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  • 筑紫市兵衛(つくしいちべえ)「三馬術」に数えられる、江戸時代に活躍した天才馬術家の一人。
    曲垣平九郎、向井蔵人とはライバル関係にあたり、「出世の春駒」では馬術競べをした。

    舞波千景の寛永三馬術では、平九郎と度々平の出会いの場面が読まれたため、市兵衛は名前だけの紹介に留まるが、講談「孝行市助」では主人公として登場し、母親想いの好人物で描かれる。

    「襲われているだと?戯言を申すな。
    愛馬に肩を揉ませてやっているのだ」

    #講談
    #寛永三馬術
    #drawing
    玉本秋人
  • 曲垣平九郎盛澄(まがきへいくろうもりすみ)江戸時代に活躍した、
    「三馬術」に数えられる天才馬術家の一人。

    春の芝愛宕山にて、時の将軍家光公に山上の梅花を採って参れと言われ、愛宕神社名物の八十六の石段を、愛馬に乗って軽やかに上り下り、日本一の馬術の名手としてその名を轟かせた。

    実在した人物には違いないのだが、生没年不詳と謎に包まれている部分も多く、どんな性格の人物だったかは資料によって違う。

    と言うわけで、こんな言動のキャラクターにしてみた。


    「馬は友達、そんなに怖くないっ!」

    #寛永三馬術
    #講談
    #イラスト  #曲垣平八郎
    玉本秋人
  • 節分講釈師(せつぶんこうしゃくし) #舞波千景 #講談
    #節分
    #イラスト  #drawing
    #芸術同盟

    鬼の面をこしらえた手前、逆襲を受ける事も、ちょっと期待している。
    玉本秋人
  • まくら②(銀座お好み焼き屋 八八八八ッ八八〜(ぱぱやぱっぱぱ〜)にて) #舞波千景  #講談
    午後6時を回りまして、お店の隅をお借りして失礼致します。

    労働基準法では未成年は午後10時まで。つまり後4時間は皆様の前で喋る事ができるわけなのですが。まあ、そこまで長くはいませんが・・・あ、私ではなく皆様の方がですよ。今から4時間お好み焼きを食べ続けるのもなかなか大変でしょうから、皆様がそろそろ帰ろうかなという頃に私の話も終わって、御一緒に暖簾をくぐって、

    「じゃあ」「今度は奢るよ」

    というささやかなお付き合いができれば。あ、奢るよというセリフは皆様のものですよ?

    え〜、辻講釈と言いまして。

    外で道行く人達に講釈を少々ね、語っていた際にこのお店の中から漂う特製ソースの香りに心躍らせ、思わずこちらで店主の方に講釈をやらせてくれないかとお願いしたものですから。いわゆるアポなしでございますね。

    一つだけ申しあげたいのは、決して私はお好み焼きを食べにココに来たのではございません。

    講釈を演るためにここにいます。私は皆様に講釈を聞いて楽しい気持ちになって欲しいのです。楽しんで頂きながら伝統芸能を語る者の一人として、古き良き日本の話芸の素晴らしさを伝える。その気持ちには一点の曇りもございません。

    ・・・ところで辻講釈というのはおひねりをもらうものでしてね。
    と言ったら諸先輩方に怒られるのでココだけの話にして、決してSNSでは拡散しないで、あっでも手段問わずに名が売れれば、フテぇヤツでも聴きに来る人が増えて釈界の繁栄に繋がるかなと思ったりなんかして。

    そんな葛藤を抱えながらお願い致しまして、時間を1時間も頂きました。飯が不味くなるネタ以外だったら喋って良いと言う条件付きで。
    私の持ちネタの9割が使えないという、アントニオ猪木がモハメド・アリと闘った際にプロレス技を使うなと向こうから突きつけられた条件のように厳しい状況でございます。
    店主の方がパンチパーマのせいもあってか、まるでアリのように見えてまいりました。
    闘いの後に和解をできれば、お好み焼きを頂けるでしょう!

    それを信じて、私は皆様の前で渾身の力で喋るのでございます。
    玉本秋人
  • 夜てん辻講釈 #舞波千景 #講釈 #講談 #講釈師

    夜天(やてん)に花火が上がる。
    辻講釈(つじこうしゃく)は、講釈師である父も
    昔は盛んにやっていて、昼夜問わずに道端で、夏祭りの日も語っていた。
    「やてんの上にまた夜天!中空に八号玉が打ち上がった!」
    どうも夜店(よみせ)を「やてん」と読んで、
    聴衆に上手い事を言ったと思わせようとしたそうな。
    実際、2人くらいは首を縦に振り、後でおひねりを
    もらったという…。

    「先生!やてんとも言うんですか?」
    当時いた弟子が父に聞いた。
    「明和9年の大火の時、火事場泥棒が盗んだもののうち、
    古来中国よりその名を轟かせし仙人、藍采和(らんさいか)が
    天に昇る際に落とした書物にそう記してあったのだ!」
    講釈師、弟子に対しても、見てきたような嘘をつき。父のエピソードはこんなものばかりである。
    腕と、首の後ろと、くるぶしをかく。

    町の打ち上げ花火。真打は八号玉。夜天の高座に、今上がった。
    待ってました!とばかりの人々の拍手。腹三分くらいの
    ウチの招き猫も、それを見て口角がつり上がったように見える。
    しかし、名残惜しいが私達はそろそろ引き上げるとしよう。
    虫除けスプレーは、とうに切れている。
    玉本秋人
  • まくら④(浅草ジョイジョイカムカムホールにて)浅草寺(せんそうじ)付近で、白髪でシワシワで杖をついた、羽根つき帽子の怪しげなおじいさんに出くわしまして。「ご存知!浅草名物、絵葉書クイズおじさんだよ!」
    言葉の力は恐ろしいものですね、見たことも聞いた事も無くても、「ご存知!」とか「名物!」などと言われると、知らないこちらが悪いような気がしてきます。後で伺ったら町会の元役員だった人で、最近始めた趣味だそうですね。
    浅草寺や五重塔、雷門などを自分で描いた絵葉書を作ってたが、浅草区域内の「ココどこだよ!」という所を描いて、それをクイズにしたら面白いんじゃないかという事で頂きましたのが、右側に桜の木、左に赤い門と「伝」の文字の絵葉書。初心者向けという事で、確かにこれは簡単でございましたね。
    伝法院(でんぽういん)通りの入り口の門、右手に桜の木ですから浅草公会堂のある方ではなく、仲見世(なかみせ)がある方の門ですね。絵葉書片手に行って参りました。場所についたらおじさんが先回り、正直に言いますと、浅草寺から仲見世は目の前ですから、杖をつきながらフラフラと歩いて行ったおじさんが、遠くで待機しているのがスタート地点から見えてましたので、まああそこが正解の場所なんだろうなと思っておりました。
    「ココが正解ですか?」「正解!簡単過ぎたかなあ、ご褒美にその絵葉書あげるよ!」「わからなかったら絵葉書はどうするつもりだったんですか?」「どうもしないよ?趣味でやってるだけだから!」「気前がいいんですね、おじいさん」「照れるなあ、おじさんね」あっ、ごめんなさい!と言ったら、「気にしないでいいよ!でも、おじいさんになるまでにはまだまだ先だからね!」
    年齢を伺ったところ、「82歳」とおっしゃってました。おじさんからおじいさんになるまで、あと何年かかるんでしょうかね・・・。

    ・・・・・・久保田万太郎(くぼた まんたろう)『浅草風土記』の、抜き読みでございます。
    「「古い浅草」とか「新しい浅草」とか、「いままでの浅草」とか「これからの浅草」とか、いままでわたしのいって来たそれらのいいかたは、畢竟(ひっきょう)この芥川氏の「第一および第三の浅草」と「第二の浅草」とにかえりつくのである。改めてわたしはいうだろう、花川戸、山の宿、瓦町から今戸、橋場・・・「隅田川」のながれに沿ったそれらの町々・・・。(了)

