UR My Sweetie いつものように授業も終えて、自分の籠城である準備室へと足を運ぶ悪魔教師がいた。
彼の名前はバラム・シチロウ。ケトランクという
高位階の彼は、悪魔学校バビルスで教師をしている。
持ち前の長い白銀の髪は頭頂部をお団子にまとめられていて、残りの髪はそのまま無造作に伸ばしている。
普段は逞しい二の腕が露出しているノースリーブの、かと言って素肌は透けない濃い色合いのタイトな衣服を着用している彼だったが、今日はその上から着慣れない白衣を羽織っていた。
「……ふう」
彼は訪問客用のソファに深く腰かけながら自分で淹れた魔茶を口にすると、深くため息を吐く。背を丸めながら、窓から見える夕焼けの景色に視線を移してぼんやりと眺めていた。
いつも朗らかで好奇心旺盛で、それなりに他の悪魔たちや生徒とも仲良く交流できるバラム・シチロウが、ある悪魔のことで頭を抱えているのだ。
「……どうしよう」
バラムが頭を抱えている悪魔、それはナベリウス・カルエゴである。
バラムと同じくケトランクにして、生徒からは陰湿教師と恐れられる悪魔学校バビルスの番犬である。
彼はバラムが学生時代からの幼馴染兼親友であり、いつも隣にいることが当たり前の、唯一無二の存在であった。
「……うーん。僕は一体どうしたら……」
バラムは再び頭を抱えてみせたものの、ここで悩んでいても変わらないと思考を切り替えて、次の授業の準備を始めた。
◇ ◇ ◇
バラムとカルエゴは長年の旧知の中であり、腐れ縁だ。
そんな彼から、「愛してる」と前触れもなく告知されたのだ。告白としても取れるかもしれないが、今の自分には受け入れ難いというか、信じ難い。だが正直に白状すると、嬉しかった。ブザーも発動しておらず、それが彼の本心だともわかったことも肯定的に捉えられたうちの一つだ。
ただ、片膝をつきバラムの手を取り愛の言葉を伝えてくることが、少しだけ気恥ずかしくなって「ふふっ、カルエゴくんってそんな冗談も言えるんだね! びっくりしたけど、新たな発見が見られて僕、嬉しいな〜」と受け流してしまった。
昨日の出来事ではあるが、普段は暇さえあれば探求心を優先して行動しているにもかかわらず、今日は彼の言動が脳裏をよぎる。
改めて考えても、彼の言葉が嬉しかった。その言葉を口にされて初めて、自分の気持ちにも気づいたからだ。
だが、カルエゴの突然の言動に驚いたのも事実であり、もしかすると彼が催眠や洗脳といった類の魔術にもかかっているかもしれないと考えたので、慎重にならざるを得なかった。
もちろん、彼がそう易々と洗脳魔術や魅了の類にかかるとは思っていない。
しかし、魔界では上には上にいるのだ、彼らよりもさらに高位階の悪魔だちが。
何よりも、僕たちは旧知の仲で腐れ縁。
彼とはどんなに距離感が近くでも、彼から熱い視線を送られたり、情熱的な言葉を投げかけられたりといった愛着や執着を向けられたことはないため、自分の思い上がりかもしれないと思考がぐるぐると巡って脳が沸騰しそうだ。
「俺はお前にいつも熱烈な視線を送っていただろうが」
「え?」
「お前、さっきからブツブツと独り言を。思考が筒抜けだぞ」
そう言われながら、目の前の綺麗な顔をした悪魔が椅子に座った状態で、長い足を組んで笑って見せる。いつものように、他の悪魔たちには絶対に見せない、優しい笑顔で。
「うーん、ごめん。気をつける」
「別に謝るな。いつものことだろう」
思考の海に沈んでいると、よくこういった状況に陥ってしまうので気をつけていたのに。反省しながらも一人頭を抱えていると、「そういう、存外わかりやすいところも好きだ」といつになく甘い声色で告げられてしまい、バラムは思わず飲んでいた魔茶で咽せてしまう。
「で、俺の告白の返事はどうなった?」
そう言いながら、口角を上げて整った顔が距離を縮めてくる。あれはやはり告白だったんだなと考えていると、だんだんと、そして着実に彼がジリジリと詰め寄って来た。
「えっとですね、ちょっと考える時間が欲しいな、なんて」
「考える時間が必要か?」
「うーん? それって……」
カルエゴの言葉の意味を考える暇もなく、顎に手を添えられて顔を上に向けられる。
触れられた場所が熱く感じて、体温が少しだけ上昇したことが自分でもわかる。
「これから俺がお前に何をするのか、わからないわけでなないだろう?」
テーブルの上に外された自分のマスクを見て、目の前の彼から外されたと気づく。
(まあ、ここまで許しているし)
二人は準備室で魔茶を飲んでいたのだが、マスクを外されて素顔の状態でこの顎クイ、からのカルエゴくんの顔面の近さ。
うん、わかる。
ソファに座っている状態のバラムに、体を割って入れて乗り掛かるような体勢で至近距離まで詰められている状態だ。
