その間、約一秒。我が家の料理番・尊が夕飯のおかずに迷った時、最近は私に食べたいメニューを聞くことが多い。今夜も例に漏れず、何を食べたいか尋ねられた。もともと他人に聞く方ではあるけれど、このところ私だけに毎日のように聞かれている気がする。NGが出ることもなく、必ず答えたものを食べさせてくれる。私のイメージより洒落ていることはあるけれど。
ひょっとしてこれは所謂「特別扱い」なのだろうか。何故私の希望ばかり叶えてくれるのか、本人に理由を聞いてみる。期待を込めつつ、何でもない風を装って聞いた私に返された言葉は「すぐ具体的なメニュー名を言ってくれて助かるから」だったけど。ちょっとでも勘違いさせてくれるような返事がくるなんて、万が一にもないと頭ではわかっていたのに、ガッカリする気持ちは止められなかった。「アンタなら冷蔵庫内の食材を把握しているから、作れないことが少ない」と、追い打ちをかけられる。尊は優しいからそんなこと思わないだろうけど、勘違いするなと超自然的存在に笑われたようで悲しい。
「それで、今日は何を食べたい?」
私の落胆など知る由もない彼が私の返事を促す。その言葉にちょっとした悪戯心が湧く。子供っぽいけど、彼の期待から外れたことを言って、困らせてみたいと思った。
「そうだね、今日はトラ肉を食べてみたいかな」
即興で考えたにしては悪くないつかみどころのなさだ。当然、本物の虎はどこかの国同士が集まって作られたきまりによって、食べるどころか捕まえることすらできない。であれば、寅は? 言葉の意味が文字通りでないのなら? もちろん、彼が私の言葉の意味を正確にとらえたところでお互いに良いことはないだろうから、理解できなくて良いのだけれど。尊は当然意味に気づかず、小首をかしげる。素直に悩む尊が可愛らしいと思いつつ、自分の大人げない意地悪を悔む。
この真面目な男が、それはどういう料理を指すのかと口を開く前に「やっぱり、肉豆腐がいいな。この間錬成した新鮮な上質肉がまだ冷蔵庫にあったよね」と話題を変えた。