    #オリジナル #舞波千景 #講釈 #講談
    #浅草名物絵葉書クイズおじさん
    玉本秋人
  • まくら(芸談劇場二階小ホールにて③) #オリジナル #舞波千景 #講釈 #講談 #夕月葵
    (まくらより抜粋)
    友達と一緒に帰った小学校時代、帰り道に外国人の牧師さんに会ったことがありましてね。
    ペデストリアンデッキ、というんですか。広場と歩道が一緒になったもの。私は途中で曲がって家に帰るんですが、曲がらず歩いて行った先に教会がありましたので、そこの牧師さんだったかと思います。
    夕月葵(ゆうづき あおい)さんという、今も一緒に野球に興じたりする人と一緒で、ご存知の方も多いと思いますが、我が芸談協会頭取(とうどり)、海遊亭ほん鮪(かいゆうてい ほんまぐろ)の娘様でございます。
    お父様譲りでしょう、芸に対してもとても厳しい人で、時々私の講釈を聞きに最前列に陣取り、後で楽屋で私に、
    「思ったより。最後まで寝なかったしな」
    と、彼女にとってこれ以上のないお褒めの言葉をかけてくれます。
    私も彼女の得意とする、野球の試合に一緒に出る時は
    「同点タイムリー、さすがだね。やっぱり自分で打たれた分は取り返さなきゃね」
    とエールを送ります。
    その葵さん、当時覚えたばかりの英語、いや単語を声に出して面白がってましてね。授業中の男の子達もそうでした。日本語とは違う響きが面白かったのか、意味がわかってなくとも、とにかく英単語の連呼をする。
    葵さん、ディクショナリー(dictionary)とパハップス(perhaps)の二つがお気に入りだったみたいで、口に出してはニヤリと笑い、また口出してはアハハと笑い、とても楽しそうでございました。そんな帰り道、葵さんと牧師さんは出会ってしまったんですね。
    自分が発する英語を自在に操る外国人の方を目の前にして、好奇心が止められなかったんでしょう。ディクショナリーとパハップスを交互に叫びながら、牧師に突入する葵さん。恐れおののく牧師さん。イーライ・ロス監督のキャビンフィーバーという作品に、「パンケーキ!(pan cake)」と叫んで噛み付いてくる女の子が出てきますが、知っておられる方は思い出して頂けたら、当時の葵さんの怖さがわかってもらえると思います。葵さん、あそこまでは珍妙な動きはしてなかったんですけれども。
    調べましたところ、エクソシスト、悪魔祓いは18世紀ごろにはすでに廃止されているとの事なので、現代の牧師さんが怖がるのも、悪魔祓いのノウハウがなかったからで、致し方ないのかなと思います。葵さんも今は悪魔が抜けたかのように、すっかり落ち着いた女性になって、女子野球部のエースとして、練習に試合に頑張っています。そろそろ葵さんに怒られるのでこれくらいで。

    さて本日、皆様にお聞かせしたいのは、悪魔ではなく幽霊のお話。どう違うと申しますと、悪魔は人間ではない異形のもの、それに対し幽霊は元は生きていたものの魂と言われております。
    いずれにしても目には見えないものの恐怖、 幽霊の正体見たり枯れ尾花、気の持ちようとは言いますが、目に見えないはずの幽霊は足のないものだと、初めて絵に表したのが江戸時代の画家、円山応挙(まるやま おうきょ)で・・・。(了)
    玉本秋人
  • 神田松之丞山藤章二さんの描かれた談志さんの絵が好きでね。

    松之丞さんも談志さんが好きなんで、思い切り意識して描いてみた。
    まあ・・・こんなもんさ。
    一朝一夕で真似できるもんじゃないな。

    今日と明日、東京2days。
    まずは今日、講談の日。

    #講談
    #六代目神田伯山
    #YouTubeデビュー
    #イラスト
    #drawing
    #芸術同盟
    玉本秋人
  • まくら④(銀座お好み焼き屋八八八八ッ八八〜(ぱぱやぱっぱぱ〜)にて) #舞波千景  #講談  #秋ナスは姫に食わすナス

    ところで皆様は寄席に行かれた事はございますか?
    我々講談師に落語家、漫才やコントに浪曲、さらには手品などが一度に観られる素敵な場所でございます。 

    一度にと言っても皆で一斉にやるわけではありませんよ?

    横に並べて一斉に芸を披露したら、誰が一番印象に残るんでしょうかね。
    開口一番に鳩を飛ばせば手品師が最強のような気がします。
    講釈師も張り扇でスパーンと叩けば注目されると思いますが、その後はどうしましょうかね・・・。

    寄席はおおよそ演者の時間配分というものが決まっていまして。
    芸人、話を途中で終わらせる切れ場というものがございます。

    噺を終わらせる際の決まり文句、例えば落語の方では、
    「お後がよろしいようで」
    実は「お後がよろしいようで」は、寄席演芸場が有に100を超えていた明治時代の言葉でして。

    馬車などが現役のバリバリだった時代ですから、あちらこちらの演芸場に引っ張りだこの真打ちが到着をする際の時間計算をするのが非常に難しかったんですね。

    真打ちが来るまでの間、前座が噺を引っ張って時間を稼ぎ、到着した頃を見計らって言う言葉で、今ではほとんど使われなかったりします。

    今のは落語家さんの話。

    講釈師さん・・・フフフ。

    失礼しました、講釈師の場合は、
    「本日は読み終わりとさせて頂きます」と言います。

    元々釈台の前に本を置いて喋っていた芸能ですから。
    開いていた本を閉じるという事で、
    "読み終わり"。

    人によっては、
    「失礼つかまつります!」
    とカッコ良くおっしゃる方もいたりしますね。
    鶴々(つるつる)師匠がそうですね。
    昭和を生きた名人のレコードでは結構良く聞いたりしますが、こちらのセリフはまだまだ現役だったりします。

    私もこの場をお借りしてキャラクターを変えてみましょうかね。

    皆様から尊敬の眼差しを獲得する、
    "すたいりっしゅ"な講釈師になりたいなと思いまして。

    お好み焼き屋の場を借りず、寄席でやれよと言われそうですが、「御免(ごめん)」なんか最後につけるともっと良いかもしれませんね。

    (パンッ!パパンッ!)

    「そこを離せ〜!」
    袖振り払った安兵衛がっ!
    (パンパパンパン)

    千里一時虎の子走り、
    バラバラバラバラっ!

    駆けつけてくる高田馬場!
    此方の方より上方から戻りし者に聞くと、
    浪人一味戻りしという、

    怒りを発した安兵衛がっ!
    (パン!)
    高田馬場十八番切りに及ぶという!
    (パン!)

    これからが面白いのですが〜!
    (パンパンパン!パパンパン!)

    これにて失礼つかまつる、御免!
    (パン)

    実はこちら!(パンパン)

    この間(パン)

    小学校でやりましたら〜
    (パンパパンパンパンパンパ〜ン!)

    「お姉さん、何で怒ってるのに謝ってるの?」
    と言われました。
    (パン)
    玉本秋人
  • 紅しょうが姉さんと。『やろうか』
    『まだ早いか』、
    少々悩んでいる。

    「千景姉さん、おはようございます!」
    「ご苦労さまです、千景姉さん!」

    楽屋に入るなり、
    見たことの無い2人に挨拶をされた。

    1人はメガネ、もう1人は髪がボサボサの切れ目の男子。

    「バカヤロ、初めて会うんだから名前を言いやがれ」

    阪神タイガースのキャップと着物姿。
    そして近くにくると香ってくるおでん出汁の匂い。

    辛子家おでん兄さんである。
    となるとこの2人は・・・。

    「失礼しました!辛子家じゃがいもです!」
    「辛子家いかぼーるです!」

    メガネがじゃがいもで、ボサボサがいかぼーるか。新しく入った兄さんの弟子2人、なかなか真面目そうである。

    本日は我々が所属する芸談協会の定例寄席。
    スタッフカードを首に下げた関係者が通路でバタバタしている。
    最近オンライン上で寄席演芸の人気が急上昇中という事で、演芸チャンネル運営会社に我々芸談協会の面々もガッツリと協力する運びとなったのだ。

    『オンライン上での公開生中継!あなたのお家が寄席になります♪』
    という事で、やり直しの利かない一発勝負である。

    収録は2日あり、今日は初日。
    明日2日目は頭取や鶴々先生、ほくほく亭じゃがばたあ師匠、山椒斎こ粒大先生と、協会の大幹部が一同に集結する。

    アプリでも視聴できますので、良かったらダウンロードしてくださいね♪

    楽屋入り。
    私が脱いだ履物をいかぼーる君がすぐに整えてくれた。
    悪いなあ、なんか。

    お礼を言おうとしたら、逆に深々とお辞儀され、じゃがいも君と2人で楽屋から出ていった。
    前座の時分はやる事が沢山あるからね、懐かしいな。

    私のように歳の近いスタッフと浅草の人気スイーツの話で盛り上がっていたら、出番の先輩を呼び出すのを忘れて大目玉を喰らった、なんて事のないように気をつけて欲しい。

    畳の楽屋。
    奥には今にも死にそうな顔のいも太郎兄さん(体調は良さそう)と、紅しょうが姉さんが机に肘をついて大きなビンを眺めていた。

    山椒斎(さんしょうさい)紅しょうが姉さんは、真打講談師になって10年の人。
    年齢は聞いた事はないが、
    「人間(じんかん)50年って、そのぐらいが生きるにはちょうど良いかしらね、色々ともう疲れたわ」
    と以前お酒の席でつぶやいていたので、何となくぼやけた数字が頭に浮かぶ。

