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    ナムクシャまとめ逢魔が時燃えずとも消えず逢魔が時

    執務机に座って代王としての務めに追われるその横顔を眺め、この女に初めて会ったのはいつだったかと記憶を遡る。あれは確か、そう、土鬼とトルメキアにまだ細々と言えど国交があった頃だった。


    内政と僧会のジジイ共の相手で忙しい弟に代わり、手隙の俺が外交面における土鬼の顔として呼び出されるのは珍しくなかった。面倒だと断るのが常だったが、一度だけ招待に応じてトルメキアを訪れたことがあった。第四皇女の成人の儀と聞いて少し興味が湧いたというのが理由だった。陰気な墓穴の中の変わり映えのしない生活にも嫌気がさしていた。
    前年にトルメキアの后妃が病に臥せったという噂は聞いていた。大方、宮廷内の政治抗争で毒でも盛られたのだろう。昔からあの国は王族同士の血生臭い争いが絶えない。よくもまぁ飽きずに身内同士で殺し合えるものだと感心する。そんな毒蛇の巣穴で育った娘がどんなツラをしているのか、一目見てやろうと思ったのだ。

    新たに挿げ替えた身体の調子も悪くなく、鬱陶しいクソ坊主どもも居ない。退屈ではあるがそれなりに快適な空の旅を終え、王都トラスへ降り立つ。弟に実権を握られているとはいえ、皇帝の血を引くことに変わりはない。だが、一個中隊の軍楽と儀仗で盛大に迎えられ、慣れぬトリウマに乗せられて王城まで練り歩かされるのには少々閉口した。あのカビ臭い穴倉に比べると賑やかに過ぎる。

    三皇子とヴ王の陰に、毒蛇の娘は佇んでいた。てっきり同じように醜く肥え太った女だとばかり思っていたが、唯一その身にのみ流れる先王の血か、それとも。
    長く編んだ髪を後ろへ上げ、まだ幼さの残る身で長い裾を引きながら無表情に儀式の手順をなぞる姿に少し拍子抜けした。自分の境遇に重ねて、過剰に期待していたのかもしれない。
    所詮、虐げられ隅に追いやられた第四皇女か。
    早々に興味は失せ、チラチラとこちらを窺ってくる貴族どもの視線にも飽いた。異国の皇族への恐れと興味、見え透いた魂胆を抱えて話しかけてくる馬鹿の相手にウンザリして、宛がわれた客室へ早々に退散する。
    「やれやれ、暇潰しにはなったが二度と御免だな」
    適当に掴んだ薬を口内に放り込んで、煩わしい儀礼用の装飾を取り払う。明日には帰途に就こう、どうせ長居しても益はあるまい。
    大広間ではまだ長ったらしい宴が続いているのだろうか。もはや戻るという選択肢はナムリスに無かった。かといって狭い客室でじっとしているのもつまらない。どうしたものかと思案する。
    そういえば儀式が終わってから皇女の姿を見ていない。
    連れてきた兵たちにはついてくるなと言い置いて、一人王城の中を歩くことにした。運が良ければ出会えるだろう、出会えなければそれまでだ。


