雨「物語はここから始まった。」
私が”資料”課に配属されてすぐの事だった。佐久さんの後をちょこまかと付いて仕事を覚えていた時だった。
たまたま目についた『彼』が甲斐甲斐しく『彼女』の事を助けていた。
次の日も、
また次の日も。
それは毎日のように。
ちょっと彼女について聞いてみたら「彼女は耳が聞こえないみたいだ」と佐久さんは言っていた。
それだけなのだろうか?それだけじゃない気がする。
目が追っている、彼女を移す瞳が優し気に映ってる気がした。全ては私の気のせいなのだろうか。気のせいだと思いたい。
それは佐久さんが外回りに出ていた時の事だった。
『佐久さんとても嫌そうだったな…』なんてことを考えながら昼ご飯を食べていた瞬間の事だった。
「ここ空いていますか?」と聞き覚えのある声が頭の上から降り注いだ。
顔を上げると『彼』と『彼女』が一緒にやってきた。
「ど…どうぞ」としどろもどろになりながら言葉を返すと、『彼女』がスケッチブックに『慌てなくて大丈夫』と書いてくれた。その時の優しい笑顔は今でも忘れられない。その笑顔のような人柄の『彼女』に惹かれてしまったのだった。
そのおかげというか、『彼』とも話すようにはなった。『彼』も仕事で解らないところがあれば優しく教えてくれた。話してみれば気さくな人で大家族だという話もするようになった。
『彼女』も『彼』も私は嫌いになれない。
「で?君はどうしたいんだい?」
何も映していないようで全てを見透かしたような目で佐久さんは聞いてきた。
「仕事してください。早く帰りましょう」
「君も言うようになったね。それは問いを避けたいからか?」
「私を困らせて楽しいですか?」
「さぁ。楽しい楽しいと思うのかい?」
「それは…ずるいです」
これは佐久さんなりの励まし方だ。素直に言えないだけで私のことを心配してるんだろう。
『なんて、未熟なんだろう』
なんて思いながら目の前にある書類を片付けていく。
―で?君はどうしたいんだい?―
言葉が重くのしかかる。言葉にしてしまえば簡単な言葉だ。
『彼女』に向ける目を私にも向けてほしい。
声をかけてほしい。
側にいてほしい。
この感情が何なのかは知っている。
知っているけど、言葉にしてはいけないんだ。
だって、『彼』が目を向けているのは『彼女』だから。
「はぁ…もういい。今日は帰りなさい。なんて顔をしているんだ」
私の眉間を指でぐりぐり押している。痛い。
「痛いです。誰のせいですか」
「さぁ?自分のせい自分のせいじゃない?」
最後の言葉には返事をせずにPCの電源を落として「お疲れ様」と一言声をかけ職場をあとにする。
地上に上がってきたら丁度雨が降っていた。
駅まで走り抜けようと思えば抜けれるが結構濡れてしまうだろう。
天気予報で夕方から雨という情報を得ていたので私は折り畳み傘をもっていた。
取り出した時、見知った後ろ姿を見つけてしまった。
「一緒に入っていきませんか?」
この一言を言えば『彼』と一緒に駅までは行ける。
行けるのに。
その一言が出てこない。
横を駆け抜けていく『彼女』が『彼』に傘を差しだしていた。
一緒に歩いてく姿が見えなくなってからも私はそこから動けなかった。
私の存在を雨が隠してくれればいいのに。
そんな感傷に浸ってみてももう元にはもどらない。
私はその言葉を飲み込んでしまったのだった。
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尚さんには「物語はここから始まる」で始まり、「その言葉を飲み込んだ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字)以内でお願いします。 #書き出しと終わり https://shindanmaker.com/801664
お題お借りしました。
ちょっと1400字にはちょっと足りないかなーと思います_(:3 」∠ )_