    主に江戸時代の遊女や、吉原を舞台にした話。
    怪談物だと『妲己のお百』など、女性が噺の肝となる読み物を得意とする人だ。

    姉さんの講談は男性ファンが多い。
    美しくも怪しい江戸の遊女に惑わされた後は、姉さんのサイン会には目もくれずに帰っていくのだ。

    ため息をついているので擬音にするとスススっと、姉さんの横に座りビンの中を覗きこんだ。

    大きなビンはハブ酒だった。
    黄色く濁った酒の中に、大きなハブが沈んでいる。

    ほほお、これはこれは・・・、こんなに間近にハブを眺めるのは初めてかもしれない。

    身を乗り出してもっと良く眺める。
    そんな私に横目で気づいた姉さん。

    おっと、挨拶を忘れていた。

    「姉さん、おはようございます」
    「飲む?頂きもの」
    「飲めません、未成年ですので」

    コレは姉さんが仕掛けるちょっとした「試し」である。
    相手が未成年と知ってて、酒やタバコをやるかを敢えて聞いてくるのだ。

    今のように挨拶がてらいきなり聞いてくる事もあれば、楽しく話が盛り上がった所で間髪入れず聞いてきたりする。

    仮に未成年でコッソリやってしまっている人の場合、不意打ちで
    「やります」
    「"今日は"結構です」
    などと答えてしまう場合があるのだ。

    「ビール専門です」とクールに答えた若造もいたとか。

    ソレを師匠や先輩、時には頭取に報告する事で協会の秩序を保つという、姉さんの燃えるような正義感からくる言動である。

    ちなみに念を押すが、私は今の所本当にやっていない。

    勇ましいなあ!
    ハブ酒のハブに目を戻すと、何とも厳かな形相をしていた事に気づいた。

    確か、ハブ酒を作る際には生きたままのハブをビンに入れ、焼酎などを注ぐと聞いた事がある。
    酒の中でハブがもがけばもがくほど、美味しいダシが取れると言うのだ。
    飲めないが、以前おでん兄さんが美味い美味いと言ってたから、味を想像したりして羨ましいとは思った。

    ただ、ハブ酒の味を想像したりするのはもちろん人間側の事であり、当のハブにとって正に今際の際である。

    さぞかし苦しみ、あるいは我々を睨みつけて死んだのだろうと思っていたのだが、このハブはまるで眠りについたかのように静かに佇んているようだった。

    きっと酒を注ぎ込まれた瞬間、いやもしかしたらもっと早く、それこそ野生の大地を元気に這っていた所を捕らえられた時だったのかもしれない。

    早々に己の運命を悟り、見苦しく足掻くのは却ってハブの恥と想い、堂々と
    『我はハブ酒なり!』
    と言って昇天したのではないだろうか?
    それくらい堂々とした死に姿だ。

    このハブ酒の銘柄は「は武士(ぶし)」、
    うむ!名前に偽りはなし!
    まるで忠臣蔵の主人公、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の魂が乗り移ったかのようである。

    「忠臣蔵にしよう」
    ハブを見ていてインスピレーションが湧き起こる感覚を私は覚えた。
    実は今日来る前に悩んでいた事として、最近覚えた赤穂浪士伝を高座に掛けようか迷っていたのだ。

    その中でも大石内蔵助が出てくる、
    『大石東下り(おおいしあずまくだり)』
    という、忠臣蔵の噺の中でも取り分け面白い部分がある。

    仇討ちを果たすため、京から江戸へと向かう大石内蔵助達赤穂浪士。
    ちなみに、江戸時代の地図では今では言う西の方角が北側となっていたため、東は南側だから「下る」と言うわけだ。

    道中、垣見左内(かきみさない)という近衛兵の親玉みたいな人が待ち構えている。
    大石さん、よりによってこの垣見左内に対して、
    「私が本物の垣見左内です、通してくれ」
    と言う。

    「ふざけた奴だ!」
    と刀を取ろうする左内だったが、
    『大石内蔵助 行年(享年)四五』
    という奉書を見つけた瞬間、この方は亡き忠君への義のため、命をかけて江戸の吉良邸に討ち入りに行くのだなと悟る。

    そして何と本物であるにも関わらず、
    「私が偽物でした」
    と言い、左内は大石さん達赤穂浪士を通す・・・という筋である。

    噺の筋は覚え稽古を重ねたのだが、やはり人前で大石内蔵助を演じるとなるとハードルが高いなあと思って、高座にかける事に足踏みしていたのだが、今日演る事にしよう。

    仮に不評だったとしても、批判も自らの不出来も飲み込めば良いじゃないか。

    それは苦しい事かもしれないが、酒が口に入り命が絶たれたハブほどの苦しさではないだろう。

    まさかハブを眺めた事で、今悩んでいる事に対する光明が見え肝が据わるとは思わなかった。

    視線に気づいて顔を上げると、紅しょうが姉さんと目があった。

    「何十年も演るもんなんだから、難しかろうが大ネタだろうが早い方が良いよ」

    そして姉さんの黒目はまた私から離れていった。
    まさか私のためにハブ酒を持ち込んで・・・。

    ・・・私も弟子を取ったら、
    さり気なくこういう事ができる人になりたいな。

    「千景姉さん、お願いします!」
    じゃがいも君が入り口から現れて私を呼んだ。

    演る噺は決まった・・・、このハブのように勇ましく行くとしよう。
    「いっちょカマしてこい!」
    いも太郎兄さんと話し込んでいたおでん兄さんが威勢良く私に声をかけてくれた。

    いも太郎兄さんは・・・えーと、うつむきながら何やらブツブツと。
    確か今日のトリだったな。
    目に怪しい光を宿しながら、両手を刀に見立て何やらズブリズブリと言っている。
    『お富与三郎』でもやるつもりかな?
    あんな暗い噺をオンライン中継のトリに・・・、まあいいか。

    通路に出て振り向くと、片手にハブ酒を抱えた姉さんが手を振ってくれていた。

    そんな姉さんに

    「お先に勉強させて頂きます」

    と頭を下げると、
    私はじゃがいも君といかぼーる君に案内され、小劇場の袖へと向かったのだった。

    (6月某日)


    #講談  #舞波千景
    #イラスト  #illustration
    #山椒斎紅しょうが
    #ハブ酒
    玉本秋人
  • 上野辻講釈〜雪ぼたん〜辻講釈の合間に上野東照宮、
    入り口横の牡丹園に。

    八千代椿。
    葉牡丹。
    聖代。
    篝火花。
    花王。
    島錦。

    などなど、今がまさに見頃である。


    そう言えば、去年は上野東照宮入り口にコーンがあったが、工事は終わったようだ。
    五重塔では作業服のお兄さん達が忙しなく動いていた。

    入り口の工事は何だったのか。
    あるといえば、石階段。

    割れた石階段、
    「都合の悪い割れ方」だったのを
    「都合の良い割れ方」に直したのだろうか。

    うん、まくらには・・・やめておこう。

    ヒラヒラ、雪が振り始める。
    ヒラヒラと、雪振り始める。

    ふと頭によぎった一文がある。

    好雪片片別処に落ちず
    (こうせつへんぺんべっしょにおちず)
    署長は今 どちらに落ち着かれているでしょうか。
    〜山本周五郎「寝ぼけ署長」より〜

    舞台は上野ではないが、
    雪の含んだ禅語(ぜんご)では、
    小説「寝ぼけ署長」のラスト、
    「私」のこの言葉が好きである。

    空から降る雪のひとひらは、
    一見何の意味もなく落ちているのではなく、朝になればその地は平らに、まんべんなく降り積もっている。

    不規則に変化しつつも、実は規則性を持っているという。

    雪も、人も。

    私はこれからの人生、どこに向かい何のために生きていくのか。
    迷いなく講談と言い切れるが、ふと自らを見つめ直すのは不安だからなのか。

    不安という事を認めたとして、その不安を感じてどうしたいのか。
    無駄だと思う先に何かあって、今私はある種の心の探求を図っているつもりなのか。

    行き着く果ては恐怖だろうか。

    そこまで考えてしまうのはただの言葉遊びで、
    実は人生なんてこの雪のように落ち着く先に落ち着くと思っているのだろうか。

    これくらいにしておこう。

    牡丹園の通り道の間に間に、立て札があるかすれた字で何か句が書かれてある。
    調べればわかるのかもしれないが、人の言葉が形を成し、時を経てもこうして残るというのは、言葉を仕事にする者としては一つの自信がある。

    実は最近書かれたもので、「昔っぽい字」にしてあるだけだったら、今こうして思っている事は全てに無駄になるが・・・。

    こんな事を考えるのも、夜に上野で独演会を控えるからである。
    そうかそうか。

    今日のお客はどんな人達だろう。
    今日の体調はすこぶる良いが、だからこそ油断をしてはならない。
    その場で思いついた面白いをただ出して、話を壊さないようにしなくては。

    今日話すつもりの忠臣蔵。
    「卍巴(まんじどもえ)と降る雪の・・・」
    と始まる、雪の降る日の赤穂義士のお話。

    不安というほどでもないが、こうして色々と考えていたのも高座が控えていたから。

    ただそれだけなのかもしれない。

    様々な気持ちを抱えつつも、高座に上がれば全ては目の前の人達に芸を披露するだけである。

    やはりこの雪のように、私の身も心も落ち着く所に落ち着くのだろう。

    出口には黄色いミツマタが匂いを放つ。

    後ろ髪を引かれるような、少し名残惜しい思いである。

    (舞波千景 2/10上野牡丹園での雑感)



    #舞波千景  #講談
    #山本周五郎  #寝ぼけ署長
    #イラスト
    #drawing
    玉本秋人
  • めい・すと〜む真鯉「うおおおお!俺は魚おおおお!!」
    緋鯉「やめて、そういうの」
    子鯉「ケンカしないで!」

    舞波千景「こうなるわけでございまして」

    #講談  #端午の節句
    #子どもの日
    玉本秋人
  • まくら(銀座お好み焼き屋 八八八八ッ八八〜(ぱぱやぱっぱぱ〜)にて) #舞波千景  #講談  #秋ナスは姫に食わすナス
    「どっひゃ〜、特製ソースの良い香り!」
    玉本秋人
  • まくら⑥(銀座お好み焼き屋 八八八八ッ八八〜(ぱぱやぱっぱぱ〜)にて) #舞波千景  #講談

    たった今思い出したのですが、ココ銀座のお話。

    夏のある日に、2丁目駅の近くに非常に大勢の人の列ができていましてね。

    後で調べましたら、加藤純一美術館なる"ゆ〜ちゅ〜ばあ"という職業の方が、あすこでご自分をテーマにした美術展を開かれたそうで。

    インターネットなるものには疎いのですが、大変に影響力のある方なんですね。

    "いんふるえんさあ"とも言うらしいですよ。
    インフルエンザではありません。

    恐らく、ここにおわす皆様が一瞬!頭によぎられたと思いますが。

    一瞬、よぎりましたでしょう?
    一瞬!

