幾光年の悪戯
グレートフォックスの操縦室。
周辺宙域の安全確認後に自動航行モードに切り替え、ナウスとともにフォックス、
そしてペッピーがいる。
先の激務でファルコもスリッピーも爆睡しており、作戦の後処理は二人で行う事になった。
依頼者への報告用に記録したデータを精査し、相応に金額請求する為の請求書を作成する。
これがなかなか面倒な作業なので若い三人の間では大体押し問答になり、
耐えかねたペッピーがガツンと説教をしてから四人で分担する……
というのが最近のお決まりとなっていた。
今日は、二人だけでの作業になるのでなおの事時間がかかるだろう。
「ナウス。戦闘データの解析は出来たか?」フォックスがナウスに問う。
「現在、20%出力中デス。」
「まだまだかかりそうだな。今回は向こうさんもかなりの数だったから仕方ないが。」
ペッピーが肩をすくめる。
「そうだな……少し、気分転換してくるか。データが出て来るまでの間に。」
フォックスも軽く首を横に動かしながら言う。
「ああ、いいぞ。わしは此処にいるから少し休んで来ればいい。」
「そうじゃないよ、ペッピーだって少しは休まないと。」
いつもはリーダー然としたフォックスも、
ペッピーと二人きりの時はついつい少年じみた口調が戻って来る。
「俺ももう、眠くなってきちゃってさ……終わったら、思う存分寝てやるんだ。」
あくびを噛み殺して、眼を瞬かせる。
「あはは、何だ。赤ん坊みたいだぞ。」ペッピーが笑う。
「まあ、ファルコとスリッピーも同じようなもんだな。」
「赤ん坊は言い過ぎ。特にファルコ。」からかわれてフォックスも笑う。
操縦室をしばし後にして、現在はリビングルームになっている部屋へ向かう。
そこはかつてのスターフォックスのリーダー、ジェームズ・マクラウドの書斎だった部屋だ。
部屋には大きな窓が開けていて、そこからは星の大海が見渡せる。
その佇まいには意外な程、懐古趣味だったジェームズは紙製のマテリアルを好み、
この部屋に仕事の誓約書の原本や自らの蔵書、はたまた取るに足らない雑誌等も
持ち込んで保管した。
そして時間のある時には__もっともそんな時間はめったには訪れなかったが__
ひとりで、
あるいはペッピーとコーヒーを飲んだり、何かたわいもない話をしながら
読書をしたのだという。
今は当時の雰囲気を残しながらも、ペッピーがきちんと整理整頓をした上で
皆で寛ぐための部屋となっている。
蔵書は、必要だったりごく僅少な思い出の品を残して処分してしまった。
残している品の中には、幼かったフォックスや、コーネリア軍時代のジェームズやペッピー、
それからフォックスの士官学校中退を期に、きっぱりと絶縁に至ってしまった
ジェームズの妻ヴィクセンの優しげに微笑んでいる写真もある。
ペッピーはそれらを、アルバムに丁寧に綴じて、本棚の片隅へしまっていたのだった。
「母さんのまで取ってあるの。」
「ああ。その頃はあのお袋さんも優しくてな。
パペトゥーンから、小さいお前さんの写真をちょくちょく寄越してくれてたんだ。」
「へえ……そんな頃もあったんだな。」
「少なくとも、わしが勝手に処分して良い品じゃあないしな。要るか? 」
「要らない。」フォックスは素っ気なく返事をする。
「自分のお袋さんの事をそんな風に言うな。」ペッピーは窘めるようにフォックスに言う。
「何だよ。ペッピーだって、知ってるくせに……。」
「お袋さんはただ繊細なんだ、これまでに色々あり過ぎた。ただそれだけの事さ。
……わしの方が済まなく思ってるぐらいだ。」
「だから面倒事はペッピーに押し付けたって事?……どっちにしても母さんの写真は要らないよ。」
フォックスは、アルバムをぱたん、と閉じてペッピーに手渡した。
「そうか……じゃあ一応、わしがまだ預っておこう。」
いつかお袋さんと打ち解ける事でもあったら、また必要になるかも知れないからな。
