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    眠りにつく前に 突然寮暮らしがはじまって、早数日。
     時刻は、夜。今日も今日とて、ガールズトークで盛り上がった入浴時間の終わり。
     話したりないと脱衣所で会話に花を咲かせながらも、濡れた髪はそれぞれごうごうと唸りをあげるドライヤーで乾かして。熱風で痛んだ髪にはオイルを含ませる。
     やれ、コレが使ってよかった、とか。
     やれ、この匂いキツイと思ってたけど、案外イイ感じなんだよね、とか。
     使ってみる。使わせて。あ、ホントだ。わたしも今度買ってみようかな。
     そういうところは、きっと普通の女の子と、何も変わらない。
     緩く髪を編んで、毛先は最近クラスの女子みんなでお揃いで買ったシュシュでまとめる。
     それから、部屋着にと実家のタンスから持ち出した一年の文化祭で作ったクラスTシャツの上に、薄手のパーカーを羽織って、入浴タイムはおしまい。
     そうして、大浴場に行った面々と共同スペースでまだ少し談笑してから、男子が大浴場をあがりはじめたのを合図に、それぞれの部屋へと別れて、自室へ滑り込む。
     それが、近ごろの私の夜のルーティン。
     ようやく慣れてきた寮生活は、衣食住とどれをとっても申し分ない。
     広い大浴場は、手足を伸ばせて快適だし。朝晩の食事も、食堂と同じく学校側の管轄。かといって、自分たちで料理ができないワケじゃなく。小腹がすいたら、共有ルームに備え着いたキッチンで、料理することも許されている。お菓子作りが得意なクラスメイトがその腕を振るうこともしばしば。自由度は、思っていたよりも高い。
     悪くない、生活だと思う。
     ヒーローを目指して、苦楽を共にした友人と、ひとつ屋根の下に暮らす。毎日が、まるで修学旅行の延長みたいで。お互い、知らなかった一面を垣間見たり。見られたり。日常から特別なものに変わった気がした。
     まぁ、もっとも。ここ最近の不穏な空気を全部見なかったことにする、というならだけど。
    「ただいまぁ。ミオ」
     ぽてぽてと足元で響く可愛い足音に目を向ければ、視界に宿る相棒の姿に目を細める。
     ぎっしりと綿を詰め込んだ腕に抱かれた携帯端末を受け取って、玄関に脱ぎ捨てたお気に入りのスリッパを引っ掛けた。
     短い廊下をほんの数歩で通り過ぎ、大浴場から持ち帰った衣服をソファーの上に散らし置く。
     後ろからちゃんと片付けなさい。なんて声が聞こえるような気がするけれど、残念。それは後回しだ。いまは、いつもの約束が最優先。終わったらきちんとするから許してね、と刺さる視線をやりすごし向かう先は、ただひとつ。カーテンを敷いた、窓の向こう側。
     ぴったりと閉じたカーテンに指を掛け、開きながら手にしたスマホに目を向け、時間を確かめる。
     煌々と光る画面に浮かび上がる時刻は、午後9時過ぎ。どうやら、今日はいつも以上にガールズトークが弾んでしまったようだ。きっと、文化祭の試作にといいながら、おいしいジュースが用意されていたのも要因のひとつ。
     窓サッシに足を掛けようとして、不意にふくらはぎを柔らかな感触に叩かれる。 瞬きを二度。首を傾ぎながら目を向ければ、黒曜石をはめ込んだみたいな黒と目があった。
    「ん? どうかした?」
     じぃっとこちらを見上げる瞳に、もう一段。首を深く傾ぎながら問いかける。
     口のきけないぬいぐるみは、当然押し黙ったまま。瞬くことのない目がまっすぐとこちらの目を見据えたかと思えば、短い手がつっとある方向を指し示した。
    「うん?」
     追いかけ、目を向ける。
     視界に飛び込んできたのは、なんてことのない。ただの、机――いや、違うか。この子が言っているのは、その手前にある、椅子にかかる薄手のカーディガンのほう。
     生まれてからずっと一緒に居る、はじめての友達のような存在だ。
     おかげで、口がきけなくても。言葉で伝えられなくても。相棒でもあるこの子の言いたいことは、手に取るようによくわかる。
    「あー、うん。そうだね。ありがとう」
     少し悩んでから、カーディガンを手に取り、肩へ羽織る。
     もちろん、お礼は忘れずに。風邪をひかないように気を付けてと、口酸っぱく伝えてくるところは、友達というより、なんだかもう一人のお母さんみたいだ。
     わかってるよ。大丈夫。そう頷いて返して、丸い頭を撫でてやる。
     就寝時間もちゃんと守るから、先にベッド行っておいてと伝えれば、コクンと小さく頷きが渡された。くるりと身を翻したミオは、またぽてぽてと愛らしい足音を鳴らしながら去っていく後ろ姿を見送って、足を伸ばす。
     よし。準備は万端。
     スマホを握り締め、辿り着いた窓を開く。
     とたん、舞い込む風がカーテンとカーディガンの裾をはためかせた。
     ふるりと一度身を震い、首を竦める。
     やっぱり、もう少し厚手のヤツ、出してた方がよかったかな。なんてぼんやり後悔が浮かんだけれど、引き返す気はさらさらなかった。
     少し乱れた前髪を指先で整えて、開いた窓からベランダへ滑り出る。