    ・・・それは置いておいて。
    (パンパンッ)

    講釈師個人の催し物と言えば、やはり独演会でございます。

    銀座ではまだないのですが、浅草や上野では何度か開かせて頂いた事がございます。

    寄席とは違い、お客様は自分だけを聴きに来られますので、毎回大変な緊張感に包まれます。

    それが時に心地よいなとも思ったりするのですけれども。

    パンフレットやポスターが刷り上がって、見せて頂きながら髪が跳ね上がっていないかな?着崩していないかな?などと確認をしましたり。

    ・・・跳ね上がっていたらそれはそれで面白いな、とか思ったり。

    当日までに一つ一つそういった準備を致しまして、上野講釈亭の方で独演会を開きました。

    講釈亭、我々芸人の控え室にモニターがありましてね。

    あまり大きいヤツではないのですが、それを観ながら客席の空気を我々はいつも感じ取ります。

    まくらはどうしようか?若いお客様が多いみたいだから午前中に食べた『うさぎや(上野にある人気カフェ)』のパフェの話でもしようか?などと話す内容を考えたりするんですね。

    ちなみに銀座でしたら『ぶどうの木』ですね。
    私は講釈師、ただ今皆様に美味しいパフェが食べられる店をお教えしております。

    ・・・お好み焼き屋の中で。
    こちらもデザートにチョコレートパフェがありますから後で頂くとしましょう。

    そんな事をアレコレと考えながらあの日も着替えておりましてね。
    髪を結い、袴なんかも履きまして。

    袴は普段私は履かないのですが、あの日『蜀山人(しょくさんじん)』という話を読むにあたって男性を演じる際に良いかなと考えましてね。

    そうして控え室でいそいそ準備をしていた際、モニターの奥が騒がしい。

    前座が2人ほど、困りましたと言いながら四苦八苦している姿が写りまして。

    辺りをキョロキョロと。
    何か問題が起こったようで、後援会のスタッフ達や上野講釈亭の席亭と、わぁわぁお話をしておりました。

    幕が開くまでお客様の前には出ない腹積もりだったのですが、これは会を開いた張本人の私が処理をしなければいけないなと思い、袴姿でしたが出ていきました。

    前座2人に聞かれましてね。

    「馬はどこに停めれば良いでしょうか?」
    と。

    馬ですよ、馬、お馬さん。
    ポルシェやランボルギーニの事ではありませんよ?

    馬でいらしたお客様がいまして。
    極めて珍しい、馬通勤をされている方が私の独演会にいらしましてね。
    サラリーマンの方なのですが、馬への愛が高じて電車通勤をやめて馬で出社されているという物凄い方でした。

    馬で上野駅周りを闊歩、馬ですからカッポカッポと信号を渡ってきたわけであります。

    しかし私は、プロの講釈師。
    想定外の事が起きても、知恵と閃きによって困難を打開しなくてはこの職業は務まりません。

    私は以前テレビで得た知識として、馬は道路交通法上、「軽車両」になるという事を把握しておりました!

    「駐輪場に案内なさい!」

    すぐさま前座にそう言い放ち、ズバッ!と指示をしたので!
    その瞬間は大変に"すたいりっしゅ"な講釈師だったと思います!

    「あ、そうだな」と、席亭さんが何とも思ってなさそうだった事が私の心にちょっぴりと傷をつけましたが、私はそれでも表情を崩さずに気丈に振る舞い続けました。

    騎乗ではありませんよ、気丈ですよ。
    ちなみに机上にはどうでも良い事をやたら大袈裟にしてまくしたてている講釈師の私が手を置いております。

    もちろん馬を飼っている以上、そのお客様も馬が自転車と同じ軽車両扱いになるという事を知っていたのですが、知らなかった前座が慌てふためいていて、それが大きな騒ぎに発展していたという事でした。

    そんなわけでございまして、無事に駐輪場にお馬さんを待機させ、我々はその日独演会をつつがなく務める事ができたのでございます。

    (パンパンッ)

    さて、大変にまくらが長くなりましたが、
    (パンパンッ)
    これから皆様の前で一席読ませて頂きます。
    (パン!)

    そのサラリーマンの方、動物園に遊びに行ってきますと、馬に乗りながら器用に上野西郷像へと続く石段を登っていかれました!
    やっぱり物凄い方でしたね。

    それがあまりに衝撃的だったため、お名前を伺うのを忘れてしまったのですが、もしかしたらこの人の生まれ変わりだったのかもしれません。

    馬れ変わり・・・ちょっと前の紅ー生姜といい、今日の私のダジャレは冴え渡っておりますね。

    ・・・反応が芳しくないのはご愛嬌。

    講釈好きの方にはお馴染み、
    『寛永三馬術』(かんえいさんばじゅつ)
    というお話でございます。

    (パンッ)

    まくら 〜了〜

    講談『寛永三馬術』に続く。
    玉本秋人
  • まくら③(銀座お好み焼き屋八八八八ッ八八〜(ぱぱやばっぱぱ〜)にて) #舞波千景  #講談

    お好み焼き屋にも様々なお客さんがいらっしゃいますね。

    私のように食べる専門という人もいれば、作るのが好き、ソレを人に食べてもらうのが好きという方もいらっしゃいます。

    日頃から親しくさせて頂いてます方で、沢北龍子(さわきたりゅうこ)さんと言う同級生がいまして。

    同じ野球部に所属していて、練習の終わりに
    「アンタに江戸っ子のお好み焼き、食べさせてあげる!」
    と言って2人で広島風のお好み焼き屋にやって参りました。

    どうも、あくせくヘラをかき回すせっかちなところを「江戸っ子だね」と近所のオジサンに言われたのをきっかけに、自らの長所なんだと置き換える事に、幼少の頃の龍子さんは成功なさったそうで。

    とても丸い形をなしていない「ソレ」を、汗水垂らしながら笑顔で「どうぞ」とワタクシに薦めてきたのでございます。

    ソレは何でしょうか。
    喉まで出かかりましたが、せっかく作っていただいたので控えました。

    最近映画も公開されましたので、
    「イット〜ソレが美味しそうに見えたら終わり〜」とでもコッソリココで申し上げておきます。

    ・・・美味しいんですよね、イット。

    お好み焼きの形をまるで成していなくとも火も通っていますから、食べるのには何も問題がないので、お箸でつまむもんじゃ焼きの要領でございます。

    切り分けは調理の最中にヘラで賽の目ナマス千六本と、すでになされていると思う事ができれば、パクパクとイケるのでございます。

    私が食べていると龍子さん、自分のお皿にはほとんど手をつけずにとても嬉しそうな顔をしているんですね。
    わんぱく小僧がメシを沢山食べてる様を見守る肝っ玉母さんのような笑顔で。

    野球部の練習試合でも自分が好成績をおさめるよりも我々が活躍する事の方が嬉しいそうで。

    練習で上手くいかなかったプレーが試合でできたりなんかすると手が真っ赤になるほど叩いて喜んだりする方です。

    ところで今思いついた洒落があります。

    一つずつお好み焼きを食べる。
    "ONEパク"

    入りませんか、ツボに。
    そちらの女性のお客様、まあまあ。
    店主がいるのにまあまあと言ってはいけませんよ。
    さては勝手知ったる常連さんですね?
    初めてきた、ははあ、なるほど。

    そちらのおば様、髪の色が朱に染まっておりますが、失礼ですがペニーワイズというピエロはご存知でしょうか?

