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    歌に導かれ 懐かしい声が聞こえた。
     そんな気がして、足を止める。

    「――ごめん、ソルト。先戻ってて」

     数歩先を行く相方に声をかけるや否や、打ち鳴らした足音を彩るような歌声に、誘われるまま踵を返す。
     返答は聞こえなかった。聞く気もなかった。
     買い出しで膨らんだ紙袋を抱いた胸が、かさりと立てる音だけが逸る気をいっそう急かす。
     駆け足にほど近い歩調で通り過ぎたばかりの曲がり角を右折すれば、曇天を移したような街は、途端に世界は華やかに変わった。
     普段でも閑散とは程通い場所に広場だ。街の中心にあることもあって、往来も多い。露店の申請は絶え間なく届き、笑い声で満ちる場所。
     けれど今日はどうにも様子が違っている。まるで、祭りの最中だ。
     人の流れは、広場の中心を起点に滞り、頬をほころばせた人はみな、一様に同じ場所を見つめて。その眼差しに弧を描いている。
     今日はなにか催しがあっただろうか。
     そうやってここしばらくのスケジュールを思い返してみたところで、予定は見当たらない。
     それどころか、この間、収穫祭を終えたばかりだ。この先は年の瀬と年はじめに予定はなく。文字通り宴の後の寂しさと静けさが、冬の寒さを広げた街に広がっていた――はずだった。
     なら、どうして。
     自分の知らぬうちに、なにか催しものの申請でもきて受理されたんだろうか。
     ああ、その可能性ならあるかもしれない。
     なにせ収穫祭を終え、休息を突き付けられた自分には、急を要する案件しか報告されない現状だ。有能な書記官の采配で良しとされたものであれば、こちらに降ってくる話でもない。
     ほぅと傍らで恍惚と吐き出された吐息に、他所へ飛ばした意識を引き戻す。
     変わらず耳朶を震わせる歌声は、やっぱり聞き覚えのある声のように思えた。
     性別を感じさせない高い響きに、艶やかな声。紡ぎ出される詞は、自然への賛美か。混ざる異国の言葉は、いまでもなお肌に馴染みがある。
     どうして、知っているんだろう。
     こんなにも、懐かしくなるんだろう。
     高らかに。華やかに。そうして、ロングトーンを歌い上げた声が、静かに終焉へと向かう。
     刹那の静寂。
     そうして次の瞬間。ドッと空気を震わせた歓声に、ようやっと舞台上に目を向けて、そうして――


     息が、止まった。


     あぁ、どうして忘れていたんだろう、と遅い後悔が襲う。
     知っているはずだ。
     懐かしいはずだ。
     記憶の中。彼はいつも楽しげに歌を聞かせてくれたのだから。いつだって、得意げにその美しい歌声を響かせていたのだから。
     ゆっくりと、下げられた頭が持ち上げられる。恭しく折られた腰が正される。
     長い襟足。伸びた前髪から覗く、赤い双眸。
     どれも、よく知る『彼』のものだ。
     どれも、記憶の中に居る『彼』に重なる。
     最後に顔を合わせてから、もう随分と経つけれど。間違いない。
     私が、彼を見間違えるはずがない。
     あの閉塞的な家の中。唯一息をできる存在だった。
     無邪気に『私』を慕って。ともに笑って。歌を歌って聞かせてくれた、子供。

    「っ、!」

     広場の中心から、いま立つ場所までの距離がある。目なんて合うはずもなければ、『個』を認識することも不可能であるはずなのに。
     見つかった、と本能が継承を鳴らした。
     目があった、と厭な確信があった。
     背筋が、途端に冷えていく。
     そこに、あの頃感じていた安堵はない。
     懐かしいとは、もう思えなかった。
     見つかった。見つかってしまった。

    ――連れ戻されるかもしれない。

     生きていると知られたら。あの、地獄に。
     追いかけてきたのか。探しに来たというのか。
     追い出したくせに。邪魔だと、そういったくせに。
     どうして。なんで、気づかれた。
     ここにいることを。この地に、逃げたことを。
     名前は、確かに変えていない。でも、ありきたりな名だ。
     特別なものではなく。あの家で見せていた偽りの性格も、長い髪と共に取り払った。
     気づかれるわけがない。知られるわけがない。
     まして、国境すらまたいだこの地で。
     だのに、確かにこちらを射止めた眼差しに肌が泡立つ。
     情けなくも震えた四肢が、胸に抱いた紙袋を取りこぼして。歓声に雑音が混じり、消えた。
     ひゅっと戦慄く喉に、視界が震える。
     逃げなければ。はやく。この場から、逃げ出さないと。
     戻りたくない。あんな場所に。あの屋敷に――あの人の、傍に。
     先までとは相反する意味を持って鼓動が急かす。けれど、震えた足はまるで地に張り付いたように動いてはくれなくて。

    「マリ姉ッッ!!!」

     よく通る声が、私を呼んだ。
     美しい歌を紡いでいた声が、わき目もふらずに私を呼んだ。
     きっと、誰にもわからない。知らない。特定なんて、できやしない。
     かつて、たった一人が呼んだ。その音で。
     鐘を打ったみたいに、世界が静まり返る。
     いくつかの視線は、多分。さまよいながらもこちらを向いた。
     そうして、よく知るあの赤い眼も。迷いもせずにこちらを射止めて離さない。
     あぁ、見つけられてしまった、と。心が崩れ落ちる音がする。絶望に思考が呑まれる。
     地に張り付いた足は、相も変わらず動かぬまま。けれど、崩壊する理性に手を招かれるように膝は折れて。がくん、と大きく世界がぶれた。
    空蒼久悠 Link Message Mute
    2023/12/11 14:06:53

    歌に導かれ

    ##pkg##ソルマリ ##自宅CP

    マリアとマリネの再会
    そのうち続きかきたい

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