四つの葉・『スターフォックス64』を元に設定を一部脚色しています。
本作は、原作設定についての多方面からの解釈、及び他の皆様の二次創作物を
否定するものでは一切ありません。
以上をご了承の上、どうぞお楽しみ下さい。
「いや、この三人だけでは立ち上げは厳しい。フォックス」
ペッピーが、いつもの闊達な様子からは少しもの寂しく、
優しげな視線をフォックスとスリッピーに向けて言う。
「え」以前もそうだったのだし、三人居れば充分じゃないか、とフォックス。
「なあにぃ、それぇ」と、スリッピーが無邪気そうに答えた。
「三人はな……どうにも、難しい。まあこれは、わしの思い込みかも知れん。
それはそうとな。スリッピーと言ったか。…わしの相棒を紹介するから、こっちへ来てくれ。」
さて、どこかで聞いたような名前だと思いながら
ペッピーはそう言って、グレートフォックスの広々としたメカニックガレージを、
昇降階段の上から見渡す。
父親の立ち上げた家業とも言える傭兵遊撃隊スターフォックスを継ぐという名目で
宇宙アカデミーの士官学校を中退したフォックスが、
腕の立つ整備士がいる。まだちょっと頼り無いけど、と連れて来たのが
アカデミーでの同窓だったスリッピー・トードだ。
こういった風景にいかにも目が無さそうな、
年齢からだいぶ幼く見える少年は、
ガレージ内に収まっている戦闘機、アーウィンに
初めて触れる時を、今か今かと待っているようだった。
階段を降りる。
過去、此処へ三機揃って待機し整備を待っていたアーウィンは、
いまや只一機のみが残されていた。
この機体は数年もの間、単機での激務に耐え
丁度入念な整備を必要としている矢先であった。
スリッピーは嬉々としてアーウィンに食いつき、
思った通りだ、やっぱりスペース・ダイナミクスのだねそれならお任せだよ、
ここの機関はあの技術だ、この部品はあれを使わなきゃいけないね等、
もはや歌を歌うかのように独り言を言いながら、
疲れ果てた銀色の体躯のあちこちに潜り込んで、親しげに挨拶をしている。
彼の横で笑いながら、スリッピー、あんまり無茶苦茶するなよなと
声を掛けるフォックス。
そんな二人の様子を、コーネリア軍を抜けたばかりだった遠き日の自らと
その親友ジェームズになぞらえる、穏やかな眼差しが一対。
ああ、スリッピーのアーウィンへのあの熱の入り様。
必要な処置を瞬時に判断した眼力。
やはりベルツィーノ・トードの子だったか。それならなお、心強い。そう感じながら。
ペッピーは側にある木製の簡素な椅子に腰掛けて、
近くの、これまた木製の机に置いてあった旧い小型ラジオを引き寄せ、電源を入れる。
気ままにチューナーを回し、チャンネルの合うに任せる。
特にこれといった番組があるわけではないが、小さい音量で流しておくことにした。
「四人か…。」フォックスがぽつり、と呟く。
「四人目なんて、考えても無かったけど。腕の立つ奴がもう一人ぐらいいれば、
納得するのかなあ。本当に心配症なんだから…。」
腕組みをして、目を閉じる。
士官学校で一緒だったビルはどちらかと言えば慎重な性格で、
ゆくゆくは空軍へ士官として、入隊する事になるだろう。
同じ士官候補生の立場を自らふいにした自分が、
お前も傭兵遊撃隊の一員にならないかといきなり彼に切り出したとして、
果たしておいそれと付いてくるものだろうか。
彼にも家族がいる。フォックスは、士官学校を中退する直前の、
母親との最後の会話をふと思い出し、かぶりを振った。
『やっぱりあなたもそう。男なのね。
日々を暮らすよりも、もっと遠くにある、大きなもののために命を賭けようとするのね。
どうして、そうなってしまうの。どうして、あなたも一緒に居てくれないの…。』
言葉も無く立っているフォックスの両肩を掴み、母は子の薄い緑色の両眼を
しっかりと覗き込んで言った。母の金緑色の瞳は涙に縁取られていたが
フォックスはそれでも、熱を込めた視線を外す事はしなかった。
『母さん。もう決めたんだよ。俺は、父さんの思い残した仕事をこの手でやり遂げたい。
コーネリア軍に入って士官になってしまったら、きっとその決心が鈍ると思ったから…。』
『…良いわ。あなたも同じ事言うのね。…もう止めないから、行って頂戴。
辛いのよ、見るのが。あなたの、あの人と同じそんな眼を。
果てがない空を求めて、すぐに、居なくなってしまう…私を置いて。』
『母さん。そんなに嫌だったの、父さんの仕事。』
『……愛してたわ。ジェームズを……。
でも今はもう、ただ待っているのも、失うのもたくさん。
それでも、あなたは行くんでしょ。それなら私から話す事は何も無い。』
母の、海の波の様に押し出されてくる哀しみが、その裏返しから出る鋭い言葉が、
当然のものであると理解はしながら、
それでも、父の人生を、その死も含めて到底受容することができないと言われた気がして
フォックスは大きな苛立ちと痛む胸を堪えながら、只こう告げる事しか出来なかった。
『さよなら、母さん。頼むからもう、俺と父さんの事で苦しまないで。』
いつか。
また再び笑って会う事が出来るだろうか。
ペッピーはたった一人のお袋さんをそんな風にしてやるな、
わしも一緒に行くからまた話をしに行こう、と言ったがフォックスは頑なに断った。
惑星ベノムからただ一人生還したペッピーの顔を再び見てしまったら、
昔から更に神経のか細くなった母が激しく気色ばむだろう事は、解って居たからだった。
それなら、きっともう会わない方が良い。この道はおそらくもう取って返す事は出来ない。
父を守り切る事が出来ず、突如寡婦にしてしまった母に申し訳が立たないからと、
保証人のペッピーが肩代わりして細々と支払って居た母艦グレートフォックスの借金も、
これからは遊撃隊の稼ぎから自分が捻出していく事に決めた。
たとえ母に会えなくても、息災で居てくれるなら、近くで傷つけ合うよりもはるかに良い。
フォックスにはそう思えた。
作業するスリッピーがふと振り向き、きょとんとフォックスの物憂い顔を見た。
「え?何?フォックス。なんか言った?…うっわ〜、何これボロボロじゃん!!