    ペニーじゃなく、紅ー生姜を食べている。
    ははあ、なるほど〜。

    次にいきたいと思います。(パンッ)
    玉本秋人
  • 度々平(どどへい) #講談  #寛永三馬術  #向井蔵人
    #drawing

    馬術家曲垣平九郎の家に、突如世話役として雇って欲しいと現れた自称百姓の倅。

    その正体は、平九郎と同じ「三馬術」に数えられる天才馬術家の一人、
    「向井蔵人(むかいくろんど)」。

    曲垣流の馬術の秘伝書を盗むため、身分を偽って屋敷に住み込んだのだが、ある事件により身柄引き渡しになるところを、自らの地位と家を引き換えに度々平を助けた平九郎の懐の深さに惚れ込み、生涯の家来になる事を固く誓う。

    平九郎以上に資料が少なく、顔を描いた絵も見つからなかったので、多分こんな顔だろうと思って描いた。

    「曲垣のダンナは馬肉は食べません。
    ただ、悪者に羽交い締めされて食わされたら致し方ないといつも言ってます」
    玉本秋人
  • 辻三太講釈(つじさんたこうしゃく) #舞波千景  #講談  #クリスマス
    #三太九郎

    きよしこの夜に、節談説教(ふしだんせっきょう)を敢行す。
    玉本秋人
  • 『蜀山人』 #舞波千景  #講談  #イラスト 

    #drawing

    「つ離れ」という言葉がありまして。

    1つ、2つ、3つと数えて、つで数えられるのは9つ、10から10人と。お客様が沢山いらした時に使う言葉でございます。

    前座がコッソリと舞台端、袖(そで)からお客の数を数える際に、
    「師匠!早くも、つ離れしました!」
    なんて言ったりしますね。

    つ離れができない日は「どうも」と落ち込みたくもなりますけれど、却って人が少ない時には、いつも以上のモノを見せよう、意気込んだりなんてする。

    「近き者説び(よろこび)、遠き者来る」
    と言いますから。
    目の前のお客が、次にいらした時に別のお客を連れてくる。

    それを知っていたせいか、師匠に対して
    「力の見せどころですね!」
    と言って叱られた前座がかつていましてね・・・。

    わたくしです。

    (パンパンッ)


    とんちの名人といえば三人。
    一休宗純(いっきゅうそうじゅん)、曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)、そして本日読みます蜀山人。

    一休宗純は、
    「正月は 冥土の旅の一里塚
    目出度くもあり 目出度くもなし」
    と詠んだ句があります。
    割とひねくれた人で、正月なんかメデタくない!と、言ってしまうような方。
    だから物事の見え方も他人とは違うのでしょうか。

    曽呂利新左衛門は落語家の始祖と言われます。
    初代は太閤秀吉の幇間(たいこ)持ち。
    二世と書いてニセと読ます2代目は上方落語で一斉を風靡した方。

    初代の辞世の句は、
    「ご意向で 三千世界が手にいらば
    極楽浄土を 我に賜る」
    御人柄が現れておりますね。


    江戸時代の末は、文化文政期の頃でございます。

    近世文化が日の目を見、関東という新しい風土が生まれまして、それが中心地の江戸によって洗練されていった爛熟(らんじゅく)の時代。
    果物も肉も、腐る寸前が一番美味いとされる。


    姓は大田、名は直次郎。号を南畝(なんぽ)と言いまして、寛延は2年の、3月3日、桃の節句に御徒町の役人の元に生まれました大変目出度きお方。

    いくつもの名前を持ちます方で、杏花園(きょうかえん)、巴人亭(はじんてい)、四方赤良(よものあから)、四方山人(よもさんじん)などなど。

    19の頃に、寝惚先生と名乗り義文を出してその界隈で名を馳せていましたという事で。
    天才は若いうちから頭角を現すものなんですね。歳をとって天才というのは、確かにあまり聞きません。

    川端康成は「伊豆の踊子」を23、山本周五郎は17で小説を発表しております。
    寝惚と聞くと、山本周五郎の寝ぼけ署長を思い出しますが、頭の切れる方は、普段はみんなああして眠たそうにしているものなのでしょうか。人物画の蜀山人もまるで寝起きのような表情をしております。

    (パンパンッ)

    世の中に蚊ほどうるさきものはなし
    ぶんぶ(文武)といひて夜もねられず

    これも夜寝られない時に考えたような気が致しますね。その勢いで田沼藩に捕らえられるという、おちおち寝言も言えない時代。

    (パンッ)

    蜀山人という名は、師匠平賀源内が風雷山人と名乗っていたので、四方山人(よもさんじん)。
    そこにある時、中国、昔は唐(から)と言いまして、そちらの役人に
    「唐人へ ここまでこいよ 天野原 三国一の富士が見たくば」
    と、手紙を書きましたら、礼状の宛名に「蜀山人(しょくさんじん)」
    と書いてあったのが由来とされております。

    縦書きの四方山人の四方の字が、「蜀」に見えたので「蜀山人」と名乗りなさいとしてあり、こりゃ面白いと雅号に用いたのが始まりとされております。「明治のおもかげ」を書きました鶯亭金升(おうていきんしょう)も、「おうて いきんしゃい」から、ニ葉亭四迷(ふたばていしめい)も、「くたばってしまい」から来ましたしね。名前の由来を辿ると意外な成り立ちに出会えます。

    (パンパンッ)

    豪気な方で、当時の文句は
    春のに、
     澄さんも 富士のつく間も一同に
     どっととわろう 

    春の一国を
     千金ずつに締め上げて六万両の春の曙

    夏のに、
     いかほどに 堪えてみてもホトトギス   鳴かねばならぬ村雨の空

    秋のに、
    もみじ咲く 菊やススキの本舞台  
    まずは今日のこれ切りの秋

    冬のに、
     雪降れば 炬燵やぐらに閉じこもり
     打って出べき勢いは無し

    紀州の殿様に呼ばれ、歌に五色を入れ詠めと言われ、

    色白く 羽織は黒く裏赤く
    ご紋は葵(青)紀伊(黄)の殿様

    借りて着(黄)る 羽織は黒し裏白し
    ここは赤坂行は青山

    を詠んだ。

    蜀山人先生、お酒が好きな方で家来はいつも大変な目にあっていましたそうで。

    ある夜、履き物を履こうとしたら、
    その上に短冊が置いてあった。

    いつ来ても 夜ふけてよもの長話
    あからさまには申されもせず


    本郷に差し掛かって来ますと、加賀様水戸様のご家来がいまして、

    小石川 本郷を指して鳩が二羽
    ミトッポにカナッポ

    武士が蜀山人先生とぶつかった。足がもつれた蜀山人先生、水溜まりに飛び込みそのまま寝込んでしまった。

    家来が慌てて屋敷に連れ戻し、先生に禁酒の願いを持ち出しますと、先生は紙に、

    黒金の門よりカタキ我が禁酒
    ならば手柄に破れ朝比奈
    (朝比奈三郎の門破りのもじり)

    としたためて神棚へと上げます。

    そこに馴染みの魚屋さんが鰹はどうですかと来ましたが、禁酒宣言をした先生、鰹だけ食べても美味くないからと断った。

    しかし、魚屋さんに「酒が飲めて人生ですよ」と言われ、先生あっさり禁酒をやめてまた飲み始めた。

    鎌倉の海より捕れし初鰹 みな武蔵野の腹に入れ

    家来が来て先生約束したじゃありませんかと言われますと、神棚に上げた誓いの紙は書き直されておりました。

    家来が読み直しますと

    我が禁酒 破れ衣になりにけり
    やれツイでくれサシてくれ

    こういった具合で例外を沢山作りまして、春は桜、夏は星、秋は満月紅葉、冬は雪を肴に酒を飲む。
    友がいればいつもより飲み、二日酔いの時も調子を整えばと長薬代わりに飲む。

    生憎わたくしは未成年ですが、酒はそこまで飲みたくなるものなのでしょうか?以前タバコをお吸いになる寄席の案内の方に「タバコってそんなに良いものなのですか?」とお聞きしたら、
    「良いかというより、吸わないと落ち着かないんだ」
    と返された事があります。
    お酒も同じような気がしますけどねえ、講釈を演るにあたり、やはり成人したら芸の勉強のために飲むつもりですが、良く聞くあの言葉。

    「酒は飲んでも飲まれるな」

    蜀山人先生の生き様を、反面教師とする事で次にいきたいと思います。

    (パンパンッ)

    今例に出しましたが、蜀山人先生、煙草も同じでやめられない。

    煙草の火玉、当時は煙管(きせる)でこざいますから夢で火玉が襲ってきたので先生逃げます。かろうじて逃げたらそこは鉄火場で、ここで一服。その火玉がまた襲って自業自得。なんて夢を見たとか見ないとか。
    (パンパンッ)

    博打も大好き。
    しかし自戒の念がありました蜀山人先生、もう博打は止めようと、愛用のサイコロを橋の上から捨てました。
    どんな目が出たのだろうと橋からのぞきこむ始末。何もやめられておりません。

    (パンパンッ)
    旅が大好きです蜀山人先生。

    俳句の名人、松尾芭蕉が芭蕉と知らず、爺さん何か詠んでみろと、訪れた農村でゴザを敷いた村人達に無理難題をふっかけられた事がございました。

    ムッとした芭蕉さんが
    「三日月の・・・」と書いた。
    その時は満月の晩。そんなときに三日月とは何だよ!と笑われておりましたら、その後に、

    三日月の 頃より待つ 今宵かな

    と詠んで、村人達を黙らせたという話がございます。

    近江八景に来たときに蜀山人先生も、籠屋に近江八景をお題にして、全ての場所を詠んだらただで乗せてやると言われました。芭蕉さんと同じ無理難題、無茶ぶりというヤツです。そしてムッとしたというところも同じでございます。

    そりゃあ、詠むのはタダですが大変なんですよ?

    わたくしも講釈を読んでおりますが、知り合いに読売ジャイアンツの坂本勇人選手が大好きな子がいましてね・・・。

    坂本選手と自分の馴れ初めを講釈にしてと頼まれまして。

    断っておきますが、その子は坂本選手とは知り合いでもなんでもなく、観客席でただ見ていて応援をした事しかない、ただのフアンでございます。
    しかしつぶらな瞳で、
    「お願い!舞波さん♥」
    彼女もわたくしを舞波さんと呼びます。屋号(亭号)だからやめてって。

    (パンッ)

    そこをなんとか、「to be or not to be 」
    ハムレットの独白みたいにしたりなんかして。

    「いったいどうしたらよいのか?」
    坂本選手とお近づきになるには。

    「問題はそこだ、荒れ狂う運命の矢先を
     心で受けて耐え忍ぶのがよいのか」
    会いたくても遠くで見つめるしかできない乙女心を、こう表しましてね。

    「それとも敢然と立ち上がり寄せ来る苦難を跳ね除けて終わらせるべきなのか?」
    史上初の読売ジャイアンツ女性選手を目指す彼女の戦いが始まったとか、ストーリー仕立てにしてみましたり、


    「死ぬことは眠ることそれ以上ではない 眠ってしまえば心の痛みも肉体に付きまとう苦しみも終わらせることができる
    これこそ願ってもないことではないか」

    その切り口から始めてみたけど、ネタに困って行き詰まる。
    とりあえず寝て明日また考えよう。
    それを繰り返して、現在でございます。

    嗚呼っ!

    (パンパン!)

    ムッとした蜀山人先生ですが、次の瞬間!

    乗せたから 先はあわづかタダの駕籠
    ひら石山や はしらせてみい

    瀬田、唐崎、粟津、堅田、比良、石山、矢橋、三井

    近江八景全てが入ってぇおります。
    どうだい!

    わたくしがエバる事ではないんですが・・・。

    籠で雑談しておりますと、蜀山人先生、煙草が吞みたくなります。
    火を借りようとしたら、狂歌を詠んでくれたらと・・・。

    入相(いりあい)の 
    鐘の合図に撞きだせば いずくの里も日(火)はくるるなり。

    入相とは日没、夕暮れに鳴らす鐘でございます。籠の中ですから火玉が追いかけて来たら逃げられませんが、外に出した火玉が追いかけてきたら、籠かきの足と火玉、どっちが速いのでしょう。

    火玉に足はありませんから、これは文字通り蛇足ということで、場面転換。

    (パンパンッ)

    京の三条大橋に来てみれば、さぞ立派だと思っていたのだろうが、穴が開いて継ぎ接ぎだらけ。
    しかし蜀山人先生、橋を見てすぐさま思いつきましたのが

    来てみれば 流石都は歌所(うたどころ)
    橋の上にも色紙短冊

    わたくし、蜀山人先生の歌でこれが一番好きでございます。
    口幅ったいですが、『粋(すい)』でございますね。

    文政の6年頃、身体が弱ってきた蜀山人先生。
    病床に伏せる日々が続いておりまして、いよいよもってという時に詠んだのが、

    冥途から 今にも使いが来たりなば
    九十九までは 留守とことわれ

    この世に未練タラタラでございます。

    もっと狂歌を詠みたかった。
    もっと孫と遊びたかった。
    もっと芝居を見たかった。

    もっと旅をしたかった。
    もっと花見をしたかった。

    もっと酒が飲みたかった。
    もっと煙草を、もっと博打を。
    まだやり足りないのか・・・。


    留守といわば またも迎えに来たならば
    いっそイヤじゃと言い切ってやれ


    最後まで洒落ておりました。
    耳を傾けた家来に対して、最期に小さい声で、

    時鳥(ほととぎす) 
    鳴きつるかたみ初鰹
    春と夏との入相の鐘

    江戸の利口者と言われました狂歌名人、大田蜀山人という方のお話し。
    この辺で読み終わりでございます。

    (パンッ)(了)

    (上野講釈亭にて 
     出囃子 船漕ぎ娘)
    玉本秋人
  • まくら(芸談劇場二階小ホールにて①) #舞波千景 #オリジナル #講釈 #講談
    (まくらから抜粋)
    最近、水が高くなりましたね。
    玉本秋人
  • 2寛永三馬術(かんえいさんばじゅつ)寛永の三馬術。

    つまり、三人の馬術の名手の物語でございます。

    #舞波千景  #講談
    #曲垣平九郎  #度々平
    #筑紫市兵衛
    #illustration

    noteにて有料記事を公開。

    既出の寛永三馬術のイラストに加えて、

    ・決意の平九郎!〜明日から家なし〜
    ・旅立ち〜グッドラック平九郎〜

    の2枚を購入者限定イラストという形で収録しています。

    https://note.com/tamamotoakito/n/n110eb760d4ed

    「今度は"ふるからあ"で会おうぞ!
    曲垣とみんなの約束ぅーーー↑↑」
    玉本秋人
  • まくら(上野講釈亭にて)怒ってますよ、わたくしは。
    ブー。

    #オリジナル  #舞波千景  #講釈  #講談
    #イラスト
    玉本秋人
  • 「プラットホーム」プロ野球満開・・・失礼、『開幕』デェございます。
    私は横で雅(みやび)な決めポォズをとっていらっしゃる方、「夕月葵(ゆうづきあおい)さん」のおウチ、私が所属する芸談協会の頭取、海遊亭本まぐろ先生の本邸に居候をしております。
    その頭取の娘であり、同い年の葵さんとは「東京花菱大学付属女子高等学校」の女子硬式野球部で、共に白球を追いかける間柄でこざいます。
    葵さんは野球をおやりになるだけでなく観るのもお好きで、独自の発掘ルートを活かし、なんと巨人対中日の東京ドーム開幕戦のバックネット裏の1階席チケットを手に入れたのです。
    芸談協会頭取の娘という立場をフルに活かしたとか。
    「お前に一枚くれてやる、来い」
    最初は何かの冗談かと思いましたが、葵さんは普段冗談など決して言わない堅〜い方です。
    都度都度会合の席で思いつきのブラックジョークをかます私に向かって、御愛用の玄武の扇子を投擲される方ですから、そんな葵さんが何故私に?と、正直戸惑ってしまいました。
    「パパが都合で来れなくなった」
    聞くところによりますと頭取、福岡から竹馬の友と互いに呼び合う方が東京まで来ているのだとか。向こうが今日帰るという事で、頭取は昼席が終わったら駆け足でその方と浅草観光に繰り出し、馴染みのお蕎麦屋さんで一杯やりたいからと、昨日葵さんに言ったという事です。
    頭取も大変忙しい方なのですが、それでも父娘揃っての久々のお出かけの野球観戦。葵さんはそれを何よりも楽しみにしていたでしょう。

    そうなると私に断る理由などありませんね。葵さんからのお誘い、さらにプロ野球開幕戦をバックネット裏1階席で見れるなんて、昂ぶる気持ちを抑えるのに必死です。
    なんとか抑えられるのが私で、表情には出さないけれどプラットホームで御愛用の玄武の扇子を取り出し、「旅姿三人男」を口ずさみながら舞を踊りますのが、横の葵さんです。
    遠くには桜並木。暖かな風に乗って、白桃色の花びらがひとひらコチラにも。・・・大変によろしい日和ですねえ。
    ただ、葵さんには内緒なのですが、私はドラゴンズファンなのです。
    そして葵さんは、何と言いますか。ジャイアンツ至上主義とでも言うのでしょうか。
    テレビの前で巨人の敗色が濃くなりますと、みるみるうちに不機嫌になられる方なのです。リモコンでテレビを消すわ、冷蔵庫の炭酸水を一気飲みしだして袋のチーカマを鷲掴みして足音立てながらお部屋に帰るわ、その部屋から廊下まで聞こえる何やら叫び声のようなモノを放出するわ、まあ、荒れに荒れます。
    流石に球場ではそのような姿は見せないと思うんですが、横にドラゴンズファン(私)がいたら首根っこを掴む可能性があります。
    先週十四日は大石内蔵助が切腹を致しました日、我々講談師も寄席なり各々の会なりで赤穂義士伝を高座にかけました。
    仮に目の前の人(葵さん)が吉良上野介に見えたとしても、私に斬りつける勇気はありません。
    一応事前にひと通りジャイアンツのグッズは購入しまして、ジャイアンツファンっぽい格好を試みて本日は臨んでいるのですが、果たして葵さんにドラゴンズファンだとバレたりはしないでしょうか。
    偽りの自分に対する僅かな抵抗という事で、青めの着物で来ましたが、もしかしたらコレが致命的になるかもしれませんね。
    ともかく、今日は大いに楽しみましょうか・・・口ではジャイアンツの応援。そしてひっそりと心の内では、ドラゴンズの開幕戦勝利を祈りながら。