    いくらか城内を散策していると、中庭を見下ろせる渡り廊下へ出た。広く土の敷かれたそこは御前試合にでも使われているのか、草木はほとんど植えられていない。何の気なしにヒョイと見下ろせば、一人トリウマに乗った兵が出てきたところだった。
    いくつか設置された障害物を巧みな手綱さばきで乗り越える様子を手すりに凭れて眺めていると違和感に気づく。あの姿はトルメキアの騎兵の武装ではない。それに何より、あの兵は年端もいかぬ少女だ!
    階下へ向かう途中もクツクツと喉奥の笑声が止まない。随分と長く生きてきたが、こんなに愉快な思いをしたのは数十年ぶりだ。
    中庭に一歩足を踏み入れると同時に、腰に携えた剣を抜く。こちらに気づいた少女は馬上で好戦的に笑うと、応えるように抜刀した。
    セラミックの刃が研ぎ澄まされた白い光を放つ。動いたのは少女が先だった。トリウマの腹を蹴り、その勢いのまますり抜けざまに下から上へ剣を振り上げる。触れ合った金属同士が甲高い音をたてて火花を散らした。
    (ヒヒ、殺す気で打ち込んできやがった)
    面布と纏う装束で賓客であるナムリスを認識しながらも容赦なく真剣で切り掛かってくるのに、己の口端が釣り上がるのが分かる。幼い腕力と足らぬ重さ、そして高さをトリウマに騎乗することとその速度で補っている。
    まともに打ち合えば弾き飛ばされかねないと、僅かに切っ先を逸らし軌道から退く。それを見越していたのか、少女は即座に馬首を反転させ追撃に掛かった。
    鋭い刺突を剣の腹でいなし、脇を駆け抜けるトリウマの脚の腱を断つ。トリウマの方には簡単な防具しか着けられていなかったのが幸いだ。鳴きもせずつんのめるようにして倒れた憐れな馬から転げ落ちた少女は、なおもナムリスへ向けた切っ先を下ろすことなく挑みかかってきた。
    「ハハハハ! そんな顔を隠していたとはな!」
    刃と刃の交わる音が続く。あのガラス玉のようだった碧眼が今はギラギラと燃えている。堪らなく愉快だった。
    「あっ」
    少女の手から弾き飛ばされた剣がくるくると宙を舞い、ナムリスの背後の地面へと落ちる。
    勝負は決した。
    ナムリスは抜身の剣を軽く地に突き立てると、まじまじと少女の顔を見つめた。
    「影武者じゃァねえな、トルメキア第四皇女」
    「クシャナだ。 お前は土鬼の皇兄ナムリスだな」
    成程、毒蛇の娘に相応しい顔をしてやがる。こちらから仕掛けたとはいえ、他国の皇族と知っていながらそれに応じる不敵さは、儀式の際の木偶のような姿とはまるで別人に思えた。
    「それにしても、宴の主役がなんでこんなとこで一人稽古してんだ?」
    「…あそこにいても私の片付け先の話しかされない」
    王侯貴族が集まれば飛び交う話は縁談か政治のいずれかだ。まして今日成人したこの皇女であれば尚更だろう。こんな王家の女として生まれたが故に、周りの男たちの駒にされてしまうのだ。
    ……いや、それは俺も似たようなものか。弟ではなく俺が呼ばれたのにもそういった意図があったのかもしれない。
    「…ま、なンだ。 一国のお姫サマに突然剣を向けたりして悪かったな」
    地面から抜いた剣を鞘に収める。うっかりどちらかが怪我でもしていれば国際問題になりかねなかった。ヒドラの身体であるナムリスは構わなくとも、クシャナはただの人間で、しかも嫁入り前の少女だ。
    「それから、そいつも」
    地に座り込んだままのトリウマに視線を遣る。あの様子ではもう軍用馬としては使えまい。食用にされるのか愛玩用に飼われるのかまではナムリスの知ったことではないが、人間の都合に振り回される生命に思うところが全く無いと言えば嘘になる。
    クシャナは何も言わず、落ちた剣を拾って鞘に戻した。まだあどけない丸みを残したその身体が、そう遠くない未来にあの広間に集っていた醜い貴族の子弟らの誰かに蹂躙されるのかと思うと、なんだか惜しいような気がする。いや、鎧に身を固め剣を振り回すような少女だ、戦場で散るのが先か。
    「何をじろじろと見ている」
    上から降ってくる不躾な視線に気づいたのか、トリウマの手綱を取り立ち上がらせたクシャナがこちらを振り向く。まだ小さいが、この娘はちゃんと毒牙を持っていた。いつかあの親蛇をも喰い殺すかもしれない。
    「ヒヒヒ、十数年後が楽しみだと思ってな」
    いつかそんな日が来るならば、自分の横に並ぶのはこの女をおいて他にいないだろう。この女と並び立つのに、自分より相応しい者もいまい。どこか漠然とした予感のようなものがあった。

    掬い取った手は少し力を籠めれば容易く潰れてしまいそうなほど柔らかく、剣を握るよりも花や人形と戯れるのに相応しい形をしていた。よくもまぁこんな子供の腕で己と切り結べたものだ。
    「何をする、っ」
    面布を少し上げて、白く小さな手の甲へ軽く口づける。王族の作法として慣れているだろうに大袈裟なくらい目を丸くしたのは、土鬼の皇兄がするとは思っていなかったからか。それとも本当に慣れていないからか。
    「お前の名と顔…確かに覚えたぞ、クシャナ」
    「…お前の素顔は見せてくれないのか」
    どこか拗ねたような表情でクシャナはこちらを見上げた。それと同時に、この年頃らしい好奇心がこの少女に垣間見えたことに可笑しくなる。
    「さてな。 いずれ嫌でも見なけりゃならん日がくるだろうさ」
    その時まで楽しみにしておけ、と言えばクシャナは少し不思議そうに首を傾げながらも頷いた。
    よたよたと歩くトリウマを従えて厩舎へ向かう背を見送り、踵を返す。自分が随分と上機嫌なのは自覚できていた。久々にこの身に流れる血が熱を帯びる感覚を味わった。悪くない。ここがトルメキアの王城でなければ大声で笑いたい気分だった。



