5.触れないで、でも嫌わないで誰も本心に触れさせなかったし、触れてほしいと思わなかった。
全部見ない事にしていれば恐れる必要なんてなかった。
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ようやく朔良さんと二人で話すことが出来て名前で呼んでもらえることになった。まぁこれくらいの誘導当たり前だよね。それでも、なんだかちょっと浮かれていたんだ。浮かれてる様子を見せたくなくて目をそむける。この一瞬だった。いつもならすぐ気づくようなことを気付けなくなるなんて。
ふと、朔良さんの反応を確かめるためにちらっと伺うと、彼女は大学校門の方を見ているみたいだった。視線の先を追っていくと丁度兄さんがいた。
『兄さんがいるね』と朔良さんを弄ってあげようと再び彼女の方を向いたら瞳に何も映していないようだった。
『は?他に何があるっていうんだよ。』
意味わからないと眉をひそめる。少しイラつきながら兄さんに目を向ける。
兄さんが女子学生と笑いあっていることを確認。家で楽しそうに言っていた高校生の事だろう。
『放っておけない子でね。今度参考書を貸すんだ』
とかなんとか。世話焼きが発動したようだ。もともと年下には甘い傾向あるからな。
これだから甘い兄さんにはため息が出る。
僕なんかよりよっぽどたちが悪いじゃないか。そこがいい所でもあるんだよね。
ほら見た事か。その甘さが朔良さんを惹きつけてる。…俺じゃないのが癪に障る。
あーあメンドクサイ。
「さーくーらーさん。どこ見てるんですか?今はあなたの時間は僕のものですよ?」
「え?」
やっと、兄さんから僕の方を見た。今までだったら目の前に俺がいるのにうつつを抜かすとかあり得ない。
「もちろん、俺の時間もあなたのものですよ?」
極上の笑顔で話しかける。僕は僕が容姿に優れてるとは思ってない。こう、言葉で態度で雰囲気で色々人付き合いをしてきた。
なのに彼女は違う。今も不審そうな目で見てる。せっかく注文したものも手を付けていない。
「そんな顔しないでよ。俺寂しいよ?」
次は身を乗り出して顔を近づけ、甘えた表情をしてみる。いつもの手段だけどね。
「えーーーーっと…………」
「目も合わせてくれないなんて……俺なんかしたかな?」
「してないです!してないです!!」
「よかった」
これで、兄さんから目をそらせたかな?本当にメンドクサイ。
「いい加減注文しようか。何がいい?」
「…ランチセットで…」
そんなに萎縮しなくてもいいのに。震えてる小うさぎみたい。
店員さんに二人分注文して待つことにする。
「ゆっくり話できなかったね?朔良さんとまた話ができて嬉しいよ!もっと仲良くなりたいな?ね、駄目?」
「だ、駄目じゃないです……」
「本当?やった!またご飯一緒にしましょうね」
女が好きそうな顔で優しげに笑う。
自分でも無意識に計算して人当たりの良い自分を演じてる。気もする。主導権は握っておきたい。
彼女は突然話し始めた。
「なんで、私なんです?私よりもっと別の人がいるでしょう?」
「朔良さんがいいんだよ」
「それ、本当ですか?からかってないでか? 私の事内心笑ってないですか?」
「さまさか」
そんなまさかだよ。
ちょうどいいタイミングでランチが運ばれてきた。
ここで話が打ち切りでよかったと本気で思った。
今日はここまで。
「美味しかったですね。また、行きましょう。連絡無視したら傷つきますよ?」
やっぱりしょんぼりして伝えると、努力してみると返ってきた。今日はこんなものか。時間はまだある。じっくりいかないと…ね?
手を降って別れる。俺はバイト、朔良さんは講義へ。
手を力なく下ろす。おどおどしてると思ったら、たまに、ごくたまに俺の嫌な部分を突っついてくる。突っつかれるより突っつきたい。そして、俺が突っついたときの反応は最高に楽しい。
この始まったばかりの関係がこれからどうなるのか楽しみで逃げてしまいたくなる。
心の奥底まで触れないで、でも触れてほしい。
傷つけられて嫌ってほしい、でも嫌わないで欲しい。
あぁ、なんてメンドクサイ。のに気になる。