    #イラスト  #ILLUSTRATION
    #講談  #野球  #舞波千景  #夕月葵
    玉本秋人
  • まくら④(上野講釈亭にて) #イラスト #drawing
    #オリジナル   #舞波千景
    #講談  #講釈
    #浅草名物絵葉書クイズおじさん

    空板(からいた)という、講釈師ならではの言葉があります。

    寄席小屋で、講釈師がお客様がまだいらしていない時間に、机を貼り扇で叩き、声を出したりする行為でございます。
    野天での寄席場が盛んだった時代にやっていた事なのだそうで、ホール芸能が中心の今はあまり見られないでしょうね。

    張り扇を叩く音や発声を聴いた外の人達が、「やってるね」と言って、寄席に入って来る。
    朝の稽古と、催し物の宣伝をいっぺんにできる、一石二鳥というやつでございます。

    両国から浅草、田原町から上野までの浅草通りは別名仏壇通り。
    浅草寺と上野寛永寺、仏と仏を繋ぐという事で、仏像屋さんが軒を連ね、今に至るという事ですね。

    店で扱う仏壇は主に北側。
    直射日光があまりささない北向きにしていて、商品が傷まないようにという配慮、ビジネスというものでございます。

    「最近不景気でねえ」
    と丸眼鏡の主の方が言ってましたね。仕事柄、勉強のつもりで伺うのですが、知識欲は働くものの、確かに学校帰りの遊び場や小洒落たデートスポットにはあまり向かないでしょうね。

    空板の話ではありませんが、
    「木魚でも鳴らして御経でも唱えたらどうです」
    と聞いたのですが、
    「坊さん呼ぶ金はないし、適当に唱えて宗派の方を刺激したら面倒だ」
    とすぐに切り替えされました。
    何か良い方法はありませんかね?

    中国では老子が向いた方角という事で西。
    昔の地図では西の方角が上に配置されています。
    だから将軍家の先、西の大阪から来たものは「くだりもの」といって質の良い上品なものとして重宝されたわけでございます。

    逆が、日常でもよく使います「くだらない」と、毎日くだらないという人がどれくらいいるかわかりませんが・・・。

    このあたりの話は、以前ジョイジョイカムカムホールで話しました、浅草名物絵葉書クイズおじさんが教えてくださりまして。

    本名非公開の方なんですが、浅草だったらおじさんに任せてね!とそう言って胸をトンと叩いて咳き込みながらそう言っておりました・・・。

    パンパンッ(張り扇の音)

    雷門通り、あのあたりについても話しましょうか。

    かつては「浅草広小路」と言いましたそうで、ジョイジョイカムカムホールで読みました『浅草風土記』の著者、久保田万太郎氏の生まれたところです。

    両国、上野とかつて3つの広小路がありましたが、今あるのは駅名上野広小路のみでございます。

    広小路は元々江戸時代、江戸の大半を焼いたという振り袖火事の影響でできたものです。

    昔は木造長屋、町の構造上一度火がついたら隣の民家へ次々に燃え移ってしまいまして、建物を壊すしか対処がなかったそうですね。だから広い小路を作ったわけでございますね。

    雷門通りには食べ物屋が沢山ありますので、野球部のチームメイトを誘って食べ歩きをした事があります。

    中でも猛威をふるったのが、
    矢車翔子(やぐるま しょうこ)さんと、尾仲愛(おなか めぐみ)さんの二人でございます。

    「お嬢様っぽいものが食べたいですわ!」
    「浅草で一番美味しい唐揚げを食べさせて、舞波さん!」

    えー、説明しなければならない事が沢山ございます。
    玉本秋人
  • まくら(芸談劇場二階小ホールにて②) #舞波千景 #オリジナル #講釈師 #葛根湯 #講釈
    #講談

    (まくらから抜粋)
    子供の頃、タンスの上の神棚に、葛根湯(かっこんとう)があったんですよね。
    葛根湯は高いので、子供に触らせてはいけないようにと、親が手の届かない所に置いた。それがウチにとっては神棚だったというわけですね。
    それを知らない私は、「ああ、あれは蛤貝姫(うむぎひめ)様が宿る、大変有り難い御神薬なんだなあ」
    環境によって、子供は市販の薬にも手を合わせて拝む子に育ちます。
    玉本秋人
  • 上野辻講釈〜おでん兄さんと〜 #舞波千景 #辛子家おでん #講談
    #イラスト  #drawing

    1月東京、上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)。西郷隆盛像の向かって左。

    午前中の上野寄席での高座が終わった昼下がりに、辻講釈をやってみた。

    浴衣姿の西郷さんは愛犬ツンを連れて、今日もヨドバシパンダとにらめっこ。
    いや、今はお互いにクリスマスが過ぎ、骨組みだけになったツリーを見て、「なんか寒そうだね、この子」とでも言っているのかもしれない。

    徳川家の菩提寺(ぼだいじ)、上野寛永寺(かんえいじ)から歩いて石段を降り、不忍池(しのばずいけ)を回った先には旧岩崎邸庭園。
    岩崎弥太郎は三菱財閥の創始者で、日本教育講談全集にも登場する人物だ。
    神田神保町の古書店街で買ったものを読んで覚えた岩崎弥太郎物語を、道ゆく人たちの前でやってみた。もう少し構成し直してみたら高座にもかけてみよう。

    そんな事をしていると、階段を駆け上がって、おでん兄さんがやってきた。

    おでん兄さんこと、4代目辛子家おでん(からしや おでん)。私はおでん兄さんと呼んでいる。

    芸談協会所属の元落語家で、今はとある事情で講釈師に転職した、落語家っぽい名前の講釈師である。浅草の老舗おでん屋松でんの店主を営み、新作のおでんができると私にいつもご馳走してくれる、講釈とおでんと阪神タイガースをこよなく愛す、尊敬する先輩の一人だ。

    「お前に食べさせてやろうと思って店から持って来たんだ。行儀悪いが、まあいいだろ?」
    それは嬉しいが・・・、店からここに?
    「兄さん、どうやってここまで来たの?」
    「走ってきたに決まってんだろ!おでん持って電車なんか乗れっかよ!」
    確かに、浅草から上野までは徒歩でも来れるが、それでも30分はかかるだろう。上野駅方面からは信号もあったはずだ。
    おでんを両手で持ちながら信号待ちしている兄さんを想像して、思わず吹き出しそうになった。

    「ほれ、早く食え、遠慮なんかすんな」
    ・・・うむ、美味い。寒風にさらされて表面は乾いているが、まだ温かく、松でんの出汁つゆがちゃんと染みている。
    きっと、兄さんは何事も全力で行う人なのだ。全力で物事を行うには迷ってなどいられない。
    きっとここへも、迷いなく全力で走って来たのだ。
    ・・・おでんを両手で持って。時々信号待ちしながら。

    「もう少しでプロ野球開幕だなあ、去年は最下位だったから、せめてAクラスに・・・」

    嬉しそうに帽子のツバを触る、そんな兄さんとおでんを食べた。
    玉本秋人
  • 旅立ち〜グッドラック☆平九郎〜有料記事
    「寛永三馬術」収録イラスト。
    https://note.com/tamamotoakito/n/n110eb760d4ed
    (全文無料公開に変更致しました。)

    #イラスト  #講談
    #寛永三馬術
    玉本秋人
  • まくら(浅草ジョイジョイカムカムホールにて)釈台(しゃくだい)が、すこーし曲がって・・・よいしょ。

    #舞波千景 #講釈 #講談
    玉本秋人
  • まくら②(上野講釈亭にて)怒りの原因は「揚げ玉カレンダー」とかいうヤツでございます。口汚いですが、とかいうヤツと今は言わせてくださいね。

    6月は梅干しの季節という事でスーパーで
    しこたま小梅、それと切らしていたので塩を買おうとしたのでございます。

    季節ですから店頭入り口付近にコーナーができてましてね。

    しかし、果実酒のコーナーがメインだったためか、塩の袋は同じところに置いておらず、それなら調味料のところだと、私はカゴに梅がいっぱい入った袋を入れて駆け出し、いえ駆けるのは危ないので、いきなり目当ての梅が手に入った喜びで「駆け出しそうになる衝動を抑えながら」歩いたのでございます。わたくしは講釈師、描写は精緻(せいち)にお伝えします。

    塩を目指しておりましたら、ふと「すまほ」の保護フィルムとやら買おうかと思ったのでございます。
    以前携帯ショップで、機種変更という難儀な事をしまして、その時透明なシートで、「耐衝撃性」と書かれているやつを見かけて、いたく興味を惹かれました。

    いいですよね、耐衝撃性という言葉。安心感の塊ですよと宣伝しているかのようなあの文字。
    恐らくは無理だと思うんですが、マシンガンの射撃ですら跳ね返しそうな頼もしさを文字から感じます。

    お値段は1000円、わたくしには大枚でございましたが、安心の価格と思えば安く感じるのでございます。

    見つけてホクホク顔でカゴに入れ、今度こそ塩を目指した時に、カップ麺の食品棚の脇で「揚げ玉カレンダー」というのを見たのでございます。
    方眼紙みたいな、なんだかよくわからない目盛りのような線が書かれた紙、そこにテープで揚げ玉の袋が規則的に上から貼り付いてまして、一個100円だよと、紙のトップに、名前もわからないけったいなキャラクターの絵があってこちらに向かって笑いかけているものですから、「ほほう?」と手を伸ばしたのでございます。

    コレが片手では取れない。テープの力、粘着力というものが予想以上に強く、何クソ!と引っ張っても方眼紙のようなものが一緒にひっついてくる。

    この時に状況判断を間違えたのがわたくしの不徳の致す所と言いますか、揚げ玉カレンダーを引っ張っている間、よりによって梅の袋が入ったカゴを左手にさげていたのでございます。

    下に置けば良いのに、こんな小童ごとき片手で充分だ、そんな驕りがそのときのわたくしにあったのでしょう。

    これでも高校では女子野球部のレギュラーでございますから、少し下半身と腰の回転を利かそうと思い、片手の指のうち親指と人差し指で、揚げ玉の袋をつまみ、残りの三本は方眼紙の方へ押し当てまして、よろしいですか?皆さま方。もう少しでオチですからね。

    「お前を引き留める親に今生の別れは告げたか?」などと、頭の中で揚げ玉に言葉をかけたりなんかして、

    それでクイっと反転しましたところ、
    カゴを店員さんの腰にぶつけてしまったのでございます。

    謝りました、謝りました。揚げ玉は、方眼紙にくっついたままでした。
    失敗った(しくじった)事で頭の中が冷静になりまして、良く考えたら今日は揚げ玉を買いに来たわけではない。
    揚げ玉めっ、そんなに方眼紙お母さんと一緒にいたいのか?この甘えん坊さんめ!
    無理に引き離すのもなんだかこちらが悪人みたいで・・・とかなんとか、捨て台詞のようなものを呟きながらわたくしは家路に着いたのであります。

    保護フィルムの機種を間違えました。

    そして、塩を忘れました。

    フィルムが大きすぎて、すまほに合わないは塩がないから梅干しが作れない。

    さらにホントにないのかと、台所に向かった際に・・・。

    足のスネをちゃぶ台にぶつける。コレがトドメでございます。

    我を忘れたわたくしは、怒りに任せてゴミの箱にフィルムの空き箱を放り込んで、
    「おのれ〜!揚げ玉カレンダー!」と声を上げ、一人途方に暮れたのでございます。
    #オリジナル  #舞波千景  #講談  #講釈
    #イラスト
    玉本秋人
  • まくら⑤(上野講釈亭にて) #イラスト  #オリジナル  #drawing
    #舞波千景   #講談  #講釈
    #尾仲愛  #矢車翔子


    パンパンッ!(張り扇の音)

    まず、翔子さんは現在「お嬢様キャラ」なるものに挑戦中です。
    いいですね、わたくしもやはりこうした生業をしていますと、男女問わず様々な人物を演じますから、何かになりたいと言う気持ちは良くわかります。

    尾仲愛さんは唐揚げが大好きな方でございます。
    「3食唐揚げでも飽きないんですか?」
    と、以前に聞いたら
    「さすがにご飯とマヨネーズが欲しいよー」
    と、こちらの予想を超える答えをお持ちになっておりました。

    ちなみに「舞波さん」と、わたくしの事を呼びますが、舞波は屋号、お店の名前みたいなものなので、千景か舞波(屋の)千景と呼んでくださいと、これが一応の芸人のルールとなっております。
    再三、愛さんにも言っているのですが、それでもついつい舞波さんと言ってしまう、おっちょこちょいさんでございます。

    もう一つ、説明しなければならない事がありますが、それは一度置いておきます。


    浅草駅に降りた時に、
    「とりあえず唐揚げだね☆」
    の愛さんの言葉、めぐみはあいと書きますので、詰めて「愛言葉」を号令に、唐揚げ屋かあ・・・と、2人を案内しようとしたら、翔子さんが
    「アタシはスイーツが食べたいですわ」
    と異を唱えました。実を言うと、わたくしも気分はスイーツでございまして、心は生クリームを渇望しておりました。

    わたくしの顔が唐揚げの気分ではない、その事を、普段バッターの表情を間近でうかがう、キャッチャーというポジションを任されている愛さんですから、鋭く読み取ったのでしょう。
    プクッ!と頬を、まるで木の実を口一杯含んだリスのように膨らましました。
    愛さん、普段は優しくて控えめな子なのですが、唐揚げが絡むと人が変わります。

    忘れもしません、次の一言。
    「唐揚げ屋さんへの1歩を、今踏んだよね!?舞波さん!!」

    表情だけでなく、運んだ1歩目の足の向きまで見逃さない愛さん。

    踏んだのは事実でございました。しかし、それは唐揚げ屋に行こう!という愛さんの要求に対する条件反射のようなもので、もう一度申し上げますように、わたくしは心はクリーム塗れ。
    つまり、パッフェなのでございます。

    仕方がない、チームの輪を乱したらもうすぐ始まる地区予選に支障をきたすと思い、それでは唐揚げ屋さんに行こうとしました。

    忘れもしません。次の一言も。

    「心を偽るな!本音をさらけ出せ、舞波!」

    実を言いますと、翔子さんもわたくしの事を舞波と呼ぶのでございます。
    芸人のルールなのでやめてって。

    しかし流石は翔子さんです。翔子さんはチームの一番バッターで足がとても速い人です。鮮やかにセンター前を放ち出塁しますと、盗塁で軽やかに2塁ベースを落としいれます。
    盗塁を狙う時には、相手バッテリーの仕草、呼吸、クセ。そして心理を巧みに読み取らなければなりません。
    その人物観察で研ぎ澄まされた鋭い視線が、わたくしの心を射抜いたのでございます。

    と、勝手知ったる間柄ではありますが、友達に往来で自分の体の動きと心の動きを全て暴かれ、何だか恥ずかしくなってしまいました。

    そこで、
    「最初に唐揚げを食べて、デザートにスイーツを・・・重たいですか?重たいですよね?」

    言いながら同意を求めるという複雑な心境でございます。
    すると愛さんが、

    「さっすがだね!舞波さん、機転が効くね!」

    翔子さんも、

    「さすが芸人だな、舞波!」

    その後、愛さんはモジモジして、
    「実は甘いモノも食べたかったんだけど、何だか言いづらくて・・・」

    翔子さんの方も笑いながら、
    「食べたいのは自分だけって思われるのって何かイヤだね!舞波が言ってくれて助かったよ!アタシも今日はガッツリって気分なんだ!みんな同じで良かったー!」

    褒められた瞬間は嬉しかったのですが、最後にもう一つの説明をここで言わせて頂きます。

    わたくし、少食です。

    豆腐半丁の冷や奴と白飯で「今日はよく食べたな、寝れるかしら?」と思うのです。


    対する二人は、非常にご健啖。とっても良く食べるのです。

    結局、人気のお店で唐揚げ定食を食べ、その次にパッフェを喰らうというハシゴを強行する事に相成りました。

    檳榔(びろう)な表現ですが、
    「オエップ」という感じになりました。


    その時の浅草での油とクリーム塗れの思い出を胸に、いや腹に、
    明くる日、ついにココ上野に回ってきます。

    上野はご存知、上野広小路亭に、ココ上野講釈亭、上野演芸場(上野寄席)など、我々芸人達がひしめき合う、大変に愉快な街でございます。かつては上野本牧亭という、講釈師達のメッカとも言える場所もございましたね。

    辻講釈をやりに、上野恩賜公園に良く行きます。
    6月4日から、もう過ぎてしまいましたが、不忍池に佇む弁天堂では毎年「法華教」を読みます。講釈の長編物みたいに数日かけて読むようですね。

    上野周辺を散策がてら、写真を撮ったりなんかしてみたり、後は古地図のアプリで歩いたりなんかも最近はありまして、江戸時代を歩く気分を1人味わっております。

    見ながら歩いていたら以前、側溝に落ちましてね。半身が藻だらけになりましたが、バンザイをしてスマホは濡らさないように努めました。師匠の家にある貴重な古地図を借りていたら破門になる所でしたね。

    パンパンッ!


    上野公園の葉桜。江戸時代は桜の名所でございましたそうで、

     一めんの花は碁盤の
     上野山 黒門前に
     かかるしら雲 

     
    昭和13年、寛永寺総門の黒門跡にて建てられた建碑に歌一首。


    本日お話しをする方は、この方でございます。

    (まくら 了)
    玉本秋人
  • 決意の平九郎!〜明日から家なし〜有料記事「寛永三馬術」収録イラスト。
    https://note.com/tamamotoakito/n/n110eb760d4ed
    (全文無料公開に変更致しました。)

    #イラスト  #講談
    #寛永三馬術  #曲垣平九郎
    #度々平
    玉本秋人
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