    「どうした、随分と上機嫌ではないか婿殿」
    書類から視線を上げたクシャナが怪訝そうに、かつどこか奇妙なものを見て楽しむように、突然笑い出したナムリスを見る。
    「思い出し笑いってやつだ。 俺の期待通りイイ女になったと思ってな。 あの頃に比べりゃちっと可愛げに欠けるが」
    「そういうお前は良くも悪くも全く変わらんな」
    何年経ってもその容姿に変化のないことを皮肉れば、ナムリスの口元がますます笑みに歪む。
    「安心しろ、お前が死んだらすぐに俺も後を追ってやるさ」
    自分のやりたかったことは終わった。こんなつまらん世界を、移植手術で生き永らえてまで眺めるつもりなど更々なかった。それでもまだナムリスが生きている理由は、この毒蛇の娘が何を成すのかを傍らで見たいからだった。それ以外に興味は無い。
    徐に立ち上がり、執務机へ歩み寄る。ペンを取るのとは逆の手を掬い上げ、顔を近づけた。細く白い女の指だ。血と火薬が骨の髄まで染み付いた美しい指。
    バイザーが上げられる。二対の視線を交わらせながら、ナムリスはクシャナの手へ口づけを落とした。厳かな誓いにも似た仕草は、互いの顔に浮かぶ好戦的な笑みとは全く対照的で、どこか子ども同士の戯れのようだった。

    燃えずとも消えず

    トルメキアの王城の一角にある空中庭園には緑の草花が茂っている。かつて后妃が愛した小さな庭は訪れる者のないまま荒れて放置されていたが、長い戦争が終わり本国へ帰還した代王クシャナによって元の美しい庭園へと整えられた。そんな、庭師以外が簡単に踏み入ることのできない庭に一人、男の姿がある。
    庭の片隅に設えられたテーブルと一組の椅子、そこへ腰を下ろしたまま動かない男はまだ若い青年のように見えたが、纏う雰囲気は生きるのに疲れた老人のそれに似ていた。柔らかに降り注ぐ木漏れ日も、木々の間に飛び交う小鳥の囀りさえも、その男にとっては興味や感情を抱く対象ではないらしい。時おり思い出したように開閉する瞼だけが、男が無機物でないことを示す唯一の印であった。

    どれほどの時間が経っただろうか。日が沈み、辺りが暗くなっても男は相変わらず庭にいた。冷たく吹き付ける風は木々に遮られて勢いが弱まりはするものの、絶えず男の衣服をはためかせて通り過ぎていく。
    「ナムリス、こんなところで何をしている」
    怒りとも呆れともつかぬ色を帯びた、凛とした声が響く。それほど大きな声ではないのに、静かな庭にはよく通った。名を呼ばれた男は一つゆっくりと瞬いて声の主へ視線を向けた。
    「…クシャナ」
    歩み寄ってきた女は素早く男の全身に視線を走らせ、僅かな嫌悪をその顔に浮かべる。
    「出歩くのは構わないが、せめて周囲に一言告げてからにしろ」
    亡国の皇帝は無言のまま、その口元に嘲るような笑みを貼り付けた。戦乱の最中に交わされ、それっきり有耶無耶になった政略結婚の口約束だけが、今のナムリスの存在を肯定している。幸か不幸か、超常の力を持たないが為に弟の陰に追いやられていた皇兄の素顔を知るものは少ない。素性を知られていないのをいいことに、ナムリスは捕虜同然の立場でありながらトルメキアの王城でひっそりと気儘な日々を過ごしていた。
    「何をするにも張り合いがなくてな。 ひひ、俺も焼きが回ったか」
    「ふっ、よく言う」
    トルメキアの人間とも土鬼の人間とも違う顔立ちの、得体の知れぬ貴人の世話を言いつけられた侍女たちの心労は如何許りかとクシャナは心中で溜息をついた。ふらりと居室から姿を消してどこを探しても見つからないのだと泣きつかれ、結局は自分がこの男を見つけて呼び戻す羽目になるのだ。彼女たちも多忙な身であるクシャナの手を煩わせまいと必死で城内を捜索しているようなのだが、どういうわけか男の影すらも捉えることが出来ない。それでいてクシャナが探し歩けば不思議とすぐに見つかるのだ。ある時は薄暗い書庫に、またある時は騒がしい厩舎に。クシャナが声をかけると悪戯がバレた子どものように笑って振り返ることもあれば、目的を見失い途方に暮れた老人のように振り向くこともあった。今日はどうやら後者のようだ。
    「殺してくれよ、クシャナ」
    クシャナはそれには答えず、ただ男に立ち上がるよう視線で示した。しかし男は応じない。スッと表情を消して再度虚ろな暗闇へと視線を投げる。ざわざわと木々が風に騒いだ。
    逡巡の後、テーブルを挟んだ向かいの椅子に女が腰を下ろす。男の視線を追うように暗がりへ目を向けていると、彼方を彷徨っていた男の双眸が不意にこちらへと戻された。男の口元が歪み、やや乱れた歯並びが覗く。その不気味な白と粘膜の赤が、夜闇の中でやけに鮮明に映えていた。
    「何か見えたか?」
    「…いいや、何も」
    葉擦れの音でそこに草木があることが辛うじて分かるものの、暗がりの中には何も認められなかった。もう少し見つめていれば暗さに慣れた目が何か捉えたかもしれないが、きっと男が問うたのはそういうことではないのだろう。
    (お前には何か見えるのか、ナムリス)
    浮かんだ問いを言葉にはしなかった。その場に漂う何かを断ち切るように腰を上げる。今度はナムリスも続いて立ち上がった。

    「……っ、随分と積極的だな。 どういった風の吹き回しだ?」
    唐突に重なった唇が僅かに離れ、吐息が混じり合う距離でナムリスがにやにやと楽しそうに笑う。
    「うるさい、黙っていろ」
    掴んだ胸倉を引き寄せ、再び口づければ今度は舌が絡む。いつになく腑抜けた様子の男に苛立ちを隠さず睨めつければ、一瞬驚いたように開かれた目が愉快げに撓んだ。庭に面した廻廊から漏れる灯りが、男の瞳の中でちろちろと燃えていた。
    ではその灯りを背にして立つ私の目に、この男は何を見出すのだろうか。奥底に隠したものを暴こうとでもするように、交わした視線が解けることなく互いを射貫いていた。
    前触れもなく始まった触れ合いは、始まりと同じで突然に終わりを告げる。クシャナが身を引いたせいで開いた半歩の距離を、ナムリスは詰めない。
    また、風が二人の間をすり抜けていった。
    「そう不安そうな顔をするな」
    男が笑った。
    「…していない」
    「俺にはしてるように見えるが?」
    「……見間違いだ」
    「フフ、そういうことにしといてやる」
    するりと腰に回された男の腕を払い落として、クシャナが歩き出す。迷いのない洗練されたその動きはかつて戦場を闊歩していた頃のままだった。女の足は、血風と土埃の吹き荒ぶ中を進むのにあまりにも慣れ過ぎていた。代王として国内外の戦後処理や復興に奔走し、王宮に蔓延る王族どもを抑え、誰の血も流さぬよう王道を歩もうとする女は、悲しいかな、血塗られた道以外を踏むのに憐れなほど不慣れなのだ。
    親兄弟への憎悪を糧に燃えていた炎は、時折酷く不安定に揺らぐ。風に吹かれては激しく立ち昇り、また風によって消える寸前まで吹き散らされる。そのまま消えてしまえばいいとも思う。轟々と音をたてて燃え盛るあの炎を気に入っていたナムリスにとって、穏やかに燃える火など塵ほどの興味も湧かなかった。
    それでもこうして気まぐれのように焚きつけてやるのは、クシャナの内に今も確かに燃え続ける炎が己の中には絶えて久しいからだろうか。
    先を行く背を見る。風に吹かれた金髪が闇の中で細く光を帯びていた。以前よりも少し伸びたように思える。足を止めれば、彼我の距離はクシャナの進んだ分だけ開いていく。このまま付いていかなければ振り向くだろうか。きっと振り向きはすまい。それでこそ俺の見込んだ女だ。前へ前へ、どこまでも真っ直ぐに、進めるものなら進んでみろとさえ思う。その行き着く先などたかが知れている。真っ直ぐに進んでいるようで、結局は堂々巡りの繰り返しなのだ。
    風が、ひぃひぃと泣き叫ぶような音をたてて吹いている。庭と廻廊を繋ぐ階に足をかけて、ふと背後を振り返る。暗闇は、一段とその色を濃くしてそこに横たわっていた。

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    2022/06/18 13:15:04

    ナムクシャまとめ

    #ナムクシャ ##その他ジャンル

    2019/07/16 支部投稿
    2019/07/20 加筆修正、追加
    2022/06/18 GALLERIA投稿

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