまりは暇つぶしの遊びだった。

    「『真夏』」
    「『コンビニ』」

    「ーーアイス」「正解。」

    ごくたまに、一松はこうして僕をこのような言葉遊びに誘ってくる。
    今日はライブもないし、ハロワに行く予定もない。
    正直暇を持て余していたので、それに付き合った。
    一松も僕が本当に暇なのがわかっていたから声をかけたのだろう。

    「『カレー』」
    「『象』」

    「ーーインド」「正解。ねぇ僕ってそんなに分かりやすい?!」

    今のところ、一松は全問正解だ。
    なんだか思考回路を完全に読まれているような気がしてゾワリとする。
    そんな僕を見て、一松はヒヒッと笑った。え、僕ってそんな単純?
    そりゃぁ一松ほど頭は良くないけど、学生時代の成績で言えば一松の次くらいには良かったはずなんだけど。

    「『ハロワ』」
    「…『自立』」

    「ーー就職」「はい、正解。」

    一松がこんなゲームに誘うのは僕だけだろう。多分だけど。
    おそ松兄さんやトド松は面倒くさがりそうだし、カラ松はまず誘うことすらしないだろうし、十四松ではゲームにすらならないだろうし。
    一松との言葉遊びは少々頭を使うが中々に面白いので、僕は毎回付き合ってやっていた。
    そういえば、前にもこんなことしていた時にちょうどおそ松兄さんが帰ってきて、
    「お前ら何してんの?」と心底理解できない、という顔をされたことを思い出した。

    「さっきから簡単過ぎ…もうちょっと捻ってよ。『告白』」
    「そんなこと言われても……『不採用通知』」

    「ーー手紙……いや、自虐的になれとは言ってないけど。」
    「お前ほんと何なの?!僕の頭の中読んでるワケ?」

    あれ、待てよ…さっきから口にしてるこの言葉。
    本当に、僕が、僕自身が連想しているものなのか?
    いや、何を考えているんだ、僕が出している言葉のはずだ。
    視線を落とすと一松と目が合った。
    僕はこたつに足を突っ込んで、その中で膝を抱えるようにして座っていて
    一松は僕の斜め横に胸元までこたつに潜り込みながら寝転んでいる。
    目が合ってから約3秒、フイ、と視線を逸らされてしまった。
    玄関から「ただいまー」と複数の声が聞こえた。
    他の兄弟達が帰ってきたようだ。

    「じゃぁ最後ね、『ロボット』」
    「………『掃除』」

    「ーールンバ」「正解。ねぇ、一松…。」

    単純な連想ゲーム。ただの言葉遊び。
    答えを作ったのは僕のはずだ。
    でも、なんだかわからなくなってきた。

    「お前、僕の思考を操作でもした?」
    「まさか、チョロ松兄さんが自分で出した答えでしょ。」
    「口に出したのは一松だよ。」
    「思ったのはチョロ松兄さんだよ。」
    「お前がそうなるように誘導したんじゃなくて?」
    「誘導なんてしなくても分かってたから。兄さんだって「正解」って言ったでしょ。」

    わからなくなってきた。
    ああでも、この際どっちでもいい。
    どちらにしても正解であることに変わりはない。

    「じゃぁ、もういいや。2人が同時に思ってること…ってことで。」
    「何それ。」
    「全く回りくどいよね、ホント素直じゃない。」
    「……うるさいな、今更でしょ。」
    「僕らの答えってことで異論ない?」
    「…それでいいよ。」

    一松は掠れるような小さな声でそう返して、ゴロリと寝返りをうってこちらに背を向けてしまった。
    だがその耳元はしかし、わずかに赤みを帯びている。
    その様子に思わず口元が緩んだ。
    腕を伸ばして、ほんの少し熱を孕んだ指先で一松の髪をくしゃりと撫でた。

    本日のゲームはここまで。
    勝者?最初からそんなものいやしない。
    多分、どちらも敗者だ。

    end.

    ーーー

    オマケ

    「まーたあいつら意味不明な会話してるなー。お兄ちゃん仲間はずれは良くないと思いまーす!」
    「フッ…さながら2人だけの秘密の暗g「イッタイよね〜」えっ…」
    「なに?やきゅう?!」
    「ちがうよー十四松兄さん。でもホント、何なんだろうね〜。チョロ松兄さんと一松兄さんの会話って。僕もたまに全く理解できないもん。」
    「あ、なんか一松がすっげ照れてる!」
    「ほんとだー!チョロ松兄さん、一松兄さんの頭なでてるー!!」
    「えー何?ほんと何?さっきのやり取りのどこに照れる要素があったの?」

    暇なときにちょっとした言葉遊びをする年中松でした。
    チョロ松が間に連想した言葉の頭を辿ってみると、意味がわかるかもしれないし余計謎かもしれません。

    ー お粗末!
    #BL松 #チョロ一 #チョロ松 #一松 ##チョロ松と一松の話

    「『路地裏』」
    「…『にゃーちゃん』」

    「ーー猫」「正解。」

    「次ね、『電車』」
    「…『旅行』」

    「ーー駅」「うん、正解。」

    「じゃぁ次、『北国』」
    「『うどん』」

    「ーーきつね」「正解。なんなのさっきから怖いんだけど!」

    「チョロ松兄さんの答えが単純なんでしょ。次、『おやつ』」
    「……『戦争』」

    「ーー今川焼き」「うわマジかよちょっと捻ったつもりだったのに。」

    「残念だったね。『キャンプ』」
    「『屋台』」

    「ーーテント」「正解…。」

    ゲームでもしない?と誘ってきたのは一松の方だった。
    一体何のゲームかと思えば、謎の連想ゲームだ。
    まず一松がお題を出す。
    そして僕がそこから何かを2つ続けて連想する。
    僕は連想したもののうち、2つ目だけを一松に返す。
    そこから一松が、僕が1つ目に連想したものを当てる、というもの。
    例えば、一松が「赤」と言ったとしよう。
    僕はそこから、赤→おそ松兄さん→クズ、と連想する。
    え、例えがひどい?事実でしょ??
    まぁ、とにかく僕は一松に「クズ」だけを返す。
    で、一松は間に連想された「おそ松兄さん」を当てるのだ。
    今部屋にいるのは僕と一松の2人だけ。
    つまりは暇つぶしの遊びだった。

    「『真夏』」
    「『コンビニ』」

    「ーーアイス」「正解。」

    ごくたまに、一松はこうして僕をこのような言葉遊びに誘ってくる。
    今日はライブもないし、ハロワに行く予定もない。
    正直暇を持て余していたので、それに付き合った。
    一松も僕が本当に暇なのがわかっていたから声をかけたのだろう。

    「『カレー』」
    「『象』」

    「ーーインド」「正解。ねぇ僕ってそんなに分かりやすい?!」

    今のところ、一松は全問正解だ。
    なんだか思考回路を完全に読まれているような気がしてゾワリとする。
    そんな僕を見て、一松はヒヒッと笑った。え、僕ってそんな単純?
    そりゃぁ一松ほど頭は良くないけど、学生時代の成績で言えば一松の次くらいには良かったはずなんだけど。

    「『ハロワ』」
    「…『自立』」

    「ーー就職」「はい、正解。」

    一松がこんなゲームに誘うのは僕だけだろう。多分だけど。
    おそ松兄さんやトド松は面倒くさがりそうだし、カラ松はまず誘うことすらしないだろうし、十四松ではゲームにすらならないだろうし。
    一松との言葉遊びは少々頭を使うが中々に面白いので、僕は毎回付き合ってやっていた。
    そういえば、前にもこんなことしていた時にちょうどおそ松兄さんが帰ってきて、
    「お前ら何してんの?」と心底理解できない、という顔をされたことを思い出した。

    「さっきから簡単過ぎ…もうちょっと捻ってよ。『告白』」
    「そんなこと言われても……『不採用通知』」

    「ーー手紙……いや、自虐的になれとは言ってないけど。」
    「お前ほんと何なの?!僕の頭の中読んでるワケ?」

    あれ、待てよ…さっきから口にしてるこの言葉。
    本当に、僕が、僕自身が連想しているものなのか?
    いや、何を考えているんだ、僕が出している言葉のはずだ。
    視線を落とすと一松と目が合った。
    僕はこたつに足を突っ込んで、その中で膝を抱えるようにして座っていて
    一松は僕の斜め横に胸元までこたつに潜り込みながら寝転んでいる。
    目が合ってから約3秒、フイ、と視線を逸らされてしまった。
    玄関から「ただいまー」と複数の声が聞こえた。
    他の兄弟達が帰ってきたようだ。

    「じゃぁ最後ね、『ロボット』」
    「………『掃除』」

    「ーールンバ」「正解。ねぇ、一松…。」

    単純な連想ゲーム。ただの言葉遊び。
    答えを作ったのは僕のはずだ。
    でも、なんだかわからなくなってきた。

    「お前、僕の思考を操作でもした?」
    「まさか、チョロ松兄さんが自分で出した答えでしょ。」
    「口に出したのは一松だよ。」
    「思ったのはチョロ松兄さんだよ。」
    「お前がそうなるように誘導したんじゃなくて?」
    「誘導なんてしなくても分かってたから。兄さんだって「正解」って言ったでしょ。」

    わからなくなってきた。
    ああでも、この際どっちでもいい。
    どちらにしても正解であることに変わりはない。

    「じゃぁ、もういいや。2人が同時に思ってること…ってことで。」
    「何それ。」
    「全く回りくどいよね、ホント素直じゃない。」
    「……うるさいな、今更でしょ。」
    「僕らの答えってことで異論ない?」
    「…それでいいよ。」

    一松は掠れるような小さな声でそう返して、ゴロリと寝返りをうってこちらに背を向けてしまった。
    だがその耳元はしかし、わずかに赤みを帯びている。
    その様子に思わず口元が緩んだ。
    腕を伸ばして、ほんの少し熱を孕んだ指先で一松の髪をくしゃりと撫でた。

    本日のゲームはここまで。
    勝者?最初からそんなものいやしない。
    多分、どちらも敗者だ。

    end.

