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    アルバム 誰かを『愛する』なんて感情は、到底自分には備わらないものだと思っていた。
     それでも、『アイツ』の代わりになるために、それは必要な要素のひとつであることも、理解していた。
     だから、彼女に告白されたとき。都合がいいと思ったのだ。部下で。気心はそれなりに知れていて。丁度いい、と。そんなことをばかりを考えていた。そんなことしか、頭になかった。
     いま思い返しても、なんともひどい理由だ。
     けれど、あの頃の自分にとってそれは唯一の『生きる理由』であり、自分が果たすべき『義務』に違いはなかった。



    「椿さん、ってどんな人だったですの?」
     暖められた部屋の中。ふわふわと柔らかいマシュマロが浮かんだ甘ったるいココアをひとくち飲んだ彼女からふと問われた言葉に、コーヒーへ伸ばしていた手を止める。
     どこでその名を。そう問おうとして、わかりきった答えに言葉を飲み込んだ。
     軍を離れた自分と違って、まだまだ現役の救護班所属として軍で働いている彼女はいつどこでその名を耳にしようと、なにもおかしな話ではない。もちろん、そこに付随する自分との関係も含めて。むしろ、いまのいままで問われなかったことの方が不思議なくらいだ。

    ――まぁ、面白くもない話か。

     元カノの話だなんて、好きこんで聞く方が稀だろう。
     それでもこちらの様子を伺うように向けられた眼差しの底が、ほんの少し不安に揺れているのはきっと、名を聞く『彼女』の姿をいまはもう軍でみることが叶わないからだ。
     バレぬようそっと手にしたマグカップの液面へ嘆息を吹きかける。
     わずかに熱を冷ましたそれをひとくち口に啜って、ぽつりと漏らした言の葉は思いのほか柔らかに宙へ解けた。
    「そうだなぁ……厳しい子、かなぁ」
    「厳しい?」
    「うん。とっても」
     思い出して、自嘲する。
     そう。他人にも、自分にも厳しい子だった。
     飄々とした態度を。楽観的な物言いを――さも、影人然とした生き方を怒られたことなんて、一度や二度ではことたりない。部下と立場が逆なんじゃないか、と。いったい何度同僚に揶揄われたことだろう。
     けれど別に、嫌悪を抱くことはなかった。
     むしろ自分はうまく『彼』の代わりをこなせている。きちんと『彼』の仮面を被れている。そんな自負すら抱いていた。
     部下なんて本当は必要もしていなかったけれど、これは正解だったかもしれない。
     あの子にはじめて叱られた日。覚えたのはそんなどうしようもない感情で。ほんの少し安堵したことも記憶に残っている。
     実際、自分が思うよりもすべてがうまくいっていた。
     もとの性格から180度変わった自分の性格をとやかくいうものもおらず。哀れみの目をむける者もいつしか消え。いまとなっては片手の数ほどしか残らない『彼』を知るひとたちからも、何を言われることもなかった。
     気づけば、無意識に『彼』の真似ができるほど、生活が肌に馴染んでいた。
     それでも不足していた要素を補うのに、彼女ほどの適任者はいなかったように思う。
    「すごく真面目な子でね。いったいあの頃の『僕』は何度叱られたか」
     無茶を叱られて。独断を咎められ、一服を口実にサボっていれば注意を受け。それらをのらりくらりとかわす都度に呆れられた。
     だから正直、彼女から思いを告げられた時には、柄にもなく驚いてもいたのだ。
     でも、気持ちはわかる気がした。
     自分だって、『影人』に対してそうだったのだから、そこに性差が加われば恋情が芽吹いたってなにもおかしな話じゃない。
     のらりくらりとしながら、部下の面倒はきちんと見て、指導は厳しく。ただ褒めるところはきちんと褒めてやる。
     我ながら、いい塩梅だったのが、きっと功を奏した。そんな日々の成果が、彼女から向けられた想いだった。
     丁度よかった。想いに応えた理由はそんな浅ましいものだ。
     彼女と重ねた年月は、あのふたりが紡いだ年月と比べれば短いものではあったけれど。やりとりの気安さは近しいものがあった。だから、彼女なら代わりになってくれるだろう、と。いまの自分にはまだ欠けている『彼らしさ』を、補完することができる。そんな打算があった。それしか、なかった。罪悪感なんてものは、微塵も抱きやしなかった。

    ――本当に、悪いことをした。

     いまは、心の底からそう思う。 
     過ごした時間は、さほど長くはなかった。
     いまとなってはもう『あのこと』があってから今日までの日々の方が長くなってしまったけれど。それでも、ふと思い出す声に、あの頃の自分は確かに救われていたのだ、と。いまではきちんとわかる。
     だからといって、今更その想いに応えることも、できやしないけども。
    「あぁ、そういえば……俺の撮る写真をはじめて褒めてくれたのは、椿だったな」
     言えば、こちらを見つめていた大きな双眸がはたと瞬く。
     意外だったかと尋ねれば、素直にうなずく頭を優しく撫でた。
     気持ちは、わかる。俺だって、はじめてそれを褒めるのは影人と光輝だと信じて疑わなかった。見せようとすらしなかったくせに、だ。