よおし、此処はこうして、と…えへへ!出来た、やっりぃ〜!」
と思えばまた、おもちゃに向かう子供のようになってスリッピーは、
ほくほくとして作業の手を止める気配がない。
話を振っておいてそれかよ、とフォックスは少し呆れながら笑う。
「…まあ、確かに、俺達だけじゃちょっと不安かな…。」
スリッピーを一瞥してフォックスが嘆息する。
何しろ、二人とも実戦経験が全くと言って良いほど足りていない。
この道を決める前ペッピーから、この仕事は甘くは無いぞと散々言い聞かされた説教が、
今になってフォックスの耳にすんなりと沁み入ってくるようだった。
この三人だけでもおそらくやってはいけるだろうという事は、
内心ペッピーも肯んじていた。
だが、三人という人数の持つ意味は、
災難を経て来た彼にとっては、平素に人の感ずるそれと余りにも違って、
ひとしお、肩に重くのし掛かるのであった。
夢に生き、果敢なく散っていった者。
現つに惑い、その囚われ人となった者。
そのどちらをも救えずに、一人贖い語り継ぐ者。
三つの灯火は二つとなり、やがて、ただ一つきりとなってしまった。
三つの葉は希望を、
二つの葉は訪れる不幸を、
そして一つの葉は、困難に打ち克つ、始まりを意味する。
妻のビビアンからいつか耳にした、何かの花言葉だった。
かつての希望は無残にも散り散りになったが、
図らずも、ここに新たな始まりをもたらそうとしている。
けれど。
(「三人はな…おれには荷が勝ちすぎる。おれも歳を取って臆病になった、随分と…。」)
せめて、四人なら。
共に生き残れなかった、地獄を。
共に背負う事の出来なかった、孤独を。
共に分かち合えなかった、苦悩を。
繰り返す事には、ならないかも知れない。そんな気がして仕方がなかった。
四つの葉の意味は、何だっただろうか。
ビビアンの言葉を思い返そうとして、ペッピーは不意にフォックスに大声で呼ばれた。
「ペッピー!スリッピーを見てよ。あいつ本当にこういうのが好きなんだ。
…ペッピーの機体、もう少し見せといてやっても平気?」
スリッピーは、さっきの歌う様な調子は何処へやら、
今度は口を引き結んで黙々と整備作業にかかっている。
それを見遣ると、ペッピーは思わず
作業に熱中するその肩を揺すり、ふざけた声を掛けてやりたいような
郷愁じみた感情に襲われた。
だが、あの時とは違う。何もかもが、変わったのだ。
あの頃自分の隣に居た仲間達はもう既に此処には居ない。
「ああ、良いぞ。アーウィンも喜んでるだろう。なんせ碌に整備をしてない。」
未だ喉に焼け付くような悲しみを、訳もなさそうな表情で呑み込み、ペッピーは快諾する。
ペッピーは帰らぬあの日、そして、今の此の時に同じ出で立ちでいる自らの、
その存在の意味を想った。
着ているジャケットの背中に刺繍された、迷いなき真紅の狐の印。
親友の気高い魂と引き換えに生き延びた、この命。
あの頃の、赤心の証として残るもの。
スターフォックスは、まだ、生きている。生きているぞ。
スリッピーとフォックスを遠目にペッピーは一人、
仄かに湧き上がる再びの希望を、温めた。
ペッピーの付けた旧型のラジオから小さく、
コーネリア惑星放送局によるニュースが流れている。
『…次のニュースです。惑星間強盗団の被害拡大に伴い、宇宙警備隊の強化が
喫緊の課題となっている問題で、先日新たな被害が確認されましたが、
最小限に留まったと報告されました。これまでも強盗団への宇宙義賊の牽制により、
同様に被害船舶が保護された件が数件報道されてきましたが、
コーネリア宇宙警備隊の調べによりますと牽制を行ったのは宇宙義賊ではなく、
暴走族FAAB、正式名称フリーアズアバードのメンバー達で、貨物船が保護された後、
FAABは貨物船からの通信に応答せず撤収していたために確認が遅れていたもようです。
さらに…』
了