     ほんのりと上気した頬を撫で過ぎる風は、すっかり秋めいた空気を纏いながら含む熱をなんなくさらっていった。
     ふ、とひとつ。息を吐く。
     さすがにまだ白く染まらぬ吐息に軽く肩を竦めた。
     欄干に身体を預け、空を仰ぐ。
     雲の少ない夜空は、けれど連なる寮から漏れ出す光と、月明かりに負けて、星が霞んで見えた。
     もったいない。
     もう少し夜が更ければきっと、もう少しはっきり星が見えるだろうけれど。明日も授業はつつがなく行われる。夜更かしは厳禁だ。
     自分の欲を優先した結果、パフォーマンスを落とすなんてことをしていては、ヒーローの風上にもおけない。
     ヒュゥっと吹く木枯らしに、飛ばされぬよう肩に掛けたカーディガンの襟口を掴む。
     今日も今日とて、存分にガールズトークに花を咲かせていた成果か。不思議と頬を撫でる風が心地好く感じた。
     風の所為で頬に掛かった髪を耳に掛け、手にしたスマホを覗く。
     夜空の下。星を霞ませる光を増やした画面に映る時刻は、きっかり21時15分。
     慣れた手つきで画面をタップし、呼出画面を起動する。
     スマホを耳に押し当て、ツーコール。プツンと切れた呼出音に、人知れず胸が高鳴って。無意識に頬が緩んだ。
     目を細め、あいた片手を空に伸ばす。
     いまなら、星も掴めてしまいそう。なんて、きっと大袈裟だと笑われるかもしれないけれど。いつものことでしょうと、呆れられてしまうだろうけれど。
    「こんばんは、環くん」
     どうしたって、電話口から聞こえてくる声に、胸が弾む。心が躍る。
     交わすのは、何気ない日常の話。今日はどんなことをした。あんなことをした。
     そういえば、そろそろ文化祭だね。今年もねじれちゃんはコンテスト出るんだよね。全力で、応援したいけど同じクラスじゃないし難しいかなぁ。とか、なんとか。
     夜、寝る前に話をしよう。例に漏れず。言い出しっぺは私。
     恋人である環くんは、厭な顔ひとつせず快諾してくれて、それからこうしてベランダに出て話すのは、私の新しい日常の一部になった。
     建前は、一緒に帰路につくことが少なくなったから。
     一日の終わりに、大好きな人の声を聴いていたいと言うのが、本音。
     耳に心地よい声が、今日の出来事を語って聞かせてくれる。
     共通の記憶は昼食の時間と、寮までの短い帰り道。それ以外の話題だって。日々の授業に、実習に。真新しいことがなにひとつなくとも、こうして話すだけで心が弾むからなんだか不思議だ。
     きっと、はじめてのインターンで、離れていた時のことを思い出すからだろう。
     まだ自分の想いを自覚していなかったけれど。あの時からずっと、環くんと電話越しにでも話す時間は、なににも代えがたい、大切な時間になっていた。
    「それでね、みんなミリオが連れてきてくれたエリちゃんにメロメロでさぁ。いや、私もなんだけど」
     あどけない姿を思い出して、口元が緩む。
     文化祭の準備は順調だ、とか。当日は、一緒にまわれたらいいのにね、とか。
     本当に他愛もない話を繰り返して。繰り返して。そうやって、今日もまた一日の締めくくりを迎える。そんな日常が、ずっとずっと続いてくれればいいと、願いながら。そんな日常を護っていこうと、強く、心に誓いながら。
    「うん。そうだね。うん。おやすみ」
     名残惜しげな空白を置いて、今日はこちらから通話を切る。
     電話をかけるのも。切るのも。毎日の交代制。そうしようと言ったのは、やっぱり私だったけれど。こうして通話をはじめて間もない頃は、お互い切るのをためらって就寝時間に差し込んでしまっていたから、妥協案だ。
     ややあって、明かりを落としたスマホを手に、ぐぅっと大きく宙を仰ぐ。
     いつの間にか。共有スペースから聞こえていた談笑も鳴りを潜めて。穏やかに吹く風が、微かに擦る葉音だけが優しく耳に触れた。
    「さて、と。今日も元気もらったし、明日もしっかり頑張りますか」
     宙を漕ぎ、胸元で手を握り締める。
     大きな頷きは、誰にも見止められぬまま夜へと溶けて。さすがに冷えた肌を摩りながら、軽やかに身を翻した。
     文化祭の準備に。学業に。それから、インターン先でのお仕事。
     ヒーローとしても。学生としても。やることは、まだまだ山積みだ。
     閉じた窓を開き、部屋へと戻る。後ろ手で扉を締めれば、待っていましたと言わんばかりにゆげの立ち上ったマグを届けてくれるミオが私を出迎えてくれた。
    「寝てていいって言ったのに」
     肩を竦めて、器用に抱えられたマグを受け取る。
     じんわりと指先に伝わる暖かなぬくもりに、知らず強張った身体がほぐれて行くのを感じて。ありがとう、と伝えればどことなくミオがその表情を綻ばせたような――そんな気がした。
    藍音凛 Link Message Mute
    2023/05/16 15:07:34

    眠りにつく前に

    ##ヒロアカ夢 ##環操

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