3. 伸ばした指が止まる訳どうしてこんなに気になってしまうのだろうか
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兄さんの大学で朔良さんと二度目の再開を果たした。
その流れで、3人でお茶をすることになった。
朔良さんは相変わらず俺が笑いかけると何故か目線をそらして慌てる。意味が解らない。付き合いのある女性なら俺の目から話せなくなるはずなのに…。
兄さんは鈍感力を発揮してお茶をいそいそと注文している。のほほんというか、この雰囲気が朔良さんはいいのか。
ずるい。こっちにも向いて欲しいのに。
結局彼女とは話をほぼできずにお開きとなってしまった。
『このままじゃ、次に何て進めないじゃない』
帰り際急いでスマホを取り出して、大学へ向かっていた朔良さんを呼び止める。
「はい?」
「li〇e交換しない?また構ってよ」
「え…?なんで?」
「朔良さんが気になるからに決まっているじゃない。ほらほら兄さん行っちゃうよ」
「あ…え??」
戸惑っているうちにさっと交換させてもらう。
「ありがとう。これでまた会えるね。またね」
極上の笑顔で手を振って朔良さんを見送る。
朔良さんは、やはり戸惑った顔をして時折後ろを振り向きながら兄さんの元へ駆け出した。
「これは、長期戦…かな?」
後ろ姿を見ながらため息をついた。
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「こんにちは。今日お時間はありますか?」
「こんばんは」
「忙しいですか?」
と定期的に送っていたのに本当に忙しいのか本当に無理なのかそっけなく返されてしまっていた。
一度も”時間がない”らしい。イライラする。
『これじゃ、いつまでたっても会えないじゃない』
スマホ片手に家のソファーでグダグダしていたら、兄さんに
「どうした?なにかあった?」
と言われてしまった。鈍感なくせに人の機微には聡いんだから。苦笑してしまう。
「朔良さんに会えない」
「そう」
と頭をなでられてしまった。そんなにしょんぼりしていたのだろうか?
「明日昼ぐらいに研究室においで。きっと彼女も来るはずだよ」
「…ありがとう」
現金なものでこれだけで気分が上がってしまう。
明日が楽しみだ。
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さっそく翌日兄さんの研究室へと足を向ける。相変わらず構内は広いな。
ノックをすると「はーい」と兄さんの声が聞こえる。
彼女と二人なのかもしれない。そう思うとモヤっとする。
「お邪魔します」
案の定兄さんと朔良さんの二人きりだ。
テーブルには教科書やノート類が置いてあるところを見ると講義の質問に来ていたのだろう。それすらもモヤっとする。
「これ兄さんに」
一応お礼としてお菓子を持ってきた。出来のいい弟でしょう?
「ありがとう」
いそいそと菓子を持って行ってしまった。二人きりにしてくれたのだろうか?
「朔良さん。お久しぶりですね」
「あっ…おひ…さしぶりです」
やっぱり目を見てくれない。兄さんには目を合わせてたのを知ってるよ?
「お昼ご飯まだだよね?一緒に食べましょう?」
今日は逃がさないっていう目をして朔良さんと二人になろうとする。我ながら必死過ぎだ。
「えっ…今日は…」
「駄目ですか?お昼休みだけでもダメですか?それすらも”時間”ないですか?」
「…昼休みだけなら」
「じゃ、早速行きましょう!!」
テーブルに散らばっている教科書類をしまうのを手伝って兄さんに声をかけて二人で部屋を出る。
「行こう」と促して大学構内を出る。
あたふたと俺の後ろを律儀について来る朔良さんを思わず可愛いと思ってしまった。
『可愛い?』
自分で戸惑ってしまう。俺のものになればいいと思ってけど…可愛いってなんだ?俺が?何を言ってるんだ?
とりとめなく考えててぼーっと歩いていたらしい。
「危ない!」
危うく人とぶつかりそうになったところを朔良さんが腕をつかんで引き寄せてくれた。
「…ありがとう」
「いえ」
消えるような言葉とともに手を放してしまう。
何となくその手を掴みたくて手を伸ばす。なのに何故か伸ばした指が止まってしまう。
いつもなら伸ばして手を繋ぐなんて造作もない事だ。むしろさっと手を繋ぐことで嬉しがってくれる。
朔良さんはきっと嬉しがってくれない。
「さ、ご飯食べよう?貴重な時間だからね。どこがいいかな」
「ここら辺のお店知ってるんですか?」
「兄さんとたまに食べるからね」
兄さんの話が出ると緊張が緩むのは気のせいじゃない。そんなの許せないし、ズルい。俺だけを見てればいいのに。
俺の方を見てほしいなら伸ばした指を絡めて手を繋げばいい。いつも通りにやってしまったら、『可愛い』と思う感情も『モヤっとする』感情も『俺のもとにいればいい』という感情も知ることが出来なくなってしまうのではないだろうか?
伸ばした指が止まってしまう訳は、”その感情の正体が知りたいから”きっとそうだ。
Kinoko