ペッピーはそう言いかけて、口をそっと噤んだ。
「これはお前さんの親父が、好きでよく読んでた本だ。ちょっと読んでみるか?」
フォックスはペッピーから、一冊の本を手渡される。
「……随分重いな」
『コーネリア動植物生態写真図鑑』。かなり、厚い本だった。今はもうおそらく絶版ものだろう。
紙製らしく劣化して褪色しているが、触れていると父の温もりが思い出されるようだった。
ソファへ座って、パラパラとページをめくると、沢山の色鮮やかな動植物の写真が載っている。
何かがヒラリと足元に落ちた。
(「ん、何だこれ?」)
フォックスが拾って見てみると、それは一枚の写真だった。
見ると、おそらくスターフォックスを立ち上げて間もない頃の、
若き日のペッピーと、ジェームズの姿だった。
写真の中のペッピーはさも気持ち良さそうな表情で、この部屋と同じソファに凭れ眠っている。
その横に座るフォックスの父ジェームズは、してやったりと言いたげな悪戯っぽい笑顔で
ピースサインを作りこちら側を向いて写っていた。
ペッピーが書斎で居眠りでもした所を、父が撮影したのだろうか。
そしてその写真には、ジェームズの癖字でこう書かれている。『作戦成功!』
ペッピーがこちらの様子に気付き、近付いた。
「フォックス、どうした?……っ!」
写真を見て、ペッピーの表情が驚きでみるみる変わっていく。
「ペッピー、この写真いつの?」
「それはっ……」
慌てて、フォックスの手から写真を取り戻そうとする。
あはは、と笑いながらフォックスはそれを躱し、
写真をひらひらと手に持ってペッピーから逃げ出す。
「赤ん坊みたいだって。自分だって赤ん坊みたいに寝てたんじゃないか!」
「こら、フォックス!」ペッピーは、はにかみながらフォックスを追いかける。
「ふふふ…じゃあほら、ペッピー。」フォックスは振り向いて、ペッピーに写真を渡す。
写真を受け取り、はあ、と一呼吸してからペッピーは言う。
「まったく…いつの間にこんなもの撮ってたんだ、あいつは?」
別段、誰かに見せられない写真というわけでもない。ごくごくありふれた写真ではあったが、
ジェームズが好んで読んでいた一冊の中に、他でもない自分達の写真が挟み込まれていた事が
ペッピーの心に、穏やかな熱を灯した。
まだ若く威勢もよく、今に比べればおそらく周りなど何も見えていなかったに等しい、
友と共に駆け抜けて充実した日々の、その合間にあった暖かい時間にペッピーは想いを馳せた。
ジェームズ、お前がそこにいてくれるだけで、恐れなど何も感じなかった気がする。
突然に終わってしまったその日々が、今はこうして、お前の息子を通してちらほら蘇ってくる……。
お前を守り切れなかったのに、過ぎた贅沢だな。ペッピーは写真を眺めながら眼を細めた。
フォックスはそんなペッピーを見つめてから、
「父さんはその写真、渡そうとしてたのかな。何でここに挟んでたんだろ。」と、
不思議そうに声を掛けた。
「はは……何でだかな。偶然かも知れんし、今となってはわしにも良く分からんよ。」
(ペッピー、驚いたろ。話の途中で君が寝こけていたから、こっそり写真に撮ってやったんだ。
だって君はいつも、私の寝坊癖を注意するだろ。そういう君だって居眠りぐらいするんだからって、
どうしても教えてやらなきゃと思ってね。ふふ、そう恥ずかしがらなくたっていいだろ。
これも良い思い出になるさ……。)
そんなジェームズの言い分を想像して、ペッピーは図鑑に再び写真を挟みこんでから言った。
「一体何年越しの悪戯だ、ジェームズの奴。」
フォックスは笑いながら答える。
「最近叱りすぎてるから、ペッピーも昔を思い出せって事じゃないの?」
「何を言うか、馬鹿もん。」
そう言ってペッピーは、大きな窓から星々の海をすぅっと眺めた。
星屑はただ静かに、何億光年もの古の、その思い出を今に伝えるかのように、輝いていた。
了