     写真をはじめたきっかけは、遠い昔。影人に与えられたひとつの古ぼけたカメラだった。
     彼にしてみれば、この世界になんの執着も持たない自分に――剣を振るうことにしか興味を示さない子供に、与えた数多のきっかけのひとつにすぎなかったことだろう。
     その証拠に、与えるだけ与えて、受け取ったカメラにこちらが興味を示したかどうかなど聞かれたことはなかった。もしかしたら、古びたカメラを渡したことすら、アイツは忘れていたのかもしれない。
     けれど、彼から与えられたものの中で、それは自分にとっていっとう特別なものだった。
     切り取られた世界は美しく。いままで取りこぼすだけだった時間が、てのひらに納まる。そんな心地を覚えた。
     はじめから最後まで、そうして切りとった日常を彼らに見せることはしなかったけども。
     なにも自ら椿にそれらを見せたわけじゃない。
     長期任務の褒美に与えられた休暇中。招いた自室の中で、本棚を物色していた彼女がアルバムを見つけたのがきっかけだった。
     そんなところにあったのか、なんて。差し出されたアルバムを目にしてはじめて、随分と長いこと写真を撮っていなかったことを思い出したくらい。いつのまにか唯一といってよかったはずの趣味は、その意義を失っていた。
    『とても、綺麗な写真ね』
     わざわざ許可を得てから開いたページへ落とされた感嘆に、目を見張る。
     誰が撮ったものであるかを、彼女が問うことはなかった。ただ好きだわと紡がれた言葉に形容しがたい感情が胸に沸いた。そのことをいまも覚えている。

    「いまみせられたら、まぁひどい写真だろうけど」
     なにせ、素人が誰の教えもなく。思うままに撮った写真だ。
     構図も悪く。魅せ方や主題なんてあったもんじゃない。
     ピントすらきちんとあってやいなかっただろうし、正直誰に見せられたものでもない。
    「歌唄も、みてみたいですの」
     想定していた通りの申し出に、ゆるく首を横に振って応える。
     わかりやすく肩を落とす彼女の頬を撫ぜてやれば、不服を主張するようにふっくらとまろい頬が空気を含んだ。
     自分から知りたいと言ったくせに、嫉妬してるのか。
     常よりもいくらか高い温度の肌を指先で摘まみ、空気を吐き出して尖るくちびるにくつくつと低く喉を震う。胸に沸くいとおしさのままそっとそのくちびるを啄もうとして、そっぽを向いた顔がそれを拒んだ。
    「歌唄ちゃん」
    「わかってるですの。歌唄のわがままだってことは、ちゃんと」
    「違う違う。そうじゃない。……見せたくても、無理なんだよ」
     肩を竦め言う。
     ちらりとこちらに向けられる眼差しに眉を下げて見せれば、ちいさな謝罪がふたりの間に零れた。
     別に、謝る事じゃない。自分だって逆の立場なら――彼女の幼馴染との思い出の品を知れば、同じことをいったはずだ。もちろん。年上の矜持が表には出さなかっただろうけども。
    「言われたその日に彼女にあげてしまったから、いまはもうここにはないんだ」
     欲しいと強請られたわけではない。
     ただ、自分が傍に置くことを耐えられなかった。それだけ。
     おかしな話だろう。いまのいままで忘れていたくせに。思い出した――居場所が知れた瞬間、その『記憶』はかつての自分を引き連れて、思い出が胸を締め付けた。見せることの叶わなかった事実は目を背けるには十分すぎる理由だった。
     だから、譲る事にした。気にったのならあげるよ、と。そんなもっともらしい理由をつけて。誰が撮ったものであるかも知らさずに。きっと、彼女にはすべて見透かされていただろうけども。
    「それから、あれがどうなったのかは俺もわからない」
     捨てられたのかもしれない。
     持ち出されたのかもしれない。
     ほかの誰かのもとに、在るのかもしれない。
     ただ、主を失くした部屋にそのアルバムは残されていなかった。
     それだけが、いまの自分が知る事実だった。
    「だから、謝るなら俺のほうかな」
     頬を撫ぜ、閉じられた瞼にくちびるを触れさせる。
     ややして絡め合った眸の中で目を細めて見せれば、ゆらりと微かにその翡翠が揺れた。
     わずかばかり左右に振られた頭に短い礼を渡して、その手のひらからマグカップを奪い取る。いつだったか、揃いで買ったそれをテーブルの上に並べてしまえば、おずおずと背に回される腕が、頬を緩めた。
    空蒼久悠 Link Message Mute
    2024/02/05 10:33:47

    アルバム

    ##pkg ##軍人組 ##律歌
    元カノの話

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