    ーーー

    オマケ

    「まーたあいつら意味不明な会話してるなー。お兄ちゃん仲間はずれは良くないと思いまーす!」
    「フッ…さながら2人だけの秘密の暗g「イッタイよね〜」えっ…」
    「なに?やきゅう?!」
    「ちがうよー十四松兄さん。でもホント、何なんだろうね〜。チョロ松兄さんと一松兄さんの会話って。僕もたまに全く理解できないもん。」
    「あ、なんか一松がすっげ照れてる!」
    「ほんとだー!チョロ松兄さん、一松兄さんの頭なでてるー!!」
    「えー何?ほんと何?さっきのやり取りのどこに照れる要素があったの?」

    暇なときにちょっとした言葉遊びをする年中松でした。
    チョロ松が間に連想した言葉の頭を辿ってみると、意味がわかるかもしれないし余計謎かもしれません。

    ー お粗末!
    焼きナス
  • 医者ロックネバーダイ #おそ松さん  #カラ松  #一松  #医者ロック  #二次創作  #自分絵手首食べる
  • お仕え狐 #おそ松さん  #一松  #カラ松  #二次創作  #自分絵手首食べる
  • #おそ松さん  #一松  #カラ松  #二次創作手首食べる
  • 友人に贈る一松 #おそ松さん  #一松モリータ.A
  • 4おそ松さん ##二次創作

    1期の時になんとなくで描いたもの。
    特に推し松は居ないけどクズ人間が好きなのでまぁみんな好きです。
    あ、やっぱトト子ちゃんが一番好き。


    #おそ松さん
    #カラ松
    #チョロ松
    #一松
    #十四松
    #トド松
    あきひか
  • 2アストロノミーの一松さんたび松のコレめっちゃしんどいヾ(:3ヾ∠)_

    スチパン松とコラボした二次漫画どっかにない(°∀°?) #アストロノミー松 #一松 #おそ松さん ##おそ松さん
    みくりぃあ
  • 顔を覗きこむ構図が描きたくて…figma見ながら描いたんすけど難しいね((*´∀`))にゃ~ #一松 #カラ松 #色松 #おそ松さん ##おそ松さんみくりぃあ
  • 65人まで出来ました(トッティーごめん) #十四松 #一松 #チョロ松 #カラ松 #おそ松 #おそ松さん ##おそ松さんみかんまん
  • 2自分絵松初投稿です

    投稿の方法がよくわかってないです #色松 #おそ松 #カラ松 #一松 #おそ松さん ##おそ松さん
    みかんまん
  • 15残暑お見舞い申し上げm(_ _)m水墨画風アプリ使って描いたののとりあえずまとめ( •̀ᴗ•́ )/☆
    ZenBrushⅡというアプリです(o>ω<o) #妖怪松 #トド松 #十四松 #一松 #チョロ松 #カラ松 #おそ松 #ZenBrush #おそ松さん ##おそ松さん
    みくりぃあ
  • 猫のクレーンゲーム生きた猫を使ったクレーンゲームに小倉キャスター「動物虐待」(スポーツ報知より)
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170510-00000060-sph-ent

    夏の風物詩「金魚すくい」が動物虐待にならない理由 シェアしたくなる法律相談所より。
    https://lmedia.jp/2015/08/05/66401/2/
    過去にハムスター釣りというのがありましたが、事実だったらショックです。 #動画 #一松 #2コマ #小山田まん太 #ブロッケンJr. #ラーメンマン #インターネット #海外 #時事ネタ #版権 ##王ドラカンフーへの道!(二次創作)
    ふくやま すみお(福山純緒)
  • 13おそ松さんtwitterまとめtwitterにてあげてるおそ松さんたち。自分絵注意です。 #一松 #チョロ松 #カラ松 #公式絵 #おそ松 #自分絵 #おそ松さん秋谷 翠
  • 自分絵おそ松さん自分絵で十四松と一松を描いてみました(*´∀`*) #一松 #十四松 #二次創作 #おそ松さん藤代ちよこ
  • 4松落書まとめ未だに疑ってます

    4/18おそ松追加 #チョロ松 #一松 #十四松 #おそ松さん
    やすだすや
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