「この状態を不快に思わないなら、つまりそういうことではないのか」
頬をそっと撫でられた後、再び顎に手を添えられる。
「ふふ、確かに。それもそうだね」
僕たち、付き合おうか。そう言いかけたがグッと呑み込んだ。この言葉は口にはできなかった。目の前にいる美形の悪魔が、唇を重ねてきたからだ。
「お前を手放すつもりはないから、そのつもりで」
それだけ言って、再びバラムの唇にキスを落とした後、彼は颯爽と準備室を後にした。
「耳が赤かったな、カルエゴくん。もしかして、これも念入りにシュミレーションしていたりするのかな。まさかね」
颯爽と去っていったのは、きっと照れ隠しだろう。彼は冷静さは失わないが、感情がよく表に出るし、顔にも出る。取り繕うの上手だけれど、僕の前ではそんなこと必要もないし。
(そういえば、僕の返事を聞いてもらえなかった。どうしたものかなあ)
先ほどの彼の仕草と自分の返事を思い出して、バラムはこれからどう彼に接すればいいのか再び思い悩むのであった。
◇ ◇ ◇
バラムが告白の返事をしてから、カルエゴはこれまでにないくらいバラムに対して献身的に、積極的に振る舞うようになった。
いや、これでは語弊があるので訂正しよう。
彼とはこれまでもかなり友好的な関係であった。学生時代から唯一無二の親友で、腐れ縁。若りし頃はバビルスの双丘のような存在でもあった。
だが、そんな彼となんやかんやあってから……言うまでもなく劇的に対応が、もの凄くあからさまに変化したのである。
もちろん、教師としての業務は完璧にこなし、問題児クラスの彼らも難なく束ね、全ての授業を終わらせる手腕は変わらず健在だ。
だが、それらを終えると真っ先にバラムの準備室を訪れるようになったのだ。
「シチロウ」
準備室の扉を優しく叩く音が聞こえる。
ノックを軽く三回。これは彼だ。彼が来た合図である。
「開いてるから勝手に入ってきてー」
にぎと一緒に戯れていただけなのだが、なんとなく引け目を感じて彼をゆりかごの中に隠す。
「今日はどうしたの、カルエゴくん」
「好いている相手の顔を見に来て何が悪い。まあ、お前はそうは思ってはいないだろうが」
そして、入るや優しい口付けをバラムの額に落として、ご満悦な顔になる。
彼の中では、僕との関係は恋人という位置らしい。僕はそう返事をしてはいないのだが、嬉しくないわけがないので、こんなことならさっさと返事をしてしまえばよかった。
「嫌ならいつでも言ってくれ、そうでないと俺は調子に乗ってしまう……というより、自分の都合のいいように考えてしまいそうでな」
「ふふ、全然嫌ではないよ。嫌だったらはっきり言うって、僕のことならお見通しなんじゃない?」
「……っ、そ、そうではなくでだな」
どもるカルエゴの意図が理解できずに返事をしかねていると、彼の方から切り出してくれた。
「いつか、お前の方から口付けてほしいものだ。だが、お前の気持ちを優先したい。だから今は待つ」
そういうと、再び額に唇を乗せて、持っていた紙袋を取り出して、テーブルの上に広げて見せる。
紙袋の中には、バラムが食べやすいように改良されたサンドイッチやドリンクが入っていた。
「これだったら、マスクを外してもここでなら食べられるだろう?」
持参したカトラリーを綺麗にテーブルへ並べると、一番外側に置かれたナイフとフォークをバラムに渡す。
しかし、受け取ろうとした時、カルエゴの気が変わったようですぐにカトラリーは引っ込められた。
「カルエゴくん?」
「ここは恋人の俺が切り分けてやろう」
(‼︎ 意外だなあ、カルエゴくんがこんなに恋人に献身的だなんて)
そんなことを思った時、気づいてしまった。気づきたくなかった。
(……これはつまり、僕はカルエゴくんの未来の恋人との練習台ってことだろうか? そっかあ。うん、それなら納得)
「ほら。切り分けたぞ。これでお前も食べられるだろう?」
「あ、うん。ありがとう。食べやすそうだね」
やっぱり僕じゃ、彼とは良き友人ではあってもパートナーにはなれないもんね。彼はきっとそのうち綺麗な、良家の悪魔女性と結婚するんだろうな。
そんなことを考えていて、口の中に無理やり放り込んだバンズの味もわからなくて。
「美味しいよ、カルエゴくん」
こんな時、彼のために嘘をつける性格で本当によかったとバラムは思った。
嬉しくて舞い上がっていて、肝心なことに気がついていなかったのだ。彼は、ナベリウス家の悪魔なのだと。
続く
以下、7月頒布予定の新刊に掲載しております。
ここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございました。