【期間限定再録】love remembered (the wrong way)【brmy逢由】「アッ、アーイアイ!」
事務所に足を踏み入れた瞬間、耳に飛び込んできたのは特徴的な甲高い声だ。この鳥──レアのテンションの高さそのものには特別な感情を抱くことはないが、発された声というよりもその言葉に皇坂逢は思わず顔を顰めた。レアに対する何か、というよりも、この場にいないくせに他人──未だにオウムなのか何なのかがやや不明瞭なこの鳥を人と称するのも如何なものかとは思うが──を介した言葉だけでやたらと存在感を主張する彼の姿を連想してしまったことに勝手に苛立った、ただそれだけのことだ。『アイアイ』などといった独特な呼び名の付けたばかりか、気がつけばレアにその呼び名を仕込んだと思しきちゃらんぽらんオーナーには、今度会った時にまたきつくお灸を据えねば、と逢は密かに決意しつつ、自分のデスクにカバンを置き、業務を始める支度を始めようとした、その時だ。
「アイサン、スキデス」
レアとて、適当に名前を呼んでいるわけではないのだろう。つまり、逢が「アイアイ」で「アイサン」でもあることを認識した上で呼んでいるのだろう──そう分かっているからこそ、急に呼び方と、そしてそれに応じて口調らしきものも変化したことに、逢は思わずカバンから取り出そうとしたタブレットを落としそうになった。「アイサン」、ひいては「逢さん」と呼ぶ人間はAporia内に何名か居る。たまたま、その内の一人が同僚や友人以上の関係性を持っている相手であるだけであって、レアが真似たのが彼であるかどうかの保証など──。
「……それ以外に考えられないな」
──寧ろ、保証しかないという方が正しいかもしれなかった。「アイサン」とセットで発された言葉がそれ以外のものであれば、そもそも気に留めることもなく、「レアがまた妙なことを言っている」と聞き流すこともできたはずだ。だが、そもそもレアが学び取ってしまう程度に、
この場所で何度もそんな言葉を口にする人間を、逢は一人しか知らない。
「しかし、どうしたものか」
溜め息混じりに口にした言葉への返答など、当然求めてなどいなかったのだが、
「何がですか」
と、タイミングよく返ってきた言葉に逢は少しだけ目を見開き、声の方へと振り向く。
「……いつ来た」
「丁度今です──おはようございます、逢さん」
「ああ、おはよう」
丁度脳裏に浮かべていた存在が気がつけば目の前に現れていたことに、けれども逢はさして動じるところを見せることなく、まずはシンプルに朝の挨拶を彼に──城瀬由鶴に返してやった。
「それで、何をどうし──」
「アッ、ユヅル、オハヨー」
「ああうん、おはようレア」
由鶴が現れたことを正しく認識したらしいレアは、彼にもシンプルに挨拶の言葉を掛けた。逢を相手にした時と違い、あまりに普通だったことに当の逢はどこか釈然としない顔を向けるも、レア自身は素知らぬ様子でその場でパタパタと羽ばたいてみせた。逢のそんな表情を含めて、通常運転だと受け止めたらしい由鶴は、
「すみません、それで何を──」
と、今一度逢に問いかけようとする。しかし、
「アイサン、ダイスキ~」
などと、またレアが声を上げた。その言葉をしっかりと耳にした由鶴も、そしてその傍らに居た逢も、同時にその場で固まってしまう。
「どうしたものか、と言いたくなった所以はこれだが」
「……なる、ほど」
一足先に我に返ったらしい逢の、こんな時でも率直な言葉が、由鶴にとってもこの状況下では適切だったらしく、どうにかその表情を著しく崩すことはなかった。とはいえ、近くにいる逢にまで聞こえてしまうのではないかと心配してしまう程度に心臓はバクバクと鳴っていたし、何より──。
「顔を赤くしているということは、心当たりがあると見ていいのか」
その逢の言葉通り、由鶴の顔は茹でダコの如く真っ赤になっていた。
「……えっと、逢さん」
「俺が居ない間に、レアが覚えてしまうほど何度もそんな言葉を」
「その……」
決して、責めているような口調ではないし、寧ろ話し方からして逢もどこか満更でもなさそうではある。けれども、同時に自分達以外の人間を前にしてもしれっとこのような言葉を口にするのではないかと思うと、特に由鶴としては気が気ではなくなってしまう。
「他の連中に聞かれる前に、何かで上書きをする必要があるな」
「そう、ですよね……下手に俺たちの関係性を揶揄されても……」
「勘違いの無いように言っておくが、今更俺たちの関係性など隠すつもりもない以前に、大体の面子は知っていることだろう」
随分と潔いことを改めて告げられ、由鶴は大きく目を見開くも、確かに逢の言う通りだと頷く。関心の度合いはさておき、Aporiaのメンバーの大半は二人がそういう関係だということを把握しているはずだ。
「だが、だからといってこんなものをきっかけに一々揶揄されるのも鬱陶しい」
「そうですよね」
今度こそ由鶴は淀みなく逢に同調した。自分にしろ、そして逢にしろ、聞き流すこと自体はできるが、とはいえメンバーによっては少々しつこめに構ってくる者も居るだろう。自分はさておき、それを逢が良しとしないことも理解できた。
「ともすれば、何か別の話題か何かで上書きするというのが道理だろう」
「ええまあ……そうですね、少し考えてみます」
「考えるところから実践まで、お前に一任しても」
「知らずきっかけを作ってしまったみたいなので、その責任は取ります」
「良い心構えだ」
どうにか、納得したような様子で満足気に頷く逢に、由鶴は苦笑を返す。意図して仕込まずとも、日常的な独り言からであってもレアは学習するのだなと改めて認識し、はて何で上書きしたものか、と早速由鶴が考え出したその時だった。
「ああ、それとだ」
「ええ」
逢の言葉に由鶴が振り向くと、ほんの少しばかり愉しそうな様子の逢と目が合った。
「今度俺への想いを口にする時は、本人の居るところで面と向かってしろ」
「…………はい」
至極真っ当でありながら、とはいえ今の自分からすれば最も重たい類の罰に、由鶴はどうにか、そんな一言を返すのだった。